モテ期と修羅場は同時にやって来るものである   作:藤龍

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レイン・ハプニング 後編

 

 

 

 

 

 

 

 水樹さんのその唐突な質問に、俺は思わず息を呑んだ。

 何を思って彼女がその質問を投げかけたのかは分からない。だけど、顔付きを見る限り冗談では無いみたいだ。水樹さんは本気で聞いている。

 

「……いやね、親としてはそういうのも聞きたくなるのよ。それに、あなた達の状況は聞いてるわ……恋愛っていうのは難しいから」

 

 そう物悲しそうに遠くを見つめ、テーブルに片肘を突く。

 

「失恋したら路頭に迷い、付き合ったら付き合ったで色々大変。だから親としては、そう易々と認める訳にはいかない。私は離婚っていう事を経験してるからね……そういうのが良く分かる」

「…………」

「恋愛っていうのは残酷。誰かが幸せになれば、誰かが不幸になる。そして、今の状況であなたはそれを決める側の存在。誰を幸せにするか、誰を不幸にするか選ぶ立場に居るのよ」

 

 ズバリと言い放った水樹さんの言葉に、俺は思わず胸を押さえた。そうだ、彼女の言う通りだ。それが俺が迷っている原因の一つだ。

 俺がもしあの四人の内誰かと付き合う事になれば、三人は望んだ結果にならず、不幸になるのは必然だ。例え彼女達がいがみ合う関係で無くなったとしても、それは変わらない。俺は彼女達の内三人を不幸に落とす事になる。今は彼女達の相手を平等に出来ても、誰かと付き合えばそれも無くなる。

 

「そしてそれは人生に関わる事……だから改めて聞くわ。あなたは――海子と付き合う気はある?」

 

 水樹さんが言っている事はつまり、海子を幸せにして他の三人を不幸にする気はあるか――という事だ。

 とても残酷な事だが、俺がすべき選択はそういう事だという事は重々承知している。でも、それがとても心苦しい。出来る事ならば答えを出さずに、逃げれるものなら逃げたい。

 だけど、いずれ答えを出さなければいけないという事は分かっている。だから、俺は――

 

「……その答えは、まだ出せません」

「……理由は?」

「俺の選択に海子の……いや、四人の人生が左右されるのは分かってます。だから、俺はとことん悩むつもりです。これでもかってぐらい悩んで、しっかりと答えを出したいんです!」

「……それでも、誰かが不幸になるのは変わらないわよ?」

「もちろん全員を幸せにするのは、俺には無理です。でも、俺が選んだ相手以外の三人の道を閉ざしたりはさせない。必ず新しい道に進めるように、彼女達が納得出来る答えを……最善の答えを出します!」

「…………」

「こんなの俺の自分勝手な考えだと分かってます。結局は、真の意味で幸せになるのは俺と相手の二人だけだ。でも、俺にはこれ以外の方法が思い付かない。だから――」

「もう良いわ」

 

 必死に考えをぶつけると、水樹さんが急に口を開く。

 

「あなたの事はよく分かった。意地悪な質問してごめんなさいね」

「えっと……」

「知りたかったのよ、あなたの事。海子が好きになったあなたをね。なるほど……あの子が惚れる訳だわ。今の言葉だけでどれだけ真面目な子か分かるわ」

「はぁ……」

「もし付き合います! とか思っても無い事言ったらぶん殴ってやろうと思ったけど……良かった。あなたならどんな結果になろうと、あの子を失望させる事は無さそうね。面倒な子だけど、あの子の事最後まで宜しくしてやってね」

「水樹さん……」

 

 ちょっと良く分からないけど……これは俺を試したって事……なのか? 俺が海子の事をどう考えてるかあの質問を介して知るのが目的だったのか?

