モテ期と修羅場は同時にやって来るものである   作:藤龍

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スカイ・ラブ②

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、このお店だよ」

 

 赤夜駅から天城と腕を組んでピッタリとくっ付いた状態で移動する事数分、天城がピッと伸ばした人差し指を斜め前へ向ける。その指先には、一件のお店が。どうやら、ここが天城の予約したというお店らしい。

 

「ここか……見た感じ、和料理のお店か?」

「うん。世名君、和食は別に嫌いじゃ無いよね?」

「もちろん。こういう落ち着いた雰囲気のお店は嫌いじゃ無いよ」

「ならよかった。それじゃあ、早速入ろっか」

 

 その言葉に頷きを返してから、俺はお店に向かって足を進める。天城もそれに続いて歩み出すが、不意に立ち止まって、俺の右腕からパッと離れた。

 急にどうした――そう問い掛けようとしたが、天城のまるで危機を逃れたといった風に胸を撫で下ろす姿を見て、粗方の事を察する事が出来た。

 今、街中はクリスマスイブという状況のお陰で、腕を組んだりしているカップルで溢れ返っている。なので、俺達が腕を組んで歩いていても、特別目立つ事は無かった。

 が、店に入ればそうはいかない。面と向かって接客されるのだから、店員さんから「腕組んでるバカップル来た」という印象を速攻抱かれるだろう。それを避ける為に、天城は慌てて俺から離れたに違いない。群集に紛れている状況ならともかく、間近で第三者に目撃されては、天城の既に限界値間際の羞恥心ゲージがオーバフローしてしまう。

 まあ、クリスマスイブに男女二人組でこんなお店に来てる時点で、店員さんには「カップル来た」と思われるだろうがな――その事は天城に告げず、俺達は再度店の中へ進んだ。

 

 店に入ると、早速店員さんがやって来る。天城が早速予約している事を伝えると、店員さんはすかさず事実確認をしてから、俺達を店の奥へと案内する。

 案内されたのは、入口から一番離れた場所に位置する、お店の外観と同様、和風テイストな個室。店員さんが扉を閉めて去った後、俺と天城は向かい合う形で座席に着いた。

 

「外で見た時も思ったけど……なかなかに立派なお店だな。個室も結構広いし。……金大丈夫かな?」

「確かにちょっと高いのもあるけど、安くて美味しい料理もあるから平気だよ」

「そうか……ならよかった。じゃあ、無理の無い程度に頼もうか」

「うん。あ、その前に上着とか脱がないと邪魔だよね……」

 

 呟きながら、天城はまずニットキャップを脱ぐ。ペタッとなった黒髪を整えるように軽く指でなぞってから、続けてコートを脱ぐ。黒いロングコートから打って変わって、白いセーター姿になった天城に少しばかりドキッとしながら、俺もダウンジャケットとマフラーをさっさと脱いで、品書きに目を通す。

 

「……結構色々あるな。天城は何にする?」

「うーん……お刺身とかかなぁ……世名君は?」

「俺は……豚カツに、丼物……どれも美味そうだなぁ。天城の言う刺身も美味そうだし……迷う」

「あ、それじゃあ、半分こにしない? 私はお刺身頼むから、世名君は別に食べたいものを頼んでいいよ」

「え、いいのか?」

「うん、私も色々食べたいし。それに……」

 

 そこで天城は言葉を切って、小っ恥ずかしそうに頬を掻きながら続けて言った。

 

「そ、そういう料理を半分こにするの……こ、恋人っぽいしさ……してみたいなぁ……なんて」

「……そ、そうか……じゃあ、そうさせてもらおうかな……」

 

 彼女の照れがこっちにまで伝わって、自然と体温が上がる。上着を脱いだはずなのにその時以上に熱くなる体をパタパタと右手で扇ぎながら、品書きと睨めっこをする。

 

「じゃ、じゃあ豚カツ定食にしようかな……天城もいいか?」

「う、うん! じゃあ私はお刺身定食で……早速注文しよっか!」

 

 どぎまぎとした会話を交えてから、俺は俯いて小さく息を吐いた。

 きっとこんな空気になる事が、この後に何回もあるんだろうな……それは毎度の事だが、この調子だと心臓が保たないぞ……気をしっかり持て、俺。

 このデートを無事に成功させる為に、ここでちゃんとエネルギーを蓄えておかなくてはと、俺は注文した豚カツ定食の半分と、天城の頼んだお刺身定食の半分をガッツリと食したのだった。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 夕食を終えた後、俺と天城は例のイルミネーションが見られるショッピングモールを目指し、来た道を戻って再び赤夜駅を訪れた。

