モテ期と修羅場は同時にやって来るものである   作:藤龍

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バースデーは期待でいっぱいである

 

 

 

 

 

 

 

 ――6月1日。

 今日から新たな月の始まりだ。とはいえ、正直6月はそんな大きな事がある訳じゃ無いし、あんまり変わった感が無い。今まで通り、気軽に行こう。

 だから今日もいつも通り、裕吾と共に学校へ向かい、教室にいつも通り入る。最近毎度のように向けられていた男共からの殺気が薄まってきた。人の噂も七十五日だな。

 

「あっ……」

「ん?」

 

 平穏に感謝をしていると、不意に少し裏返った声が耳に入る。顔を少し動かすと、偶然扉の近くに居た海子と目が合う。どうやら彼女があの声の主らしい。

 

「よう、おはよう」

「お、おはよう……」

 

 何故か海子は盛大にキョドっている。その様子のままそそくさと自分の席に戻る。……なんだあれ? 俺何かしたか? 心当たりが全く無いんだが……

 海子に何か気まずくなるような事をした覚えも無い。不思議に思いながらも自分の席へ向かう。途中、海子が何回かこちらをチラチラと見ているのが見えた。……本当になんだ? 様子がおかしいぞ。

 

「……ああ、なるほど」

 

 席に座り、海子の様子をなんとなく伺っていると、隣に座る裕吾が突然口を開く。こいつ、なんか知ってるのか?

 問いただそうとした途端、裕吾がスマホを取り出し何やら操作をすると、それを俺に渡してくる。

 画面を見るとそこには海子の写真が載ったプロフィール的なものが映っていた。え、コイツなんでこんなの持ってるの怖い。

 

「言っとくがストーキングしてる訳じゃ無いぞ。俺趣味が人間観察だから、この学園大体の生徒のプロフィール知ってるだけで、それをまとめてるだけだ」

「いやそっちの方が怖いわ。で、これがなんだよ?」

「とりあえずそれ一通り見ろ」

 

 口答で教えてくれてもいいじゃん……とりあえず、画面をスクロールして海子のプロフィールを見る。年齢に、身長に体重まで……うわっ、スリーサイズまで記載してるし……意外とデカいな……じゃ無くて!

 そのまま見進めている途中、ある情報が目に入り、そこでスクロールを止める。

 

「誕生日――6月3日……」

 

 あれ……今日って6月1日だよな? ということは、海子の奴明後日が誕生日か。そりゃめでたいな。……ん、とすると……

 ある事が引っかかり、自然と海子の方へ視線を向ける。どうやら海子はまたこちらを見ていたらしく、目が合う直前にそっぽを向くのが見えた。あの反応にこの時期……つまりは――

 

「誕生日なんだから何かしてくれるんじゃ――的な心境なんだろ」

「……やっぱそうだよな」

 

 まあ、期待はしちゃうよな。確かに誕生日といえば、男女問わずビッグイベントの一つだろう。そしてそういうイベントには、普通ちゃんとした恋人同士ならデートに行ったりなんだりするもんなんだろうし、そういうのに近しい関係な俺が海子の為に何かするのは、当然といえば当然だろう。彼女も少なからず、そういうのを期待しちゃってるんだろう。

 俺も普通に祝ってやりたいし、そこに意義は無い。だが……いくつか問題がある。

 

 一つは俺はそういったバースデーイベントで相手を喜ばせる方法とかが分からん。家族では普通にパーティーするだけだし、女友達の誕生日を祝うなど、小学時代以降経験が無い。

 さらに、とても微妙な関係性の海子が相手となると、色々大変そうだ。まあ、そこはじっくり考えれば解決するだろう。

 

 問題はあの三人がどう思うか――だ。

 当然三人にとっては気分の良い事では無いだろう。もちろん他の三人にも誕生日が来れば平等に祝ってやるつもりだが、あの三人(主に先輩後輩)は納得してくれるかどうか不安だ。

