モテ期と修羅場は同時にやって来るものである   作:藤龍

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告げられる運命

 

 

 

 

 

 

 

 12月31日――大晦日。一年の終わりである今日、世名家+陽菜は一家総出で我が家の大掃除を行った。

 リビングからキッチン、個人の部屋まで隅々まで行った大掃除は半日以上掛かり、全ての部屋の掃除が終わった頃には、既に日が落ちていた。

 そんな大掛かりな本年度最後の用事を済ませた俺達は、疲れを取るために交代で入浴した後に、今年最後の夕食を頂き、残りの時間をテレビの年末特番を見て過ごした。

 そして間も無く年が変わろうとしていた、午後十一時半頃。母さんがキッチンの方から人数分の器を乗せたお盆を持って、俺達がくつろぐリビングにやって来た。

 

「お待たせー。年越しそば、出来たわよー」

「おー、待ってました! やっぱりこれ食べないと、年越しって感じしないよね!」

 

 テンションを上げながら、陽菜が一目散に年越しそばが置かれたテーブルへ直行する。遅れて友香、父さん、俺もテーブルに向かい、席に着く。

 

「わー、美味しそう! 何気に香織オバサンの年越しそばって、食べるの初めてかも!」

「まあ、流石に年越しはそれぞれ自分の家だったしな」

「母さんのそばは絶品だぞ! これを食べれるだけで今年の嫌な事なんか全部忘れられるぐらいにな!」

「もう、お父さんったら!」

「はいはい、来年もその調子で仲良くねー。いただきます」

 

 興味無さげに母さん達を軽く茶化してから、友香はそばを啜る。それに続いて他のみんなもそばを啜る。

 

「うーん、美味しい! こうしてると、今年も終わりかぁ、って気持ちになるねぇ……」

「そうですね。色々あったなとか、自然と考えたりもします」

「あ、友香ちゃんも? 私もなんだか色々思い出すよ。特に今年はいっぱい思い出に残ることがあったから。ねぇ、友くん!」

「ん? ……ああ、そうだな」

 

 一旦箸を止め、目を閉じて今年の出来事を振り返ってみる。

 本当に、今年は激動の年だった……いきなりあんな美人達に告白されて、誰と付き合うかなんて事になって……去年の今頃は、こんな壮絶なモテ期がやって来るなんて想像もしてなかった。

 色々困難もありはしたけど、なんだかんだで楽しくて、充実した日々だったな。……結局、今年中には答えを出す事は出来なかったな。

 

 ――出来れば早々に答えを出してくれると、私は有り難い。

 

 ふと、クリスマスに葉霰さんに言われた言葉が頭を過ぎる。

 今年は無理だったけど、やっぱり来年までには答えを出さないとな……じゃないと、彼女達をいつまでも――

 

「どうしたの友くん? そば伸びちゃうよ?」

 

 不意に陽菜に声を掛けられ、俺は思考を中断する。

 

「それにボーっとしてたら、年越しちゃうよ!」

「ああ、悪い……そうだな」

 

 今は考えるのは止めておこう。苦悩したまま年越すなんて、俺も嫌だしな。

 気持ちを切り替え、考え事を一旦中止して俺はそばを一心に啜った。

 

「ふぅ……ごちそうさまでした! オバサンのそば、とっても美味しかったです!」

「フフッ、それはよかったわ」

「んっ……気が付けばあと少しで年明けだね」

「えっ、嘘!?」

 

 友香の言葉にビックリしながら、陽菜は時計に目をやる。

 

「本当だ、もうすぐだ! カウントダウンしないと!」

「子供かよ……」

「いーじゃん! 友くんも一緒にさ! 一分前からね!」

「長いわ……せめて十秒前にしろ」

「じゃあ、十秒前からね!」

 

 と言って、陽菜はワクワクと目を輝かせながら時計をジッと見つめる。

 全く、最後の最後まで騒がしい奴だ……まあ、陽菜らしいといえば、陽菜らしいか。機嫌損ねられてもあれだし、付き合ってやるか。

 俺も陽菜と同じく、時計をジッと見つめて時が来るのを待つ。そして、数分後。

 

「お、そろそろだね! ……じゅー!」

 

 と、陽菜が秒針に合わせてカウントダウンを開始する。それに乗って、俺や友香達も軽くカウントダウンを口ずさむ。そして――

 

「さーん! にー! いーち……明けまして、おめでとー!」

 

