モテ期と修羅場は同時にやって来るものである   作:藤龍

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決断のラストデート~Eager beaver Rain~

 

 

 

 

 

 陽菜とのデートから一週間。再び、俺の気持ちを確かめる為のデートの日がやって来た。

 本日の相手は海子。午前中の内に駅前で待ち合わせの約束をしていて、間もなくその約束の時間。俺は朝食などをちゃっちゃと済ませて、出掛ける準備を進めていた。

 が、少しだけ不安があった。それはこないだのように自然体で楽しめるだろうかとか、そういった問題では無い。その辺りはもう問題無いだろう。

 俺が抱く不安。それは、今日はデート出来るのだろうかという事だった。

 そう思う理由は至極単純。昨日までは特に問題は無かったのだが、今日は天気がかなり崩れているのだ。窓の外にはどんよりとした景色が広がっているし、今に雨が振り出しそうだ。

 例の如く、今回もデート内容や行き先は海子サイドに全て任せてあるので、俺は今回も詳しい概容を知らない。ただ今回はいつもと違い、事前に持って来ておくようにと言われた物がいくつかあるが。

 正直、その持ち物でどういった内容のデートになるか、ある程度予想は出来た。だが確定までには至らない。なので、本当にこの天気で実行出来るのかも分からない。最悪の場合中止という可能性もあるかもしれない。

 出来れば少しでも天気が良い方向に変わってほしい――そんな事を思いながら窓の外を眺めていた、その時。窓に一粒の水滴が張り付いた。

 

「降ってきちゃったか……」

 

 そこから数秒もせずに、大量の雨粒が視界を覆う。この様子だと、しばらくは止みそうに無い。出掛ける事が無理というほど大雨では無いけど、デート日和とは言い難い天候だ。

 とりあえず、これからどうするか確認を取るために、スマホから海子に電話を掛ける。数回の呼出音の後、『はいもしもし』と、機械音交じりの海子の声が返って来る。

 

「あ、もしもし。悪いないきなり」

『いや、こちらも丁度連絡しようとしていたところだ。天気の事だろう?』

「うん。雨降っちゃったけど、どうする?」

『その事だが、今回のデートは雨が降っても支障は無い』

「そうなのか?」

『ああ。……まあ、よくよく考えれば隠す理由も無いか。今回の行き先だが、いわゆる総合アミューズメント施設というところだ』

 

 海子から告げられた目的地に、俺はそこまで驚かなかった。むしろ、内心やっぱりかと思っていた。

 事前に海子から伝えられていた持ち物は、出来る限り動きやすい着替えにタオルなど、如何にも運動をしに行くと言わんばかりの物ばかりだったので、デートの内容がスポーツに関係する何かという事は想像出来ていた。

 だから後はそれが屋内なのか屋外なのかというだけだったのだが、アミューズメント施設なら間違え無く屋内だろう。ならば、雨で心配する事は無いだろう。

 

『まあ、移動の際は少々濡れてしまうかもしれんが……』

「それぐらい構わないよ。じゃあ、予定通り駅前で待ち合わせで良いか?」

『ああ、そういう事で。外は寒いから、行きは暖かい恰好で来るんだぞ?』

「分かってるよ。にしても、アミューズメント施設か……どうしてそこを選んだんだ?」

『それは……スポーツは好きだし、それに……こういう施設で二人で遊ぶのは、こ、恋人っぽいしな……』

 

 ポツリと、ギリギリ電話が拾えそうな小さな声で呟く。

 

『と、ともかくだ! 楽しみにしているぞ! では!』

 

 直後、ブツリと問答無用で電話が切れる。

 相変わらずだな、海子は……でも、アミューズメント施設か……あんまりそういう場所には行かないし、俺も楽しみだな。体力が若干心配だが。海子はそういうのに本気だからなぁ……何事にも全力なのが、彼女の良いところなんだろうが。

 

「ま、そん時はそん時だ」

 

 今日もただただ楽しめばいい。そうやって疲れながら遊ぶのも、楽しむって事だ。

 スマホを荷物の中に加え、残りの準備をサッと済ませる。最後に忘れ物が無いかしっかりと確認してから、玄関に向かう。扉を開けて、手にした傘を広げて雨が降りしきる中を歩む。

