モテ期と修羅場は同時にやって来るものである   作:藤龍

151 / 197
恋する乙女と恋愛相談

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

 放課後――太刀凪書店でのバイト中の事。いつもの如く陳列作業をしていると、偶然近くに居た千鶴さんの溜め息が聞こえてきた。溜め息の様子から、かなり虫の居所が悪そうだ。

 しかし、髪を乱暴に掻き乱し、腰に差した木刀の柄を人差し指で忙しなく叩いたりと、何があったのかは気になる。なので俺は陳列作業をさっさと済ませて、怒られるのを覚悟で恐る恐る声を掛けた。

 

「あのー……どうかしたんですか?」

「あぁ?」

 

 案の定嫌な予測が的中し、ドスの利いた声と共に、不機嫌全開の鋭い目を向けられる。

 この感じだと、いつものように木刀の一撃が襲ってくると、咄嗟に警戒を強めた俺は、一歩後ろに下がり、両手で旋毛を守る。

 が、千鶴さんはしばらくこちらを睨んだだけで何もしようとはせず、首に手を当てながら視線を外し、再び溜め息をついた。

 

「安心しろ。いくら機嫌が悪いからって、八つ当たりはしねーよ」

 

 今まで何回か八つ当たりされた記憶があるんだけどなぁ――と危うく口にしてしまいそうになるが、寸でのところで飲み込む。

 

「で、どうしたんですか? かなりご立腹みたいですけど……何かあったんですか?」

「何かあったというより……これから何かあると思うと気が滅入ってな」

「……どういう事ですか?」

「……実は、ウチの愚妹が新しいバイトを始めてな」

「愚妹……ああ、燕さんが? 良い事じゃないですか。おめでとうございます」

 

 と、適当に祝賀の言葉を送るが、千鶴さんはちっとも嬉しそうな様子は見せず、再び深い溜め息をつく。

 

「良いものか。これでまた面倒が増える」

「それって……?」

「アイツがバイトを始めて、もうすぐ一週間だ。そしてアイツは、一週間以上バイトを続けられた例しが無い。もうすぐアイツの『いやー、バイトクビになった! だから鶴姉の店でしばらく働かせてくんない?』という脳天気な言葉を聞く事になると思うと、イラついて仕方無い」

 

 千鶴さんは右足のつま先で床を凄まじい速度で鳴らし、ギリギリと歯を噛み締め、目元にシワを寄せる。

 ああ、そういう事ね……これからの事に気が滅入ってるって。千鶴さんも気苦労が絶えないな。

 

「というか、クビになる前提なんですね……今回は長く続くだろうとか、信用してあげたらどうです?」

「私もそうしたいものさ。だが、同じ事を何十回と繰り返されていては、信用も出来なくなる」

「……そうですか」

 

 千鶴さんのイラついている理由は分かったが、流石にこれは俺が解決したり相談に乗ってやれるものでは無い。聞いといて申し訳無いが、この問題にはこれ以上深く触れないでおこう。

 

「はぁ……こんな事考えるだけ損か……さっさと仕事に戻るとするか。世名、お前もさっさと仕事に戻れ。レジにでも居ろ」

「いや、今レジには天城が居ますし……」

「そうか……じゃああれだ、客の対応でもしておけ。ウチの店はお客様とのコミュニケーションがモットーだ。お目当ての本が見つからず困ってる客にオススメ進めたりして、良い固定客を掴んでこい。女を五人だか六人だか口説いたんだから、楽勝だろ?」

「なんですかその適当な指示は……ていうかその言い方止めてくれません?」

 

 相変わらず適当だな、この店長は……というか今は客も五、六人居るかどうかだし、必要以上に接客する事も無いと思うけど。

 

「あ、千鶴さーん! 丁度良いところに! 探してる本が見つからないんだけど、教えてくれません?」

「おっと早速呼び出しだ。じゃあ、頑張れ」

 