 駅の中を通り抜け、反対側の南口へ出るとすぐ近くに、一際明るい光を放つ建物が視界に映り込んだ。

 

「目立つなぁ……あれが例の?」

「うん。色んなお店もあるし、開放的というか……屋外のエリアも多くて、結構広いんだよ。前に香澄と二人で来た事があるんだけど、その時は全体を回りきれなかったもん」

「へぇ……それは凄いな。で、イルミネーション目的で来たのはいいけど……具体的にはどうする?」

「えっとね、あそこには噴水広場があるんだ。そこで決まった時間にイルミネーションショーみたいなのがあって、それが凄く綺麗なんだって。だから、それを世名君と一緒に見たいなって……」

「なるほど……それって何時なんだ?」

 

 俺の質問に、天城は「ちょっと待ってね」とスマホで何かを確認してから、返答する。

 

「次のは……九時からみたい」

「九時か……結構先だな。今が大体七時半過ぎだから……ざっくり一時間半は待つ事になるな」

「だね。でも、さっき言った通りあのショッピングモール色んなお店あるし、回ってたら案外すぐかもしれないよ?」

「そうだな……うん、時間になるまで、イルミネーションでも見ながら適当に歩き回るか。天城もそれでいい?」

「うん。世名君となら、どこだって、何だって嬉しいもん」

「そ、そうか……」

 

 天城がはにかみと共に言い放った言葉に、俺は思わず照れ臭くなって視線を逸らす。すると、天城も自分が口にした言葉の恥ずかしさに気が付いたのか、カァッと頬を染め上げて顔を背ける様子が、視界の端に見えた。

 

「ごめん、また変な事言っちゃって……今日何回目だろう……」

「い、いいって別に。そんな事より、早く行こうぜ。天城は少しの時間だって、無駄にしたく無いだろ?」

 

 そう言って右手を差し出してやると、天城は一瞬ポカンと口を開いた後、嬉しそうに微笑みながら、そっと俺の手を握った。

 

「うん……早く行こっか。今日っていう日を、目一杯楽しまないとだよね?」

「おう。俺も天城が思いっきり楽しめるよう、頑張るよ」

「頑張るだなんて、そんなに気負わなくていいよ。それに私、世名君が居るだけで……」

 

 そこまで言ったところで、天城はバッと空いた右手で口を塞いだ。恐らくまた恥ずかしくなるような言葉を口にしてしまいそうになって、慌てて飲み込んだのだろう。

 まあ、正直あそこまで聞いたら流石に先の言葉はある程度予想出来る。なので、こう言いたかったんだろうなという想像を頭に浮かべてしまった俺は、結果的に一人で勝手に照れてしまい、耳を熱くした。

 天城もそれを察しているのか、俺と同じように耳が真っ赤に染まっていく。結局気まずい空気になった俺達は、しばらく無言を貫いて、ショッピングモールに向かって歩き出した。

 

 ショッピングモールの敷地内に足を踏み入れた俺達は、とりあえず何か気になるお店が無いかと、青、白、黄色、と様々な色彩を放つ光に包まれる道を、適当にブラブラと歩き回った。

 そして歩き続ける事、約十分。何か気になる店を発見したのか、天城が「あっ」と小さく声を発した。それを聞き俺は足を止め、彼女へ問い掛けた。

 

「何かあったか?」

「えっと……あのお店なんだけど」

「あれは……ケーキ屋か」

「ほら、今日ってクリスマスでしょ? だからさ……」

「そういえば、クリスマスといえばケーキか」

 

 夕食を食べたお店は和食料理だったから、ケーキの事なんて全然考えて無かったな。

 

「やっぱり、クリスマスだしケーキ食べたいなぁって思って……あそこのお店、店内で食べれるみたいだし」

「確かにそうだな……でも、さっき夕飯食べたばっかだけど、大丈夫か?」

「それは大丈夫だけど……」

 

 と、天城はお腹を押さえて、複雑そうな表情を浮かべる。

 

「食後に甘いものは……太っちゃうよね……?」

「え? ああ……まあ、そうかもな」

 

 年頃の女子だし、やっぱりそういうのは気にするか。まあウチの友香()陽菜(居候)も現役女子高生だが、そんなの気にせず食後にプリンとか食べる奴も居るけどな。

 俺は気にする必要は無いと思うが、これはデリケートな問題だ。無責任に助言を送る訳にもいかない。なので俺は彼女の考えがまとまるのを、隣でジッと黙って待ち続けた。

 天城の真剣に考え込む横顔を眺める事、数十秒。結論が出たのか、彼女は静かに頷いて、目をこちらへ向けた。

 

