モテ期と修羅場は同時にやって来るものである   作:藤龍

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小悪魔アイドルのイタズラ

 

 

 

 

 

 

 12月最初の土曜日――疲れが溜まっていたのかどうか分からないが、俺は珍しく正午を過ぎてから目を覚ました。寝過ぎたせいか若干気怠い体を起こして、リビングへ向かう。

 リビングに入ると同時に、美味そうなミートソースの香りが鼻孔をくすぐった。寝起きで少しぼやけた目を擦ってテーブルの方へ視線を向けると、恐らく母さんが作ったであろうミートソーススパゲティを啜る友香の姿が視界に映った。

 

「おはよう。随分遅くまで寝てたね」

「まぁな……陽菜はまだ寝てんのか?」

「陽菜ちゃんなら朝早くに出掛けたわよ」

 

 と言いながら、母さんが友香の食べるのと同じミートソーススパゲティが盛られた皿を新たに二つ手にして、リビングへやって来る。

 休日は昼過ぎまで寝てる陽菜の奴が、朝早くに出掛けたのか……珍しい事もあるんだな。……いや、陽菜の奴は最近は割と早起きをして、海子の家とかに出掛けてる事が多い気がするな。

 あいつの生活リズムとやらも変わってるって事なのかね――などと考えながら、俺は友香の正面に座り、母さんが持ってきた昼食と向き合う。

 

「ふわぁ……いただきます、と……」

「全くおっきいあくびして、だらしないわね。友希も陽菜ちゃん見習って、もっと活発に動いたら?」

「なんだよいきなり……休日なんだからいいだろ?」

「休日だからってだらけ過ぎてるのはいけません! そのままだらしない大人になったら、未来の奥さんを困らせちゃうわよ?」

「急に母親っぽい事言うなぁ……大体それ言うなら、ウチの駄目親父は休日家でだらけてんじゃんか」

「お父さんはいいのよ! 私は困ってないし!」

 

 と、母さんは両頬に手を当て、乙女のような黄色い声を発しながら体を左右に振るう。

 駄目だこの人……ま、言いたい事は分かるけど、こっちも学校やバイトやその他諸々で疲れてるんだから、休日ぐらい休ませてほしいものだ。

 

「ま、お母さんの言う事も一理あるんじゃない? 私もだらしないお兄ちゃんとか嫌だし」

「だらしない妹に言われたくないんですが……お前だって今日は一日中家でだらけてるんだろ?」

「残念、今日は出雲達と買い物に行くから。活発に行動しますから」

「あ、そうなのね……」

 

 休日にお友達とショッピングとは、青春エンジョイしてるじゃないか我が妹よ……まあ、だからって兄も青春エンジョイしようって気にはならないけど。

 天城達からもこれといった誘いは無い。ならば無理に出掛ける必要など無い。家で英気を養って、明日以降に備えるのが吉だ。

 今日は絶対家に引きこもってやるんだ――そう強い意志を固めたのとほぼ同時に、友香がスパゲティをクルクルまとめながら、口を開いた。

 

「というか、今日は出た方がいいんじゃない?」

「なんで?」

「お父さん、今日仕事が早上がりで、もうすぐ帰ってくるよ?」

「……だから?」

「……分かるでしょう?」

 

 チラリと、友香は母さんに目を向ける。

 母さんは父さんにゾッコンで、家に居る時は常にベタベタしてるレベルだ。つまり……今から数時間後、ウチの両親のイチャイチャがこの我が家で始まるという事だ。

 

「……出掛けるわ」

「でしょ?」

 

 

 ◆◆◆

 

 

 約一時間後――俺は白場駅周辺を、一人でぶらついていた。

 本当なら今頃、家でゴロゴロしながら本でも読んで休日をエンジョイしてたはずなんだが……仕方無いよな。俺も流石に真っ昼間から、両親のイチャイチャする様子を横にまったり休めるほどのメンタルを持ち合わせていない。

