『――それでは、次のニュースです』
リビングから聞こえるテレビの音声。いつもならそれを何となくだらけながら見て休日を過ごすのだが、今日はそうもいかない。
6月6日――今日は月頭に約束した海子とのデートの日だ。待ち合わせ時間は午前10時と少し早い。早起きして準備を進めた甲斐もあり、余裕を持って行けそうだ。
「持つ物持ったし……問題無いな」
必要最低限の荷物を持ったのを確認しながら、玄関先で靴を履く。今日は海子の誕生日を祝うって目的もある。満足してもらう為頑張る――それが俺の最低限の義務だと思う。
「ふぅ……よし、行ってきまーす!」
大声でリビングに向かい叫ぶ。数秒遅れて友香と母さんの返事が返ってくるのとほぼ同時にドアを開き、外へ足を踏み出す。さて……今日一日頑張りますか!
『続いては、天気予報です――』
外に出たのにも関わらず、まだ微かにテレビの音が聞こえてくる。大音量で聞き過ぎだろ……いや、俺だけか聞こえるの。そう自己判断して、気にする事無く俺は若干緊張しながらも、待ち合わせ場所を目指し走り出した。
『本日は夕方から、天気が崩れるでしょう。お出掛けの際は――』
◆◆◆
――白場駅
ゴールデンウィークに散々世話になったこの場所で今回も待ち合わせだ。とはいえ、今回は前の時計塔広場では無く、中の改札前らしい。
今回プランはほぼほぼ海子に任せてあるので、どこに行くかはまだ詳しくは知らないが、改札前という事はまさか白場市を出るのか?
期待半分不安半分に駅に入る。まだちょっと時間まであるし、近場で適当に待ってるか――そう良い待ち場所は無いかとキョロキョロと辺りを見回しながら、人波を掻き分けて進む。ここは一応都内だし、朝は割と人が多い。
何とか人波から抜け出し、一息つく。
「む、来たか」
と、不意に誰かに声を掛けられる。この声って……顔を上げるとそこには柱に寄りかかる海子の姿があった。
「さ、先に来てたのか?」
「まあな。待たせるのはいい気分では無いからな」
「そうか……悪い、待たせて」
「だから私が勝手に早く……いや、止めておこう」
海子がふぅ、と息を吐き言葉を止める。まあ、このまま言い続けても泥沼だもんな。
軽く服の埃を払い、改めて海子に目を向ける。その瞬間、海子が急に何やら視線を泳がせる。何キョドってんだ?
「……友希! そのぉ……どうだ?」
「……何が?」
「だからぁ……そのぉ……ふ、服装だ!」
しどろもどろで、どことなく緊張した口調にさらに疑問が膨らむ。そこまで緊張する事か? 前も普通にしたし――まあ、とにかく海子の服装をチェックしてみる。
今回は白い長袖のワイシャツに、膝丈程の長さの水色のスカートと清楚な感じ。さらに前髪には花形のヘアピンを付けていて、全体的に可愛らしい印象だ。前回がボーイッシュな感じだったのもあり、何だか新鮮な感じだ。
「うん、良いんじゃないか? でも大分前回と違うな?」
「そ、それはお前が以前こういった服の方が似合うと言ってくれたから……」
ん? 俺そんな事……言ったな、うん。確か勘違いして俺がボーイッシュな服装が好きだと思ってた海子にそれとなく伝えた――的な感じだったな。
「そうか……うん、やっぱり海子はそういう女の子らしい服の方が似合うよ。アドバイスして正解だったかな?」
「そ、そうか! なら良かった……」
少し縮こまりながらフフッ、と小さく笑う。大分ご満悦のようだ。今更たが、本当に素直というか……可愛らしい反応する奴だな。このまま小一時間は眺めてても飽きないぞ。
とはいえ、流石にそれはどうかと思うので、本題へ入る。
「で、今回はどこに行くんだ? やっぱりここ出るのか?」
「そ、そうだな。実は……水族館に行こうと思うんだが……」
「水族館?」
そりゃまたベターな場所だな……そういえばこないだ行った遊園地のある街からさらに隣の街に全国区の巨大水族館があったな。ということはそこが目的地か?
