モテ期と修羅場は同時にやって来るものである   作:藤龍

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お嬢様のメイド体験

 

 

 

 

 

 

「……ねぇ冬花、少し質問いいかしら?」

 

 登校前の朝食の最中、私はふと、正面に見えるオープンキッチンで作業をする冬花へそんな言葉を掛ける。彼女は動かしていた手を止め、手元に置いたタオルで水気を拭いながら返事をする。

 

「なんでございましょうか? 私にお答え出来る事なら、何なりと」

「一般的に、世間の男性はメイドというものが好きなのかしら?」

「……私の男性遍歴をお伝えすればよろしいのでしょうか?」

「全然違うわ」

 

 彼女の突拍子もないボケに、数秒の間も空けずに返してから、私はこんな質問を投げ掛けた理由を説明した。

 

 私がこんな質問をした原因は、ある恋愛漫画である。私は普段漫画というものを読んだりする事はほとんど無いのだが、先日我が家で友希君、雨里さんとアニメ映画の鑑賞会を行った際、雨里さんに「この恋愛漫画もなかなかオススメですよ」と紹介されたので、こないだ購入して目を通してみたのだ。

 内容は(漫画にあまり詳しくは無いので個人的意見だが)何の変哲も無いものだったが、画力も高く見応えがあり、ストーリーもヒロインに感情移入出来るところもあって、なかなか楽しめた。

 何故、その漫画がこのような質問をする原因になったかというと、理由は簡単だ。その作品のある話で、ヒロインがいわゆるメイド服という物を着用し、主人公に迫るという話があったのだ。

 私にとってはメイドというのは毎日の生活を共にする存在であり、そこまで特別感を抱く事は無い。しかしその作中の主人公は、そのメイド服を身に着け迫るヒロインに、非常に大きな反応を見せていた。

 メイド服で迫ったヒロインは、正直その段階ではあまり主人公の好感度的なものはあまり高くなかった。なのに、主人公はそのヒロインがメイド服を着ただけで、大きく心を揺さぶられていた。

 そこで私は疑問に思ったのだ。それほどにまで、世の中の男性はメイドというものにときめくものなのか――と。

 

 その事を粗方説明すると、冬花は納得したように頷き、口を開く。

 

「なるほど……まあ、お嬢様にとってメイドは慣れ親しんだ存在ですからね。分からないのも無理ありません」

「ええ。だから知りたいのよ。この作品の主人公の反応と同じように、メイドとは男性にとってはとても魅力的なものなのか。それとも、これはフィクション特有の幻想なのかをね」

「そうですね……リアルメイドの私が言ってしまうとなんだかアレですが……私の意見としては、メイドというものに全くもって興味を抱かないという男性は少ないかと」

「そう……やっぱりそういうものなのね」

「メイドカフェなるものも存在しますからね。まあ、実際のメイドは『萌え萌えキューン』などとラブリーチャーミーなセリフなんか言いませんが、男性はメイドというものに憧れを抱いてしまうのでしょうね」

 

 確かに、文化祭で友希君達のクラスがやっていたメイド喫茶とやらも、物凄い人気だったらしいし……世の中の男性にとってメイドというのは魅力的なのでしょうね。

 

「……ありがとう。お陰で疑問が晴れてスッキリしたわ」

「それはよかったです。それにしても、まさかお嬢様からこのような質問をされるとは……私、ビックリ仰天です」

「私も不思議よ。自分がこんな疑問を抱くなんてね」

 

 これも友希君達と関わり、色々な事に触れてきたからかしら……まあ、悪く無い気分ね。

 自然と口元に笑みが出来る。するとそれを見たのか、冬花も小さく微笑む。

 

「……何かしら?」

「いいえ、特には。……そうだお嬢様、折角ですから、そのメイド効果を実践してみてはどうですか?」

「実践……?」

「ええ。実際にお嬢様がメイド服を着用し、世名様へアタックしてみるというのはどうでしょうか? 世名様も一般的な男性ですし、少しは効果があるのでは?」

「効果ねぇ……」

「普段はお嬢様という立場の女性が、召使いの証であるメイド服を身に纏うというギャップも追加され、効果は覿面(てきめん)かと。関係を進展させる良い案なのでは?」

「…………」

 

