「ふぁぁ……何しよっかなぁ……」
誰も居ない自室のベッドの上に座り込み、俺は盛大にあくびをしながら体を伸ばした。
今日は日曜日。学校も休みで、さらにはバイトも休み。つまり、今日は一日中何もする事が無い。あの四人からもこれといった誘いも無いし、言うなれば暇な状況だ。
「……寝るか」
ここ最近はなんか色々疲れてるからなぁ……たまには何もしないで体を休めるのも良いだろう。うん、そうしよう。
折角の休日を朝からそんな事で潰すのはどうだろうと思わなくも無いが、これが休日の正しい過ごし方だろう。俺はそのままベッドに倒れ込み、枕に顔を埋める。このまま目を閉じて夢の世界へ向かおうとした途端、部屋の扉からトントンっとノックされる音が聞こえる。
「お兄ちゃん起きてる?」
「…………」
その声に俺は返事をせず、一旦考える。
声の主は友香だ。そして十中八九俺に用があり、ここを訪ねて来たのだろう。そしてここで俺が返事をすれば彼女は問答無用で扉をオープンして、マイルームにインするだろう。つまり、そこで俺のブレイクタイムが終了を告げる。
逆にここで返事をしなければ寝ていると判断され、彼女は仕方無く諦めるだろう。そうすれば俺はこのまま夢の世界へ落ちる事が出来る。
さて、どうしたものか……このまま狸寝入りを貫くか、休息を捨てて妹の相手をするか――
いや、兄として答えは一つだ。妹の訪問を断るなど言語道断。というか普通に何か騙すみたいで嫌だし。
「……開けていいぞ」
じっくりと脳内会議を済まし、俺は外に聞こえるよう声を出す。それから数秒もせず扉が開き、白いTシャツに短パンという随分とシンプルな服装の友香が部屋に入ってくる。服凄いシワシワだぞ……襟ダルンダルン。家だからって身なりを気にしないのはどうかと思うぞ。まあ、俺も黒のTシャツ、ジャージとあんま変わらんので人の事言えんが。
友香は部屋に入ると、手に持っていた筆箱と問題集らしき物を部屋の中央にあるテーブルに置き、ベッドに寝転んだままの俺を見下ろしてくる。
「お兄ちゃん今暇……だよね」
「見た目だけで判断するな。……その通りですが何か用?」
「良かったら勉強付き合ってくれない?」
「勉強? 休日なのに頑張るなぁ……」
「だってテストあるし」
「ああ……ってまだ一ヶ月以上先だろ?」
「何でも早めにやっとくのが良いの。で、手伝ってくれる?」
「まあ良いけどよ……俺そんな教えられないぞ?」
「分かってる。ちょっと分からないとこ会ったらアドバイスしてくれるだけでいいから。それに一緒に居てくれるだけで退屈しなくて済むし」
そう、茶化すように笑みを浮かべる。まあ、一人でやるよりは捗るか。
「分かったよ。で、何やるんだ?」
「英語」
「おぉう……俺の一番苦手教科じゃん……」
「知ってる」
「なら協力頼むなよ……」
「いいじゃんいいじゃん。じゃ、よろしくー」
はぁ……相変わらず自分勝手な奴。仕方無くベッドから起き上がり、テーブルを二人で囲む。友香は問題集を開き、問題に取り掛かる。俺はその様子をぼーっと見守る。
自分で言うのもあれだが、友香は若干ブラコンっ気がある。とはいえ、どこぞのアニメや漫画みたいに一線超えた感じでは無い、個人的には理想的な距離感だとは思っている。
悩みがあれば相談し、困った事があれば協力を求め、小さな事で喧嘩して、そんで次の日には何事も無かったかのように仲直り――そんな可もなく不可もない関係性。
特別仲が良い訳でも無ければ、悪い訳でも無い。隠し事もあれば、ちゃんと相手の良いところは理解してる。だから相手の本当に嫌がる事と許せるラインをちゃんと分かってる。
そんなふざけあえる良い兄妹――だと俺は思ってる。まあ、最近は生意気なところも増えてきたが、俺が嫌がる事はしないので、別に困っても無い。
今の俺の境遇もしっかり理解して、割と協力もしてくれている。正直俺なんかには勿体無い出来た妹だ。
「……ねぇ、ここ分かんないんだけど、分かる?」
「うん? えっと……分からん」
「えー、役立たずー」
互いを良く理解してるからこそ、こういう酷い事をサラッと言えるのも……多分良いところだ。
そんなこんなで友香の勉強に付き合っていると、いつの間にか時刻は正午を回っていた。
「うわっ、もうお昼か……」
「そうだな……昼飯にするか。どうする? 母さんパートで居ないし……カップラーメンとか適当に作るか?」
「うーん……良いよ、今日は私が作るよ」
「お、気前がいいな」
「お兄ちゃんに付き合ってもらったしね。全然役に立たなかったけど」
「悪うございました」
「アハハ。別に適当に何でも良いよね?」
