モテ期と修羅場は同時にやって来るものである   作:藤龍

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スカイ・ラブ④

 

 

 

 

 

 私は昔から目立ったり、人に注目されたりする事があまり好きでは無かった。

 理由は引っ込み思案な性格で、他人に見られたりするのが純粋に恥ずかしかったから。だから出来る事ならあまり目立つ事無く、一部の友人達とひっそりと楽しく過ごせたらいいな――そう、幼い頃から思っていた。

 けれど、そんな願いとは裏腹に、私は大勢の人達に注目されるような存在として日々を過ごす事になった。

 近所に住む母の知り合いからは「可愛い娘さんね」などと賛辞をよく貰う事が多かった。そして学校でも先生からは「優香ちゃんは勉強が良く出来て偉いわね」と、成績に関しての賞賛の言葉をくれて、同学年の生徒達からは「お友達になろう!」と、大勢の人が男女構わず言い寄ってきたりもした。

 その事に、私は当時とても困惑した覚えがある。どうしてみんな、こんなにも私に接してくるんだろうか? こちらからは何もしてないのに――と。誰もが私に目を向けてくるのが不思議で仕方無かった。

 両親が言うには「あなたには人の目を引き付けるような魅力がある」という事らしく、私が人気者であった事を大変喜んでいた。

 

 けど、当人である私はそこまで喜べなかった。私はひっそりと目立たずに過ごしたかったのに、あっという間に注目の的となったのだから。

 でもだからといって、その時は別に苦悩などを感じる事はほとんど無かった。望んだ形とは程遠かったが、友達が沢山出来て、多くの人が私を誉めてくれるのだ。幼心としては目立つ事による羞恥心や苦痛より、嬉しさの方が勝っていた。

 こんなに幸せなら、このままでもいいかな。ずっとこうして、沢山のお友達と楽しく過ごせたらいいな――そう、当時の私はその現状に満足して、そのような思いを抱いた。

 

 だが、いつしかみんなが私を見る目が変わった。注目される理由が良い意味から、悪い意味へと変化していったのだ。

 その変化が起こったのは、確か小学四年生になったばかりの頃だった。それまで私は多くの友人達と楽しく過ごしていたのだが、何故か突然私はその友人達の輪から省かれるようになった。

 最初は何がどうしてだか分からなかった。友達に何か嫌われるような事でもしただろうか? しかしそんな覚えは無い。ならば理由はなんだ――急な環境の変化に、酷く混乱した。

 だがその変化からしばらく経ったある日、私は原因を知る事になった。偶然聞いてしまったのだ。少し前まで私と仲良くしていた女子達の会話を。

 

「はぁ……ホンット、天城さん居なくなってほしい……」

「またその話? いい加減飽きたよ」

「だって! アイツが居なければ! アイツが居なきゃ裕太君は……」

「裕太君って、あーちゃんが好きな男の子だっけ?」

「そう。でも、裕太君は天城さんが好きなんだって。だから、天城さんのせいで振られたーって、拗ねてるんだよあーちゃん」

「へぇ……別に天城さんのせいじゃ無くない?」

「うっさい! アイツさえ居なきゃ、裕太君は絶対私の事好きになってくれるはずだもん! とにかく、アイツとはもう二度と遊んでやんない! アイツは許さないから!」

「うわぁ、八つ当たりにも程があるよ……でも、確かに天城さんって、最近はいいイメージ無いなぁ。男子や先生からもチヤホヤされてるというか……昔は憧れあったけど、最近はちょっとウザいかも」

「あー、それ分かるー。それに高嶺の花って感じで、ちょっと関わりにくいかも」

 

 そんな彼女達の会話を陰でこっそりと聞いていた私は、全てを察した。

 彼女達が私と関わらなくなった理由、それは嫉妬、そして敬遠だ。私が周囲の注目の的となっているから、男子や大人達にチヤホヤされているから、まるで特別扱いされているようで気に入らないから――そんな理由から近寄り難くなり、そして妬ましく思っているから関わりを持ちたくないと、彼女達は私から離れたのだ。

 それを知った私は、目立つ事を更に嫌った。大勢に注目される事で、多くの物を失ってしまったから。もう特別扱いなんてされたくないと、心の底から願った。

 