 未だバカップルな両親を持つと苦労するものだ……夫婦としては悪くは無いんだろうけど、息子の立場からすると止めてほしいという感情しか出てこない。

 俺も将来は結婚したりするんだろうが、奥さんとの適度な距離というものを見定めないとな。でないと、いつか産まれるかもしれない子供に悪い。

 そんなざっくりとした将来設計を頭に思い描きながら街を散策している途中、ふと視界の端に映ったある物が気に掛かり、足を止める。

 目の前にあるのはとあるCDショップ。そして視界の端に映った物の正体は、ラヴァーズチルドレン――香澄ちゃんの所属する大人気アイドルグループの出す最新CDの宣伝ポスターだった。

 アイドルらしい派手な衣装を着飾ったラヴァーズのメンバーが集合する、いかにもそれっぽいポスター。香澄ちゃんはリーダーの小鳥遊さんと共に、センターに立っている。

 

「凄いなぁ、香澄ちゃん……ちゃんとアイドルしてるんだなぁ……」

 

 今更だけど、知り合いに芸能人が居るって凄い事だよなぁ……そしてそんな芸能人にお兄さんとか言われて懐かれてるのは、もっと凄い事だよなぁ……ファンとかにバレたら怖いだろうなぁ。

 香澄ちゃんの為、その姉の天城の為、そして何より自分の為――絶対知り合い以外にはバレないように気を付けようと、改めて心に刻んでから、ポスターの前から離れる。

 

「――もしかして……世名君かしら?」

 

 そのまま立ち去ろうとした直前、不意に誰かに名前を呼ばれる。体を反転させると、目の前には黒いコートを着て、サングラスと大きな帽子で顔が半分隠れた金髪の女性が一人。

 名前を呼んだって事は、俺の知り合いだよな? ……こんな黒ずくめな知り合い居たっけ?

 

「えっと……どちら様で?」

「あらあら、また分からないの? 流石にちょっとショックだわ。しょうがないわね……じゃあヒントをあげるわ」

 

 と、女性は右手の人差し指をピッと、ある方向へ向ける。彼女の指が指し示すのは、ラヴァーズのポスター。

 

「…………あっ!」

「ようやく分かった?」

「もしかして……小鳥遊さん……?」

「ピンポーン。せ・い・か・い」

 

 艶めかしい声を出しながら、彼女――ラヴァーズリーダーの小鳥遊ゆかりはサングラスをズラして、お決まりのウインクをした。

 

「お久し振りね。えっと……確か、文化祭の時以来だったかしら?」

「そ、そうですね……にしても、小鳥遊さんはどうしてこんなところに?」

「今日は久し振りに一日中オフでね。だから思いっきりショッピングでもしようかなって。まさか世名君に遭遇するとは思って無かったけどね。フフッ、ちょっと運命感じちゃうわ」

「う、運命って……」

「冗談よ。そんな事言ったら優香に怒られちゃうもの」

 

 サングラスを取ってプラプラ揺らしながら、小鳥遊さんは楽しそうに笑う。

 冗談って……そういえば小鳥遊さんはこういう感じだったな……まだそんなに話した事ある訳じゃ無いから、ちょっと掴み辛いな。

 

「ところで、世名君は何をしてるの? なんだか私達のポスターを眺めてたようだけど?」

「あ、えっと……偶然見掛けて眺めてただけで……特に用事は無くて、ブラブラしてただけです」

「そうなの。私達のCDを買おうとしてくれてたのかと思ったけど、期待外れだったわ」

「な、なんかごめんなさい……」

「冗談よ。という事は……世名君、これから暇なの?」

「まあ、予定は無いですけど……」

 

 そう答えると、小鳥遊さんは何か考えるように人差し指を下唇に当て、視線を落とす。

 