 確かに、あの漫画ではその後、ヒロインと主人公の仲は若干進展していた。もし友希君もメイドに少しでも興味があるならば、少しは効果があるやもしれない。

 

「……まあ、考えておくわ」

「承知しました。一応、お嬢様コスプレ用のメイド服を(こしら)えておきます」

「……好きにしなさい」

 

 

 ◆◆◆

 

 

 放課後――寄り道をせず、教室から直行で校舎を出て、校門を抜けようとした時だった。

 

「あっ、朝倉先輩」

 

 と、背後から私を呼ぶ声が聞こえてくる。その世界一聞き心地の好い声を私の耳が聞き逃すはずも無く、すぐさま足を止めて振り返った。視界の中心に、彼の姿が映る。私が最も愛する人、友希君の姿が。

 彼は私と目が合うと軽く頭を下げ、目の前まで歩み寄る。ピタリと、数メートル近く離れた地点で、彼は立ち止まる。人と話すには適切な距離だろうが、私はもう少し近寄りたかったので、さり気なく足を一歩前に出しながら声を掛ける。

 

「こんな場所で会うなんて偶然ね。今から帰り?」

「はい。確かに帰り際に会うのは珍しいですね」

「そうね。これもまた、運命というものなのかもね」

 

 と、軽くからかい言葉を掛けると、友希君は曖昧な笑みを浮かべながら頬を掻く。そんな彼の困惑顔に、私は密かに喜色を浮かべた。

 やっぱり、友希君との会話は一番心が安らぐ時間だわ……もう少し話していたいけれど、あまり彼を拘束する訳にはいかないわよね。

 

「友希君はこれから用事があるの?」

「あ、はい。えっと……これからバイトに……」

 

 予定はありません――そんな答えを期待したけれど、流石にそこまで都合の良い話は無いようだ。残念だが、あまり長話は出来そうに無い。

 

「先輩はこれからどうするんですか?」

「私? そうね……特に用事は無いし、読んでる途中の漫画でも読み進める予定よ」

「漫画? 先輩、漫画読むんですね」

「ええ。こないだの鑑賞会の時、雨里さんにオススメされたから。意外と楽しめてね」

「ああ、そんな事ありましたね……じゃあ、あんまり話に付き合わせるのも悪いですね」

「あら、そんな事は無いわ。友希君と話している方が、私にとっては幸福な時間よ。とはいっても、今回は長居させる訳にはいかないみたいだけれど」

「す、すみません……」

 

 と、友希君は申し訳無さそうに頭を掻く。

 

「気にしなくていいわ。話したいっていうのは、私のわがままだもの。バイト頑張ってね」

「は、はい……また今度、時間がある時にでも」

「あら、私に付き合ってくれるの?」

「で、出来る事なら……」

 

 そんなに気遣う必要無いのに……でも、それが友希君よね。そういうところ、本当に大好き。

 折角の好意だ。どんな事に付き合ってもらおうかと、軽く頭に案を浮かべてみる。すると不意に、今朝の事が脳裏に蘇る。

 

 ――実際にお嬢様がメイド服を着用し、世名様へアタックしてみるというのはどうでしょうか?