「決めた。世名君、あのお店に寄ってもいいかな?」

「俺は構わないけど、いいのか?」

「うん。だって折角のクリスマスイブだもん。我慢するのは勿体無いかなって」

「そっか……なら、早速行こうか」

 

 天城の手を引いて、ケーキ屋の中へ入り、他の客が並ぶ列の最後尾に着いた。

 店内にはやはりカップルの客が多く、ほとんどの席で絵に描いたような甘い光景が広がっていた。その空気に若干の気まずさを感じながら、俺と天城は各々好きなケーキを注文して、そのまま受け取った品を片手に空いてる席へ座った。

 

「な、なんというか……みんな、凄いラブラブ……って感じだね」

「だな……流石聖夜と言うべきか……」

 

 俺達も端から見ればカップルだろうが、なんだか場違いって感じが半端無い。

 チラリと、隣の席へ目を向ける。視線の先には丁度俺達と同い年ぐらいのカップルが一組。すると突然、女性の方がショートケーキの苺を口移しで彼氏に食べさせてあげるという行為に出た。その衝撃のワンシーンに、俺は速攻で目を背けた。

 聖夜に集いしカップルヤベェな……公共の場で堂々とあんな事するか普通? ラブラブカップルってのは凄いな……もし俺が正式に誰かと付き合う事になったとしても、あんなの出来る気がしない。

 ここは早めに店から退散しようと、目の前のチョコレートケーキへフォークを伸ばす。が、向かいに座る天城は頼んだショートケーキに手を付けようとはせず、ジーッと上に乗る苺を見つめていた。若干顔を赤らめて。

 

「……天城、まさかとは思うけど……やりたいの?」

 

 横目で隣のカップルを見ながら、そう問い掛ける。それに対し、天城はブンブンと手を左右に振る。

 

「ま、まさか! あんなの私にはハードル高くて無理だよ!」

「だよな……悪いな変な事聞いて」

「……ただ」

「ん?」

「ただ……ちょっと、憧れたりは……する……かな」

 

 両手の人差し指をモジモジと絡ませながら、天城は小声でそう言った。それに俺は言葉を詰まらせ、何も言わずにショートケーキの苺へ視線を向けた。

 

「も、もちろんだからってしようとは思わないよ!? そんなの今の私には無理だし……でも、やっぱりああいうラブラブなのは、憧れるなぁって……」

「そ、そうなんだ……」

「……私、もしかしてまた恥ずかしい事言っちゃった……?」

 

 その言葉に俺はどう言えばいいか浮かばず、つい目を伏せた。その反応に天城もプシューと音が出そうな勢いで赤面して、同じように目を伏せた。

 

「……とりあえず、食おうか」

「うん……普通に、ね」

 

 なんか、気まずい食事が続くな――そんな事を思いながら、そそくさとケーキを平らげて俺達は店を後にした。

 ケーキ屋を出た後は、ショッピングモールの散策を再開。洋服店、雑貨屋、本屋と、ショッピングモールにある色々なお店を見て回りながら、ショーまでの時間を潰した。

 特に何か買い物をするでも無く、見流すだけの散策が続いていたのだが、残り時間三十分を切った辺りで立ち寄ったお店で、不意に天城が足を止めて、今までとは違って興味ありげな目で、ある商品をジッと眺め始めた。

 何を見ているのだろうかと、天城が眺める商品へ俺も目を向ける。彼女が見ていたのは、クリスマスツリーをモチーフにした小さなストラップだった。

 

「これがどうかしたのか?」

「えっと、可愛いなって思って。こういうのも、クリスマスならではだよね」

「……欲しいなら、買ってやろうか?」

「えっ!? いいよ、そんなの!」

「遠慮すんなって」

 

 ヒョイッと天城の眺めていたストラップを一つ手に取り、紐を人差し指と親指で摘んで、ブラブラと左右に揺らす。

 

「別に高く無いし、これぐらい構わないよ。クリスマスプレゼントって事でさ」

「世名君……じゃ、じゃあさ!」

 

 若干声量が上がった声を発しながら、天城も同じストラップを商品棚から手に取って、俺の方へ向けた。

 

「私も、これを世名君に買ってあげる! クリスマスプレゼントとして!」

「え? いや、俺は別に……」

「ううん、貰ってほしい。迷惑かもしれないけどさ、私も世名君にクリスマスプレゼント、あげたいんだ。大切な思い出になると思うし、それに……世名君とお揃いのストラップだと、私も嬉しいし……」

「天城……そういう事なら、貰っておくよ」

 