 カウントダウン終了と同時に、高々と両手を挙げながら叫んだ。それに続いて、俺達も同じように新年の挨拶を口にする。

 こうして、激動だった年が終わりを迎え、新たな年が幕を開けた。そしてこの年が、俺にとって……いや、俺達にとって運命の年になる事を、俺はまだ知らなかった。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 俺の記憶が正しければ、去年の元日はほとんど睡眠の時間に費やしていた。

 だが、今年はなんの予定の無かった去年と違って、天城達と神社に集まり初詣をする約束をしている。なのでゆっくり寝正月という訳にも行かず、俺は平日とほぼ変わらない午前の早い時間帯に起床した。 

 

「あ、おはよう友くん!」

 

 寝起きでおぼつかない足を動かし、数分掛けてリビングに辿り着くと、一番に先に起きていた陽菜の朝一とは思えない元気な挨拶が飛んでくる。俺はすぐに同じように挨拶を返そうとしたが、ぼやけた視界に映った彼女の姿を見て、思わず言葉が詰まった。

 驚いたのは彼女の服装だ。家では大体ラフな格好をしているのが基本な陽菜だが、今はそれとは正反対なしっかりと引き締まった着物に身を包んでいた。赤色を基調とした、様々な花の柄が特徴的な艶やかな衣装を身に纏った彼女は、いつもとは違った印象を抱かせ、その姿に思わず目を奪われる。 

 しばらく呆然と彼女の着物姿を眺めていたが、ハッと我に返り、俺はその着物について問い掛けた。

 

「お前、どうしたんだよその着物……」

「えへへ、綺麗でしょー? お母さんに送ってもらったんだー!」

「晴美さんに?」

「うん! やっぱり初詣だし、晴れ着で行かないと! あ、着付け手伝ってくれてありがとう、香織オバサン!」

 

 クルリと半回転して、後ろに膝をついて座る母さんへ頭を下げる。

 

「いいのよこれぐらい。それより友希、あなた陽菜ちゃんに言う事あるでしょう?」

「言う事……?」

「もう、駄目ねぇ、この子は。女の子が普段はしないオシャレしてるんだから、感想の一つは言うものよ?」

「なんだよそれ……まあ、なんだ……綺麗なんじゃないか?」

「なぁに、その素っ気無い感想は。全く駄目ねぇ」

「いいですよオバサン。友くん、きっと照れちゃってるだけですよ! ねぇー?」

 

 と、陽菜は嬉しそうに声を弾ませながら、ニンマリ笑顔でこちらを向く。それに俺は何も返さず、ただ視線を逸らす。

 確かにその通りだけども、そんな問われ方されてどう答えろってんだよ、たくっ……

 ニヤニヤしながら俺を見る二人の視線に居た堪れない気持ちになっていると、リビングに父さんと友香の二人がやって来る。

 

「おはよう……ん? 陽菜さん、着物だ」

「おお、本当だ。似合ってるなぁ、陽菜ちゃん」

「えへへ、ありがとうございます! そうだ、友香ちゃんは着物は着てかないの?」

「私は面倒なのでパスです。普段着で十分です」

「そっか。でも、なんか勿体無いなぁ。絶対可愛いのに!」

「そうだな。友香も着飾れば輝くと思うんだけどな、母さんみたいに」

 

 さらっとノロケが混ざった言葉を、友香は「はいはい」と軽く流して、席に座る。

 

「それよりお腹空いたから、ご飯にしようよ」

「はいはい。友香は花より団子のタイプね。あ、着付けは朝ご飯が終わってからの方がよかったかしら?」

「あ、考えて無かった……まあ、多分出かけた後も何か食べるし、平気ですよ!」

「それならいいけど……まあ、気にしてもしょうがないわね。さあ、友希達も座って。いっぱいあるからねぇー」

 

 おせちにお雑煮、次々と母さんが正月らしい料理を並べていく。

 

「おー、美味しそう! やっぱりお正月はこれだね!」

「あ、私お餅三個。一個はチーズね」

「はいはーい。友希とお父さんは?」

「俺は一個で」

「同じく」

 

 これまた正月らしい会話を交えながら、俺達は今年初めての朝食を頂いた。

 

 

「――そうだ、忘れない内に渡しておかないとな」

 

 数十分後――朝食も終わり、皆いっぱいになったお腹を休ませていると、父さんがポケットから何かを取り出す。

 

「友希、友香、それに陽菜ちゃんも。お年玉だ」

「ああ、そういえば私も……はい、どうぞ」

「えっ、私も貰っていいんですか!?」

「当然よ。一人だけ仲間外れって訳にはいかないもの」

「わぁ……ありがとうございます!」

「あんまり使い過ぎるなよ。ほら、お前達も」

 