「というか、海子は水族館が好きなのか?」
「まあ、な。以前母と二人で行った事がある。ああいった生き物を見るのは好きだ」
「ふーん……分かった。俺も嫌いでは無いし、いいな」
「そうか? ならよかった。では、行こうか」
「おう」
水族館か……なら、どっかで動くタイミングはあるな。
今日はただのデートって訳では無い。きっちりやる事やっていかないとな――
◆◆◆
白場市から電車で数分の場所にある、巨大水族館――東京ビッグマリーナ。ドーム状の都内でも一、二を争う水族館。休日は家族からカップルまで大勢の客が押し寄せる人気施設。ちなみにマリーナは、マリンとアリーナを組み合わせた造語らしい。
そんな場所に俺と海子の二人はやって来たのだが――
「……凄い人だな」
「ああ……ここまでとは、予想外だ」
現在入場チケットを買うために列に並んでいるのだが……かなり長い。軽く三十分は待ちそうだ。人気とは聞いてるが、ここまでとは……
「海子、大丈夫か? かなり待ちそうだけど……」
「これでも体力はある方だ、安心しろ。まあ、気遣ってくれてありがとうな……」
いちいち頬を染めて照れんでくれ、心臓が保たん。
まあ、とにかく根気良く待つか。しかし外がこれだと、中は凄い人だろうな……今日も一筋縄では行かなそうだ。
会話なんかを交えながら気長に順番が来るのを待ち続けること、約三十分。ようやくチケット売り場に辿り着く。
今回は海子の誕生日祝いだ。チケット代を出そうとした海子を止め、一人で二人分の料金を払い、チケットを購入する。
そのチケットを片手にようやく水族館内へ入る。ふぅ、長かったな……
「すまないな、払ってもらって……」
「いいんだよ。今日はお前を祝う為でもある。遠慮すんな」
「そうか……ありがとうな」
なんか今日だけで凄いありがとうって言われてるな……まあ、悪い気分では無いしいいか。
入口を抜け、やっと水族館の中へ足を踏み入れる。が、予想した通り中は外以上の人込みだった。広さはあるので進めないって程じゃ無いが、色々大変そうだな。中は薄暗いし、はぐれるかもな……
そう少し困っていると、急に海子が俺の右手を握ってくる。突然の事に体をビクつかせ、思わず隣に立つ海子の方に慌てて顔を向けてしまう。
「そ、そんなに驚くな!」
「いや、ごめんつい……」
「勘違いするな……! これはただはぐれたら面倒だと思ったからだ! それに……遠慮するなと言ったのはお前だろう?」
からかうように海子が小さく微笑む。それはそうだけど……消極的なんだか、積極的なんだか……とりあえず、心臓に悪い。
「だな……そんじゃ行くか」
手を少し強めに握り返し、歩き始める。
ほぼ一本道の内部を辺りを元気良く泳ぐ魚を見ながら、ゆっくりと進む。海子はまるで子供のように目をキラキラと輝かせていた。ははっ、楽しんでるな……
「綺麗だな……ん? 友希、アッチだアッチ!」
しばらく歩き進むと、海子のテンションが急に上がりだし、俺をグイッと引っ張り出す。いきなりなんだと驚きながら、海子の指差す方を見る。あれは……どうやらペンギンのコーナーみたいだ。
「ほら、早く見に行くぞ!」
「ちょっ、少し落ち……!」
俺の言葉が耳に入って無いのか、海子は我を忘れたかのようにペンギンコーナー目指し歩きだす。そ、そんなに興奮しますか!?