「うん……なら、丁度良いかも。世名君、もしよかったら私とデートでもしてみない?」

「あ、はい……はい!? デート!?」

「あらいい反応。面白いわねー」

「いや、そうじゃなくて……いきなり何言ってんですか!?」

「ちょっとした冗談よ。ただ、ちょっと私の買い物に付き合ってみない?」

「って、それ結局デートじゃないですか!」

「ある意味そうかもね。でも別にあなたに気がある訳でも無いし、手を繋げとか要求する訳でも無いから安心していいわよ?」

 

 そこまで真顔で断言されると流石にちょっと傷付く。

 

「じゃあ、何目的ですか……?」

「ただ単純に、荷物持ちとか居たら助かるかなーって。それに私、よくよく考えたら世名君の事よく知らないしね。一応優香の友人として、あなたの紳士なところを知ってみようかと思って」

「は、はぁ……」

「もしかしたら今後、優香達とのデートでの参考になるかもしれないし、どうかしら? 私とのデート……受けてみない?」

 

 一体何を企んでるんだ、この人は……いや、多分今さっき言った事が全てなんだろう。単純に楽しんでるだけって事も有り得るだろうが。

 友人である天城を悲しませるような事をするとは考えられないし、多分本当にやましい事は無いんだろうが……どうしたものか。

 

「……分かりました。少しなら付き合いますよ」

「あら受け入れるのね? てっきり優香達に申し訳無いとか、断ると思ったのに」

「それも少しは考えましたけど……彼女達なら事情を説明すれば……まあ、分かってくれるでしょうし……あなたが天城を傷付けるようなゲスな人とは思えませんしね。それに折角のお誘い、断るのもあれなんで」

「……そう。香澄や優香から聞いてる通り、呆れるほどの真面目君ね。そういうところ、嫌いじゃ無いわ」

 

 小鳥遊さんはサングラスを掛け直し、歩み始める。

 

「なら早速行きましょうか。少し荷物多くなるだろうから……覚悟しといてね?」

「望むところですよ」

 

 思わぬ事になったな……まあ、小鳥遊さんは常識のある人だろうしな。俺の現状を知ってるし、ちゃんと節度のある買い物をしてくれるだろう。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 ――と思ったが、前言撤回だ。彼女……ちょっと、ズレてる気がする。

 

 小鳥遊さんの買い物に付き合う事になった俺が彼女と共に最初に訪れたのは、駅近のデパート内にあるランジェリーショップ。いわゆる、女性用下着売り場だ。

 ガラスのショーケースの中に並び立つ下着を着けたマネキン、目が疲れる明るい色の壁に囲まれた店内、品物である下着を物色する女子高生達――目の前に広がる普段は全く関わる事の無い光景に、圧倒されて呆然と店の前に突っ立っていると、小鳥遊さんは何も躊躇する素振りを見せずに、店内に足を進める。

 

「じゃあ、私は物色してるから、適当に待っててくれる?」

「いや、あの、小鳥遊さん?」

「どうかしたの?」

「あの……どうしてランジェリーショップ?」

「そんなの、下着を買いたいからに決まってるわ」

「いやいや! だからって男連れてるんだから、ちょっとは躊躇うでしょ! あなた俺に気があるとかじゃ無いんでしょう!? ならこんな場所に来ないでしょう!」

 

 こんな場所に男女で来るなんて、それこそカップルぐらいだろう。にも関わらず、彼女は何の迷いも無くこの店へ直行した。普通、年頃の女子なら同い年の男子とこういう場所に来るのは、少しは躊躇ったりするものだろう。

 俺を信頼してくれてるのかどうかは知らんが、一応大人気のアイドルが彼氏でも無い男と一緒に下着を買いに来るのはどうかと思う。

 

「ああ、私は別にそういうの気にしないから。安心して。別に下着試着してこれどう? とか聞いたりしないから」

「当たり前ですよ! そんなの恋人同士でも(まれ)ですよ!」

「アッハハ! 面白いわねー、世名君の反応。気まずいんだったら、店の外で待ってる?」

「言われなくてもそうしますよ……」

 

