屋上から真っ直ぐ階段を下り、一階の下駄箱に辿り着いた瞬間、今までずっと張り詰めていたせいか足から力が抜けてしまい、俺はそのまま糸の切れた操り人形のように地面に膝を突いた。幸い真横に下駄箱があったので倒れる事は無かったが、代わりに頭を下駄箱に打ち付けてしまい、ガァン! と、鈍い鉄の音が鳴り響く。
当然頭部にそれなりの鈍痛が襲い掛かるが、それよりも俺にとっては精神的な疲労の方が大きかったようで、さほど痛みを気にする事は無かった。
「…………終わったん、だな」
その言葉に込められているのが安堵なのか、後悔なのか、それとも別の何かなのか、それには俺にもよく分からなかった。
今頃、彼女達はどんな気持ちを抱いているのだろうか。恋が実らなかった事に絶望しているのだろうか。一人だけ恋が実った陽菜を恨んでいるのだろうか。それとも俺自身に恋をしてしまった事を、後悔しているのだろうか。
もちろん、俺なりに最善を尽くしたつもりだ。彼女達が皆納得して、立ち直っていけるように必死に向き合い、妥協の無い答えを出し、全てを伝えた。それでも、どうしてもネガティブな考えが浮かんでしまう。彼女達はそんな弱い子達じゃないと分かっているはずなのに、悪い方向ばかり想像してしまう。
「考えても、仕方が無いか……」
もう、全てやり終えてしまったのだ。俺があれこれ考えても、どうにもならない。後は彼女達の決める事だ。これから、どうするのかを。
俺が今やるべき事は、ただ一つ。俺が共に歩むと決めた彼女の――陽菜の下へ帰る事だ。
もしかしたら、今回の事で俺達と天城達の関係は疎遠化してしまうかもしれない。彼女達にとって俺は自分達を振った存在で、陽菜は俺を自分達から奪い取った存在。正直、普通なら今後も仲良くしていこうと考えるのは難しいだろう。
もちろん、彼女達はそんな事を考える人達じゃない事は分かっている。けど、実際どうなるかは分からない。もしもそうなってしまったら、仲の良い友人達との関係が途絶えてしまったら、陽菜は悲しむだろう。なら、俺はそんな彼女を支えなくては。側に居ると、決めたのだから。
力を振り絞り立ち上がって、靴を履き替え外に出る。そのまま陽菜の待つ校門前まで足を進める。
「んっ……あれって……」
校門前に着くと、そこには陽菜以外に、二人の人物の姿があった。その二人の人物は陽菜と何か会話を交えていたが、俺の存在に気付くと話を切り上げ、こちらに顔を向けた。
「……終わったみたいだな」
「おっかえり。まあ……お疲れ、世名っち」
「お前ら……どうしてここに?」
そう声を掛けてきた二人――祐吾と法条を交互に見ながら何故ここに居るのか問い掛けると、先ほどまで二人と話していた陽菜が、代わりに説明しだした。
「えっとね、二人とも私の為に、ここで見守ってくれてたみたい。もしも私が友くんに振られちゃったら、慰める為に」
「まあ、結果的にはお祝いする事になった訳だけど。あたしの時と同じだ」
「……祐吾、もしかしてお前が言ってた助力って」
「まあな。他にも何人かに頼んだ。余計なお世話だったか?」
「いや……俺が言える立場じゃないと思うけど、正直有り難い」
今、きっと彼女達は深く悲しんでいる。そんな彼女達にとって、友人達の支えは立ち直る大きな力になるはず。俺が出来ない事を、彼女達の隣に寄り添い支えてくれる存在は、きっと大きい。
ほんの少しの安堵と、気を回してくれた事に対して少しばかり申し訳ない気持ちを抱いていると、それを察したように祐吾が口を開く。
「別にお前が気にする事じゃ無い。俺がやろうと思ったから、勝手にやっただけだ。今回の事で周りの空気が悪くなるのは、俺としても遠慮したいしな」
「全く、素直じゃ無いねぇ」
と、法条がからかうように言う。
「黙ってろ。それに、礼なら俺じゃなく協力してくれた連中に言うんだな」
「ああ……そうだな。ありがとうな、祐吾。今回の事も、あと色々と」
「……どうも」
一言言うと祐吾は背を向け、校門の外に向かって歩き出す。
「ともかく、俺達が何かしてやれるのも、ここまでだ。あとはお前達次第だ。……しっかり向き合えよ」
