「だあぁ……疲れた……天城、お疲れさん」
「お疲れ様」
今日も今日とてバイトが終わり、着替えを済ませて天城と一緒に帰宅しようとした矢先、ポケットに入れていたスマホが鳴りだす。画面を確認するとメールが一通。友香からだ。
「えーっと……『お母さんが牛肉とニンジンとジャガイモ買ってきてだって』……か」
どうやら夕飯の買い出しのお願いらしい。今日はカレーかな。ともかく、買い物を頼まれたし……スーパー寄ってくか。天城にも言っとかないとな。
「天城悪い、一人で帰っててくれるか? 買い物頼まれてさ」
「あ、そうなんだ。それじゃあ、しょうがないね……」
そう言いながらも天城は分かりやすくしょぼくれる。そんな顔しないでくれよ、何か凄い行きにくい。とはいえ買い物に付き合わせる訳にはいかないし、仕方無い。
天城に別れを告げ、スーパーへ向かおうとしたその時、急に携帯の着信音が鳴りだす。自分のスマホを確認するが、着信は無い。
「あ、ごめん私のだ」
天城が鞄からスマホを取り出し、届いたメールを確認する。すると、どうしたのか天城の顔色がまたまた分かりやすくぱぁっと明るくなる。な、何かあったのか?
「……どうかした?」
「えっ!?」
気になったので問い掛けてみたが、何故か天城は大げさに驚く。その拍子にスマホを手から滑らせ、天城がそれを慌ててキャッチする。そんな動揺する事ですか……
「えっと、今お母さんから買い物頼まれて……そのぉ……」
歯切れ悪く喋りながら足元をモジモジと動かし、こちらに目を向けてはすぐ逸らすという男心をくすぐる天城の行動に思わずドキッとしてしまう。この子は何で一つ一つの行動が可愛らしいんでしょうか。というか買い物頼まれたって……まあ、そういう事でしょうね、多分。
そして天城の口から、俺の予想通りのセリフが言い放たれた。
「……良かったら、一緒に行って良い?」
「……はい」
そう言うしか出来なかった。ここでノーとは言えんでしょ!
◆◆◆
結局、俺は天城と商店街近くにあるスーパーに来て、二人の買い物を一緒に済ませていた。
「俺は……こんぐらいかな。次は天城のだな。何買うんだ?」
「えっと、まずは卵かな」
「了解」
カゴを二つ乗せたカートを押しながら、卵コーナーを目指す。天城もその隣を歩く。まさかこうして二人で買い物する事になるとはな……想像も出来なかったな。
多分天城もそう思ってるだろうな……そう考えていると自然と天城に目が向く。彼女は何故かとても楽しそうにニコニコ笑いながら、少し体を上下にぴょんぴょん動かしている。
「……なんか上機嫌だな」
「え、そうかな? まあ、楽しいのは確かかな。こうして世名君と二人っきりで買い物してるんだし。それに……」
そこで言葉を切ると、急に顔を赤らめて俯き、口をモゴモゴと動かす。
「何だか……夫婦みたいだなぁ……って……」
消え入るような声でそう呟くと、さらに顔を赤くして、照れ隠しをするようにそっぽを向く。恥ずかしがるなら言うなよぉ! こっちまで恥ずかしい!
