モテ期と修羅場は同時にやって来るものである   作:藤龍

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私は私

 

 

 

 

 

 

「友希、ちょっといいか?」

 

 今日の授業が全て終わり、自分の席で帰り支度をしている最中、隣の席の海子が不意に声を掛けてきた。

 いつもは軽くさよならと言い合って、別々に帰るのに珍しいな――そう思いながら教科書などを全て鞄に詰め込んでから、彼女の方へ向き直る。

 

「なんか用か?」

「ああ。確か、お前は書店でバイトをしているんだったな?」

「そうだけど……それがどうした?」

「いや、この後寄ってみようかと思ってな……もしよければ、案内を頼めないか?」

「え? まあ、今日は丁度バイトあるから構わないけど……どうしてだ?」

 

 そう問い掛けると、海子はどこかこっ恥ずかしそうに頬を掻く。

 

「ま、まあ、少し探したい本があるというか……」

「……? そうか」

 

 まあ、本屋に行くんだから、目的は本を探す以外ほぼ無いだろう。

 それなのに、どうして彼女は決まりが悪そうな顔をしているのだろうか。そう不思議に思っていると、海子が突然大きく息を吐いた。

 

「ど、どうした?」

「いや、こちらからお願いしているのに、ハッキリ言わないのは悪いと思っただけだ。……実はな、赤本を少々拝見したくてな」

「赤本……それって、大学の過去問とかが載ってるあの?」

 

 海子は無言で頷き、言葉を続ける。

 

「来年で私も三年だ。将来を考えて、今から備えておいて損は無いと思ってな」

「確かにそうだろうけど……なんだか急だな」

「そ、そうだな……私も少し前までは大学受験の事など、頭の片隅にあっただけだが……目的も出来たしな」

「目的?」

「前に話しただろう? 教師という道を視野に入れてみると。あの話、本格的に実行に移そうと思ってな」

 

 こないだの日曜日に、海子と子供達の相手をした時の事か……確かに、そんな事を話したな。

 

「あれから色々考えてみてな。確かに私には、教師という仕事が向いているかもしれない。だから、頑張って目指してみようと思ってな。その為には、大学もしっかり受からねばならない」

「だから今の内に大学受験に備えておこうって事か……そっか、海子、教師を目指すんだな」

「ああ。今の私には難しい目標かもしれないが、頑張ってみようと思う。それに……」

 

 ふと、海子はそこで言葉を切り、恥ずかしそうに目を伏せる。

 

「お、お前はもし私が教師の道を目指すなら応援すると言ってくれたし……その、わ、私の頑張る姿が結構す、好きと言ってくれたし……や、やってみようかと……べ、別にそれだけが理由じゃ無いぞ!? しっかり、真面目に目指そうと考えてる! 確かに、私が頑張っていれば、お前も少しは私に気を向けてくれるかなと邪な考えもほんの微かにあるが……」

「す、ストップストップ! そこら辺は分かってるから、とりあえず落ち着こう! そのままだと余計な墓穴を掘るだけだぞ?」

「うっ……そ、そうだな……」

 

 一拍空けてから、海子はゲフンと咳払いをして、再び話を続ける。

 

「つまりは、そういう事だ。改めて、お願い出来るか?」

「ああ、そういう事なら構わないぜ。海子の目標、俺も応援するよ」

「ありがとう。お前の助言から見出した結論だ。必ず、なってみせる!」

 

 グッと拳を握り、海子は微笑を浮かべる。

 海子の奴、本気みたいだな。俺の言葉が彼女の力になったのなら、嬉しい限りだ。俺も微力だろうが、全力で応援してやろう。

 席を立ち、鞄を持ち上げ肩に担ぐ。

 

「さて、そういう事なら行くか。でも、別にウチの店じゃ無くてもよくないか? 赤本なんてどこでも売ってるだろ?」

「確かにそうだが……私はそういうのに全く詳しく無いからな。夏紀から聞いた話によると、お前の店の店長さんは、割と良いところの大学を卒業しているんだろう? 本にも詳しいらしいし、色々聞いてみたくてな」