 

「……ねぇ、友希君」

「はい?」

「もし良ければだけど……明日の放課後、私の家に遊びに来ない?」

「え? ……ま、まあ、バイトも無いしいいですけど……何をするんですか?」

「……秘密。とにかく、放課後に直接ウチに来てくれるかしら?」

「は、はぁ……分かりました」

「ありがとう。それじゃあ明日、楽しみにしてるわね」

 

 そう最後に告げて、私は友希君に手を振り、帰路を進んだ。

 途中、信号待ちの最中に鞄から携帯を取り出して、家に居るはずの冬花へ電話を掛ける。

 

「もしもし冬花? 私よ」

『あらお嬢様。お電話とは珍しいですね。何かご用意ですか?』

「今朝の件だけど、実践してみる事にしたわ」

『今朝の……ああ、ドキッ! お嬢様がメイドになって世名様にご奉仕してあ・げ・る――作戦の事ですね』

「……そんなヘンテコな作戦名はどうでもいいけれど……そういう事だから――」

『お任せ下さい。最高のメイド服を明日までには作り上げます。というより、現在絶賛制作中でございます』

 

 相変わらず仕事が早い……とかいう次元では無いわね。この展開を予想していたのか、それとも好き勝手に作ってたのか……まあ、どちらにせよ都合が良いわ。

 

『それにしても、今朝は興味無さそうでしたのに、どういった心変わりで?』

「……ほんの気まぐれよ。面白そうだし、それに……友希君がどんな反応をするのか、少し興味も湧いてきたから」

『……そうですか。お嬢様、本当に世名様の事がお好きですね』

「今更……当たり前な事言わないで頂戴」

『失礼しました。では、私も張り切って制作に取り掛からせて頂きます。露出度を三十パーセント増しでお作りしますね』

「……適度で結構よ」

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

「一応……普通で作ってくれたようね」

 

 翌日の放課後――私は足早に帰宅して、自室で冬花の作製したメイド服の試着をしていた。

 見た目は彼女も着るような、白と黒を基調にしたシンプルなデザインのメイド服。ただスカートは膝が隠れない程度の長さで、足は太ももまで白のソックスで隠れている。冬花が言うには、これは絶対領域と言うようだ。普段はあまり意識しないのでよく分からないが、男性はこういうのが好みらしい。

 果たして、友希君も興味を抱くのだろうか――そんな事を考えていると、冬花が部屋に入ってくる。

 

「あら、これは思ったよりお似合いですね。サイズもピッタリなようで」

「まあ、あなたが作ったから当たり前ね……と言いたいところだけれど、若干胸元がキツイわ」

「それは仕様でございます。そうする事で、胸元のサイズ感をアップさせているのです。縦にうっすらと縞模様を加えた事で、さらにボリューミーになったかと」

 

 言われてみれば、同じ白色で気付き難いが、胸をなぞるように白い縦線がある。

 

「まあ、お嬢様には不要かもしれませんが、ちょっとしたサービスです」

「……まあ、別にいいわ。着心地は悪くは無いし」

「それは何よりです。ところで、これから世名様相手に何をするおつもりですか?」

「そうね……一応、あの漫画を参考にして、色々試してみるつもりだけど……」

「なるほど……私も少々拝見致しましたが、確か内容は……ヒロインの女性が主人公の男性の要求に応える――といった感じでしたね。まあ、メイドらしい奉仕ですね」

「ええ……ただ、友希君の事だから簡単なお願いしかしてこないでしょうね……それじゃあ少しやり甲斐が無いかもね」

「そこは私にお任せを。現役メイドとして、色々サポート致します」

 

 と、冬花が口にした後、家のインターホンが鳴る。

 

「あら、もう来たようね」

「ああ、私が対応します。お嬢様はリビングでお待ちを。世名様にサプライズを仕掛けましょう」

「サプライズ?」

「ええ。まずは……」

 

 冬花は私の耳元に顔を近付け、小さな声で私にこの後の行動を指示する。

 

「……そんな事を言うの?」

「メイドと言えばこれですから」

「……まあ、分かったわ」

「流石お嬢様、お話しが早い。では、私は世名様をお迎えに」

 

 部屋を出た冬花に続き、私もリビングに向かい、中で待機する。しばらくすると、廊下の方から足音が聞こえてきて、ゆっくりと扉が開かれる。

 

「お邪魔しまーす……って、先輩!?」

 