 こんな女性の巣窟の中で待ってるなんて、恥ずかしくて仕方無い。お言葉に甘えて、俺は店の前で彼女のショッピングが終わるのを大人しく待たせてもらう。

 

「あら残念。一緒に下着選び、楽しそうだったのになー」

「あなたは……いいから、さっさと済ませてきて下さいよ!」

「はいはーい。じゃあ、少し待っててねー」

 

 気軽な口調で言いながら、小鳥遊さんはランジェリーショップの中に入って行く。

 全く……小鳥遊さん、意外と意地悪な人なのか? 小悪魔アイドル的な? 何はともかく……こんな調子だとこれ以降も色々と振り回されそうだな、これ。

 早くも小鳥遊さんとの買い物に不安を感じながら、彼女のショッピングが終わるのを待つ事、約十五分。お店の紙袋を片手に、小鳥遊さんが店から出て来る。

 

「待たせてごめんねー。いい買い物が出来たわー」

「そうですか……次はどこに?」

「うーん、そうねぇ……あ、これ持っててくれる?」

 

 と、小鳥遊さんは恐らく今し方購入した下着が入っているであろう紙袋を差し出す。

 

「お、俺が持つんですか……!?」

「だって荷物持ちを頼む為に付き合ってもらってるんだもの。ちゃんと仕事はしてもらうわよ?」

「だからって……下着ぐらいは自分で管理して下さいよ……」

「あらあら? もしかして興奮しちゃってる? 駄目よー、そんなんじゃ優香に怒られちゃうわよ?」

 

 あんたがそう仕向けてるんでしょうが……イカン、完全に小鳥遊さんにペースを握られてるな……このままじゃされるがままだ。とはいえ、どうすればいいかも分からん。

 朝倉先輩とかもそうだが、こう自由気ままな感じの人の相手は苦労するな……あんまり過剰に反応しない方がいいんだろうな……そういう反応を楽しんでるんだろうし。平常心、平常心を保つんだ、俺。

 

「……分かりました。持ちますよ」

 

 意を決し、彼女の差し出す紙袋を受け取る。

 

「どうも。それじゃあ次の場所へ行きましょうか」

「どこに行くんですか?」

「上の階にあるアクセサリーショップよ。女の子に人気の可愛いアクセサリーがあるお店なの」

 

 女の子に人気……という事は、きっとまた男性が入り難い場所なんだろうな。

 数分後、目的のお店に到着。俺の予想通り、その店は少々男性が居辛いファンシーな雰囲気のお店で、当然ながら男性の影など一つも無かった。

 

「じゃあ入りましょうか」

「えっ……いや、俺は今回も外で……」

「駄目よ。折角だから世名君の参考も聞いてみたいわ。今回はランジェリーショップに比べればマシでしょう?」

「えぇ……」

「さあ、入った入った」

 

 小鳥遊さんは俺の腕を強引に鷲掴み、引っ張りながら店内に足を進める。

 

「ちょっ、待った……!」

「まあ、可愛いのがいっぱい。これなんかどうかしら?」

 

 近くにあったピアスを手に取り、耳元に持って行きながら俺に見せる。

 

「はぁ……いいんじゃないですか?」

「なんか適当ねぇ……あ、でも耳に穴開けなきゃだし、無理か。他のにしよ」

「……自由だなぁ」

 

 

 

 それからも、俺は小鳥遊さんのショッピングに振り回され続けた。

 レディース専門の洋服店や、ぬいぐるみや可愛らしい物が売っているお店など、男性が行き辛い場所を中心に回り続ける事数時間。少し休憩を取る為に、俺達はデパート内のカフェに足を運んだ。

 が、ここもほとんどの客が女性で、男性の姿が皆無と言っていいほど見当たらなかった。どうやら、ここも女性に人気のお店という場所のようだ。

 

