モテ期と修羅場は同時にやって来るものである   作:藤龍

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聖夜の行方

 

 

 

 

 

 

 12月13日――週に一回しかやって来ない貴重な休日、日曜日である今日、我が家には多くの来客が訪れていた。

 その来客は天城、海子、出雲ちゃん、朝倉先輩といういつもの面子。そこに陽菜と友香も加えた合計六人の女子高生達は、多少手狭な俺の部屋に集まり、一つのテーブルを囲んでノートや教科書などをいっぱいに広げている。そして俺もその輪の中に混ざり、同じようにノートを広げ、みんなと一緒に黙々とペンを走らせていた。

 

「はぁ……」

 

 カリカリと文字を書く音に紛れるように、大きな溜め息が部屋に響いた。それに皆一様にペンを止め、溜め息の主である陽菜へ目を向けた。

 

「全く……そんな情け無い溜め息を吐かれると、こっちまで滅入るわ」

「だって、勉強難しくて……やりたくないよぉ……」

「そんな事言っても、仕方が無いでしょう。明日から期末テストなんだから」

「だよねぇ……」

 

 天城の口から出た紛れも無い現実に、陽菜は再び肩を落としながら溜め息をつき、テーブルにゴツンと額をぶつけた。

 そう、明日は天城の言う通り、ウチの学校で五日間に及ぶ期末テストが行われる。なので今日は最後の仕上げという事で、みんなで集まってテスト勉強をしている――という訳だ。

 

「うぅ……どうしてテストなんてあるんだろう……」

「お前テストの度に言ってんな、それ」

「だってぇ! 私みたいな頭良くない人にとっては地獄みたいなんだもん……」

「そういうお馬鹿を少しでも減らす為に、テストという文化が存在してるのよ。辛かったら、さっさと賢くなる事ね」

「うぐぅ……」

 

 朝倉先輩の容赦の無い言葉に、陽菜はぐうの音も出ないといった表情を見せる。

 

「気持ちは分からなく無いですけど、文句ばっか言ってても仕方無いですよ。愚痴言ってる暇あるなら、教科書でも見てたらどうです?」

「ううっ……出雲ちゃんが大人に見えるよ……」

「……それ、普段の私は子供っぽいって言いたいんですか?」

 

 ギロリと、出雲ちゃんは不機嫌そうな鋭い目で陽菜を睨み付ける。それに陽菜は慌てて「ち、違うよ違うよ!」と両手をブンブンと振る。それに一応納得はしたのか、出雲ちゃんは陽菜から目を逸らし、自分のノートと向き合う。

 陽菜もホッと一安心したように胸を撫で下ろし、ノートに目を落とす。が、すぐに苦い顔を作る。まるで勉強に拒絶反応を見せてるようだ。それに、多少疲労の色も窺える。

 今日は正午過ぎから勉強を開始して、今は大体おやつ前の時間帯。つまり約二時間近く勉強し続けている事になる。陽菜のような勉強嫌いで無くとも、流石に疲れが溜まってくる頃合いだろう。

 

「……そろそろ、休憩しようか。甘い物でも食べて、英気を養うとしようぜ」

「……! 賛成! おやつ食べる!」

 

 と、先と変わって明るい声を上げながら、陽菜が右手を目一杯天井に向けて伸ばす。

 

「調子良い奴だな……持ってくるから待ってろ。友香、手伝ってくれるか?」

「りょーかい」

 

 のっそりと立ち上がった友香と一緒に、俺は何か菓子を取りにリビングへ向かう。

 今日は母さんも父さんも出掛けていて、リビングには当然誰も居ない。なのでとりあえず適当にポテトチップスやチョコレート類など、みんなで分けて食べれそうな物と、冷蔵庫にあったイチゴ牛乳を手にして、みんなが待つ部屋に戻る。

 

「お待たせー」

「おっ、待ってました! 早く開けよ開けよ!」

「少しは落ち着けよお前……」

 

 元の席に戻り、テーブルの上のノートを一旦片してから、菓子の袋を開けて中身を持ってきた受け皿に出す。全員にイチゴ牛乳を注いだコップを渡して、早速束の間の休憩を満喫する。