 陽菜に続き、二人は俺と友香にもお年玉を渡す。

 

「どうも」

「ありがとう。大事に使わせてもらうよ」

「どういたしまして。さて、そろそろ初詣に行く時間でしょう? 外は寒いから、しっかり着込んで行くのよ?」

「はーい! えへへ、楽しみだなー、みんなで初詣!」

 

 ウキウキしながら、陽菜は準備をしに自分の部屋へ向かう。俺と友香も、自室へ向かう。

 

「さて、何着てこうかな……」

 

 俺は特に正月らしい衣装を着るつもりは無いし、適当に温かい服を着ていくか。結構寒いみたいだしな。

 何が良いかなと、自室に到着してすぐにタンスの中を探る。真っ先に目に入ったのは、誕生日に彼女達から貰った、防寒具一式だった。

 

「……これでいいか」

 

 今日は全員集まる訳だし、問題は無いだろう。折角貰ったのに、使わないまま冬が終わるのは勿体無いしな。

 早速タンスから防寒具一式を取り出し、残りを適当に選択して、着替え始める。

 

「友くーん! そろそろ行くよー!」

 

 着替えが完了すると同時に、玄関の方から陽菜の呼び声が聞こえてくる。それに返事をしてから、俺も玄関に向かう。

 

「お、来たね! それじゃあ早速出発しよう!」

「あんまりはしゃぐなよ。お前今、履き慣れて無い草履(ぞうり)なんだからよ」

「あ、それもそうだね。正月早々転んじゃったら、縁起悪いもんね」

 

 カンカンと、草履のつま先を鳴らす。

 

「一応代えの靴でも持って行ったらどうだ? どうせ足痛くなるだろ?」

「大丈夫だよ! 小っちゃい手提げかばんだから靴入らないし、それに万が一歩けなくなったとしても、友くんがおんぶしてくれるもん! だからヘーキ!」

「俺頼みかよ……まあ、いいや。じゃあ行こうぜ」

 

 扉を開けて、家の外へ出る。瞬間、冷たい朝の風が頬を撫でる。

 

「うひぃ……! 今日は寒いねぇ……」

「そうだな……途中、カイロでも買った方がいいんじゃないか?」

「だね……とりあえず止まってると寒いし、動こう?」

 

 寒そうに表情を歪ませる陽菜の言葉に頷きながら、歩き出す。

 

「――あ、世名君!」

 

 直後、俺を呼ぶ声が聞こえたので、足を止めて振り返る。

 

「あ、優香ちゃん! 明けましておめでとー!」

「ええ、おめでとう。世名君も今から神社に?」

「明けましておめでとう。そっちもか?」

「うん。フフッ、一緒のタイミングなんて、年明け早々ついてるかも」

「……それにしても、やっぱり優香ちゃんは和服が似合うねぇ……」

 

 陽菜の呟きに、俺は天城の姿を眺める。

 天城も陽菜と同じく、着物を着ている。色は陽菜が着るものより落ち着いた桃色。白色で印刷された桜の花がとても綺麗で、天城はそれを見事に着こなしている。

 夏祭りの時も思ったけど、やっぱり天城は和服と相性がいいな。陽菜も悪くは無いけど、なんというか彼女からは気品を感じる。

 

「あ、あの、世名君……」

「ん?」

「そ、そんなにジッと見つめられると、その……恥ずかしい、かな……」

 

 天城は頬に手を当て、視線を斜め下に逸らしながらモジモジと体を揺らす。

 

「あ、ご、ごめん!」

「い、いいの! 見つめられるのは、その、嬉しいから……」

「お、おう……」

「はぁ……今年も相変わらずですな。……ところで、あのうるさい妹さんは居ないんですか?」

「えっ? ああ……香澄なら、今日はお仕事で居ないんだ」

「仕事? まあ、芸能人なら正月も忙しいか……」

 

 そう言えば昨日の特番とかにも出てたもんな……アイドルってのも大変だな。

 

「ねぇ、友くん。お話もいいけど、そろそろ行かないと遅れちゃうよ?」

「ん? ああ、そうだな。じゃあ、天城も一緒に行くか」

「うん。あ、そうだ……今年もよろしくね」

「ああ、よろしく」

「よろしくです」

「よろしくねー!」

 