「なるほど……」

 

 そういえば千鶴さん、一応大学出てたんだっけな。それなら先輩として色々聞ける事はあるか。本に関する相談も、気軽に乗ってくれそうだしな。それに、海子も知り合いが勤めている店の方が安心出来るか。

 

「分かった。千鶴さん……店長には俺から話しとくよ」

「ああ、感謝する。ついでに挨拶もしておくか。世話になった太刀凪先輩のお姉さんで、夏紀の尊敬する人らしいしな。まあ夏紀から聞いた話だけを(かんが)みると、少し不安だがな……」

「ま、まあちょっと怖いけど、悪い人じゃないから安心しとけ。……機嫌悪かったら別だけど」

 

 夏紀が千鶴さんの事をなんと言っていたのか気になりながらも、俺は海子と一緒に教室を出て、太刀凪書店を目指した。

 

 駄弁を交わしながら歩く事数分、店の前に到着。海子と一緒に店の中に入り、事情を説明する為に千鶴さんを探していた、その時だった。

 

「あ、友くん! に……海子ちゃん?」

 

 と、数メートル先から覚えのある活発な声が聞こえ、俺と海子は揃って声の方に視線を向けた。視線の先に居たのは、店の商品と思われる本を持った陽菜だった。近くには、千鶴さんと天城も一緒に居た。

 陽菜は早足で俺達の方へ歩み寄り、目の前でピタリと立ち止まり、俺と海子を交互に見ながら口を開く。

 

「やっぱり海子ちゃんだ! どうして友くんと一緒に?」

「それはこっちのセリフだ……どうしてお前がここに居るんだよ?」

「私? 私はね……これを見に来たの!」

 

 俺の問い掛けに、陽菜は手にしていた本を目の前に差し出す。

 

「これは……料理本か?」

「うん! ほら、私、調理師の免許取るって言ったでしょ?」

「ああ、言ってたなそんな事……」

「出来る事は早めにしといた方がいいでしょ? だからまずは色んな料理を知ろうと思ったんだ! で、優香ちゃんは本屋さんで働いてるし、色々詳しいかなーって思って……」

「バイトに向かう天城について来た……って事か」

 

 陽菜はコクリと頷き、斜め後ろに立つ千鶴さんを見る。

 

「それで今はね、店長さんに色々おすすめの料理本教えてもらってたんだ! ここの店長さん凄いね! 私にも分かりやすい本、色々教えてくれるんだもん!」

「そ、そうだったんですか……なんというか、手を(わずら)わしたようで」

「別に構わん。いつも通りの接客をしただけだ」

「……ところで、どうして海子が世名君と一緒に店に来たの?」

 

 と、陽菜が最初に掛けた質問を、天城が再度投げ掛ける。どことなく、ムスッとした表情で。

 天城、なんか機嫌悪そうだな……まあ、仕方無いのかな。この店で俺と一緒にバイトをしてるっていうの、最初は秘密だった訳だけど、今はこうして海子と陽菜が居るんだし。放課後の唯一の特権を奪われたって気分なんだろう、彼女的には。

 とはいえ俺にはどうする事も出来ないので、彼女の心情にはあえて触れずに、俺はみんなにこれまでの事情を説明した。

 

「なるほど……私と似たような感じだね」

「海子……教師、目指してるんだ……凄いね」

「そ、そんな事は無いさ。目指すだけなら、誰でも出来る」

「ううん、十分凄いよ。……本当に、凄いよ」

 

 と、天城はどこか物悲しそうな笑みを浮かべた。

 

「とうかしたか?」

「ううん、なんでも無い。私、仕事戻らなくちゃ」

 

 天城は後ろを向き、そのまま店の奥へ向かって歩き出す。

 どうしたんだ……? なんか元気無かったな、天城の奴。……心配だし、後で仕事の合間にでも声掛けてみるか。

 

