モテ期と修羅場は同時にやって来るものである   作:藤龍

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引退と将来

 

 

 

 

 

 

 ある日の昼休み――裕吾達との昼食を終えた後、飲み物でも買おうと自販機へ向かおうとしていた途中、一階の掲示板の前で、俺は偶然朝倉先輩の姿を見掛けた。

 無視するのは失礼だし、挨拶をしようと歩み寄ったが、ふと違和感を覚え足を止める。

 俺と先輩の現在の距離は数メートルほどで、いつもの先輩ならこのぐらい近付けばすぐさま俺の存在に気が付き、妖艶な笑顔で声を掛けてくるはず。だが、今の先輩は俺に全く気付く様子も無く、ジッと目の前の掲示板を見つめている。

 

「朝倉先輩、何してるんですか?」

 

 いつもと少し違う展開に少々困惑しながら声を掛けると、先輩はようやく俺の方へ目線を向け、腕を組みながら向き直って、いつものような艶めかしい笑みを浮かべた。

 

「あら友希君。こんなところで会えるなんて、奇遇ね。お昼はもう終わったの?」

「あ、はい。あの……真剣な顔で何か見てましたけど、どうしたんですか?」

「え? ああ……これよ」

 

 と、先輩は再び掲示板へ視線を向ける。その視線の先にあったのは、生徒会役員募集の張り紙だった。

 

「もうそんな時期なのだと考えたら、ちょっぴりしみじみとしてしまってね」

「そっか……ウチの学園はこの時期でしたっけ」

「ええ。中等部の三年も対象に入れて、立候補を受け付けてる。来年には新しい生徒会メンバーが決まって、新体制で活動を開始する予定よ」

「という事は……」

 

 朝倉先輩は少し物悲しそうな笑みを浮かべながら、コクリと頷く。

 

「私と夜雲君、三年生は来年で引退……という事になるわね」

「引退ですか……じゃあしんみりしちゃうのも、仕方無いですね」

「そうね……自分でもこんなに寂しいと思うなんて、意外だわ」

 

 自分の毛先を指でいじりながら、先輩は再び口元に笑みを浮かべる。

 

「最初は自分の才能を有意義に活用する為に入ったのだけれど……思いがけず、生徒会としての日々が楽しかったのかもしれないわね」

「そうですか……とにかく、お疲れ様です」

「ありがとう。まあ、今月いっぱいはまだ私が生徒会長だけれどね。その間に、次に託す為に出来る限りの事はしないと」

「次……やっぱり、次の生徒会長は夕上なんですか?」

 

 俺の質問に、朝倉先輩は間を空けずに頷く。

 

「恐らくね。他に誰も、現時点で生徒会長には立候補してないから。みんな、彼女こそが相応しいと思っての事でしょうね」

「やっぱりそうなんですね……夕上、副会長として頑張ってますもんね」

「ええ。私も彼女になら、安心して後を託せる。新しく入るメンバーも、きっとしっかり仕切ってくれる。真昼や彼も、先輩として頑張ってくれるはず」

 

 朝倉先輩、生徒会のみんなを信頼してるんだな……まあ、ずっと一緒にやって来た仲間だもんな。

 

「……それでも、待ち受ける困難は多いはず。苦悩する時もあると思う。だから友希君、もしよかったらでいいんだけど……彼女達が困っていたら、力になってあげてくれる?」

「俺ですか? 別に構わないですけど……夕上に受け付けてもらえるかどうか……」

「フフッ、それはそうかもね。まあ、彼女もそこまでお馬鹿では無いわ。本当に困っていたら、きっと頼るわ。その時はよろしくね?」

「……はい」

「ありがとうね。……ところで、話は変わるけど、一ついいかしら?」

 

 先輩は俺の目を見つめながら、ピッと右手の人差し指を立てる。

 

「もしよければ今日の放課後……少し付き合ってくれない?」

「え? いいですけど……なんですか?」

「自分で提案するのは少し変かもしれないけど……私の生徒会長お疲れ様会って事で、食事でもと思って」

「お疲れ様会ですか……? 別に構いませんけど……そういうのは俺とじゃなくて、生徒会メンバーと行った方がいいんじゃ……?」

「もちろんそれは後々やるつもりよ。でも、友希君とも行きたいの。労ってもらいたい……と言うべきかしらね。三年間頑張った、ちょっとしたご褒美が欲しいの。……やっぱり、こんな事を自分からお願いするのは変かしら?」

