モテ期と修羅場は同時にやって来るものである   作:藤龍

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恋する乙女の告白

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの初詣から、あっという間に時は進み――日付は1月4日。とうとう俺達の通う乱場学園の三学期が始まる日がやって来た。

 長い冬休みを俺は過ごした訳だが、正直俺の精神はあまり休まってはいなかった。

 冬休み始まってすぐのクリスマスには、天城と朝倉先輩との連日デートもあったし、何より元日にあの占い師から告げられた言葉。あれについて、俺は冬休み期間中に存分に頭を悩ませ続けた。お陰で俺の精神は疲労困憊状態なのだ。……それだけ悩んでも、俺の中に答えらしい答えは見つからなかったのだが。

 出来ればもう少し休息の時間が欲しいところだが、冬休みは無情にも終わりを迎えた。恋の悩みがあるので休みます――などという馬鹿げた事は出来るはずも無いので、俺は早起きして、去年と同じように登校の支度を進め、朝食を食べにリビングに向かうのだった。

 

「んっ、おはようお兄ちゃん」

 

 リビングには、食パンをくわえる制服に着替えた友香と、俺と陽菜の分の朝食を並べる母さんが。俺は二人に挨拶をしてから、自分の席に座って朝飯を口にする。

 それとほぼ同時にリビングの扉が開き、寝ぼけた様子の陽菜が俺達の前に姿を見せる。彼女は眠たそうに目を擦りながら、俺達にボヤっと挨拶をする。

 

「おはようございます……」

「おはよう。眠たそうねぇ、陽菜ちゃん」

「お休み中はずっとお昼まで寝てたから……ふわぁ……」

 

 体を大きく伸ばしながら、陽菜は盛大にあくびをする。寝ぼけたまま着替えたせいなのか、彼女の身を包む制服は大分着崩れている。

 

「だらしねぇな……そんなんじゃ笑われるぞ?」

「朝ご飯食べたらシャキッとするもん……」

 

 言いながら、陽菜は席に着いて朝ご飯を食べ始める。俺もそれを横目で見ながら、手を進める。

 数十分掛けて、俺達は朝食を完食。エネルギーを補給した事で目が覚めたのか、陽菜はきびきびとした動作で手を合わせて、満足げに口を開く。

 

「ごちそーさまでした! よっし、元気出てきた!」

「それは何より。久し振りの学校、頑張るのよ?」

「はいオバサン! ううーん、久し振りの学校、楽しみだなー! ね、友くん!」

「……え? ああ、まあな」

「むぅー、なんか微妙な反応。考え事でもしてるの? 朝から悩むのは良くないよ?」

「……そうだな」

 

 色々と考えなきゃいけないけど、陽菜の言う通り今はその時じゃないか。学校が終わった後にでも、ゆっくり考えよう。

 

「ほら、早く片付けて学校行こ! きっと優香ちゃんも待ってるし!」

「はいはい……朝から元気な奴だ」

 

 まあ、こいつみたいにやかましい奴が居た方が、少しは気も紛れるか。

 さあ、今日からから新学期だ。心機一転、頑張るとしよう。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 三学期最初の午前の授業を乗り越え、今年初の昼休みを迎える。

 今日は弁当を持参していないので、昼休みになってすぐに、俺は売店に向かった。今日は特に彼女達と集まって昼食を食べる予定は無く、全員他の友人と集まったり別々に昼休みを過ごす日。なので誰かを待たせる事も無いので、マイペースにゆっくりと売店に向かう。

 売店に着くと、そこには数人ほどの生徒が集まっていた。その中に見知った顔を見掛けたので、俺は彼女――陳列された商品の前で目を凝らす陽菜に声を掛けた。

 

「何睨めっこしてるんだよ」

「あ、友くん。いやー、何買おうか悩んじゃって。友くんはどれにするの?」

「俺は大体いつも決まった物しか買わないな。今日は……これでいいや」

 

 連なる商品からひょいっと、カツサンドとたまごサンド、飲み物としてパックの牛乳を手に取る。

 

「おお、即決だね。私もそれにしよっと!」

 

