モテ期と修羅場は同時にやって来るものである   作:藤龍

154 / 197
雨と雪の遭遇

 

 

 

 

 

 日曜日――俺は休日らしく多くの人で賑わう駅近くの街頭を、青い小袋を片手に歩いていた。

 

「たくっ、友香の奴……俺を雑用係だと思ってんのか? 少しは自分で行動しろよ……」

 

 つい、そんな愚痴が口からこぼれる。その愚痴は周囲を埋め尽くす大群集の話し声に掻き消され、残念ながら誰にも届く事は無かった。

 今朝、起床した俺におはようの挨拶と共に告げられたのは、もはや日常茶飯事と言っても過言では無い、我が妹の遠慮の無いお願いだった。

 お願いの内容は至ってシンプル。レンタルビデオ店で借りたアニメのブルーレイの返却日が今日までだから返してきて――というものだった。

 別に金は掛からないし、そのレンタルビデオ店も駅から徒歩数分ほどの場所で行くのも大変では無いし、お願いされても全然構わない。

 

 だが一つ、兄として言っておきたい事はある。それぐらい自分で行きなさい――と。

 他人を頼れるというのは、良い事だと思う。だがしかし、頼り過ぎるのもどうだろうか。それぐらいの事は自分でやってもいいんじゃないだろうか。何でもかんでも人任せにしてると、駄目人間になりそうでお兄ちゃん心配です。

 まあ、俺がその頼みを拒否したところで、不機嫌全開で愚痴愚痴と小言をわざと聞かされるだけだから、断るという選択肢を選べないのだが。……多分、そうやって結局何でも受け入れちゃってる事が駄目なんだろうなぁ。友香もそれを分かってるから、何でも頼んでしまうのだろう。

 今度は兄貴らしく、「自分でやれ!」と強く言ってみようか――などと考えながら群集の中を進んでいると、目的地であるレンタルビデオ店が正面に見えた。

 さっさと返却して帰ろうと店に入り、カウンターで返却するブルーレイが入った青い小袋を店員さんに渡し、手早く返却を済ませる。

 これで友香から頼まれたお使いは完了だ。後は家に帰ってダラダラと休日を満喫しよう。

 カウンターを離れ、店の外へ足を進める――が、出口の数歩手前で歩行を中断し、店内の方へ首を回す。

 

「……ちょっと見てくか」

 

 折角ここまで来たのだから、返却だけで帰るのは少しばかり勿体無い。最近はレンタルビデオ店を訪れていなかったし、何か面白い作品が無いか見て回ってみよう。もし気になる物があれば、そのまま借りて家で見るのも悪くない。

 クルリと出口方面から店内に方向転換して、そのまま散策を開始する。

 まずは一階の漫画・CDレンタルのコーナーをざっと見回ってから、二階のDVD・ブルーレイのレンタルコーナーへ足を運ぶ。

 とはいっても、普段はあまりDVDやブルーレイを買ったりレンタルしたりする事は無い。理由は一つ、俺は(もっぱ)ら再放送でいいや派だから。

 だが最近は映画やアニメの再放送は少ないし、放送していたとしても「そんな気分じゃ無いし、今日はいいや」と何だかんだで見逃す事が多い。

 でもレンタルなら金を払ってる訳だから、当然是が非でも視聴する気が起きるというものだ。この際に気になっていた作品を網羅――は時間や金銭的な問題で無理だろうが、出来るだけ借りていこう。

 

「えっと……映画のコーナーは……」

 

 呟きながら、二階の探索を開始する。最初の目的地に決めた映画コーナーは幸い階段の近くですぐに目に入ったので、早速目当ての作品を探して陳列棚に視線を巡らせた。

 かなり前、バイト中に映画化決定という帯が付けられた小説を見掛け、少し気になっていた覚えがある。時期的にもうレンタルが始まっていてもおかしくないはずだ。

 記憶の中にあるその小説のタイトルを思い返しながら、探す事数分――同じタイトルの背表紙が目に入る。

 

「お、あったあった……」

 

 早速手に取ってみるが、しかしそれはパッケージだけで、中身は空っぽだった。

 もう借りられてるし……レンタルあるあるだな。偶然来た俺と違って前から楽しみにしてた人も居ただろうし、これは仕方無いか。

 残念だかその作品の事は諦め、気持ちを切り替え別の作品を探す事に。

 