 

 先輩は両手を後ろで組み、俺の目を覗き込みながら、小さく首を傾げる。

 労ってもらいたいか……確かに、先輩はこの三年間……いや、中学時代も生徒会だったから、六年間。ずっと生徒会の一員として、リーダーとして、この学園の為に一生懸命頑張ってきたんだ。

 ならば、ちょっとした褒美ぐらいねだっても許されるだろう。それぐらいの可愛いお願いぐらいは、しっかり聞き入れてやろう。

 

「もちろん、俺でよければいくらでも付き合いますよ」

「本当? ありがとうね。それじゃあ放課後、校門前で待ち合わせね?」

「分かりました」

「フフッ……楽しみにしてるわね、友希君」

 

 嬉しそうな表情を作り、手を振りながら先輩は立ち去った。

 お疲れ様会か……急な事でなんも準備とかは出来てないが、少しでも先輩を労ってやれるように、頑張らないと。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 放課後――授業が終わってすぐ、俺は先輩と待ち合わせの約束をしている校門へ直行した。ただ流石にまだ居ないだろうと思い、余裕を持ってゆっくりと向かった。

 しかし、俺の予想とは裏腹に校門前には既に、凛とした佇まいで俺を待つ朝倉先輩の姿があった。まさか先に来ているとは思っていなかったので、つい驚いて立ち止まっていると、こちらに気付いた先輩が銀髪を風に靡かせながら歩み寄って来た。

 

「待っていたわ友希君。どうかしたのかしら?」

「いや、先に来ているとは思ってなくて……」

「私のクラス、いつもより早めに授業が終わってね。ああ、待たせて悪かったなんて、そんな気遣いはしなくても結構よ。待っている時間も、なかなか楽しいものだから」

 

 クスリと笑い、先輩はさらに距離を積め、俺の右手を両手で優しく包み込む。

 いきなりのボディタッチに、相も変わらず心臓が微かに高鳴る。そこに追い打ちを掛けるように、先輩は優艶(ゆうえん)な微笑と共に口を開く。

 

「さあ、それじゃあ早速行きましょ? 今日は思う存分、付き合ってもらうからね?」

「は、はい……ところで、どこに行くんですか……?」

「それは着いてからのお楽しみ。大丈夫よ、きっと友希君の方が慣れている場所だと思うから」

「わ、分かりました……」

「じゃあ出発よ。楽しい一日にしましょうね?」

 

 その言葉を口にした直後、先輩は流れるように俺の真横に移動し、スルリと腕を絡ませる。

 先輩の胸の感触、幸せそうな小さな笑い声、周囲の男子からの妬みの視線などを一気に受けながら、俺は彼女と共に校門を抜けて街へ出た。

 

 通学路を外れ、車が行き交う大通りへ出てしばらく歩くと、先輩はふと正面を指差した。

 

「見えたわ。あそこのお店よ」

「あれって……ファミレスですか?」

「前々から少し興味があってね。かといって一人で立ち寄るって感じの場所でも無いだろうし、いつか友希君と来たいと思ってたの。構わないかしら?」

 

 目配せと共に来た質問に、俺は無言で頷く。先輩は「ありがとう」と微笑みながら口にして、俺を引っ張るようにファミレスに向けて歩み出す。

 店に入り、直後にやって来た店員さんに案内された一番窓際の席に、向かい合わせで座る。初めてファミレスに来た朝倉先輩は、席に着くや否や、物珍しそうに辺りをキョロキョロと見回す。

 

「……ファミリーレストランという名前なのに、家族連れは少ないのね」

 

 しばらくすると、朝倉先輩はそんな事を呟いた。

 確かに今は家族連れより、俺達と同じ学校帰りの高校生とかの方が多い。まあ今は夕飯にしては早い時間だし、あと一、二時間もすれば家族連れも増えるだろうが。

 俺はこの客層にあまり違和感を抱く事は無いのだが、初めて来る先輩にとってはやはり名前と違って家族連れが少ないのは気に掛かる事なんだな――そんな事を思いながら、メニューを取り先輩へ渡した。

 

「はい先輩」

「ああ、ありがとう。……結構色々種類があるのね」

「決まったら言って下さい。これで店員さん呼びますから」

 