 と、陽菜も俺と同じ品を手に取る。

 その後、さっさと会計を済ませて売店を離れる。その移動中、陽菜が話し掛けてくる。

 

「ねぇ、友くんはどこで食べるの?」

「普通に教室で。お前は? 天城辺りと一緒に食うのか?」

「うーん、優香ちゃんは薫ちゃんや海子ちゃん達と一緒にみたいだし、邪魔しちゃ悪いかな。私は……杏子ちゃんでも誘おうかな」

「ふーん……って、噂をすれば」

 

 視線を横を歩く陽菜から正面に移すと、丁度今し方話題に上がった法条の姿を発見する。

 

「あ、本当だ。おーい、杏子ちゃーん!」

 

 陽菜が手を振りながら呼ぶと、法条はビックリしたように肩を震わせながらこちらを向く。

 なんか、あいつ最近あんな反応ばっかしてるな。初詣で見掛けた時もそうだったし。

 

「あ、ああ、陽菜っち達か……何してんの?」

「それはこっちのセリフだ。ここ、俺達の教室だぞ?」

 

 言いながら、俺は真横にある二年A組の教室に目をやる。

 

「あ、それは……じょ、情報屋は神出鬼没ですから!」

「……祐吾に用か?」

 

 そう言うと、法条の表情が凍り付いたように固まる。

 図星だな……俺達は事情を知ってるんだから、隠さなくてもいいだろうに。まあ、それでも隠したいのが乙女心ってもんか。

 改めて、教室の中に視線を巡らせる。が、祐吾の姿は見当たらない。どうやらどこかに行っているようだ。

 

「で、なんの用だったんだ? 出来る事なら、伝言頼まれてもいいが」

「い、いや、そういうのじゃなくて、その……」

 

 言い辛いのか、法条はどぎまぎした様子で視線を泳がせる。俺と陽菜は、その様子を黙って見守る。

 

「……ああ、もう!」

 

 不意に、法条が頭を掻きむしりながら荒げた声を発する。

 

「わっ!? びっくりしたぁ……急にどうしたの? 杏子ちゃん」

「いや、ごめん……なんか、ウジウジしてる自分が情けなくてさ……ここまで来たんだし、覚悟決めるよ」

「覚悟……?」

「陽菜っち、それに世名っち。ちょっと、時間貰える?」

「え? 私はいいけど……」

 

 チラリと、陽菜がこちらを向く。

 

「俺も構わないけど……なんでだ?」

「相談というか、お願いがあるんだ。ここじゃなんだし、屋上行って昼ご飯食べながらにしよ」

「……分かった」

 

 頷き、俺と陽菜は法条と共に屋上へ向かった。

 冬の寒さも激しさを増している影響か、屋上にはほとんど生徒は居なかった。俺達も出来る限り風を避けられる席に着き、ひとまず昼食に軽く口にする。

 それから数分後、法条は何やら緊張を解すように深呼吸を数回繰り返した後に、ゆっくりと口を開いた。

 

「あ、あたしさ……告白しようと思うんだ」

 

 唐突に放たれたその一言に、俺と陽菜は同時に言葉を失った。

 

「……誰に?」

「も、もちろん祐吾に……」

「……何を?」

「す、好きだって……」

「……いつ?」

「で、出来るなら……今日の放課後……」

「……マジで?」

 

 法条は無言で、コクリと頷く。

 マジですか……いや、そりゃいつかは告白するとは分かっていたけど、急だなオイ……去年まではそんなの絶対無理って感じだったのに、一体何があって決心したんだ?