 改めて新年の挨拶を交わして、俺達は天城を加えて、再度待ち合わせ場所の神社を目指して歩き出した。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

「あ、来た! センパーイ!」

 

 出発から数十分。待ち合わせ場所である白場神社前に到着するや否や、鳥居の方から聞き覚えのある明るい声が飛んでくる。

 その声に鳥居の方へ目を凝らす。しばらくして、人だかりの中に声の主である出雲ちゃん、そして海子に朝倉先輩、裕吾達男性陣の姿を発見する。

 どうやら俺達が一番遅れて着いたみたいだ。同じく初詣に来ている人達の間を抜け、急いで彼女達の下まで歩み合流を果たす。

 

「ごめん、待たせたみたいで」

「いや、私達も今さっき来たところだ、気にするな。それよりも……明けましておめでとう。今年もよろしくな」

 

 そう言った海子に続いて、他の皆もお決まりの挨拶を口にする。俺達も同じように、新年の挨拶を返す。

 直後、陽菜が女性陣の姿を見回しながら、口を開く。

 

「やっぱり、みんなも着物で来たんだね!」

「ん? まあ、一応な」

「みんな似合ってるなぁ……スッゴイ可愛いよ!」

「あなたに褒められても嬉しくないです。私は先輩の感想が欲しくて、こうして着飾ってるんです!」

「大宮さんの言う通りね。……という訳で、どうかしら?」

 

 と、肩に掛かった髪を払いながら、朝倉先輩は俺を見る。海子と出雲ちゃんも、どこか緊張した面持ちで俺を見る。

 こうなる事は予想出来てはいたので、落ち着いて彼女達の着物姿を見回す。

 まずは海子。彼女の着物は青を基調としたもので、柄は少なめでどことなく落ち着いた雰囲気がある。出雲ちゃんは、彼女が好む黒色を基調としていて、金色の雲の柄があしらわれている。最後に朝倉先輩は、以前見た六華さんが来ていた白の雪柄の着物に酷似している。恐らく、あの時貰った誕生日プレゼントだろう。

 とりあえずざっくりと彼女達の着物を観察してみたが、やっぱり俺が思い浮かべる感想は一つだけ。それ以外に気の利いた褒め言葉も思い付かないので、俺はそれを早速口に出した。

 

「うん……みんな凄い似合ってるよ。凄い可愛い」

「……いつものだな」

「ワンパターンだな」

「まあ、友希君らしいよね」

 

 男性陣から、呆れたような言葉が遠慮無く飛んでくる。

 俺だってそう思う。でもこれ以外にパッと浮かばないんだからしょうがないだろう。

 

「……まあ、そう言うだろうと思っていたよ。でも、その言葉は素直に嬉しい」

「そうね。好きな人からの褒め言葉なら、何でも嬉しいわ」

「他の人と同格ってのは若干不満ですが……でも、先輩に可愛いって言ってもらえて嬉しいです!」

 

 と、皆一様に嬉しそうに笑みを浮かべる。

 とりあえず、彼女達は満足したようだし、良しとするか。……よし、気を取り直して、行動開始とするか。

 

「じゃあ、全員集まったことだし、行くか」

「うん! レッツ初詣!」

「えっと、まずはお参りだね。人が多いから、時間が掛かりそうだね」

「ああ。まあ、こればっかりは仕方が無い。根気よく待つとしよう」

「じゃあ、人がもっと多くなる前に急ごう! お参りしたら、おみくじも引きたいし!」

「その後は神社を出て、みんなでお昼ですね」

「プランはこんなところね。行きましょうか」

 

 今日の予定を確認してから、俺達は神社の中へ足を踏み入れた。

 最初に目指すのは神社の一番奥にある賽銭箱。本来なら数分で辿り着くのだが、今日は参拝者が多いので、下手したら一時間以上は待ちそうな長蛇の列が出来ていた。

 

「ひゃあぁ……凄い人だねぇ……」

「ここは白場……というより、都内でも大きい神社だからな。県外からも来ているのだろう」

「とはいえ、これは予想外だな……みんな、頑張って待とう」

「そうですね……あっ」

 

 と、出雲ちゃんが何かを思い付いたかのような表情を浮かべる。

 

「センパーイ……私、履き慣れない草履だから、長時間立ってるのが辛くって……だから、もしよかったら――」

「あら、それなら私が倒れないように支えてあげるわ」

 

 そう言って、朝倉先輩が出雲ちゃんの肩をグッと掴む。

 

「遠慮は無用よ、大宮さん」

「チッ……バレたか」

「人多いから、喧嘩は控えてね……」

 