「じゃあ、また! もしも全部丸く収まったら、色々インタビューさせてねー!」
その言葉を最後に、二人は学校から立ち去った。
その直後だった、後ろを向いた陽菜が「あっ……」と、小さく声を漏らす。それに俺も後ろを向くと、遠くに四つの人影を目視出来た。間違えなく、天城達だ。
彼女達はバラバラの歩調で俺達の下まで進み、俺と陽菜を無言でジッと見据えながら、俺達の正面に並び立った。
「あっ……」
陽菜は何かを言い掛けたが、すぐに口を閉じて、気まずそうに視線を斜め下に逸らした。そんな彼女の事を、皆は何も言わずにジッと見据え続ける。
彼女達の表情は、なんとも言えないものだった。怒っているのか、悲しんでいるのか、苦しんでいるのか、とにかく一言では言い表せないような、複雑な顔。ただ一つ言える事は、みんな目が赤くなっていたり、頬に涙の筋がうっすらと出来ている事。それだけ彼女達は、涙を流したのだ。
それを見た俺もどう言葉を掛けていいか分からなくなってしまい、つい目を伏せてしまう。
そのまま数十秒ほど、無言の時間が俺達六人の間に流れる。が、不意に陽菜が覚悟を決めたようにキュッと下唇を噛み、声を発した。
「あの! ……ご、ごめ――」
「謝らないで下さい!」
しかし、その言葉を出雲ちゃんが大声で掻き消す。ビックリしたのか陽菜はビクッと肩を震わせ、声を発した彼女を見る。出雲ちゃんはしばらく、息を荒げるように肩を上下に動かす。次第にその動きは緩やかになり、完全にその運動が止むと、今度は少しばかり沈んだ声を出す。
「謝られたら……惨め過ぎるじゃないですか、私達……」
「あっ……えっと、ごめん……」
「今し方謝らないでと言ったでしょう? 学習能力が無いのね」
と、朝倉先輩が若干のイラつきを含んだ言葉を吐く。それに陽菜は再び「ごめん」と言い掛けたが、寸でのところで口を噤む。
「はぁ……こんな子に負けたなんて……我ながら情けないわね」
「今更そんな事を言っても、仕方無いですよ。陽菜、お前もお前だ。私達に謝罪などする必要は無いんだ。私達は正々堂々と競い合い、敗れただけなのだから」
海子が優しい口調で言うと、陽菜は顔を曇らせながら俯く。
「でも……みんな、私のせいで……それに私、途中から加わったようなものだし、だから、なんていうか、その……」
「――じゃあ、渡してって言えばあなたは世名君の恋人の座、譲ってくれるの?」
そんな言葉を投げたのは、天城だった。唐突な言葉に陽菜は驚いたように目を見開いたが、一切の迷う素振りを見せずに、言葉を返した。
「ううん……それは、絶対に出来ない。折角掴めた友くんの気持ち、私は絶対に手放したくない。例えみんなを傷付けたとしても、例えみんなに絶交されたとしても、私は友くんを誰かに渡したりなんてしたくない! だって……私は友くんが、大好きだから!」
「陽菜……」
「……なら、それでいいじゃない」
そう呟きながら天城は――小さく微笑んだ。
「自分こそが世名君の恋人だと、堂々と勝ち誇ればいい。私達に勝ったんだと、胸を張ればいい。それが、勝者であるあなたの特権じゃない」
「そうですそうです! ざまーみろ! って、私達を見下すぐらいしてくれないと。あなたに同情されるとか、まっぴらごめんですよ!」
「そうだ。私達に遠慮する必要など無い。自信を持っていけ」
「それに、もしもあなたが譲ってあげると言っても、私達はちっとも嬉しくないわ。だって友希君が好きなのはあなただもの。そんなので恋人の座を譲り受けても、虚しいだけよ」
「みんな……私の事恨んでたり、憎んでたりしないの? なんとも……思って無いの?」
「……そんな訳無いでしょ」
神妙な顔付きになり、天城が言う。
「憎いし、恨めしいし、悔しいわよ。正直今すぐにでも、罵詈雑言吐き出してやりたい気分。……けど、そんな事したって、意味無いじゃない」
「ああ。私達は、負けたのだから。それにこれはそもそもこういうものだったんだ。勝者が居て、敗者がいる。ならばもう……受け入れるしかない。友希の一番は、お前なのだから」