「ほら世名、お前もさっさと着替えて仕事に入れ。彼女の事は私が相手しとくから」

「あ、はい……じゃあ、俺は仕事に行くけど……海子は千鶴さんと話すとして、陽菜はどうするんだ?」

「うんっとね……私はおすすめされた料理本を読んでるよ! 本当は買いたいけど、全部は無理だからさ」

「立ち読みは構わんが、他の客の迷惑になるような事は止めてくれよ?」

「もちろんです!」

 

 千鶴さんの警告に、陽菜はビシッと敬礼をしながら応答する。

 

「よろしい。それじゃあお客さん、こっち来な」

「は、はい! それじゃあ友希、仕事頑張れよ」

 

 俺への軽いエールを送り、海子は千鶴さんについて行き、陽菜は料理本のコーナーへと戻る。残った俺は、早急に店の裏へ移動。荷物を置き、着替えを済ませ、すかさず店内に戻った。

 早速仕事に取り掛かろうと思ったが、ざっと店内を見た感じ、今日は客足が少ない方だ。これなら多少サボ……そこまで慌てなくても余裕がありそうだ。

 折角だし、今の内に天城と話そうかな。なんか元気無かったなみたいだし、余裕がある内に話を聞いておこう。

 もしも何かあったのなら、相談ぐらい乗ってやりたい。早速、俺は奥で陳列作業をする天城の下まで移動して、彼女の横にしゃがみ込み、声を掛けた。

 

「手伝うか?」

「ううん、大丈夫。丁度終わったところだから」

「そっか。……なあ、何かあったのか?」

「え? どうしたの、急に」

「いや、さっき、なんだか元気無いように見えたからさ。もしかしたら何かあったんじゃないかって思って。相談なら乗るぜ?」

「世名君……ありがとう。心配してくれるなんて、凄く嬉しいよ。でも、本当になんでも無いんだ。ただ……ちょっと、思う事があってね」

 

 天城はゆっくりと折り曲げていた膝を伸ばし、立ち上がる。体の向きを反転させ、少し離れた場所で料理本を真剣に読む陽菜を見る。

 

「放課後に桜井さんから話を聞いた時、ビックリしたんだ。彼女が、調理師を目指してるって事に」

「ああ……確かに、そうだよな。俺もビックリしたよ。でも、それがどうしたんだ?」

「うん……なんていうのかな……彼女も、ちゃんと自分の事を自分で考えてるんだなって思ってさ。海子も、同じ。自分で教師になりたいって、目標を見つけた。それが、ちょっと羨ましいというか……凄いなって思って」

 

 天城はそっと目を伏せ、再び物悲しそうな笑みを浮かべる。

 これ以上聞いてもいいのだろうかと、少し問い掛ける事に躊躇しながらも、彼女が何を思っているのか聞き出そうとした、寸前。

 

「せ、先輩……!? 何してるんですか!?」

 

 という驚愕の声が背後から聞こえ、俺はしゃがんだ状態のまま慌てて後ろを見る。するとそこには、愕然とした表情で立ち尽くす出雲ちゃん。そしてその後ろには、平然とした顔で立つ朝倉先輩の姿があった。

 

「出雲ちゃんに朝倉先輩……!? どうしてここに!?」

「そ、それはこっちのセリフです! こんなところで何してるんですか先輩! それに、天城先輩まで一緒に!」

「え? お、俺はここでバイト……」

 

 そこまで言い掛けたところで、俺はハッと言葉を止める。

 そういえばこの二人には俺がここで天城と一緒にバイトしてる事、まだ言ってなかった……それに出雲ちゃんに関しては、結構前に友香が俺はスーパーで裏方のバイトしていると、適当に誤魔化してたはず。

 出雲ちゃんもその記憶が残っていたのか、困惑したように目を白黒させながら、俺と天城を交互に指差す。

 

「えっ、先輩ってここでバイトしてるんですか……? というか、見た感じ天城先輩もここで働いてるんですよね? という事は……えぇ……?」

 