その場に辿り着くや否や、海子はガラスに吸い込まれるように張り付く。興奮状態の彼女は岩場の上をひょこひょこと歩き、水中を素早く泳ぐペンギン達に釘付け状態になる。
「はぁぁ……」
海子は目をトロンと垂らし、口をぽかんと開けて完全に気の抜けたような吐息を漏らす。な、なんか普段の海子からは全然想像出来ない状態になってるぞ……目、キラッキラだよ。
「ぺ、ペンギン好きなのか?」
「当たり前だ! こんなに愛らしいでは無いか! いくらでも見ていられる! はぁぁ……可愛いなぁ……」
おぉう……熱いですな、愛が。確かに可愛いが、そこまで夢中になるか……正直周りから見たらお前の方が可愛らしい状態になってるぞ、多分。
それにしてもアニメが好きだったり、可愛いものが好きだったり、案外子供みたいなところあるんだな……意外過ぎるけど、結構可愛らしいところがあるんだな。
海子は全くもって動こうとする気配が無い。まあ、満足するまで付き合うか――そう俺も適当にペンギンを眺めていると、館内アナウンスが流れ始める。
『ご来場の皆様に、お知らせ致します。本日、午後4時より我が水族館の誇るイルカ達による、イルカショーが行われます。誰でも自由に観覧出来るので、是非とも足をお運び下さい――』
イルカショーか……まあ、水族館の定番だな。今は……11時半か。まだ全然時間はあるけど……
「海子、どうする? 折角だしイルカショー見てくか?」
「もちろんだ! イルカショーを見なければ水族館に来た意味が無い!」
そこにもこだわりあるのね……この子水族館大好きだな。
「じゃあ、もうすぐ昼だし、適当に飯食ってから時間潰すか?」
「そうだな。その前に――」
「ん?」
「もう少しだけ……ここに居ていいか?」
「……お好きなだけどうぞ」
◆◆◆
結局あれから小一時間ペンギンを眺める事になり、昼飯は少し遅めに取ることになった。その後は適当に水族館を周り、時間を潰した。
少し長いと思ったが、水族館は広く、色々回れたので時間を潰すのも全く苦にならなかった。
そして午後3時40分頃――イルカショーが行われるメインステージへやって来た。
やはり人の数が多い。だが、座れない程でも無いし、結構空きがある。
「ちょっと早めに来て良かったな」
「そうだな。それじゃあ、座るか」
海子はそのまま一番近くの空席に座る。
「あれ? 前の方も空いてるけど、いいのか?」
「ああ。前だと濡れるかもしれないからな。それは少し……困る」
少し口ごもり、何故か頬を染める。そりゃ濡れるのは嫌だが、何故照れる? そう疑問に思ったが、海子の体を抱え込むようなジェスチャーで、察しが付いた。そういえば海子見た感じ上ワイシャツ一枚だな……濡れたら……まあ困るわな。そして大惨事だ。
しっかり納得したところで、海子の隣へ座る。
時間が近付く度に、客の数が増える。流石人気なショーなだけあるな……俺も確かガキの頃見に来たな……アイツが凄いはしゃいでたのぐらいしか覚えて無いが。
「もうすぐだな……」
海子が少し足をわなわなと動かしながら呟く。まあ、女性はこういうの好きか。俺も少し楽しみにしながら、待ち続ける。
そして――とうとう時間になった。
『皆さーん! こーんにーちはー!』
ステージ上に姿を現したお姉さんの声がマイク越しに辺り一面に広がる。
「始まったな」
「ああ……! 楽しみだな……!」
余程興奮しているのか、海子が若干前のめりになる。本当に好きなんだな……なんか見てて微笑ましいな。
そんな事を思って、はしゃぐ海子を横目に見ている間、お姉さんの挨拶は進み、とうとう主役であるイルカがステージ近くのプールから勢いよく飛び出しながら、姿を見せた。
随分派手な登場だな……さぞかし興奮しているであろう海子に目を向ける。
「おぉ……」
案の定、目が燦々と輝いている。これ……ラストまでテンション保つのか?
