モテ期と修羅場は同時にやって来るものである   作:藤龍

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お嬢様のお宅訪問

 

 

 

 

 

 

 

 

「――世名友希だな?」

 

 ある日の放課後。バイトも休みなのでさっさと家に帰ろうとした矢先、下駄箱付近である人物に呼び止められる。

 その声は女性であり、つい最近まで女性との接点がほぼほぼ皆無だった俺にとって、それは割と驚く事だった。

 だが、相手が相手なので、さほど驚かなかった。声の主は知り合いでは無いが、知っている人物。そして例の四人娘の一人と深く関わっている人物だ。そんな彼女が声を掛けてきたという事は、十中八九あの人関連だろう。

 そこまでじっくり脳内で考え、彼女の姿を両目でしっかり捉えながらゆっくり口を開く。

 

「……なんかご用ですか?」

 

 そう適当に返事をすると、彼女がゆっくりとこちらへ歩み寄って来る。歩く度に彼女の特徴的な茶髪のボブヘアーがゆさゆさと揺れ動く。……胸部辺りは可哀想な程揺れないけど。

 そんな我ながら失礼極まりない事を考えていると、彼女が俺の目の前に立ち、少しキツいつり目で俺を睨む。

 

「これを朝倉会長の家まで届けてもらえないだろうか?」

 

 そう、簡潔で少し冷たい口調で右手に持つ資料らしき物を差し出してくる。

 朝倉会長――我が乱場学園の生徒会長で、大企業朝倉グループの娘。そして、俺の悩みの種の一人、朝倉雪美先輩の事だ。

 そして目の前に居る彼女は夕上(ゆうがみ)羽奈(はな)。生徒会の副会長だ。

 学年は俺と同じ二年だが、いわゆる有能って感じの奴で、圧倒的支持を得て副会長に就任。会長である朝倉先輩にとても忠実な、理想的な部下――というのが俺を含む多くの生徒が持つ彼女の印象だ。

 

 で、そんな彼女が放課後に俺を呼び止めて謎の資料を渡してきた訳だが――とりあえずその資料を受け取り、ぱっと目を通す。が、なんか難しい言葉ばっかで全然内容が理解できず数秒で目を離す。

 

「……これ何?」

「実は今日朝倉会長に渡すはずの物だったのだが、うっかり忘れてしまってな」

「なるほど……で、それをなんで俺に渡したのかな?」

「言っただろう? それを朝倉会長に届けてほしい」

「それは分かる。だが、なんで俺がって事を言ってるんだよね。夕上さんや、生徒会の人が渡しに行った方がいいんじゃないか?」

「そうしたいのは山々だが、会長には自宅には来ないでほしいと言われていてな」

 

 またなんで……あ、そういえば自分が朝倉グループの娘だって事は隠してるんだっけ? 家に来ると色々知られそうだからか。

 

「それに困っていたところ……お前に白羽の矢が立った」

「……何故に?」

「会長はお前を慕っている。お前なら会長も許すだろう。それに、その方が会長もお喜びになる」

 

 なるほどね……まあ、俺は事情を知ってるしな。というか、本心は後半だろうな。この子は先輩を応援するタイプな人である訳ね。多分先輩と俺を会わせて仲を進展させよう的な魂胆だろうな。

 とはいえ、断る理由も無ければ、嫌って訳でも無い。……他の三人に知られたらあれだけど。

 

「……分かったよ。これを先輩に届ければ良いんだな?」

「ああ、頼む。ここに会長の家の住所を書いてある」

 

 夕上がポケットから一枚の小さめな紙を渡してくる。そこには先輩の家と思われる住所と、手書きの地図が。親切だな……というか場所は知ってるのね。

 用件を終えると、夕上は「頼んだぞ」と一言言い残し、その場を立ち去ろうとする。面倒な事を頼まれたが……さっさと行くか。問題が起きないといいが……

 地図によると家も近いみたいだし、速く行こうと下駄箱を目指そうと歩き出そうとすると、夕上がピタリと足を止め、こちらを振り向く。

 

「世名友希。会長を悲しませるような事をしたら――許さんぞ?」

「……は、はい」

 

 それを最後に夕上が階段の先に姿を消す。

 何だよ今の恐ろしい一言……ちょっと殺気感じたよ? 忠実だとは聞いてたけどあれか? 行き過ぎた忠誠心の余り主君を悲しませる奴は許さん思考を持ってる? はぁ……女子って怖い。

 とにかく問題を起こさない事を心掛け、俺は朝倉家を目指し、行動を開始した。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 朝倉家へ向かう途中。俺はどんでもない事を思い出してしまった。朝倉先輩の家って……どんな場所なんだ――と。

 何しろあの朝倉グループのご令嬢だ。凄い城みたいな家に住んでいても不思議では無い。いや、でも前に普通の家に使用人付きで一人暮らししてるって……それ一人暮らしじゃねぇか。でも、あの人の普通は信用ならんからなぁ……

 というか、俺……今放課後に女子の家に向かってるんだよな……そう考えると、なんか悶々するな。女子の家に行ったこと無いしな、俺。いや、この資料を渡すだけだし、気楽に行こうぜ俺!