 ぴちゃぴちゃと地面を踏み鳴らしながら歩く事数分、白場駅に到着。そのまま待ち合わせ場所である改札前に向かうと、そこには既に海子が先に来ていた。彼女もこちらに気付いたようで、小さく左手を振る。

 

「悪い、待たせたか?」

「いや、こっちも今来たところだから気にするな」

 

 と、海子はぶら下げた傘を見せるように右腕を軽く上げる。その傘の表面はまだ濡れていて、つい先ほどまで雨の下に居た事を示していた。

 

「……悪いな、こんな雨の日に。日にちをずらすか、中止にするべきだったな」

「気にしなくていいよ。そもそも、このデートを提案したのは俺なんだ。中止なんて、俺が認めないさ」

「そういえば……そうだったな。お前が提案したんだったな、このデートは。……考えてみると、お前の方からデートに誘ってくれたのは、初めてかもしれないな」

「言われてみると……そうかもな」

「他のみんなも同様だし、きっとお前には何か目的や考えがあるんだろう。でも……私は純粋に嬉しい。お前が……好きな人が、デートに誘ってくれたんだから」

 

 喜色を顔に浮かべながら、海子はキュッと胸に手を当てる。

 

「今にも大はしゃぎしたいぐらい、心が舞い上がっている。これからの時間が楽しみで仕方無いんだ」

「海子……なら、思いっきり楽しもうか。今日のデート」

「……ああ!」

 

 満面の笑みと言うに相応しい表情を作りながら、海子は頷く。俺と海子の今日という日を楽しむ為のデートが、今始まった。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 白場駅から電車で移動する事数十分、俺と海子は目的地である総合アミューズメント施設に到着した。ここはフットサルやバスケットといった屋内スポーツから、カラオケにダーツ、さらにはゲームセンターまで完備した大型施設だ。俺と海子は、その中の屋内スポーツをメインに遊ぶ予定だ。

 施設内に入場した後、俺と海子は持参してきた服に着替える為に一旦分かれて、施設内にある更衣室にそれぞれ向かった。

 数分後、先に着替えを終えた俺は更衣室の近くで海子の着替えが終わるのを待った。その間、なんとなく周囲の様子を観察する。

 今日は雨だというのに、他にも客が沢山居る。家族連れから高校生と思われるグループ。そしてカップルらしき二人組もちらほらと窺える。こういった施設に来る事はあまり無いのだが、やはりカップルにとっては定番のデートスポットみたいだ。

 

「――待たせたな」

 

 などと考えていると、先ほどまでの暖かそうな格好から、水色のTシャツと黒のハーフパンツ、その下に運動の時に履くような同色のタイツ、そしてスニーカーという動きやすい服装に着替えた海子が更衣室から出てくる。

 

「おお、なんか本格的な恰好だな」

「遊びといえどスポーツである事に変わりは無い。挑むなら、本気でないとな」

「本当、何事にも真剣だな海子は。俺ももうちょっと気合を入れた服装にすればよかったかな」

 

 俺の服装は、部屋着としてたまに使う上下真っ黒なジャージ。運動には向いているだろうが、海子と比べると少々適当感が出てしまっている気がしないでも無い。

 

「格好は所詮形だけだ、気にするな。別にだからといって適当にやるつもりは無いのだろう?」

「まあな。そんな事したら、海子に怒られそうだしな」

「そ、そこまで器の小さな人間では無いぞ? まあ、多少機嫌は損ねそうだが……」

「そうさせないように、全力でやるさ」

「ああ、そうしてくれると私も嬉しい。では、早速行こうか」

 

 頷き、俺と海子は移動を開始。スポーツが遊べるエリアへと向かう。

 

「さてと……まずは何をしようか? 本当に色々あるみたいだが……」

 

 施設のパンフレットに視線を落としながら、海子に話し掛ける。

 

「そうだな……折角だから、出来る限り沢山の場所を巡りたいところだが……こうも多いと、何から手を付けて良いか悩んでしまうな」

「だな。とりあえず、目に付いたものから回ってみるか? 時間は十分にあるんだしさ」

「それもそうだな。では……あそこから行ってみるか?」

 

