眠りに付いていた意識が、だんだんと現実の世界へと戻って来る。次第に五感が、様々なものを知覚していく。
開いた眼に燦々と降り注ぐ朝日。その光に照らされて布団から漂うお日様の匂い。耳元で鳴り響くアラーム音。寝起き特有の口に広がる何とも言えない味。そして――二の腕から伝わって来る、フニッとした柔らかな感触。
変わる事の無い、いつも通りの朝。そう、今までと、そしてきっとこれからも変わらないだろう、いつも通りの朝。
だから俺はいつも通りにした。開き切っていない瞼を擦りながら片手間にアラームを止め、しばらくボーっとしてから、少しずつ眠気を飛ばしていく。
そして粗方眠気が吹き飛んだところで、俺は未だ呑気な寝顔で夢の世界を漂う彼女へ、声を掛けた。
「おい、朝だぞ。さっさと起きろよ」
「うにゅう……あと五分……」
と、定番な言葉をぼやけた声で呟きながら彼女――陽菜は寝ぼけた猫のように体をくねらせる。その動きにより彼女のパジャマから七割ほどはだけている胸が俺の二の腕を撫でるように押し付けられ、微かに残っていた眠気が完全に吹き飛ぶ。
相変わらずの破壊力だなぁ、という考えを早急に投げ捨て、今度は陽菜の肩を揺すりながら声を掛ける。
「お前が起きないと俺が起きれないの」
「んぬぅ……でも、もうちょっとだけぇ……」
「そうも言ってられないだろ。今日から学校だぞ」
「学校……そうだ、学校、今日から……」
ようやく惰眠をむさぼっていてはいけないという事に気が付いたらしく、陽菜はゆっくりと起床に向けての行動を開始した。
そう、今日は4月7日。先日まで続いていた春休みが終わり、新学期が始まる大事な日である。なのであと一時間以内には、家を出なくてはならない。
にも関わらず陽菜はゆったりとした動きで上体を起こし、ベットの上で大きく背伸びをしてから数秒間、まるで機能を停止したかのようにそのままボーっとし続けた。
「お前……遅刻するぞ! 初日から遅刻とか嫌だろ?」
「うん……そだねー……」
「休日明けの寝起きの悪さは本当に変わらないな……ほら、顔洗って、さっさと着替えて来い」
「そっか……制服に着替えないと、だねー……」
うつらうつらとしながら、陽菜はようやくベットから降り――そのまま流れるように、パジャマの裾を捲り上げた。
「ちょっ……!? 何してんだよ! 制服あんのはお前の部屋だろ!」
「あー……そうだったね……面倒だし、今度から友くんの部屋に持って来ようかなー。そしたらこっちで着替えられるし」
「馬鹿な事言ってないで、さっさと行ってこい」
「もー、照れなくてもいいのにー。私と友くん、もう恋人同士なんだからさー」
にへへー、と腑抜けた笑い声を発しながら、陽菜は俺の部屋を後にする。
「たくっ……少しは節度ってものをわきまえろっての。こっちはまだ実感薄いんだからさ」
そう、俺と陽菜が付き合い始めて――つまりあの日から既に一ヶ月近い時が経ったのだが、正直俺達の間に、これといって大きな変化はあまり無かった。
家に居る間もあいつがたまに甘えてくるぐらいで、普段はくだらないお喋りや遊びで一日を消化するだけ。陽菜が甘えて来るなんて事は前々からあった事だから俺からしたら恋人らしい、とは正直思えないし、俺から積極的にスキンシップを取ろうという気にも、恥ずかしさがまだあるので思えない。一緒に寝るのも前々からだし、恋人になって変化した点は拒否する理由が無くなった、ぐらいだろう。