 と、千鶴さんはウチの常連客である、三十代後半の主婦に呼ばれ、俺の前から立ち去った。

 本当、あの人の自由気ままさには困ってしまう……まあ、丁度品出しも一区切りだし、少し店内見て回るか。

 千鶴さんも言ってたが、ウチの店は客との関わりを大事にしているところがある。客が多い訳でも無いが、千鶴さんにオススメの本を聞きに来る常連客は割と多い。最近は、天城を一目拝みに来る男性客がチラホラ居たりもする。(みんな千鶴さんの怖さは知っていて、声を掛けたりする者は居ないので、天城に直接的な害は無い)

 という訳で、千鶴さんの固定客掴んでこいという言葉は、半分ぐらいは本気だろう。そういう人が一人増えるだけで、店の売上が少しは伸びるものだ。……詳しい事はいちアルバイトである俺には分からんが。

 でも俺がこの店でする事といえば、殆どが品出し、あとは時々レジ打ちや掃除――千鶴さんのように客にオススメを教えたりなんかはあまり無いのだが。

 とか、文句めいた事を千鶴さんに言っても、「知るか。やれ」で一蹴されるだけだろうし、俺は指示通り困ってるお客様が居ないか、軽く見て回る事に。

 

 とはいえ、そんな困ってる客なんぞめったに見掛けないだろう――そう思いながら店内を見回りを始めて、すぐ。

 

「うむむむむ……」

 

 と、分かりやすく悩んでそうな唸り声を上げ、本棚の前でしゃがみ込む客を発見した。

 めちゃくちゃ困ってそうな人見つけたよ……どうしたんだこの人?

 見た感じ、俺と同い年ぐらいの女子高生。こちらに背中を向けているし、服装も制服では無く、フードを被って顔もよく見えないが多分間違えは無いだろう。そしてこれもよく見えないが、手には何やら本を持っているようだ。

 買おうかどうか悩んでいるのだろうか? そう予想を立てながら、背後からゆっくりと苦悩するお客へ近付く。

 一瞬、あまりの悩み具合に声を掛けようか戸惑ってしまうが、このままこの場にしゃがんだ状態で居座られるのは少し迷惑ではあるし、意を決して話し掛ける。

 

「あの……何かお困りでしょうか?」

 

 少々控え目な声で呼び掛けると、客はビクッと肩を振るわせて、慌てて振り返った。

 

「あ、いやなんでも……って、世名っち……!?」

「ん? お、お前……法条……!?」

 

 なんと振り返った客は、俺もよく知る人物――乱場学園新聞部部長、法条杏子だった。

 

「どうして世名っちがここに……って、そういえば、世名っちここでバイトしてるんだっけ……すっかり忘れてたぁ……」

「あ、ああ……それにしても、まさかお前だとは思わなかったぜ……なんか凄い悩んでたみたいだけど、何か困ってるのか?」

 

 まさか知り合いだとは思わず、驚愕を隠せずにいたが、再度同じ質問を、今度はフレンドリーな口調で投げ掛ける。

 すると、何故か法条はさっきよりも大きく驚いた反応を見せ、慌てて立ち上がって両手を背中に回す。

 

「い、いやいや! なんでも無いよ! その……ちょっとお腹が痛くて唸ってただけだから! 心配いらないよ!」

「いや、だったら心配するわ。……というか、なんか隠したよな?」

「え!? 何も隠してないって! ヤダなー世名っち! 万引きを疑うのは店員としていい事だけど、友達を疑うのはよくないぞ?」

「……お客様、隠したものをお出し頂けますか?」

「ううっ……ほ、本当になんでも無いって……」

 

 と言いながらも、俺に決して背中を見せずに、じりじりと距離を離す法条。これで何も無いと言う方がおかしい。

 無理やり奪い取ってやろうかと考えた――その時。

 

「あれ? 法条さん?」

「うひゃあ!?」

 

 突然、背後から現れた天城の声に驚き、法条は後ろに隠した本を落とす。そのチャンスを逃さず、俺は落ちた本をすぐさま拾い上げる。

 

「あっ、駄目!」

 

 という法条の叫びを無視して、俺はその本へと目を通した。――『大好きな人を振り向かせる百の方法』という、いわゆる恋愛必勝本に。

 

「…………」

 