「……あの、小鳥遊さん。もしかして、さっきからわざと男性が居辛い場所選んでません?」

「あらバレちゃった? まあね。世名君の反応が面白くって、ついね。嫌だった?」

「嫌って訳では無いですけど……少し気まずいというか、なんというか……」

「まあ、年頃の男子だもんね。……でも、そんなんじゃ駄目だと思うわよ?」

 

 小鳥遊さんはメロンソーダをストローでクルクルかき混ぜながら、言葉を続ける。

 

「きっと世名君は今後も優香達とデートをする機会があるでしょう? そして、もしかしたら今日みたいに男性が居辛い場所を巡る事もあるかもしれない。もしそんな時、あなたが今日みたいな気まずい雰囲気だったら、相手はデートを楽しめる?」

「そ、それは……」

「だから難しいかもしれないけど、こういう場所にも慣れなきゃ駄目よ? 将来の彼女さんの為にもね」

「小鳥遊さん……もしかして、その為にわざと?」

「半分はね。優香の応援するついでに、ちょっとでもあなたの力になれたらと思ってね」

 

 小鳥遊さん、俺の為に……確かに今後の為に、こういう事に慣れておかないといかないのかもしれないな。ただ自分が楽しむ為だけかと思ってたけど、色々考えてくれてたんだな。

 

「まあ、半分は楽しそうだったからだけど。それにもし優香に今日の事知られちゃったら、力になるどころか面倒な事になりそうだけれどね」

「アハハッ……」

「ふぅ……さて、買い物はこの程度でいいとして……最後にCDショップに寄ってもいい?」

「いいですけど……何か用ですか?」

「物色ついでに、私達の最新シングルの売れ行きでもチェックしようかなーって」

 

 最新シングル……ああ、そういえばあのポスターに書いてあった発売日今週だったな。

 

「やっぱり、そういうの気にするんですね」

「私はね。気にするだけ損なんだけど、やっぱ気になるのよねー」

「そうなんですか。じゃあ、行きましょうか」

「ええ。よかったら一枚買ってね?」

「ハハッ、検討しときます……」

 

 飲み物を全て飲み干し、買い物で増えた荷物を手に、カフェを後にする。そのまま同じビル内にあるCDショップへ向かい、ラヴァーズの最新シングルを探す。

 

「お、ありましたね、ラヴァーズのCD」

「ふむふむ……結構売れてるわね。置き場所良いし……このお店は好感持てるわね。さて、確認は出来たし後は適当に回りましょうかね」

 

 と、小鳥遊さんはラヴァーズのCD売り場を離れ、別の棚のCDを物色し始める。俺も軽くラヴァーズの最新シングルに目を通してから、他にお気に召す物が無いか適当に棚を見て回る。

 

「お、ラヴァーズ最新シングルじゃん」

 

 ふと、そんな男性の声が聞こえてくる。振り返ってみると、ラヴァーズのCD売り場の前に、二十代前半と思える男性が二人立っていた。

 ラヴァーズのファンだろうかと、なんとなく耳を向けていると、片方の男性がCDを手に取り、口を開いた。

 

「俺、このグループ嫌いなんだよなぁ……見てるだけで腹立つ」

「あん? どうして?」

「だってさ、最近何かとテレビとか出過ぎじゃね? 大して歌も上手くねーし、顔だって微妙だしさ。ぶっちゃけ事務所のごり押しとかだろ? なんかムカツクわ」

「なんかムカツクって……言い過ぎだろお前」

「いいんだよ。ネットだと叩かれまくりだぜ? みんなから嫌われてんだよアイドルってのは。本当、さっさと不祥事でも起こして業界から干されろよマジ」

 

 手に取ったCDを乱雑に棚に戻し、男性は店を後にする。戻されたCDはガシャンと音を立てて棚から落ち、もう一人の男性はそれを棚に戻してから暴言を吐いた男性を追い掛ける。

 あいつ、好き勝手言って……何を知ってあんな事口にしてるんだよ。ああいう奴、本当にイラつく……!

