モテ期と修羅場は同時にやって来るものである   作:藤龍

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決断のラストデート~Innocent Sun~

 

 

 

 

 

 

 

 自分の気持ちを確かめる為に、俺が選んだ手段――それは、彼女達とのデートだ。

 この方法を選んだ理由、それはこれが一番彼女達のありのままの姿を、難しい事を考えずにただ純粋に楽しむ彼女達を見れると考えたからだ。

 他の子が居たら、みんなある程度そちらを意識してしまうだろう。けれど一対一の状況なら、みんな純粋に俺との時間を楽しんでくれるはず。そして俺もその相手一人に集中出来るし、そんな彼女達と過ごせば、自分の気持ちが見える。そんな気がするから。

 一番最初――みんなに告白されて間もない頃も、互いを知る為に、こうしてデートをした。その時と同じように、彼女達と向き合おうと決めたのだ。今度は、己の気持ちを理解する為に。

 そして早速、俺は行動を開始した。まずはみんなとの話し合い。理由は話さずに、しばらく休日に順番にデートをしたいと彼女達に申し出た。当然彼女達は皆、いきなりの事に驚いた様子を見せていたが、何も聞かずに了承してくれた。

 そのままデートの順番、日程などを話し合って決め、デートの事前準備は完了。

 

 そして時は流れ――1月10日、日曜日。デート初日の日がやって来た。

 最初のデートの相手は陽菜。同じ家に住んでいるので、当然待ち合わせなどはせず、一緒に家を出る事になる。なので俺は一足先に出掛ける準備を済ませて、玄関先で陽菜の準備が終わるのを待っていた。

 

「いよいよか……」

 

 もう間もなく始まるデートに、緊張が高まる。

 今までデートという行為は幾度となくしてきた。けれど、今回のデートは今までとは違う。彼女達を理解する為では無く、己の気持ちを理解する為のデートなのだ。だから今までみたいに難しい事は考えず、純粋にデートを楽しまないといけない。

 とはいえ、何も考えずに向き合うって、それはそれで難しいな……性分なのか、嫌でも色々考えてしまう。これじゃあいつもと同じだ、頭を空っぽにしないと……そう意識してるのが駄目なんじゃないか?

 早くも目的を達成出来るのかと不安に駆られていると、階段の方から足音が聞こえてくる。

 

「友くんお待たせー!」

 

 直後、陽菜が玄関先にやって来る。

 

「遅かったな」

「ごめんごめん……準備に時間掛かっちゃって」

「いや、別にいいよ。じゃあ、行こうか」

「うん! えへへ、友くんとデートって、なんだか久し振りだね! 楽しみだなー!」

 

 と、陽菜はにんまりと笑みを浮かべながら、体を左右に揺らす。

 本当に楽しそうにしてるな……確かに、言われてみると陽菜とちゃんとしたデートをするのは久し振りかもな。俺も、彼女を見習って、このデートを楽しんでいかないと。

 

「……ねえ友くん、何か考え事してる?」

「え……? いや、そんな事無いよ」

「そう? 難しい顔してるよ?」

 

 ジトッとした目で、陽菜が俺の顔を見つめる。

 

「……えい!」

 

 そして不意に、両手で俺の頬を挟み、ぐにゅぐにゅと上下左右に動かす。

 

「い、いきなりなん……!?」

「アハハ! 友くん変な顔ー! ぐりぐりー!」

「や、やめ……!」

 

 俺の言葉を無視して、彼女のスベスベな手が、さらに俺の頬の肉をめちゃくちゃに歪ませる。自分では見えないが、恐らく酷い顔になっているだろう。

 しばらくすると満足したのか、陽菜がようやく手を離して、笑いながら自分の目元に浮かんだ雫を拭う。

 

「あー、面白かった! 友くん凄い顔だったよ?」

「そうですか……なんなんだよいきなりさ……」

「だって、友くんまた難しい事考えてそうだったからさ。だから、お仕置き!」

「お仕置き……?」

「うん。だって……」

 