 出来れば早く列が進んでくれないかな――そう祈りながら、ジッと賽銭箱に辿り着くのを待った。

 そのまま適当に話をしながら待つ事、約一時間。ようやく俺達の順番が回って来る。

 

「ようやくだな……さっさと済ませちまおう」

「だね! えっと……参拝ってどういう手順だっけ?」

「賽銭を入れて、鈴を鳴らして、二拝二拍手一拝よ」

「にはい……お辞儀の事ですよね?」

 

 陽菜の問いに朝倉先輩は頷きながら、賽銭を投げ入れて今し方説明した事を実践する。陽菜や他のみんなもそれに続き、俺も賽銭を投げ入れる。

 何かお願いをしてみようかとも考えたが、止めておいた。思い浮かんだ願いもあったが、これは神様にお願いするような事では無いと思ったからだ。

 数秒で参拝を終わらせ、他の人の邪魔にならないように列を離れ、開けた場所に集まる。

 

「やっと終わりましたね……あんだけ並んだのに、終わるのは一瞬ですね」

「まあそんなものだ。さて、次はおみくじ……だったな?」

「うん。まだまだ人も多いし、早めに動こうか」

「だね! 大吉引くぞー!」

 

 和気あいあいとした雰囲気で話しながら、みんなはおみくじ売り場へと移動を開始する。

 てっきり、陽菜辺りが「何かお願い事した?」的な質問すると思ったんだが、そんな事無かったな。……あいつも、きっと分かってるんだろうな。彼女達が願う事なんて、一つしか無いって。

 

「友希君、どうしたの? 行きましょう」

「えっ? あ、はい」

 

 呼び掛けられ、慌てて俺も彼女達について行く。

 おみくじ売り場もそれなりの列が出来ていて、購入まで約三十分近く掛かってしまったが、無事に全員おみくじを手に入れ、早速開けた場所で結果を確認する事に。

 

「何が出るかなぁ……おっ! 吉だ!」

「私は……末吉ね」

「フンッ、流石のあなたも運までは思い通りとは行かないみたいですね。私は……末吉……」

「あら、お揃いね」

「グッ……!」

「私は小吉か……海子は?」

「小吉だった。優香と同じだな」

「アハハ、みんな何とも言えない結果だねぇ。あ、友香ちゃんは?」

「中吉でした」

「えー、いいなー!」

 

 女性陣が楽しそうにおみくじの結果を見合う中、俺達男性陣もこぢんまりと結果を報告し合う。

 

「僕は吉だ。みんなは?」

「凶だった……新年からテンション下がるわ……」

「ど、ドンマイ、孝司君……裕吾君は?」

「……大吉」

「嘘だろお前っ!? 運まで良いとか神様差別が過ぎるだろ!」

「アハハ……友希君は?」

「俺は……」

 

 引いたくじを開き、目を通す。

 

「……中吉だ」

「お前もいいの引くなおい……俺何か悪い事した?」

「まあ、こういうのは気にしない方がいいさ」

「そうだな……」

 

 裕吾の言葉にそう言いながら、俺はおみくじの内容を確認する。

 

「恋愛……覚悟を持って挑むべし――か」

 

 覚悟か……そんなのは百も承知だ。もっといいアドバイス的なのが書いてあったら良かったんだけどな……いや、裕吾の言ってた通り、気にしない方がいいな。

 おみくじをしまい、俺達は女性陣達が集まる方へ移動する。

 

「話は終わったか? なら早いとこ移動しようぜ。飲食店も混みそうだしな」

「あ、ちょっとその前に、トイレ行ってもいいかな……?」

「あ、私も行きます。さっき凄い並んでるの見掛けたんで、行ける時に行っときたいんで」

「確かに、凄い行列だったな。あれは一時間は待つんじゃないか?」

「ええっ!? 我慢出来るかなぁ……」

「それぐらい考慮しておきなさいよ。気付いた時には手遅れよ」

「あうぅ……」

「そうだな……万が一を考えて、今の内に済ませられるもんは済ませておこうか。終わったら、鳥居の前に集合って事で」

 

 俺の提案に、全員首を縦に振る。

 満場一致でトイレタイムにする事に決定し、みんな早速移動を開始する。

 が、男子トイレは女子トイレほど混雑しておらず、俺達男性陣のトイレタイムは数分で終了。一足先に鳥居前に戻り、女性陣を待つ事にした。

 