 それを問い質そうとした直前、法条が自ら理由を語り始める。

 

「えっと……二人はさ、シキって占い師知ってる?」

「えっ……」

 

 不意に、法条から知った名前が出た事に驚き、言葉が詰まる。

 

「ううん。そのシキさんって人と、杏子ちゃんが告白しようって決意した事、関係あるの?」

「まあ、ね。実は、正月に占ってもらったんだよね、その占い師に」

 

 やっぱり、法条もあの人の占いを受けたのか。という事は、法条も……何か言われたんだな。

 ある程度の予測が出来たが、一応合っているか確認する為に、法条の話に耳を傾ける。

 

「でね、その占い師、凄い当たるって有名でさ。だから参考程度に祐吾との事を占ってもらったんだけど、その時言われたんだ。告白するなら、早くした方がいいって」

「え、どうして?」

「よく分からないけど、こう言ってた。『間も無く、お相手の方の運命が動き出そうとしている。もしもタイミングを逃したら、あなたはそのお相手の側に居る事は出来ないでしょう』……って」

「そんな事が……じゃあ、だから?」

 

 陽菜の問い掛けに、法条は静かに頷く。

 

「もちろん絶対当たるとは思って無いけど、もしも本当にそうなったら嫌だからさ。だから良い機会だし、思い切って告白しちゃおうかなって。いつまでもウジウジしてたら、本当にタイミングを逃しちゃうしさ」

「……大丈夫なの?」

「あはは……正直、告白するのはすっごい怖い。この思いを伝えたら、今までの全部が壊れて、変わっちゃいそうな気がしてさ。……でも、変わらずに現状維持なのはもっと嫌だしさ! だから……頑張ってみる!」

「杏子ちゃん……うん、その意気だよ! 頑張れ杏子ちゃん!」

「そうか……」

 

 法条の奴は俺と違って、一歩前に踏み出したんだな……羨ましいな、なんだか。

 

「……でさ、ここからが二人に対するお願いなんだけど。その……今日、ここに祐吾を呼び出して告白しようと思ってるんだ。で、その様子を、二人に見守っていてほしいんだけど……駄目?」

「ほぇ? どうして?」

「そ、その、あたしの事だから、ギリギリのところで逃げちゃいそうだし……二人に見守ってもらえたら大丈夫かなと……あと、振られた時に、慰め要因として……」

「振られるの前提かよ……」

「も、もちろんそれは万が一だから! でも、保険があった方が、安心というか、当たって砕けられるというか……」

「ネガティブだな……」

「……分かった! 私達が見守っていてあげる! でもね……」

 

 そう言いながら、陽菜は法条の肩を掴む。

 

「私達が送るのは慰めの言葉じゃなくて、お祝いの言葉。大丈夫! 絶対成功するよ!」

「陽菜っち……うん、あんがと。あたし頑張るからさ……お願いね」

「もちろん! ねえ、友くん!」

「……ああ、そうだな」

 

 ここまで付き合ったのだ。最後の最後まで、見届けてやろう。……それに、彼女の告白を見て、俺も何か掴めるかもしれないからな。

 

「よーし、告白、絶対成功させよー!」

「お、オー!」

「ほら、友くんも! オー!」

「……オー」

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 放課後――ほとんどの生徒が部活や自宅に赴く中、俺は陽菜と一緒に屋上の階段の真上に位置する場所、俗に言うペントハウスの屋根の上に、横並びでうつ伏せの状態で寝そべっていた。

 別に仲良く屋上で昼寝をしている訳では無く、これからこの場で行われる法条の告白を見守る為だ。事情を知らない祐吾に見つからない為に、屋上で一番死角になるところに位置取ったのだ。

 視線は揃って正面。その先には誰も居ない屋上で、一人不安そうに告白の相手である祐吾が来るのを待つ法条の姿。彼女は落ち着かない様子で髪や服を整えたり、胸に手を当て数十秒に一回のペースで深呼吸を繰り返している。

 

「杏子ちゃん、相当緊張してるみたいだね……」

「まあ、これから告白するんだ。緊張して当然だろ」

「そうだよね……なんだかこっちまで緊張してきたよ……きっと杏子ちゃんはもっと緊張してるんだよね……ここからじゃ、表情まではよく見えないけど……」

 

 と、陽菜はジッと目を凝らす。

 ここから法条の立つ場所まではそれなりに距離があるため、細かい表情まで読み取るのは難しいだろう。が、視力の良い俺にはギリギリ彼女の表情が窺える。

 陽菜に代わり、法条の表情に目を凝らす。

 

「どう? 友くんは分かる?」

「……ありゃ大分緊張してるな。表情ガッチガチだ」

「やっぱりそうだよね……杏子ちゃん、頑張れぇ……」

 