なんとなく気まずい状況になり、無言の状態がしばらく続く。何とかしてこの状況を変えなければ……そう話題を振ろうとした途端――予想外の事により、この状況が一変した。
そう、ほんわかとした平和的な状況から――地獄のような状況に。
「何してるんですかぁ?」
突如耳に流れたその言葉に、俺はゾクッと背中に悪寒を感じた。
その声はとても甘く、柔らかい口調でありながら、とても冷ややかだった。そしてそこから感じられる――殺気。
そして何より、俺はこの声の主を知ってる。恐怖やら何やらで顔が引きつり、さっきまでとは違う意味で心臓の鼓動が高まる。
そのまま恐る恐る後ろを振り向くと――そこには満面の黒い笑みを浮かべる少女が。
「こぉんなところで会うなんて奇遇ですねぇ……先輩?」
「……や、やあ出雲ちゃん……買い物?」
出来る限り、最大限の笑顔を見せ、優しい声を出す。が、出雲ちゃんは相変わらず殺気を引っ込める気配は無く、邪悪な笑顔を消さない。ヤバイ、俺の第六感が警報を鳴らしまくってる。とはいえ、逃げたら逃げたでヤバイ。
そんな魔王とエンカウントしてしまったレベル1の勇者のような状況の俺に、魔王……では無く出雲ちゃんはゆっくりと近付いて来る。
「はい、買い物ですよ。そしたら先輩と会えてラッキーって思ってたのに……何で居るんですかぁ? ゴミ……天城先輩?」
おかしいな、今ゴミって聞こえたよ? 俺にも難聴傾向来たか?
そう現実逃避をしていると出雲ちゃんはグイッと天城に顔を近付ける。天城もさっきまでの幸せそうな面影が全く感じられない冷酷な目で出雲ちゃんを睨む。天城さん! スマイルを忘れちゃいけないよ!
「別にアナタに関係無いじゃない」
「はいぃ? 関係ありまくりですけど。何で私の先輩と二人っきりで買い物なんてしちゃってるんですか? ちゃんと許可取ってからにして下さいよ。許可なんてあげませんけど」
「意味の分からない事言わないでくれる? それにアナタのじゃ無いし。それに私と世名君はバ……」
「ば?」
「……バッタリ会っただけだし、一緒に買い物ぐらい良いじゃないの」
「良い訳無いですよ。抜け駆けなんて卑怯なんじゃないですかぁ? いいから、天城先輩は一人で買い物済ませちゃって下さい。後は私が先輩と買い物するんで」
「そんなの認める訳無いでしょう。アナタこそ早急に立ち去りなさい」
「…………」
もう止めて! これ以上殺気を撒き散らしながら争わないで! ここはスーパー! 子供からおばあちゃんまで集まる場所! 争い事は止めようぜ! ほら、あそこに試食コーナーあるから、みんなでサイコロステーキ食べようぜ!
が、そんな俺の切望の願いも彼女達には届かず、バッチバチに言い争い続ける。駄目だコイツら……早く何とかしないと……
「ま、まあ落ち着いて……」
「これが落ち着いていられますか! 大体、なんで先輩この人と一緒に買い物なんてしてるんですか!」
「そ、それはバ……ッタリ会ったんだし、成り行きというか……」
「成り行きなんかで二人っきりにならないで下さい! あくまで平等っていうのを忘れたんですか!」
その平等を割と簡単に無視してるのはどこの誰だったかな。……みんなか。
「と、ともかくここ公共の場だから! 一旦落ち着こう! まず買い物済ませて、それから話そう!」
「むー……先輩が言うなら分かりました……じゃあ、行きましょう」
と、出雲ちゃんがナチュラルに俺と腕を組んで来る。え、どゆこと?
「ちょっと待ちなさい。何してるのかしら?」
「腕組んでるだけです。天城先輩はもう十分先輩と二人になれたんだから、いいですよね?」
「そんな訳ないでしょう。いいから離れなさいよ」
「何ですか? やるんですか? 三枚に下ろしますよ?」
「やれるものならやってみなさい泥棒猫」
だから止めてよぉ! みんなこっちを怪しい目で見てるから! 子供が「ママーあれなにー」って言ってこっち指差してるから! そして母親が「見ちゃ駄目!」って言ってるからぁ! 教育上良くない! だから本当に止めてくれぇ!