 と、海子は近くにあったコーナーを指差す。

 

「あそこは……バスケの1on1か」

「折角なら、対戦形式の方が良い。もちろん、やるからには本気でだ」

「分かってるよ。丁度今は人も居ないみたいだし、早速やろうか」

 

 仕切られたコート内に入り、まずは軽く準備運動。体を十分にほぐしてから、海子はバスケットボールを手にし、軽くドリブルをしながら話し掛けてくる。

 

「さて、ルールはどうする?」

「そうだな……とりあえず、三点先に取った方が勝ちって事でいいんじゃないか? 点を取るか、ボール奪ったら攻守交代で」

「分かった。先攻後攻は……」

「そっちが先で良いよ。レディーファーストって事か」

「そうか、では遠慮無く。後悔はするなよ?」

 

 ニヤリと笑みを作り、海子はゴール前に立つ俺と向き合うように位置に着く。その場でゆっくりとボールを弾ませながら、精神統一をするように数回深呼吸を繰り返す。

 直後、鋭い目つきでこちらを見据えながら、腰を軽く落として身構える。

 凄い集中力だな……相変わらず、勝負事となると別人みたいな迫力があるな、海子の奴。そういうところ、素直にカッコイイと思うし、なんだか羨ましいな。

 だからといって、こちらも負けるつもりは無い。バスケは体育でやるぐらいだが、男として軽々とやられるのはカッコ悪い。

 こちらもいつでも彼女を止められるように身構え、相手の動きに神経を集中させる。海子もドリブルをしながらジリジリと、少しずつ距離を詰めてくる。

 そして次の瞬間――地面を力強く蹴り飛ばし、一気にこちらに向かって来る。俺はそれを止めようと、腕を大きく広げ、行く手を遮るように彼女の前に立ちはだかる。

 が、彼女は素早い動きで俺の正面から脇に逸れ、そのまま加速して一気に俺の真横を通り過ぎる。

 

「うっそ……!?」

 

 あまりに華麗な一連の動きに一瞬動きが遅れたが、慌てて視線で彼女を追う。が、既にボールは海子の手を離れ、ゴールネットの中を潜り抜けていた。

 

「ふぅ……まずは一点だな」

「マジか……凄いな海子。バスケやった事あるのか?」

「いや、体育の授業で触れた程度だよ」

 

 俺と同じ経験度合いでこんなにも違うのか……流石、運動神経抜群だな。

 

「さて、次はお前の番だ。簡単には抜かせないぞ?」

 

 自信に溢れた言葉を吐きながら、海子は俺に向かってボールを投げる。

 これは簡単には勝てそうに無いな……でも、簡単に負けてやる気も無い。ちょっとでもいい、一矢報いてやるさ。

 先とは逆の立ち位置で、互いに相手の動きを観察しながら向かい合う。守備に回っても海子の集中力は変わらず、少しでも油断したらボールを奪われそうだ。

 あまり長く向かい合っていても埒が明かない。ここは臆せず攻める!

 グッと足に力を込め、ゴールに向かって走り出す。が、当然目の前には海子が立ちふさがる。体格ではこちらが勝っているが、動きのキレはあっちの方が圧倒的に上だろう。恐らく、まともに正面からぶつかっても抜けない。

 

「だったら……!」

 

 一か八か――俺は海子と接触する寸前で急停止してドリブルを止め、ボールを両手で持つ。そのまま真上に飛び上がり、ボールを頭上に掲げる。

 

「……ッ! させるか!」

 

 俺のやろうとしている事に気付いたのだろう、海子も左手を真上に伸ばしながら、ジャンプする。

 しかし、俺の行動の方が若干早かった。手首の動きを使って、ボールを数メートル先のゴールに向かって投げる。ボールは海子の左手を超えて――そのままゴールネットの中に吸い込まれた。

 

「やった!」

「……やられたな。まさかここから直接投げるとはな。結構距離があるぞ?」

「まあな。入ってよかったよ。これで同点だな」

「フッ、こうでなくては面白くない」

 