 

「気にしなくていいわよ、あんなの」

 

 男性が吐き捨てた暴言にイラつく俺に対して、暴言を吐かれた側である小鳥遊さんは、何食わぬ顔でCDのパッケージに目を通していた。

 

「小鳥遊さん、でも……!」

「あんなの日常茶飯事。嫌いとか、ブスとか、ごり押しとか、死ねとか、どこで何を一日に何回言われてるか分かったもんじゃ無いわ。気にするだけ損」

「だからって……」

「そもそも、誰にも嫌われてない人なんて居ない。生まれたばかりの赤ちゃんとかだって、泣き声うるせーとか毛嫌いされてるかもしれない。世間に知られてる芸能人なんて、特に多くの人に嫌われてる」

「そ、そうかもしれませんけど……だからって、ああいう風に言い触らす奴は、どうかと思いますけど……」

「まあ、それは同感。自分がどうこう言われるのは特に気にしないけど……メンバーが馬鹿にされてるのは、少しいい気分じゃないし」

 

 と、小鳥遊さんは静かに呟き、眉間にシワを寄せる。

 

「でもまあ、それはメンバーのみんなも覚悟してアイドルやってるんだろうけど。これは向き合っていかなきゃいけないもんなのよ」

「でも……それって、辛くないんですか?」

「もちろんシンドイわよ。でもね……」

「――お、ラヴァーズの最新シングルだ!」

 

 再び、ラヴァーズのCD売り場から男性の声が聞こえてくる。今度は俺達と同年代と思われる男子三人組だ。

 

「そういえば今週発売だったけ……買い忘れてた」

「マジかよお前! 俺発売日に買ったぜ?」

「今回の曲はいいぞ。なんせカスミンのソロパートがあるからな!」

「へぇー。でも俺ユカリン派だしなぁ」

「貴様! カスミンを愚弄するか!?」

「愚弄とかじゃねーよ! お前本当、カスミンの事になるとメンドクセーなぁ」

「まあ分かるけどな。やっぱいいよなー、ラヴァーズ」

 

 先の男性とは違い、彼らは楽しそうにラヴァーズの事で談笑していた。心の底から楽しそうに、ラヴァーズの事を語り合っていた。

 

「でも……あんな風に本気で私達を好きって言ってくれて、応援してくれる人達が居る。だから、私は頑張れるの」

 

 と、小鳥遊さんは三人組の姿を嬉しそうに微笑みながら見つめ、そう言った。

 

「辛い事もあるけど、沢山の人からこんなに好意を向けられる、応援してくれる……それだから辞められないの、アイドルは」

「……そうなんですね」

「……世名君。一つ言っておくわ」

「はい?」

「アイドルだろうとなんだろうと、人に好意を向けられるのはとても貴重で、有り難くて、嬉しい事。だから……あなたの事を大好きでいてくれる優香達の事――大切にするのよ?」

 

 お得意のウインクをしながら、人差し指を立てる。

 そうだよな……あんな子達が、揃って俺の事を好きだって言ってくれてるのって、凄い事で、とても恵まれてるんだよな……彼女達の好意を、ぞんざいに扱っちゃ駄目だ。それが、自分を好きと言ってくれる事に対しての、感謝の示し方だ。

 

「もちろん、分かってますよ。その言葉、胸に刻んでおきます」

「よろしい。さて、そろそろ出ましょうか」

 

 小鳥遊さんは店の外に向かって歩き出し、俺も後を追う。しばらく歩くと、小鳥遊さんは急に立ち止まって、大きく背伸びする。

 

「うーん……! 今日は久し振りに休日を満喫出来たわ。付き合ってくれてありがとうね、世名君。お陰でとっても楽しかったわ。また今度もデートしてみる?」

「い、いやぁ……」

「ウフフッ、冗談よ。またデートなんてしたら、本当に優香に怒られちゃいそうだしね。世名君も、私に惚れちゃ駄目よ?」

「ハハッ……悪いけど、そんな余裕はありませんよ」

「あらま振られちゃった。……なんてね」

 