 頭が追い付かないのか、出雲ちゃんは頭を抱えて困惑の色をさらに強くする。対して朝倉先輩は平然としているが、事情説明を求めると言わんばかりに、俺へ視線を送る。

 ここまで来たら、もう説明しない訳にもいかないだろう。俺は天城に目配せをする。俺の考えを察したのか、天城は仕方無いと言いたげに頷いた。

 その了承をしっかり受けてから、俺は出雲ちゃんを落ち着かせて、彼女と朝倉先輩に説明をした。

 元々俺はここでバイトをしていて、後から入ってきた天城が、みんなにここで一緒にバイトしている事を内緒にしてほしいと頼んだ事。そして海子と陽菜は、既にそれを知っている事を。

 

「なっ……!? そんな事になってたんですか……!?」

「なるほどね……まあ、そんな事だろうと思ったわ」

「って、あなたは知ってたんですか!?」

「私は生徒会長よ? 生徒のバイト先を調べるぐらい容易い事よ。知らなかったのは、天城さんがしたお願いの詳細ぐらいね。そうだろうと、予想はしてたけど」

「なんですかそれ……それじゃあ、私だけ除け者みたいな感じじゃないですか……」

 

 と、出雲ちゃんはガックリと肩を落とす。

 

「ご、こめん……俺も何度か伝えようとは思ってたんだけど、なかなかタイミングが掴めなくて……」

「……別に、先輩は悪く無いですよ。でも!」

 

 勢いよく顔を上げ、ビシッと天城を指差す。

 

「天城先輩には物申します! こんな風にこそこそ私達に隠れて先輩と一緒にバイトしてるなんて……ズルいです!」

「そ、それはそうかもしれないけど、もしあなたが同じ立場だったら同じ事をしたでしょう?」

「うっ……」

 

 図星なのか、出雲ちゃんは言葉を詰まらせる。

 

「わ、分かりましたよ……今回のところは、ここで許してあげます」

「あら意外ね。あなたはもっとしつこく責め続けると思ってたのに。私もここで働く、とか言い出したり」

「正直そうしたい気分ですけど、天城先輩の気持ちは分からなくは無いですから。ここで言い争っても、もう変わりませんし。先輩の働くお店に、あんまり迷惑掛けたくないですから」

「出雲ちゃん……」

「でも、それとこれとは話が別ですから! 許したとしても、決して認めた訳じゃ――」

 

 出雲ちゃんが言葉を連ねる最中、突然背後から、何かが床を叩くような鋭い音が響き渡る。その音に出雲ちゃんは口を閉じ、ゆっくりと首を後ろに回す。

 背後に居たのは、木刀の切っ先を床に付け、仁王立ちで俺達を睨み付ける、鬼鶴と貸した千鶴さんだった。

 

「どういった事情が知りませんが……他のお客様の迷惑になりますので……お静かにお願いしますね?」

「……ご、ごめんなさい……」

 

 蛇に睨まれたウサギのように、出雲ちゃんはか細い謝罪を口にする。それを聞き、千鶴さんは木刀を腰に戻し、去って行く。それに合わせ、少し離れた場所からこちらを覗いていた海子と陽菜も、慌てて元居た場所へ戻る。

 

「……ま、まあ、今日はこのぐらいで止めておきますよ」

「……ごめんなさいね、大宮さん。それに、朝倉先輩も」

「な、なんですか急に……!? 謝らなくていいですよ!」

「大宮さんの言う通り、謝罪なんて不要よ。あなたがした事は確かに狡猾な事かもしれないけど、謝るべき事では無いわよ。あなたはライバルである私達を出し抜く為に、当然の手段を選んだだけなのだから」

 

 と、二人とも天城の謝罪に対してそう言葉を返す。

 天城の謝罪もそうだけど、出雲ちゃんと朝倉先輩もこんな事言うようになるなんて……本当に変わったな、みんな。

 最初の終始ギスギスしてた頃と大違いだと、少し嬉しい気分になると同時に、ある事が気になり、俺はその疑問を口に出した。

 

「そういえば……出雲ちゃんと先輩は、どうして一緒に? 二人で仲良くお出掛け……って訳では無いですよね?」

「ああ、その事ですか。私は本を買おうかなって、色んな本屋を見て回ってて……そういえばこの商店街にも本屋あったなーって思い出して。それで来てみたら……店の近くで、偶然この人と出会して」