 陽菜は再び俺の頬を両手で挟む。しかし今度は激しく動かしたりはせず、優しく包み込むようにして。その状態のまま、陽菜はゆっくりと顔を近付ける。

 

「今日は久し振りの私とのデートなんだよ? なのにそんな難しい顔されてたら、私はちょっと悲しいなぁ」

「そ、それは……」

「……きっと友くんの事だから、何か考えがあって今回のデートを決めたんでしょ? 真剣に考えてくれるのは嬉しいけど、それより今は私とのデートを楽しんでほしいな。友くんが楽しんでくれないと、私も楽しめないよ?」

「陽菜……」

 

 本当に駄目だな、俺……何も考えず、彼女とのデートを楽しむって決めたのに、結局その事で悩んでしまってる。これじゃあ意味が無い。

 陽菜の言う通りだ。俺が楽しめなきゃ彼女も楽しくないし、俺の気持ちも見えてこない。ただただ楽しもう、今日という一日を。

 

「ごめんな、陽菜。……楽しもうか」

「……うん、いい顔! その顔、好き!」

 

 と、陽菜はニッコリと微笑む。その表情の可愛らしさに、今更羞恥心が芽生え、思わず視線を逸らす。

 

「つ、つーか顔近いって……!」

「えー、いいじゃん!」

「いいから離れろって!」

「ぶぅー……もう、恥ずかしがり屋さん」

 

 ムスッとしながらも、どこか楽し気に頬を緩ませ、陽菜は俺から離れる。

 

「たくっ……ほら、行くぞ」

「うん! 出発だね!」

 

 元気良く声を発しながら、陽菜はリュックを背負い直す。

 

「……つーかなんだ、その荷物」

 

 それの様子を見て、俺は今更ながら彼女の格好に疑問を覚えた。

 服装自体は赤色のセーターに、膝下まで伸びた黒のスカートと至って普通だ。だが、その背中に背負うリュックはデートに向かうにしては少々大きい。背中が丸ごと隠れる程度の大きさで、これではデートじゃなく、遠足にでも行くみたいだ。

 今回のデートも、いつものようにプランは彼女達に一任している。なので俺は今日どこに何をしに行くかは知らない。だからいつも通り俺は必要最低限の荷物を持っているだけなのだが、彼女はそんな俺の恐らく倍以上の荷物を持っている。

 

「なあ、今回どこ行くんだ? もし大荷物が必要なら、事前に言ってくれると嬉しいんだが……」

「ああ、大丈夫! 友くんはそのままで平気!」

「そ、そうか? 一体なんなんだよ、それは……」

「えへへ、お楽しみ! ほら、早く行こう!」

「お、おう」

 

 疑問は残るが、とりあえず俺達は外へ出る。同時に、眩しい日差しが俺達に降り注ぐ。

 

「今日は良い天気だね! 暖かいし、絶好のデート日和だよ!」

「ああ。風はちょっと寒いけどな」

「よし! 早速行こう、友くん!」

 

 ガシッと俺の手を掴み、陽菜がいきなり走り出す。

 

「ちょっ……!? 待てって!」

「デート、デート! 友くんとのデート!」

「話聞けって……! 全く……」

 

 こうして、俺と陽菜のデートが幕を開けたのだった。

 

 

 ◆◆◆

 

 家から出発してから、約十五分――俺と陽菜がやって来たのは、休日だからか家族連れやカップルでいつも以上に賑わう、我が町のターミナルである白場駅。

 ここから電車に乗って移動するのだろうかと、陽菜に改めて今回の行き先を問う。

 

「なあ、これからどこに行くんだ? 隣町辺りか?」

「ううん、今回は電車には乗らないよ。まずはね、映画を観ようと思うんだ!」

「映画? って事は、駅ナカにある映画館か?」

「うん! 祐吾に聞いたんだけど、友くんゴールデンウィークにみんなとここで映画観たんだよね?」

「え? ああ、まあな」

 