 と、小鳥遊さんは楽しげな笑顔を作る。

 全く……最後まで自由気ままな人だったな。まあ、トラブルも無く終わって何より――

 

「あれ? 世名君……と、ゆかり……?」

 

 と、どこか強張った声が耳を通り抜ける。一瞬の硬直の後、俺はゆっくりと首を回す。視線の先には、黒髪の女性が二人。

 

「あらあら……優香に香澄とバッドエンカウント」

「ゆかりさんに……お兄さん!? えっ、どういう組み合わせ……!?」

「二人とも……何してるの?」

「あー、えっとですね、これはですね、そのですね……」

「うーん……お忍びデート?」

「小鳥遊さぁん!?」

「デート……?」

 

 瞬間、天城の雰囲気が良く無いものに変わる。

 

「いや違うよ! デートじゃなくて、これはその色々と事情がありまして……ほら、香澄ちゃんならおたくのリーダーさんの考えぐらい分かるでしょ!」

「……まあ、なんとなーく察せますけど……お姉ちゃん、話ぐらい聞いてあげなよ」

「……うん。それもそうだね」

「よかった……じゃあ、早速――」

「あれ? 友くんだ! おーい!」

 

 と、嬉しそうな声が背後から飛んでくる。三秒ほど間を空けてから、俺は振り返る。視線の先には、見覚えのある女性が、三人。

 

「……何してんの?」

「やっぱり友くんだ! えっとね、今日は二人に午前中からお料理の練習に付き合ってもらってたんだけど、休憩がてらお買い物しにきたの! ねぇ、海子ちゃん、雪美さん! 友くんに会えるなんて、ラッキーだったね!」

「……ああ、そうだな……ある意味ラッキーだったかもな、こんな状況に出会すとは」

「何やらいつものメンバーには居ない人が居るけれど……どういう状況なのかしらね?」

「あ、アハハハハー……えっとその――」

「ゲェ……」

 

 と、短い声が背後から聞こえてくる。もう硬直するのも馬鹿らしくなり、すぐさま視線を移す。そこには、やはり見覚えのある女性が、四人。

 

「なんか面倒そうなのに出会したぁ……」

「せ、世名先輩と天城先輩達……こ、これっていわゆる……」

「修羅場ってるね」

「って、なんで先輩とあなた達が一緒なんですか! しかもなんか知らない人居るし! 誰ですかあなた!」

「あーらあらあら、全員集合って感じ? 面白くなってきたわねー」

「ゆかりさん……多分全部あなたのせいですよ?」

「それもそうね。世名君、ごめーんね?」

 

 伝家の宝刀ウインクと共に、可愛らしく謝罪をしてから、小鳥遊さんは一歩後ろに下がった――が、それを天城が背後に回って阻止。

 

「逃がさないからねゆかり」

「あ、やっぱり?」

「さてと……とりあえず事情説明を求めようか?」

「責めるような事はしたくないけど……流石にお話ぐらいは聞かせてね?」

「先輩、どういう事ですか!?」

 

 みんな、険しい表情をしながら、ジリジリと詰め寄ってくる。

 やっぱりこうなるのね……まあ、これもそれだけ俺を慕ってくれてるって事だし、感謝した方がいいの……かな?

 

 

 結局その後、三十分近く掛けて彼女達に事情を説明し、とりあえず納得してもらう事に成功。俺をデートに誘った小鳥遊さんはご飯を驕る事で、俺は一つ欲しい物を買ってあげる事で、彼女達からの許しを得たのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




 たまには友希とヒロインじゃない女子キャラをガッツリ絡ませてみたい。そういえば出番全然無いから、ゆかりメインの話を書いてみたい――という考えから生まれたお話。
 今後の為とか言ってたけど、ヒロイン勢は友希と一緒にランジェリーショップ行ったりしないよね。雪美とかは行きそうだけど。






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