モテ期と修羅場は同時にやって来るものである   作:藤龍

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天と雨 雲と雪のキャットファイト

 

 

 

 

 

 

 先週の遊園地での事から、数日が経過した。

 あれから特に大きな出来事も無く、平和な時が過ぎていた。まあ、だんだん平和の感覚が鈍ってきているかもしれないが。

 あれから色々俺達五人の間のルールも新たに細かく決めたりもした。

 一つはこないだのような事が起きないように、デートに誘う場合は前もって他の面々に知らせる事。そして誘える権利は一カ月に一人一回のみ。これで四人が平等になり、俺の財布にも余裕が出来る。正直もう金欠だ。今日から再開するバイト頑張ろう。

 後は昼食を毎回作ってこられるのもあれなので、それも週一回だけと決めた。今回は誰も作ってこなかったらしく、久しぶりに孝司、翼、裕吾、俺の男四人で昼休みを過ごしていた。

 

「で、あれからどうなんだ?」

「……どうって?」

「あの四人との事。なんかあったか?」

「なんも無いよ。そんな毎日トラブルデイズになったら俺の身が保たない」

「……なんかムカつくんだけど殴って良い?」

 

 ガンを飛ばしてくる孝司を無視して、パートで忙しい母親の代わりに友香が作った手作り(八割冷凍食品)の弁当を食べ進める。そんなんでイラつかれても困る。

 

「はは……でも、天城さん達も何もしてこないのも意外だね」

「確かに雨里とかはともかく、生徒会長さんや、大宮が何もアタックしてこないのは意外だな。所構わず……って感じだが」

「何か目論見でもあるんじゃねーの?」

「怖い事言うなよ……」

 

 確かにあれ以降四人とも大人しい。孝司の言う通り、何かの準備中だったりするのか? ……いやいや考え過ぎだろう。四人も四六時中好戦的な訳でも……無いよな?

 

「あれ、そういえば雨里さん居ないね?」

 

 不意に翼が辺りをキョロキョロ見渡す。確かに、海子の姿が見えない。俺以外の人とも飯を食ってたりするが、今回は教室の外で食ってんのか?

 

「……他の三人に何かしにいってるとか?」

「何かってなんだよ……というか海子はそんなタイプじゃ無いだろう」

「……じゃあ他の三人が雨里に何かしたとか?」

「だから怖い事言うなよ……」

「有り得なくは無いだろう。あの四人は恋敵。お前が居なくても、いつどこでキャットファイトしてるか分からんぞ?」

 

 た、確かに……大丈夫だよな? 何か大事起こしたりしてないよな、あの四人……

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 ――教室棟一階 売店前

 

 

 今日はつい弁当を作り忘れてしまい、仕方無く売店で何かを買おうと来てみたはいいが――

 

「何を買おうか……」

 

 普段は毎回手作り弁当だから、あまり売店を利用した事が無い。一体何を買えば良いのか、少々悩んでしまう。

 このカツサンド、なかなか美味そうだな……だが、少しカロリーが……いや、そんな物を気にしていては……でもあまりこういう物を食べ過ぎると太ってしまう可能性が……太ってしまったら友希に嫌われてしまうのでは無いだろうか……? イカン! それだけは絶対に嫌だ! ここは安全に低カロリーそうなサラダサンドにしよう! って、ほぼレタスだけだな……どうしたものか――

 

「あっ……」

「ん?」

 

 私が売店の前で頭を悩ましていると不意に聞き覚えのある、小さな透明感のある声が聞こえる。その声に顔を横に向ける。

 

「ゆ、優香……!」

 

 

 ◆◆◆

 

 ――教室棟屋上

 

 

 ここは昼休みのみに開放される生徒達のたまり場で、かなりの広さもあり、昼休みを過ごすには絶好の場所だ。

 そんな場所に売店で遭遇した優香と共にやって来て、フェンス際の椅子に座り、昼飯を一緒に食べているのだが――

 

「…………」

「…………」

 

 先程から会話も無く、とても気まずい状況が続いている。ただでさえほぼ無味に近いサラダサンド――もといレタスサンドがより味気無い味になる。やはりカツサンドにすれば良かっただろうか……

 去年はこうして毎日のように昼食を共にして、楽しく会話を交えながら昼休みという僅かな休息の時間を幸せに過ごしていたが……今は状況が状況だ。気まずい以外の感情が湧き上がらない。

 まあ、仕方が無い……この気まずい状況を作り上げたのは私だ。私が大人しく友希の事を諦め、二人の事を応援していれば、こんな事にはならなかっただろう。とはいえ、私も彼を諦める気にはなれない。例え親友を傷付ける事になってもいい――そう思っていたが……