 だが、そんな私の願いはつゆ知らず、周囲の目は変わる事は無かった。私は高嶺の花として見られ続け、それに嫉妬や敬遠の気持ちを抱く人は増える一方。だんだんと、私と関わろうとする人は減っていった。

 けど、全てが無くなった訳では無かった。敬遠や嫉妬を抱かず、私と変わらず接してくる人も少なからず居た。今でも関わりのある、由利もその一人だった。

 

「ゆっちゃーん、あーそーぼ」

「……他のみんなは外に遊びに行ったし、そっちに行けば?」

「んー、それもいーけど、私はゆっちゃんと遊びたいからいーや。という訳で、あーそーぼ」

「……由利は、私と付き合い辛いとか思わないの?」

「なんで? ゆっちゃんはお友達だし、付き合い辛いとか無いよー?」

「……そっか」

 

 彼女や、周囲の反応など気にせずに接してくれる友人達のお陰で、私はそこまで絶望せずに済んだ。幸いイジメなども無かったし、私は比較的……いやむしろある程度最初に望んでいた通り、一部の友人達と毎日を楽しく過ごせた。

 彼女達のお陰で、周囲の嫉妬や敬遠の目に対する辛さは軽減された。これでもう、周囲の目なんて気にしなくても大丈夫――そう思っていた。

 しかし、中学に進学してしばらくの経った頃、再び周囲の目が変化したのだ。そしてそれは敬遠や嫉妬よりも辛い、私にとって最悪なものだった。そのせいで、私の日々は小学校時代よりも辛く、苦しいものへとなった。

 

 私がそれを実感したのは、中学に入学してしばらく経ったある日の事。丁度その日はクラスで席替えが行われ、私はとある男子生徒と隣の席になった。昔からあまり男性は得意では無かったので、出来れば女性がよかったなと少しばかり残念な気持ちを覚えたが、その時はこれといって不快な感情は感じなかった。

 だが、その日の昼休み。廊下を歩いている時に、偶然ある男子生徒達の会話が耳に流れ込んできた。そのグループの中には、例の隣の席になった男子も混ざっていた。

 最初は立ち聞きは良くないとその場を立ち去ろうとしたが、例の男子がある話題が出したのをキッカケに、私は足を止め、聞き耳を立てた。

 

「そういや、今日ウチのクラスで席替えあったんだけど、俺、天城さんと隣の席になったんだぜ!」

「天城って、スゲェ美人って噂になってるあの?」

「マジで!? あんな美人と隣とか羨まし! なんか話したのか?」

「いや、流石にまだ挨拶程度だけど……でも隣の席なんだし、会話のチャンスぐらい、いくらでも作れるし! 俺、絶対天城さんと仲良くなってやるし! そんであわよくば付き合ったりして……」

「うわっ、お前今、スゲェ気持ち悪い顔してたぞ? 変な妄想してんだろ?」

「ま、仕方無いわな。あんな美人相手だったら、妄想ぐらいしちゃうわ。少なくとも、同じクラスの男子は全員狙ってたりして?」

「だよなー。俺だってあんな彼女欲しいもん。もし俺が隣の席だったら四六時中凝視するわ」

「それは流石に気持ち悪いだろ! 俺はせいぜいチラッと見る程度だ」

「結局見んのかよ! ま、しゃーないか。俺も見るし」

 

 と、彼らはとても楽しそうに笑いながらそんな会話交わしていた。

 中学生といえば丁度思春期に入り始める時期だ。中学生になると同時に、異性に今までと違った形で興味を持ち始め、中には少々邪な感情を抱いたりする人も少なくは無いだろう。

 そして彼らの話を真に受けるならば、私はそんな思春期の男性達の的となっている。多くの男子が私の事を邪な目で見ていて、あわよくば付き合ったりしたいなど、卑猥な妄想を浮かべている。

 それが事実とは限らない。もしかしたら彼らだけかもしれない。しかしそれを考えると、怖くて怖くて仕方が無かった。彼らのような男子達の性的欲求の捌け口にされているかもしれない――その可能性に、私は恐怖に支配された。