 そっと天城の手の平に置かれたストラップを取って、代わりに俺の持つストラップを彼女へ渡した。

 

「プレゼント交換だな。有り難く頂戴するよ。ありがとうな、天城」

「世名君……うん、こちらこそ、ありがとう!」

 

 天城はギュッと俺の渡したストラップを握り締め、胸元にその両手を埋める。

 

「フフッ……世名君とお揃いのストラップ、嬉しいなぁ……」

 

 心の底から嬉しそうな満面の笑みを浮かべながら、彼女は小さくそう口にした。

 今まで何度も目にしてきた笑顔だが、その可愛らしさはいつ見ても男心を擽るような純粋なもので、俺の心臓は変わる事無く跳ね上がり、全身の体温が上昇する。

 相変わらず天城の無垢な笑顔は破壊力抜群だな……まあとりあえず、喜んでくれてよかった。

 体温の上昇と共に流れた汗を拭ってから、俺と天城はストラップを買いにレジへ向かう。別々にお金を出してストラップを購入し、店の外に出てすぐに袋から取り出して、互いに自分の購入したプレゼントを相手に渡す。

 

「えっと……メリークリスマス、世名君」

「ああ、メリークリスマス」

 

 そんな言葉を掛け合いながら、同時にストラップを受け取る。天城はジッと俺から受け取ったストラップを見つめると、再び嬉しそうに笑った。

 

「……これで世名君からプレゼント貰うの、三回目だね」

 

 そう言うと天城は、そっと右手を胸元に当てる。

 

「一回目は初めてのデートで、ペンダントをプレゼントしてくれた。二回目は、誕生日プレゼントに指輪をくれた」

 

 左手の中指に填めた、今し方話した例の指輪に優しく触れる。

 

「そして今日は、このストラップをくれた。全部全部、私の大事な宝物……このストラップも、一生大事にするね。大好きな人からの贈り物だもん」

「……そう思ってくれてるなら、俺も買ってあげた甲斐があるよ。俺もこのストラップ、大事に使わせてもらうよ」

「うん、ありがとうね。……そろそろいい時間だし、噴水広場へ行こっか?」

 

 貰ったストラップを袋へ入れてからから鞄にしまい、天城は俺に向かって右手を差し出す。俺もストラップをしまってからその手を取り、目的地である噴水広場を目指して歩き出した。

 それから歩く事数十分、俺達はショッピングモールの丁度中央に位置する噴水広場に辿り着く。広場には、既に大勢の男女二人組が集まっていた。恐らく俺達と同じ、イルミネーションショー目当ての人達だろう。

 

「結構人多いね……」

「だな……」

 

 どれぐらいの人が居るのかを確認するついでに、噴水広場をざっくりと見回してみる。

 円形状の広場の周囲は四方に伸びる道を除いて、高い高い壁と天井に囲まれていて、まるで隔離された空間という印象を抱く。そんな空間を、辺り一面に広がった暖色系の光を放つイルミネーションが美しく彩っている。そして広場の中心には、巨大な噴水。今でも十分綺麗な場所だが、時間になればここにさらに幻想的な光景が広がる――らしい。

 一体どのようなショーが行われるのだろうと、内心ワクワクしながら、ひとまず場所取りの為に移動。比較的人が少なく、噴水の見えやすい位置を確保したところで、時間を確認する。

 

「……そろそろだな」

「なんだか、ドキドキしてきたよ……どんな感じなんだろうね?」

 

 そうだな――と返事をする寸前、突然辺りの光が一斉に消えて、広場が暗闇に包まれた。そして同時に、噴水の水の音も消える。どうやら、ショーが始まるようだ。

 視線を隣に立つ天城から正面の噴水へ移し、その時をジッと待つ。

 そして、次の瞬間――広場にクリスマスらしい綺麗な音色のBGMが流れ出し、消えていたイルミネーションが一気に点灯。先とは違う寒色系の青白い光が、広場を包み込んだ。

 さらに、止まっていた噴水が再起動。紫、青、黄緑、ピンクと次々と色が変化する水を踊るように噴出する。その光の水と合わせるように、辺りのイルミネーションも色を変えていく。

 

「…………綺麗……」

「ああ……」

 

 聞いていた通り……いや、想像以上の幻想的な光景に、思わず言葉を失う。 

 そんな時ふと、天城が俺の手を握る力をキュッと強める。その感触に、俺は視線を彼女に移す。彼女は目の前に広がる光景に視線を釘付けにしていて、童心に返ったような表情を浮かべていた。どうやらこの光景に、かなり気持ちが高揚しているようだ。

