本編終了後、恋人との日常の一幕を描いたお話です。
本編のネタバレがあるので、まだ本編を読んでいる途中の人は、読み終えてからの拝読をおすすめします。
(こちらは、3月18日に短編として投稿したものを、こちらに投稿し直したものです。内容に変更はありません)
思い出いっぱい
「――ねえ友くん。ゴールデンウィーク、どーする?」
とある日の夜。夕飯も終わり、リビングでソファーに座ってテレビを眺めながら時間を潰していると、俺の隣に腰掛ける陽菜がそんな事を言い出した。
「ゴールデンウィーク? ああ……もうそんな時期か」
「うん。早いよねー、時間が過ぎるの。もう五月だから……友くんと恋人になって、もう二ヶ月近く経ったんだよ!」
「そっか……もうそんなに経ったのか」
正直、そんな実感は無いに等しい。
恋人になって以降、目に見えるほどの大きな変化があった訳でも無く、以前までとあまり変わらない日々が続いている。
別にそれでも構わないし、俺も、多分陽菜も毎日楽しく、幸せな時間を過ごせているとは思う。
ただやはり恋人になった、という感覚は薄い。良くも悪くも今まで通り、というのが俺達の現状だろう。
「で、折角なんだからゴールデンウィークは二人でどっか行こーよ! 恋人同士になったんだから、そういう特別な日にデートぐらいしたいよ!」
「まあ、それは当然構わないけど、どこに行くんだ?」
「そーだなぁ……」
腕を組んで、真一文字に結んだ口から、うーん、と長い唸りを上げる陽菜。
そんな彼女を見守りながら待つ事、数十秒。
「あっ! そういえば……」
と、陽菜が何か思い付いた……というよりかは、思い出したように声を出す。
「友くん、去年の今頃、みんなと遊園地に行ったんだって?」
「遊園地? ……ああ、そんな事あったかな」
陽菜の言葉により、脳の奥底に潜んでいた過去の記憶が引っ張り出される。
あれは確か、ゴールデンウィークが終わった後の事だったはず。色々あって、例の女性陣といつもの男性陣全員で、隣町の遊園地に行ったんだっけ。
「で、それがどうした?」
「私、その頃はまだ
「……つまり、遊園地行きたいって事か?」
「うん! 私も友くんと遊園地行きたい! 遊園地デートしよ!」
身を乗り出しながら、陽菜はズイッと俺に顔を近付ける。まん丸としていて、可愛らしい瞳が僅か数センチの距離まで近付く。
「ま、まあ、お前が行きたいならそれで良いけど……」
突然の急接近に思わず羞恥心が顔を出し、つい目を逸らす。
恋人になった今でも、こういった不意の事には慣れない……無防備というか無警戒というか、適度な距離感というものを弁えてほしい。
「本当!? やったー! 友くんだーい好き!」
が、俺の願いは陽菜には届いていないのか、彼女は歓喜の笑顔を浮かべながら、遠慮無用で俺に抱き付いてくる。同じく遠慮を知らない彼女の胸の弾力が、俺の体に襲い掛かる。
「だっ……! から! そうやって急に抱き付くの止めろって! 心臓に悪い!」
「いーじゃん! 恋人同士なんだから! よーし、じゃあ早速予定決めちゃおー!」
ポケットからスマホを取り出しながら、擦り寄るように体を俺に近付ける。柔らかい頬が俺の頬とくっつき、ほのかな熱が伝わる。
相変わらず自由人だな、こいつは……まあ楽しそうだし、いいか。
結局その密接状態のまま、俺と陽菜はゴールデンウィークの計画を立てたのだった。
◆◆◆
数日後――遊園地デート当日の朝。
起床して、若干寝ぼけた状態のまま自室からリビングへ移動すると、そこにはエプロンを身に付けた陽菜の姿があった。
なんかこんな事前にもあった気がするなぁ、と思いながら俺は彼女に声を掛けた。
「おはよう陽菜。先に起きてるなんて珍しいな」
「あ、おはよう友くん! えへへ、今日のデートが楽しみ過ぎてちょっと早く起きちゃった。まあ、元々早起きする予定だったんだけどね。これ作る為に!」