「さっき女子トイレ見たが、本当に凄い列だったな……ありゃ本当に一時間は待つかもな」

「だろうな。まあ、適当に暇潰ししてるしかないな」

「とはいえ、こんな野郎だけでする事なんて……ん? あれ、法条じゃねぇか?」

 

 と、孝司が正面を指差す。その先には、確かに法条の姿があった。

 

「本当だ。法条さんも初詣かな?」

「でも、なんか様子おかしくないか? 落ち着きが無いというか、なんというか……」

「確かに、ちょっと気になるね」

「まあ、本人に聞いてみたらいいだろ。おーい! 法条ー!」

 

 手を振りながら、孝司が法条を呼ぶ。彼女はビクッと肩を震わせ、こちらを見る。すると驚いたように微かに後退り、その場に静止する。それを不思議に思った俺達は、鳥居の前から離れ彼女の下まで歩み寄る。

 

「どうしたんだよ、その反応」

「あ、あんたら、どうしてここに……!?」

「あ? 初詣に決まってんだろ。お前は違うのかよ」

「あ、あたしは、その……」

 

 法条は歯切れ悪く言いながら、視線を泳がせる。ふと、彼女はチラリと裕吾の方を見る。

 

「あっと……あ、あたし、用事あるから行くわ! じゃ!」

 

 直後、まるで逃げるように走り出し、法条はあっという間に俺達の前から姿を消した。

 

「なんだあいつ……裕吾、お前なんか知らねーの?」

「……さあな」

「なんだったんだろうね……あれ? あそこの列、なんだろう?」

 

 と、翼が先にある曲がり角を指差す。そこには確かに、五、六人ほどの列が一つあった。いや、もしかしたら曲がり角の先にまだ居るかもしれない。

 

「なんだありゃ? トイレか?」

「いや、流石に違うんじゃないかな……でも、確かあそこの先って行き止まりで、何も無かったよね?」

「……もしかしたら、例の占いの館かもな」

「占いの館? そんな怪しいもん、この街にあったのか?」

「なんでもこの時期に白場にやって来るらしい」

 

 スマホを弄りながら、裕吾は話を続ける。

 

「業界ではかなりの有名人らしく、普段は津々浦々を転々と回っているらしい。……これだ」

 

 と、裕吾がスマホを差し出す。

 

「何々……未来を見通す希代の占い師、シキ……ねぇ」

「ふぅん……そういや、さっき法条、あっちから来たよな?」

「うん。もしかしたら、占いしてもらったのかもね」

「あいつも占いとか興味あるんだな。しかし、あんだけの列が出来てるとは、凄いもんだな」

「なんでも、この占い師に悩み事を相談すれば、ほぼ百パーセント解決するらしい。進むべき指針を示してくれるんだと。仕事から勉学、恋愛まで何でもらしい」

「ほーん……」

 

 両手を後頭部へ持って行きながら、孝司は列の方に向かって歩き出す。俺達も後に続く。

 

「お、本当にあった」

 

 角を曲がると、行き止まりに怪しげな紫色のテントが一つ。近くには、シキの館と書かれた看板が。

 

「なんだ? 恋愛運でも占ってもらうつもりか? 残酷な現実を知らされるだけだぞ」

「ちげーし勝手に俺の運命決めないでくれる? ただ、そこまで凄いもんなのかねぇ、と思ってな」

「まあ、確かに気にはなるよね。絶対悩みが解決するって言われると」

「だな。……友希、お前いっちょ占ってもらったらどうだ?」

「はあ? いきなり何言いだすんだよ」

「いやだって、お前絶賛お悩み中じゃん。試すにはピッタリなんじゃねーか?」

 

 た、確かに彼女達の事で悩みはしているが、そんな適当な……

 

「……俺は有りだと思うぞ」

「お、裕吾が乗るとは思わなかった。お前占いとか信じ無さそうなのに」

「その通りだが、相談してみる価値はあるんじゃないかと言ってるだけだ。占いが当たる当たらないはともかく、何も知らない第三者から意見を貰うっていうのも悪くないだろう。……正直に言わせてもらうと、お前はこのままじゃなんも変えられないと思うからな。現状維持を続けるだけだ」

「グッ……」

 

 裕吾の言葉に何も言い返せず、俺は言葉を詰まらせる。

 

