「あ、友くーん! 丁度いいところに!」
昼休み――男子トイレから教室に戻る途中の廊下で、俺は正面から歩いてくる陽菜に大声で呼び止められた。彼女の斜め後ろには、どことなく挙動不審気味な法条の姿もあった。
様子のおかしい法条に疑問を抱きながら、俺は歩み寄ってくる彼女達に向かって足を進め、会話に適した距離まで接近したところで停止する。
「何か用か? というか……どうしたそいつ」
早速俺は陽菜の後ろに居る法条を指差しながら、質問をぶつける。すると法条は顔を微かに赤く染めながら肩をビクッ震わせ、陽菜の服の裾をちょいちょいと引っ張る。
「ね、ねぇ、やっぱり止めようよ陽菜っち……! あたしにはまだ早いって……!」
「大丈夫だよ杏子ちゃん! 絶対上手く行くから!」
「で、でも……」
ひそひそと会話を交える二人を前に、俺は疑問の色を存分に表しながら、彼女達を見据える。その視線に気付いたのか、陽菜が小さく口を開く。
「ごめんごめん、友くん置いてけぼりだったね」
「別に構わんが……一体なんなんだ?」
「実はね……あ、ちょっと待って」
何かを言い掛けた陽菜だが、突然思い出したように首を回す。彼女の視線の先にあるのは、俺のクラスである2年A組の教室。陽菜は教室の扉の近くまで移動して、ざっくりと中を見回してから、再び俺達の下に戻って来る。
「何しに行ったんだ?」
「ちょっと確認! 裕吾は居なかったし、大丈夫!」
「裕吾?」
何故そこで裕吾が出てくるんだ――そう思ったが、目の前に居る法条を見て、すぐに理由が分かった。
見た感じ今の法条はいつもの情報屋モードでは無く、ただの恋する乙女状態だ。彼女がこの状態の時は、俺の知る限りでは十中八九裕吾絡みの話をしている時だけだ。
つまり、陽菜の用件とは裕吾絡みの話、法条の恋に関する件という事だろう。それだと裕吾が近くに居ては出来ない。だから教室に居ないか確認しに行ったという訳だ。
大体の事情を把握した俺は、少々面倒そうな事になりそうだなと軽く溜め息を吐いてから、改めて問い掛けた。
「で、用件はなんだ?」
「えっとね、友くん明日って暇? もしよかったら、この三人に裕吾を加えて、お出掛けに行こうよ!」
「お出掛け? ……目的は?」
「フッフン……もちろん、杏子ちゃんの恋を応援する為だよ!」
陽菜は得意気な顔でグッとガッツポーズを作りながら、周囲に聞こえない程度の声量で叫ぶ。
「名付けて、タブルデート作戦! これで裕吾と杏子ちゃんの距離がグッと近付く……はず!」
「タブルデート……?」
「そう! 杏子ちゃんと裕吾、そして私と友くんで!」
「……私と友くんの部分は居るのか? 普通に法条と裕吾でデートした方がいいんじゃないか?」
「私も最初はそう提案したんだけど……」
陽菜は腕を組んで、苦笑めいた表情を浮かべながら法条を見る。
「杏子ちゃんは『二人でデートなんて絶対無理!』って言うからさ。だったら他にも人が居たら平気じゃない? って事になって、タブルデートって形になったんだ。私と友くんなら裕吾に怪しまれるって事も無いだろうしさ!」
「ふーん……」
「な、何その目……仕方無いじゃん! デートとか……恥ずかし過ぎるし!」
相変わらずの羞恥ですなぁ……別に今までも一緒に出掛けるぐらいしてただろうに。俺達に知られてから、裕吾の事を意識し過ぎだろ流石に。気持ちは分からなくも無いが。
「でも、タブルデートって言っても、結局は休日に友人四人で出掛けるってだけだろ? 効果あるのか?」
「どんな理由でも、休日に一緒にお出掛けすれば絶対距離は近付くはずだよ! 私、杏子ちゃんと裕吾には絶対付き合ってほしいから、色々頑張るつもり! 友くんも、協力してくれるよね?」
「……分かった。その作戦、協力してやるよ。俺も気持ちは同じだしさ」
「本当!? ありがとう友くん! やったね杏子ちゃん!」
まるで自分の事のように喜びながら、陽菜は法条の手を掴んで上下に振る。
「ちょ、陽菜っち激しいって……! あ、ありがとね……あたしの為に、わざわざさ」