 グッと両手を合わせて、祈るように目を瞑る陽菜。

 その直後だった。不意に真下から、扉の開く音が響いた。

 

「来たッ……!」

 

 最小限の声をこぼしながら、陽菜は隠れるように身を縮める。俺も見つからないように、息を潜める。

 

「――こんなところに呼び出して、なんの用だ?」

 

 扉の近くから、声が聞こえる。数秒後、視界に声の主である祐吾が映る。彼はゆっくりと法条の方へ歩み寄り、数メートルほど離れた地点で立ち止まる。

 

「あ、えっと、ご、ごめん、急に呼び出したりして……」

 

 祐吾を目の前にして緊張がピークに達したのか、法条はギリギリ聞き取れるほど小さく、か細い声を発しながら、つむじから引っ張られたかのように背筋をピンと伸ばす。顔は真っ赤で、表情は恥ずかしさ、不安、緊張と、色々な感情が混ざったように落ち着きが無い。陽菜の言う通り、見ているだけでこっちまで緊張してくる。

 が、対面する祐吾は、背を向けているので表情までは確認出来ないが、相変わらず冷静な様子を維持している。彼はそのまま頭を掻きながら淡々と口を開く。

 

「別に構わん。で、要件はなんだ? わざわざ呼び出したんだ。何も無い事は無いだろう?」

「も。もちろん! よ、呼び出したのは、えっと……」

 

 指を忙しなく絡ませながら、視線を泳がせる。

 相当テンパってるな……仕方無いとは思うが、あの調子じゃ告白なんて出来っこ無いぞ。とはいえ、祐吾に気付かれるし、こちらからサポートする事も出来ない。出来る事は、心の中でエールを送る事ぐらい。後はもう、彼女が自分で勇気を出すしかない。

 彼女が一歩前に踏み出せるのを強く祈りながら、法条をジッと見守る。

 

「……あ、あたし達ってさ! 知り合って、どれぐらい経つっけ?」

「……中一の時に知り合ったから、ざっくり四年だな」

「そ、そっか! は、早いもんだね、うん……」

 

 そこで、法条の口が止まる。どうしても、あと一歩が踏み出せないようだ。

 

「……はぁ」

 

 そこで、不意に祐吾が呆れたような溜め息を吐く。

 

「……まどろっこしいのは嫌いだ」

「えっ……?」

「何か言いたい事があるんだろう? なら、さっさと言え。……言う気になったから、こうして呼び出したんだろう?」

「祐吾……」

 

 その言葉に、法条は静かに俯く。そしてグッと拳を握り締め、勢いよく顔を上げる。その表情は先までとは違って、とても真っ直ぐだった。覚悟が出来た――そんな彼女の感情が、ひしひしと伝わってきた。

 

「ごめん祐吾……今から言うよ、あたしの伝えたい事」

「……どうぞ」

 

 一瞬の沈黙が流れる。北風が彼女達の間を通り抜ける。その言い知れぬ緊張感に、俺と陽菜は同時に息を呑む。そして――

 

「あたしは……あたしは、祐吾の事が、好き!」

 

 彼女の迷いの無い告白が、屋上に響き渡った。

 

「ずっと、ずっと前から好きで好きで仕方無かった! 話してると楽しいし、会えない時はすっごく寂しいし、ずっと一緒に居たいって毎日のように思ってる! 付き合って、恋人同士になって、毎日毎日話して、デートしたりして、時々甘えたりもしたいし、それから、それから……とにかく! あたしは毎日のように、あんたと一緒に楽しく過ごしたいの! だから! あたしと……あたしと、付き合って下さい!!」

 

 必死に、息継ぎすらせずに、自らの思いの丈をぶちまけた法条は、肩で息をしながら、頭を下げて祐吾に手を伸ばした。

 

「言ったぁー! やったね、杏子ちゃん!」

 

 陽菜が小声でそう言いながら、嬉しそうに身を小さく躍らせる。

 どうにか告白は出来たな、法条……でも、本番はこれから。思いを伝えたからといって、終わりでは無い。問題は、この後祐吾がどう返すかだ。

 視線を祐吾に移す。彼はやはり冷静を保ったまま、ジッと法条の手を見つめるのみ。

 

