モテ期と修羅場は同時にやって来るものである   作:藤龍

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妹と友人の日常

 

 

 

 

 

 

 

 ある日の休日――これといった用事も無く、俺は自宅のリビングでのんびりと過ごしていた。

 同じくリビングには、ソファーに寝っ転がりゲームで遊ぶ友香、そして黙々と裁縫をする母さんと、休日らしい悠然とした光景が広がっている。

 ちなみに父さんは休日出勤、陽菜は何やらクラスメイトの女子と買い物をする約束とかがあるらしく、朝早くに外へ出掛けて今は家に居ない。

 どちらかと言えば騒がしい人種である二人が居ないせいか、いつもよりシンと静まり返った空間で、つい最近読み始めた小説に集中していると、不意に友香がゲーム機を閉じて起き上がった。

 

「お母さーん、お腹空いた」

「あら、もうそんな時間? じゃあ、お昼にしましょうか」

 

 友香の昼食の催促に、母さんは裁縫セットを手早く片付け、キッチンに向かう。

 もう昼になったのかと、少しばかり驚きながら、丁度キリの良いところだったので、一旦読書を止めて母さんの手伝いをしに俺もキッチンへ向かう。

 頼まれたテーブル拭きなどをしている間に、昼食が完成したようで、母さんが料理を片手にリビングへ戻って来る。

 

「お、ナポリタン。やったね」

 

 母さん手作りのナポリタンを見るや否や、友香は気怠げそうにしなながらも、グッとガッツポーズを作る。

 

「最近は作ってなかったからね。ちょっと腕によりをかけて作ったわよ」

「言われてみれば、母さんのナポリタン久し振りかもな」

「確かに。ともかく、さっさと食べよ」

 

 と、友香は足早に席に着く。続いて母さんも席に座り、俺も空いている場所に腰を下ろす。

 

「それじゃあ、いただきます」

 

 母さんのお決まりの言葉に続き、俺達も復唱してからナポリタンを口に運ぶ。

 リビングでだらけながら本読んで、こうして家族と一緒に昼食を食べて――今日は静かで平和な一日になりそうだなと思った矢先、友香がナポリタンを啜ってからある事を俺達に告げた。

 

「そうだ、今日この後、出雲達が来るから」

「あらそうなの? なら、お菓子とか用意しとかないとね」

「よろしく」

「……今日も勉強会か?」

「今日は違う。みんな暇だし、だったら集まって遊ぼうかって事になっただけ」

 

 素っ気なく言いながら、ナポリタンを啜る。

 暇だからか……相変わらず仲が良いな、後輩組は。中学の時から、意味も無く一緒に集まったりする事が多かったしな。兄として、妹にそういう関係の友人が居るのは喜ばしい事だが。

 そして、それには高確率で俺も巻き込まれる事が多い。どうやら少なくとも、今日は静かな日常では無くなりそうだな。

 だからと言って、彼女達と遊ぶのは苦では無いし、割と楽しいから良いのだが。……男子が一人というのは、若干心細くはあるが。

 

 それから、特にこれといった会話を交わす事無く昼食は終了。

 友香は出雲ちゃん達が来るまで、ソファーに寝っ転がりゲームを再開。母さんは昼食の片付けと出雲ちゃん達をもてなす準備。俺も読書を再開したい気持ちもあったが、出雲ちゃん達がいつ来るか分からないので、区切りが悪いところで読書を中断しなければならないかもしれない事を危惧して、テレビを見ながら彼女達を待った。

 そして昼食が終わってから、約一時間後――聞き慣れたピンポーンというインターホンが、リビングに鳴り響いた。

 

「んっ、私が出る」

 

 いつもなら「お兄ちゃん出てきてー」と頼む事が多い友香だが、今回は珍しく自分から玄関へ向かう。

 テレビを消し、ソファーに座りながら玄関の方をジッと眺めていると、扉が開き、友香と一緒に来客である出雲ちゃん、中村、小波の三人がリビングにやって来た。

 

「あ、センパーイ! お邪魔しますね!」

 

 俺を見つけるとすぐ、出雲ちゃんは黄色い声を発しながら、満面の笑みで手を大きく振る。続いて中村は礼儀正しく軽く頭を下げ、小波は「ども」と小さく手を挙げる。

 いつも通りな彼女達に何故だか安心感を抱きながら、俺も軽く挨拶し返す。直後、母さんが姿を見せる。

 