 入ってきたのは制服姿の友希君。彼は入ってくるなり、目を丸くして後ろに一歩下がる。リビングに入ったら突然メイド服を着た私が目に入ったのだ、無理も無い。

 早く事情を友希君に説明してあげたいが、それは後回しにして、私は冬花に言われた事を実行に移す。

 スカートの両端を軽く摘み上げ、右足を小さく下げてつま先を床に当てる。そのまま軽く頭を下げて、柔らかな口調で一言。

 

「お帰りなさいませ、ご主人様」

「…………は、はぁ……」

 

 案の定と言うべきか、友希君は状況把握が間に合っていないらしく、目を白黒させながら私を見据える。

 まあ、これは仕方が無い。私は早急に体勢を解き、友希君へ話し掛ける。

 

「いきなりごめんなさいね、友希君。訳が分からないでしょう?」

「……正直、意味不明です」

「でしょうね。とりあえず軽く事情説明をするから、座って頂戴」

 

 ソファーに座り、隣をポンと叩く。

 

「お嬢様、少しよろしいでしょうか?」

「何かしら?」

「メイドが主人より先に席に着くのは、どうかと思いますよ?」

「……それもそうね。ごめんなさい友希君。先にどうぞ」

 

 そう謝罪しながら、席を立つ。友希君は一層困惑したような表情を浮かべながら、席に座り、私も間を置いてから隣に腰を下ろした。

 その後、友希君に今回の私のしようとしている事をざっくりと説明する。一応、友希君は理解したのか、「なるほど……」と小さく呟く。

 

「つまり……その漫画に影響を受けて、メイド体験をしてみたくなった……的な事ですか?」

「まあ、そんな認識でいいわ。ごめんなさいね、私のわがままに付き合わせて」

「い、いや! それは全然いいんです! ただ、ちょっと困惑してて……」

「そう……それはよかったわ」

「でも……俺は何をすれば?」

「そうね……友希君はただ、私にお願いしたい事を言ってくれればいいわ。私は今日はメイドとして、主君である友希君に奉仕してあげるわ」

「ほ、奉仕って……」

 

 友希君は何故か頬を赤らめ、私から目を逸らす。

 何か変な事を言ったかしら……? メイドとして仕えると言っただけなのだけれど……どこかおかしかったかしら?

 

「まあ、ともかく何かしてほしいがあったら何でも言って頂戴。友希君の……いえ、ご主人様の為にメイドとして、出来る限りの働きはしてみせるから」

「し、してほしい事って……急に言われても……」

「世名様、ここで私から一つ忠告を言わせてもらいますね」

「忠告……?」

「メイドとは、主君の為に全身全霊を捧げて仕える者です。主君の為ならば、どんな無理難題にも応えてみせる……それが、メイドの生き甲斐というものです。ですからどうか、お嬢様……いや、メイドに気遣わずに、己の要望を遠慮無くぶつけてやって下さい。それが、メイドにとっては最も喜ばしい事ですから」

 

 と、ふざけた雰囲気を一切感じない真面目な表情で、冬花は友希君にそう告げる。もしかすると、これは彼女の本心なのかもしれない。主君の為に尽くすのが、メイドの生き甲斐だと。

 冬花、そんな事を考えていたのね……意外なところで、彼女の心の内を知れたわ。

 

「……では、私はここで。どうぞごゆっくり」

 

 と言い残して、冬花はリビングを後にする。

 

「……ともかく、そういう事よ。私も友希君の力になれるのは、とても喜ばしい事。だから、遠慮無く言って頂戴。お願いね……ご主人様」

「先輩……ま、まあ、先輩がメイド体験したいっていう訳ですし……俺も、出来る限り頑張ります」

「友希君……ありがとう。でも、もっと肩の力を抜いてね?」

 

 そっと、彼の肩に手を乗せる。すると、友希君はビクリと肩を弾ませる。

 

「ウフフ……緊張してる?」

「そ、そりゃ……こんな状況ですし……」

「フフッ、可愛いご主人様……さあ、どんな事をご所望かしら?」

「ちょ、ちょっと待って下さい……」

 