「ここらで何か行動起こさないと、先に進めないぞ。その第一歩としては占いってのも悪くないんじゃないか?」

「……珍しいな、お前がそこまで言うとは」

「いつまでも周りで騒がれるのも気が散るしな。俺は俺なりに色々ある訳だ」

「ふぅん……ま、確かに周りで見てるこっちの身からしたら、さっさとしろよって感じだよな」

「うぐっ……」

「まあなんだ。参考ついでに話でも聞いてこいや。悩みってのはぶちまけてみれば楽になるもんだ」

「うん、僕もそれが良いと思うな。そのシキって人の言葉も、少しは参考になるんじゃないかな?」

「……分かったよ。そこまで言うなら、行ってくるよ」

 

 正直、一人でこの問題を考えるのにも限界というか、手詰まっている感じはしてたしな。みんなの言う通り、誰かに相談してみるってのも悪くは無いかもしれない。

 

「じゃあ、ちょっと行ってくるよ。鳥居前で待っててくれ」

「おう、感想よろしくなー」

「噂の真意、確かめてこい」

 

 ……やっぱり、こいつら占いが気になってるだけじゃねえの?

 とはいえ、ここまで来て止めるのは癪だ。俺は列へ並び、順番を待った。

 そして待つ事約三十分。前の客の相談が終わったらしく、テントの中から出てくる。

 

「――次の方、どうぞ」

 

 直後、中から女性の声が聞こえてくる。恐らく噂のシキさんだろう。

 たった一言でも、言い知れぬ迫力を感じる。緊張に喉をゴクリと鳴らしながら、俺はテントの中に足を踏み入れた。

 中は薄暗く、怪しげな物がちらほらと確認出来る。広さも俺の部屋よりも狭い。そして中央のテーブルの向かい側に、一人の女性が座っている。

 

「あらあら……これは珍しい。こんなに若い男性が来るなんて」

 

 その女性は俺を見ると、クスリと口元に笑みを浮かべる。

 黒いフードを被っていてよく顔は見えないが、年齢は恐らく三十から四十代だろう。声は重みがあって、なんとなく逆らえない雰囲気がある。

 

「フフッ、そんなに緊張しなくても大丈夫よ。何も悪い事はしないから。さあ、どうぞ座って」

「は、はい……」

 

 彼女の正面の椅子に腰を下ろし、姿勢をしっかりと正して向き合う。

 

「さて……お客も多いから、早速始めるわね。今回はどういった要件で? 勉強について? それとも恋愛?」

「あ、えっと……後者の方で」

「それはそれは……何とも初々しい事。お力になれるように誠心誠意、取り組ませてもらうわ。それじゃあまずは……この紙に名前をフルネームで」

 

 と、女性は紙とペンを出す。俺はそこに、自分の名前を書いて女性に返す。

 

「……ふむ……?」

「ど、どうかしましたか……?」

「いえごめんなさい、こちらの事よ。世名(せな)友希(ともき)君……でいいのかしら?」

「あ、はい」

「分かりました。では早速、悩みを聞かせてもらえる?」

「はい……その、少々特殊なんですが――」

 

 俺は彼女に、事情を掻い摘んで説明した。

 複数の女性に去年、告白された事、その内の誰かと付き合うか決めている最中である事。そして、未だに誰と付き合うかを決めらない事を。

 そこまで聞くと、彼女は何故か口元に笑みを浮かべた。

 

「なるほど……」

「……? 何か?」

「いえ何も。……事情は分かりました。それにしても、今まで色んな恋愛関連の相談を受けてきたけど、ここまで特殊なのは初めてよ」

「でしょうね……」

「それで、あなたが私に聞きたいのはその五人の中の誰と付き合うべきか、誰と付き合うといいかというのを聞きたいの?」

「いや、そうじゃなくて……ん?」

 

 あれ、五人って正確な人数は教えたっけ? ……俺が言ったのを忘れただけか。

 

「聞きたい事はそういう事じゃなくて、その……アドバイスというか、なんというか……」

「……いわゆる、猫の手も借りたいって状況なのかしら? 自分がどうすればいいのか迷っていて、なんでもいいから助言が欲しいってところ?」

「……まあ、そんなところです。一人で考え続けて、色々こんがらがって……」

「なるほど……力になれるか分かりませんが、出来る限りの助言を送りましょう。あなたを最善の未来に導く為に――」

 

 そう言うと、彼女はテーブルにタロットカードをズラリと並べる。俺はその様子を、ジッと見守る。

 

「…………近い将来、あなたは運命の選択をする事になるでしょう。恐らく、春を迎える頃に」

 

 突然、彼女の口にした言葉に、俺は思わず息を呑む。

 