 陽菜の言葉により、その時の記憶が脳裏に蘇る。

 もう随分前の事のように感じる。ゴールデンウィークに行った、彼女達との初めてのデート。陽菜の言う通り、その時にみんなとここから近い映画館で映画を鑑賞した。

 確か、三日連続で同じ映画を観たんだっけ。あの時は告白されて間もない時期だったから、色々とテンパったりしてたよなぁ……懐かしいものだ。

 

「他のみんなは友くんと映画観たのに、私だけ仲間外れは嫌だなーっと思ってさ。だから今日、一緒に観ようかなって!」

「そっか……もちろん構わないぜ。それで、観たい映画は決まっているのか?」

「うん! もうそろそろ上映時間だから、早速映画館に……と、言いたいところだけど」

 

 陽菜は背中のリュックを背負い直すように軽く真上に跳ね、首を後ろに回す。

 

「まずはこれを置いて行かないと。映画館の中だと、流石に邪魔になっちゃうしね。確か、近くにおっきめのコインロッカーがあったよね? そこなら入るよね?」

「確かにあるけど……本当、なんなんだよそれ」

「今はまだひーみーつ! ほら、急ごう急ごう! 映画始まっちゃう!」

「はいはい」

 

 小走りでコインロッカーのある方へ向かう陽菜の後を、俺も早足で追い掛ける。

 数分ほど移動した先にあったコインロッカーに陽菜の未だ謎の荷物を預けて、すぐさま映画館へ移動。チケットを買う為に、受付前に出来た長蛇の列に並んで順番を待つ間、どの映画を観るのか、受付近くにあるポスターを見ながら陽菜に問い掛ける。

 

「で、どれ観るんだ?」

「えっと……あ、あったあった! あれだよ!」

「どれどれ……」

 

 彼女が指差す先にあったのは、とあるアニメ映画のポスター。

 あれは……最近公開した人気のアニメシリーズの二十周年記念の新作映画か。確か昔の話をリメイクしたもので、ここ最近の映画の中ではかなり出来が良いと好評な作品だったはず。

 

「あれ見るのか?」

「そう! ほら、私が引っ越す前は二人でよく観てたでしょ? だからなんだか懐かしくなっちゃって!」

「そういえばそうだったな……いいんじゃないか」

「でしょ? あ、順番回ってきたよ」

 

 陽菜の言葉に視線を正面に戻し、受付に向かって足を進める。

 ん? 受付の女の人、どこかで見覚えが……って、ゴールデンウィークの時にここで三連続で鉢合わせたお姉さんじゃん……あの時はとてつもなく怪訝な顔をされたからなぁ、記憶に残ってるよ。

 流石に向こうは俺の事を覚えていないのか、お姉さんはチケット購入の際に特に変わった反応を見せる事は無かった。が、俺はどことなく気まずかったので、さっさとチケットを受け取り、その場を立ち去った。

 

「どうしたの友くん? 様子変だよ?」

「な、なんでも無い」

「そう? あ、そういえば今のお姉さん指輪してたね。主婦さんもこういうところで働いてるんだねー」

「え? そ、そうだったか?」

 

 あのお姉さん結婚したんだな……当時の彼氏さんとかな?

 思わぬ事で時の流れを感じながら、飲み物などを買いに売店へ向かう。

 

「やっぱり、映画といえばポップコーンだよね! キャラメル味でいい?」

「任せるよ」

「じゃあ、キャラメルコーンと……あ、ホットドッグも美味しそうだなー! でもあんまり食べ過ぎるとお昼食べれなくなっちゃうよね……でも、食べたいなぁ……」

 

 ぐぬぬと、真剣な様子でメニュー選びに頭を悩ませる陽菜に、思わず呆れた笑い声が口からこぼれる。

 子供みたいだな、あいつ。そういえば、昔家族ぐるみで映画観に来た時も、こんな風に売店の前で悩みまくってたっけな、陽菜の奴。……今も昔も変わって無いんだな、本当に。

 