なので俺と陽菜の日常は、驚くほど変わっていない。なので恋人同士だという実感も、あまり無いのだ。折角恋人という間柄になったのだから、何か特別な事をした方がいいのだろうかと考えない事も無いが、あまりピンと来るものも思い付かない。
でも、それでも俺はあれからの毎日が幸せだと、胸を張って言えるだろう。そしてきっと、陽菜も同じだ。こんな何気ない日常を、俺達は過ごしたかったのだから。恋人らしくなくても、特別な事が無くても、俺は彼女が笑っている姿が見れるだけで幸せなのだから。
それに、まだ俺達は始まったばかり。だからゆっくりと、前に進んで行けばいい。それが、俺達の恋人としての道だ。
……まあ、一緒の部屋で着替えるとかは、正直かなり先の話になりそうだが。
我ながら情けない男だなと、自らを卑下しながら、俺もさっさと着替えて朝飯を食いにリビングに向かった。
リビングに着くとそこには既に起きていた友香が先に朝食を食べていて、軽く挨拶を交わしてから俺も席に座り既に用意されていた朝飯に手を付ける。
遅れる事数分、しっかりと制服に着替えた陽菜が未だ眠たそうに大きなあくびをしながらリビングにやって来る。彼女も友香に挨拶してから席に着き、目の前の食パンをパクリと口にする。
そんなやはりいつもと変わらない朝。あとは朝食を手早く済ませて、余裕を持って三人で学校に向かうだけ。
なのだが、俺と陽菜が朝飯を半分ほど食べ終えたタイミングで、先に朝食を済ませていた友香が不意に席を立つ。
「じゃ、私は先に学校行ってるね」
「あれ? 友香ちゃん、一人で行っちゃうの!?」
ご飯を食べたお陰で眠気も完全に消えたのか、陽菜はいつも通りな活発な声を発しながら、驚きの反応を見せる。
「はい。今日からそうしようかなって。お二人のお邪魔するのは悪いですし」
「お二人って、私と友くん? そんな、別に気にしなくてもいいのに!」
「陽菜の言う通りだぞ。変に気を使う必要なんか無いぞ?」
「気を使ってる訳じゃ無いよ。単純に私がしたいからそうするだけ。お兄ちゃんだって、もう二人が付き合ってるっていう事が学校中に広まってるのは知ってるでしょ? そんなカップルと一緒に登校なんてしてたら、私の方に変な噂が立ちそうだし。というか先月の時点で立ってるし。兄と彼女の仲を裂こうとする、妹の陰――とか」
「そ、そんな噂があるのか……」
知らなかった……まあ、俺の周りの事は前々から話題にはなっていたからな。しばらくは有らぬ噂の一つや二つは流れ続けるだろう。そういうのは、恋人になって変化した事の一つかもしれない。あまり喜ばしい変化では無いが。
「だから、私は私の為にこうしてるだけだから」
「そっか……なんだかごめんね、私達のせいで」
「陽菜さん達のせいでもなんでも無いですよ。ま、しばらくしたら落ち着くでしょう。という訳で、私はお先に失礼します」
そう言って、友香は一人リビングを後にする――寸前、ふとこちらに目線を向ける。
「ああ、それと。気を使ってる訳じゃ無いって言ってたけど、折角私が抜けて二人で登校するんだから、少しは陽菜さんの為になんか行動しなよ。彼氏さん」
「うぐっ……う、うるさいなぁ……」
「ごめんなさーい。じゃ、行ってきまーす」
適当な謝罪を吐いて、友香は俺達の前から姿を消した。
本当、余計なお世話の多い奴だ……でもまあ、確かにそういう事は意識した方がいいのかもしれないな……正直、まだこれといって彼氏っぽい事はあんまり出来て無いし。陽菜も言わないだけで、ちょっとは不満を抱いてるかもしれない。
