――放課後 白場商店街
白場駅近くにある、ごく普通の商店街。近所に巨大な駅ナカのショッピングモールなんかがあるにも関わらず、活気の良い賑わうこの場所に、俺が去年の夏頃から働いているバイト先――『太刀凪書店』がある。
商店街の中央辺りに建つそれなりに広く、それなりに稼いでいる今時では珍しい個人経営の書店だ。
ゴールデンウィークはわがまま言って休ませてもらったが、今日から復帰だ。まあ、結構緩いところだし、割と暇がある場所だから、簡単に休みを取れた。
とはいえ久しぶりだから少し緊張はしている。まあ、店長や他のバイトの人も優しいし、大丈夫か。そう、余裕を持って店内に入り、挨拶をしようと店長の居るであろう裏の従業員室へ向かう。
「こんにち――」
――は。と挨拶を終える前に、俺の頭上から突然木刀が振り下ろされ、それが俺の旋毛を捉え、直撃する。
「いったぁ!?」
突然の仕打ちによる混乱と衝撃により、頭がグワングワン揺れる。い、一体何!?
ばっと顔を上げると、こちらを見下ろす、一人女性が立って居た。大胆にはだけた白いシャツからチラリと見える大体Fカップぐらいであろう胸部が特徴的な黒髪ロングの彼女は、木刀を肩に担ぎ、鬼の形相と言える顔でこちらを睨み付けていた。
「お、お久しぶりです……千鶴さん……」
彼女こそがこの太刀凪書店の店長、
本と刀をこよなく愛する彼女は、最初は刀鍛冶を目指していたらしい。が、そういう作業がてんで駄目で挫折。最終的に本の方へ進み、この書店経営を始めたという変わった経歴の持ち主だ。
普段は温厚で、姉御肌な優しい人なのだが――時々機嫌が悪い時があり、その時は愛用の木刀を片手に色々発散するらしい。どうやら、今はその機嫌が悪い時らしい。
「本当……久しぶりだねぇ……こちとら大変だっていうのに好き勝手休んで……呑気だねぇ?」
「え、なんかあったんですか……? というか別に好き勝手休んだ訳じゃ無いですし! ちゃんと許可貰ったじゃないですか! なんでいきなり木刀で叩かれなきゃいけないんですか!?」
「ああ、出したな。お前は悪くない。これは単なる私の八つ当たりだ」
そんなむちゃくちゃな! というか一体何があってこんな不機嫌なんだこの人……理由も無しに八つ当たりはしないだろうし……
「あの、何があったんですか?」
「察しろ」
「無理です! 俺エスパーの才能無いですから!」
参ったな……この人超不機嫌だ。多分機嫌が直るまで話す気無いな。
流石に気になるので無理矢理にでも聞こうとすると、従業員室の扉が突然開かれる。
「店長――って、友希君来てたんだ。久しぶり」
そこから入って来たのは茶髪に染めたくせっ毛の髪の男性。
「久しぶりです、零司さん。あの……店長どうしたんですか?」
「あー……話すとちょっと長いかな?」
「……出来る限り簡潔にお願いします」
「うん。友希君ゴールデンウィークから休んでたじゃない? 実は、その間にバイトの人が一気に三人も辞めちゃってね」
「三人も!? 一体何があったんですか!?」
「いや、対した事では無いんだけどね……一人は家族の都合で引っ越し。もう一人は結婚して、専業主婦に。もう一人は――」
「本気で夢を目指すので止めさせてもらいますだとさ!」
零司さんのセリフを奪い、千鶴さんが近くのキャスター付きの椅子にドカッと座り込む。あまりの勢いに座っただけで少し椅子が後ろに下がる。
「夢を目指すって……何ですかそれ?」
「私に聞くな! たく、どいつもこいつも勝手な理由で辞めやがって……いくらこの店が余裕あるからって、一気に三人も居なくなったら困んだろうが……! だいたい――」
千鶴さんが木刀を手の平にペチペチと当てながら小言を呟く。自分がスカートなのも忘れてしまう程イラついているのか、思いっきり足を組んでいて、スカートの中が見えそうだ。
「……でも、あそこまでイラつきますかね?」
「いやぁ……実は今さっきクレーマーが来てさ。それでもう店長ご立腹で」
「あぁ……なるほど」