 が、その後も俺が気になっていたタイトルは総じて既にレンタル済みで、結局映画コーナーで俺が興味を引かれる作品は何一つ無かった。

 まさかの全滅か……運が悪いにも程があるな。まあ、ここは致し方無いと諦めるしか道は無い。

 改めて気を取り直し、今度は何かいい作品が残ってますようにと祈りながら、次はアニメコーナーへと向かった。こっちは映画と違って元々気になる作品がある訳では無いのだが、アニメは嫌いじゃ無いし見て損は無い。

 映画コーナーから数メートル先にあるアニメコーナーの、一番奥の通路へ入り込んだ瞬間、俺は思わず足を止めた。

 急停止した理由、それは陳列棚の真ん前でしゃがみ込んで、綺麗に一列に揃ったアニメのパッケージ群と真剣な形相で睨めっこをする――海子の姿が視界に入ったからだ。

 

「……何してんだ? 海子」

 

 思わぬ遭遇に思考が停止するが、数秒ほどで我に返り、彼女に声を掛ける。すると海子はビクッと肩を震わせて、こちらへゆっくりと視線を向ける。

 

「って、とと、友希!?」

 

 俺と目が合った瞬間、海子は大声と一緒に目を見開き、手にした空のパッケージを床に落とす。それから数秒ほどアワアワと手を無作為に動かしてから、折り曲げていた膝を伸ばす。

 が、ずっとしゃがんだ状態で居たのだろう。疲れが溜まってるであろう膝がガクッと落ち、海子はそのまま背中から床に向かって倒れる。

 

「危ない!」

 

 慌てて右手を伸ばして、彼女の左腕を掴む。が、重力の流れに従って倒れる海子の体の重さに、咄嗟の行動で不安定な体勢になった俺の体も耐えられずにぐらつく。

 このままでは倒れて海子に怪我をさせてしまう――その最悪な結果を回避する為に、俺は瞬時に体を動かす。空いている左手で陳列棚の端っこを掴み、右手をグイッと全力で引っ張り、海子を抱き寄せる。その勢いに今度は俺が背中から倒れそうになるが、陳列棚を掴んだ左手に力を込めてなんとか堪える。

 

「ふぅ……どうにかなった……」

 

 どうにか直立状態で静止出来た事にホッと一息ついてから、海子へ視線を向ける。

 

「怪我無いか?」

「…………」

「海子?」

「ふぇ!? あ、ああ、その、だだだ、大丈夫だ!」

 

 と、海子は動揺全開で目をぐるぐると回しながら、真っ赤な顔を背ける。

 どうしたのだろうと一瞬不思議に思ったが、俺が海子を胸元に抱き寄せているという現状に気付いて、ようやく納得する。

 助けるのに必死で考えて無かったが、突然彼女を抱き寄せたのだ。そりゃこうなるのが然るべき反応だろう。

 そういえば、前の図書室でも似た事あったよな――と空気を変える為に口にしようとしたが、却って悪くなりそうなので心の中に留めておく。

 しばらくして、海子は「と、ともかく助かったぞ……」と照れ臭そうに礼を言いながら俺から離れ、軽くコホンと咳払いをしてから、目尻が垂れ、若干潤んだ瞳で俺を見据える。

 

「その、今の事はひとまず忘れるとして……どうしてここに?」

「えっと……友香にレンタルしてたブルーレイの返却を頼まれて、ついでに何か借りてこうかとぶらついてた。そっちは?」

「似たようなものだ。借りてたDVDを返しに来たついでに、気になっていた作品を探していた」

「なるほど……ちなみに、このコーナーに居るって事はアニメか?」

「ああ。とあるアニメ映画でな。最近発売されたから、早速レンタルしてみようと探していたのだが……つい他の作品に目が移ってしまってな……」

 

 苦笑しながら、海子は頬を掻く。

 そういえば海子ってアニメ好きだったっけ……ゴールデンウィークの初めてのデートの時、一緒にアニメ映画を観て、昼飯を食いながら感想を語り合ったっけ。

 今となっては懐かしい記憶を思い返していると、海子はさっき落とした空のパッケージを元の場所に戻しながら、少々歯切れ悪く口を開く。

 