「程々にしとけよ。あんまり食べ過ぎると喉乾くし、飲み過ぎたら途中でトイレ行きたくなるぞ?」

「あ、それもそっか。じゃあ、ポップコーンだけにしとこ。ありがと、友くん!」

「……どうも」

 

 満面の笑みと共に送られた感謝の言葉に、思わず照れ臭くなり、視線を逸らす。

 本当、どんな時でも楽しそうに笑うな、陽菜は。あんなに元気いっぱいだと、逆にこっちが疲れてくるってもんだ。

 

「ほら友くん、早く並ぼうよ! 買う時間なくなっちゃうよー!」

「分かってるよ、たくっ……」

 

 ……まあ、悪い気はしないが。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 数時間後――映画の上映が終了し、最初から最後まで漏らさずに内容を堪能した俺と陽菜は他のお客に混ざり、映画館を後にした。

 

「ううっ……ふへぇ……」

 

 その間、陽菜はずっと顔をぐちゃぐちゃにしながら、止めどなく涙を流していた。

 

「……いつまで泣いてんだよ」

「だってぇ……凄く感動したんだもぉん……最後のシーンとか、特に……」

 

 そこで口を閉じ、陽菜は人差し指の第二関節を鼻先に当てながら、ズズッと、鼻を啜る。

 そこまでか……確かに良い話だったし、俺も最後の方は涙腺が緩んだ。が、流石にこれは泣き過ぎだ。

 とりあえずこのままでは視線を集めてしまうので、涙を拭うように、ポケットティッシュを彼女に渡す。

 

「みっともないから、早く落ち着け」

「ううっ、ありがどー……」

 

 ティッシュを何枚か取り出して、陽菜はそれでズピー! と、思いっきり鼻をかむ。

 淑やかさなんて微塵も無いな……まあ、それも陽菜の良いところか。変にしおらしくされても、調子狂うしな。

 

「落ち着いたか?」

「うん、なんとか……良い映画だったね、友くん!」

「まあ、そうだな。……で、これからはどうするんだ? 予定は決めてるんだろ?」

「もちろん! まずは私の荷物を取りに行って、その後は駅前の公園でお昼だよ!」

「ああ、もうそんな時間か」

 

 現在の時刻は、午後の一時過ぎ。昼食には丁度いい時間だ。

 

「でも、なんで公園なんだ?」

「フッフン……実は今日、早起きしてお弁当作ったんだ! 一緒に食べようよ!」

「弁当を?」

「うん! 前に作ったのは友くんには食べてもらわなかったからさ。今度こそはって、頑張ったんだ! ちゃんと美味しいと思うから、安心していいよ!」

 

 自信あり気な顔で、陽菜はグッと両の拳を握る。

 陽菜の弁当か……ちょっと前なら不安で仕方無かっただろうが、今は彼女の料理の腕が上がっている事を知っている。不安を抱く理由など無いし、むしろどれぐらい料理の腕が上がっているのか、期待があるぐらいだ。

 

「分かった。じゃあ、荷物を取りに行って、昼にするか。楽しみにしてるぜ、お前の手製弁当」

「任せといてよ! ほっぺが落っこちても知らないからねー!」

「言い過ぎだろそれは」

 

 楽しそうな陽菜と会話を交えながら、ひとまず彼女の荷物を預けたコインロッカーまで移動。

 荷物を回収した後は、そのまま駅の近くにある公園に向かう。親子が中心に集まる敷地内にあるベンチに、横並びで座る。

 

「待っててね。えーっと、お弁当お弁当……」

 

 陽菜はベンチの横にリュックを置いて、中をゴソゴソと探り出す。

 本当に何が入ってるんだ、あのリュック……つーかあんなデカいリュックに入れてたら、弁当崩れてないか? そこら辺考慮してるんだろうか、陽菜の奴。

 

