モテ期と修羅場は同時にやって来るものである   作:藤龍

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スカイ・ラブ①

 

 

 

 

 

 

 

 

 期末テストも無事に乗り越え、12月23日――とうとう待ちに待った冬休みがやって来た。

 本来はこの日の夜にクリスマスイブ前夜祭という事で、みんなで集まって少し早めのクリスマスパーティーでも行おうか、という話にあのテスト勉強会の時になったのだが、それは色々あり取り止めとなった。

 理由としては、まず第一にみんな冬休み初日ぐらいはゆっくりしたいだろうし、小規模とはいえパーティーとなれば準備なども大変だから。

 そして二つ目が、俺はクリスマスイブは天城と、そしてクリスマスに朝倉先輩とデートをする。なのにその前日にもどんちゃん騒ぎなパーティーを決行するのは、俺にとっては少しばかり負担になるだろうと、みんなが考慮してくれた結果だ。

 海子や出雲ちゃんなどクリスマスの機会を逃した面々は渋々といった感じだったが、そういう結論になった訳だ。

 この結果は正直有り難くはあるが、他の三人には少しばかり申し訳無くはある。また別の機会に埋め合わせをしてやらないとなと考えながら、俺は冬休み初日をゆっくりと静かに過ごした。

 

 そして時はあっという間に過ぎ去り――12月24日、クリスマスイブ。ついに天城とのデート当日の日が訪れた。

 今日のデートは聖夜という日なのだから、当然夜から。なのでそれまではいつも通りに読書をしながら、待ち合わせの時間が来るのを待った。

 しかし、これからクリスマスイブという特別な日に女子とデートをするという事を考えると緊張やら何やらで落ち着かなくて、内容は半分近く入ってこなかった。が、何もしないと悶々とするだけなので、俺は読書を黙々と続けた。

 そんなこんなで時間を潰していると、いつの間にか待ち合わせまで残り一時間を切っていた。俺はすぐさま読書を切り上げ、デートの準備を開始した。

 準備といっても、する事は着替えと適当な荷物の確認だ。とはいえ、今日のデートプランは天城の好きなように、と全て任せてあるので、俺はまだ詳しい内容は知らない。なので何を持って行けばいいのかよく分からない。

 が、それはいつもの事。なのでいつも通りに財布や携帯などの必需品をいくつか鞄に突っ込んで、荷物の準備は早々に終了。

 次は着替えだが、いくらクリスマスイブだからといって急にオシャレをしようと思える人種でも無いので、これも適当に決めるだけだ。判断材料は、今日の気温に適しているか程度だ。

 

「今日の天気はっと……」

 

 小声で独り言を呟きながら、窓のカーテンを開けて外の様子を見る。

 現在の時刻は午後五時半過ぎ。夏ならまだ明るい時間帯だが、今は真冬。辺りはほぼ真っ暗だ。それに加えて雲も若干多い。どうやら天気はあまり良いとは言えなそうだ。

 こりゃ相当寒そうだなと、俺はタンスから防寒性能が良さそうな服をいくつか適当に取り出す。その中から厚手の黒のTシャツ、紺色のダウンジャケット、ジーパンを本日の衣装として選出する。

 我ながら味気の無い組み合わせだなと呆れながら、残った服をタンスに戻す――途中、視界にある物が映り込み、俺は手を止めた。

 見えたのは、俺の誕生日に天城がくれた赤い手製のマフラーだ。

 

「……これも着けてくか」

 

 そのマフラーを取り出し、本日の衣装の中に加える。

 一瞬、マフラーの近くにあった他のみんなから貰った防寒具も着ていこうかと考えたが、天城が少し機嫌を曲げるイメージが浮かんだので、今回は使わせてもらうのは止めておいた。

 衣服の選出も終了したので、手早く着替えを済ませる。ダウンジャケットとマフラー以外を全て身に着けたところで、粗方の準備が終わる。だが待ち合わせまではまだ時間はあったので、俺はベッドの上に身を投げた。

 

「クリスマスイブか……」

 

 毎度の事だが、今日どこに行くのかは当日のお楽しみって事でまだ知らない。一体天城は、どんなデートプランを考えたのだろうか?