「不満は溢れんばかりにありますけど、それをあなたにぶつけても、結果は変わりませんから。大人しく、認めるしか無いんですよ」
「ええ。いつまでも引きずって、足踏みを繰り返してる訳にはいかない。気持ちを切り替えて前に進まないと、答えを出してくれた友希君に申し訳ないもの」
言いながら、朝倉先輩が陽菜から俺に視線を移す。
「友希君も、いつまでも私達に申し訳無いだとか、そんな気持ちを抱いていなくて結構よ」
「私達を気遣ってくれるのは嬉しいが、お前は陽菜を選んだんだ。お前は私に……いや、きっと私達に全て伝えてくれた。この一年間で、お前が私達に抱いた思いを。そしてその上で、自分にとっての一番は陽菜であると、お前は言った。ならいつまでも私達を振った事を気にしていては、彼女に悪いだろう」
「そうです。私達を振ってまで、先輩は桜井先輩を選んだんです。だったら……真剣に愛してあげるのが、私達全員の為です」
「みんな……」
「……そんなにすぐには進み出せないかもしれない……けど、私達は必ず新しい未来を見据えて歩き出す。だから……世名君も桜井さんとの未来を見据えて歩いて。私達は、大丈夫だから」
真っ直ぐな瞳を向けながら、天城は胸に手を当てる。それに同意するように、皆も強く頷く。
彼女達は……俺が思ってたよりもずっと強くて、前を見ているんだな。俺が心配する必要なんて、無かったのかもな。……そうだな。彼女達の為、陽菜の為、そして俺の為、もう迷わない。
「……ありがとう、みんな。俺も進むよ、俺の道を。……陽菜と、一緒に」
「……うん」
「それでいい」
「桜井先輩、私達を負かしたんだから、しっかり幸せになってくれないと承知しませんから!」
「出雲ちゃん……うん! 約束する!」
「……これで、一応は片が付いたってところかしら。……さて」
パンッ、と朝倉先輩が手を叩く。
「それじゃあ負け犬は負け犬同士、一緒に遠吠えでも上げに行きましょうか。ある料理店を予約しておいたから、そこで不平不満、色々とぶちまけちゃいましょうか。明るい未来の為に」
「残念会って事ですか? まあ、悪くないですね」
「正直、色々溜まってはいるのは事実だしな。今日ぐらいは、許されてもいいだろう」
「うん。体重なんか気にせず、やけ食いだね」
「という訳で、私達はお先に失礼させてもらうわ。桜井さんは友希君と、これからの事でも語るといいわ。じゃあね」
手を振って、みんなは校門の外に向かって歩き出す。
なんだかあっさりしてる気がしなくも無いが、きっとこれでいいんだろう。変に空気を重くするより、こうやって普段通りに軽い方がきっと良い。だって俺達は――
「……みんな! また、明日ね!」
不意に陽菜は満面の笑みを浮かべながら大きく手を振り、そう言った。いつもの放課後と変わらないように。
「……ふっ、陽菜、明日は休みだぞ」
「さらに言えば、私は今日で卒業よ」
「あ、そうだった……えへへ……」
「はぁ……相変わらずというか、なんというか……でもまあ、そうですね」
「……うん。また、ね」
「ええ、またいつか」
「またな」
「また、です」
天城達は皆小さく手を振り返し、陽菜は嬉しそうに、再び大きく手を振り返した。彼女達――友人の姿が見えなくなるまで。
そう、俺達の関係が変わったとしても、俺達の縁が切れる訳じゃ無いんだ。少し関係性が変わるだけで、他は何も変わらない。きっとそれでいい。それが、いいんだ。
「……行っちゃったね」
「ああ……」
「……いよぉっし!」
バチンッ! と、突然陽菜が自分の頬を思い切り叩く。
「ど、どうしたんだいきなり……」
「私、色々考えるのは止めた! 私は今日から、友くんの恋人! だから難しい事は考えないで、思いっきり友くんとイチャイチャする! だってそれが私を友くんの恋人として認めてくれたみんなへの感謝の気持ち……的な? ものになるはずだから!」
「なんだそれ……でも、確かにそうかもな。俺もしっかり、お前と向き合うよ。自分で選んだ、側に居るって決めたパートナーだからな」
「友くん……うん!」
嬉しそうな笑顔を見せながら、陽菜はいつものように俺の腕に抱き付く。