 思いもしてなかったタイトルが目に入り、つい言葉を失う。

 まずどうして法条がこんな本を持っていたかを考える。理由は一つ、彼女は今、裕吾との恋愛に苦悩している訳で、その恋を実らせる為にこの本を購入しようか苦悩していたのだろう。

 そして何故、それを俺に隠そうとしたか。それは、目の前に立ち尽くす彼女の表情が物語っていた。

 

「…………」

 

 法条は両目を目一杯に開き、口をパクパクと動かし、前に突き出した右手をわなわなと震わせ、これでもかと言うほど赤面している。

 つまりは、恥ずかしいのだろう。こういう本を買おうか悩んでいたと、知り合いである俺に知られた事が。

 

「えっと…………なんか、ごめん」

 

 

 ◆◆◆

 

 

 バイトが終わり、太刀凪書店を後にした俺は、天城、法条の二人と一緒に、商店街にあるラーメン屋に来ていた。

 ここに来た理由は二つ。一つは、母さんと父さんは二人で外食、そして友香は中村の家、陽菜は海子の家で夕飯をご馳走になるという事らしく、今日は家には誰も居ない。だから今日の夕飯は外で済ませようと、前々からラーメンが美味いという評判を聞いていて、興味を持っていたこの店に訪れたのだ。

 そして二つ目の理由は――つい先ほど太刀凪書店(ウチの店)を訪れ、恋愛必勝本を買おうとしていたのを俺に知られ、軽く落ち込んでいる法条を慰める為だ。

 

「その……いい加減機嫌直せよ。お詫びになんでも奢るからさ」

 

 店内一番奥のテーブル席、その隅っこに座り、テーブルに突っ伏す法条の前にメニューを置く。が、法条はメニューを手に取る様子も見せず、顔を埋めたまま黙り込む。

 思った以上に凹んでるな、こいつ。でもまあ、知らなかったとはいえ、いささか無神経過ぎた俺にも非があるか。まさか恋愛必勝本を買おうとしてるなんて思わなかったからな。

 ひとまず彼女が自発的に立ち直るのを待つ事にして、俺は法条の隣に座る天城へ話し掛ける。

 

「にしても、天城は急にこんなところ寄って平気か? 無理に付き合う必要無いぞ?」

「うん、大丈夫だよ。夕飯は外で食べてくるって、お母さんに連絡しといたから。それに、どんな理由であれ世名君を他の女の子と二人きりにするなんて嫌だもん」

 

 と、天城は法条へ視線を向ける。その視線を受け、法条は突っ伏したまま視線を天城に向ける。

 

「……別に世名っちに手を出す気なんて無いから、安心しなよ」

「それは分かってるけど、それとこれは話が別」

「そう……乙女心は分かんないねぇ……」

「俺はお前にその言葉を送りたいがな……そこまで落ち込む必要無いだろ? 俺はお前が裕吾の事好きなの知ってんだからさ」

「だぁ! 言うな! それこそ話は別なんだよ! ……だって、恥ずかしいじゃん……恋愛必勝本とか、女々しくて」

 

 おちょぼ口から細々とした声を出しながら、恥じ入るように目を伏せる。

 

「別に女々しくていいだろ。立派な事じゃん、自分の恋を叶える為に努力するのは」

「それでも、こっ恥ずかしいもんなんだよ……ああ、もう! こうなったらやけ食いだ! なんでも頼んでいいんだよね!?」

「……程々にな」

「分かってるよ! すみませーん!」

 

 メニューと睨めっこをして、法条は高らかに右手を挙げる。

 どうやら落ち込みムードからは立ち直ったようだな。恋する乙女モードより、こっちの方が俺も接しやすいし、何よりだ。……それはさて置き、財布にいくらあったっけな。

 法条がどれだけ食う気なのか。そしてそれに俺の財布は耐えられるのかを、現在の所持金を思い出しながら考えていると、俺達の席に店員さんがやって来る。

 

「ご注文はお決まり――おろ? 誰かと思ったら、友希に優香じゃん!」

 

 その店員さんはお決まりの台詞を途中で切り、俺達に向かって声を掛ける。その発言に思考を止め、顔を上げる。

 

「って、燕さん……!?」

 