 顎に手を添え、唸りながら俯く。頭を悩ませる横顔をジッと見つめていると、やがて友希君が顔を上げる。

 

「じゃあ……肩のマッサージでもお願いしようかな……?」

「あら? そんな事でいいの?」

「き、昨日のバイトで疲れてて……だ、駄目ですか?」

「構わないけれど……もっと過激な事でもよかったのよ?」

「か、過激って……!」

「冗談。それじゃあ、メイドの初仕事として……友希君の疲れを体から抜いてあげるわ」

 

 立ち上がり、友希君の背後へ回る。ほんの少しだけ身を寄せ、彼の肩へ手を乗せて軽く揉む。

 

「あら、結構凝っているのね?」

「もう慣れてますけどね……本当にキツイ時は、友香に頼んでるんですけど……」

「そうなの。今度からは、私が毎日してあげましょうか?」

「き、機会があれば……」

 

 楽しく友希君と会話を楽しみながら、私は彼の肩を揉み続ける。

 

「フフッ、やっぱり友希君も男の子なのね……硬くて大きくて、とっても男らしい肩だもの」

「そ、そんな大したものじゃ……にしても先輩、上手いですね」

「そう? 満足してもらえたようで何よりだわ。気持ち良いかしら?」

「割と……大分楽になった感じがします」

「よかった。要望があればいつでも言ってね?」

 

 と、耳元に顔を近付けて囁く。距離が迫ったせいで、私の胸が彼の背中に当たる。直後、友希君は小さく体を震わせ、顔を赤くする。

 可愛い反応……本当、いつまでも見ていたいわ。出来ればもう少しこのままでいたいけど、ここらでおしまいね。

 もう十分肩の凝りは取れたはずなので、私は手を止めて友希君から距離を離す。

 

「さて……どうかしら?」

「はい……かなりよくなりました。ありがとうございます」

「お安いご用よ。だって、私は友希君のメイドだもの。さあ、次は何をしてほしい?」

「あっと……じゃあ、喉が渇いたんでお茶を……」

「それだけ? まあ、ご要望とあらば」

 

 本当はもっと難しい事でも歓迎なのだけれど、お願いされたからには応えないとね。私を気遣ってるのか、それとも単純に恥ずかしくて簡単なお願いばかりしてるのか……まあ、どっちにしても友希君らしくていいわ。

 それにこうしてお願いされるというのも、なんだか新鮮で案外楽しい。メイド体験、案外悪くないわね。

 ただ、やはりこのままでは少し物足りない。別に過激な要求をしてほしい訳でも無いが、もうちょっと特別な事をしてみたい。少しでも思い出に残るような素敵な事を。

 何か無いだろうかと、お茶を淹れながら考える。その時、ふとあの漫画の話を思い出す。

 

「そういえばあのヒロイン……」

 

 あの話でヒロインがしていた事……あれは割といいかもしれない。メイドらしいかどうかは分からないが、恋人らしいかもしれない。それに……純粋にしてみたい。

 少し反則行為かもしれないが……こちらから提案してみよう。大丈夫、きっと優しい友希君なら受け入れてくれるわ。

 お茶を淹れて、友希君の下までそれを持って行き、私は早速つい先刻思い付いた案を彼にぶつけてみた。

 

「ねぇ友希君。もしよければだけれど……耳掻き、してあげましょうか?」

「み、耳掻きですか……!?」

「ええ。駄目なら駄目でいいのだけど……」

「あ、えっと……」

 

 考えるように視線を逸らしてから、再びこちらへ視線をチラリと向ける。

 

「……じ、じゃあ、最近耳掃除してないし……お願い……します」

 

 数秒の間を空け、照れ臭そうに彼はそう口にした。

 きっと、私の心中を察して、気遣ったのだろう。全く、気遣わなくていいのに……でも、それでこそ友希君よね。そんなところも大好き。

 