いくら日常が変わらないから、それでも幸せだからって、あまり現状を維持し過ぎるのも良くないかもしれない。俺達はもう恋人同士なのだから、少しはこちらから行動する事も必要か。
……確か、俺さっきゆっくりと進んで行けばいいとか考えてなかったっけ? 早速若干矛盾した思考が浮かんでるな……相変わらず、俺は優柔不断というか、なんというか。
結局ハッキリした答えは浮かばないまま、朝食を食べ終えた俺と陽菜は、そのまま学校へ向かう為に家を出た。
「んー! 今日はいい天気だね! 絶好の新学期日和!」
完全に目が覚めた陽菜は、元気良く外に飛び出て、大きく伸びをする。
そんな彼女を見ながら、俺はある事を考えていた。内容は先ほど友香に言われた、あの事だ。
陽菜の為に、か……といっても、何をしていいかなんて分からないしな……かといって、いきなり何かしてほしい事はあるかって聞くのもあれだし……どうしたもんか。
そんな事を照り付ける太陽の下、必死に考えていると、不意に左手に柔らかな感触が走った。
慌てて目を向けると、いつの間にか陽菜が隣に移動して、俺と手を繋いでいた。
「友くん、さっきの友香ちゃんの言葉について考えてたでしょ?」
「そ、それは……」
「もー、友くんは相変わらず難しく考えちゃうんだからー。あんまり考え過ぎず、好きなように、好きな事をしようよ」
「好きな事……?」
「うん! 少なくとも私はそうしてるよ! 今だって、友くんと手ぇ繋ぎたいからこうしてるんだし。だから友くんも、したい事があったら遠慮無く言ったりしてよ。だって、私達恋人なんだし、お互い遠慮無しで行こうよ! 私はその方がいいな!」
「陽菜……ああ、そうだな。俺の性格じゃすぐには難しいかもしれないけど、そう出来るように努力するよ」
「うん! じゃあ、とりあえず今日はこのまま手を繋いで学校行こ! 折角の二人っきりなんだし!」
「えっ……お、おう……そうだな」
流石に手を繋いで登校というのは人目に付くし恥ずかしかったが、彼女の楽しそうな笑顔に断るなんて選択肢は浮かぶ訳も無く、俺達はそのまま学校へと向かった。
◆◆◆
学校に到着し、まず最初に新しいクラス分けを確認する為に、(流石に校内では目立つので、陽菜と手を離してから)クラス分けが張り出されている場所を目指した。
「お、陽菜っちに世名っちー! おっはよー!」
目的地に辿り着くと、人だかりの中から聞き覚えのある声が俺達を呼ぶ。声の方へ目を向けると、そこには声の主である法条、そして祐吾、孝司、翼といういつもの面子が集まっていた。
「あ、みんなおはよー! なんだか久し振りだねー!」
「春休み中はあんまり会う機会無かったからねー。それにしても……新学期早々仲良く二人で登校とは……いやー、お熱いですなぁ!」
と、あからさまなからかい言葉を放つ法条。
「そういうお前こそ、祐吾と一緒に登校したんじゃないか?」
「えっ!? いや、確かにそうだけでも……私達は家が近いし、偶然――」
「十分前から家の前で待ってた奴が何言ってんだか」
「ちょっ……!? 何バラしてんの祐吾! つーか気付いてるんなら早く出る努力ぐらいしなさいよ!」
「アハハ、二人もラブラブだねー!」
そんな平和極まりない会話の中、似つかわしくない舌打ちが聞こえて来る。
「……新学期早々不機嫌そうだな」
祐吾が舌打ちの主、孝司へそんな言葉を掛ける。
「当たり前じゃボケェ! お前らのリア充トークを前にして、俺みたいな非リアがイラつかない訳無いじゃろがい!」
「……自ら非リア宣言とか、悲しくないか?」
「悲しいよ! でもしょうがないじゃん事実だもん!