「いいよそんなの! 困った時はお互い様だよ! それにタブルデートって事は、私も友くんとデート出来るって事だし、私にとっても嬉しい事だもん!」
そっか……タブルデートって事は、そういう事になるのか……考えて無かった。でもまあ、あくまで四人行動が基本だろうし、別にそこまでデートって感じにはならないだろうな。別に、そうなっても俺は構わないのだが、天城達に知られたらちょっと怖そうだ。
報告すると「私がその役目担います!」的な事になって面倒そうだし、悪いがこの事は彼女達には告げないでおこう。あまり大事にしない方が、法条の為でもあるだろうし。
「よし! それじゃあ、裕吾を誘うのは杏子ちゃんがしといてね。流石にそれぐらいは自分で頑張らないと!」
「うっ……が、頑張る」
「ところで、何しに出掛けるんだ? 目的はあるんだろう?」
「あっと……あたし、そろそろパソコン買い換えようかと思っててさ……だから、機械に詳しい裕吾に付き合ってもらう……的な理由で誘ってみようと思ってる」
「なるほど……了解」
「集合は、明日のお昼過ぎに駅前でね! 杏子ちゃん、明日は頑張ろうね!」
陽菜の言葉に、法条はどぎまぎしながら「お、おー!」と右手を掲げる。
気合い入ってるなぁ、陽菜の奴……法条の恋路の応援にそこまでやる気を見せるなんて、世話焼きというか、なんというか……でも、俺も彼女には幸せになってほしいし、出来る限りの応援をしよう。
明日のタブルデート、平和に終わるのか波乱が起きるのか、結果が出るのか出ないのか、どうなるか一抹の不安を抱きながら、俺は彼女達と別れ教室に戻った。
◆◆◆
翌日――約束の時間が近付いてきたので、俺と陽菜は揃って家を出て白場駅へ向かった。
今日は天気も良く、気温も冬にしては暖かい方。まさに絶好のお出掛け日和。この天気のように、今回のダブルデートも気持ち良く済めばいいなと思いながら歩く事数分、俺と陽菜は駅に到着した。
休日らしく大勢の人が行き交う中、裕吾と法条が先に来ていないか探していると、時計塔広場にいつもと同じようにスマホをいじって突っ立つ裕吾の姿を発見。すると陽菜が「おーい!」と呼び掛けながら彼の下まで走り、俺もその後に続く。
「裕吾早いねぇ! 待った?」
「俺も今さっき来たところだから気にするな」
「そっか。杏子ちゃんは?」
「まだだ。……ところで、聞きたい事があるんだが」
と、裕吾は陽菜、そしてその後ろに居る俺へ交互に気怠げそうな視線を送る。
「法条はPC買い換える本人だから分かるとして……どうしてお前らまでついて来る? 別に何もする事無いだろうお前ら」
「いや、まあそうなんだけどさ……」
法条にダブルデートを頼まれたから、なんて事は言えないし、どう言い訳したものかと思索していると、代わりに陽菜がすぐさま返答した。
「いいじゃん別に! たまには幼なじみ三人で、楽しくお出掛けってのもさ!」
「……答えになって無い気もするが、まあいい。しかし、こんな買い物に付き合う暇があるなら、テメェらでデートでもしてればいいものを……物好きな奴だな」
「これはこれ、それはそれ! 今日は四人で楽しもうよ!」
「……ま、好きにしろ」
裕吾は軽く溜め息混じりの声を吐きながら、再びスマホに目線を落とした。
「友くん友くん」
直後、陽菜が小声で俺の事を呼びながら、耳元に顔を近付けてくる。
「今日のダブルデート、杏子ちゃんの事を全力でサポートするから、友くんも協力よろしくね?」
「それは分かってるけど……協力って何するつもりだ?」
「フフフッ……そこは私に任せてよ! いいアイデアがあるからさ!」
したり顔を作りながら、陽菜は口元辺りで拳を握る。
不安しか無いなぁ……ま、ここは陽菜に任せておくか。悪いが俺はどうすればいいか全く思い浮かばないからな。
「……何話すのもお前らの勝手だが、目の前でヒソヒソされんのは気分を害するから遠慮願いたいな」
「えっ!? ああ、ごめんごめん! ……聞いてた?」
