――6月8日
海子との誕生日デートが終わり、休日明けの月曜日。いつもとなんら変わらず学校で授業を受け、昼休みを迎えた。
外は生憎な雨。屋上で食べようと思ったが、仕方無いので教室で裕吾、そして珍しく来た孝司、翼の三人と共に昼飯を食べようとした矢先――
「世名君」
突然声を掛けられ、弁当箱を取り出そうとした手を止め、顔を上げる。そこにはどことなく威圧感を出す天城、出雲ちゃん、朝倉先輩の三人が。
「話……いいかな?」
「……はい」
まるで獅子に睨まれた子犬のようなか細い声で返事をする。きっと、これから起こる事を無意識に理解していたんだろう。
これから起こる恐怖の質問責めに。
◆◆◆
「…………」
四つのテーブルがくっつけられ、それを囲むように俺、天城、出雲ちゃん、朝倉先輩、海子の五人がそれぞれ弁当箱を前に置き席に着く。
天城達三人はどこか不機嫌というか、威圧感のある雰囲気を醸し出し、俺と海子はそれに汗を垂らしたじろいでいる状況だ。
何だよこの重苦しい空気……尋問でも始まんの? ……大体そうか。
というか知らない内に周りの生徒が消えた。みんなこれから始まる事を察して逃げたな。羨ましがってるのに現実から目を逸らすなよ非リア! これがリア充の現実だよ!
というか俺の親友三人は何故他人事で弁当食ってる! 何おかずの交換とかしてんの! 女子か! その唐揚げ俺にも寄越せ!
「世名君。それに海子」
「はい!」
天城の声に俺と海子が同時に返事をする。何か凄い怖いんだけど……俺が何をしたっていうの……
「何を聞きたいか……分かってるわよね?」
「先輩達がこないだのデートでどうしたか……色々聞かせてもらいますからね」
ですよね……それしか無いよね。というかそんな鬼気迫って聞く事かい? 平和的にそこは触れずに行こうぜ。君達にも機会はあるから。
「まず……何にも無かった?」
うん、案の定気持ちは届かないね。そして何も無かったってどういう事? 彼女達は一体何を想像してその質問を投げかけているんだ……どこまでがセーフティーラインで、どこからがアウトか分かんないよ。
「えっと……とりあえず、三人が思ってるような事は無かったよ。なあ?」
「そ、そうだな、うん」
海子が少し大げさに頷く。彼女もそれとなく危険を感じているんだろうな……顔色が冴えない。
そんな明らかに何かをはぐらかすような態度の俺達を三人は疑いの眼差しで見つめる。そんな目で見ないでくれ……俺は何も悪い事してないよ……無罪だよ!
「本当ですかぁ? 雨里先輩、雰囲気に流されてキスとかしてないでしょうね?」
「き、キスなんて事は断じてしてないぞ! 第一、そんなのする勇気は無いし……」
「ふーん……じゃあしたいって気持ちはあったんですか?」
出雲ちゃんの容赦無い質問責めに、海子は黙ったまま俯く。耳が真っ赤になり、口をモゴモゴさせてるのが見える。
「答えないって事はあったって事ですね……まあ、しなかったなら良いですけど」
「それじゃあ……特に進展は無かったのかしら?」
答え辛い質問ぶつけるなぁ……したって言ったらあなた達不機嫌になるでしょうが……かといってしてないって言ったら海子は凹むだろうし、どうしたものか……
返答に困っていると、天城が急に口を開く。
「そういえば……あの日凄い雨が降ったけど、どうなったの?」
雨。その単語を聞いた瞬間、俺は思わず肩を震わせる。それを天城は見逃さなかったようだ。
「……何かあったんだ」
怖いよ天城さん……本当この子の闘争心怖い!
まあ、正直言うとありましたよ、お泊まりっていうビッグイベント! でもそれを言ったらヤバイ気がするんですよ! だってあなた達絶対そういうの許さないでしょ!
ど、どうする? 正直に伝えるか、それとなくはぐらかすか……どのみち危険な気がするが、マジでどうすれば?