 まあ、どうあろうと俺がする事はただ一つ。彼女にとって最高の一日になるように、誠心誠意付き合ってあげるだけだ。クリスマスイブだからって畏縮するな。いつも通りやれば問題無い。

 

「……よし」

 

 ベッドの上で数分ほど精神統一を決め込み、ゆっくりと起き上がる。

 まだ待ち合わせ時間には早いが、このまま待ってても焦れったい。先に待ち合わせ場所に向かって待っていようと、俺は鞄を持ち、ダウンジャケットを着て、マフラーを首に巻いて部屋を出た。

 今、我が家には俺以外に誰も居ない。友香と陽菜は中村達と女子だけでクリスマスパーティー、母さんと父さんは俺と同じようにクリスマスデートだ。

 静まり返った家で戸締まり確認をしっかりしてから、玄関前へ移動。靴を履いて軽く鏡で身だしなみを確認してから、扉に手を掛ける。

 

「じゃ、行って来ますと……」

 

 誰に投げ掛けた訳でも無い言葉を吐きながら、俺は扉を開けて外へ一歩足を出した。

 

「わっ!? せ、世名くん!?」

 

 直後、正面数メートルの近距離から飛んできたその声に、俺はすぐさま停止した。ビックリしながら顔を上げると、俺のすぐ目の前に、目を丸くした天城が立っていた。

 まさかの状況に俺は思わず後ずさり、家の中へと逆戻り。天城も慌てた様子で後ろに下がり、気まずそうに目線を斜め下に落とす。

 

「ビックリした……何してたんだ?」

「あ、その……インターホン鳴らそうと思ってたんだけど……まさか世名君から出て来るとは思ってなかったよ……」

「それはこっちのセリフだよ……でもどうして? まだ待ち合わせ時間には早いし、そもそも駅前で集合の予定だったろ?」

「え、えっと……」

 

 俺が質問すると、天城は首筋を掻きながら、アワアワと視線を泳がせる。

 

「こ、答え難いならいいぞ?」

「……い、一緒に」

「ん?」

「す、少しでも長い時間、世名君と一緒に居たいって思ったから……その……来ちゃった」

 

 と、天城は恥ずかしそうに小さく口を動かす。

 

「今日はその、特別な日だからさ……ちょっとでもって……迷惑だったかな?」

「そ、そんな事無いよ! 俺も落ち着かないから、早めに出ようって思ってたところだし。ここで出会したのは、ある意味嬉しい誤算だよ。待つ時間が無くなった訳だし」

「そ、そう? よかった……」

 

 天城はホッと胸を撫で下ろし、安堵した様子を見せる。

 

「私、今日のデートをスッゴく楽しみにしてたから、待ちきれなくて。こんなに早く出て来ちゃったんだ」

「そっか……そんなに楽しみにしてたんだな?」

「うん。服を選ぶのも、何日も前から真剣に悩んだりしててさ。もう、ずっと落ち着かなかったんだ」

 

 どことなく嬉しそうに話す天城の姿を、俺はジッと眺めた。

 今日はかなり冷える。なので天城も俺と同じように、防寒に適した服装で固めている。が、それでも俺なんかとは違い、女性らしくオシャレにちゃんと意識を向けているところがある。

 首から下、膝から上までを覆い隠すシックな黒のロングコート。両足は同じく黒のストッキングと茶色いブーツで、そして頭も可愛らしいデザインのニットキャップで、しっかり寒さから守っている。

 肌の露出は最低限なはずなのに、なんだかドキドキするな……今更だけど、やっぱり天城って凄い美人だよなぁ。

 

「……どうかした? ジッとこっち見てるけど……」

「えっ!? ああ、ごめんごめん! 冬らしい服装だなーっと思って」

「そ、そっか……世名君も、暖かそうな服だね。……あ、そのマフラー……また着けてくれたんだ」

「ま、まあな……」

「嬉しい……ありがとね」

 

 ニッコリと笑う天城に、俺は思わず目を逸らす。

 デート開始前だというのに心臓の鼓動が高鳴る事に、この後色々と大丈夫だろうかと微かな不安を抱きながら、俺は咳払いをしてから天城に話し掛けた。

 

「と、ところで……そろそろ今日のプランを教えてもらってもいいか? どこに、何をしに行くんだ?」

「あ、そうだね。えっとね……今日はね、赤夜(あかや)市に行こうかなって」

「赤夜市……確か、電車で五十分ぐらい掛かるとこだよな」

「うん。そこにあるショッピングモールでね、とっても綺麗なイルミネーションが見れるんだって。それを世名君と見たいんだけど……いいかな?」

「もちろん。天城がそれがいいなら、付き合うよ」

「ありがとう。ご飯も、その町に行きたい……というか、予約してるお店があるんだ。いいかな?」

「そうなのか? もちろん構わないぜ」

 

 その確認にも、俺は頷きながら二つ返事をする。

 今日のプランを確認を済ませたところで、天城は胸に手を当てながらふぅ、と息を吐く。

 

「どうかしたか?」

「う、うん……いよいよだと思ったら、改めて緊張しちゃってさ……クリスマスイブに、男の人と二人きりだなんて……想像もした事無かったからさ」

「ま、まあ、それは俺もそうだけど……」

「……でも、ずっと緊張しっぱなしじゃ、勿体無いよね。折角の機会、思う存分楽しまないと。ここが勇気の出し所……だよね」

 