「あった! お待たせ友くん! はい、どーぞ!」

 

 と、陽菜はリュックから取り出した包みを俺に差し出す。

 特に崩れないように工夫されている様子も無いので、若干の不安を抱きながら、俺は包みを解き、中の弁当箱を開ける。

 弁当箱の中身は、幸い大きく崩れておらず、唐揚げや卵焼きにウインナーと、弁当の王道とも言えるおかずが並んだオーソドックスなものがいっぱいに敷き詰められていた。

 

「へぇ……なかなか美味しそうだな」

「でしょでしょ? 早速食べてみてよ」

「急かすなって。じゃあ、いただきます」

 

 まず最初に、卵焼きを箸で掴んで口に運ぶ。横では、陽菜が緊張した面持ちで俺の事を見つめる。

 どうやら感想を待っているようだ。自身があると言っていたが、やはりまだ不安はあるみたいだ。俺はそんな彼女の不安を消してあげる為に、卵焼きを飲み込み感想を述べた。

 

「うん、美味いよ」

「本当!? よかったぁ……味見はしてたけど、友くんに合うかは分かんなかったからさ」

「俺好みの味付けだよ。本当、もう料理に不安は無いな、陽菜」

「えへへ、そう? 照れちゃうなぁ……あ、唐揚げも食べてみて! 既製品じゃなくて、ちゃんと私が揚げたんだよ!」

「そうなのか。じゃあ……」

「あ、待った!」

 

 と、突然陽菜が右手を前に出して俺が唐揚げを口に運ぶのを制止する。そして自分の分の弁当箱から唐揚げを箸で取り――

 

「はい、友くん! あーん!」

 

 と甘ったるい声を発し、左手を添えながら俺の口元まで運びだす。

 

「な、なんだよいきなり!?」

「えへへ、昔から自分の作ったお弁当を、こうして友くんに食べさせてあげたかったんだー! だーかーら、あーんして! ほらほら!」

「だ、だからって……」

「いーじゃん! あんまり渋ってると、口移しで無理やり食べさせちゃうぞー?」

「口移しって……ああ、分かったよ!」

 

 もう拒否する事は不可能だと悟った俺は、意を決して、陽菜が差し出す唐揚げにパクリと食らい付いた。

 

「おおー、良い食べっぷり! どう? 味は」

「……美味いよ」

「そっか、よかった! えへへー、やりたい事も出来たし、美味しいって言ってもらえたし、満足満足!」

「全く……」

「……もう一回いい?」

「満足したんじゃないのかよ!」

 

 ――結局、この後も数回ほど繰り返された陽菜からのあーんの要求を断る事が出来ず、無駄に体力と時間を浪費しながらも、どうにか昼食を終えた。

 

「ふぅ……ごちそうさまでした! やっぱり外でお弁当を食べるのっていいね!」

「そうだな……こっちは必要以上に疲れた気がするがな」

「あはは、ごめんごめん。つい調子乗っちゃった。だって、友くんなんだかんだお願い聞いたくれるんだもん」

「……断って変に落ち込まれても困るしな」

「……やっぱり優しいね、友くんは。そういうところ、だーい好き!」

 

 甘え声を出しながら、陽菜は俺に寄り掛かるように抱き付いてくる。唐突に襲い掛かってきた二つの弾力に、どっと体温が上昇する。

 

「だっ……! いきなり抱き付くな馬鹿!」

「えー、こうしてた方が暖かいじゃん! ぎゅー!」

「だからってこんな人目が多いところで抱き付くなっての!」

 

 強引に陽菜を剥がし、すぐさま彼女と距離を取る。それに陽菜は少し不満そうに頬を膨らませるが、即座ににんまりと笑みを作る。

 

「まあいいや、家に帰ったらで。外で駄目でも、家ならいいでしょ?」

「そういう事じゃ……はぁ、もういいや」

 