「その、なんだ……後でさっきの礼をする」

「そんなの、気にしなくていいよ」

「そう言われても、私の気が収まらないんだ。頼むから礼をさせてくれ」

「……そっか。じゃあ、適当にお茶でも奢ってくれよ」

「そ、そんなのでいいのか……?」

「それでいいんだよ。それともなんだ? 俺とのデートは嫌か?」

 

 と、つい頭に浮かんだからかい言葉を口に出してしまう。すると海子は案の定赤面して、落ち着きの無い言葉を放つ。

 

「でででで、デート!? ななな、何を言ってるお前!?」

「わ、悪い、口が滑ったというか何というか……」

「ま、全く油断も隙も無い……だが、まあ、お前がそれを望むというのなら……受け入れない訳にはいかんな」

「え? お、おう……じゃあ、よろしく」

「任せろ。…………フフッ、デートかぁ……」

 

 クルッと俺に背を向けながら、ウキウキと弾んだ声で小さく呟く。恐らく顔には満面の笑顔が広がっている事だろう。

 思わぬ事になったが……まあ、こんな休日も悪くない。家でのダラダラは諦め、今日は海子に付き合おう。

 

「さて……じゃあ、私は目当ての作品を探すから、少し待っていてくれるか?」

「ああ、俺も探すの手伝うよ。俺は特に目当ての作品がある訳でも無いしな」

「そうか? 助かる」

「おう。で、その作品のタイトルは?」

 

 海子から目当ての作品タイトルを教えてもらい、俺は早速その作品の探索を開始した。

 彼女とは違う棚に視線を走らせる事数分――海子から聞いたアニメ映画のタイトルと同じ背表紙を発見する。

 

「お、見つけた……」

 

 が、よく見てみるとそれはパッケージのみで、中身は空っぽだった。どうやらこれも既に貸し出し済みのようだ。

 マジか……今日何回目だよ。果てしなくツイてないな、今日の俺。

 他にも同名タイトルの物が何個かあるけど、中身は全て空っぽだ。つまりこの店には海子の求めている作品は一つも無いという事になる。

 この事実を早急に伝える為に、別の棚で未だ探し続ける海子の下へ向かう。

 

「おーい、海子」

「ん? 見つかったか?」

「見つけた事には見つけたけど……全部貸し出し中だったよ」

「そ、そうなのか……!? 一足遅かったか……」

「まあ、こればっかりはしょうがないよ」

「そうだな……しかし、ぐぬぅ……」

 

 海子は腕を組み、難しい顔で唸る。

 

「そんなに借りたかったのか?」

「ああ……色々あって劇場に行けなかったのでな……早く観たいと前々から思っていたのだが……無いのなら、日を改めるしかあるまい」

 

 とは言うが、海子の表情は諦め切れないと言わんばかりに悔しそうだ。

 それほどか……よっぽどその作品を観るのを楽しみにしていたんだな。

 

「……なら、他の店で探してみるか?」

「ほ、他の店か?」

「ああ。ここ以外にも、ちょっと遠いけどレンタル出来る店があるだろ? そこも貸し出し中かもしれないけど……行ってみる価値はあるんじゃないか?」

「そ、それもそうだが……お前への礼もしなくてはならないし……」

「もういいよそれは。海子もモヤモヤしたまんまは嫌だろ? 海子がスッキリしてくれた方が、俺も嬉しいしさ。一緒に探しに行こうぜ」

「……そ、そういう事なら……そんなデートも、悪くは無いしな……」

 

 ボソッと口に出しながら、僅かにほくそ笑む。

 

「よ、よし! ならば早速向かうぞ! モタモタしていては、誰かに借りられてしまうかもしれんからな!」

「おう」

 

 頷き返し、俺は海子と一緒に一階へ降りて、そのまま店の外へ出て、別のレンタルビデオ店に向かおうとした――その時。

 

「あら? 友希君じゃない」

 

 という凛とした声が、正面から流れるように耳を通り抜けた。その余りにも透き通った声に、スマホで地図を確認していた顔を持ち上げる。

 次の瞬間に視界に映ったのは、うっすらと微笑みを口元に浮かべながらこちらへゆっくりと歩み寄る、朝倉先輩だった。

 