 

「ふぃ……生き返るぅ……」

「大袈裟ね。そんなに勉強が嫌なの?」

「だって頭使うのって、凄く疲れるんだもん……早くテスト終わんないかなぁ……」

「まあ、そう憂鬱になるな。テストが終われば、すぐに冬休みがやって来るんだから」

 

 海子がそう言うと、陽菜の表情が一転。暗く憂鬱なものから、一気に明るくワクワクが見え隠れする顔に変貌する。

 

「そっか、もうすぐ冬休みか! そしたら勉強しなくていいんだよね!」

「いや宿題はあるからな。でもまあ、テストを無事に越えたら、長い休みが待ってるって事だ」

「おお、そう考えるとちょっとやる気出てきたかも! 冬休み、楽しみだなぁ……イベントとかいっぱいあるもんね! 年越しとか、あとクリスマスとか!」

 

 陽菜がはしゃいだ様子でそう口にした瞬間、皆の間に一瞬ピリッとした空気が流れる。

 何故空気が変わったのか理解が遅れたが、俺はすぐにその理由を悟った。陽菜が、あの単語を口にしたからだ。

 

「……? みんな、どうかした?」

 

 陽菜はまだ理解出来て無いのか、不思議そうに首を傾げる。その疑問に、代表して朝倉先輩が答えを返す。

 

「決まってるでしょう。クリスマスよ」

「クリスマス……が何?」

「クリスマスと言えば、恋人達にとっては一番大事な時期と言っても過言では無いのでしょう? なら当然彼女達も、そんな素敵な日を友希君と一緒に過ごしたいと思うでしょう?」

「……あ、そっか……そういう事か」

「……この際だから、ハッキリ話し合っておきませんか?」

 

 出雲ちゃんの言葉に、全員真剣な眼差しで互いを見る。やはりこの問題ばかりは、流石に避けて通る訳にはいかないようだ。

 クリスマスとは、恋人達が集う特別な日。愛する者と共に過ごしたいというのが、多くの者が心に抱く感情だろう。そしてそれは、彼女達も例外では無いはず。一年に一度限りのその時間を、愛する者……即ちこの俺と、二人きりで過ごしたいと思っているはず。

 つまり出雲ちゃんの言った話し合い、その内容は、誰がクリスマスに俺と一緒に過ごすか――というもので間違え無いだろう。

 

「……やっぱりあなた達も、友希君と二人で聖夜を過ごしたいと考えてる訳?」

「当然です! クリスマスは特別な日! それを逃す手はありません!」

「私達も恋をする女子の端くれです。好きな人と聖夜を共にするという憧れぐらいあります」

「こればっかりは、簡単に譲る訳にはいきません」

「そうだね……私も、クリスマスは友くんと一緒に居たい!」

「……だ、そうよ」

 

 と、朝倉先輩は腕を組みながら、俺へ視線を送る。

 みんなの気持ちはごもっともだ。だがクリスマスは、イブを含めてたったの二日。二人きりでクリスマスの夜を過ごすというなら、どう足掻こうと二人までが限界だ。だから最低でも三人には、申し訳無いが諦めてもらうしか無い。

 俺も出来るならみんなと平等にクリスマスを過ごしたい。でも、それは出来ないのが現実。だから以前の文化祭の時のように、何らかの方法でデートの権利を得るのが誰かを、決めなければならない。

 みんなもそれは分かっているのだろう。俺が口を閉ざしている間に、冷静に話し合いを始める。

 

「で、どうします? 言っときますけど、先輩の誕生日の時みたいにみんなでパーティーとかは嫌ですよ」

「それは私もそうだ。わがままかもしれないが……クリスマスぐらい、二人で居たい」

「うん……折角の機会、逃したくない」

「じゃあ……また、何かで決めるしか無いよね?」

「そうね。一体誰がクリスマスイブを友希君と過ごすのか……その一人を、前のミスコンの時のように選出しないと」

「はい……って、ちょっと待って下さい」

 

 と、海子が右手を小さく挙げながら、朝倉先輩へ問い掛ける。

 