 

「まあ、ちょっと言ってる事はごちゃごちゃしてたけど」

「うっ……!」

 

 確かに、俺は難しい事考えると自分でも訳分からなくなるからな……まあ、分かってくれたならいいか。

 

 水樹さんが強張った顔を緩め、椅子の背もたれに寄り掛かる。そして鳩尾辺りで手を組み、こちらを再び真剣な眼差しで見つめる。

 

「あなたがとても難しく、辛い立場に居るのは分かってるわ。でも、決して答えを放棄しては駄目よ。それは誰も不幸にならないけど、誰も幸せにはならない選択。だから、どんなに辛くても答えを出してね。海子もそれを望んでいるだろうから」

「……はい」

 

 そうだ……どんな事があっても、どれだけ時間を掛けても……答えは必ず出す。その為に、彼女達の事をしっかり理解した上で、最善の答えを見つけるんだ!

 

「ちなみに私はあなたと海子が付き合うのは大賛成だから、そこら辺は気にしなくてオーケーよ」

「は、はい……」

 

 ニコッと先程までのシリアスムードが無かったかのような明るい声と表情を向けられ、少し気が抜ける。でも、ちょっと気が楽になった。

 水樹さんがテーブルのココアを飲み干し、一息つく。

 

「さて、真面目な話はここまでにして、少し軽いお話をしましょうか。別の事を色々聞きたいわ。例えば……学校でのあの子はどうなのかしら? あの子全然話してくれなくてねぇ」

「学校ですか……まあ、クラス委員長として頑張ってると思いますよ。正直憧れてる人、多いと思いますよ」

「あらそうなの? あの子そんなに人気者なのねー。じゃあ、友希君とデートしてる時はどんななのかしら? デレデレだったりするの?」

「え、えっと……」

 

 親がそんな事聞くか普通……凄い生き生きして問い詰めてくるな。

 どう答えたものかと困っていると、突然玄関方面からわざとらしい咳払いが聞こえてくる。振り返ってみると、そこには風呂上がりの海子の姿が。

 

「あら、残念戻ってきちゃった」

「親がそういう子供のプライベートな事に突っ込まないでほしい……!」

「あらあら照れちゃって! まあ良いけど。さて、ちょっと洗濯してくるから、お二人で仲良くお話してなさい」

 

 そう言うと水樹さんは立ち上がり、リビングから出て行く。それと入れ違いに海子が水樹さんの座っていた席の隣に座る。

 

「全く……母さんは余計な事を……何か変な事は言われなかったか?」

「いや別に」

 

 あの事はわざわざ言わなくてもいいだろう。気まずい雰囲気になるだろうしな。

 二人きりになり、自然と会話が途切れる。テレビの音だけがリビングに流れる。……結局気まずいな。何か話題を探そうと、なんとなく海子の姿を眺めてみる。

 

「あれ、それ……」

 

 その海子の姿が目に入った途端、彼女がいつもは身に付けていない筈の眼鏡を掛けている事に気付いた。

 

「ん? ああ、これか。私は昔から目が悪くてな。普段はコンタクト何だが、家ではこうして眼鏡なんだ。その方が楽だしな」

「そういえば昔の写真でも眼鏡掛けてたな。でもなんで普段はコンタクトなんだ?」

「それは……少し陰湿な雰囲気を払拭したくてな。昔イジメられていた原因の一つでもあるだろうしな」

「ふーん……でも、眼鏡でもそんな陰湿な感じしないぞ? むしろ知的な感じで、可愛らしいし」

「かわっ……!? そ、そういう事は軽々と口にするなぁ! ……まあ、ありがとうな……」

 

 盛大に慌てふためき、その後恥ずかしそうに俯く。あー、また気まずくなっちった……俺学習能力ねーなー。でも思った事言っただけだし、悪く無いよな俺。

 ていうか……眼鏡もそうだが今の海子、普段と違う雰囲気てんこ盛りだな。髪もいつものポニーテールじゃなく、束ねてないロングだし、服も白Tシャツにピンクのショートパンツと、いかにも部屋着って感じだし。そう考えるとドキドキしてきたな……甘いシャンプーの匂いとかするし。

 海子も黙ったままで気まずくなる一方だし、早く話題を見つけないとな……

 