「あ、朝倉先輩……どうしてここに?」

「暇だったからちょっと出歩いていたのよ。でもまさか友希君と会えると思わなかったわ。これも運命というものね。……ちょっと理想からは離れているけども」

 

 と付け足しながら、海子を細めた青眼の瞳で見据える。

 

「えっと……怒ってます?」

「別に怒って無いわ。ただ、さも当然のように休日の午後という時間帯に友希君の隣に立っている雨里さんにちょっとだけムカッとしてるだけだから」

 

 と、スラスラと恐ろしいほど早口で言う。口調も心無しか不機嫌そうだ。

 それを怒ってるって言うんじゃないんですかね――というツッコミを心の内で放つ。

 

「で、二人は何をしているのかしら? デート?」

「あ、いや、その、ついさっきこの店で偶然会いまして……」

「なるほど……つまりデートの約束をしていた訳では無いのね。……で、これからデートなのかしら?」

「えっと……」

 

 なんと答えるのが正解なのだろうか――言葉が浮かばずに困惑していると、不意に海子が俺の袖を引っ張る。

 

「お、おい! そろそろ行くぞ!」

「えっ? ちょ、海子……」

「すみません朝倉先輩。私達、急いでいるので」

「悪いけど、そう簡単には逃がさないわよ?」

 

 海子が俺を引っ張りこの場から去ろうとするが、朝倉先輩の右手がそれを阻止する。

 

「友希君と二人きりの時間を邪魔されたくない、という気持ちはよく分かるわ。私だって別に友希君とデートをするなとは――とてつもなく不本意極まりないけど言わないわ。でも、見てしまった以上……見過ごせないからね? それはあなたもそうでしょう?」

「うっ……」

 

 言い返せないのか、海子は言葉を詰まらせる。

 なんかデジャヴ……朝倉先輩も本気で怒ってる訳じゃ無いだろうけど、そりゃ見逃す訳無いよな。

 

「さてと……話ぐらいは聞かせてもらうわよ。それから……出来れば私もご一緒していいかしら……ね?」

「……いいか? 海子」

「……致し方無い」

 

 唇を噛み締め、海子は静かに頷いた。その後、とても残念そうにポツリと、小さく呟いた。

 

「友希とのデートォ……」

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

「なるほど……そういう事。大体理解したわ」

 

 先のレンタルビデオ店を離れ、別の店へ移動している最中、俺達は同行する事になった朝倉先輩に事情を説明した。

 

「それにしても……まさか雨里さんにアニメ観賞なんて趣味があったとは……ちょっと意外だわ」

「……何か悪いですか?」

「別に悪いとは言わないわ。ただ、私はアニメというものを視聴した事があまり無いのでね。良さも悪さも詳しくは分からないわね」

 

 そりゃ、お嬢様っていう立場で育った先輩は、そういうのに無縁そうだな。これで大のアニメ好きとかだったら、海子以上に驚きだ。

 

「……ところで、友希君もアニメは好きなのかしら?」

「え? まあ……海子ほど熱中している訳では無いですけど、好きではありますよ。海子みたいに熱中出来るのは、普通に尊敬出来ますよ」

「そ、尊敬って……そんな大層な事では無いだろう」

「ふぅん……そうなの」

 

 呟き、朝倉先輩は何か考え込むように小さく俯き、人差し指を下唇に押し当てる。

 

「ねぇ、友希君はいわゆるどういったアニメが好きなのかしら?」

「へ? えっと……これといったのは、特に……色々観てるんで」

「そう……雨里さんは?」

「……どうしてそんな事を聞くんですか?」

「ただの興味……と今は言っておくわ。……それはともかく、まだ怒っているの?」

 

 と、先輩は俺を挟んで向かい側を歩く海子を覗き込むように見る。対して海子はその視線から逃れるように目を逸らす。

 俺とのデートを邪魔されたから拗ねてるんだな……大分ウキウキしてたもんなぁ。

 

「許してくれとは言わないけれど……せめて機嫌は直してほしいわね」

「……私も、あなたの立場なら同じ事をしただろうし、文句は言えません。……ただ、それとこれとは話が別です。機嫌は曲げさせてもらいます」

「そう……これは例の作品がレンタルビデオ店とやらにある事を祈るしか無いわね。でないとさらに拗ねそうだから」

「そこまで子供では無いです! ……多分」

 