「なるほど……先輩は?」

「私も少し本を見にね。直接書店で買う事はあまり無いのだけれど、たまにはいいと思って。ここの店を選んだのは、友希君が居るって知ってたからよ」

「そ、そうですか……分かりました」

 

 偶然、タイミングが重なった訳だな……まさかこの店に全員集合するとは思わなかったけど、ある意味いい機会だったな。これで出雲ちゃんと朝倉先輩にも、バイトの事話せた訳だし。

 

「さてと……これ以上友希君達の仕事を邪魔する訳にはいかないし、自分の用事を済ませようかしらね。じゃあ、お仕事頑張って」

 

 優しい微笑みと共に手を振り、朝倉先輩は小説コーナーの方へ去って行く。

 

「先輩とお話したいけど、確かに邪魔しちゃあれですよね……私も行きますね」

 

 続いて、出雲ちゃんもファッション雑誌コーナーへと去って行く。それを見送ってから、天城は陳列作業に戻り、俺はレジ番に向かった。

 今日は客も少ないので、当然レジも結構暇だ。あくびを噛み殺しながら客が来るのを待つ事数分、出雲ちゃんが一冊の本を手にレジへやって来る。

 

「ん、それ買うの?」

「は、はい、お願いします」

 

 と、出雲ちゃんはどことなく緊張した面持ちで、雑誌を差し出す。

 

「あれ、この雑誌……」

 

 出雲ちゃんが持って来た雑誌は、俺が昨日この店で見掛けた、香澄ちゃんと小鳥遊さんが表示を飾るファッション雑誌だった。

 

「へぇ……やっぱり出雲ちゃんも、ファッション雑誌とかに興味あるんだね」

「ま、まあ……雑誌自体はあんまり買わないんですけど、その雑誌、お母さんのデザインした服の特集載ってるから、買ってみようかと……」

「八重さんの?」

 

 そういえば、香澄ちゃんが有名ファッションデザイナーの特集の仕事したって天城が言ってたけど……八重さんの事だったのか。

 

「やっぱり、お母さんの仕事に興味あるんだね。もしかして、まだモデルが夢だったりするの?」

「……まあ、興味が皆無と言えば嘘になりますけど……もしも将来仕事に就くなら、お母さんみたいなファッション関連の仕事がいいなって、思ったりもしますし……でも! 今の私の夢は、先輩のお嫁さんですから! 今はそれだけに一直線ですから!」

「その夢、狙ってるのはあなただけで無い事を忘れない事ね」

 

 という言葉を放ちながら、朝倉先輩が文庫本を片手にレジへやって来る。

 

「フンッ、分かってますよそんなの。だからその夢を叶える為に全力で頑張ってるんですよ」

「それはこっちも同じ。あなたを立派なファッションデザイナーにさせてあげられるよう、私も頑張って友希君の妻になるわ」

「いりませんよそんな手助け! 私だって、あなたを立派な朝倉グループの跡取りにしてあげますよ!」

「跡取りはお兄様で決まってるわよ。それに私、元々朝倉グループと縁を切るつもりは無いから。友希君と結婚しても、将来はグループの手伝いを続けるつもりよ」

「結婚は揺るがないんですね……相変わらずムカつく自信……!」

「ふ、二人とも落ち着いて……千鶴さんにまた怒られるから」

 

 その言葉に、出雲ちゃんは口を噤んだ。どうやら先の忠告はかなり効いているらしい。

 そのまま俺は手早く出雲ちゃんのファッション雑誌の会計を済ませ、続けて朝倉先輩の小説の会計も済ませる。

 これで二人の買い物は終わった訳だが、折角だから俺の仕事が終わるまで待っていると、彼女達はそれぞれ店内に散らばった。

 

「世名君、お疲れ様」

 

 それからしばらくすると、陳列作業を済ませた天城がレジへやって来る。彼女は俺の隣に立ち、店内で立ち読みをする皆を見回す。

 