「いらっしゃいみんな。いつもいつも友香に付き合ってくれてありがとうねー。後でお菓子用意するから、楽しみにしててねー」

「わあ、ありがとうございます!」

「香織さんの出すお菓子毎回美味しいし、今回も期待」

「あら嬉しい。今日もご期待に添えるよう、頑張るわ。それじゃあ、楽しんでいってね」

 

 実に母親らしい言葉を残し、母さんは再びキッチンへ戻る。

 

「……そういえば、桜井先輩は居ないんですか?」

 

 キョロキョロと辺りを見回しながら、不意に出雲ちゃんがそう口にする。

 

「ああ、陽菜ならクラスメイトと買い物とかで、出掛けたよ。夕飯時まで帰らないんじゃないかな?」

「という事は……今日は私が先輩を独り占めって事ですね! やったぁ!」

 

 心の底から嬉しそうな歓喜の声を上げながら、出雲ちゃんはピョンと跳ね上がり、そのまま俺に向かって勢いよく飛び付く。

 突然のダイブを受け止められるはずも無く、俺はソファーの上に倒れ込む。出雲ちゃんはそんな俺に覆い被さった状態で、嬉しそうに鼻を鳴らしながら、胸元に顔を埋める。

 出雲ちゃんの力強い抱擁に戸惑っていると、この様子を眺めていた小波が呆れ顔で呟く。

 

「出雲、別に世名先輩とイチャイチャするのは自由だけど、私達が居るのを忘れないでよ。若干気まずい」

「むっ……分かってるって!」

「まあまあ……好きな人に甘えるなんて、微笑ましいじゃないですか。確かに……少し気まずいですけど……」

 

 と、出雲ちゃんの大胆さに思わず恥ずかしくなったのか、中村は赤く染まった顔を両手で隠す。

 

「ちょ、止めてよその反応! こっちまで恥ずかしくなってくるじゃん!」

 

 中村の反応に釣られたのか、出雲ちゃんもさらに頬を紅潮させ、俺から離れる。

 今日も仲良さそうで何よりだ――そう思いながら、俺はソファーに座り直す。続いて出雲ちゃんも俺の隣に改めて座り込み、流れるように俺の腕に絡み付く。

 

「でも止めないんだね」

「うっ……だって先輩とこうしてたいんだもん!」

 

 小波のツッコミに返しながら、出雲ちゃんは少しムスッと頬を膨らませ、さらに俺に身を寄せる。

 

「アハハッ……出雲さんらしいですね」

「ま、別にいいんだけどさ」

「だね、もう慣れたし」

 

 そんな事を口々に言いながら、友香達は適当な場所に腰を下ろす。

 

「あれ? 今日は友香の部屋じゃ無いのか?」

「うん。たまにはね」

「そっか。で、何するんだ?」

「……さあ?」

 

 ノープランか……これもよくある事だし、今更ツッコミする気力も起きないがな。

 

「まあ、そういうのを決めるのも友達との遊びの醍醐味だよ」

「そういうもんか……? じゃあ、どうする? ……つーかなんで俺が仕切ってんだよ」

「いいじゃん。よっ、世名先輩の仕切り上手ー」

 

 小波の適当な誉め言葉に、どうリアクションしていいか困り、曖昧な笑いを返す。

 

「はぁ……で、改めてどうする?」

「私は先輩と一緒なら、何でもいいです!」

「私も……思い付かないので、皆さんにお任せします」

「じゃあ、私もそれで」

「……さあお兄ちゃん、これらの意見を参考に決めて下さいな」

「材料無しでどうしろと言うんだ」

 

 全くこいつらは……少し自分の意見を主張しろよ。完全に俺任せだな。というかそんな事言われても、女子高生が楽しめそうな遊びなんて分からんぞ。

 無理難題に困り果てていたその時、再びピンポーンと、家のインターホンが鳴り響く。

 

「はーい!」

 

 母さんがそれに対応する為、大声を上げながら玄関へ向かう。

 一体誰だろうと、みんな揃って玄関の方を眺めていると、リビングの扉が開き、母さんと共に来客と思われる、一人の少女が俺達の前に現れた。

 

「お、お邪魔します……」

「君は……千秋ちゃん?」

 