 これ以上言っても繰り返しだ。こいつはこういう奴だって事は、重々理解してるしな。……でもまあ、不思議と恨めないというか、本気で怒る気にもなれないんだよなぁ……

 

「はぁ……で、昼食も終わったけど、今度はどうするんだ?」

「そんなの決まってるよ! 公園に来たのなら、やる事は一つだよ! 友くん、広いとこに移動だよ!」

「……? お、おう……」

 

 陽菜の言う公園でやる事にいまいちピンと来ていなかったが、とりあえず陽菜と公園の広場の方へ移動。

 歩いて数分。一面に芝生が広がる広間に到着すると、陽菜はリュックを地面に置いて、中から何かを取り出す。

 

「それは……バドミントンのラケット?」

「公園でやる事といえば、やっぱり運動だよ! 青空の下、汗を流そうよ! 他にもいっぱいあるよ!」

 

 と、陽菜はリュックの中から他に野球のグローブ、フリスビーなど、色々なスポーツ用品を出していく。

 大荷物の正体はこれか……よくもまあ、こんなにも持って来たもんだ。

 

「ね、いいでしょ友くん! たまには運動しないと駄目だよ?」

「まあいいけど……これ全部やるのか?」

「出来ればそうしたいけど……とりあえず、一つずつやってこう! まずは……バドミントンから!」

 

 二つあるラケットの内一つを俺に渡し、もう一つとシャトルを持って数メートル離れた場所まで走る。

 

「友くーん! 準備は良ーい!?」

「いきなりだなオイ……」

 

 飯を食ったばかりとは思えない活発さに驚きと微かな呆れを抱きながらも、荷物を軽く片してから、ラケットを構えて陽菜と向き合う。

 

「えへへ……子供の頃も、こうやって遊んだよね!」

「ああ、そんな事もあったな。確か、お前全然勝てなくて、よく泣いてたっけ?」

「むっ……そんな事無いよ! そうだったとしても、今の私は違うもん! 見てろよー!」

 

 ムキになったような声を発しながら、陽菜は力強くシャトルを打つ。スパンッ! と良い音を鳴らし、シャトルが一直線に俺の下に飛んでくる。

 

「へぇ、言うだけはあるな!」

 

 それを俺も陽菜に向かって強く打ち返す。負けじと彼女も打ち返し、俺も再び返す――このラリーを、数回繰り返す。

 

「そーれ!」

「よっと!」

「わっ!? っと……!」

 

 やがて、陽菜が打ち返す事に失敗し、シャトルが芝生の上に落ちる。

 

「へへっ、俺の勝ちだな」

「むぅ……まだまだ! しょーぶはこれからだよ! えい!」

 

 陽菜はシャトルを素早く拾って、間を空けずに俺の方へ打ち飛ばす。

 

「ちょっ!? はえーよ!」

 

 完全に油断していた俺は、慌ててそれを追い掛ける。が、間に合わずにシャトルは地面に落ちる。

 

「へっへーん! どうてーん!」

「お前……ズルいだろ今の!」

「ふっふーん! 隙を突いた作戦だよ!」

「にゃろ……なら、こっちも本気でやるぞ……!」

 

 シャトルを拾うと同時に宙へ放り、全力のスイングで打ち放つ。

 

「あっ、やっべ……!」

 

 が、少々力み過ぎたか、シャトルは陽菜の頭上を越えて大きく後方へ飛んで行く。

 無茶な球に謝ろうとした直前。陽菜は大きく体を仰け反らせながらシャトルを追い掛け始める。

 

「もうちょ……っと!」

 

 ググッと背筋と右手を伸ばして、なんと陽菜はシャトルを打ち返す。

 が、かなり無茶な体制で打ち返した為、陽菜はそのまま背中から地面に倒れてしまった。

 

「陽菜! 大丈夫か!?」

 

 俺は返って来るシャトルを無視して、急いで陽菜の下まで駆け寄る。

 