「クリスマスはイブを含めて二日ある訳ですけど……どうして一人なんですか?」

「あら? だって、クリスマス……25日は誰が一緒に過ごすか決まってるもの」

「はぁ? 何言ってるんですかあなた? まさかこの私……みたいな事抜かすつもりですか?」

「ええ、そうよ」

 

 と、朝倉先輩は澄まし顔で肯定の一言を放った。

 

「……自信を持って言い張るのは勝手ですけど、あんまり調子に乗り過ぎるのはどうかと思いますよ?」

「別に調子に乗ってなんかいないわ。私はただ、紛れもない事実を言っているだけだもの」

「はい? もうクリスマスを先輩と過ごすのは自分だって決まってるって言うんですか?」

「その通りよ。だってみんなで決めたじゃない。誕生日には、友希君と二人きりで過ごす権利を得られるって」

「はぁ? 何言って……」

 

 そこでピタリと、出雲ちゃんの口が止まる。そして数秒ほど沈黙した後、彼女は目を見開き、あんぐりと口を大きく開いた。天城と海子も朝倉先輩の言葉を理解したのか、同じように驚きの色を浮かべる。陽菜は一人、不思議そうに眉を顰める。

 

「もしかして、朝倉先輩……」

「お察しの通り。私の誕生日は12月25日、クリスマスの日よ。つまりその日を友希君と過ごす権利があるのはこの私……という事よ」

「な、な……そんなのありですかぁ!?」

「朝倉先輩……どうしてそんな重大な事を隠してたんですか!?」

「別に隠していたつもりは無いわ。でもそういう事だから、クリスマスのデート券は私が頂くわね」

「ちょ、ちょっと待って下さいよ!」

 

 出雲ちゃんが高々と叫びながら、ビシッと朝倉先輩を指差す。が、言葉が思い浮かばないのか、その状態をキープしたまま、口をモゴモゴさせる。

 

「何か文句があるのかしら? 誕生日にデートの権利を得られるというルールはみんな納得して決めて、既にあなた達はその権利を存分に使って楽しんだはずよ? なら、私にも同じように楽しむ権利があるでしょう?」

「んぐっ……! で、でも、クリスマスは特別な日だし……別に誕生日当日じゃ無くても……」

「あら? 桜井さんの時は誕生日当日に友希君との家デートをさせてあげようって話になったのに、私には誕生日当日に友希君と二人で過ごす権利をくれないの? 酷い話ね」

「うぐっ……! 今思うと、あの提案最初に出したのあなたでしたね……こうなると分かってて、あんな事言い出したんですね……」

「まあね。桜井さんの味方をしとけば、私の時に話を進める際、少しは有利になるかと思ってね。あくまで平等が、私達のルールだものね」

 

 朝倉先輩はニヤリと少し悪そうな笑みを作りながら、皆を見回す。

 

「おお……雪美さん、策士っぽい」

「安心しなさい、流石にイブの時間まで奪おうなんて考えて無いわ。私はイブのデート争奪戦は辞退するから、あなた達四人で、存分に話し合って頂戴」

「……まあ、こればっかりは仕方無いか。私達はその権利を使って、誕生日デートを堪能した訳だし、今更ルールを撤回する訳にはいかないだろう」

「ぐぬぬ……! 正直全然納得いかないですけど……」

「25日は、諦めるしか無いわね」

 

 悔しそうな顔をしながらも、みんな朝倉先輩に反論しようとはせず、全員口を閉ざした。

 意外だな……もっと激しい言い争いになるかと思ったけど、案外簡単に納得してくれたな。少し前の彼女達なら、間違えなく口論に発展してたはずだ。これも、彼女達が変わったという事だろう。

 彼女達の関係性の改善を再度実感しながら、残ったイブに関してどうするか話し合いを進める為に、俺は自ら口火を切った。

 