 

 それ以来だ。私が他人の目というものに対し、過剰な苦手意識を感じるようになったのは。

 小学生時代も他人の目はあまり得意では無かった。でもその時は恐怖などでは無く、見られているという事に対して純粋な羞恥心と戸惑いを抱くのみ。

 だが、あの話を聞いてしまってからは、人の視線、特に男性の視線が常に気に掛かってしまうようになった。そして話し掛けられたりすると、どうしてもあの時の彼らの会話が蘇り、恐怖心が体を支配した。

 毎日毎日、苦しくて仕方が無かった。まだ誰かが私の事を邪な目で見て、卑猥な妄想を脳裏に浮かべているのでは無いか。自意識過剰かもしれないけど、そんな事を常に考えてしまい、気が気で無かった。

 早くこの苦しみから解放されたい。早く周囲の人達が、私に対して特別な関心を抱かなくなってほしいと、毎日のように祈り続けた。

 

 しかし小学生時代と同じようにその願いは届かず、現実は私の望まぬ方向へ進み、事態はさらに悪化した。私の噂はドンドンと広がっていき、中学二年に上がってすぐの頃、とうとう最悪の結果を迎えてしまった。

 そう、学園のアイドルという、私が今も尚忌み嫌う称号が付けられたのだ。

 それにより、さらに私に注目する人が増えた。男子達の邪な視線も増加の一途を辿り、比例するように女性の妬みや敬遠の目も増え始めた。

 

「お、あれって天城先輩じゃないか?」

「学園のアイドルって言われてる? うわぁ、本当に綺麗な人だな……」

「俺、ちょっと告白でもしてみようかな……」

「止めとけ止めとけ。どうせ振られるんだから、妄想の中に留めとけよ。俺はそうしてる」

「うわっ、気持ち悪っ……気持ちは分かるけどさ」

 

「天城さん、今日も色んな男子に噂されてんね」

「本人はさぞや調子に乗ってるんでしょうね。ウッザイなぁ……」

「私、彼氏に天城さんを好きになったから別れてとか言われたんだけど……ホンット最悪……」

 

 男子達の卑猥なヒソヒソ話に、女子達の遠慮の無い陰口は毎日のように耳に流れ込んできた。それを聞く度に、心がズキズキと痛んだ。

 でも、私はその苦痛にどうにか耐えられた。彼女達のお陰で。

 

「――あんなの気にする必要無いよ、ゆっちゃん」

「そーそー。言いたい奴には言わせとけよ」

「私達はお前の味方だ。何かあれば、いつでも相談してくれよ?」

 

 由利、そして中学に入学してすぐに出来た新しい友人、海子や薫なんかは私を特別視する事無く、気さくに平等な立場で私を見てくれた。

 そんな彼女達の言葉に私は励まされ、支えられ、毎日を笑って過ごせた。きっと彼女達という存在が無かったら、私の精神はストレスでどうにかなっていたかもしれない。

 でも、やはり周囲の目に対する恐怖心は、いつまで経っても拭えなかった。いくら彼女達が助けになってくれていても、そればっかりはどうにもならなかった。

 きっとこの学園に居る限り、私はずっとこの恐怖からは逃れられないのだろう。そう、半分諦めの感情を抱きながら進学した、高校生活初日――私は、彼に出会った。

 

 

 ◆◆◆

 

 

「やった! 俺、天城さんと同じクラスだ!」

「マジか!? 俺は……ああ、違うクラスだ!」

「学園のアイドルと同じクラスとか羨ましいなぁ。授業中に見惚れたりすんなよ?」

「約束は出来ないね! ともかく、俺の高校生活は最高の出だしだぜ!」

「……天城さんと仲良くなれる確証は無いけどな」

 

 そんな男子達の会話が、遠くの方から聞こえてくる。私はその話し声にキュッと唇を噛み締めた。中学と変わらない生活がまた始まるのか――そう思うと嫌でも憂鬱な気分になった。

 とはいえ、嫌がったところで何も変わらない。出来る限り気にしない方が良いと心の中で何度も何度も自分に言い聞かせながら、私はこれから一年間通う事になる新しい教室に向かって歩き出した。