「俺はそこまで耳良くないから安心しろ。……ところで、法条の奴遅いな」
スマホをズボンのポケットにしまい、裕吾は軽く周囲を見回す。俺も同じように軽く辺りを見回してから、時計塔を見て時刻を確認する。
約束の時間からもう十分は過ぎてるな……法条、時間とかはしっかり守るタイプっぽいのに、遅刻とは意外だな。
何かトラブルでもあったのだろうかと、一応彼女に連絡しようとした矢先、見覚えのあるボブヘアーの女性の姿が視界に映った。
「あ、杏子ちゃんだ! おーい! こっちこっちー!」
陽菜も彼女――法条の姿を見つけたらしく、踵を地面から離し、背筋をピンと伸ばしながら右手を大きく振る。それを確認したのか、遠方に居た法条が一目散にこちらに向かって走って来る。
「ご、ごめん! お、遅れちゃった……」
ここまで走り続けていたのか、法条は俺達の下へ辿り着くや否や、背中を丸めて膝に手を突く。ぜーぜーと肩で息をする事数秒、法条は深呼吸をしてから体勢を正す。
「ふぅ……ま、待たせてごめんね」
「いいよ全然!」
「お前が遅刻とは……珍しい事もあるんだな。何かあったのか?」
「ま、まあ色々とね! アハハハ……」
裕吾の言葉に、法条はわざとらしい笑い声を発しながら頭を掻く。この反応、何か隠しているのは間違え無い。
彼女が何を隠しているのか、それは俺にもすぐに理解出来た。恐らく、彼女は出掛ける前の準備に手間取っていたのだろう。
プライベートではあまり関わる事が無いから不確かだが、法条はあまりオシャレなどに気を使うタイプでは無い。青がかった髪も本人が言うには地毛らしいし、アクセサリーの類も、せいぜい情報屋っぽいという理由で付けてる眼鏡ぐらいだ。
にも関わらず、今日の法条はパッと見た感じでも、少々オシャレをしてるのが分かる。首には星の形をしたペンダント、腕にはハートのブレスレットと小物がちらほら確認出来る。服装も普段は着そうに無い可愛らしいヒラヒラの白いスカートを履いてるし、若干メイクもしてる。
とても気合いが入った身なりで、今日のダブルデートに対する本気度が窺える。ただ彼女はこういう事に慣れてないはず。だから遅刻した……というところだろう。
そこまで自分なりの予想を立てたところで、俺は裕吾に気付かれぬように目線を移す。
裕吾は鋭い奴だし、法条がいつもと何か違うって事には気付くだろう。もしかしたら「どうしたその格好?」みたいに言及してくる可能性もある。その場合は俺達でどうにか誤魔化さないと、面倒な事になるやもしれん。
なのでいつでも話に割り込めるように意識を集中させるが、裕吾は法条の事をざっと見ただけで方向転換し、前に一歩進んだ。
「じゃ、全員揃ったし行くぞ」
「えっ……お、おう」
法条の事には何も口出ししないのか……気付いて無いのか、単に興味が無いのか……感情の起伏が少ない奴だから、表情だけでは読めんな。
ともかく一安心という事でいいだろうと、俺は密かに胸を撫で下ろしながら、他の二人と一緒に裕吾の後を追い掛けた。
「杏子ちゃん、今日は頑張ろうね!」
「う、うん……! 修学旅行の時は全然だったけど、今日こそ何か掴んでみせる……!」
「まあ……気楽に行けよ」
裕吾に聞こえぬように今日の目的に関する話をしながら歩く事数分、俺達は駅の近くにある家電量販店に到着する。
今回の表の目的である、法条の新しいパソコンを買い求める為に、パソコン売り場のある三階へエレベーターで移動。
「ところで聞き忘れてたが、デスクトップとノート、どっちを買うんだ?」
三階に着くと同時に、裕吾が振り返りながら法条に問い掛けてくる。
「えっ!? ああ、えっとね、ノートパソコンだよ! ほらあたし、パソコン持ち歩く事多いしさ!」
それに、法条は慌てた様子で返す。
超緊張してるな法条の奴……こんな調子で大丈夫かね。まあ、俺達も一緒に居るし、どうにかなるか。
不安が若干強まったが、いちいち気にしていてはキリが無いので、黙ってノートパソコン売り場に向かう裕吾と法条に続いて歩き出す。