 

 そんな色々と緊張しながら、地図に書かれた辺りの場所に辿り着く。

 

「ここらへんだよな……」

 

 辺りは至って普通な住宅街。目立った家も無い。本当にここに朝倉先輩の家があるのか?

 キョロキョロと辺りを見回しながら歩いていると、不意に「Asakura」と書かれた表札が目に入る。いきなり過ぎて驚いた……

 その家を見上げてみるが、そこは至って普通な三階建ての一軒家。少しデカくてオシャレな感じはあるが、極々普通だ。ここが朝倉先輩の家なのか……普通過ぎるのが逆に怖いな……

 よくわからない緊張と恐れに襲われながらも、インターホンを手を震わせながら押す。

 

『どちら様でしょうか?』

 

 数秒後インターホンから流れた声に思わず全身を震わせる。いや、押したんだから当たり前なんだが……というか、これ朝倉先輩の声じゃ無いな……例の使用人か?

 

「あ、えっと……世名友希と言うものなんですが、ちょっと生徒会の夕上さんに届け物を頼まれまして……」

 

 自分でも明らかに声が震えているのが分かる。俺こんなにビビりだったっけ?

 

『世名様……少々お待ち下さい』

 

 そう言い残し、ブツッと切れる音がする。なんでこんな緊張せなイカンのだ……速く帰ってフカフカのベッドで横になりたい……

 早くも帰りたい衝動に駆られる。すると家の玄関ががチャリと開く。

 

「友希君、いらっしゃい。まさかそっちから家に来てくれるなんて思わなかったわ。嬉しい誤算ね」

 

 クスクスとどこか嬉しそうに笑いながら朝倉先輩が姿を見せる。部屋着なのだろうか、先輩は制服では無く、水色の薄手のワンピースを着ていて、思わずドキッとしてしまう。ちょっと胸元透けてるし……

 そんな少し外に出るには相応しく無い服装のまま、朝倉先輩は玄関から少し離れた俺のところまで歩み寄ってくる。

 

「羽奈に頼まれたんですって? ごめんなさいねわざわざ」

「い、いえ……あ、これです」

 

 少し目のやり所に困りながら、夕上に渡された資料を渡す。先輩はそれを受け取り、神妙な顔付きで資料に目を落とす。こういうところは凄い真面目だな……

 

「……なるほどね……ありがとう友希君、助かったわ」

「いえ別に……そ、それじゃあ用も済んだので、俺はこれで――」

「あら? 折角来たのだから、お茶ぐらい飲んでいったらどうかしら?」

 

 ……そう言うだろうと思いましたよ。でも玄関先だけでこれだけ緊張している俺が中に入ったら、もう色々とヤバそうなので遠慮させてもらいます――と、言いたいがストレートに言うとあれなのでなんとなく濁す。

 

「き、気持ちは有り難いですけど、ちょっと……なんというか……帰ってやる事があるので……」

「あらそうなの? なら仕方無いわね……」

 

 あれ? 案外簡単に引き下がってくれた。ちょっと心苦しいけど、理性を保つ為だ……お許しを。そう、朝倉の家から自宅へと方向転換しようとしたその時――

 

「それは少し……悲しいわね」

 

 その朝倉の呟きに、俺は足を止める。彼女としては聞こえないように呟いたのだろうが、聴力が良い俺には普通に聞こえてしまった。

 それ自体は……まあ問題無いだろう。問題はその言葉だ。同時に俺は夕上のあの言葉を思い出す。

 

 ――会長を悲しませるような事をしたら――許さんぞ?

 

「…………」

 

 多分このまま帰ったら先輩は少しは悲しむだろう。で、もしそれを夕上が知ったら……あの様子だとマジでヤバい事が起きそうだ。つまり、このまま帰ったら俺の未来にデッドエンドの文字が浮かび上がる――!