そりゃあんなイライラする訳だ。千鶴さんは普段は温厚だが、沸点が割と低い上、怒るとあんなんだ。全く、同じ職場の人間としては辛い限りだ……
「というか三澤ぁ! お前何しに来た! 用が無いなら仕事戻れ! それから世名もさっさと制服に着替えて仕事行け!」
「あ、実は今バイトの面接を受けたいって子が来てて――」
零司さんがそう言うと、千鶴さんが目の色を変えて木刀をブンッと振るい、零司さんの方に先端を向ける。
「採用だ!」
「早ぁ!? そんな適当で良いんですか!?」
「うるさい! 今は猫の手も借りたい状況何だよ! 三澤、そいつ連れてこい! そして世名はそいつに仕事の内容をみっちり教えてやれ!」
「もう仕事させるんですか!? めちゃくちゃ過ぎるでしょう!」
「仕事する気で来てるんだ、いつ使っても変わらん! いいから呼んでこい!」
駄目だこの人……もう暴走状態マックスだ。こういう時千鶴さんは何を言っても聞き入れない。零司さんもそれを重々理解している。黙って肩を落とし、そのバイト志望の子を呼びに部屋から出て行く。
まあ、どうせこんなむちゃくちゃなところで働けないと、結局向こうから願い下げるだけだと思うけど。今の千鶴さんを相手にして働きたいと思うなんて、よほどの変人だろう。
しばらくすると零司さんが戻ってきたらしく、部屋の外から微かに物音が聞こえ始める。
「いきなりだけど、とりあえず入って」
「は、はい。失礼します……」
零司さんが扉を開き、後ろからバイト志望の子であろう人物が入って来る。
「なっ……!?」
その人物を見た瞬間、俺は思わず驚き、声を上げてしまう。そして相手もこちらに気付いたようで、同じく驚いたように口を両手で押さえる。
「せ、世名君……!?」
「て、天城!?」
どうして天城がここに……まさか、バイト志望の子ぉ!?
「なんだ、知り合いか?」
「そのぉ……同じ高校の友人というか、何というか……」
「ほぉ、なら相手にとっても都合が良いな。君、名前は?」
「あ、えっと、天城優香です……!」
「天城か……うん、いかにも出来そうな奴だ。採用だ!」
「え、えぇ!?」
千鶴さんのいきなりの採用通知に天城が俺と鉢合わせた時以上に驚いたリアクションを取る。そりゃそうだ。面接来て即採用だもんな。
「あ、あの良いんですか? そんな適当な感じで……」
「なんだ嫌なのか?」
「べ、別に嫌では無いんですけど……」
「まあ、細かい事はそこの優男から聞いてくれ。とにかく、君は採用! 嫌なら帰って良いし、良いなら残って働いて行ってくれ! 私は少し発散してくるので、席を外す! では!」
そうあまりにも無責任な言葉を言い残し、千鶴さんが部屋をそそくさと出て行く。あの人は……よく店長やれてるな……まあ、才能も実力もあるし、良いんだけど。
チラリと天城に目をやるが、口を開けてぽかんとしている。まあ、仕方無いよね。
「……とりあえず、一から説明しよっか? 友希君も付き合ってくれる? その方が天城さんも安心だろうし」
「あ、はい。大丈夫か、天城?」
「ごめん……色々驚きすぎてショート中……」
「……ですよね」
――それから俺と零司さんは一つ一つ出来る限り分かりやすく天城に事を説明した。
まずは何故店長である千鶴さんがあんなに適当な感じになっているのか。そして最近バイトが一気に三人も辞めてしまい、色々大変な事。まずはそこまで説明し、何とか理解してもらった。
そこからは割と大雑把ではあるが、軽い面接をした。シフトや、この店での仕事内容等々、一通り話した。まあ、店長が採用と言ったのだから、もう後は天城の意志があれば、今日からでも仕事に参加してもらう事になるんだろうが……
「で、天城さんはどうかな? ウチで働く気があるなら、歓迎するけど……」
「まあ、あんな適当な感じを見たばっかりだからな……嫌なら止めてもいいぞ? 千づ……店長には俺達が言っておくから」
いくら働きたいと面接を受けに来たとはいえ、あのガサツ店長の下で働くと思うと、少し躊躇してしまうだろう。