◆◆◆
あの後、何とか二人を抑え込み……まあ終始殺気は出し合っていたけど、買い物を終えた俺と天城と出雲ちゃんの三人はスーパーを足早に立ち去り、帰り道を歩いていた。
相変わらず二人は俺の後ろで不機嫌マックスな顔で互いを睨み合っている。胃が痛い……カレーは遠慮してお粥にしようかな……
会話も一切無しに無言の争いを続ける二人に声を掛ける勇気も出ず、いつの間にかいつもバイト帰りに天城と別れる場所に辿り着く。だが、天城は動こうとせず、そこで立ち止まる。
「どうした? 天城はこっちだろ?」
「そう……だけど……」
天城は不安……というか心配そうな目で出雲ちゃんを見る。ああ……そういう事ね。
「アナタ……世名君に何もしないでしょうね?」
「何かって何ですか? 私はただ欲望のままに動くだけですよ?」
「ぐっ……やっぱり二人っきりにさせられない。私もついて行く」
「自分は二人っきりなのにそれは無いんじゃないですか? それに天城先輩生物買ってたし、早く帰らないと傷みますよ?」
「くっ……!」
出雲ちゃんが煽るような言葉に、天城が歯を噛む。この子こんな嫌みな子だっけ?
「……なら、俺だけ先に帰ろうか?」
「そんなの駄目です! 先輩、天城先輩だけひいきですか?」
「あ、あはは……」
どうしよう、解決策思い付かない。このまま俺が先に帰れば天城は安心だけど、出雲ちゃんが不満。逆にこのまま一緒に帰れば出雲ちゃんは満足で、天城は不満足。
平等ってのを考えれば後者が良いんだろうが、天城が納得してくれるかだろうか……いや、ここは悪いが納得してもらおう。天城とは二人で買い物も少しだがしたんだし。
「天城、出雲ちゃんの言う通り、早く帰らないと駄目だろ? だから……」
「……分かった。世名君が言うなら……」
何とか納得してくれたか……でも、天城は瞳を少し潤ませシュンと肩をすぼめる。……スッゴい心苦しい。俺が悪いのか? でもしょうがないよ、家路の問題!
「それじゃあ、ここで……アナタ、世名君に何かしたらタダじゃおかないから……」
「肝に銘じておきまーす!」
勝者の余裕――というべき甲高い声を出しながら笑顔で手を振る。天城はそれに目をつり上げ、唇を噛む。ああ……女子って怖い。
そのまま天城の姿が見えなくなるまで見送った。さて、ここから出雲ちゃんと二人か……何も無きゃいいけど……
「さあ、行きましょう、セーンパイ!」
と、思った矢先出雲ちゃんが腕を組んで来る。ですよね……何かもう慣れてきた。
はぁ、と溜め息を吐きながら仕方無くそのまま歩く。体重を思いっきり乗せてくる出雲ちゃんと荷物のせいでとても歩き難い。さらには出雲ちゃんの胸の感触で自然と力が抜けて、荷物がさらに重く感じる。
「あの、離れてくれると有り難いなぁ……」
「駄目です! 天城先輩と二人っきりで居た罰です!」
罰って何だよ……こりゃ一緒のバイト先って知れたら俺地獄に落ちるな。
「あのさ……別に二人っきりで居たっていってもデートとかじゃ無く、買い物してただけだし、そこまで……」
「先輩は分かって無いです! 女の子はどんな状況でも他の女と居るのは気に食わないんです! 本来なら近寄る女は残らず駆逐したい気分です!」
「駆逐って……自分だって俺と二人になったりしてるんだし……」
「私は良いんです! だって先輩のパートナーですもん!」
駄目だ、いくら言っても聞かないなこの子。俺を独占したいって気持ちが強すぎるんだよなぁ……正直もう平等なんてルールが生きてるかも怪しいぞ……
「はぁ……おい、出雲ちゃんはこっちだろ?」
「もうちょっと良いじゃないですかぁ」
「天城には帰れって言ったんだから自分も守れよ……」
「天城先輩は天城先輩、私は私です!」