 ……いや、無理矢理でも納得してもらおう。海子は言ってこないが、多分とても楽しみにしてるはずだ。そんな期待を裏切るのは、なんだか気が引ける。

 

「……よし」

 

 決意を固め、スマホを取り出し海子以外の三人にメールを送る。さて……どう説得するかな。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 ――昼休み 屋上

 

 

 いつもは和気あいあいとした空気に包まれ、幸せな空間になっている屋上だが、今はとてもピリついた空気が流れている。

 原因は――俺が呼び出した天城、出雲ちゃん、朝倉先輩の三人のせいだ。

 

「…………」

 

 屋上飯を食べている皆さん、ごめんなさい。いや、呼び出したのは俺なんだけどさ、ここまで空気が悪くなるとは思わなかったんですわ。顔合わせただけで空気が悪くなるってこの三人どんだけ仲悪いのよ。

 

「……で、話って何かな?」

 

 気まずい雰囲気が続き、話し辛いと躊躇していると、天城が口を開く。よし、会話の糸口ゲット!

 

「あっと、三人を呼んだのはちょっと相談というか……提案というか……お願いというか……」

「大分不安定ね」

「……すみません」

「あ、責めてるわけじゃ無いのよ。そう思わせたならごめんなさいね」

「いや、いいんです……それで話なんですけど……海子の事なんだけど……」

「まあ、一人だけ呼ばれて無いんなら、そうでしょうね。なんですか? 雨里先輩の脱落報告ですか?」

「いや違うから!」

 

 何故出雲ちゃん(この子)はこうも嬉々して話すんだ。恐ろしいぞおい。

 

「……誕生日……でしょ?」

「天城、よく知って……って、当たり前か」

 

 中学からの親友だもんな。それぐらい知ってなかったら駄目だよな。

 天城はどうやら事情は何となく理解してくれているようだ――が、他の二人は明らかに不機嫌そうな顔をする。……大丈夫かなぁ?

 

「……天城の言う通り、海子は今週誕生日らしい。そこでなんだけど……その一日だけ、海子の好きにさせてやってあげられないかなぁ……なんて」

「……どういう意味ですか?」

「そ、そのぉ……前に月に一回デートしてもいいってルール決めたじゃん? それとは別に、海子の相手してやる事は出来ないかなって……折角の誕生日っていう特別な日なんだし、海子には目一杯楽しんでもらいたいんだ! も、もちろんみんなの誕生日にも好きなだけ付き合う! そこはきっちり平等にするから!」

 

 俺の必死の言葉に、三人は返事をしない。ただ悲しそうな顔をしたり、納得のいかない顔をしたり、不機嫌そうな顔をしたりと、ともかく諸手を挙げて賛成――という訳では無さそうだ。

 それは当然だろう。好きな相手が他の女の誕生日に付き合う――そんなの気分が良い訳無いだろう。かといって、海子を放っておくのは嫌だ。俺は最低限、彼女達の思いに答えると決めた。

 海子が俺と過ごしたいと望んでいるのなら、それを叶えてやりたい。誕生日なら、それぐらいのわがままは認める。

 でも、それは他の三人を悲しませる事になる。でも――

 

「……俺は、事が終わるまでみんなを平等に見るって決めた。ちゃんと向き合って、答えを見つけるって」

「…………」

「当然、今回みたいに誰か一人に付きっきりって時もあるだろうし、みんなを悲しませないなんて無理だ。でも、絶対不幸にはさせないから! 何か悲しませたら、少しでも幸せに思ってくれるよう出来る限りの事はする! だから――」

 

 正直、何言ってるか自分でも分からなかった。必死になりすぎて、支離滅裂になってる気がする。でも、俺の思いは本気だ。俺はみんなを悲しませたく無い、裏切りたくない、必死に全力で向き合いたい。