 声の主――伝票とペンを片手にテーブル横に立つ、この店のユニフォームである黒のTシャツを着た燕さんの姿を見て、俺と天城は揃って目を丸くする。

 

「よお、久し振りだな! なんか聞き覚えのある声が聞こえると思ったら、お前らだったのか」

「つ、燕さん、どうしてここに……?」

「いやー、実はここアタシの新しいバイト先なんだな! 最近見つけてさー」

 

 千鶴さんが言ってた燕さんの新しいバイト先って、このラーメン屋だったのか……ウチの書店と同じ商店街とは思わなかった。

 

「二人で仲良く夕飯か? って、よく見たら知らない顔も居んな。友達か?」

「あ、はい……法条、この人は――」

「知ってる。暴姫(ぼうき)こと、太刀凪燕さんでしょ? 世名っち達のバイト先の店長の妹で、白場のワル達を懲らしめてる生きる伝説。裕吾から大体聞いてるし、まあまあ有名人だよ」

 

 ああ、そういえばこの人そんな感じの人だったな……流石情報屋、詳しいな。

 

「どうも初めまして、法条杏子です。世名っち達との関係は……餌とそれに食い付く獣ですかね?」

「なんだそれ」

「えっと……こいつ、ウチの新聞部の部長で……」

「新聞部……ああ、なるほど。大体分かった。まあ、よろしくな」

「はい。……ところで、注文いいですか?」

「お、悪い悪い。じゃんじゃん言ってどーぞ」

 

 ペンと伝票を持ち直し、メモを取る準備に入る。

 俺、天城、法条は適当にいくつか料理を注文して、燕さんはそれを伝えに厨房へ向かう。俺達は料理が来るのを、適当に話しながら待つ。

 待つ事、約数十分――燕さん、その他の店員さんの手によりラーメン、チャーハン、餃子と注文した品が続々と運ばれてくる。

 

「おお、どれも美味そうだな」

「そうだね……つい食べ過ぎちゃいそう」

「ゆかっち、あんまり食べ過ぎると太って、世名っちに嫌われちゃうかもよー?」

 

 すっかりいつも通りの調子に戻った法条が、からかうように言うと、天城はほんの少しムッとした表情を浮かべ、強めな口調で言い返す。

 

「その言葉、そっくり返すわ。餃子の食べ過ぎで新庄君に嫌われないよう、帰ったらしっかり歯磨きする事ね」

「うっ……い、言われなくてもするし!」

 

 裕吾の話題が出ただけで、またまた一瞬にして恥じらいのある乙女な顔に戻る。

 

「……本当、裕吾の事が話に出るだけで動揺するのな」

「し、仕方無いじゃん! 陽菜っちに言われてから、スッゴく意識するようになっちゃったんだから……毎日毎日苦悩して、本当疲れるよ……世名っち達の気持ちが分かる気がするよ」

「……そりゃ、そっちも大変だな。……なんなら、恋愛相談ぐらい乗ってやろうか?」

「は、はぁ!? いきなり何言っちゃってんの!? 何が目的!?」

「ただの親切心だよ。誰かに相談してみるだけで、ちょっとは気が楽になるかもしれないぜ?」

「……世名君の言う通りかもね。私も時々香澄に相談とかしてるから、ちょっと気が楽になってるところがあるし。私も、相談ぐらいなら乗ってあげるわよ?」

「ゆかっち……」

 

 法条は俯き、しばらくの間沈黙を貫いた後、俺と天城に視線を交互に向ける。

 

「じゃあ……ちょっとお願いしようかな……恋愛相談」

「おお、受け入れるんだ……断るかと思った」

「な、何さそっちから言っといて!」

「悪い悪い、素直なのがちょっと意外でさ。俺もお前と裕吾はお似合いだと思うし、出来る限り協力するよ。なあ?」

「うん。私も、なんとなく気持ちは分かるから」

「……あんがと」

 

 ボソッと感謝の言葉を口にし、照れ隠しをするようにラーメンを啜る。

 一応友人だしな、彼女の恋は全力で応援してやろう。事情を知って、支えてくれる人の有り難さは俺もよく知ってるしな。

 