そう言って、陽菜はテーブルの上に置いてある二つの包みに目を向ける。
「ああ、やっぱりか」
「うん! 今日のデートの為に手作りお弁当作ったんだ! 結構自信作だよ!」
どや顔を作りながら、陽菜は胸を大きく張る。
少し前までなら、陽菜の手作り弁当なんて恐怖を感じる代物であったが、今の彼女の手作り弁当は今の俺にとってはちょっとした楽しみになっている。
最近は彼女の料理の腕も大分上がったし、レパートリーも増えて失敗も減った。今では学校へ持って行く弁当や、我が家の夕飯を時々作ったりするレベルだ。
つい最近まで絶望的なまでに料理が苦手だったのに、人間とは成長するものだな、と少し感心を覚えながら彼女の手作り弁当を見る。
「おっと、つまみ食いは駄目だよ友くん! お昼までのお楽しみだからね?」
「しねーよ。で、お前他の準備は出来てるのか? エプロンの下パジャマのまんまじゃないか」
「あ! お弁当作る事で頭いっぱいだった! 着替えて来る!」
大慌てでエプロンを脱ぎ、陽菜はリビングを飛び出す。
朝から落ち着きが無い奴だ……さて、あいつが戻って来るまでに朝飯でも用意して待ってるか。
俺はキッチンに向かい、適当な朝食の準備を始めた。
◆◆◆
軽い朝食を済ませてから、俺と陽菜は家を出て白場駅を目指して出発した。駅に到着した後はすぐに改札を抜け、ホームで隣町行きの電車を待った。
「はぁー、流石ゴールデンウィークだね。人がいっぱい」
列に並んで電車を待つ間、陽菜がそんな事を言いながらキョロキョロと辺りを見回す。
確かに彼女の言う通り、駅のホームは大勢の人でごった返している。今、俺達が並んでる列も、ホームの反対側に届きそうなぐらいだ。
「こんだけ多いと、電車の中も混みそうだな」
「そうだねぇ、はぐれないように気を付けないとね。……あ、そうだ」
名案を閃いた、と言わんばかりに手を叩くと、陽菜はいきなり俺の腕に自分の腕を絡める。
「なっ、いきなりなんだよ!?」
「こーしてれば、絶対離れないでしょ?」
「そうだろうけど……手ぇ繋ぐくらいで良いんじゃないか?」
「もー、照れなくって良いじゃん! 恋人同士、なんだから!」
陽菜はさらに、俺との密着距離を縮める。同時に俺の腕が、彼女の胸に埋まるように密着する。
めちゃくちゃ感触が伝わってくる……お前はもっと自分の持つ武器の強大さを知ってくれ。それは年頃の男子にとっては少々刺激が強すぎる。
が、そんな事を言っても彼女は遠慮するどころかさらにグイグイ攻めて来るだろう。なので俺は固く口を閉ざして、その感触の暴力に耐えるのみ。
まあ、俺達はもう恋人同士なんだ……こういう事も許容し、受け止めないとな。俺も、別に嫌な訳でも無いし。……とりあえず、変な事を考えるのは止めよう。
「あ、電車来た!」
雑念を振り払う事に集中していると、電車が俺達の目の前に停車する。
ドアが開くと同時に、大量の乗客がホームに降りて来る。その人の波が収まってから、俺達も電車の中に乗り込む。車内は予想通り満員で、満足に身動きが取れない状態だった。
「むぎゅ……やっぱり狭いね……」
「だな……まあ一駅だし、我慢するしかないな」
「だねぇ……うわっ!?」
電車が動き出すと同時に、人の波が一気に俺達に襲い掛かる。その流れに押されて俺は一気に壁際に追いやられる。
そして陽菜は、そんな俺に覆い被さるように流された。それにより、彼女の体が極限状態まで俺に接触する。彼女の至るところが、俺に当たる。
「ちょっ!? 色々当たってる!」
「そ、そんな事言っても私のせいじゃないもーん!」
電車の揺れに合わせて、乗客が皆揺れ動く。その流れに合わせて、陽菜の体が俺に押し当てられる。温柔な感触が、止めどなく俺の神経を襲う。
こ、これは……! 駄目だ、雑念を消せ世名友希よ! 一駅耐えるだけでいいんだ、それで解放されるんだ! だからその……頑張れ俺!