 と、なれば俺の選択肢は一つしかない。

 

「……や、やっぱり少し貰っていこうかなー?」

 

 明らかに棒読みなその言葉に、先輩の表情が微かに明るくなったような気がした。

 

「あらそう? なら、是非上がってちょうだい」

「し、失礼しまーす……」

 

 結局、俺は朝倉家に上がる事になった。別に嫌じゃ無いんだが、多分ガチガチに緊張するだけだろう。だって女性の家とか緊張するじゃん! 俺割とチキンだし! でも帰ったら制裁が待ってる訳だし! ここに来て第三者に敵増えるってどういう事!

 そんな俺の周りにはつくづく怖い女性が多いなぁと自分の境遇を呪いながら、朝倉家に足を踏み入れた――と、同時に玄関に見知らぬ二人の女性が立っていてつい足を止めてしまう。メイド服を着てるところから察するに、使用人の人達だろう。というかリアルメイドとか初めてみたわ……

 

「リビングはこっちよ、友希君」

「あ、はい」

 

 メイドさん達はスルーなのね……とりあえず軽く頭を下げて先輩の後を追う。内装はやはり少しオシャレではあるが、普通の人が住んでいてもおかしくない感じだ。まあ、十分広いが。

 廊下を抜け、リビングに着く。テレビにテーブル、ソファーに隅の方に見えるキッチン。広さはともかく、あんまり俺の家と構造は変わんない……いや、違うな。天井にシャンデリアぶら下がってる。でもこういうのあるとお嬢様なんだなって、少し安心するのが不思議だ。

 

「さあ、座って座って」

 

 先に先輩はリビングの中央にあるソファーに腰掛けて、俺を手招きする。すげぇフカフカそうなソファーだな……ともかく朝倉先輩の座る黒いソファーの向かいにある白いソファーに座る。

 

「あら? 隣じゃなくていいの?」

「いや、なんか恐れ多いというか……」

「照れ屋さんなのね」

 

 からかうようにクスクス笑いながら、俺を優しい目つきで見つめてくる。時々こういう可愛らしい仕草をするから、この人と二人っきりは正直色々心臓に悪い。……全員そうか。

 

「どうぞ、こちらを」

 

 どぎまぎしていると、玄関で見かけたメイドさんが俺達の目の前に紅茶の入ったティーカップを差し出してくる。は、早過ぎない?

 

「ありがとう。さ、冷めない内にどうぞ?」

「は、はい……」

 

 とはいえ参ったな……俺そんな紅茶飲まないし、そんな得意でも無いんだよな……でも、出された以上飲まなきゃだよな……

 恐らく高級品であろうその紅茶を色々意を決し、口へ運ぶ。

 

「……美味しいですね、これ」

「でしょ? 私のお気に入りなの。口にあって良かったわ」

 

 驚いた……凄い飲みやすいなこれ……というか普通に美味い。何杯でも行けそうだ。……まあ、高いだろうから自重しとくが。

 

「…………」

 

 その紅茶を飲み進めながら、俺は辺りをチラチラと見回す。入る前は物凄く居辛い場所かと思ったが、案外居心地が良い。俺の家と似た感じなのもあるだろう。

 

「……ここって、元々あったのを買ったんですか?」

「ええそうよ。最初は土地を買って一から自分好みにしようと思ったけど、それでは身元がバレてしまうかもしれないし、面白みが無いから。まあ、ちょっと工事はしているけど」

「は、はぁ……」

「そうだ。良ければ少しこの家を見て回ってくれないかしら? 是非友希君の意見を聞きたいわ」

「え、構いませんけど……そんなの聞いてどうするんですか?」

「私、世間知らずだから。是非他人の意見も取り入れてみたいのよ。それに、友希君の事を知る良い機会だわ」

「そ、そうですか……」

 

 何か変な展開になって来たが……それぐらいなら大事にはならないだろうし良いか。

 

「では、早速行きましょうか。まずは私の部屋で」

「は、はい……」

 

 いきなり自室ですか……流石に女子の部屋に行くとか緊張するな……平常心保てよ、俺!

 紅茶を飲み終え、立ち上がる先輩について行く。先輩の部屋は二階の階段近くの部屋らしく、階段を上がってすぐの部屋の扉を開ける。

 

「ここが私の部屋よ。変なところは無いかしら?」

 

 中に入る先輩に続き、俺も足を踏み入れる。

 部屋の広さは大体奥行5メートルぐらいで、部屋にある物も勉強机にベッド、クローゼットにちょっとした本棚と割と普通な感じだ。まあ、俺女子の部屋見たこと無いから分からんけど。でも、友香と同じ感じだし、普通か。

 

「別に……変わったところは無いと思いますよ」

「そう? 少し安心したわ……他の人とズレているのでは無いかって」

 

 ほっとしたのか、胸を撫で下ろす。

 そういう事を気にしたりするんだな……まあ、今は普通の高校生として生きてるんだから、そういう事も気にかけるか。

 

「さて、なら次は隣の部屋ね」

「隣? 何の部屋ですか? 使用人さんとかの……?」

「いいえ。友希君の部屋よ」

「へぇ、俺の……はい?」

 

 え、なんで俺の名前が出たの? 俺いつここに住んでたっけ?