 現れたのは、スカジャンにジーパンといういつものスタイルで決めた、友香をゲームの師匠として崇める叶千秋ちゃんだった。

 彼女はどこか緊張した様子で、もじもじと足を動かしながら、チラチラと視線を泳がせる。

 

「えっと……今日はどうかしたの? もしかして、例のゲームの稽古とか?」

「あ、いえ、今日はそういうのでは無くて……純粋に遊びに来たというか……」

「遊びに?」

「は、はい! 友香先……じゃなく、友香さんと一緒に遊びたいゲームがあったんで、遊びに来ました! いいでしょうか!?」

 

 と、右手に持った少し大きめな手提げ鞄を前に突き出しながら、迫力のある声で叫ぶ。友香はそれに少々困惑したように黙るが、やがてコクリと頷いた。

 

「まあ……別にいいよ」

「本当ですか!? ありがとうございます!」

「大袈裟だって……それで、遊びたいゲームって?」

「あ、えっと……これです!」

 

 手提げ鞄の中から、ゲームのパッケージらしき物を取り出す。それを見た瞬間、友香はバッと立ち上がり、そのパッケージを食い入るように見つめた。

 

「それって……エルザの伝説の最新作!? 凄い……あの最新ハード買えたんだ?」

「はい! 前にここに来たときに見掛けなかったんで、よければ一緒にやれたらなって……」

「うん、スッゴいやりたい。ハード売り切れてて買えなかったんだよね……ソフト持ってるけど」

 

 ゲーマーの血が騒ぐのか、友香は珍しく目をキラキラと輝かせ、パッケージをわなわな震わせた手で持つ。

 相当テンション上がってんな……本当にゲーム好きだな、あいつ。

 微笑ましい友香と千秋ちゃんの様子を、なんとなく嬉しい気持ちで眺めていると、不意に、腕をキュッと締め付けられる。

 何事だと視線を動かすと、そこにはどこかおぞましさを感じさせる据わった目で千秋ちゃんを見据える、出雲ちゃんの姿があった。

 

「……誰ですか? あれ」

「え、あー、えっと……彼女はその、夏紀の妹で……」

「夏紀って誰ですか?」

 

 しまった、出雲ちゃんは夏紀と会った事が無いんだった……余計な事を言ってしまった。

 

「その……彼女はね、冬花さんやハル先生の妹さんで……最近、友香と仲良くなったんだよ」

「……そうですか。大体理解しました」

 

 とは言うが、出雲ちゃんは未だ不機嫌そうに目を据わらせ、千秋ちゃんを睨んでいる。

 

「べ、別に彼女とはそういう事は無いからさ、安心していいからさ!」

「そんなの分かってます。でも……」

 

 そこで言葉を切ると、出雲ちゃんはしがみつくように俺の腕を抱き寄せ、ふてくされたように唇を尖らせる。

 

「先輩の周りに女性が増えて、不機嫌にならない訳が無いです」

「そ、それは……」

「もう……どうして先輩の周りには美人ばっかり集まるの……」

 

 ブツブツと文句を口にしながら、出雲ちゃんは俺の肩に顔半分を押し当てる。

 かなり嫉妬してるご様子……みんな俺達の事情を理解してる人ばっかりだから、出雲ちゃんが心配するような事は無いはずだが、それでも乙女心としては複雑なのだろう。

 

「その……出雲ちゃん?」

「大丈夫です。先輩が好きで女性と知り合ってる訳じゃ無いって、分かってますから。でも、嫉妬ぐらいはさせてもらいますからね!」

「……ああ、分かってる」

 

 少し照れ臭かったが、俺は出雲ちゃんの宣言にしっかりと頷きを返した。

 

「ところで……あちらに居るのは、友香さんのご友人ですか?」

「ん? ああ、そうだけど……って、どうしてこっち睨んでるの、出雲」

「……一応言っときますけど、先輩は渡しませんから!」

「……はい?」

「あー、詳しい事は追々説明するから……とりあえず自己紹介ね」

 

 と、友香は千秋の事を皆に紹介し、続けて出雲ちゃん達も自己紹介をする。

 

「白場のゲームセンターの女王ね……噂に聞いた事あるけど、まさか友香の弟子だったとは」

「いや、弟子っていうか……」

「何はともあれ、友香さんのお友達なら、私達も仲良くしたいです。えっと……いいですか? 千秋さん」

「あ、えっと……その……」

「大丈夫、みんないい子だから」

 