この笑顔を守る為に、頑張らないとな。明るい未来を、掴む為に。
「さて……そろそろ暗くなりそうだし、帰るか」
「あ、ちょっと待って友くん!」
「ん? どうかしたのか?」
「帰る前にさ……ちょっと、寄り道していかない?」
◆◆◆
「うわぁー! 相変わらず、ここからの景色は綺麗だなー!」
鉄柵に手を掛け身を乗り出しながら、はしゃぐ子供のような声を上げる陽菜。勢い余ってそのまま鉄柵を越えて真下に落ちてしまいそうだったので、俺は後ろから彼女の肩を掴む。
「おい、あんまりはしゃいでると落っこちるぞ」
「えへへ、ごめんごめん。でも、間に合ってよかったよ。またこの景色を、友くんと一緒に見れた」
「ああ、そうだな」
陽菜の真横に立ち、俺も彼女が見据える景色に目を向ける。
視界に映ったのは、夕焼けに照らされた白場の街。そう、ここはかつて陽菜との初めてのデートで訪れた、陽菜お気に入りの高台。彼女の要望で帰宅する前に寄り道をする事になったのだが、どうにか日没前に間に合い、再びあの日と同じような美しい景色が見れた。
陽菜も大変満足したようで、嬉しそうに目を燦々と輝かせながら、目の前に広がる景色を眺めている。その何とも無邪気な笑顔に、俺はつい口元が緩んでしまう。
「ん? どうかした?」
「いや、なんでもないよ。しかし本当、まだ三月なのに見事なまでに綺麗な夕焼けだな」
「ホントだねー。また一緒に見に来ようね、二人で!」
「そうだな。にしても……どうしてまた、ここに来ようと?」
そう問い掛けると、陽菜は鉄柵に前のめりに寄り掛かりながら、「うーん」と唸る。
「なんとなく、かな? なんとなく、友くんと一緒にこの景色を見たくなったの」
「なんとなくって……なんか意味あり気な雰囲気だったから何かあるのかと思ってたんだけど……」
「いいじゃん別に! こんな綺麗な景色見れたんだしさ! それとも、友くんはそのまま家に帰りたかったの?」
「別にそうは言ってねーよ。まあ、これからは恋人として付き合っていく訳だし、お前のわがままはある程度受け入れてくつもりだし」
俺がそう言うと、陽菜は不意に「うへへ」と、気の抜けた笑い声を出す。
「なんだよ急に」
「いや……私と友くん、もう恋人同士なんだなって」
「それは……まあ、そうだな」
「恋人、恋人かぁ……それって、友くんは私の事が好きって事だよね?」
「何を言って……そうじゃなきゃ付き合うなんてしないって。大体、答え出した時に言ったろ」
「そうだよね。そっか、友くんは私が好きなんだぁ…………うへへぇ……」
と、さっき以上に腑抜けた笑い声を零しながら、陽菜は溶けるように鉄柵の上に倒れ掛かる。
「ねえねえ友くん! もう一回、私の事好きって言ってよ!」
「はぁ!? なんだよいきなり……」
「いーじゃん照れなくても! 私達、もう恋人同士なんだからさ!」
「お前……一応さっきまでの事があったのに、フルスロットルだな……」
「言ったでしょ? 恋人になれたんだから、思いっきりイチャイチャするって! だから、いいでしょ?」
切り替えが早いというか、なんというか……まあ、そこが陽菜の良いところで……俺が好きになったところでも、あるんだけど。
「わ、分かったよ……一回だけだぞ? …………す、好き……です」
「えへへー、私もだーい好き!」
恥じらって敬語になってしまった俺に対し、陽菜は全く照れる素振りも見せずに愛の言葉を口にして、おまけに熱い抱擁も付け足す。
「だっ……! 離れろって!」
「いーじゃん! ほーら、友くんもさっきみたいに抱き締めてよ! ギューッと!」
「お前は……いい加減ちょっとは羞恥心ってのを身に付けろ!」
いくら恋人同士になったからって、俺から恥じらいが消える訳でも無いし、彼女みたいに積極的にイチャイチャしに行こうという気持ちが生まれる訳でも無い。なので陽菜にも少し自重してもらいたいものだが……どうやら無理みたいだし、むしろ恋人同士になった今、これまで以上に積極性が増しそうだ。
これからも結局、気苦労は絶えなそうだ……でもまあ、こういうのが幸せってものなんだろうな、きっと。