 校舎に入りしばらく歩くと、目的地である教室前に到着。そのまま中に入ろうとしたが、反対側の入口に海子の姿を見つけたので、私は教室に入らずに彼女の下へ歩み寄った。

 

「おはよう、海子」

「うわぁ!?」

 

 教室を覗き込んでいた海子の背後から声を掛けると、彼女は大きく肩を震わせて驚愕の声を上げた。思ってもいなかった過剰な反応に私も思わずビックリしてしまい、体が微かに震える。

 そこまで驚かせるような事をしただろうかと不思議に思っていると、海子がゆっくりと振り返る。

 

「な、なんだ優香か……そ、そういえば同じクラスだったな」

「う、うん……どうしたの? なんだかぼーっとしてたけど……」

「い、いやなんでも無い……」

 

 と、海子はほんの少し赤面しながら目を逸らす。

 その反応にさらに疑問が増したが、あんまり入口に留まって目立つのも嫌だったので、私は教室に足を踏み入れた。

 

「それより、早く席確認しちゃおう」

「だ、だな……」

 

 海子と一緒に黒板の前まで移動して、自分の席がどこなのか確認する。

 数秒ほどで自分の席を発見。一応、隣の人の名前も確認する。左隣は女性みたいだが、右隣はどうやら男性のようだ。その事実を確認した私は、思わず溜め息をこぼしてしまいそうになり、慌ててそれを飲み込んだ。

 これは私個人の感覚で確証は無いのだが、今まで隣の席になった男子は、ほぼ例外無く私に対して邪な感情を抱いていた。授業中は頻繁に視線を感じたし、必要以上に会話を迫ってきたりする人も居た。

 幸い、格闘技をやっている海子や薫が友人という事実が、そういった下心丸出しで言い寄ってくる男子から私を守ってくれていたので実害は無いのだが、それでもやはりそういった人達が存在するというだけで、気が滅入る。

 やはり、今回の男子も今までの人達同様、変な目で私を見てくるのだろうか――そう思うと、自然と気持ちが落ち込んでしまう。

 

「どうしたんだ? 何かあったか?」

 

 すると、不意に海子が話し掛けてくる。どうやら、気持ちが表情に出ていたようだ。

 

「え? ううん、なんでも無いよ!」

「そうか……」

 

 海子はどこか納得しないような顔をしながらも、何も聞かずに自分の席へ向かった。それに続いて、私も自分の席へ向かう。

 席に座ると、隣の男子がこちらへチラリと目を向ける。すると彼は少しビックリしたように目を開く。その反応に、私はやっぱりかと、内心呟いた。

 今までの人達も同じような反応を見せた。その直後に興奮気味に挨拶をしてきて、聞いてもいない事をペチャクチャと喋ってきたりする。その言葉に見える欲は、嫌でも伝わってきた。

 この人もそう、今までの人と同じなんだ――そう思い、現実から目を逸らすように俯いていると、隣の彼が声を掛けてきた。

 その一言が、全ての始まりだった。私の――恋の始まり。

 

「――隣の席だな、よろしく」

 

 その短い言葉を、彼は私に投げ掛けた。そのなんて事の無い挨拶に、私は思わず言葉を詰まらせてしまった。

 至って普通の挨拶なのに。いや、至って普通の挨拶だったからこそだ。その言葉からは感じなかったのだ。今までの人から感じたような下心も、欲も、邪な気持ちも、嫌な感情を何も感じない、普通の挨拶。

 挨拶としてはなんら変哲の無い、普通のものかもしれない。けれど私は中学以降、男子にそのような挨拶をされた事はほとんど無い。必ず、何か隠された感情が伝わってきた。

 でも、彼の言葉からは何も感じない。それが不思議で仕方無くて、そしてなんとなく、嬉しかった。彼が私の事を、特別扱いしていない気がして。

 

 これが、私と彼――世名友希君との出会い。これから私が彼に恋心を抱くという事を、この時の私は想像もしていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 ようやく優香の過去編です。
 周囲の目に苦痛を感じ続けた彼女が友希と出会い、そして恋を知るまでの物語。次回もお楽しみに。





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