 闘志が湧き出たような楽し気な笑みを浮かべながら、海子はボールを拾い、位置に着く。

 なんとか得点は取れたけど、海子の方を止めないと意味が無いんだよな……ピッタリ張り付いて抜かせないようにしないと。

 頬を叩いて気合を入れながら、再度身構える。海子も数回立ち尽くした状態でドリブルを繰り返した後、こちらに向かって走り出す。

 今度こそ止めてやると、俺は海子の前に立ちふさがる。それを海子は先と同じように脇に逸れてかわそうとする。 

 が、今度は俺もそれと同じように真横に移動して、彼女の進行をしっかりと遮る。

 

「やるな……なら――!」

 

 海子はクルリと体を反転させ、逆方向へ走り出す。当然俺はそれを止める為に同じ方向へ動く。

 しかし、そう動くのを待っていたと言わんばかりに、海子は進行方向をそこからさらに逆へと切り替えた。

 

「フェイント……!?」

 

 完全に引っ掛かった。ここから彼女の前に立ちはだかるのは不可能だろう。だが、まだ抜かれてはいない。ボールを彼女の手から離せれば、負けはしない。

 体勢も安定していないし、海子の姿もよく見えなかったが、俺は最後の足掻きに左手を彼女の方へ目一杯伸ばす。

 そして奇跡的に、俺の左手の甲がボールに当たった。

 

「ひゃあ!?」

 

 瞬間、突然海子がひっくり返った甲高い声を響かせながら足を止める。一体どうしたんだと視線を彼女に向けてすぐ、俺は全てに気付いた。

 そう、俺の手は確かに丸みを帯びた物体に当たった。だがそれは地面に転がっているバスケットボールでは無く、彼女の胸に実る、バスケットボールよりも若干小さく、ずっと柔らかな二つの球体の一つだった。

 その事実に気が付いた俺は暫しその状態のまま制止してしまったが、ふと我に返り慌てて彼女の胸元から手を引っ込め、距離を離した。

 

「ご、ごめん! その、夢中だったからというか、その、なんというか……とにかく、本当に申し訳無い!」

「いいい、いや、き、気にするな……す、スポーツは接触する機会は多いのだから、こんな事故があるのはその、し、仕方無いというか……それに、ちょ、ちょっと手の甲が当たっただけだ! 気にするな!」

「で、でも事故とはいえ、その……胸に触った訳だし……」

「言うな馬鹿ぁ! 気にするなと言っているんだから気にするな! 言われたら思い出してしまうだろう……!」

 

 さっきまでの集中力はどこへ行ったのやら、海子は顔を真っ赤にして、胸元を両手で覆い隠しながらその場にうずくまる。

 事故とはいえ、悪い事したな……後でもう一度ちゃんとお詫びを……いや、海子の性格上、これ以上触れるのは止めておこう。その方が海子も有り難いだろう。

 にしても、さっきまでとは別人だな、本当に……普段はカッコ良くて頼りになるのに、テンパると一気に乙女になるというか……ギャップが凄いな。でもまあ、こういうところも彼女の魅力で、可愛らしいところか。

 正直、彼女のこういう一面は嫌いじゃないし、むしろ……まあ、大抵は俺が原因でこうなっちゃう訳だが。

 

「な、何を笑っているんだ!?」

「え? わ、笑っていたか、俺?」

「口角が上がっていたぞ。……な、なんだ? そ、そんなにその……わ、私の胸に触れたのがう、嬉しかったのか……?」

「えっ……あー、いや……」

 

 イエスでもノーでも気まずくなりそうな答え辛い質問に、つい口ごもる。

 それに海子も気付いたのだろう。俺の返答を待たずにわざとらしく咳払いをして、バスケットボールを拾い上げる。

 

「よ、よし! 勝負の続きをするぞ!」

「えっ、ま、まだやるのか? またあんな事故が起こるんじゃ……」

「そ、その事は忘れろ! そんな事故が起こらないほどに圧倒してやる! ……ま、まあ、ああいうのが嫌な訳では無いのだが……」

「……じゃあ、やるか」

 

 アクシデントが起きないように祈りながら、俺と海子は勝負を再開した。

 結果、海子は宣言通り、俺にボールを触れさせる事無く圧倒。三対一で、勝負は海子の勝利で幕を閉じた。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 バスケが終わった後も、俺達は施設内に用意されている様々な場所を遊び回った。