 俺の頭に無数のクエスチョンマークが浮かぶ中、朝倉先輩は自室を出て、隣の部屋に向かう。ちょっ、どういう事か説明ぐらいしてくださいよ!

 慌てて後を追いかける。朝倉先輩は既に部屋に入ったらしく、扉が開いている。未だわからない事が多いが、とりあえずその部屋を覗き込んでみる。

 中は先輩の部屋とあまり変わらない内装で、少し男っぽい感じがあるぐらいの違いしかない。

 

「どうかしら?」

「どうかしらって……どういう事ですか!? 俺の部屋って……」

「言葉通り、ここは友希君の部屋よ」

「いやだから、なんで俺の部屋が先輩の家にあるんですか!?」

「それは……結婚したら必要になるでしょう?」

 

 結婚。サラッと出たその単語に、俺は口をあんぐりと開けて絶句してしまう。

 そうだった……先輩の中では俺は自分の恋人になるのが当たり前で、他の三人にたぶらかされてる――的な感じだったな。付き合うのが当たり前なら、結婚するのも当たり前って事で、将来の為に俺の部屋を用意してると……妄想もここまで行くと、なんか尊敬するな……というかここに住むって事は俺、婿ですか。

 

「あの……朝倉先輩? この部屋は必要無いんじゃないでしょうか?」

「あら? どうしてかしら?」

「いやだって……結婚とか……ねぇ?」

 

 ここで結婚するか分からない――と言おうとしたが、それだと遠回しに「結婚はしない」と言ってるみたいで嫌なので、少し言葉を濁す。

 先輩もその言葉の意味を考えるように口元に手を当てる。

 

「そうね……確かにいらないわね」

「で、でしょう?」

「ええ……結婚したなら同じ部屋になるのだから、二つもいらないわね。ありがとう、友希君」

「そうじゃなくてぇ!」

 

 駄目だ……この人の中で俺との結婚は揺るがない真実となっている……どうすればいいんだよこれ……

 俺が頭を悩ませている隣で、先輩は「なら部屋をくっつけて広くした方がいいのかしら?」などと早速部屋の改造計画をブツブツと呟いている。もう……勝手にしてください。

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 それからしばらく朝倉家散策が続き、一通り回り終えたところで、時刻は午後5時。そろそろ良い時間なので、帰宅する事にした。

 

「もう帰ってしまうのね。折角だから泊まっていけば良かったのに」

「い、いや明日学校ですし……色々用もありますので」

「そう? まあでも、楽しかったわ」

「そ、それは何よりです……」

 

 ただ届け物を預かっただけなのに、色々疲れたな……まあ、これで夕上から何かしら制裁を受ける未来は回避出来たな。……あの三人に知れたら別の制裁が起きそうだけど。なんか隠し事増えてくなー……

 

「じゃあ、これで。紅茶ごちそうさまでした」

「あ、待って」

 

 そのまま玄関を開けて帰ろうとした時、不意に呼び止められる。まだ何か用か? 玄関から手を離し、振り返った途端――突然先輩が俺に両手を広げ、俺の事を抱き締めてくる。

 

「またいつでも遊びに来てね? 友希君なら、いつでも歓迎するわ」

「いや、あの……!」

 

 耳元で囁く甘い声。体に当たるふくよかな胸。そして薄手の服のせいでほぼ直に伝わってくる体温。いきなり過ぎる事に頭が真っ白になり、ただただ全身が硬直し、熱くなる。

 数秒間そのハグは続き、満足感溢れる顔のままゆっくり離れる。

 

「またね、友希君。今度は是非泊まっていってね」

「か、考えておきます……」

 

 そのまま混乱したまま俺は朝倉家を後にした。朝倉先輩……やっぱりちょっと世間知らずだな……普通別れ際ハグとかしないだろ……まあ、もうあの人に普通って言葉は使ってはイカンな。

 

 とりあえず……けしからん体型だな、あの人。

 未だ熱い体温を感じながら、俺は家路を歩き続けた。……アイス買ってこ。

 

 

 

 

 

 




 積極的にスキンシップを繰り返すお嬢様。主人公の理性が心配。
 そしてまたまた登場した新キャラ、夕上さん。割とクレイジーな彼女も、多分今後も出て来ます。
 次回もお楽しみにー。



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