最早自分でも何に対して頑張っているのか朧気になりながら、ただただ電車が駅に到着するのを待つ。
そして耐える事約五分。ようやく電車は目的地に到着し、俺と陽菜はすぐさま電車を降りた。
「ふへぇ……大変な目にあったね……」
「……ああ、そうだな」
色々と危なかった……よく耐えたな、俺。
「ふぅ……でも、ちょっと楽しかったかも! こういうのもまた良いかもね!」
「俺は出来れば遠慮したいな……」
「えへへ、友くん顔真っ赤! 本当、照れ屋さんだね!」
「おまっ……はぁ、もういいや。それより、早く行こうぜ」
「うん! 遊園地にレッツゴー!」
俺の手を取り、陽菜は元気いっぱいに駆け出す。
さっきまで満員電車に居たっていうのに、体力底無しだな……まあ、それでこそ陽菜だ。
陽菜に引っ張られながら進む事数分。俺と陽菜は目的地である、スクランブルパークという巨大テーマパークに辿り着く。
「おー、ここだね! 結構広そうだね!」
「アトラクションもいっぱいあるしな。全部巡るのは無理だろうし、計画的に行こうぜ」
「うん! じゃあ時間も惜しいし、早速並ぼう!」
頷き、俺達は入場口に出来た列に並んだ。
それなりの時間を待ち、ようやく俺達の番が回って来る。事前に手に入れといた入場チケットを、係員のお姉さんに渡す。
すると、それと引き換えにお姉さんから「こちらをどうぞ」と、一枚の紙を渡される。
「これ、なんだろう?」
陽菜も同じ物を貰ったらしく、不思議そうに紙を眺める。
ひとまず入場口を抜けてすぐのベンチに腰掛け、貰った紙の内容を確認する。
「何々……ゴールデンウィーク限定、スタンプラリー。対象のアトラクションを遊んで頂くと、スタンプを貰えます。一定以上のスタンプを入手された方には、特別な商品をプレゼント……だってさ」
「おー、なんかイベントっぽいね! 友くん、折角だから制覇目指しちゃおうよ! こういうの集めたいじゃん!」
「まあ、別にいいけど……対象のアトラクションに、お化け屋敷もあるぞ」
「え……」
ピタリと、陽菜の表情が凍り付く。
陽菜は大の怖がりだ。お化け屋敷なんて、絶対無理だろう。
「……だ、大丈夫大丈夫! と、友くんも居るし、なんとか……」
「俺、前に入ったけど、割と怖かったぞ」
「ふぇぇ……なんでそんなイジワルな事言うのぉ!」
若干目元に涙を浮かべながら、陽菜はポカポカと俺の肩を優しく殴る。
「悪い悪い。まあ、行くかどうかは後で考えるとして、楽しもうぜ。な?」
「うん……もう! 友くんのせいでちょっと気分が落ち込んじゃったじゃん!」
ぷくっと可愛らしく頬を膨らませて、陽菜はいじけたようにそっぽを向く。
「だから悪かったって。じゃあ、丁度スタンプラリーの対象になってるし、最初はコーヒーカップでも行くか? お前、好きだろ?」
「コーヒーカップ!? 行く行く! グルグルしよー、グルグル!」
一転、瞬時に元気を取り戻した陽菜が目を燦々と輝かせる。
単純だなこいつは……まあ、機嫌が直ったようで何より……すっかり忘れてたが、こいつコーヒーカップ乗ると、加減無しで全力で回すんだった。
初っ端からギブアップしないだろうか――自分の三半規管に危機を覚えながら、俺は陽菜と共に最初のアトラクションを目指した。
◆◆◆
コーヒーカップから始まり、ジェットコースター、メリーゴーランドなどスタンプラリー対象のアトラクションを、俺達は回り続けた。