 バッティングでホームランの数を競ったり、サッカーのPK、テーブルテニスなど様々なスポーツで勝負したり。フードコートにあるお店で軽い食べ歩きをしたり。休憩がてらゲームセンターで遊んだり――時間の許す限り、とにかく色々な事をして回った。

 そんなこんなで、施設に来てからあっという間に三時間ほど経過した。俺と海子は飲み物を買って、休憩スペースにあるベンチに座り、小休憩を取っていた。

 

「ふぅ……流石に疲れてきたな。友希は平気か?」

「なんとかな……でも、まだまだこれからなんだろう?」

「折角の機会なんだ、遊べるだけだけ遊び尽くすさ。悪いが、最後まで付き合ってもらうぞ?」

「もちろん。そのつもりさ」

「その意気だ。……フフッ」

 

 ふと、海子が小さく笑う。

 

「どうかしたか?」

「ああ、いや……楽しいなと思ってな、この時間が。お前とこうして一緒に居るだけで、心が満たされる。幸せとは、こういう事を言うのだろうな。どうだ? お前も楽しいか?」

「……ああ、楽しめてるよ。自分でもビックリするぐらい、何も考えずに楽しめてる」

「そうか……なら、私も嬉しい。……さ、さて、次はどうする?」

 

 と、海子は照れを誤魔化すようにわざとらしく言う。

 

「そ、そうだな……メジャーなものは、粗方回った気がするしな……」

 

 次の目的地を考えながら、何か無いかと辺りを軽く見回してみる。その時、ふとある張り紙が目に入る。

 

「あれなんてどうだ? 冬季限定、アイススケートだってさ」

「スケート? そんなものまであるんだな、ここは」

「本当何でもあるな、ここ。でも、スケートって冬っぽいし、ゆったりと楽しめるからいいんじゃないか?」

「う、ん……そ、そうだな……」

 

 と、海子は何故か苦い顔をしながら、歯切れ悪く言う。

 

「ん? 何かマズかったか?」

「いや、その……恥ずかしい話なんだが、スケートは苦手でな……まともに立つ事も出来ないんだ」

「えっ、そうなのか!?」

 

 海子の思わぬカミングアウトに、つい驚愕の声がこぼれる。

 

「運動神経抜群の海子の事だから、てっきりスケートもお手の物かと思ってたよ……」

「私だって、苦手なスポーツぐらいある。あれは確か白場を離れて、長崎の実家に居た頃だ。家族でスケートに遊びに行ったんだが、その時はまだ運動が得意では無かったからな……盛大に転んでしまってな。それ以来、思うように滑る事が出来なくてな」

「そうだったのか……その時のトラウマ、みたいのが残ってるせいか?」

「恐らくな。身体能力的にはもう十分滑れるんだろうが、どうにも思うようにいかなくてな。だからといって、困る事は無いんだがな」

 

 苦笑いを浮かべながら、頭を掻く。

 海子にそんな弱点があるとは、意外だな……まあ、人間弱点の一つや二つあるもんか。スポーツ方面でそんな苦手があるとは思わなかったが。

 

「悪いな、知らなかったとはいえ、デリケートな問題に突っ込んで。スケートは止めて、別のにしようか」

「別に謝る必要は無い。……なあ、友希。もし良ければ、次はスケートにしないか?」

「え? でも、滑れないんだろう?」

「だからこそだ。ここでその苦手を克服したいんだ。克服したからといって、大した得がある訳でも無いが……苦手だからって避けるのはなんとなく嫌なんだ。だから、練習に付き合ってくれないか?」

 

 苦手だからって避けるのは嫌か……海子らしい考えだな。そういう気持ちの強さも、海子の良いところなんだよな。

 

「そういう事なら、喜んで。じゃあ行こうか、スケートリンク」

「ああ……! 感謝する!」

 

 飲み物を飲み干して、早速屋内スケートリンクへ向かう。

 到着してすぐ、レンタルのスケート靴を借りて、大勢の人が自由に滑るリンクの方へ向かう。

 

「ところで友希、お前は滑れるのか?」

「まあ、軽く滑るぐらいなら。昔、何回か遊んだ事があるから」

「そうなのか……なんだかんだで、色々出来るんだな、友希は」

「どれも中途半端だけどな。でも、基礎を教える事ぐらいは出来ると思うから」

「よ、よろしく頼む……!」

 