そう海子に関する色々な事が気になりながら、イルカショーに没頭した。
◆◆◆
「いやぁ……凄い楽しめたな、友希!」
「ははっ……まあ、楽しかったな。海子はちょっとテンション高過ぎたかもだけど」
「そ、そうか? 私としては普通なんだが……」
「まあ、楽しんだなら何よりだ」
イルカショーも無事終わり、俺と海子はステージを離れ、水族館内を適当に歩いていた。
「どうだ? 今日は楽しめたか?」
「ああ、とても充実した一日だった」
「そりゃよかった。まあ、俺無しでも変わんなかったかもな」
「そ、そんな事は無い! お前が居たからここまで楽しめたんだ! だから……ありがとうな、今日は付き合ってくれて」
「……そっか。それなら付き合った甲斐があった」
「ああ……本当にいい思い出になった……そろそろいい時間だ、帰ろうか」
現在の時刻は4時半過ぎ。確かに帰るにはいい時間だ。でも――
「悪い。少し寄ってみたいところがあるんだけど……いいか?」
「……? 別に構わないが……どこだ?」
「お土産コーナー」
「お土産か……そういえば、買ってなかったな。私も買っていくか。妹さんへのお土産か?」
「いや、お前にあげようと思って」
「……へ?」
ぽかんと口を開けて、腑抜けた声を漏らす。
「ど、どうして私に?」
「どうしてって、今日はお前の誕生日を祝うってのが目的だ。なら、プレゼントの一つや二つ買うだろ? 普通なら前もって買っておくもんなんだろうけど、俺お前の好みとかよく知らないしな。変なの買うより、お前が欲しいっての買ってあげた方が嬉しいだろ?」
「友希……」
「あ、それともお土産とかじゃ無くてもっと豪勢なやつの方がいいか? なら別の場所に行くけど――」
「そんな事は無い! 十分……嬉しい事だ。本当に……」
瞳を潤ませ、頬を高潮させて小さく囁く。まさかそんなに喜んでくれるとは……サプライズとかより地味かと思ったが、この方法は正解……かな?
「それじゃあ、早速行くか。遠慮せず、好きなの好きなだけ買え。予算オーバーしない限り受け入れるぜ」
「そうか……では、お言葉に甘えようとしようか」
目を擦り、こちらを真っ直ぐ見つめ、近寄って来る。そのままお土産コーナーに立ち寄り、海子と共にプレゼントを選ぶ。
人形、アクセサリー、キーホルダー、食べ物――種類は様々だ。海子はそれを一つ一つじっくりと見て回り、そしてある一つの商品を手に取る。
「……うん。友希、これを買ってくれるか?」
海子が手に取ったのはミニサイズのペンギンの人形が付いた携帯ストラップ。値段も安い上、言ってしまえば結構地味だ。
「これでいいのか? もっと高い物でもいいし、他も買っていいぞ?」
「こういうのは値段や数じゃ無い。それこれなら常に側に置いておける……私はこれが良い」
「……そっか、分かったよ」
海子からストラップを受け取り、レジへ持って行き、会計を済ませる。
先に店の外で待たせていた彼女の元へ向かい、改めてストラップを渡す。
「はいこれ。ちょっと遅いけど、誕生日おめでとう」
「ああ、ありがとう。一生大事にする……早速付けていいか?」
「もちろん」
海子はポケットからスマホを取り出し、それに慣れた手付きでストラップを付ける。難無く付け終えると、それを見つめて嬉しそうに小さく笑う。喜んでくれてよかった。
「でも、本当にそんなんでよかったのか?」
「いいと言っている。納得いかないなら、来年はもっと大きいのを貰ってやる」
「なんだよそれ……例えば?」
「例えば…………お前の……恋人の権利……とか、な」
照れ臭そうに俯き加減に顔を逸らし、か細い声を出す。予想外過ぎる答えに思わず俺も体が熱くなる。それと同時に、なんだか申し訳無い思いが浮かぶ。それが何故だかは、よく分からなかった。
「……まあ、誕生日の前でもいいんだが……って、そういう事じゃ無いな! スマン!」
「い、いや……こっちこそ悪いな……」