そして時刻はあっという間に正午を過ぎ、俺達は一旦アトラクション巡りを中断し、休憩スペースで昼食を取る事にした。
「うーん、午前中でも結構回れたねぇ! 午後はどうしよっか?」
「元気だな、お前は……俺はちょっと疲れたよ」
「もー、だらしないなぁ友くん。それなら……私の特性弁当を食べて、パワーを付けないとね!」
陽菜はテーブルの上に朝に見た弁当を出し、ワクワクと体を左右に揺らしながら包みを解く。
「じゃーん! さあ、存分に召し上がってねー!」
自信あり気な言葉と共に、弁当の蓋を開く。
陽菜のお手製弁当のラインナップは、綺麗に形作られた卵焼き、タコの形に切られたウインナー、真っ白な色が際立つポテトサラダに、見た目だけでサクサクしてそうなのが伝わる唐揚げなどなど、まさに鉄板の内容となっていた。
「おー、美味しそうだな」
「でしょー? 早起きして頑張ったからね! ちなみに今回特に注目してほしいのはこの唐揚げ! 実は、既製品じゃなくて自分で揚げたんだ!」
「気合入ってるな……そりゃ期待出来そうだ。じゃあ、いただきます」
箸を取って両手を合わせる。続いて陽菜も「いただきまーす!」と、元気いっぱいな声を遊園地に響かせる。
どれ……じゃあ早速、例の唐揚げを頂くとしますか。
陽菜の手作り唐揚げを箸で摘まみ上げ、パクリと口に運ぶ。
どことなく緊張した面持ちでこちらを見つめる陽菜の視線を感じながら、咀嚼を数回繰り返し、ゴクリと飲み込む。
「ど、どう……?」
「うん……凄い美味いよ、これ。予想以上にサクサクしてるし、味付けも好みだよ」
「本当!? 良かったー、喜んでもらえて! えへへ、何だかホッとしちゃった」
陽菜は安堵の表情で胸を撫で下ろし、「どれどれ私も」と唐揚げを一口で頬張る。
「うんうん……我ながら美味しー! 香織オバサンに教わった甲斐があったよ!」
「しかし……本当、料理上手くなったよな、陽菜。ちょっと前までこんな美味い料理作れるようになるなんて、考えられなかったよ」
「えへへ、これも愛の力ってやつですよ!」
「愛の力って……恥ずかしい事大声で言うなよ」
「だってそうなんだもん! これからも友くんに喜んでもらう為に、精進し続けるから! 楽しみにしててよね!」
真正面から曇りの無い笑みを向けられつい照れ臭くなってしまい、「まあ期待してるよ」と適当に返しながら目を逸らす。
「もー、そこはハッキリと楽しみにしてるって言ってよー。友くんの照れ屋さん!」
「そう何回も言うなよ……それより、午後もアトラクション回るんだろ? だったら、あんまりゆっくりしてられないぞ?」
「あ、それもそうだね。まだまだいっぱいアトラクションあるもんね! 目指せ全制覇!」
おー! と、高らかに叫んで、陽菜はパクパクとハイペースで弁当を食べ進めた。
それからしばらくして昼食を終えた俺達は、遊園地巡りを再開した。
順繰りにアトラクションを回り、存分に楽しんでからスタンプを貰って次のアトラクションを目指す――この手順を数回ほど繰り返した頃、俺達の目の前に、例のアトラクションが姿を見せた。
「次はここな訳だけど……どうする?」
目の前に見える次のスタンプラリー対象のアトラクション――お化け屋敷を見上げながら、俺は陽菜に問い掛けた。
「……飛ばすか?」
「だだ、大丈夫……! こ、ここまで来て、スルーする訳にはいか、いかないよ……!」