 俺が海子に何かを教えるなんて、なんだか不思議な気分だ。大抵の事は俺より出来るしな、海子は。……こういうのも、案外悪くは無いな。

 などと思いながらスケート靴に履き替え、海子に立ち方など、言葉で説明出来る基本的な事を教えてから、一足先にリンク内に足を踏み入れる。俺自身もスケートは久し振りなので、若干バランスを崩したが、すぐに立て直して海子を待つ。

 

「い、行くぞ……!」

 

 遅れる事数秒、海子が恐る恐る右足をリンク上に乗せる。物凄いへっぴり腰で、リンクの縁から手を離したらすぐにでも転んでしまいそうだ。こんな海子を見るのも、なんだか新鮮だな。

 とりあえず、いつでも受け止められるように近くにスタンバって、彼女が左足をリンクに乗せるのを待つ。

 そして左足を乗せて、手を縁から離した瞬間、案の定海子はバランスを崩す。が、その先に位置取っていたお陰で、俺はすぐさま海子の体を支える事に成功する。

 

「っと、大丈夫か?」

「す、スマン……立つ事すらままならないとは、情けない……」

「まあ、最初はこんなもんさ。少しずつ慣れて行こうか。とりあえず、しばらくは俺の手を支えにしてなよ」

「えっ、て、手を繋ぐのか……?」

「じゃないと転んじゃうだろ? あ、恥ずかしいとかなら、リンクの縁に掴まってるとかでも……」

「も、問題無い! むしろ、そうさせてくれ!」

 

 叫び、海子は俺の両手をギュッと握り締める。

 まだ若干足元がおぼつかないが、どうにか直立する事が出来た。ついでに表情も幸せいっぱいと言わんばかりに緩んでいたが、あえて触れない事にした。

 

「……じゃあ、早速始めようか、練習」

「ハッ……!? そうか、練習に来たんだったな……! イカンイカン……ま、まずはどうするんだ?」

「そうだな……滑る感覚を体に覚えさせる為に、軽く滑ってみようか。俺が引っ張るからさ」

「りょ、了解だ!」

「よし、じゃあ行くぞ」

 

 周囲確認をしっかりとしてから、海子の手を引きながらゆっくりと後方に向かって滑り始める。海子はそれに身を任せるように、滑り始める。

 元々の運動神経が良いからか、海子は支え有りなら案外安定して滑る事が出来ていた。本人もだんだんと慣れてきたのか、不安の色が薄まっていく。

 

「お……っと……!」

 

 が、しばらく滑ったところで海子がバランスを崩してしまい、そのまま倒れ込むように俺の胸元に顔を埋める。

 

「ひゃわ……!?」

「だ、大丈夫か?」

「だだだ、だい、だいじょ、じょうぶ……だ!」

 

 と、大丈夫とは思えない震え声で答える。顔はリンクの氷が溶けてしまうのではと思えるほどに赤い。このままでは海子が色んな意味で壊れてしまうと察した俺は、すぐさま海子を胸元から離した。

 

「ひとまず、深呼吸しようか」

「は、はひっ……! すぅー……はぁー……」

「……落ち着いたか?」

「な、なんとか……わ、悪いな倒れ込んだりして……怪我は無いか?」

「平気だよ。うーん……いきなり滑るのは難しかったかな?」

「いや、でもなんとなくだが、感覚は掴めた気がする。……少し、支え無しで滑ってみる」

 

 海子はパッと俺の手を離し、一人の力で立つ。

 

「えっ、流石に危ないって!」

「心配無いさ。言った通り、能力的には問題無いはずなんだ。後は、私が過去の恐怖を乗り越えるだけだ」

「で、でも……」

「心配するな。……私は乗り越えたいんだ、この困難を。どうでもいい困難かもしれないが、私はどんな事にも全力で、精一杯頑張りたい。それが、私の心に決めた事だからな」

 

 そう言って、海子は健やかに微笑む。

 海子の奴、本当に頑張り屋なんだな……何事にも直向きで、全力で、そして色んなものを乗り越えているんだ。そういうところ、本当に憧れるし、尊敬する。何より見ていてこっちも勇気を貰える。