 初めてだし知らないだろうと、俺はテーブルの端に置かれる呼び出しボタンを指差す。すると先輩は案の定不思議そうにボタンを見つめ、顎に手を当てる。

 

「これは……呼び鈴なのね?」

「まあ、そんな物です」

「機械とは……意外とハイテクなのね」

 

 先輩はボタンを手に取り、じっくりとあらゆる角度から眺め回す。

 しばらくして呼び出しボタンの観察を終えた先輩は、ボタンを元の場所に戻し、再びメニューへ目を通す。ゆっくりとページを捲る途中、不意に先輩は手を止める。

 

「友希君。このドリンクバーというのは何かしら?」

「ああ、えっとですね……それを注文すれば、あそこにある機械から好きな飲み物をお代わりし放題……的なものですかね」

「それはつまり……飲み放題という事かしら?」

「はい。人数分の料金を払えば、基本好きなだけ」

「この程度の料金で飲料を無制限に飲めるなんて……侮れないわね、ファミリーレストラン」

 

 先輩は微かに驚いたような表情を浮かべながら、口元に手を添えてポツリと呟く。

 ファミレスの設備にここまで驚く様子を見るのは、何だか不思議だな……俺達庶民にとっては慣れ親しんだ物だが、お嬢様の先輩にとってはやっぱり珍しいんだな。何はともあれ、楽しそうでよかった。

 

「やっぱり、私はまだまだ世間知らずね……たった数分で、こんなにも新しい発見をしたのだから。これも友希君のお陰ね。これからも、色んな事を教えてね?」

「出来る限りの事なら……それより、そろそろ注文しないと」

「ああ、そうだったわね。それじゃあ……これにするわ」

 

 と、先輩はメニューをテーブルの上に広げ、デカデカと載せられたステーキの写真を指差す。

 

「ステーキセットですね。俺は……ハンバーグセットでいいかな」

 

 俺も手早く注文を決め、呼び出しボタンを押す。ピンポーンという音が聞こえた数秒後、店員さんが俺達の席にやって来る。ステーキセットとハンバーグセット、そして二人分のドリンクバーを注文。繰り返しの注文確認の後、店員さんは俺達の席から立ち去る。

 

「さて……それじゃあ、早速飲み物取りに行きますか」

「あら、もういいの?」

「はい。なんなら俺が取ってきますか?」

「いいえ、私も行くわ」

 

 どことなくワクワクしたような声を出しながら、先輩は席を立つ。きっと自分でやってみたいんだろうなと思いながら、俺は彼女と共にドリンクバーのある場所へと向かう。

 ドリンクバーの前まで辿り着くと、先輩は未知の物体を見るような目で、正面に並ぶ機械を腕を組みながらジッと観察する。

 

「これがドリンクバー……飲み物も色々と種類があるのね。どれを選んでも構わないの?」

「はい。やり方は、ここにコップを置いて、欲しい飲み物のボタンを押せばいいだけです。あと、お好みで氷とかも好きなだけ」

「なるほど……早速やってみましょう」

 

 機械の横にあるコップを一つ手に取り、俺が示したところにコップを乗せる。暫し考え込むように静止した後、麦茶のボタンをポチッと人差し指で押す。

 直後、先輩の置いたコップに機械から麦茶が出てくる――が、一センチほど注がれた時点で、すぐに止まってしまった。

 

「あら? これしか貰えないの? 値段も安いし、これぐらいが妥当なのかしら?」

「あ、いや、これは押したら適量出る訳じゃ無くて……押し続けないといけないんですよ」

「押し続ける……なるほど、そういう事。ありがとうね友希君」

 

 自分の勘違いに気付いても動揺する素振りは一切見せずに、先輩は再度麦茶のボタンを長押しして、七割程度注がれたところでボタンを離す。

 

「なるほど……こうやって分量を調整する訳ね。いいシステムね」

「お気に召したようで何よりです……長居すると他の客の迷惑になりますし、戻りましょうか」

「ええ」

 

 俺も先輩と同じ麦茶を適量確保してから、席に戻る。

 それから待つ事数分、俺の頼んだハンバーグセットと、先輩のステーキセットがほぼ同時にやって来る。美味そうな肉の匂いに食欲が掻き立てられ、食べ始めたい気持ちをどうにか抑えながら、右手でコップを持ち、先輩の方へ差し出す。俺が何をしようとしているのか察してくれたのか、先輩も同じくコップを持ち上げる。