 と、語末で自信無さげに言う。

 これは朝倉先輩の言う通り、例の作品に巡り会える事を祈るしか無いな……出来ればこれ以上空気が悪くなるのはご遠慮したい。

 それからしばらく気まずい空気に耐えながら歩くと、目的の店が見え始める。

 

「あれかしら?」

 

 先輩の質問に頷きで肯定しながら、三人で店に入る。先ほどの店と同じぐらいの広さの店内を、朝倉先輩は物珍しそうに見回す。

 

「先輩……もしかしなくても、こういう店は初めてですよね?」

「お察しの通り。噂は聞いた事があるけど、入るのは初めてね」

「先輩は映画とか……そういうのは観るんですか?」

「ええ、洋画から邦画……映画鑑賞は昔からの趣味よ。友希君には見せてはいなかったけど、私の家には巨大な映写スクリーンもあるわ」

「スクリーン……」

 

 一瞬驚いたが、よくよく考えると「あるだろうな」という結論に辿り着き、最終的に驚きが半減した。

 

「でも、本当にレンタルショップなんてあるのね。私は基本観たいと思ったものは購入していたから知らなかったわ。レンタルだなんて、便利なものね」

「アハハ……まあ、先輩は買いたいと思えば余裕で買えますもんね」

「嫌みに聞こえたのならごめんなさい。けれど、こういった文化に触れる事になったのも、友希君のお陰ね。私一人じゃ、絶対に触れる事は無かったもの」

 

 先輩は俺に寄り添い、肩に頭を乗せてこちらを上目遣いで見つめる。

 

「新しい事に触れるのは、とても嬉しく、楽しいものだわ。だからこれからも、色んな事を教えてね?」

「あ、えっと……」

「ンンッ!」

 

 先輩の綺麗な瞳にどぎまぎしていると、前方から海子のイラついた咳払いが飛んでくる。

 

「友希、ここに来たのはあくまで私がDVD借りる為だというのを忘れるなよ?」

「あ、はい……」

「もう、雨里さんったら……少しは空気というものを読んでほしいわね」

 

 と、流し目で海子を見ながら、先輩は俺の腕に絡み付く。

 

「あなたが言うなあなたが! 他の客の迷惑だから離れろ!」

「そういうあなたもうるさいわよ。もう少し落ち着いたら?」

「誰のせいだと……! ……はぁ……もういいです。さっさと済ませましょう」

 

 さらに機嫌を損ねながら、海子は店の奥にあるDVD・ブルーレイのコーナーへ向かい、俺と先輩も後を追い掛けた。

 これは例の作品が貸し出し中だったら、本当に怒りが爆発しそうだな……彼女の機嫌をこれ以上損ねない為にも、頼むから残っていてくれよ。

 コーナーに辿り着いてすぐ、海子が求める作品の探索を開始した。 俺もこういった店に不慣れな先輩に軽く説明をしてから、探し始め――数分後、前の店でも見掛けたお求めの作品のパッケージを発見する。

 しかし前の店と同じく、同名タイトルのパッケージがいくつか並んでいたが、ここでも大半が中身が空っぽの貸し出し中だった。

 ここもハズレかと、落胆し掛けたその時、一つだけ、まだ中身が残っているパッケージが視界に入った。

 

「ギリギリだったな……海子ー!」

 

 ここでも肩透かしで終わらずに済んだ事にホッと安堵しながら、棚に並んだパッケージから中身のディスクだけを取り出し、向かい側に居る海子を呼ぶ。十秒も経たず、海子は先輩と一緒に俺の下へやって来る。

 

「あったのか?」

「ラストだったけどな。ほい」

 

 俺からお目当てのディスクを受け取ると、海子はとても嬉しそうに目を輝かせながらそれを見つめる。

 凄いテンション上がってるみたいだな……まるで新しいオモチャを買った子供のようだ。まあ、機嫌直してくれたようで何よりだ。

 

「ほら、さっさと借りてこいよ。俺と先輩は外で待ってるから」

「ああ。手伝ってくれてありがとうな、友希!」

 

 弾んだ声で礼を言って、海子はレジに小走りで向かった。

 