「……それが、お前の思いか」

 

 そう言うと、祐吾はそっと法条の手に自らの手を伸ばし――グッと、彼女の手を真下に押し退けた。

 

「でも悪いな。その願いは――叶えられない」

「えっ……」

 

 祐吾の答えに、法条はそう、小さく言葉をこぼした。

 

「祐吾……!? どうして……」

 

 告白成功を信じていた陽菜は、驚いたように声を漏らす。

 俺も正直驚いた。が、まだ動く訳にはいかない。ジッと、事の結末を見守る。

 

「あ、あははっ……そ、そうだよね! あたしみたいな奴、恋人にしたいなんて思わないよね……期待しちゃって、馬鹿みたいだなぁ、あたし!」

 

 そう、法条は明るい言葉を吐き捨てながら、フラフラと後ずさる。その声は震えていて、顔は何とも言えない感情に満たされていた。

 

「……一応さ、聞いてもいいかな? 駄目な理由とかさ。ほ、ほら! 今後の参考程度にさ!」

「……まだ誰にも言ってない事だが、俺は将来プログラマーになろうと考えている」

「えっ……そ、そうだったんだ、初耳情報だ……でも、それとどんな関係があるの……?」

「……その為に、今年から専門的な事を中心に、本格的に勉強を進めるつもりだ。卒業したら白場を離れて一人暮らしを始めるし、大学もそれなりに良いところへ行く。大学卒業後は海外にも出るつもりだ。……だから、色恋にうつつを抜かしている暇は無いんだよ」

 

 祐吾の奴、そんな事考えてたのか……もしかして、シキさんが法条に言った事って、この事を指していたのか?

 

「……そんな事思ってたんだ……知らなかったなんて、あたしは情報屋失格だなぁ! ……でもさ、プログラマーって、資格とかそういうのいらないって聞いた事あるけどさ……そこまで勉強に力入れる必要、あるの……?」

「普通はいらないだろうな。……でも、俺が目指すのはそんな生半可なプログラマーじゃない。世界を動かすような大きな物を作り上げる……それが、俺の目指す目標だ」

「世界を……本気なの?」

「笑ってくれて結構だ。だが、俺は本気だ。小さな頃から親父の仕事を見続けて、ずっと志してきた未来だ。その為なら、俺はどんな道も進む」

「……そっか……本気なんだね。……なら、しょうがないよね……あたしなんかに構ってる暇、無いよね……あはは……」

 

 悲し気な笑い声をこぼしながら、法条は俯く。その一瞬、彼女の瞳から、涙が流れるのが見えた。

 陽菜も彼女の様子を見て、居ても立っても居られなくなったのか、立ち上がろうとする。

 が、俺はそれを制止した。それに陽菜は驚いたように目を丸くしたが、数秒で大人しく身を潜めた。

 確かに今すぐにでも慰めてやりたいとは思う。でも、まだ終わっていない。なんとなく、そんな気がした。だから、まだ見守る事にしたのだ。

 

 そして、その予感が的中したのか、祐吾が再び言葉を口にした。

 

「……ただ。その道は俺が考えている以上に困難な道なはずだ。毎日のように勉強漬けだろうし、慣れない一人暮らしには大分苦労するだろうな。正直家事全般、得意では無いからな。……だから、そういった雑務をこなしてくれる、いわゆる世話係みたいな奴が居ると助かるってのが、俺の考えだ。……だから、もし良ければだ」

 

 そこまで言うと、今度は祐吾が、法条に向かって手を伸ばす。

 

「まともに話す時間も無ければ、デートなんてもちろん無理だろう。きっと忙しくて、楽しくも無い。……そんな青春からかけ離れた形で良いのなら……是非とも、側に居てもらえると有り難い」

「えっ……そ、それって……?」

「お前が一番信用出来て、頼りになるから、パートナーとして今後もよろしくしてほしいって事だ。……まあ、捉え方は、お前に任せる」

 