 

「それじゃあ改めて……生徒会長、お疲れ様でした」

 

 その言葉と共に、俺は先輩の持つコップへ自分のコップをぶつけた。ガラスとガラスのぶつかり合う甲高い音が、辺りに響き渡る。

 

「どうもありがとう。さあ、冷めちゃわない内に食べちゃいましょう」

「ですね。折角の出来たてですから」

 

 麦茶で軽く喉を潤してから、俺と先輩はそれぞれの品に向き合う。ナイフとフォークを取って、二人揃って「いただきます」と口にしてから、料理を食べ始める。

 

「んっ……うん、美味しいわね。お手頃な値段でこの美味しさ……繁盛するのも納得だわ。今度生徒会でのお疲れ様会も、ここにしようかしら?」

「気に入ったみたいですね」

「ええ、とても。きっと友希君が居なかったら、ここを訪れる事は無かったでしょうね……本当、友希君には感謝しないと」

「ハハッ、大袈裟ですよ……」

「ウフフ……あら? 友希君、口元にソースが付いてるわよ?」

「え? マジですか?」

 

 早く拭こうと、自分の手拭きを探していると、突然正面に座る先輩が身を乗り出す。そのまま手拭きを持った右手を俺に向かって伸ばし、スッと口元をなぞった。

 

「ちょ……!?」

「はい、綺麗になった」

 

 身を乗り出したままそう口にして、先輩はニッコリと笑顔を見せた。冷静な先輩が稀に見せる事のある、その無邪気な笑顔につい言葉を失う。そのまま俺は呆然とした状態で、今さっき先輩が触れた口元に無意識に手を持って行った。

 

「あら、どうしたの? 顔が真っ赤よ?」

「えっ!? あ、いや、何でも……!」

「ウフフ……照れ屋さん。本当に、友希君の反応は楽しいわ。もしも口で直接取ってあげたら、どんな反応見せたのかしらね?」

 

 そう言って、先輩は閉じた唇の間から、小さく舌を出した。それに何も言い返せなかった俺は、無言で目を逸らして、ライスを二口ほど頬張った。

 

「フフッ……」

 

 先輩もクスリと笑った後、何も言わずに再び食事に戻った。

 周囲の雑談の声に混じり、カチャカチャとナイフと鉄板がぶつかる音を聞きながら食事を進める事、数分。先輩が不意に手を止めた。

 

「……どうかしました?」

「いえ、少し考えていたのよ……これからの事を、ね」

「これから……ですか?」

「もうすぐで冬休み。それが明けたら、私は生徒会を引退。その二ヶ月後には……私は乱場学園からも卒業する事になるわ。もし卒業したら……どうなるのかと、ふと思ってね」

 

 先輩は口元にうっすらと悲しげな笑みを浮かべ、麦茶に映り込んだ自分の顔を見つめる。

 

「先輩は……卒業した後、どうするか決めてるんですか?」

「一応ね。とりあえず、都内の大学へ進学かしら。それから……グループの手伝いも少しずつしていくかも」

「グループって……朝倉グループですよね? 何を手伝うんですか?」

「そうね……お兄様の仕事とかかしら。正直手助けなんていらないだろうけど、私もグループの為に少しは力になれたらってね」

 

 スーッと、コップの(ふち)を指でなぞりながら、先輩は言葉を続ける。

 

「父や母からはお前は自由に生きろ、グループの事は気にしなくていいと言われてるけど、私は朝倉家の人間として、少しは力になりたいから。どこまで力になれるか分からないけど、積極的に助力するつもり」

「……そうですか」

 

 先輩はちゃんと、将来の事を考えているんだな。それに比べて俺は、まだ何も決められていない。将来の事も、誰の思いに答えるかも、何も。

 先輩はもうすぐで卒業だ。なのに俺は、未だに答えを出せずにいる。先輩は大学生という新たな門出を迎えるのに、俺との関係性は変わらず。それどころか俺と関わる時間も他のみんなと比べたら少なくなって、先輩にとっては不利になってしまうかもしれない。

 これも全て、俺がモタモタしているせいだ。俺が早く答えを出せば、先輩は――

 