が、不意に陽菜が背後から俺の服の裾を強めに引っ張り、俺を引き止める。
「うおっ……!? なんだよいきなり……!」
「しーっ! 大きな声出すと二人にバレちゃう! 友くん、今の内に退散するよ!」
「はぁ? 何行ってんだお前」
「だーかーら、今の内に私と友くんはこっそりと別行動を取って、杏子ちゃんと裕吾を二人っきりにしてあげるの!」
陽菜の言葉に一瞬理解が遅れたが、すぐに意味を察知する。
「もしかして……お前の言ってたアイデアってこれか?」
「その通り! 名付けて、ダブルデートをこっそり普通のデートに変えちゃうぞ作戦! いいアイデアでしょ?」
作戦名長い――というツッコミをする間を空けず、陽菜は話を続ける。
「杏子ちゃんは二人っきりなんて絶対無理って言ってたけど、いざ二人っきりの状況になったらなんだかんだ頑張るはず! 誘うまでが難しかった訳だし、こうなれば杏子ちゃんも頑張ってデート出来ると思って!」
「なんつーか……雑な応援だなぁ……本当に大丈夫か?」
「だいじょーぶ! 杏子ちゃんならきっとやれる! だから私達は邪魔にならないように、別の場所で時間潰そ!」
「はぁ……」
そんな事考えてたとはな……まあ、陽菜の言う事も一理ある。案外悪くないかもしれない。
「ほらほら早く! モタモタしてると二人に気付かれちゃう!」
「……分かったよ」
「流石友くん! じゃあ急ごう!」
陽菜は俺の手を引っ張り、人混みに紛れるように裕吾と法条が進む方向とは逆に向かって走る。
法条には悪いが、確かにこのぐらいしないと彼女も勇気を出し切れないだろう。少々荒っぽいかもしれないが。
ともかく、彼女の恋路が良い方向へ進むようにと祈りながら、俺は陽菜と共に彼女達の下から立ち去った。
◆◆◆
「ん? あいつら……どこ行った?」
不意に、前を歩いていた裕吾が立ち止まり、振り返る。それに私も止まって後ろへ首を回す。
「……あれ!? 陽菜っち!? 世名っち!?」
さっきまで後ろに居たはずの陽菜っちと世名っちの姿が綺麗に無くなっている事に気付き、あたしは思わず叫び声を出す。
い、一体いつの間に……というか二人ともどこ行っちゃったの!? はぐれてるとか? それともわざと居なくなったの? だとしたら何故? というか、あたし今、裕吾と二人? ……めっちゃ恥ずかしいじゃん!
予想外の事に混乱し、自分でも何を考えてるか分からないほど思考回路がめちゃくちゃにこんがらがる。
その時、上着のポケットに入れていたスマホがブルッと震える。きっと陽菜っちからの連絡だと即座に察した私は、すぐさまスマホを取り出して画面に目を通す。
『勝手に居なくなってごめんね! でも、これで裕吾と二人きりだよ! 私達は適当にそこら辺ぶらついて、程よいタイミングで戻るから、それまで頑張って! ファイトだよ杏子ちゃん!』
スマホに届いたのは、予想通り陽菜っちからのSNSを利用したメッセージ。しかし、内容は思ってもいなかったもので、私はたっぷり数十秒、フリーズしてしまった。
「な……」
――何考えてるの陽菜っちぃ!
危うく声に出しそうになった叫び声をどうにか心の内で放ち、私はすぐさま陽菜っちへ返信しようと指を動かす。
「桜井からの連絡か?」
が、途中で裕吾に声を掛けられ、思わず指が止まる。慌ててスマホの画面を暗転させ、ポケットに突っ込んでから、裕吾の方へ向き直る。
「う、うん! そうだったよ!」
「そうか。で、なんだって?」
「え? あー、えっとねぇ……」
どう伝えるべきか、発するべき言葉を脳内で必死に模索する。
「な、なんだか急に世名っちと二人で街を回りたい気分になったとかなんとかで、適当に二人でぶらついてるから、あたし達で用事済ませといて……だってさ!」
「なんだそれ……そっちからついて来といて勝手な奴だな。まあ、別に構わんが」
考えが纏まらない内に口に出してしまったが、どうにか誤魔化せた……のかな? でも、これでもう陽菜っち達と合流するって選択肢は消えちゃったよね……これでよかったのかな?