「何故謝るんだ……何だか、微妙な空気になったな……そろそろ帰るか!」
「そうだな……って、悪い。少しトイレ行くから待っててくれ」
「そ、そうか……分かった」
すぐ戻ると言い残し、近くの男子トイレに急ぐ。
恋人か……なんかプレッシャーというか、重荷が連なるな。あんな風に思ってる子の思いを受け入れない事になるかと思うと、心が痛む。
「はぁ……責任重大だな、本当……」
◆◆◆
友希を待ちながら、スマホにぶら下がるストラップを眺めた。
さっきはついあんな事を言ってしまったが……友希を困らせてしまっただろうか? だとしたら、少し悪い事をしたな……
「とはいえ……」
あれは私の本心だ。否定する事は出来ない。友希とこうして一緒に楽しく過ごせるなら、今も悪く無い。だが、私はもっと彼と深い、近しい関係になりたい……
でも、友希を困らせるのも嫌だ……私はどちらの気持ちを優先すればいいのだろうか……
「ちょっと、そこの君」
思い悩んでいると、不意に声を掛けられる。顔を上げると、目の前には私を囲い込むように立つ三人組の男。何の用だ? 見るからに柄が悪そうだ……いい事では無いな。
「もしかして一人? なら俺達と遊ばない?」
ナンパか……古典的な口説き文句だな。よくも人前で堂々と出来るものだ――と、思ったがどうやら人がごった返しているこの状況で、誰もこちらに気付いていないらしい。面倒だな……
「……悪いが、連れがいる。自分達だけで行くんだな」
「冷たい事言うなよ。そんな連れ放っておいて行こうぜ?」
しつこいな……少し威圧してみるか。
「私はお前らのような愚鈍なやからに興味など微塵も無い。早急に立ち去れ」
出来る限り冷たく、突き放すようなイメージを意識して口を開く。すると彼らのリーダーと思われる男が突然血相を変え、私の腕を押さえつけ、壁に打ちつける。
「あんま調子のんなよ、オイ?」
こいつ……沸点が低いタイプか。腕を払おうとしたが、意外と力が強い。どうする……大声を上げれば流石に周りも気付くだろうが、大事にはしたくないな……
そう少し躊躇していると今度は周りの男達まで近寄って来る。このまま無理矢理押さえつける気か? 流石に完全に拘束されたら手が打てない。仕方無い、少し問題事になるかもしれんが――
「――そこまで」
反撃をしようとした途端、突然私の目前に腕が伸び、男の腕を掴む。
「ああ? なんだテメェ?」
「その子の連れですが……何か?」
「と、友希!?」
想像より早く戻ってきた友希が鋭い眼光で男達を睨み付け、男の腕を私から離す。
「連れぇ? テメェがか? 随分ちんけな奴だな」
「そりゃ、あんたらみたいなゴリラ野郎に比べたらそうでしょうね」
「あぁん?」
友希の挑発するような言葉に、男達が私では無く友希を囲い始める。な、なんで相手を怒らせるような事を……?
「テメェ、死ぬ覚悟あんのか?」
「安い決まり文句だな。脳みそまでゴリラか?」
「ムカツクなテメェ……!」
「よ、よせ! 友希、私なら何でも無い! だから大人しく――」
「悪いけどそれは出来ねぇ」
友希の今まで聞いた事無いような声に、思わず言葉が詰まる。初めて、友希に恐怖に近い雰囲気を感じた。だが、私はこの雰囲気をかつて経験したような気がする。これは――
「海子も知ってるだろ? 俺はイジメっ子が嫌いだ。だから、こいつらみたいに女の子を寄ってたかってどうにかしようとする奴も大っ嫌い何だよ! 簡単に許せるか!」
ああ、そうだ……これは、今の友希から感じるのは――あの時と同じだ。
あの時、私をイジメっ子達から助けてくれたあの時と。
「だから悪いけど、引く気にはなれない……!」
本当に、お前は変わらないんだな……正義感が強くて、許せない事があれば必死になって立ち向かう。そして、困ってる者の助けになる。私は、そんなお前を好きになったんだった……
「上等だ……やってやろうじゃねぇか……!」