 天城は寒さ、もしくは緊張で赤くなった頬をペチンと叩き、真っ直ぐだが、少しばかり照れが見え隠れする瞳で俺を見つめる。

 

「……せ、世名君!」

 

 若干上擦った声を上げながら、天城はゆっくりと右手を伸ばし、俺の左手をそっと握った。

 

「そ、その……今日は、よろしく……ね?」

 

 羞恥心が全開まで漏れ出た表情と声に思わず俺は言葉が詰まり、無言で頷きを返した。

 手を繋いでいるからか、それとも緊張しているからか、寒さで冷え切っていた手がだんだんと暖かさを取り戻していく。じんわりと汗も滲んできたので、一旦離して拭おうと思ったが、彼女の離したくないと言わんばかりにギュッと握り締めた右手の力を感じ、俺はそのまま彼女と手を繋いだまま、ゆっくりと先導するように歩き出した。

 こうして、緊張に満ち溢れた幕開けで、俺と天城のクリスマスイブのデートが始まった。

 

 

 我が家の目の前で合流した俺と天城は、当初の待ち合わせ場所であった白場駅まで、手を繋いだまま歩みを進めた。

 その間も、天城はとても嬉しそうに絶え間無く口元に笑みを浮かべ続けていた。それにより出来た小さなえくぼが彼女の可愛らしさを際立たせ、それを横から見ている俺の緊張はさらに加速。冷風に打たれているにも関わらず、体温はぐんぐん上昇した。

 そろそろ手汗をどうにかしたいという気持ちに駆られるが、この手を離すと一瞬でも天城の笑みを崩す事になるかもしれないと考えると、なかなか手を離してもいいかと切り出せなかった。

 結局、白場駅に到着するまでずっと手を繋いだままで、改札を抜ける際にようやく接触状態を解除。俺はその隙に摩擦熱で発火しそうなほどの勢いで、両手の汗をズボンで拭った。

 その際、先に改札を抜けた天城が、鞄から取り出したハンカチで両手を拭いている様子が視界に入り込んだ。どうやら、彼女の手も俺と同様に発汗が凄かったようだ。

 汗を拭い終わると天城はハンカチを鞄にしまい、パタパタと右手で顔を扇ぐ。顔は真っ赤だし、恐らく相当火照っているのだろう。服装も完全な冬物だし、かなり熱が籠もってそうだ。

 流石に少し心配になったので、俺は近寄りながら天城へ声を掛けた。

 

「大丈夫か? かなり熱そうにしてるけど……」

「うん、平気だよ。アハハ……さっきから緊張しっぱなしでさ……」

「それは俺も同じだけど……本当に平気か? まあ、どうにか出来る訳でも無いけどさ……それで体調崩したら、あれだし」

「世名君……優しいんだね。でも、気にしなくて大丈夫だよ。それにこの熱さ……ちょっと心地良いからさ」

「心地良い?」

「その……何だろ? 幸せな熱さ……って言うのかな」

 

 小声で呟くと、天城は自然な流れで俺の手を再度握る。

 

「こうしてると、熱が出たみたいに体がカァッて熱くなって、心臓が張り裂けそうなぐらい激しく動いてるけど……全然苦しいって感じないんだ。寧ろとっても心地良いんだ。普段なら苦しいって感じる事も……世名君の影響なら、全部幸せなの」

 

 静かに語った天城は、最後にニッコリと満面の笑みを俺に見せた。純粋無垢と表すに相応しい素直な笑顔に、俺は思わず息を呑んでしまう。

 俺がどう返答するべきか手詰まって黙り込んでいると、天城が急激に顔を紅潮させ、バッと視線を背けた。

 

「って、私凄く恥ずかしい事言っちゃったね! ご、ごめんね!」

「い、いや全然構わないんだけど……珍しいな? 天城が、なんというか……こういう大胆な事言うのって」

「う、うん……なんだか、今日は頑張らないとって考えてたから……は、歯止めが効かなくなってるというか……って、また何言ってるんだろう私!」

「ハハハッ……と、とりあえずそろそろ電車来るし、ホームに行こうぜ?」

「そ、そうだね。あんまり喋り過ぎると、また変な事言っちゃうかもしれないし……」

 

 別に変じゃ無いし、俺としては照れ臭くても、天城の素直な気持ちを聞けて嬉しいけどな――その言葉を声に出しそうになったが、また気まずそうな空気になりそうだったので寸でのところで飲み込み、ホームへ移動した。