 そんな彼女の横顔に、俺は思わず目を奪われた。イルミネーションの光に照らされた彼女は、目の前に広がるショーに勝るとも劣らず、とても美しかったから。

 改めて、クリスマスイブという時間に、このような幻想的な光景を、こんなにも綺麗な女性と見れているなんて、俺はとても恵まれているんだろうな――そんな事を思っていると不意に、天城が小さな声で呟いた。

 

「……よかった」

「え?」

「こんな綺麗な光景を、世名君と一緒に見れて……本当によかった。そう、思ったんだ」

 

 うっすらと笑みを作りながら、天城はゆっくりとこちらへ顔を向ける。潤んだ黒い瞳に見つめられ、俺はつい緊張して息を呑む。

 その俺の反応に天城は照れ臭そうにしながらも楽しそうにクスリと笑い、再び視線を正面に戻した。

 そして静かに、ゆっくりと語り出した。

 

「……私ね、恋をするなんて思ってもいなかったんだ」

「それって……?」

「昔は、ちょっと男の人が苦手だった。男の人が私を見る目が怖くてさ……だからきっと、私は恋をする事なんて無いんだろうなぁ……そう思ってた」

 

 過去の記憶を思い出したのか、天城は少し物悲しそうに目を細める。

 

「……でも、世名君と出会った。世名君は他の人達とは違う目で私を見てくれた。それが、私は嬉しかった。そしていつの間にか、世名君を好きになってた。する訳無いって思っていた恋を、私は世名君のお陰で出来た。そしてそれは、私が思っていた以上に素敵なものだった」

 

 天城は再度俺へ目を向けて、うっとりとした微笑みを浮かべながら、嬉しそうに口を開いた。

 

「私、世名君を好きになって……恋をして、本当によかったと思う。だって、こんな素敵な気持ちを感じられるんだもん。胸が張り裂けそうで、幸せで堪らない……そんな気持ちを」

「天城……」

「ありがとう世名君……私に、恋を経験させてくれて。大好き」

 

 満面の笑顔と共に、天城は柔らかな口調で、愛の言葉を囁いた。

 

「…………」

 

 その言葉に、俺は何も言い返す事が出来なかった。返すべき言葉を、持ち合わせていないから。だから俺は、逃れるように視線を下に落とした。

 確かに、俺は恋という感情を天城に与えたのかもしれない。それは彼女にとっては感謝するだけの事だったのかもしれない。けど、この先俺は、その幸せを壊してしまうかもしれない感情を彼女へ与えてしまうかもしれないのだ。失恋という、恋とは真逆の感情を。

 もちろん必ずそうなるとは限らない。でもそれを考えると、彼女は恋なんて知らない方がよかったのでは――つい、そんな事を考えてしまう。

 

「……そんな事無いよ」

 

 すると、俺の思考を感じ取ったのか、天城が静かに言う。

 

「確かにこの先で、私は酷く悲しむかもしれない。けど、恋した事を後悔するなんて、絶対無い。世名君に出会えてよかったって気持ちはどうなろうと変わらない。だから、世名君が心配する必要無いよ」

「……悪い。俺、いっつも難しい事考えちゃってさ。折角のデートなのに、ごめんな」

「ううん、いいよ。それだけ私達の事を真剣に考えてくれてる証拠だもん。私は嬉しいよ」

「……ありがとう」

「……それにさ。私は悲しむつもりなんて無いよ。絶対、恋を実らせる。だから世名君、これからも……私の事、見ててね?」

「……ああ、もちろん」

 

 彼女の真っ直ぐな言葉に、俺も真っ直ぐと返事をする。

 直後、広場に流れていたBGMが消え、噴水の放水が収まる。しばらくすると辺りのイルミネーションもここに辿り着いた時と同じ、暖色系の色に戻り始める。

 

「あ、終わっちゃったね、イルミネーションショー」

「みたいだな……ごめんな、俺のせいでショーに集中出来なかっただろ?」

「ううん、十分楽しめたよ。それに、話を始めたのは私の方からだし、こっちこそごめんね」

「いいよ。俺も楽しめたよ」

「ならよかった。それじゃあ……」

 

 天城は俺の手を握ったまま、ゆっくりと自分の手を上げる。

 

「行こっか。まだ、デートは終わってないからね?」

「……ああ。行こうか」

 

 言いながら、天城の手をしっかりと握り直す。そして俺は彼女と共に、噴水広場を後にした。

 

 

 

 

 

 




 クリスマスデートは、もうちょっとだけ続きます。思わぬトラブル発生で、二人の距離がさらに急接近――的な話になると思うので、どうぞお楽しみに。





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