 

 チラリと優香に気付かれないように視線を向ける。優香はまさに無表情といった顔で黙々と売店で買ったカツサンドを口に運んでいる。とても美味しそう……では無く! とてもつまらなそうというか……不機嫌な雰囲気が伝わってくる。まあ、恋敵と一緒に居るんだから当然と言えば当然だろう。

 ……とはいえ、親友にそんな顔をされるといささか心にくる物があるな……いや、もう親友と思っているのは私の方だけかもしれないな……

 自分の思い人を横取りしようと考えた者を親友などと、優香は思わないだろう。それで良いんだ、そうすれば私も思いっきり向き合える。ただ……やはり少し心苦しいな。

 

「ごちそうさまでした……」

 

 残ったレタスサンドを口に頬張り、同じく売店で買ったお茶で流し込む。これ以上ここに居ても気まずいだけで、優香の機嫌を損ねるだけだと、急いで立ち去ろうと椅子から立ち上がる。

 

「……ねぇ、海子」

 

 今まで無言だった優香が突然声を上げる。不意な事に思わず肩を震わせて、大げさに驚いてしまう。

 

「な、何だ?」

「海子はさ……どうして世名君に告白したの?」

 

 こちらを見上げ、真っ直ぐな目つきでそう言ってくる。

 一瞬何故そんな事を聞いたのか、分からなかった。もしかしたら強迫か何かかと思ったが、今の優香の言葉からはそういった狂気の感情は感じられない。むしろとても真っ直ぐで、純粋な感情が伝わってくる。きっと、ただその事を知りたいだけなのだろう。

 ……なら、私も真正面から答えよう。それが後から横取りしようとした、せめてもの罪滅ぼしだ。

 

「私は……昔アイツに救われた。それが恋心に繋がった。その思いは、誰にも負けないつもりだ。そして、お前が告白したという噂を聞いた時、その思いが自分でも抑えられなくなった。例え親友の優香でも、アイツを……友希を渡したく無い――そう思って、告白したんだ」

「……そっか」

「責めてくれても構わない。私はお前の恋路を邪魔したんだ……絶交と言われても、仕方無いとは思っている……」

 

 絶交――その言葉を口にした時、私の体は少し震えていた。きっと、実際にそうなる事が怖くてしょうがないのだろう。

 優香は大切な親友。そんな彼女に見限られる事は、恐らく私の心に大きな穴を開けるに違いない。その事態を招いたのは自分だというのに……情けない限りだ。

 でも、優香に見限られる事に、私は文句を言えない。私はそれを甘んじて受け入れるしかない。言い放たれるであろう絶交の言葉に覚悟を決め、唇を噛み締める。

 

「……別に、絶交だなんて言わないし、悪いとは思って無いよ」

「え……?」

 

 だが、優香の口から出た言葉は、予想外の事だった。

 

「わ、私を許すというのか? いくら何でもそれは――」

「海子は悪く無いよ。ただ好きな人に思いを告げただけ。それに、きっと私が海子の立場だったら、同じ事を考えて、行動に移したと思う。親友を裏切ってでも――ってね。だから、文句は言えないよ」

 

 にっこりと笑い、優香が言った言葉に、思わず目頭が熱くなる。確実に見放されると思っていたのが、まさか受け入れてもらえるとは……本当、優香はとことん聖人君子な存在だ……

 これからも優香は私の親友でいてくれる事に胸をなで下ろしていると、不意に優香の表情が一変する。先程までの柔らかい顔では無く、闘争心溢れる少し恐れを感じてしまう形相に。

 

「でも、それとこれは別。世名君は絶対に渡さないから。海子にも、他の二人にも。それだけは、絶対に譲れない」

「優香……」

「海子は今、親友の前に恋敵(ライバル)。申し訳無いなんて思わないし、アナタをどん底に落としてでも、必ず勝つから……!」

「……私も、この気持ちに嘘偽りは無い……! どんな事になろうと、諦める気は無い!」

「……そう、個人的には引いてくれたら有り難いんだけど……そうはいかないか。絶対、負けないから」

 

 そう冷たく、背筋が凍るような冷たい囁きを言い残し、その場から立ち去る。

 優香も本気なんだ……本気で友希を思っている。でも、だからといって引く訳にはいかない。例え親友という関係が壊れても――!

 

「ああ、そうだ。今週の日曜日、暇かしら?」

「え? い、一応予定は無いが……」

「なら、久しぶりに二人で買い物でも行きましょう。たまには一時休戦って事で」

「……ああ、分かった」

 

 私の返事に優香は微笑み返し、そのまま屋上から姿を消した。

 本当に、優香は私の一番の友人だ。でも、私はその友人を蹴落としてでも、友希に振り向いてほしい……だから、全力で優香とぶつかる!