「友希君……そんなに難しく考えなくていいわ」

「えっ……?」

「卒業しようがしまいが、何も変わらない。友希君は真面目だから、私が卒業しようと平等に接してくれるはず。だから私は卒業したからって、この友希君を巡る争いで不利になるなんて、不公平だなんて思ってないから」

「先輩……」

「だから友希君は今まで通り、ゆっくりと考えてくれればいいのよ。大学生になろうと、社会人になろうと……私は、いつまでもあなたの答えを待っているから」

 

 俺の考えている事を察したのかな……変な気を使わせちゃったな。

 

「それにね、私なんとなく思うのよ。友希君はきっと、私が卒業する前に答えを出してくれるって」

「え? どうして……?」

「さあ……女の勘、かしら」

「勘……ですか」

「まあ、無理に急げとは強要しないわ。最後まで必死に考えて、迷いの無い答えを見出してね? それなら私はどんな答えでも、真正面から受け入れるから」

 

 胸にそっと手を添え、先輩は安らかな顔で小さく首を倒す。

 

「先輩……その……」

 

 そこから先の言葉に迷い、言いよどんでいると、先輩は突然パンッと手を叩く。

 

「さあ、真面目な話はここまでにしましょう。今日は折角のお疲れ様会なんだから。楽しく行きましょう?」

「あっ、ご、ごめんなさい、暗い感じにしちゃって……」

「そういうのも無しよ。それにこういう話をする機会は、近々あるでしょうしね」

「それって……?」

「まだ秘密」

 

 と言いながら、先輩はフォークを手に取る。先端を自分の一切れサイズのステーキに刺して、それを俺に向けて差し出す。

 

「とにかく、真面目な話はおしまい。甘い時間を過ごしましょ? はい、あーん……」

「ちょ、先輩……!?」

「いいじゃない、私と友希君の仲なんだから。それとも、口移しがいい?」

 

 唇に人差し指と中指を添えながら、先輩はイタズラな含み笑いを浮かべる。ステーキの油のせいか、いつもより艶めいているプルンとした唇にドキッとしながら、俺は首を横に振る。

 

「い、いや! それは流石にマズいというか……普通でお願いします」

「あら残念。それじゃあ……はい、あーん……」

 

 色っぽい口調で言いながら、先輩はこちらに向けてゆっくりとステーキを伸ばす。俺はそれを緊張しながら、パクリと口にする。モグモグと咀嚼する俺の顔を、先輩は両手で頬杖をつき、少しばかりニヤニヤした表情で見つめる。

 何回やっても恥ずかしいなこれ……そういえば、さっき先輩が言ってた話をする機会ってなんだろう……? 聞いてもはぐらかされそうだし、今は心の奥に留めておくか。

 

 ――友希君はきっと、私が卒業する前に答えを出してくれるって。

 

 先輩はゆっくりと考えてくれって言っていたけど、きっと卒業前に答えを出すのが最善だよな。もちろん先輩にとって望ましい答えになるかは、分からないけど。

 でも本当に……俺が卒業までに答えを出す事なんて、出来るのだろうか……?

 

「……友希君、難しい顔をしてるわよ。そういう事は、今は考えないでほしいわ」

「へっ……? あ、ごめんなさい……」

「いいわよ別に。その代わり、ここからは楽しんでくれなきゃ駄目よ?」

「……はい」

 

 そうだ、今は先輩の為のお疲れ様会だ。先輩に楽しんでもらう為に、俺も心の底から楽しまないと駄目だよな。考える事はいつでも出来るんだ。今はとにかく、先輩の為に俺も楽しもう。

 

「空気悪くしてすみません……ここからは、楽しくしましょう」

「もう、そんなに気にしなくていいのに。でも悪いと思ってるなら……今度は私に食べさせてくれる?」

「えっ……!? ……わ、分かりました……あ、あーん……」

「あーんっ……うん、美味しい」

「そ、それはよかったです……」

 

 それから先、お疲れ様会が終了するまで、俺はいつも通り先輩のからかいに振り回され続けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 




 雪美の生徒会引退話。もうちょっと真面目な内容にしようと思ってたけど、ファミレスでイチャイチャしてた印象のが強い気がする。
 作中でも言ってましたが、真面目なお話はまた別の機会にあると思います。多分。






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