そりゃ、陽菜っちの気持ちは嬉しいし? あたしも裕吾と二人になれて、まあ嬉しくない訳でも無いし……でも、今日はずっと四人で行動するものだと思ってたから、急に二人きりとかどうすればいいか分かんないよ! これって、デートだよね? やっぱりそうだよね!? デートとか何すればいいか分かんないし……どうすればいいのよこれぇ!
「はぁ……ともかく、向こうがそう言うならこっちもちゃっちゃと用事済ませるぞ」
「へ!? あ、う、うん……!」
動揺してるあたしとは対照的に、裕吾はいつも通り冷静でいる。向こうはデートとか、そんなの全然意識してないようだ。……それはそれで、少し寂しい。
うぅ……こうなったらヤケだ! デートやってやろうじゃん! 別に二人っきりになった事が無い訳じゃ無いし、やれるはず! 陽菜っちがくれたこの機会、絶対有効活用してやる! 裕吾と少しでも距離を近付けてやるんだから!
覚悟を決め、あたしは裕吾と二人で、ノートパソコン売り場に向かう。隣に移動して手を繋ごう……と考えたが、流石にそこまで勇気ある行動は出来ず、彼の斜め後ろを俯き加減で歩いた。
「さて、売り場に着いたが……法条、何か要望はあるのか?」
「よ、要望!? な、なんの……!?」
「PC以外に何がある」
「あ、そ、そうだよね、うん!」
イカンイカン、意識し過ぎだぞあたし……裕吾はパソコン購入に付き合ってるってだけで、デートって意識が無いんだから。……言ってて悲しくなってきた。
とはいえ、どうしようか……正直ダブルデートの事で頭いっぱいで、肝心のパソコンについては詳しい事なんにも考えて無かった。
「そうだな……と、とりあえずなるべく新しいので、なるべく使いやすくて、なるべく安いのがいいかな!」
「なるべくが多いな……かなり曖昧な要求だし……」
「や、やっぱり難しい?」
「いや、そういう要望なら応えるよ。とりあえず見て回ってみるぞ」
そう言いながら歩き出す裕吾を、あたしは慌てて追い掛ける。
連なるノートパソコンを眺めながらしばらく歩くと、裕吾はある商品の前でピタリと立ち止まる。
「こ、これがオススメ?」
「オススメとまでは言えないが……これは最近出た物だと、初心者にも扱いやすい方だ。スペックも悪くないが……そこまで高い訳でも無い。特にこだわりが無いなら、これで十分だとは思うが」
「そっか……裕吾の一番のオススメは?」
「あれだが……流石に高いな」
と、裕吾は向かい側にあるノートパソコンを指差す。
「ゲッ……確かに高い……流石にこれには手は出せないなぁ……じゃあ、これにしよっかな。あんまり高スペックの求めてる訳じゃ無いし」
「本当にいいのか? 多少値は張るが、もっといい物もあるぞ?」
「いいのいいの。別に、そこまで気にして無いからさ。使えれば何でもよかったから!」
「……じゃあなんで俺を付き合わせた? 一人で十分だろ」
「あっ……それは、その……」
「まあ……別に構わんがな。じゃあ、さっさと購入して、友希達と合流するか」
頭をがしがしと掻きむしり、裕吾はレジの方へ視線を向ける。
って、そうだった……! パソコン買ったら、今回の目的終了しちゃうじゃん! それじゃあこのデートタイムも終わりじゃん! そこまで頭回らなかった! ど、どうしよう……やっぱり別のにするってのは難しいよね……何でもよかったって言っちゃってるし。
折角陽菜っち達がくれた機会、たったの数分で終わらせてしまうなんて、気遣ってくれた彼女達に申し訳無い。それに、裕吾と二人きりになれたのに、こんな早々に終わらせたくない。
どうにかしてこの時間を伸ばさなきゃ――そう思ったあたしは、考えるより先に、口を動かしていた。
「あ、あの!」
「ん?」
「えっと……あのさ! 陽菜っち達と合流するのはさ、もうちょっと後にしない? ほら! 二人の貴重なデートの時間を邪魔しちゃ悪いじゃん? もうちょっと長く満喫させたげようよ!」