 彼女も同じ事を思ったのか、顔を上げる。が、それと同時に何とも言い難い顔を見せる。なんというか……見られたくないとこを見られたみたいな表情だ。

 それに釣られ俺も後ろを振り向く。するとそこには、リビングの扉の陰からこちらをニヤニヤしながら見る水樹さんの姿が。

 

「い、いつから……?」

「まあ、ありがとうな……ぐらいからかしら?」

「わああああああ!」

「恥ずかしがらなくてもいいじゃないのー。青春してるわねー……お母さん感激!」

「そ、そういうからかうような事は……!」

「まあまあ。それよりあなたもあんな雌の顔みたいな表情浮かべるのねー。写真撮っておけばよかったかしら?」

「撮るなぁ!」

 

 おお……あの海子が一方的にいじられてる。流石に母親には勝てないか……というか水樹さん凄い楽しそうだな。

 その後数分間水樹さんによる海子いじりが続き、俺はそれを傍らから見守った。内容的に俺も少し恥ずかしい事もあったが、何だか良い親子関係を見れて微笑ましい気分になった。

 

 海子いじりを終えると、水樹さんが軽く息を吐き、こちらを向く。

 

「冗談はこれぐらいで……友希君、これからどうするの?」

「どうするって?」

「外、全然雨が止む気配が無いわよ。それどころか勢いが増すばかり。多分明日の朝までこんなでしょうね」

 

 確かに、雨の音と風の音が強くなってるな。参ったな……これじゃ帰るのしんどそうだな……傘借りても壊しちまいそうだし、どうしたものか……

 

「……ねぇ、友希君が良かったらなんだけど、ウチに泊まっていけば?」

「なっ……!?」

 

 水樹さんの突然の提案に、俺と海子が同時に声を上げる。

 

「だってこんな豪雨の中じゃ帰るのも大変でしょう? 明日は日曜日で学校も休みだし、今日は泊まっていきなさい」

「いや、でもそんなの迷惑ですし……」

「全然迷惑じゃ無いわよ! むしろ大歓迎よ。色々話も聞きたいし、是非泊まって頂戴」

「で、でも……」

「泊まるといっても、ウチには客室は無いぞ!」

「それなら……海子の部屋でいいじゃない」

「な、何を言ってるんだあなたは!」

「だってリビングで寝させる訳にもいかないじゃない。それとも、私の部屋にする?」

「そ、そんなの駄目に決まってるだろう!」

「じゃあ海子の部屋ね」

「うぐっ……!」

 

 なんか知らんけど、泊まる事確定してる? とはいえ、水樹さんの言う通りこの状況で帰るのは大変だな……決して家が近い訳でも無いし、正直有り難い。

 リビングで寝るぐらいなら問題無いが、気を使わせるのもあれだしな……やっぱり少し厳しいけど帰るか――

 

「……分かった!」

「へ?」

 

 このまま帰宅すると告げようとした直前、海子が手をプルプルと震わせながら声を上げる。さらに恥ずかしいのか、嬉しいのか、悲しいのか良く分からないとても複雑な表情をしていた。

 

「わ、私の部屋で……か、構わない! 友希も、文句は無いだろう!?」

「えぇ!?」

「な、なんだ嫌なのか!」

「嫌って訳じゃ無いけど……良いのか?」

「そ、そういう事を聞くな! 察しろ!」

 

 サッと目を逸らす海子。まあ、色々悩んだ結果出した答えなんだろうな。まあ、折角の好意だし……ここで断るのもあれだしな……

 

「……じゃあ、お言葉に甘えて……今日は泊まらせてもらっていいですかね?」

「ええ勿論よ。なら、三人分の夕飯を作らないとね。久しぶりに腕が鳴るわねぇ!」

 

 俺の返答を聞くと水樹さんがグルグル腕を回しながら即座にキッチンへ向かう。

 まさかこんな展開になるとはな……誕生日デートがお泊まりへ派生するとは……ともかく、こうなった以上仕方無い。今はトラブルが起きない事を祈ろう。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 その後、俺は家に今日は海子の家に泊まる事を連絡した後に、水樹さんが作ったちょっと豪勢な夕飯をご馳走になった。