強がった言葉を発する陽菜だが、顔は青ざめて表情はガチガチ。俺と繋いだ手は震えて、汗ばんでいる。
「無理しなくてもいいんだぞ? 別にここをスルーしても、景品は貰えない訳じゃないし」
「で、でも、なんかそういうのってモヤモヤするし! い、行こう! 大丈夫、大丈夫……」
本当に大丈夫かよ……まあ、当人がこう言ってるんだし、その意思を尊重してやるか。
結局、目の前に建つ不気味な洋館に乗り込む為に、俺と陽菜はお化け屋敷の列に並んだ。
寒さを我慢しているかのように震える陽菜と待つ事、数十分。順番が回って来て、俺達は洋館の中に突入した。
同時に、視界が薄暗い闇に支配される。
「ヒィィ……」
瞬間、陽菜が蚊の鳴くような悲鳴を漏らす。早くも限界が近そうだ。
「と、友くん、居るよね?」
「手ぇ繋いでるだろ?」
「そ、そうだね……絶対離しちゃ駄目だからね?」
「分かってるよ。進むぞ?」
「う、うん……」
恐らく腰が引けている彼女に無理が無い速度で歩き始める。
先に進む度に、木製の床がギシギシと不気味に音を立てる。気のせいか分からないが、辺りから時折うめき声のようなものも聞こえて来る。その度に、陽菜が小さく悲鳴を上げる。
前に来た時より怖さが増してる感じがするな……流石に俺もちょっと緊張してきたな。まあ、隣にもっとヤバイ奴が居るから、そう言ってられないんだが。
そのまま音沙汰も無く進む事、一分が経過。
「こ、このまま何も無いといいんだけど……」
陽菜がそう口にするが、ここはお化け屋敷。当然そんな事も無く――直後に、道の脇にある扉からドン! と、大きな音が響いた。
「うひゃあぁ!?」
同時に陽菜がその音を掻き消すほどの絶叫を響かせ、俺の腕に縋り付くように抱き付く。
「なになになになにぃ!? いきなり大きな音出さないでよぉ……!」
「まあ、お化け屋敷だし……本当に大丈夫か?」
「……正直大丈夫じゃない」
鼻水を啜りながらの涙声が返ってくる。
駄目だこれ……だから止めとけって言ったのに……
「どうする、ギブアップするか?」
ここで退くのが得策だろうと、俺はそう提案する。
が、陽菜は首を横に振った。
「折角勇気出して入ったんだもん……最後までやる」
「頑固だなお前も……まあ、陽菜らしいといえばらしいか。じゃあ、行くぞ」
「うん……ねぇ、このままギューってしてていい? 少しは安心するからさ……」
「いちいち聞かなくていいよ。こんな状態の彼女を突っぱねるほど、外道じゃねえよ」
「……うん、ありがとう」
なんとなく嬉しそうな囁きを口にしながら、陽菜は俺に身を寄せる。彼女の激しく脈打つ心臓の鼓動が伝わり、こちらの緊張も釣られて上昇する。
「……うん。友くんとくっ付いたら、ちょっと元気出て来た。なんか、行けそうな気がする」
「本当か?」
「うん。さ、早く先に進もう――」
「アアァァァァァァ!」
陽菜が足を前に出すと同時に、ゾンビに扮した男性が目の前に姿を現した。
「わあぁぁぁぁぁぁぁぁ!? やっぱり無理ぃぃぃぃぃぃぃ!!」
……駄目だこりゃ。
その後、どうにかお化け屋敷を最後まで完走した俺と陽菜。
なんだか久方振りな気がする太陽の光を浴びながら、お化け屋敷を離れる。
「ううっ……怖かったぁ……」
「泣くなよ……今度からは変な意地は張らないで、無理なもんは最初から諦めとけよな?」
「ぐすっ……そうする」
「それでいいんだよ。さて、次はどうする?」