「雨里さん、ああいった一面もあるのね。またまた意外だわ」

「確かに。でも、気持ちは分かりますよ。欲しい物が手に入ったら、嬉しいものですから」

「そう……そういうところも、少し羨ましいわね」

「え?」

「さあ、私達は店の外へ出ましょうか。早くしないと、友希君と二人きりになれる時間が減ってしまうわ」

 

 先輩はそそくさと店の外に向かって歩き出す。先の発言が少しばかり気に掛かるが、俺も後を追い掛けた。

 店外に出て待つ事数分、店の小袋を右手に携え、海子が店内から出て来る。

 

「悪い、待たせたな」

「いいよ別に。それで、無事目的は達成出来た訳だが……これからどうする?」

 

 と、海子、朝倉先輩へ交互に視線を送りながら問い掛ける。

 

「私は特に予定は無いし……出来ればこの後も友希君とご一緒したいわね」

「海子は?」

「わ、私は……出来ればこのまますぐに帰ってこれを観たいところだが……お前とも、もっと一緒に居たいとも思う。お前と朝倉先輩を二人きりにするのも、癪だしな」

 

 と言いながらも、海子はわなわなしながらチラチラと手元の小袋に目線を移す。

 早く観たくて仕方無いんだな……でも、どうしたものか……このまま海子の為だけに全員解散で、朝倉先輩の気持ちを蔑ろにするのも嫌だしな。

 

「……なら、二人とも私の家に来る?」

 

 不意に、朝倉先輩がそんな提案を口にする。その考えもしなかったまさかの発言に俺、そして海子も目を丸くして彼女を見る。

 

「これなら私も友希君と一緒に居られて、雨里さんも私と友希君が二人きりになる事を阻止出来る訳だし、そのアニメを観れるでしょ? それに私の家には映写スクリーンもあるし、普通のテレビで観るよりは良いものになると思うわよ?」

「そ、そうですけど……いいんですか? 先輩アニメ観ないんじゃ……」

「確かに観る事は無いけど、嫌いな訳では無いわ。少し興味も湧いてきたし、是非鑑賞会に参加したいわ」

「……意外ですね、あなたがそんな事を提案するなんて。どういった風の吹き回しですか?」

 

 海子の問い詰めに、朝倉先輩はクスリと笑みをこぼす。

 

「言った通り、ただ興味が湧いたの。あなたがそんなに夢中になるアニメとやらに。それに……この際だから、あなたをもっと理解し、見習おうと思ってね」

「私を見習う……?」

「あなた――それに他の三人もそうだろうけど、私よりずっと友希君と価値観というものが近いわ。私は育ちのせいで、常識というものが人とズレているから。だから好きな事なんかで友希君と共感出来たりするあなた達が、少し羨ましいわ」

 

 先輩、そんな事思ってたのか……俺はそんな事、考えた事も無かったな。

 

「もちろん、だからって私が友希君に相応しく無いとはこれっぽっちも思って無いわ。でも、もし将来友希君と付き合うのだとしたら、彼の好きな物を私も深く理解したい」

「……だから、見習うと?」

「ええ。友希君も好きなアニメという文化を深く愛しているあなたから、少し知識を学びたいの。私こう見えて、あなた達の事は評価しているのよ? 私が見習うべきところは沢山あるって」

 

 先輩の言葉に、海子は少し驚いたように一瞬だけ口を小さく開くが、すぐに真剣な目つきで彼女を見据える。

 

「あなた達にはそれぞれ違った魅力がある。そして友希君も少なからずそれを評価していて、悔しいけど好感を抱いてるはず。なら、もし私があなた達のそういったところを見習って、私なりの形で活かせたとしたら――友希君にとって、さらに理想的な女性になれると思わない?」

「なるほど……あなたがそんな考えを持っていたとは、驚きでした。自分は完璧だと自負しているかと思ってました」

「そこまで自惚れてはいないわ。私はまだまた欠陥だらけで、友希君のパートナーとしては正直言って不完全よ。だから私が友希君の完璧なパートナーになる為に……あなた達から色々と、学ばせてもらうわ。あなた達を打ち負かして、友希君のパートナーに相応しいと認めさせる為にもね」

 