「そ、それって……つまり……」

「それは私にも詳しくは分かりません。ただ、それはとても辛く、苦しいもの。そしてその選択により一部の者は、深い絶望を味わう事になるでしょう」

「深い、絶望……」

「しかし、決してその選択から逃げてはならない。それはその運命に関わる者を、永遠の不幸に閉じ込めると同意。もしも真にその者達を思うならば、決断なさい。それが、その者達を新しき道に進ませる、唯一の方法です」

「……それは、分かってます。でも――」

「その答えを出せる気がしないと?」

 

 俺の言葉を、彼女は先読みしたかのように口にする。

 

「そうですね……これは、私が言うべき事では無いでしょう。近い内に、あなたはそれに対する解を得られるでしょうから」

「えっ……?」

「もう一つ、助言をしておきましょう」

 

 ピッと、人差し指を立てる。

 

「あなたはもう少し、友を頼るべきです」

「友を……?」

「どうやらあなたは、なんでも一人で抱えがちな性格なよう。きっとこの問題も、一人でずっと考えてきたのでしょう。人に相談するのは時々しか無い。違います?」

「それは……そうかもしれません」

「一人で考えるのは悪くは無いです。しかし、あなたには頼れる友が沢山存在するはずです。そんな友たちにこそ、あなたにとっての希望があるのかもしれません」

「希望……」

「……最後に、一つ」

 

 トンと、自分の胸元に人差し指を当てる。

 

「あなたを好く者達の気持ちを裏切るのは、とても苦しい事でしょう。ですが、決して己の気持ちを裏切ってはいけません」

「己の気持ち……?」

「心に強く浮かんだ感情。あなたの頭に浮かんだただ一つの名。それから決して目を逸らしてはならない。それこそが、あなたがこの世界を共に生きる、運命を共にする者なのですから。だからその気持ちだけは、決して裏切らないで」

「…………はい」

「……よろしい」

 

 彼女はニッコリと笑い、テーブルに並べたカードを手際よくしまう。

 

「今の私が言えるのはここまで。力になれたかしら?」

「……正直、また悩み事が増えた感じがします。でも……ちょっとだけ、何かが変わった気がします」

「そう……それはごめんなさい。けど、私の言葉はあくまで助言。どんな道をどうやって進むのかは、あなたが決める事よ。大丈夫、()()()()の未来は、明るい」

「……ありがとうございます」

 

 頭を下げ、俺は席を立って外へ出ようと反転する。

 

「ああ、最後にもう一つ」

「ま、まだ何か……?」

「あなたの妹さんに……師匠さんだったかしら? その子達にありがとうって伝えといてくれる?」

「えっ……それってどういう……?」

「さあ? 何かしら。お客様も控えてるから、いいかしら?」

「あ、はい……」

 

 ありがとうって……一体何に関しての感謝だ? というかなんで友香の事知ってるんだ? あと、師匠ってなんだ? ……初対面なのに、不思議な人だ。

 最後に大きな疑問が残ったが、問い詰める暇も無く俺はテントの外に出て、裕吾達の待つ鳥居の前まで向かった。

 

「お、帰って来た」

「お帰り。どうだった? 例の占いは」

「うん……まあ、悪くは無かったかな」

「なんだそれ。ハッキリしねーな」

 

 具体的な何かを得た訳では無い。でも、何かが変わった気がする。……正直、今はよく分からない。

 

「――あ、居た居た! 友くーん!」

 

 神社の方から、陽菜の声が聞こえてくる。顔を上げると、女性陣が全員揃って戻って来る姿が見えた。

 

「待たせてごめーん! トイレ凄く混んでて! 危うく間に合わないところだったよ!」

「そんな報告はしなくていいと思うぞ……? ともかく、待たせて悪かったな」

「退屈だったでしょう?」

「……いや、そんな事無いよ」

「……? そう? ならいいんだけど……」

「あー、お腹空いたぁ……先輩! 早くお昼食べに行きましょう!」

「ああ、そうだな。行こうか」

 

 頷き、みんな一斉に歩き出す。

 その一番後ろを歩いていると、友香が話し掛けてくる。

 

「お兄ちゃん、なんかあった?」

「……まあ、な」

 

 答えながら、俺は彼女達の姿を眺める。同時に、彼女から言われた言葉を思い返す。

 

「春……か」

 

 年が明け、冬はあっという間に過ぎ去り、やがて春がやって来る。彼女の言葉が本当に未来を告げているのなら……俺達の恋物語の終わりも――すぐそこだ。

 

 

 

 

 


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