「じゃあ、25日は朝倉先輩で決定って事でいいとして……イブの方は、どうする?」

「文化祭の時みたいに、何か勝敗を決められる物で競うのがいいわよね。……丁度期末テストだし、それで勝負するっていうのは?」

「それじゃあ天城先輩と雨里先輩が圧倒的に有利じゃないですか!」

「そうですよ! もっと平等に競えるものじゃないと!」

「それもそうね。……じゃあお手上げね」

「自分は関係無いからって無責任な……しかし、どうする?」

 

 海子の言葉に、みんな腕を組んで頭を捻る。

 実力差が生まれず、みんなが平等の条件で競えるものか……勉強、ゲーム、スポーツ……どれも難しそうだな。

 

「……あっ、あれいいかも」

 

 何かいいアイデアが無いかみんなと一緒に考えていると、今まで傍観に徹していた友香が唐突に口を開いた。

 

「友香ちゃん、何か思い付いたの?」

「はい。ちょっと待ってて下さい」

 

 立ち上がり、友香は部屋の外へ出る。そして約一分後、彼女は何か大きな箱を手に、部屋に戻って来る。

 

「それは?」

「ボードゲームです。こないだ千秋が持って来て、またここで遊びたいからって置いてった物です。これなら実力差は生まれないし、平等に勝敗を決める事が出来るんじゃないですか?」

「確かに……ボードゲームなら必要なのは運だけだし、優劣は起こり難いか」

「勝敗もしっかり決められるし……悪くないかも」

「うん! それに楽しそうだし、いいよボードゲーム! これで決めようよ!」

「……そうね」

 

 天城がコクリと頷き、他の皆も同様に頷く。

 

「友くんも、いいよね?」

「俺はみんながいいならそれでいいが……いいのか? 言っちゃえば、運に委ねるって事になるぞ?」

「運も実力の内と言う。運だって、恋愛には大切な要素だ」

「うん。私も世名君とのクリスマスデートを叶える為に、ここで運を向けてみせる」

「私も構いません! 勉強勝負に比べればマシです!」

「……そっか」

 

 みんながいいと言うなら、俺は何も言うまい。黙って、彼女達の事を見守ろう。

 

「じゃあ、イブのデート権利を賭けた勝負は、このボードゲームとやらで決定ね。……ところで、これはどうやって遊ぶのかしら?」

「ルーレット回して、出た数だけ駒を進めて、ゴールを目指すんです。で、止まったマス目によって命令があったりして、その命令を上手く活かして所持金を増やしていって、最終的に所持金が一番多い人が勝ちです」

「なるほど……簡単そうだけど、奥深そうね。面白そうだわ」

「って、何あなたも参加しようとしてるんですか! あなたはもうクリスマスにデート出来るの決まってるんですから、今回は引っ込んでてもらいますから!」

「そう……それもそうね」

 

 と、朝倉先輩は少し残念そうに肩をすくめる。

 先輩、ボードゲームとかやった事無いから、遊んでみたかったんだろうな。でも今回のはイブのデート権利を賭けた勝負なので、出雲ちゃんの言う通り既に権利を得ている先輩は、俺や友香と一緒に見学だ。

 

「じゃあ、準備しちゃいましょう」

 

 友香が箱から盤と駒を取り出して、テーブルの上に並べる。その間に参加者である四人はジャンケンで順番を決める。

 数分ほどで準備が完了。四人はテーブルの周りを囲み、見学の俺、友香、朝倉先輩は少し離れた場所でそれを見守る。

 

「ボードゲームだなんて、久し振りだなぁ……じゃあ、一番は私だね! 景気良く行っちゃうよー!」

 

 と、陽菜は生き生きした顔で右手を掲げてから、盤の中心にあるルーレットを勢いよく回す。カラフルなルーレットが小さな音を鳴らしながらクルクルと回転する事、数秒。ピタリとルーレットが止まり、縁に付く短い針が一つの数字を指し示す。

 

「お、10だ! いきなりいっぱい進んじゃったー!」

 

 嬉しそうな笑顔を見せながら、陽菜はルーレットが示した通り、自分の駒をスタート地点から10マス進める。そして止まったマスには、このゲームの醍醐味である命令が書かれてあった。

 

「えーっと……振り出しに戻る」

「…………」

「あ、アハハッ……ま、まあ最初だもんね……」

 