「ちょっと休憩したいかも……流石に疲れたよ……」
陽菜はくたびれた顔で、ガクッと肩を落とす。
「全く無茶して……じゃあ、どこか座れる場所は……あった」
近くのベンチまで移動して、陽菜と横並びで腰を下ろす。
「はぁ……もうお化け屋敷はコリゴリだよ……」
「そんなんなるなら無理しなくてよかったのに」
「だって、折角の友くんとのデートなんだよ? なら少しでも色んな思い出欲しいじゃん!」
「だからって無茶してお化け屋敷なんて入らなくても……良い思い出にならないだろ」
「そんな事無いよ! 確かに怖い思いの方が多かったけど、友くんと一緒にお化け屋敷を体験したって思い出は手に入ったもん! 私、まだまだいっぱい友くんとの思い出欲しいもん!」
そう言いながら、陽菜は空を見上げる。すると彼女の顔がどこか神妙な表情に変わる。
「私さ、つい最近まで京都に居て、友くんと離れ離れだったでしょ? その間……私と友くんの間には、思い出が無い。だからその空白の時間を埋めるぐらい、いっぱい楽しい思い出が欲しいんだ」
「陽菜……」
「だから、ちょっと張り切っちゃったのかも。アハハ」
「……焦る事も無いだろ」
「え?」
陽菜がキョトンとした声をこぼす。
「思い出なんて、これからいくらでも作れるさ。だって……俺達、これからはずっと一緒に居るんだからさ。今日みたいなデートも変わらない、当たり前な日常になってくはずだよ。だから、ゆっくり作って行こうぜ。俺達の思い出をさ」
「友くん……うん、そうだね! 私達、恋人だもんね!」
陽菜の言葉に、俺は微笑みながら頷く。
そう、俺達はこれから一緒に進んで行くんだ。彼女と一緒に居るのが俺にとっての日常に、当たり前になるんだ。だから思い出なんていくらでも作れるさ。俺はそう、信じてる。
「えへへ……今の友くん、なんだかすっごくカッコよかったよ! また一つ、良い思い出が出来ちゃったかも!」
「うっ、そういう事言うなよ……なんか恥ずかしくなってきただろ」
「じゃあ、今のは友くんにとっては恥ずかしい思い出だね!」
「そんな思い出、出来ればいらないな……」
「そういうのも大事な思い出だよ! でも、友くんが嫌なら……新しい思い出を早速作っちゃおう!」
「新しい思い出?」
何をする気だという続きの言葉は――陽菜の突然のキスに妨げられた。
「なっ……!?」
「フフッ、遊園地でのキス……良い思い出でしょ?」
どこか照れ臭そうな笑顔を作りながら、陽菜は自分の唇に人差し指を当てた。
「……いきなりは止めろよ」
「じゃあ今度からは言うね。キスしたいって」
「そういう事をサラッと……はぁ、もういいや」
こいつはこういう奴なんだ。そして俺は……そういうところも、好きになったんだ。
「さて、休憩終わり! まだまだ時間はあるし、アトラクション巡り続けるよ! 早く行こう、友くん!」
「はいはい」
彼女の伸ばす手を握り締め、俺達は次なるアトラクションを目指して歩き出した。この先で、また彼女との素敵な思い出が出来ると信じて。
そしてこの先もずっと、愛する彼女との素敵な思い出が沢山出来ますようにと願いながら。
という訳で、恋人となった陽菜と友希の日常でした。
今回の話はあえて特別感を出さずに、日常回のような緩めの内容にしたつもりです。
これからも、彼女達の日常はこんな風に、ずっと続いて行く事でしょう。その一片を、またいつかの機会に描く……かもしれないです。