「お任せで」
「りょっかーい」
体を目一杯伸ばしながら、友香が部屋を出て、一階のキッチンに向かう。俺はテーブルの上を適当に片付けてから、下に降りる。
リビングに着いてすぐテレビを点けて適当なチャンネルに合わせ、昼飯が出来るのを待つ。
数分後。友香がどんぶりを二つ持って、やってくる。
「おっ待ちー」
「……って、結局ラーメンじゃん」
「インスタントよりマシでしょ。豪勢にチャーシュー入りだよ?」
「まあ、良いけど。いただきます」
「いっただきまーす」
友香の料理の腕はまあ、割と良い方だ。家では割と面倒くさがりなので、母さんが用事でいない時以外あまり料理はしないが、作る物は文句無しに美味い。
そんな友香の手作り……かは正直怪しいが、ラーメンを食べ進める。
「ねぇ、お兄ちゃん。最近どうなの?」
「どうって?」
「出雲とか、天城さんの事」
「……進展無し、かな」
「お兄ちゃんってそういうのルーズだよね」
「お、俺は真面目に真剣に向き合ってるだけ! 色々問題があんの。お前だって他人事じゃ無いぞ? いいのか? あんなバイオレンスな義姉で」
「私は誰が義姉でもウェルカムだよ。それにお兄ちゃんクソ真面目だから、ちゃんとした相手選ぶだろうし」
何というか……適当だな。本当にそれでいいのか。
「まあ、私も出来る限り相談乗るし協力するよ。困ってる兄を放っておく程出来の悪い妹じゃ無いよ」
「友香……お前やっぱり狙ってたりする?」
「調子乗んなシスコン」
「何だとブラコン!」
そんなお互いに冗談と分かり切っているやり取りに、友香と俺は同時に笑い出す。
「ふぅ……まあ、頑張りなよ、お兄ちゃん」
「分かってるよ。……そういえばさ」
「うん?」
「お前高校どうだ?」
「別に。中等部の面子とあんま変わんないし、特に変化も無いね」
「まあ、そうか……好きな奴とか出来たのか?」
「……そういう事聞く? 普通。何か気持ち悪いよ」
「人の恋愛事情探っといてそりゃ無いだろ!」
「それもそうか。別に、私はそういうの無し。正直周りに理想的な男の人居ないし」
「ふーん……お前の好みってどんな奴?」
「うーん……お兄ちゃんみたいな人?」
真顔出こちらを見ながらサラッと言う。おいおい……そういうのサラッと言うもんじゃ無いぞ。というかコイツやっぱり……
「あ、言っとくけどお兄ちゃんと結婚したいとかそういうとじゃ無いから。本当に。マジで」
「そこまで否定するな、何か傷付く」
「ははっ。まあ、正直お兄ちゃんは自分で思ってる以上に結構理想的な相手だと思うよ。物凄くクソ真面目で、相手の事を考えるところとか、色々平凡なところとか」
「……それってプラスなのか?」
「全然プラスだよ。超人すぎる相手より平凡で安心出来る相手の方が付き合いやすいしね」
「そういうもんか……?」
「そういうもんそういうもん。まあ、ちょっと真面目過ぎるけど。だから今も出雲達一人一人に余分なぐらい気を使って、全てを理解しようとしてる。少しは気楽に行かないと、気が滅入るよ?」
「かもな……でも相手が真剣なんだから、こっちも真剣にやらないといけないだろうし、やり方は曲げないさ」
「本当、クソ真面目だね。まあ、そこも魅力なんだろうけど」
残ったスープを飲み干し、友香がプハァ! と豪快に声を出す。少しは女の子らしくしなさいよ。
「私はそんなお兄ちゃんを端から見守っておくよ。ごちそうさまーっと」
どんぶりを持ってキッチンに向かう。俺も残ったスープを飲み干しキッチンに向かう。
「洗い物は俺がするよ」
「お、サンキュー。じゃあよろしくー」
「おう。午後も勉強か?」
「うーん……疲れたから今日はもういいや。息抜きにゲームでもやる?」
「ああ、あの格ゲーか? いいぜ。洗い物終わったらな」
「やった決まりぃ! 負けた方お風呂掃除ね!」
「賭け事かよ……分かったよ。先行ってろ」
「りょっかーい」
そのまま少し上機嫌でゲーム機を取りに走る。
友香は大人な方だとは思う。でも、家ではぐーたらで、適当で、案外甘えん坊――そんな彼女の存在が、俺にとって割と心の支えになっている。
そんな友香の存在に感謝しながら、俺は洗い物を続けた。
ちなみにこの後の格ゲー対決でボッコボコにやられて風呂掃除をする事になったのは、また別の話だ。10割とか無いだろ……
なんて事無い日常回。
妹ちゃんはLoveとLikeの区別が付いてる子です。兄は好きだけど、そういう気は無いという理想的な兄妹関係です。ちゃんと節度をわきまえてます。
近親愛的なの期待してた人はごめんなさい。
次回は久々な修羅場……の予定。