 口元に笑みを浮かべ、朝倉先輩は胸元に手を添える。対して海子は、どことなく嬉しそうに小さくほくそ笑みながら、腰に手を当てた。

 

「そうですか……今更ですが、朝倉雪美という人間を理解出来た気がしますよ。でも、アニメの知識なんて身に付けたところで、恋愛には役立ちそうに無いと思いますよ?」

「千里の道も一歩からよ。大した事の無い知識も、何かの礎になる。私がアニメに感心や知識を持てば、友希君とのデートでアニメ映画を観たり出来て、より一層楽しくなるでしょう?」

「そうですか……分かりました。では、朝倉先輩の家で鑑賞会を開くとしましょうか。友希も、構わないか?」

「……えっ、あ、ああ……俺は大丈夫だぜ」

 

 二人の会話につい呆然としていたが、ハッと我に返り頷く。

 なんだか思わず真面目な話になってたな……先輩、あんな事を思ってたんだな……俺も、また朝倉雪美っていう人をより理解出来た気がする。

 先輩の新たな心情を聞けて、少し嬉しく思っていると、不意に海子が口を開いた。

 

「……私も、あなたのそういうところは尊敬に値しますよ」

「あら? いきなりどうしたの?」

「思っただけです。あなたは端から見れば完璧なのに、決して驕る事無く、さらに高みを目指している。そういうストイックなところ、本当に尊敬しますよ」

「……そんなに出来た人間じゃ無いわよ、私は。それにもしそう見えるのなら……それはあなた達のお陰よ」

「え?」

「あなた達っていうライバルが出来たから、私はさらに自分を磨こうと思えるようになったのかもしれないわ。ちょっとでも気を緩めたら、友希君を奪われちゃうもの。まあ、渡すつもりは毛頭無いけどね」

「……それはこちらのセリフです。あなたを抜いて、私が友希の一番になりますから」

「望むところよ」

 

 彼女達の間に、火花が散る。ただ、いつものような険悪なムードは全く無い。互いを認め合っているのが、二人の真っ直ぐな眼差しから伝わってくる。

 ライバルか……俺が何もしなくても、彼女達の関係は良いものへ変わっていってるんだな。最初のギスギスしてた頃を考えると、随分と変わったもんだな。

 ただまあ……俺の目の前でこういう話をされると、やっぱり小っ恥ずかしいな。

 

「さてと……少し喋り過ぎたわね。早く私の家に行きましょうか。雨里さんも、早くそれを観たいでしょう?」

「お、お気遣いどうも……では、行きますか?」

「ええ。友希君も、もう行っても平気?」

「あ、はい。家には連絡しとくんで」

「そう。なら、行きましょうか」

 

 そう言うと、朝倉先輩はそこが定位置と言わんばかりに俺と腕を組む。

 

「って、何してるんですかあなたは!」

「別に腕を組むぐらい構わないでしょう?」

「いいわけ無いでしょう! 友希から離れて下さい!」

「悔しかったら、あなたも腕を組んでみたら?」

 

 と、先輩は海子を挑発するかのように、両腕で俺の腕に絡み付きさらに身を寄せる。もう幾度と無く経験した谷間の感触が、二の腕に走る。

 

「うっ、ぐっ……!」

 

 海子はギリッと歯を噛み締めながら、空いている俺の腕へ手を伸ばす。が、寸でのところで手が止まる。

 

「ぐうぅ……!」

「ま、無理をする必要は無いわ。あなたのそういうところは、見習わない方がいいかもね」

「よ、余計なお世話です!」

「ハハハッ……」

 

 確かに変わってはいるけど、こういうところはやっぱり変わらないよな……ま、今はそれでいいか。

 

 それから海子と朝倉先輩の口論は数分ほど続き、なんだかんだあって俺を真ん中にして三人で手を繋ぐという形で、先輩の家へ向かったのだった。

 

 

 

 

 

 

 




 今回は、前回出番が無かった二人の話。こちらも少しだけ仲が深まった……かな?
 初デート以降全く活かされる事無く(過去回では軽く触れた気もするが)死に設定と化していた海子のアニメ好きが、ようやく活かされた気がする。
 多分他にも色んなキャラの死に設定いっぱいあるはずだけど……今後活かされるか不明。力量不足が憎い。





▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。