 どこか気まずそうな笑い声を出しながら、陽菜は命令通り、駒をスタート地点に戻した。

 幸先悪いなぁ――俺はその言葉を、陽菜の為にグッと飲み込んだ。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 俺とのクリスマスイブのデートを賭けたボードゲーム勝負が始まって、約三十分が経過。勝負は、終盤戦に突入していた。

 現在先頭を走るのは出雲ちゃん。後続は陽菜、海子、天城の順だ。これだけ見れば有利なのは出雲ちゃんな気がするが、実際はそうでも無かった。

 

「じゃあ、次は私ですね」

 

 出番が回ってきた出雲ちゃんは、ルーレットを勢いよく回転させる。数秒後、ルーレットは6を指し示し、出雲ちゃんはその通り自身の駒を6マス進める。

 

「えっと……友人と一緒にゲームセンターへ遊びに行く。つい夢中になってしまい、お金を使いすぎてしまう。マイナス五千円……」

 

 尻すぼみな言葉を呟き、出雲ちゃんは苦い顔をしながら自らの所持金から五千円を手放す。

 

「大宮さん、これで三回連続でマイナスね。余程運が無いのね」

「お金持ちのお嬢様は黙ってて下さい! 次こそは……!」

「よーし、次は私だね! とりゃあ!」

 

 順番が回ってきた陽菜がルーレットを回す。出た数字は、9だ。

 

「お、またいっぱい進んだ! えっと……料理の練習に大失敗! 材料費が無駄に終わる。マイナス一万円」

「陽菜もまたマイナスか……」

「あ、アハハ……これからこれから!」

 

 と、陽菜は笑いながら、渋々と所持金から指定された一万円を手放す。

 そう、この二人は先に進めてはいるが、マイナスのマス目に止まる確率が非常に高い。なので所持金に関しては、海子や天城に大きく離されてしまっている。このゲームは最終的に所持金で勝敗が決まるので、いくら先頭を走っているとはいえ、出雲ちゃん達が有利とは言い難いのだ。

 かといって、天城や海子が有利という訳でも無い。

 

「次は私だな」

 

 海子が力強く指を弾き、ルーレットを回す。指し示された数字は、3だ。

 

「あまり進めなかったか……何々……お化け屋敷に挑戦して、腰を抜かしてしまう。一回休み」

「ありゃー、残念だったね……」

「むぅ……所持金が減らなかっただけ、良しとしよう。次、優香だな」

「うん。それっ!」

 

 優しい手付きでルーレットを回す。ゆっくりと回転するルーレットはすぐに止まり、数字の4を指す。

 

「いーち、にー、さーん……バイト先の店長に怒られる。ショックで一回休み」

「あら、天城さんも休みね」

「うーん……なかなか進まないなぁ……」

 

 と、天城は残念そうな顔をしながら腕を組む。

 二人は所持金自体はそこそこ稼いではいるが、如何せんなかなか先に進めていない。先頭の出雲ちゃんと一番後ろの天城の差は、軽く20マス近くある。出る目も大半が5以下で、距離も一向に縮まらない。

 チマチマ進んでいればそれだけ多くのマス目に止まり、所持金を増やせるチャンスが増えるのも確かだ。しかし、このゲームには早くゴールすればボーナスとしてお金が貰える上、全員がゴールするまで、既にゴールしているプレイヤーの所持金が少しずつ増えていくというルールもある。

 つまり、ゴールが遅くなればなるほど、不利になるもの確か。このままでは出雲ちゃん達が先にゴールするのは間違え無いだろうし、天城達が躓いてる間に逆転という事も有り得る。

 だが出雲ちゃん達も元の所持金が少なければ、ボーナスを貰っても天城達を追い抜けない。

 

「まだまだ勝負は分からない……そんなところね」

 

 ふと、俺の隣に座る朝倉先輩が、盤上をジッと見据えながら呟く。

 そう、勝負はまだ分からない。このまま出雲ちゃん達が先にゴールして、所持金を増やし続けるか。それとも天城達が追い付き、そのまま増やす暇を与えずゴールするか。まだみんなに勝利の可能性が残っている。