 海子も普通に料理は上手だったが、水樹さんの料理はプロと言って良いんじゃないかと思える程絶品だった。流石彼女の母親なだけはあると関心しながら、余すこと無く平らげた。

 その食事中に水樹さんが答え難い質問をいくつか投げかけてきたり、それを海子が制止したりと、やけに騒がしい食事になった。

 

 そんな楽しい食事を終えて数時間後。俺は海子と共に今日俺が世話になる彼女の部屋へと足を運んだ。

 

「失礼しまーす……」

 

 なんとなく声を潜め、海子に続いて部屋の中に入る。

 海子の部屋は広さも内装も至ってシンプル。ザ・一人部屋という感じな過ごしやすそうな部屋だった。

 とはいえ、女子の部屋だという事に変わりは無い。ここで夜を明かすのは男子の俺には少々難易度が高い。何てったって女子部屋だもん、緊張して寝れん。

 

「あ、あまりジロジロ見回すな!」

「わ、悪い。何というか……緊張して……」

「全く、緊張してるのはこちらの方だ……」

 

 海子もかなり緊張してるみたいだ。まあ、そりゃそうだよな。男女が同じ部屋でっていうのは、緊張しない訳無いよな。俺はリビングでも構わないんだが、海子に気を使わせる訳にもいかんしな。まあ俺はどっちでも良いんだが……問題は、ベッドが一つしか無い事か。

 床に布団敷けば良いんだろうが、水樹さんが「ごめーん、今布団全部洗ってるのよねー」とか言って用意してくれなかったしな……恐らく嘘だろうけど。あの人は何考えてるんだか……

 

「その……本当に良いのか?」

「い、良いと言ってるだろう! 床に寝させる訳にもいかんしな……だ、だからといって変な事をしたらいくらお前とはいえ許さんぞ!」

「わ、分かってるよ! 海子が嫌がるような事はしないから」

 

 流石に俺もそこまでゲスな人間じゃ無い。流石に寝込みを襲うなんて事する気も起きない。第一、起こしたとしたら色んな意味で色々終わる。それに海子も嫌だろうし、する訳には……

 と決意というか、意志を固めていると、海子が何やらモジモジと忙しなく小さく動く。

 

「そのだな……別に、嫌という訳じゃ無いぞ? ただ、手順というか……心の準備というか、何というか……」

 

 消えてしまいそうな小さな声と共に、海子の顔がだんだんと赤くなり、最終的に口を噤み真っ赤っかになって黙り込んだ。

 ……何でそういう事言うかなぁ! 折角固めた意志が緩むわ! もー、俺がバーサークになっても知らんよ!

 

 海子も何故こんな事を言ってしまったんだと言わんばかりに目を泳がせ、口をパクパク動かしている。何だよこの可愛い生き物! もう嫌! 気絶してでもこの気まずい状況から抜け出したい!

 どうやら海子も同じ気持ちのようで、そそくさとベッドに向かい布団に潜り込む。

 

「も、もうやる事も無いしさっさと寝るぞ! 早く電気を消してお前も寝ろ!」

「お、おう……」

 

 何かヤケクソだな……まあ、さっさと寝ちまうのが一番だよな。

 海子の言う通り、部屋の電気を消し、俺もベッドに入り込もうとしたが、思わず足が止まる。

 

「…………」

 

 さ、流石に緊張するな……だって既に女子が入ってるベッドに入るって難易度高くね? 端っこに寄ってくれてるとはいえ同じ布団に入るのはキツいよ! 俺そんな無神経な男じゃ無いし! 遠慮しちゃうよ!

 布団に入る事に躊躇していると、海子が寝ころんだまま首をこちらへ回す。

 

「さ、さっさとしろ! 寝れんだろ!」

 

 海子はどことなく震え声だ。まあ、待つ側も緊張するし気まずいよね。彼女の為に、早めに入って早めに眠りにつく!