 その言葉に、法条は数秒間、呆然とした様子で祐吾の手を見つめる。

 

「祐吾……うん……うん……!」

 

 そして、涙を流しながら、法条は祐吾が伸ばした手を、両手でしっかりと掴んだ。

 

「それで良い! 家事でも雑務でも、何でもやる! 恋人らしい事は望まないし、だから、だから……! あたしを、祐吾の側に居させて下さい!」

「……ああ、よろしくな」

「うん……!」

 

 満面の笑みを浮かべながら、法条は明るい声で返事をする。その声は、とても幸せに満ちていた。

 

「杏子ちゃん……!」

「……たくっ、祐吾の奴は」

 

 大分捻くれた返答だな……でも、それが祐吾らしさか。……少し、羨ましいな。

 

「……さて、隠れてないで出て来いよ」

 

 不意に、祐吾がこちらを向きながらそう言った。

 

「あ、あれ……? バレてる……?」

「……みたいだな」

 

 どうやら、向こうはこちらの存在に気付いていたみたいだ。それなら隠れても仕方無いので、素直に姿を現して、俺と陽菜は彼らの下まで歩んだ。

 

「あ、あはは……なんで気付いたの?」

「桜井、声が丸聞こえだ。声量調整ってのを覚えるんだな。まあ、大方の理由は察せる」

「そ、そうでしたか……まあ、それはさて置き!」

 

 自分の失敗をさらっとスルーして、陽菜は未だうっすらと嬉し涙を浮かべる法条に駆け寄る。

 

「やったね杏子ちゃん! 告白大成功だよ!」

「あはは……大成功かは、微妙だけどね」

「成功は成功だよ! どーせあんなの祐吾の照れ隠しだよ! ねー!」

「勝手に解釈しろ」

「もー、祐吾も素直じゃないなぁー。まあともかく、おめでとう杏子ちゃん!」

「……うん、ありがとう、陽菜っち!」

「いやー、めでたいめでたい! 今日はお赤飯だね!」

 

 と、まるで自分の事のようにはしゃぐ陽菜。

 なんで法条より嬉しそうなんだか……まあ、そういう奴か、あいつは。

 お祭り騒ぎのように、喜び合う陽菜と法条。それを横目に、俺と祐吾はフェンス際まで下がり、静かに会話を交えた。

 

「まあ、とりあえず、おめでとう」

「どうも」

「にしても、色々と驚いたよ。……お前、凄いよ。俺には真似出来そうにないよ、お前のそういうところ。俺がお前の立場だったら、きっと凄い悩む」

「だろうな。糞真面目なお前には、俺みたいな適当な返答は出来ないだろうな。……一つ、言っておく。あんまり、答えを深く考えない方が良いと思うぞ」

「えっ……」

「確かに、あいつらはお前に答えを求めている。そしてお前は、あいつらが完全に納得するような、完璧な答えを、理由を考えている。それは悪くは無い。……だがな、そういうのは考えるものじゃなく、勝手に浮かぶものだろう」

 

 フェンスに背を預け、祐吾は陽菜と楽し気に話す法条に視線を向ける。

 

「他人に理解されないような理由でもいい。支えたいとか、支えてほしいとか、一緒に居ると楽しいから、単純に好みだから――なんでもいいんだ。誰かが納得するより、自分が納得する理由。一緒に居たいと思う気持ちとか、愛情。そういうのが大切なんじゃないか? ……少なくとも、俺はそうしたつもりだ」

「自分が……」

「まあ、あいつらならテメェが思った理由なら、納得するだろうよ。ずっと見てきた俺は、そう思うがな」

「祐吾……」

「ま、これは俺の意見だ。どうするかは、テメェで決めるんだな」

 

 最後にそう言って、祐吾はフェンスを離れた。

 

「俺の、思い……」

 

 ――決して己の気持ちを裏切ってはいけません。

 

 ふと、シキさんに言われた言葉が頭を過ぎる。

 俺の気持ち……言われてみると、俺って今まで彼女達の事ばっかりで、自分の事はそこまで深く考えて無かったかもしれない。

 

 俺の気持ちって……俺の愛情って、なんなんだ……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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