 俺達はそれからも、行方の見えぬ勝負を、固唾を呑んで見守った。しかし、なかなか状況が変わる事は無かった。

 

「面倒臭い姉に見つかり、全力逃走。なんとか逃げ切るが、お金を落とす。3マス進み、所持金マイナス五千円。……なんかイラッときた……」

「次は私だね! お、また10だ! うんっと……新しく洋服を買ったが、サイズが合わず胸元のボタンが壊れてしまう。マイナス一万五千円。ううっ、またマイナスだぁ……実際によくある事だから尚の事悲しい……」

「よくあるのか……っと、私の番だな。……6か。道端で偶然猫と遭遇。追い掛けて時間を消費する。一回休み。……悪い気はしないな」

「海子なんか嬉しそうだね……えっと私は……1か……あ、でも……妹の仕事が大成功! 臨時収入が入る。プラス三万円。所持金増えたし、よかったかな……?」

 

 と、止まったマスの指令で所持金が減ったり増えたり、先に進んだり戻されたり、休みになったりと、みんな一喜一憂しながらゲームは進んでいく。

 そして更に十分後――とうとうゲームが大きく動き出した。

 

「いち、に、さんっと……やったぁ! 一番乗りです!」

 

 と、出雲ちゃんがゴールのマスに自分の駒を置き、高らかに叫ぶ。

 

「一着は出雲ちゃんかぁ……確かこれって、みんながゴールしないと、出雲ちゃんのお金が増え続けるんだよね?」

 

 そう陽菜が確認してくるので、俺は無言で肯定の頷きを返す。

 

「桜井先輩はもうすぐゴールですけど、私より所持金が少ない。そして雨里先輩と天城先輩はまだまだゴールまで時間が掛かりそうですし……この勝負、貰いましたよ!」

「ぐっ……! 少し厳しいか……?」

「今のところ所持金は勝ってるけど……このままじゃ追い抜かれちゃうもんね。早くゴールしないと、負けちゃう」

「私も、少しでも多く所持金増やさないと! そりゃー!」

 

 最後の追い上げに気合いを込め、陽菜がルーレットを回す。

 

「9……ああー、10が出てればゴール出来たのにー!」

「ま、ゴールしても所持金は私に負けたままですけどね。ほら、早く進めて下さいよ」

「うん。トントントーンッと! えっと……ワープゲートに遭遇! 一番後ろの人と位置を入れ替える――だって」

「……え?」

 

 陽菜の読み上げたマス目の文章に出雲ちゃんは不抜けた声を出し、そのマスを目を丸くして見る。

 

「……はぁ!? 一番後ろの人と入れ替えるって……!?」

「それって……私と優香ちゃんの位置が入れ替わるって事だよね? つまり……」

「優香が二番手に変わって、次の番で……」

「ゴールしちゃうじゃないですか!? えっ、ていう事は……」

 

 大分混乱しているのか、出雲ちゃんは頭を抱えながら目をグルグル回す。そんな彼女に遠慮無く、朝倉先輩が事実をぶつけた。

 

「ゴールまで1マスだから、次に天城さんは何を出してもゴール。ボーナスを貰って、所持金の合計は大宮さんを追い越す。つまり、残る二人が何らかのマスに止まって彼女の所持金を減らさない限り……あなたに勝ち目は無いって事」

「……はあぁぁぁぁぁぁぁ!? なんですかそれぇ!?」

 

 窓ガラスをぶち破りそうな大きな絶叫を上げ、出雲ちゃんはこうなってしまった原因を生み出してしまった張本人とも言える陽菜を睨む。

 

「なんて事してくれたんですかあなたはぁ……! 折角勝てたかもしれないのにぃ……!」

「え、えっと……ごめんね?」

「ぐうぅ……! なんでこうなるのよぉ! ワープゲートって何よ! もぉ!!」

 

 怒りをどこにぶつけていいのか分からないのか、出雲ちゃんは震えた拳を上下にブンブンと振り、挙げ句の果てに拗ねたようにテーブルに突っ伏した。

 