 友香がポンッと、千秋ちゃんの肩を叩く。

 

「じゃあ……よろしくお願いします!」

「うん、よろしく千秋後輩」

「よろしくです。年下のお友達なんて初めてだから、なんだか少し嬉しいです!」

「……よろしく」

 

 新たな友人、千秋ちゃんを囲んで、みんなが楽しそうに話すのを、俺は傍らで見守る。

 みんな、千秋ちゃんとも仲良くしてくれるようだな。交友関係が広がるのは良い事だし、これからも彼女達には良い友人同士でいてほしいものだ。

 

「ウフフッ、なんだか賑やかねー」

 

 華やかな女子トークが行われる中に、母さんがキッチンからお菓子を持ってやって来る。

 

「千秋ちゃんだっけ? どうか友香をよろしくお願いね?」

「い、いえ! こちらこそ、お世話になります!」

「そう固くならないの。我が家だと思って、ゆっくりしていってね?」

「は、はい!」

「それでよろしい。それじゃあ、お菓子ここに置いとくわね。今日は駅前の洋菓子店で売ってるクッキーよ」

「お、これ美味しいやつだ」

 

 と、小波が早速クッキーを一枚取り、パクリと食べる。

 

「ゆ、悠奈さん、食べるの早いですよ……」

「いいのよ、じゃんじゃん食べてねー」

「ほーい。むしゃむしゃ……」

「ちょ、悠奈食べるの早いって! 私達の無くなる!」

「……ところで、私これ早く遊びたいんだけど、いい?」

 

 友香はウズウズした様子で、千秋ちゃんが持って来たゲームを皆に見せる。

 

「ん? まあ、何するか決まって無いし……いいんじゃない?」

「そうですね。ゲームは見てても楽しめそうですしね」

「交代でやれるならいいよ。むしゃむしゃ……」

「じゃあ、早速やろう。テレビに繋ぐ」

「あ、あたしも手伝います友香さん!」

 

 なんか、自由だなぁ……でもまあ、こういうのも悪くないな。

 思い返してみると、俺が出雲ちゃん達に告白されるまでは、よくこうして彼女達が我が家で遊んでる光景をよく見たものだ。

 

「おお、映像綺麗……流石最新ハード」

「なんだか難しそうですね……」

「私ゲームとか詳しく無いけど、これ面白いの?」

「ネットだと割と評判良い。私も後でやらせてほしい」

「分かってる。後でね」

 

 今考えると、これも俺の日常になってるんだよなぁ……妹が楽しそうに友人と遊んで、それを兄として見守るのが、当たり前になってるところがある。

 普通の兄妹は、正直プライベートまで一緒という事は少ないだろう。妹が友達と遊ぶ場に兄が居るなんて、そうそう無いはずだ。

 でも俺は普通に居座って、時には彼女達の遊びに参加させられたりもする。そう考えると、俺は割と恵まれた兄貴なのかもな。

 

「あ、なんかボスっぽいの出た」

「だね。……愛莉、やってみる?」

「えっ!? 私ですか!? わ、私こういうの苦手で――」

「ほいパス」

「あ、あわわわ……! どど、どうやって操作すれば……」

「愛莉、落ち着いて深呼吸。ヒッヒッフー、ヒッヒッフー」

「悠奈それ違う」

「アハハハッ、頑張れ愛莉ー」

「そ、そんなー! 助けて下さいよー!」

 

 こうして妹の日常を間近で見れるのは、兄として嬉しい事だ。彼女が友人に恵まれている事を、こうして実感出来るのだから。

 

「セーンパイ! 何してるんですか? そんなところに座ってないで、一緒に遊びましょー!」

「た、助けて下さい世名せんぱーい!」

「……はいはい」

 

  これからも妹にとって、そして俺にとっても楽しいこの日常が続けばいいな――そう願いながら、テレビの前に群がる彼女達の中に、俺も座り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 




 何気ない平凡な、日常の一幕。
 妹の可愛い友人達に囲まれ、一緒に遊んだりするのも彼の日常です。イラッとくる人はそこら辺のマスターソードを引っこ抜いて、回転斬りをぶちかまして下さい。

 というか千秋の基本強気設定が早くも消えかけてる気がするけど……この方が扱いやすいし、いっか。





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