「まあまあ、落ち着こうよ孝司君。恐らく今年こそ、きっと多分、いい出会いがあるよ」
「そんな不確定な言葉が三つも入ってる励ましは嬉しくもなんともありません! ちくしょー! どいつもこいつも馬鹿にしやがって! 俺だって今年こそ春を見つけるんだ!」
「もう暦上は春だぞ」
「うるせぇ! 俺の春は俺が決めるの!」
「――はぁ……朝っぱらから元気ですね」
新学期になっても変わらないくだらないやり取りを交わしていると、どこからか呆れたような声が俺達の下に届く。振り返ってみると、そこに居たのは先に家を出た友香。そしてその友人の小波、中村――そして出雲ちゃんの四人だった。
「声、凄い響いてましたよ」
「うん。とりあえず、これで真島先輩が今年も非リアという事がこの場の生徒皆に伝わった」
「なーに言ってんのこなっち。そんなの周知の事実でしょ?」
「お前ら馬鹿にすんのも大概にしとけよ!?」
「えっと……ともかく、おはようございます、皆さん」
「うん、おはよう愛莉ちゃん! それから……おはよう、出雲ちゃん!」
と、陽菜は未だ一言も発していない出雲ちゃんに話し掛ける。すると出雲ちゃんはゆっくりと陽菜に視線を向けて――微かに小馬鹿にした空気を醸し出しながら、言葉を返した。
「おはようございます、桜井先輩。相変わらずの間抜け面ですね」
「えー……出雲ちゃん酷いなぁ……」
「アッハッハ、イズっちの辛辣さはいつも通りだねー。ま、元気そうで何より何より」
「……とーぜんです」
と、ツンとした態度で言いながら、出雲ちゃんは俺に向き合い。うっすらと微笑みながら、俺に挨拶の言葉を投げ掛けた。
「おはようございます、先輩」
「……ああ。おはよう、出雲ちゃん」
それに俺はいつも通り、何も変わらない態度で返した。それに出雲ちゃんは満足したように、「はい、おはようございます」と再び口にした。
あの一件以降、俺と彼女達の間には、これといったわだかまりが生まれるという事はほとんど無かった。当然、終わってすぐの時期には若干の気まずさはあった。それでもその後は元通り。彼女達とは未だに良き友人として、付き合いが続いている。陽菜とも仲良くしているし、出雲ちゃんも最近は何事もなかったかのように、以前同様に俺の家にやって来て、友香達に加えて陽菜とも楽しく遊んでいる。
もちろん、彼女達も完全に吹っ切れた訳では無いだろう。それでも、彼女達は前に進もうと、乗り越えようと頑張っている。なら、俺の出来る事は今まで通り、以前とほぼ変わらずに接するだけだ。変に気遣うのは、逆に迷惑だろう。
もちろん、それは出雲ちゃんだけでは無い。
「――ん? なんだ、勢揃いだな」
再び、聞き覚えのある声が届く。次にやって来たのは海子に天城、そして滝沢と川嶋の四人だった。
「あ、海子ちゃん達だ! おはよー!」
「ああ、おはよう。それから、友希もおはよう」
「うん、おはよう海子。天城も」
「おはよう世名君。あ、昨日はありがとうね。バイトのシフト、急に変わってもらって」
「ああ、いいって別に。まあ、昨日の千鶴さんは大分荒れてたから、大変だったけど。燕さんがまたクビになったとかで」
「そ、そうだったんだね……」
あははと、天城は申し訳無さそうに笑い、隣の海子は「太刀凪先輩、またクビになったのか……」と、呆れ半分に笑う。
彼女達とも、こうして他愛ない会話を交わす事が出来ている。卒業以降忙しいようであまり会えてはいないが、朝倉先輩とも時折陽菜や他の皆を交えて話す事もある。
あの出来事を終えて、俺達の関係性は少し変わったのは間違えない。それでもみんな、以前とあまり変わらずに俺や陽菜と接してくれる。
本当によかった……こうしてみんな、変わらず仲良く過ごせて。きっと今の状況は、俺にとってこれ以上無い、望んでいた未来だ。
「……なーにニヤニヤしてんの、お兄ちゃん。ほら、さっさとクラス確認したら?」
「あ、そうだよ! 私はどこのクラスだろ?」
俺の代わりに陽菜が反応を見せ、自分のクラスを確認し出す。
「えーっと……あった! A組だ!」
「あ、私もA組だ」