「へぇ、杏子は裕吾の奴が好きなのか?」

 

 早速、法条の恋愛相談を開始しようとした、その時。そう言いながら、燕さんが最後の品である俺が頼んだ醤油ラーメンと半チャーハンセットを運んでくる。どうやら、今の会話を聞いていたようだ。

 まさかのタイミングで秘密がバレた事に、法条は炎が燃え上がったかのように急激に紅潮する。

 

「なっ!? いや、その……」

「ハハハッ! 面白いなお前! お前も恋に悩む乙女の一人って訳だな。どれどれ、ならちょっとお姉さんも相談に乗ってやろうかね」

 

 伝票を丸め、テーブルの上に置いてある透明な筒に入れながら、燕さんは空いている俺の隣に腰を下ろす。

 

「って、何座ってんですか……仕事中ですよね?」

「大丈夫大丈夫、ちょっとサボったって平気だよ。幸い客足も減ってるし、アタシ一人サボっても問題ねーよ。それに店長優しいしな!」

 

 確かに、今はまだ六時前で夕飯にしては早い時間帯だからか客が少ないし、新しい客が来る様子も無い。

 だが、それとサボっても問題無いというのは違うだろう。こんなんだから、きっとすぐにクビになるんだろうな、この人は。

 戻った方がいいと、燕さんに警告する気も起きず、さっさと彼女を満足させた方が早いだろうと、俺は何も言わずに彼女の好きにさせる事にした。

 

「まあ、燕さんは信頼していいと思うよ。俺も、何回か助けてもらった事もあるし」

「そ、そう……? でも、初対面の人に話すのはちょっと……」

「安心しろ! 一瞬でゴールインまで行くような完璧なアドバイスしてやんよ!」

「……不安しか無いけど、ここまで来て躊躇しても仕方無いか……」

 

 燕さんのどこから来てるのか分からない自信に気圧されたのか、法条はラーメンを一口啜ってから、話し始めた。

 

「恋愛相談って言っても……正直何を聞いたりしたらいいか分からない状態だし……何聞いたらいいのかね?」

「俺に聞くなよ……」

「なら、アタシから質問いい? ぶっちゃけ裕吾とはどんな関係なの?」

「ど、どんな関係って……情報屋仲間……としか」

「ふーん……今は脈ありかどうかも分からん状態な訳か?」

 

 コクリと、法条は小さく首を縦に振る。

 

「情報屋として、裕吾の情報は色々と知ってるつもりです。でも、恋愛関連に関しては全くもって掴めないんですよ……好みのタイプとか、恋愛遍歴とか……あたしの事、どう思ってるとか……」

「なるへそ……大体分かった」

「本当ですか……? ところで修学旅行以降、裕吾とはなんか無かったのか?」

「……恐ろしいほど何も無いよ。いつも通り、情報交換しあったりしてるだけ」

「そうか……」

 

 修学旅行で例の恋が必ず成就するっていうハートの石を手にしたから、ちょっとは自信が出て行動起こすかと思ってたけど……そんな簡単に変わらないか。

 

「なんかしないと、関係なんて進展しないぜ?」

「世名っちには言われたく無いけど、言い返せない……でも、何かしなきゃって考えると、頭が真っ白になって、何も出来なくなるというか……」

「杏子、思ったよりシャイガールだな。いっそ思い切って告っちまえばどうだ?」

「こ、告白だなんて無理です無理です! それこそ、頭が真っ白になりそうですから!」

 

 大声を上げながら、両手と頭をブンブンと振る。

 

「そうか? やろうと思っちゃえば案外行けるんじゃないの? 何せ、この優香だって告白した訳だろ? 思い立ったら行けるって!」

「このって……」

「まあ、あのゆかっちが告白出来た訳だし、そうかもしれませんけど……」

「あのって……」

 

 不満そうに口ずさむが、天城は何も反論しない。

 実際そうだからな……あの恥ずかしがり屋の天城がろくに会話もした事が無かった俺に告白なんてしたんだ。正直、今でも驚きだ。

 