「……それはいいが、俺達はその間どうする?」
「それは……お、お茶でもする! ……ってのは?」
「……分かった。そうするか」
「えっ……!? ほ、本当に!?」
いつもの調子で返ってきた裕吾の言葉に、つい大きく反応を返してしまう。
「そんなに驚く事でも無いだろう。どうせ、やる事も無いしな」
「そ、そうだね……うん! そうだよね!」
「……さっさと会計済ませるぞ。本当にそれでいいんだな?」
裕吾の言葉に頷きを返してから、あたしは彼と一緒にレジへ向かった。
パソコンの購入を手早く済ませ、一応陽菜っちに連絡しといてから、あたし達は家電量販店を後にして、すぐ近くにあったカフェへ入った。
適当な飲み物を注文して、向かい合う状態で座り、あたしと裕吾は二人の時間を過ごした。会話の内容は、以前からよくしている情報交換。こんな噂を聞いたとか、そんな他愛ない会話を続けた。
その会話自体は凄く楽しい。でも、これじゃあいつもと変わらない。折角のデート、二人きりの時間。いつもと違う話をしたい。そしてもっと裕吾の事を知って、裕吾と親密になりたい。
そう考え、どこかのタイミングで話題を切り替える事を意識しながら、あたしは裕吾との会話を続行した。
「えっと……今日はありがとね! 付き合ってもらっちゃってさ」
「別に。予定が無かったから構わん。元々、俺も最近出た最新のPCでも見に行こうと思ってたところだしな」
「あ、そうだったんだ。裕吾って、本当にパソコンとか、機械好きだよねぇ」
「……そうかもな。昔から、機械に触れる機会が多かったからな」
「機械に触れる機会ねぇ……ダジャレ?」
と、少しからかってみたが、裕吾は何も言わずにコーヒーを啜った。
ちょっと怒ってる……? 余計な事言わなきゃよかったかも……ちょっと調子出てきたと思ったらこれだよ。
空気を変える為に、あたしは慌てて別の話題を振った。
「えっと……どうしてそういう機会が多かったの?」
「……知ってると思うが、ウチの父親がそういう機械に携わる仕事をしていてな。家でも機械をいじってる事が多かったから、その影響で俺も小さな頃から機械いじりに興味を持って好きになった……そんなところだ」
「ふぅん……何気に初めて聞いたかも」
「誰かに言った覚えも無いしな」
「へぇ……じゃあさ、将来はお父さんみたいに、機械に携わる仕事をしたいの?」
そう問い掛けると、一瞬だが裕吾のカップに伸びた手が止まる。が、すぐに再起動して、カップを持ち上げる。
「……さあな。それぐらい、情報屋なら自分で仕入れてみせな」
「あ、何それ意地悪! というか、裕吾の情報って全然掴めないんだから! 無茶言わないでよ!」
「だろうな。それでも、いくつか掴んでる事ぐらいあるだろう?」
「そりゃあるけど……知りたくても知れない事だらけなんだから! ガード固いし、情報屋としては本当に天敵だよ!」
「そりゃ悪かったな」
「そう思うなら、なんか情報の一つや二つ開示してほしいよ!」
「例えば?」
「た、例えば……? …………す、好きな人……とか?」
あたしがそう口にした瞬間、場の空気が凍ったように、二人の周りが静寂に包まれた。
話題の切り替え下手くそかあたしぃ! いきなりこんな事聞いて、これじゃあまるで……そういう事になっちゃうじゃん! ……そういう事なんだけど!
「ち、違うよ!? ほら、情報屋としては色恋は最高の養分でして! 裕吾って女子にモテモテな癖に彼女とか出来ないじゃん? だから、どうなのかなーって思っただけで……変な意味は無いよ!?」
って、何言い訳してんのあたし! これじゃあ却って怪しいじゃん! そういう事だってバレちゃうじゃん! バレたらバレたでいいけど! ……いや、やっぱよく無い!