 だから、今回の海子の思いにも答えてやりたい。その為に、三人には納得してもらう――

 

「……分かったよ」

 

 すると、突然黙り込んでいた天城が、不意に口を開く。

 

「やっぱり少し嫌な気持ちもある……けど、世名君はそういう優しい人だもんね。いいよ、海子の相手をしてあげて」

「今回は、彼女に譲るわ。少しぐらいは幸福を与えないと」

「その代わり、私の誕生日はガッツリ付き合ってもらいますから!」

 

 な、なんか良く分からんが、納得してくれ――

 

「――でも」

「決して心の底から認めてる訳じゃ無いですから!」

「そこはちゃんと理解しておいてね?」

 

 ――て無いなー、これ。まあ、とりあえず許してはくれたって事で良いんだよな? 呪われたりしない……よな?

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 何とか三人から許可は得られた。これで海子に付き合ってやる事が出来るだろう。

 とはいえ、何をすれば良いんだか……サプライズ? いや、俺そんなの上手く出来る自信が無いな……

 

「どうすっかなぁ……」

 

 ブツブツ呟きながら教室への道を歩く。そろそろ昼休み終わるな……放課後家に帰ってから考えるか――と、思った矢先。

 

「あっ……」

 

 教室前でまさかの当の本人である海子と遭遇。

 突然の事にビックリして思わず変な声が漏れる。海子もあわあわしながら視線を逸らす。

 ど、どうする? サプライズとかの事も考えて、ここは普通に接して流すか? いや、でもその対応は海子にとってはどうなんだ?

 

「あっと……そ、そろそろ授業が始まるぞ!」

 

 俺が色々悩んでいる間、海子は教室の扉を開けて中に入ろうとする。

 ……いや、誤魔化すのは何か違うな。俺は海子に喜んでほしいだけだ。なら、考えるのは俺じゃ無いな。

 

「なあ、海子。誕生日にしてほしい事とか……あるか?」

「なっ……!?」

 

 海子が顔を真っ赤にして、口をあんぐりと開ける。そんに驚くかね……望んでた事じゃ無いの?

 

「その……折角の誕生日だしさ、なんか祝ってやりたいなーって。俺が考えるよりも、お前がしてほしい事が良いかと思って」

「してほしい事……何でも、良いのか?」

「……友達の範囲で出来る事なら」

「なら……私と……デートしてくれないか……?」

 

 消え入りそうな、普段の彼女からは想像出来ないか弱い声でそう口に出す。

 

「プランは前みたいに私が決める……駄目か?」

「ああ、構わないぜ」

「そ、そうか!」

 

 今まで照れくさそうにしていた海子の顔がぱぁっと明るくなる。こんな事で喜んでくれるなら、別に深く考える必要無かったな。

 

「では……今週の土曜日でどうだ?」

「ん? 誕生日は明後日の水曜日だろ? 良いのか?」

「構わない。折角なんだから、ゆっくり過ごしたい……当日で無くてもいいだろう?」

「あ、ああ……お前が良いなら」

「そうか、よかった……では、よろしく頼むな……?」

「お、おう……」

 

 そのまま海子はとても嬉しそうに微笑みながら、教室へ入っていった。

 デートか……まあ、それぐらいしか無いとは思ってたし、予想外って訳じゃ無いな。とはいえ、折角の誕生日なんだ――前より、楽しんでもらいたい。

 

「……俺も何か考えるか」

 

 サプライズ……では無いが、アイツが喜んでくれそうな事を考えるか……

 

 ともかく、こうして海子の誕生日を祝うデートが決まった。これがどういった事に繋がるかは、まだ分からない。とりあえず、海子に精一杯楽しんでもらえるよう、出来る限りの事はしよう。

 

 

 

 

 

 

 




 というわけで、ビッグイベントの誕生日。その繋ぎの回。
 次回は本番。前回のデート回とは違い、色々トラブルがある……かも。お楽しみに。




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