天城も流石に止めるだろうと思っていたが――返ってきた返事は意外なものだった。
「いえ、私なんかで良ければ、是非とも働かせて下さい」
「え、良いのかい? こちらとしては有り難いけど……」
「元々働くつもりでここを訪れたんです。願ったり叶ったりです。それに――」
天城がチラリとこちらへ目を向け、少し嬉しそうな顔で笑う。
「世名君と一緒に働けるなら、どこでも働きます」
サラッと言った一言に俺と零司さんは言葉を失い、黙り込む。まあ、俺と天城の関係性を知らなければ、そういう反応になるわな。
「えっと……それじゃあ、早速今日から仕事に出てもらう事になっちゃうかもだけど、良いかな?」
「はい、よろしくお願いします!」
「そっか……それじゃあ、僕はこの事を店長に知らせてくるよ。悪いけど、友希君は天城さんの相手を頼めるかな? 更衣室の場所だったり、仕事内容なんかをレクチャーしてもらえるかな?」
「りょ、了解です!」
「じゃあ、よろしくね」
零司さんが足早に部屋を出て行き、天城と二人っきりになる。
「えっと……何か悪いな、色々慌ただしくて……」
「ううん、別に良いよ。それにしても驚いたよ、世名君がここでバイトしてたなんて。偶然お店にあったバイト募集の広告を見て良かったよ」
「ははっ……そういえば、なんでこの時期にバイトなんて?」
「ちょっとお小遣い稼ぎかな? 世名君とデートする時、あったら良いかなって」
「そ、そっか……」
「でも、まさか同じ場所で働けるなんて……ふふっ、思わぬ幸せだよ。よろしくね、世名君!」
満面の笑みをこちらに向けてくる天城に、不覚にもドキッとしてしまう。本当に、まさか過ぎる。まあ、こうなった以上職場の先輩として、色々サポートしてやらないとな。
「よし、それじゃあ行くぞ、天城」
「うん!」
◆◆◆
それから俺は天城に職場の軽い案内を済まし、仕事内容の説明から、実演を見せたりした。とはいえ、初日からいきなり色々教えるのもあれなんで、軽い品出し程度の事を教えながら、久しぶりの仕事を終え、天城と一緒に帰宅する事にした。
「くうぅぅ……久しぶりだと結構疲れたな……」
「書店って、結構やる事いっぱいなんだね。覚えられるか心配だな……」
「いや、天城は今日教えた事もしっかり出来てたし、すぐに覚えられるだろ」
「そうかな? 世名君が言うなら大丈夫かな」
「ふぅ……」
それにしても何か今日は色々疲れたな。店長から八つ当たりから始まり、まさかの天城がウチで働く事になるとは……何かめちゃくちゃではちゃめちゃな一日だった……
俺が今日のカオスな一日を振り返っていると、隣を歩いていた天城がちょんと服の裾を掴んでくる。
「ねぇ、あそこの店で世名君が働いてる事、知ってる人居る?」
「ん? まあ、家族以外なら、裕吾達ぐらいかな。そんな言いふらす事でも無いし」
「そっか、良かった」
そう安心したようにほっと息を吐く。何が良かったんだ?
「ならさ、あの店の事、他の人には言わないでね。特にあの三人には」
「あの三人……?」
そう言ってみたが、多分海子達の事だろう。そして、その先の言葉もなんとなく想像出来る。
「もしあの三人に知られたら、『私もここで働く』みたいな事言い出しそうだから、絶対止めてね?」
「……ああ、分かった」
やっぱりね……そんな事だろうと思った。まあ、言われなくても伝えるつもりは無い。バイト先まで修羅場になったら、俺は恐らく耐えられなくなる。微かな平穏ぐらいは守りたいし。
「あ、私家こっちだからここで」
「ああ、またな」
「うん。改めて……明日からよろしくね、世名君!」
「……ああ、よろしく」
はてさて……これからどうなって行くのか……
とりあえず、明日には千鶴さんの機嫌が直ってますよーに。
バイト先の同僚というアドバンテージを得た天城さん。この事を隠し通し、友希と色々接近出来るのだろうか?
何かめちゃくちゃな感じだっだけど、フィクションだし、細かい事は気にせずに。
しばらくはこういった平穏な日常回を続けられたら……いいなぁ。
次回もお楽しみにー。