 そんな彼女の努力する気持ちに、俺も力を貸してやりたい。彼女がそれを望むなら、全力で助力しよう。

 

「……うん、なら俺は、それを全力で支えるよ。海子が頑張るんなら、俺はそれを見守る、応援する。転んじゃったら手を伸ばしてやるし、力を貸してほしいなら遠慮無く言ってくれ。俺も、全力で頑張るからさ」

「友希……ああ、助かる。最初の内は転んでしまうだろうから、隣に居てくれると少し安心出来る。頼めるか?」

「もちろん。いつでも支えてやるさ」

「ありがとう。へ、変なところは触るなよ……?」

「わ、分かってるよ。じゃあ、始めようぜ」

「ああ……!」

 

 それから海子は俺の支え無しに、滑る練習を始めた。

 最初の方は思うように行かず、転んでしまう事も多かったが、その度に俺は彼女を支え、時にはコツを教えたりと、惜しみなく彼女に手を貸し続けた。海子もそれに応えるかのように、決してめげずに頑張り続けた。

 

 そして、練習開始から約一時間。

 

「よし……!」

 

 リンクの縁から手を離し、海子が勢いよく滑り出す。フォームはまだたどたどしいが、バランスを崩さずに滑れている。

 そしてとうとう、一度も転ばずに、数メートル先にある反対側に辿り着く事に成功した。

 

「はぁ……はぁ……滑れた……!」

「やったな海子! この短時間で、凄いじゃん!」

「ハハッ……まだ危なっかしいがな。でも、克服出来た……お前が力を貸してくれたお陰だな」

「海子が頑張ったからさ。でも、力になったのなら、何よりだ」

「ああ……本当にありがとうな。ふぅ……ホッとしたからか、なんだか力が抜けてきたよ」

 

 海子は縁に手を乗せながらぐったりと腰を曲げる。ずっと休み無しで滑り続けていたし、相当疲れが溜まっているのだろう。

 

「大丈夫か? ほら、手を貸すよ」

 

 そう彼女に手を伸ばした瞬間。俺も疲れが溜まっていたのだろう、バランスを崩してその場に尻餅をついてしまう。

 

「タッ……!」

「だ、大丈夫か!?」

「なんとか……氷の上で気ぃ抜いちゃ駄目だな……」

「悪いな、私が長い間付き合わせてしまったから……今、手を貸して――」

 

 と、海子が手を伸ばす。が、俺と同じ時間滑っていて、スケートに不慣れな海子は俺より疲れが溜まっていたのだろう。彼女も同じように、バランスを崩してしまう。

 しかし、俺とは違って、後ろでは無く正面に向かって。その倒れ込む先には、尻餅をついたままの俺。当然避ける事も出来ず、海子の体はそのまま俺に覆い被さるように倒れ――俺の顔は吸い込まれるように、彼女の谷間に埋まった。

 

「むぐっ……!?」

「す、スマン友――きぃ!?」

 

 その事実に気付いたのか、海子が猿みたいにひっくり返った声を上げる。

 

「こ、これは、わ、わざとじゃなく、じ、事故でぇ……あの、わ、わわわわっ……!」

 

 もはや聞き慣れたレベルで聞いてきたテンパり声を上げた後、海子は勢いよく立ち上がり――

 

「忘れてくれぇぇぇぇぇぇぇえ!!」

 

 そう叫びながら、信じられないスピードでスケートリンクを駆け抜け、遠くに姿を消した。

 

「……随分滑れるようになったなぁ」

 

 まさか一日に二回も似たようなハプニングが起こるとは……運が良いのか、悪いのか。

 でも、こういうのも海子との日常って感じがするな……海子のああいう一面が見れるのも、悪くない。

 

「……って、それが日常なのは駄目か」

 

 やっぱり後でちゃんとお詫びをしようと心に決め、俺は海子が消えた方へ向かった。

 先の件は、互いに忘れるという事で一応解決。その後は綺麗さっぱり事故の事は忘れ、時間いっぱいまで遊び尽くし、後腐れ無く、俺達のデートは終わったのだった。

 

 

 


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