 流石クリスマスイブの夜と言うべきか、ホームには多くの人が集まっていた。そのほとんどが男女の二人組で、俺と天城もそのカップル達に紛れるように列へ並んだ。

 数分ほど待つと、赤夜市へ向かう電車がやって来る。直後、ホームの人達が雪崩れ込むように電車の中へ向かって進み、俺達も流されぬようにしっかりと互いの手を握りながら、中へ入った。

 

「流石に座れないか……赤夜市まで結構長いけど、平気か?」

「うん、大丈夫。でも、ちょっとキツいね……」

「だな……こればっかりは我慢だな」

「そうだね……でも、ちょっと嬉しいかな」

「なんで?」

「えっ!? いや、その……な、なんでも無いよ!」

 

 と、天城は慌ただしく視線を泳がせ、さっと目を伏せた。

 このぎゅうぎゅう詰めの状況がどうして嬉しいのかと一瞬考えたが、すぐに答えを見出す事が出来た。

 これだけ人が密集していれば、当然俺と天城の距離も限界ギリギリまで近付く。その状況が少し嬉しい――という事だろう。

 が、この状況では歓喜以外に羞恥の感情も高まらせる。恥ずかしがり屋の天城はやはり歓喜よりも羞恥の感情が勝っているらしく、以降は全く口を開かずにずっと下を向いたままだった。

 この状況下で彼女が一体どんな表情をしているのか少し気になりはしたが、それを確認するのは流石に止めておこうと行動を起こさず、俺は黙って電車が赤夜市へ着くのを待った。

 

 

 それから約五十分。電車はようやく赤夜市へ到着し、俺と天城は満員電車から解放された。

 

「やっと着いた……結構しんどかったな」

「だね……スッゴく蒸れちゃったよ……臭い大丈夫かな……?」

 

 と、天城は小声で呟きながらコートを軽く摘み、中を覗き見る。俺もダウンジャケットのチャックを開けて、熱を逃がす。

 少し休んでからホームを後にして、改札を抜けて駅の外へ出る。

 

「ここが赤夜市か……初めて来たけど、結構大きい街なんだな。例のショッピングモールはどこなんだ?」

「あ、ショッピングモールは反対側の南口から歩いてすぐのところだよ」

「そうなのか? ならどうしてこっちに出てきたんだ?」

「私が予約したお店が、北口なんだ」

「そっか。ところで天城は赤夜市に来た事あるのか?」

「前に家族でね。今から行くお店も前に行ったんだけど、凄く美味しかったから、世名君にも食べてほしいなって」

「へぇ……そこまでなのか。楽しみだな」

 

 夕食に期待を膨らませながら、俺は天城から正面へ目線を移す。

 

「……しかし、なんというか……ここも多いな、カップルが」

 

 つい、そんな事を呟いてしまう。

 それも無理もないと思う。駅前にはそれなりに人が集まっているが、その大半が手を繋いだり腕を組んだりしている男女達だ。そんな事は無いだろうが、ここにはカップルしか居ないと錯覚してしまう。

 

「本当にそうだね……クリスマスイブだし、当然と言えば当然だろうけど……私達も、端から見たらやっぱりカップルに見える……のかな?」

「え? まあ、クリスマスイブの夜に出歩いてる男女二人組なら……カップルだと思われるだろうな、普通」

「そうだよね。……まあ、残念だけど実際は本当のカップルって訳じゃ無いんだけどね」

「ま、まあ……な」

「……でもさ」

 

 そう言うと、天城はスッと伸ばした手で俺の右肘を掴み、そのまま吸い寄せられるように俺へ身を寄せ、腕を組んだ。突然の急接近に、思わずビクッと体が跳ね上がる。

 

「せめて……せめて今日だけは……カップルらしく、いさせてほしいな……なんて」

「て、天城……」

「……って、こんな事言われちゃっても困るよね。ごめんね」

「……いや、そんな事無いよ。その、実際にカップルになるかは、まだ決められないけど……今日は天城の為に、天城の事だけを考えるよ。カップルらしく出来るかは、分からないけどさ」

「世名君……うん、ありがとう。それじゃあ改めて……今日一日、よろしくね?」

 

 照れ臭そうな笑顔と共に、天城は小さく首を傾げる。俺も恥ずかしさを抑えながら真っ直ぐ彼女を見据えながら、頷く。

 今日という日が天城の最高の思い出になるように……いや、最高の思い出にする為に頑張ろう。そう強く心に決めて、俺は天城と腕を組んだ状態のまま、彼女の予約した店を目指した。

 

 

 

 

 




 次回、クリスマスデート編本格始動です。
 サブタイトルで気付いた人も居ると思いますが、途中彼女のあの回もあるので、お楽しみに。





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