「優香もか……って、私もA組だな。薫と由利もA組だな」
「お、マジだ。……つーか、そこの四人もA組じゃん」
と、滝沢は裕吾達に目をやる。
「ホントだー。もしかして、みーんなA組なのかなー?」
「友くんはどう?」
「……A組だ」
「友希もか……なんというか、偶然にしては出来過ぎているな」
「そうだね……知り合いが多いのは嬉しいけど……」
「なーんか不気味ですねぇ……これ、何かの陰謀的なのを感じますね」
怪訝な顔を作りながら、出雲ちゃんが言う。
「陰謀って?」
「誰かが先輩達を一緒のクラスになるように仕向けた……とか」
「それは……なんの意味があるんだ? それに一体誰が?」
「あの人なら出来るんじゃないんですか? 憎たらしくて、上から目線で、きっと一人寂しいキャンパスライフを送ってる誰かさんなら」
「――あら? それは誰の事かしら?」
ビクッと、出雲ちゃんは大きく肩を震わせ、慌てて後ろを向く。彼女の背後に立っていたのは彼女曰く、憎たらしくて、上から目線で、きっと一人寂しいキャンパスライフを送ってる誰かさん――朝倉先輩が立っていた。
「なっ……なんであなたがここに居るんですか!? あなた、今は大学じゃ……」
「今日は午後からなの。別の用で近くを通ったからついでに覗きに来たのだけれど、随分と面白い悪口が聞こえてね。まあ、私は大学でもそれなりに友人は出来たから、きっと別の誰かさんの事ね。是非会ってみたいものね、あなたがそこまでの事を言う相手に」
「相っ変わらずムカつく人ですね……用があるなら早く行ったらどうです?」
「お気遣いどうも。時間はまだあるから平気よ。ああ、それからそのクラス分けの件だけど」
話を聞いていたのか、朝倉先輩はクラス分けに目を向ける。
「別に、私は一切関わって無いわよ。私はもうこの学園の生徒会長では無いし、そうでもクラス分けに関与なんか出来ないわよ」
「じゃあ……完全に偶然って訳ですか?」
「そうね。友希君の人望みたいなものが、皆を引き寄せたのかもね」
「じ、人望って……」
「冗談よ。それはともかく、高校生活最後の一年間、楽しみなさい。まだ数日しか経ってないけど、私の方は高校卒業から色々大変だから。大学以外にもね」
「そういえば、別の用があってここの近くを通ったって言ってたけど、その用ってなんなんですか?」
不意に陽菜がそんな事を質問する。
「朝倉グループの手伝いよ。お兄様が抱える仕事の一部を、時間がある時に請け負っているの」
「そうなんですか? 大学行きながらそれって、大変なのでは?」
「まあね。それでも、私は私なりにやる事をやると決めたから。少しでも前に進む為に、ね」
そう言って、朝倉先輩は俺に一瞬目配せする。
「あなた達も、時間がある内に行動する事ね。人生、あっという間よ」
「余計なお世話です! 大体、もう色々考えてますし!」
「へぇ、意外。どんな事かしら?」
「なんであなたに言わなきゃいけないんですか……」
などと不満じみた事を呟きながらも、照れ臭そうに語り始める。
「大した事じゃ無いですけど、近々母や姉の仕事を見学したりとかは考えてますよ」
「出雲のお母さん達って、ファッション関係の仕事してるんだっけ?」
「うん。別に、将来私もそういう仕事をするって決めた訳じゃないけど……まあ、何か役立つかもしれないしね」
「ふぅん……案外考えているものね。見直したわ」
「あなたに見直されたく無いです。……なんか私だけ暴露するのは不公平ですし、雨里先輩達はどうなんですか?」
と、出雲ちゃんは海子と天城に視線を送る。
「わ、私か? まあ、そうだな……とりあえず今は小学校の教師、だな。まあ、どうすればいいかも分からないから、今はひたすら勉強しているだけだがな」
「ふーん……丁度、私の知り合いに現役の小学生教師が居るんで、よかったら話付けましょうか? ためになる話の一つや二つ、聞けるかもしれませんよ」
「本当か? それは是非お願いしたい」
「じゃあ、今度連絡しときますね」
「……ねえ海子、よければ私も一緒にいいかな?」
突然の天城の発言に、海子は驚いたように目を丸くする。