 意を決し、布団に潜り込み海子に背中を向けて横になる。その時、不意に海子の背中とぶつかる。すると彼女が変な声を上げ、さらに端の方へ移動する。

 

「わ、悪い……」

「いや、私の方こそ……すまない」

「…………」

「…………」

 

 流れる沈黙。気まずい状態が続き、何とも居たたまれない空気が流れる。

 イカン、何も考えるな世名友希……無だ、無になるんだ。そうすれば自然と眠りにつける。そうすれば、緊張する事無く気持ちよく朝を迎えられる。よし、寝よう。

 目をゆっくりと閉じる。視界には何も映らず、意識がだんだんと薄らいでいき、確実に夢の世界に近付いていくのを感じる。外の降り注ぐ雨の音や時計の短針の音、甘い吐息が耳に入るが、そんなの気にならないぐらい――ん、甘い吐息?

 普段聞き慣れない不思議な音が気になり、意識が現実に引き戻され、自然と聞き耳を立ててしまう。

 

「んっ……はぁ……はぁ……」

 

 ――寝れるかぁ! この子何変な声出してんの! あれか? あれ的なあれか!? いやいや海子がそんな事……でも彼女も女子だし、そういうのも……あるのか? ああー、何このモヤモヤする感じ! こんなんじゃ寝れないわ!

 

「……何してんだ?」

 

 気になって仕方無い気持ちが抑えられず、俺は悪いと思いながらも本人に問い掛ける。すると海子が「ひゃっ!?」と声を漏らし、ベッドをギシッと音を立たせて揺らす。

 

「い、いきなり話掛けるな!」

「すまん……ただ、何か……喘いでるというか……気になって」

「べ、別に変な事はしてないぞ!? ただ、そのぉ……お前が隣に居ると考えたら、緊張してだな……」

 

 緊張してって……気持ちは分かるが変な声は出さんでくれ。俺が余計に緊張する。

 やっぱり海子もかなり無理してそうだな……まあただでさえあんなんだし、こんな状況で動揺しない訳無いもんな。

 

「その……お互いにさ、何も考えないようにしないか? さっさと寝ちゃった方が楽だぞ? そんな状態じゃ色々苦しいだろ」

「そうだな……このままでは何だか悶え死ぬ気がする……」

 

 それはこっちのセリフだ……まあ、さっさと寝よう。その方が互いの為だ。

 再びに眠りにつく為、目を閉じようとした直前――突然部屋に青白い光が差し込む。その直後、近くでゴロゴロと巨大な音が響く。どうやら近くに雷が落ちたみたいだ。随分派手に落ちたな……睡眠の妨げが多いな……

 そう思った瞬間、いきなり背中に軽い衝撃と共に何やら柔らかい感触が走る。一体何だと後ろを振り向いてみると、何と背中に海子が顔を埋めてしがみついていた。

 

「な、いきなり何だ!?」

 

 何故いきなり抱きついてきた!? 突然の彼女の行動。そして背中に伝わる彼女の柔らかい頬の感触に、頭が混乱する。だが、神経を研ぎ澄ましてみると、彼女が微かに震えているのが伝わってくる。

 

「お前……もしかして雷が怖いのか?」

「……昔から、こういったビックリ系のは苦手で……」

 

 それで思わず近くの俺にすがり付いたって事か……確かにお化け屋敷とかも苦手だったしな。

 

「すまないな、いきなりしがみついたりして……もう大丈夫――」

 

 落ち着いたのか、海子が申し訳なさそうに俺の背中から離れた直後、再び雷が鳴り響く。

 

「ひっ!」

 

 するとまたまた海子が俺の背中に抱きつく。その怯えきった姿に、泣き出しそうな顔を見て、悪いと思ったが、つい笑い声を漏らしてしまう。

 

「な、何を笑っている!」

「ごめんごめん。お化け屋敷もそうだったけど、こういうの見ると海子も女の子何だなって」

「何だそれは……」

「それに、何だか昔を思い出して」

「昔?」

「ああ。昔は友香も雷が怖かったみたいでさ。その日の夜はお兄ちゃん一緒に居てって、良く隣であやしたもんだ」

「そ、そうなのか? 意外だな」

「まあ、今は全然平気だしな。海子も見習ったらどうだ?」

「よ、余計なお世話だ!」

 

 話しを続けていくと、海子の調子がいつも通りに戻っていく。が、雷が鳴る度に体を震わせるのは変わらない。やっぱり怖いんだな……友香も昔はこんなんだったな……確か、あの時はどうしてたんだっけ?