どこのガキ大将だよ。このままじゃしばらく離れそうにないな……参ったなぁ……でも、俺も生肉持ってるし、いつまでも付き合ってはいられないんだよな。
出雲ちゃんも満足してくれれば、帰る気になるだろう。とりあえず空いてる右手で、出雲ちゃんの頭を軽く撫でる。突然の事に出雲ちゃんはピクッと肩を震わせると、口を噤み、赤面した顔でこちらを見上げてくる。時々こういう照れた表情するんだよな……それだけなら凄い純粋で可愛いのに。
「今日はもう帰りな。文句なら今度聞くから、な?」
「……分かりました。その代わり、今度他の人と二人っきりで内緒で買い物とか、許しませんから!」
「ハイハイ。じゃあ、またな」
最後にぽんっと頭を叩くと、出雲ちゃんは腕を離し、自分の頭をニヤニヤしながら抱える。積極的なんだか、照れ屋何だか……
そのまま軽く挨拶を交わし、出雲ちゃんと別れて家に帰る。はぁ……余計な体力使ったな……帰ってカレー食おう食おう。
◆◆◆
「はぁぁ……疲れたぁ……」
夕飯も終え、風呂に入ってやる事を済ませた俺は自室のベッドに倒れ込んだ。
そのまま目を閉じて寝てしまおうかと思った時、急にスマホが鳴りだす。こんな時間に誰だ? 画面を見ると、そこには『天城優香』の名前が。何の用だろうと不思議に思いながらも電話に出る。
「もしもし?」
『あ、もしもし。ゴメンね、こんな夜遅くに……』
「別に良いよ。で、何か用?」
『うん……ちょっと心配になって……』
「心配?」
『あの後……何も無かった?』
あの後――多分天城と別れて出雲ちゃんと二人になった後だろう。それが心配になって電話掛けてきたと……心配性というか、何というか……
とはいえ、あの後あった事を正確に話すと、色々問題が起こりそうだ。悪いが、適当に誤魔化そう。嘘も方便だ。
「て、天城の思ってるような事は起こって無いから、大丈夫だよ」
『そっか……なら、いいんだけど……』
電話越しでも分かる……天城の奴何だか落ち込んでるな。そんなに気に病む事か?
「なんか元気無いな? どうかしたのか?」
『……少し、不安で……』
「不安?」
『最近、夢を見たんだ……世名君が他の三人ばかりを見て、私を全く見てくれなくて……そしてそのまま……私それが正夢になっちゃうんじゃ無いかって……私が一番最初に告白したのに、世名君が離れちゃうんじゃ無いかって……』
「天城……」
彼女のすすり泣く音が聞こえる。そんな事思ってたのか……
「……大丈夫だよ、俺は天城から目を離したりしないよ」
『世名君……』
「俺はこの問題が解決するまで、絶対みんなから目を離さない。絶対答えを出す。それまでは、みんな悲しませたりはしないよ。たまに機嫌悪くはしちゃうかもだけど……」
『世名君……うん、そうだね。この一ヶ月で世名君の事よく分かったもん。世名君は誰か一人を見捨てたりはしないんだよね……ごめんね、こんな事言って。お休み』
「ああ、お休み」
その言葉を最後に、ブツリと電話が切れる。
何か色々大変だな……全員に目を向けるのも、それでいて平等ってのも……早く答えを見つけて、四人にも納得させられるようにならないと。
「……そういえば、もう一ヶ月経つのか」
さっきの天城の言葉で思い出す。今日5月31日――明日から6月だ。
俺が天城に告白されたのが、確か4月の後半。つまり、もう一月経つのだ。なんか、あっという間だったな……けど、未だ答えが出せていない上、進展制も無い。
「……まあ、頑張るしかないか」
そう呟き、俺はベッドに身を投げた。明日から始まる、新たな月に備えて。
スーパーで鉢合わせからの、キャットファイト。スーパーって割と知り合いと会うよね。
次回から6月突入。梅雨だったり、ジューンブライドだったり……梅雨だったり。それ絡みのイベントもあるかも?
そんなこんなで次回は6月と縁のあるあの人の回……の予定。