「か、掛ける言葉が無いな……と、とりあえず次は私だな。……って、一回休みだったな。優香、お前の番だ」

「……えっ!? あ、うん……!」

 

 海子の呼び掛けに、天城は何故か驚いたように返事をする。

 どうやら、状況が上手く飲み込めていないようだ。今までビリだったのにいきなりゴールが確定した事、そしてそれが一気に勝利に近付いたという事実に、驚きを隠せないようだ。現に今も少し放心したような表情を浮かべている。

 そんな状態のまま天城はルーレットを回し、10の数字を出す。だがもう1マスしか先には無いので、進むのは1マスのみ。天城はゆっくりと、自分の駒をゴールへ置いた。

 

「これであがり……だよね?」

「そうだな。さて、残りは私達だけだが……」

「こっから逆転は、難しい……かな?」

「ハッキリ言って、不可能に近いわね。天城さんの所持金は圧倒的に上だもの」

「そうですね……だが、最後までやらせてもらうます。まだ可能性が無い訳では無い」

「うん! こっから大逆転を起こしてやるんだから!」

 

 朝倉先輩の言う通り、二人がここから天城を追い抜くのは難しいだろう。それでも、二人は諦めようとはしない。最後の最後まで、ゲームに挑み続けた。

 しかし、やはり天城の所持金を追い抜く事は出来ずに、二人はそのままゴール。俺とのクリスマスイブのデートを賭けたボードゲーム勝負は、天城の勝利で幕を閉じた。

 

 

 ◆◆◆

 

 

「テスト勉強、すっかり忘れてたな……」

 

 ボードゲーム勝負終了後、外も暗くなり始めていた事もあり、本来集まった目的であるテスト勉強の続きは諦め解散する事にして、俺と陽菜は天城達を見送る為に外に出ていた。(ちなみに友香は寒いからと、室内に残った)

 

「まあ、あのまま続けててもクリスマスの事でモヤモヤして、勉強の内容が頭に入ってこなかったかもしれないし、よかったんじゃないかな?」

「あなたの場合、そうでなくても勉強の内容なんか入ってこないんじゃないの?」

「ムグッ……! で、でもボードゲームも楽しかったし、結果オーライだよ!」

「何が結果オーライですか……」

 

 と、陽菜の言葉に、出雲ちゃんがどんよりした声で呟く。目には若干涙が浮かんでいる。

 

「大宮……まだ引きずっているのか?」

「当然ですよ! あそこで桜井先輩があのマスに止まらなければ、私が勝って、先輩とクリスマスイブにデート出来たかもしれないのに! 先輩とのデートのチャンスを逃して……引きずらずにいられませんよ!」

「……気持ちはよく分かる。私だって悔しい。でも、私達はその悔しさをバネにするべきだ。次の機会に、今日得られなかった物を得られるようにな。まだ全てが終わった訳では無いだろう?」

 

 海子は出雲ちゃんの肩をポンと叩き、優しく微笑み掛ける。すると出雲ちゃんは目に浮かんだ涙を強く拭い、鼻を啜る。

 

「言われなくても、分かってますよ! クリスマスは天城先輩達に譲りますが、その後はそうは行きませんから! そして来年のクリスマスは私が先輩とデートします! もちろん、恋人として!」

「その意気だ。だが、私はそうさせるつもりは無いからな?」

「上等です! 天城先輩! それに朝倉先輩! 言っときますけどクリスマスだからって調子乗って羽目外して先輩に変な事したら、承知しませんからね!」

 

 ビシッと人差し指を突き付け、背を向けて「それじゃあ先輩、失礼しました!」と言い残し、出雲ちゃんは俺達の前から立ち去った。

 

「……海子らしいな、恋敵である出雲ちゃんを励ますなんて」

「そういう性分なだけだ。では、私も失礼する。明日学校でな」

「ああ」

 

 海子も手を振り、自分の家がある方角に向かって歩き出す。

 