「その……何というか……別に変な事は無かったというか……」
チラッと隣に座る海子に視線を送るが、海子もどう答えたらいいか分からなかったようで盛大に目を泳がせている。駄目だこれ。本当にどうすれば……
天城達の冷たい視線にとても居たたまれない気持ちになる。その時、天城が表情一つ変えずに口を開く。
「海子、夜中凄い雷鳴ってたけど、大丈夫だった? 昔から雷苦手でしょ?」
「へ!? な、何とか平気だったぞ、友希も居てくれたし…………あ」
その瞬間、空気が一気に凍った。……終わった。
「居てくれたってどういう事ですか! まさか、先輩雨里先輩の家に……」
「いや……そのぉ……緊急事態だったので……泊まらせてもらっただけで……」
「泊まったんですか!? 一晩一つ屋根の下に居たって言うんですか!?」
わー、墓穴掘ったー。俺凄いテンパってんな……海子も言ってしまったって顔してる。
ヤバイ、今は出雲ちゃんだけが言い寄ってくるが、天城と朝倉先輩もかなりヤバイ顔をしている。殺気やら何やらが色々溢れ出てる。
「と、とにかく落ち着こう! 別にやましい事とか無かったから! ただ一晩泊まらせてもらっただけだから!」
「問題大有りじゃ無いですか! それに、雷鳴ってたの結構遅い時間ですよね……なんでその時間に二人で居たんですか?」
そこ触れちゃうかぁ……どうしよう、真実言ったらバッドエンド直行だろ。とはいえこれ言い逃れる方法あんのか?
とりあえず心を落ち着かせる為、深呼吸をする。
「……もしかして、二人で夜の営みでもしてたのかしら?」
が、朝倉先輩の突然の発言に思いっきり咳き込む。な、何を言ってるんだこの人は! あーほら他の二人の殺気が凄い事になったよー。僕はそんな不純な行為はしとらんよー!
「別にしてないですからそんな事!」
「そ、そうです! いくら同じ部屋で寝たからって…………あ」
海子の言葉に再び空気が凍る。どうして墓穴掘るかなー!
「同じ部屋って……先輩達、一緒に寝たっていうんですかぁ!?」
「それは……色々ありましてだね……」
「冗談で言ったのだけれど……まさか本当だったとはね。これは許し難い事態ね」
「いやだから別にそんなやましい事はしてませんから!」
「でも一緒に寝たのは変わらないんでしょう!?」
「あー、まあ……はい。その――」
これ以上は言い逃れ出来ないと、俺は雨宮家での事を掻い摘んで三人に説明した。
すると案の定、三人は分かりやすく不機嫌な顔になる。仕方無いじゃん……俺だってああなるとは思わなかったし! 悪いのは突然降り出した雨! 天災はどうにもならん!
「……まあ、もう起こってしまった事をどうこう言っても仕方無いわね」
「そうね……まあ、やましい事が無かったなら今回は免除としましょう」
おお……なんか知らんが許された!? 君達にも仏心というのが目覚めたのか! 俺は嬉し――
「でも、だからって許せる訳じゃ無いからね」
「今度は先輩、今度は私の家に泊まって下さい! 一緒に寝て下さい! 私なら何でもウェルカムですから!」
「いえ、是非私の家に。最高のおもてなしをするわよ。色んな意味で」
「な……!? 私の家に泊まったのはあくまでトラブル何だから、自分から泊まらせるのは違うのでは無いか!?」
「何言ってるんですか! ちゃっかり先輩を堪能しておいて! 独り占めなんて許しませんから!」
「なら、私は世名君の家に泊まろうかしら」
「冗談じゃありません! 先輩は――」
……うん、そんな感じじゃ無さそうだ。スッゴい争いが起こってる。まあ、予想は出来たけど。
何度か止めようとはしたが、俺ごときでは彼女達の口論を止められそうに無い。
早急に事を終息させる事を諦め、言い争う四人を見て見ぬ振りをしながら、弁当を最後の晩餐と思いながら平らげた。
この後、昼休みの終了と共に自然と争いは収まり、今回の事は水に流す事となった。
が、彼女達は納得せず、いつか俺を家に泊まらせる作戦を考えてる――という噂を耳にしたが、それはまた別の話。
幸せの後には修羅場が待つ。不便だね友希君。
他のヒロインとのお泊まり回は……あるのかな?
次回もお楽しみにー。