「……みんなそれぞれ、将来の目標みたいなのがあるんだね。……凄いな、本当」

「へ? ああ、さっきの話か……そういえば、言ってたな? 羨ましいとかなんとか」

「……私、目標とか、そういうの何も無いんだ」

 

 静かに、消え入りそうな声で、天城はそう言った。

 

「もちろん大宮さんやみんなと同じで、世名君のお嫁さんっていう夢はあるよ? でも、それ以外は何にも無い。何をしたいのか、何をすればいいのか……そういう未来のビジョンみたいのが、見えないんだ」

「天城……」

「今思うと、私って一人で何かを決められた事が無い気がするんだ。いっつも、周りの人に助けてもらってばっかり。だからさ……自分で将来の目的を見つけて、前に進んでる海子達を見てたら、なんだか落ち込んじゃってさ。私、こんなんでいいのかなって」

 

 力無い笑みを作りながら、天城は俯く。

 

「ご、ごめんね、こんな話聞かせちゃって。情け無いよね、私。アハハハ……」

「……そんな事無いさ。別に、それでいいんじゃないかな?」

「え……?」

「将来の目標が無くても、周りに助けてもらってばっかりでも、天城は確かに前に進んでるんだ。自分の足で、自分の道を。先が見えなくても、支えられながらでも、天城は前に進んでる。それだけで十分じゃないか。それに進んでいれば、いつか先が見えるかもしれないだろ? 目標なんて、いつでも見つけられるんだからさ」

「世名君……」

「それにさ……俺が言うのもなんだけど、天城は立派な目標持ってるじゃないか。その……俺の、お嫁さんって目標がさ。それがあるだけで、天城は十分立派だと思うぞ?」

 

 そう俺が言うと、天城はカァッと顔を赤くして、目を逸らす。

 

「だからさ……そんなに気にする必要、無いと思うぜ? 確かに海子達は別の目標もあるけど、だからって、天城まで焦って別の目標を見つける必要は無いんだ。天城は天城なんだからさ」

「うん……そうだね。ちょっとナイーブになり過ぎてたかも」

 

 さっきまでとは違う、安らかな笑顔を浮かべながら、天城は俺の顔を見つめる。

 

「ありがとう世名君。お陰で悩みが吹っ切れたよ。私は私、だよね。焦らずゆっくりと、前に進んでくよ」

「ああ。それがいいよ、きっと」

「フフッ……結局、今回も世名君に助けられてる……やっぱり一人じゃ駄目だなぁ、私」

「いいじゃないか。俺だって、助けてもらってばかりだ。助けられるのは恥じゃ無いさ」

「……それもそうだね。それに……私、世名君に助けてもらうの、好きだし……」

 

 指先を合わせた両手を口元に添えながら、天城は小さく赤らんだ顔でほくそ笑む。

 

「だからさ……これからも私が困ったり悩んだりしてたら……助けてくれる?」

 

 その状態のまま顔をこちらへ向け、チョコンと小さく首を倒す。そのあまりにもキュートな仕草に思わず言葉が詰まってしまい、思考の回転が止まる。

 

「ゴホンッ!」

 

 が、不意に聞こえた大きな咳払いに、我に返る。

 

「会計を頼めますか? 店員さん」

 

 咳払いの主は、レジの正面に赤本を持って立つ海子。今のやり取りを見ていたのか、若干顔が怖い。その周りには、同じく顔が少し怖い出雲ちゃんと朝倉先輩。そしていつもと変わらぬ様子の陽菜も居た。

 

「友希君、私も追加で購入いいかしら?」

「天城先輩、同じ仕事場で働いてるのは百歩譲って許すとしても……そういうのは許容範囲外ですからね?」

「友くーん、優香ちゃーん、お会計お願ーい!」

「か、かしこまりましたぁ……」

 

 まあ、みんな居るんだからこうなるよな……バイト終わった後、大変そうだな――そんな事を考えながら、俺はみんなの商品の会計を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 本当は優香をもっと中心にした話にしたかったが、そういえば出雲と雪美にバイトの事を知られるイベントをやって無かった事を思い出し、一緒にまとめたせいで少し優香のエピソードが薄れてしまった気がする。反省。





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