しばらくは黙って彼女の抱擁を受け止めていたが、そろそろ日も落ちそうなので流石に彼女をそっと離す。
「ほら、そろそろ帰るぞ。あんまり遅くなったら、母さん達が心配するだろう」
「むぅ、結局抱き締めてくれなかった……まあいいや。これからもいっぱい、時間はあるもんね!」
「はいはい。じゃあ、行くぞ」
「うん。……あっ」
と、陽菜が何かを思い付いたように声を出す。
「……なんだよ」
どことなく嫌な予感のようなものを感じながら問う。
「ねぇ、友くんは覚えてる? ここでした約束」
「や、約束……?」
「ほら! 私ここで、友くんのおでこにキスしたでしょ?」
「え……? ああ、そんな事もあったな……」
その時の事を思い出し、つい額に手を当ててしまう。
「それでその時、私言ったでしょ? これは友くんを好きだっていう証だって。そして、友くんも私の事を好きになったら、してねって」
「…………言ってたか?」
「もう、はぐらかさないでよ! 私結構本気で言ってたよ?」
「……つまり、あれか? 俺にその……今ここで、お前の額にキスしろ……と?」
「うん! だって、友くんは私の事好きになったんでしょ? だからぁ……欲しいなぁ、って」
と、ほんのり頬を赤くしながら、照れ臭そうに体をよじる。
「あ、それからしてもらうならおでこより、唇がいいかなぁ。だって……恋人、なんだし」
「おまっ……いきなり何言いだすんだよ! お、俺達一応付き合い始めて、多分まだ一時間ちょっとだぞ!? き、キスとかそういうのは、その、早いというか、なんというか……」
「えー、いいじゃん! 恥ずかしがらずにさ!」
「そ、そういうからかうような事を言うんじゃないっての!」
「……冗談でも、からかってる訳でも無いよ、私は」
不意に、陽菜が真面目な声でそう言う。
「私はね、友くんが大好き。だから友くんに好きって言ってもらえて、本当に嬉しかった、心が満たされた。でもね……もっともっと、欲しいの! 友くんの愛情、みたいなものが。手を繋いでもらったり、ギュッと抱き締めてもらったり、好きだって言ってもらったり、キスしてもらったり、さ。だって、ようやく友くんの愛情を一人占め出来るんだもん!」
「陽菜……」
「だからさ、わがままかもしれないけど……感じたいんだ、友くんの愛情を、もっといっぱい。だから私に感じさせて? 友くんの……私を好きだって気持ち」
そっと胸に手を当て、陽菜はそっと微笑む。夕日に照らされた彼女の瞳に、俺は彼女の真剣な気持ちをひしひしと感じ取った。
ここで逃げたら男じゃない……いや、彼氏失格というものだ。愛する彼女が俺の気持ちを求めている……なら、ここで逃げる訳にはいかないだろう!
湧き上がる羞恥心をグッと抑え込み、俺は彼女の正面まで歩み寄り、顔をジッと見つめる。陽菜は俺を待つようにそっと目を閉じて、唇を薄く尖らせる。
そんないわゆるキス顔を目の前にして、抑え込んでいた羞恥心が再度姿を見せ、つい動きが止まる。
「……友くん」
そんな俺を見かねたのか、陽菜は目を空けて、優しく俺の肩に手を乗せる。
「私、友くんが大好き。何度でも、何度でも伝えたい。だから……これから、どうぞよろしくね?」
「陽菜……ああ、俺もだ。ようやく気付けたこの気持ちも、お前の事も、もう絶対離さない。ずっと……一緒に居よう」
「……うん」
微かに涙を浮かべた瞳を、陽菜は再び閉じる。そして俺も彼女の肩に両手を添え――有りっ丈の愛情を込めて、静かに唇を重ねた。
「……これが、私と友くんのファーストキス……だね」
「そう、だな……」
「えへへ……思ったより、なんだか照れ臭いね。それに……なんだか不思議な気持ち。また、しようね?」
「……その内、な」
「もう、照れちゃってさ!」
すっかりいつもの調子に戻った陽菜の様子に、俺は呆れ半分、喜び半分の笑みを零した。
今日、この一年間俺を取り巻いていた恋物語は、終わりを告げた。
そして、今日から始まるのだ。俺と陽菜――二人の新たな、恋の物語が。
「……改めて、これからもよろしくね、友くん!」
「ああ……よろしく、陽菜!」
次回、ついに最終回です。