「私は構わないが……もしかして、優香も教師を目指しているのか?」
「いや、そういう訳じゃないんだけど……私は、まだみんなみたいに明確な目標とか無いんだ。だから少しでも多くの分野に触れて、視野を広げたいんだ。だからお願い出来るかな? 出来れば、大宮さんのご家族の仕事の見学も」
「……まあ、話しときます」
「ありがとう、恩に着るわ」
「……どうやら、私が心配するまでもなく、みんな進んでるようね」
笑みを浮かべながら、朝倉先輩は再び俺に向かって目配せをした。
朝倉先輩が言った通り、みんなそれぞれの考えを抱いて、前に進み出している。新たな目標を見つけ、新たな未来へ向けて道を進んでいる。
俺が言える立場では無いかもしれないけど……安心した。彼女達は、もう大丈夫だと。
「たくっ、なんで朝っぱらからこんな話に……どっかの誰かさんが変な話題振るから」
「あらごめんなさいね。じゃあそのどっかの誰かさんは、そろそろ退散しようかしらね。あなた達も、始業式に備えて早めに行ったら?」
「それもそうだな……新しい教室だしな」
「うん、それじゃあそろそろ行こっか」
「新学期、楽しみなさいね」
そう言い残して、朝倉先輩は校門の方へ向かい、他のみんなは校舎に向かって歩き出す。そんなみんなの背中を、俺は後ろからジッと眺める。
みんな、朧気ながら将来を見据えて進み出している。俺もしっかり、将来の事を考えて歩いていかないとな。
正直、将来がどうなるのか、俺にはまだ分からない事だらけだ。でも――
「みんな、目標を持って頑張ってるんだなぁ……私も頑張って、勉強しないと!」
と、俺の隣を歩く陽菜が突然張り切った声を上げる。
「勉強って、なんの?」
「何って、調理師の勉強だよ! 免許取れるようにもっといっぱい勉強しなきゃだもん!」
「調理師って、まだ目指してたのか?」
「もちろん! 言ったでしょ? 私の願いは、友くんに美味しい料理を毎日作ってあげる事だって! 最高の奥さんになる事だってさ!」
「……そうだったな。でもそれなら、料理以外も最高に出来るようにしてくれよな?」
「うっ……それはまあ……頑張ります!」
「期待して待ってるよ」
将来がどうなるかは、俺にもまだ分からない。でもきっと、どんな未来でも俺にとって最高の未来になるはずだ。だって――
「何してるの友くん? 早く教室行こ!」
「……ああ、行こうか」
だって愛する彼女が、隣で笑ってくれるのだから。
モテ期とは――
今まで女子との関わりなど一切無かったにも関わらず、有り得ない程複数の絶世の美女に好意を寄せられるという全男性の夢である。
ソースは俺の実体験だ。
で、そんなモテ期が来ていわゆるリア充状態になった奴を未だモテ期が来ない非リア共は妬み、恨んだりするものである。
これもソースは俺の実体験である。
俺もつい最近までそんなモテ期を経験し、色んな女子達に言い寄られていた少し特殊な状況に居た。こうなる前までは、俺自身も彼女やそういった事に憧れたり、いわゆるリア充と呼べる存在に若干の妬みもあった。
だが、実際にモテ期というものは、幸せばかりでは無かった。
俺を巡る修羅場に巻き込まれ、胃が痛くなるなんて日常茶飯事。周りの目も痛く、居た堪れない事もしばしば。そして何より、複数の女性から誰を選び、誰を振るかという事も考えなくてはならないのだ。それはとても辛くて、苦しい現実だ。
それでも、このモテ期といえる時間は、俺にとって大切で掛け替えの無い、素晴らしい時だったと、今なら言える。あの時間があったからこそ……俺は自分の気持ちに気付けたのだから。
沢山の人を傷付けたかもしれない。皆が皆、望み通りの結末になったとは言えないかもしれない。それでも言わせてほしい――俺は、幸せだと。
世名友希、高校三年の春。俺のモテ期と修羅場は去って行き――新たな幸せが、やって来た。
ここまでご愛読して下さった読者の皆々様、本当にありがとうございました。
色々と語りたい事もあるのですが、長くなりそうなのでそれは後日活動報告にて。
ともかく、これにて完結です。改めて、ありがとうございました!