だが、もう私は守られる立場じゃ無い。あの出来事から、私は変わった。
今度は、私が守る側になる――
「待て――!」
私の声に友希と男達が動きを止める。その隙に私は彼らと友希の間に割って入る。
「海子!?」
友希が大きく目を見開く。まあ、驚くのも無理ないか。男達も少し驚いたような顔をしたが、すぐに眉間にシワを寄せる。
「なんだよ……テメェがやんのか?」
「海子下がれ! 俺なら別に――」
「大丈夫だ、友希。――私が守る」
すぅぅ、っと息を吸い、吐く。心を落ち着かせ、真ん中のリーダーであろう男を睨む。
「何だよその目――」
その言葉が放たれた瞬間――私は右足を全力で蹴り上げる。我ながら完璧な一撃は男の顔を掠め、微風を靡かせて男の髪を揺らす。
「……は?」
男が額に汗を滲ませ、声を漏らす。他の二人も呆然と口をあんぐりと開ける。今の私の一撃を見て流石に危険を覚えたのか、顔が青ざめる。そこに駄目押しを与えるように、私は静かに口を動かす。
「……次は当てるぞ?」
その我ながら冷酷だと理解できる言葉に、三人は悲鳴を漏らし、その場からそそくさと立ち去る。案外弱い奴らだ……足を下げ、スカートの裾を正す。下にスパッツを履いていてよかった……
そう一安心する――が、後ろに友希が居た事を思い出し慌てて後ろを振り向く。
友希の顔を見ると、案の定彼は唖然とした表情でこちらを見ていた。まあ……当然の反応か。
「海子……今の……」
「驚かせてしまったな……実は少しばかり格闘技をかじっていてな……」
「か、格闘技!?」
そう、私は中学から格闘技を習っていた。理由は自分を変える為、自己防衛など色々あるが……一番はもう守られる立場になりたく無かったからだ。
だから最低限の技術を身に付け、後は独学で鍛えていた。
「そうだったのか……」
「……引いたか?」
「え?」
「当然だな。あんな暴力的な事をするような女子……好む訳無いな……」
状況が状況だったが、あんな姿は見せたく無かったな……友希だって女の子らしい子が好きだろう。墓穴を掘ってしまったかな……そう、敬遠される事を覚悟する。
だが、友希はうっすらと笑い、私に優しく声を掛けてくれた。
「そんな事無いさ。あんな凄い蹴り出せるなんてカッコいいじゃん! 俺実は大して喧嘩強くないから、むしろ憧れちゃったよ」
「え……?」
「海子は本当に凄いな。勉強も出来て、みんなに頼られて、力も強い。人として尊敬するよ」
友希は私を敬遠するどころか、絶賛した。
そうだ……友希はこういう人間だった……とても優しくて、寛容な奴だった。だから、私は好きになったんじゃないか――
「でも助けに入ったのに、結局助けられちゃったな。なんかカッコ悪いな」
「そんな事は無い! 私を助けてくれたお前は……凄く、カッコよかったぞ……」
「そ、そうか?」
友希の顔が少し赤くなる。それに釣られるように、全身が一気に熱くなる。うぅ……恥ずかしい……頭から水を被りだい気分だ……
「えっと……じゃあ、帰ろうか? なんか人の目が集まってきたし……」
「そ、そうだな……」
流石に騒ぎを大きくし過ぎたか、いつの間にか辺りの人がたくさんこちらを見ている。
これ以上騒ぎになってはいけないと、私と友希はそそくさとその場を立ち去った。その時、咄嗟に繋いだ手がとても暖かかったのが不思議と嬉しくなった。
友希を好きになって……本当によかった――私は改めて、彼への思いを心に刻んだ。
私は、そんな彼の側に居たい。そして彼を一生守りたい――そう心に誓い、願った。
デート回は少し長くなるな……
そんなこんなで、委員長の意外と可愛いもの好きで案外武闘派な事や、主人公のちょっとカッコいい部分が見えたこのデートも無事完結……
ではありません。なんと言っても誕生日デートですから、まだまだ続きます!
次回、誕生日デート延長戦! さらなる甘酸っぱい出来事が待っています!
フラグはもう立っている……お楽しみに!