あたしは自分でも信じられないぐらい動揺しているが、裕吾はどんな反応を見せているのだろうと気になり、そっと彼へ視線を向ける。
が、彼は全く動揺した様子は無く、変わらず平然とコーヒーを啜っている。まるで今のあたしの発言なんて無かったかのようだ。
「な、何その平然な態度……ちょっとぐらい反応見せてもいいんじゃない?」
「……俺が言う事は同じだ」
ゆっくりカップを置き、背もたれに背中を預け、裕吾は目を閉じながら口を開いた。
「情報屋なら、自分で仕入れてみせな」
「……何、それ」
裕吾が口にした相変わらずの冷静沈着な言葉に、あたしはそれ以上何も問わずに、静かにコーヒーを口に運んだ。
「それが分かんないから苦労してんじゃん……バカ」
そのあたしの小さな本音の呟きが彼の耳に届いたのかそうで無いのか、それはあたしには分からない。
◆◆◆
数時間後――法条と裕吾を二人きりにする為に別行動を取っていた俺と陽菜は、日が落ちる前に二人と合流する為に、白場駅前に戻って来た。
駅前には既に二人の姿があり、法条は俺らの姿を見るや否や、全速力でこちらへ迫り、陽菜の首をガッチリと右腕で締め付けた。
「陽菜っちぃ……? どうして何も言わずに消えたのかなぁ……?」
「イタタタタッ! か、勝手に居なくなったのは謝るからぁ! 許してよぉ!」
「……まあ、これぐらいで勘弁してあげる」
腕の力を緩め、法条は陽菜を解放する。
「ううっ……で、どうだったの? 裕吾とのデート、上手く行った?」
「うっ……そ、それはまあ……」
「……もしかして進展無しか?」
俺の問い掛けに、法条はスッと目を逸らす。
「マジかよ……」
「な、何も言ってないのに決め付けないでよ!」
「え、じゃあ何かあったの?」
「……裕吾の謎が深まった」
「それ進展って言うのかよ……後退だろどっちかと言うと」
結局今回も効果無しか……先が思いやられるったらありゃしない。
「……ただ!」
「ん?」
「……二人の時間は、楽しかった」
紅潮させた顔を隠すように俯き加減で、法条は小さくそう口にした。
まあ……本人は楽しめたそうだし、それでいいか。また今度頑張ればいいって事で。
「何話してるんだ? 用も済んだし、寒くなる前に帰るぞ」
と、遅れて俺達の下へやって来た裕吾の言葉に、俺達はデートに関する会話をそこで切り上げ、駅前から移動を開始する。
「……で、一体何が目的だったんだ?」
その移動の最中、裕吾が俺の隣に来て、そう質問を投げ掛けてくる。
「何がって……なんだよ?」
「今回の件、ただ法条のPC買い換えるってだけじゃ無いだろ? 途中で桜井とお前が抜けたのも違和感がありまくりだし……何か魂胆があっての事だろ?」
流石にバレてるか……やっぱり裕吾は鋭いな。今回のはいささか荒い計画だったし、仕方無いか。
だが、ここで法条の恋路を叶える為と、俺から裕吾に伝える訳にはいかない。恐らく感付かれるだろうが、ここは適当にはぐらかす他無い。
「さあ? 俺は何も聞かされて無いよ。陽菜と法条が勝手に何か企んでるんじゃないか?」
「……そうか。まあ、今はそれでいいさ」
今は、か……もしかしたら、裕吾は既に気が付いてるのかもしれないな。それでも、彼からは動こうとはしない。それにもきっと理由がある。なら俺達に出来るのは、外から見守るだけ。必要以上に干渉するのは止めておこう。
彼女の恋路は、思ったよりも大変かもしれないな――俺達の目の前を陽菜と仲良く並んで歩く法条の背中を見ながら、俺は彼女の恋路も無事にハッピーエンドを迎えられるようにと、ひっそりと心の中で祈った。
久しぶりな法条さんの恋愛話。彼女が一番ラブコメしてる気がするのは自分だけだろうか。
彼女の恋路の方も、どんな結末を迎えるのか、楽しみにしててくれると嬉しいです。
そしてなんと、本日でこの作品も連載開始から二年経ちました。
ここまで続けられたのも、読者の皆様の応援のお陰です。今後とも、よろしくお願いします。
それから、二周年記念という事でヒロインの人気投票的なものをやってるので、興味がある方は私の活動報告をご覧になってみて下さい。