「海子ちゃんも出雲ちゃんもやる気十分だなぁ……私も頑張らないと!」

「その前に、あなたは目の前の試験を見据えたらどう? 私達はともかく、あなたは勉強しないといけないんじゃない?」

「うっ、雪美さん容赦無い……でも確かにそうだよねぇ……赤点なんて嫌だし、夕飯まで勉強しておこう! そうと決まれば早速行動だ! 雪美さん、優香ちゃん、バイバーイ!」

 

 クルリと方向転換し、陽菜は家の中へ姿を消す。そんな彼女の背中を見ながら、朝倉先輩は呆れたように頭を抱えて首を小さく横に振った。

 

「騒がしい子ね……ま、赤点を取らないように適当に祈るぐらいはしてあげようかしらね。じゃ、私も名残惜しいけど帰るわね」

「あ、はい。気を付けて」

「ありがとう。……ねぇ友希君」

「はい?」

「……いえ、あまり多くを語るのは止めておきましょう。ともかく……クリスマス、飛びっきりのものを考えておくから……楽しみにしててね?」

 

 クスリと、先輩はどこか悪戯心を感じさせる笑みを作った。

 

「あ、えっと……」

「今は言葉は結構よ。当日に、いっぱいお話しましょう?」

「……分かりました」

「それでよろしい。じゃあ、またね」

 

 肩の辺りで小さく手を振り、先輩は家路に向かって歩き出した。

 彼女の後ろ姿が見えなくなったのを確認してから、俺は最後に残った、ぼーっとした様子で突っ立っている天城へ声を掛けた。

 

「その……大丈夫か? さっきから無言だけど」

「……えっ!? ああ、ご、ごめん……大丈夫だよ!」

「それならいいけど……みんなと話してる間も、心ここにあらずって感じだったし」

「うん……なんていうか、信じられなくてさ」

「何が?」

 

 そう問い掛けると、天城は視線をキョロキョロと泳がせながら、指先を忙しなく絡ませる。

 

「そ、その……世名君と、クリスマスイブにデートするって事が……」

「あっ……」

「も、もちろん凄く嬉しいんだよ! でも、なんだか実感が湧かないっていうか……嬉しかったり、信じられなかったり、恥ずかしかったり……色々あり過ぎて混乱しちゃってて……」

「まあ、そうなるのも仕方無いのかもな……」

 

 ボードゲームに勝ったってだけで、クリスマスイブにデートする権利を得られたんだから。結果もあんな感じだったし、放心しちゃうのも分からなく無い。

 

「……で、でもさ!」

「ん?」

「い、今は頭真っ白で、詳しい事は言えないけど……でもね」

 

 そこで天城は言葉を切る。グッと息を呑むように胸元で手を組み、ゆっくりと顔を上げ、うるうると微かに潤んだ上目遣いで俺の目を見つめながら、赤面する彼女は小さく口を開いた。

 

「く、クリスマスイブ……思い出に、しようね……?」

「えっ……あ、う、うん……」

「……じゃ、じゃあね!」

 

 居た堪れなくなったのか、天城はひっくり返った声を上げて、逃げ出すように自分の家に向かって走った。そんな彼女を、俺は呆然と立ち尽くしながら見送った。

 つい曖昧に返事してしまったな……やっぱり天城、朝倉先輩も、クリスマスのデートを楽しみにしてるんだよな。クリスマスといえば、やっぱり特別なイメージがあるもんな。

 

「……クリスマスか」

 

 去年までは想像も出来なかったな……俺がクリスマスに女の子とデートするなんて。しかも、二日続けて二人の子と。

 ……来年の今頃はどうなっているんだろう? 今日みたいに彼女達の中で誰が俺とデートをするか、何かで決めたりしているのだろうか? それとも――

 

「……いや、今は止めておこう」

 

 今は目先のクリスマスだ。彼女達の為に、大切な思い出になるように、真摯に向き合うんだ。

 二日連続、しかも恐らくどちらも夜。今まで以上に大変かもしれないが、しっかりやりきってみせよう――そう心に決め、俺は自宅へと足を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 という訳でクリスマスイブは優香、クリスマスは雪美とデートする事が決定。一体どんな展開になるのか、お楽しみに。





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