 どう友香を宥めていたか、過去の記憶を探る。そしてしばらく思考を回すと、方法を思い出す。すると俺は無意識にそれを行動に移した。

 寝返りを打ち、海子の方へ向き直る。そのまま左手を怯える彼女の頭に乗せて、軽く撫でる。

 

「なっ……!?」

「どうだ? 少しは落ち着いたか?」

「あっ……えっ……そのっ……」

 

 海子の表情が怯えきった顔から、驚愕と照れ臭い気持ちが入り混ざったような赤面に変わる。その彼女の顔付きを見て、俺はようやく自分が何をしてるか気付く。

 

「ご、ごめん! 昔の友香と被って、つい……」

 

 慌てて手をパッと離す。海子は黙ったまま俺を見つめてくる。その目はどことなく潤んでいる気がする。やっちゃったなぁ……無意識とはいえ女子の頭を勝手に撫でるのは駄目だろ俺……

 自分の行いを心の中で反省する。改めて海子に謝罪をしようとした、その時――雷が鳴っていないのにも関わらず、海子が俺の胸元に顔を埋めて抱きついてくる。

 

「ちょっ……!?」

「別に謝る必要は無い……凄く、嬉しかった……」

「み、海子……?」

 

 海子らしくない行動に、甘えたような声。密着する彼女の体の感触も相まって、全身が一気に熱くなる。

 すると海子はさらに強く俺を抱き締め、俺の目を見つめてくる。そんな彼女の顔は、今まで彼女からは見たこと無いような表情だった。

 とろんと目尻が垂れ、ウルウルと輝く瞳。

 薄く開かれ、少し前に突き出された唇。

 そして暗がりでも分かるぐらい紅潮した頬。

 まるで何かを要求するような、甘えた顔付きに心臓の鼓動が一瞬高鳴る。ただ単に可愛い――そう思ったからだ。

 

「友希……もう少し、このままでいてくれないか?」

「え……?」

「お願いだ……もう少し、甘えさせてくれ……もう少し、私にこの幸せを噛み締めさせてくれ……」

「海子……」

 

 彼女の切実なお願いに、俺は返事を返さず、ただ黙って彼女の頭を撫でた。すると彼女は嬉しそうに笑い、顔を再び俺の胸元に埋めた。いつもなら照れて離れる彼女が、今回は自分から抱きついてくる……それが不思議だったが、同時にこれが彼女の本心なのだろうと、納得した。

 

「……友希、私は今ドキドキしてる……お前の側に居ることに、お前を独り占め出来ている事に……私は……凄く幸せだ……」

 

 そうだ、彼女だってただの恋する一人の女性だ。こうして好きな人に甘えて、幸せになりたい気持ちが無い訳が無い。これが、彼女のしたい事なんだ。

 

 でも、俺は今その気持ちに答えられない。ここで彼女の全てを受け止めたら、他の三人を切り捨てる事になる。まだ俺は彼女達の全てを理解していないし、俺自身も誰が好きかは分からない。だから俺はここで彼女の気持ちを全て受け止める事は出来ない。

 

 けど――受け止める事の出来る気持ちは……今の俺に出来る事は、惜しみなくしてやろう。

 

「……そうか」

 

 俺はそう呟き、彼女に抱きつかれたままゆっくりと目を閉じた。

 今の彼女がこれで幸せなら、それを崩さない事――それが今の俺に出来る事だと考え、俺は彼女の体温を感じながら、静かに眠りについた。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 ――翌日。