「だからさ、一度ドカンと思いをぶつけたらどうだ? 友希だって、優香達に告白されたから、アイツらの事考えるようになったんだろ?」

「ま、まあ、そうですね……」

「裕吾も根は真面目だろうし、駄目元で行ってみたら?」

「ううっ……でも、告白は難易度高いですよ……ねぇ、ゆかっちはどうして世名っちに告白しようと思い立った訳? 参考に聞かせてくれない?」

「えっ!? そ、それはその……い、言いたく無いわよそんな事」

 

 頬を赤らめながら、ツンとした表情を浮かべてそっぽを向く。

 

「ケチ……はぁ……告白かぁ……それが一番手っ取り早いんだろうけど、そんなの出来る気がしないし……」

「でもいずれはしなきゃだと思うぜ? あの裕吾が自分から告白するとは思えないし」

「……まあ、想像出来ませんね」

「なら、いつか来るその時の為に、告白の練習でもしといたらどうだ?」

「練習……ですか?」

「おう。損はしないだろうし、ちょっとは自信に繋がるかもしれないぞ?」

 

 と言って、燕さんは何故か俺を指差す。

 

「ほら、友希を裕吾だと思って、告ってみなよ!」

「なんで俺なんですか!?」

「だって男子お前しか居ないし。大丈夫、ただの練習だから!」

「駄目です。いくら練習とはいえ、世名君が告白されるなんて不愉快です」

 

 天城の容赦の無い却下に、燕さんは「あら残念」と軽い口調で言い、今度は自分を指差す。

 

「んじゃ、アタシを裕吾だと思ってやってみなよ」

「ちょ、ちょっと待って下さいって! 私やるとは……」

「こういうのは試してみるのが一番だ。ほら、さっさと来いよ。練習如きで告白出来ないんじゃ、本番なんて夢のまた夢だぞ?」

 

 と、若干裕吾の真似(全然似てないが)をしながら、燕さんは法条を見つめる。

 

「んぐっ……! 分かりました! やりますよ! やればいいんでしょ!」

 

 大きく息を吸って、法条は燕さんの目を真っ直ぐ見つめる。

 

「す、すす、す……」

 

 プルプルと小刻みに震えながら、何度も同じ言葉を繰り返す。その様子をみんなで見守る事、数十秒。法条はキュッと下唇を噛み、覚悟を決めたように目を見開く。

 

「好――」

「何してんだ、お前ら?」

「き……?」

 

 と、法条が気の抜けた声を出すと同時に、俺らは彼女の告白練習に割って入った声の方へ振り返る。そこに立っていたのは、なんと裕吾本人だった。

 

「お前……なんでここに!?」

「なんでって……食事しに来たんだよ。それよりなんだか珍しい組み合わせだが……どういう経緯だ?」

 

 と、裕吾を見つめたまま硬直する法条へ目をやる。

 

「き、きききき、き……」

「き?」

「き……きゃああああああああ!」

 

 思い人(裕吾)との不意の遭遇に何かが壊れたのか、法条は逆上(のぼ)せたように顔を赤くして、突然奇怪な悲鳴を響かせながら、逃げるように店から飛び出した。

 

「……説明を求める」

「あー、えっと……」

 

 どう説明していいか言葉のチョイスに困り、裕吾から目を逸らして首を掻く。

 全く……法条の奴、こんなんで本当に恋を成就させる事なんて出来るのかね? 人の事は言えないと思うが、先が思いやられるな。

 

 とりあえず本当の事を伝える訳にはいかないので、裕吾には適当に作った話を教えた。正直裕吾は信じてはいなさそうだったが、彼は何も問い詰めるような事はしなかった。

 それから俺達は残った食事を全て平らげ、ラーメン屋を立ち去り、各々自宅へ帰ったのだった。

 

 

 

 

 

 




 久し振りに燕さん登場。恋する乙女、法条杏子の恋が叶うのは、まだまだ先になりそう。
 ちなみに、この数日後に燕さんはなんやかんやあってラーメン屋をクビになりました。彼女の安定した仕事先が見つかるのも、まだまだ先になりそう。

 どうでもいいけど、この作品は天城や法条や新庄やら、似た名前が多い事に気付いた。ややこしくてすんません。




▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。