「ありがとう。それじゃあ、早速始めましょう。耳掻きは……」

 

 リビングを歩き回り、しばらくしてから見つけた耳掻きを持って友希君の隣に座り、自身の膝の上をポンと叩く。

 

「さあ、どうぞ」

「え、あ、はい……し、失礼します……」

 

 緊張したようなぎこちない声を発しながら、友希君は私の膝の上に寝っ転がる。ソックスとスカートの間の素肌の部分に彼の頬が触れ、思わず体がピクリと弾む。

 膝枕は初めてじゃ無いけど……少しばかり緊張はしちゃうものね……好きな人が私の膝の上に寝てるんだし、正常な反応よね。

 

「じゃあ始めるわよ。痛かったら言ってね?」

 

 そっと、耳掻きを友希君の耳の穴に入れる。

 

「うおっ……」

「あ、痛かった?」

「い、いや、その……なんか、むず痒いというか……他人に耳掃除してもらうなんて、初めてだから……」

「あら、それじゃあ私は友希君の初めての相手という事かしら?」

「その言い方はちょっと……」

「ウフフ……あ、ジッとしててね……」

 

 流石にここでふざける訳にはいかないので、真剣に耳掻きを動かす。友希君が時折小刻みに震えたりしていたが、それを気に掛ける余裕も無く、私は黙々と耳掃除を続ける。

 が、特に友希君の耳は汚れている訳では無く、至って清潔だったので、正直耳掻きの必要は無いかもしれない。却って耳を傷付けてしまうかもしれないし、ここらで止めておいた方が良いかもしれない。

 そっと友希君の耳から耳掻きを抜き、最後の仕上げとして、フーッと息を吹き掛ける。

 

「うひぃ!?」

 

 直後、友希君がひっくり返った声を出しながら、今まで以上に大きく体を弾ませる。

 

「い、息吹き掛けるなら先に言って下さいよ!」

「ああ、ごめんなさい。それにしても……ウフフ、あんな声を上げるなんて……本当に、友希君は可愛いわね」

「か、からかわないで下さいよ……もういいですか?」

 

 問い掛けに頷くと、友希君はゆっくりと起き上がり、気まずそうに背中を向ける。

 照れちゃって……全くどこまでも可愛らしいわね、友希君ったら。こんな彼を見れたし、耳掻きは個人的には大成功だったわ。それに……少しの間だけど、恋人の気分になれたし。

 

 やっぱり、こうして友希君と一緒の時間を過ごすのはとても楽しくて、幸せだわ……彼と居るだけで心地良い、彼と居るだけで胸がいっぱいになる。彼の困った顔を見たらイタズラしたくなっちゃうし、彼の笑顔を見ると私まで嬉しくなる。

 出来るならこの時間を、私はもっと経験していたい。好きな事をして、彼と一緒に笑って、彼と一緒に楽しんで、時々ちょっぴりイタズラしたりして……そして深く彼を愛し、彼に愛されたい。

 

 願わくば、今度はご主人様とメイドという関係性で無く……彼氏と彼女として、こんな時間を過ごしたい。そうすればきっと……私の心は、今よりもっと満たされるから。

 

「――先輩? どうかしました?」

「ん? ああ、ごめんなさい。少しボーッとしていたわ。さて……次はどんな事をご所望でしょうか? ご主人様」

「ま、まだやるんですか……?」

「もちろんよ。友希君が嫌って言うまで……続けちゃうからね?」

 

 でもそれはきっともう少し先の話。今は、この関係性で我慢しよう。その先にさらなる幸福な時間が待っていると信じて……今は、この時を目一杯楽しもう。

 

「まだまだ楽しませてもらうわよ? ご主人様」

 

 

 

 

 




 ヒロイン視点、ラストは雪美。メイドっぽかったかはともかく、楽しそうな雪美を書けて満足。
 メイドにご奉仕――この単語でエロい事想像した人は心が汚れてます。私と一緒に反省しましょう。男の子なら仕方無いよね。





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