 すっかり雨は止み、爽やかな朝を迎える事が出来た。俺が起きた時には既に海子はおらず、俺はそのままリビングへと向かった。

 その途中、階段を下りた先で海子と出会い、軽く挨拶を交わした。だが、彼女はすぐに俺から逃げるように立ち去ってしまった。恐らく、昨日の夜の事を思い出し、気まずくなったんだろう。ここはあまり突っ込まない方が良いだろうと判断し、俺はリビングへ向かった。

 

 その後は水樹さん手作りの朝食をご馳走になった。食事中水樹さんが昨日の事を執拗に聞いてきたが、海子が黙りだったので、俺もとりあえず「あなたの思ってる事は無かった」とだけ言っておいた。

 朝食を食べ終えた後、洗濯してもらった俺の服に着替え、帰り支度を済ませる。

 

 そして今、俺は海子と水樹さんに見送られながら玄関で靴を履いている。

 

「よし……昨日はありがとうございました。朝食までご馳走になっちゃって……」

「いいのよ別に。また泊まりに来てもいいのよ? 私は大歓迎だから」

「は、はい……」

「……友希、これを」

 

 海子が右手に持った紙袋を渡してくる。中身を確認すると、そこには俺が昨日借りたジャージが。

 

「持って行け。捨てるなり、使うなり好きにしていい」

「え、でもこれ海子のだろ?」

「どうせ着なかったものだ。構わない」

「そうよ。友希君が着たそれを海子がそれ着ちゃったら興奮してどうなるか分からないもんねー」

「適当な事を言うな! ともかく、そういう事――では無いが、持って行け!」

「そうか……じゃあ遠慮無く……」

 

 とはいえキツかったし、着る機会無いかな……捨てるのもあれだし、友香にやろうか……いや、流石にあいつも俺の使用済みは嫌か。

 

「さて……それじゃ俺はこれで。ありがとうございました」

「今後とも娘をよろしくねー」

 

 ドアを開き、外へ出る。玄関前は昨日の雨により出来た水溜まりでいっぱいだ。濡れないように気を付けながら門を出ると、突然海子が玄関から出て来る。そのまま水溜まりを気にせず俺の方に歩み寄ってくる。

 

「どうした? 忘れ物したか?」

「いや、ただお礼を言いたかっただけだ」

「お礼?」

 

 俺が首を傾げると、海子が自分の胸元に両手を押し当て、口を開く。

 

「昨日は、本当にありがとうな。とても楽しく、有意義な一日だった。水族館でのトラブルや、雨など色々あったが……それでも良い思い出になった。昨日の……夜の事もな……」

 

 そこで言葉を切ると、照れ臭そうにうっすらと微笑んだ。

 

「私は今回の事を……忘れない。少し遅いが……とても幸せな誕生日になった。また……水族館へ行ってくれるか?」

「……そうだな。また、行けたらな」

「ありがとう……それじゃあ、また明日学校でな」

「ああ、また明日」

 

 それを最後に、海子は自分の家に戻っていった。その後ろ姿を途中まで見送り、俺も自宅を目指して歩き始めた。

 

 色々あったな……でも今回の事で、また色々分かった気がする。海子の事、そして――

 

 ――どんなに辛くても答えを出してね。

 それを含めた、水樹さんに言われた事を一つ一つ思い返した。答え……俺の出す答えが、どれだけ重い事かを改めて理解した。

 でも、逃げる事は出来ない。これからが正念場だな……困難も難題も多い。でも、必ず答え出す。

 

「それが俺の義務……だよな」

 

 決意を新たに、俺は前へ歩き出した。これから先、何が待っているか分からない。だから常に考えて、少しずつでも進もう。とりあえず――

 

「明日三人に何て言うか……考えるか」

 

 絶対明日は質問責めにあうだろうと覚悟し、安全に事を終えられる返答を、家に辿り着くまで必死に考えた。

 

 

 

 

 

 




 水樹の重い言葉など、ちょいシリアス風だった誕生日デートも無事終了。
 なんかクライマックス感があったけど、まだ他の誕生日回とか色々あるし、またクライマックス感は訪れそうです。

 そんなまたゴールに向けて一歩前進した? 主人公ですが、次回は他ヒロイン達による質問責めの予定。お楽しみに。


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