「イタタ……な、なんとか大丈夫……芝生のお陰かな?」

「そうか、よかった……悪いなあんな球打って。にしても、無茶するなお前は」

「えへへ、つい。でも、今のは私の得点だね!」

「全く、お前は……ほら、立てるか?」

 

 倒れる陽菜に向かい、手を伸ばす。陽菜はそれを取り、起き上がろうと力を込める――が、不意にピタリと動きを止める。

 

「どうし――」

 

 次の瞬間、陽菜は突然俺の手をグイッと、力強く引っ張る。いきなりの事に踏ん張る事も出来ずに、俺はそのまま陽菜に覆い被さるような形で倒れ込んでしまう。

 

「イッタァ……なんだよ急に……!」

「ごめんねいきなり。でも……友くん、空を見て」

「空……?」

 

 寝返りを打つように陽菜の上から離れ、そのまま視線を彼女の言う空へ向ける。

 次の瞬間――視界にとても真冬とは思えない、まるで真夏の晴天のような青空が広がった。

 透き通るような青。絵に描いたような綺麗な形の雲。燦々と輝く太陽。そのあまりにも美しい景色に言葉を失い、しばらく仰向けになったまま、空をジッと眺め続けた。

 

「……綺麗だね」

「ああ……さっきまで気付かなかったけど、こんなに晴れてたんだな」

「うん……本当に、良いデート日和だよ」

 

 そう言いながら、陽菜はそっと俺の手を握る。ビックリして振り払いそうになったが、寸前で俺はそれを止め、彼女に委ねた。

 

「……なんだか、昔に戻ったみたいだな」

 

 口元に淡い笑みを浮かべながら、陽菜は語りだす。

 

「引っ越す前は今日みたいな事、よくしてたよね。お母さんやオバサン達と一緒に映画観たり、お外でお弁当食べたり、スポーツして遊んだり……こうして、一緒に空を見上げたり」

 

 首を空からこちらに向けて、俺をうっすらと細めた目で見つめる。

 

「そんな何気ない日常が、私はとっても好きだった。凄く幸せだった。そしてそんな時はいつも私の隣に、友くんは居た。だから、私は友くんが側に居るだけで幸せだった。友くんの側に居る事が、好きだった……ううん、今でも好き。……ありがとうね、友くん。私の側に居てくれて。そのお陰で、私は毎日楽しいよ!」

 

 そう言って、陽菜は満面の笑みを浮かべた。その笑顔は上空に広がる晴天に負けないほど明るく、綺麗だった。

 そうだったな……こいつは昔からいつも笑っていて、幸せそうにしていた。そして俺は、いつもそれを近くで見ていた。そして、俺は――

 

「……よっし!」

 

 不意に、陽菜が大声を出しながら起き上がる。

 

「きゅーけい終わり! 次の遊びするよ、友くん!」

「ま、またいきなりだな……」

「そうだなぁ……次は鬼ごっこにしよう! 私が鬼ね! いーち!」

「はぁ? ちょ、勝手に話を進め――」

「きゅーう! じゅーう! はい、ターッチ!」

 

 と、陽菜はまだ起き上がっている途中の俺の肩を叩き、勢いよく駆け出す。

 

「友くん鬼ー! にっげろー!」

「んなっ!? ……はぁ……」

 

 本当、天真爛漫というか、自由奔放というか、元気過ぎるというか……付き合う身としては疲れて仕方無い。

 

「……ま、昔からか」

 

 起き上がり、軽く屈伸を繰り返してから、遠くへ逃げた陽菜を見据える。

 

「満足するまで付き合ってやりますか……待ちやがれ陽菜ぁー!」

「あはははは! こっこまでおーいでー!」

 

 

 ――その後、俺と陽菜は日が暮れるまで、童心に返ったように公園で遊び尽くした。クタクタになった体を引きずって家へと帰り、本日のデートは、幕を閉じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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