 

「……よし!」

 

 両頬をバチンッ! と大きな音が鳴る程強く叩き、気合いを入れる。

 どんな結果になろうと、悔いが残らないようにするだけだ――!

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 ――教室棟三階 1年B組

 

 

 今日の授業も全て終了。帰宅の準備を済まし、隣の席に座る親友である友香に声を掛ける。

 

「それじゃ帰ろっか!」

「あ、ちょっと私職員室に用事があるから、先に帰っててくれる?」

「あ、そうなんだ。分かった」

「ゴメンね。それじゃあまた明日!」

 

 そう荷物を抱えて、友香が教室から飛び出して行く。

 はてさて、他の友人達は部活らしいし、一人で帰る事になってしまった。どうしたものか……

 

「そうだ! 折角だから、先輩と一緒に帰ろう!」

 

 友香も帰りが遅くなるだろうし、それを知らせなきゃだよね! 我ながらナイスアイデア!

 早速先輩を誘う為に、二階の2年A組の教室を目指す。二階に辿り着くと同時に、階段付近で新庄先輩とばったり鉢合わせる。

 

「あ、こんにちは」

「こんにちは。……友希に何か用か?」

「はい! 友香が何か用事があるみたいなので、それを伝えに……」

「ふーん……タイミングが悪かったな。友希なら先に帰ったぞ」

「えぇ!? もうですか!?」

「ああ。今日は久しぶりにバイトに復帰するらしいからな。急いで出て行った」

 

 ば、バイト!? まさかそんな用があったとは……というか先輩バイトしてたんだ……知らなかった。それなら、もう誘う事は出来ないか……不覚を取った……

 

「そうですか……それじゃあ、私はこれで」

「……おう」

 

 そのまま新庄先輩に軽く挨拶をして、一人下駄箱に向かって歩き出す。

 はぁ……折角誰にも邪魔されずに先輩と二人っきりで帰れると思ってたのに……というか先輩のバイト先ってどこだろう……今度聞いてみようかな? いっそそこで私も働けば、先輩と二人で放課後のバイトライフ!? 案外良いかも……

 

「あら? だらしない顔をして何をしているのかしら?」

 

 先輩とのバイト風景を妄想していると、不意に後ろから声を掛けられる。この声は……

 一気に嫌な気分になる。正直無視したいが、したらしたで小言を言われそうなので、嫌々振り返る。そこには案の定思い浮かべた人物――朝倉先輩(お邪魔虫)が全て悟ったような涼しい顔でこちらを見ていた。

 

「……何か用ですか?」

「いえ別に。ただ知っている後輩がよだれを垂らしながら惚けていたら、普通は声を掛けるでしょう?」

 

 それが当たり前――と言いたげな口調にますます気分が悪くなる。この人の神様気取りな感じは本当にいけ好かない。ただでさえ先輩と私の幸せライフを邪魔する害虫の癖に、私をこれ以上イラつかせないでほしい。とはいえ、ここで言い争いをしても面倒だ。

 

「……それは失礼しました。それじゃあここで」

「どうせ、友希君との幸せライフ何か妄想していたんでしょうけど」

 

 その言葉に立ち去ろうとした足を止める。嫌みっぽい言葉ね……どうしてここまで人をイラつかせる事が出来るのだろうか。

 

「……それが悪いんですか? 愛しの人との日々を妄想するなんて、自由じゃ無いですか?」

「ええそうね。ただ、少しかわいそうだと思ってね。決して叶わない日々を妄想するなんて」

「……どういう事ですか?」

「だって、アナタには友希君とそんな日々を過ごせる日なんて来ないもの。残念ね、せいぜい妄想の中では幸せになってほしいわね」

「……何ですかその言い草。まるでもう先輩は自分の物だって言いたそうですね?」

「そうだけど?」

 

 サラッと言い放った返事に、私の何かが切れる音が聞こえた気がした。この人……本当にムカつく。

 だが、そんな私の気も知らずに、先輩は話を続ける。

 

「だって、友希君は私と付き合う運命ですから。後は彼を惑わせるアナタ達をどうにかするだけ。安心して、決してアナタ達を不幸にはしないわ。しっかり、友希君の事を諦めさせて、新たな恋路に進めるようにしてあげるから――」

「――朝倉先輩」

 

 淡々と持論を語り続ける彼女の言葉を遮る。これ以上は聞くに耐えない。堪忍袋の緒が限界に近い。

 私がイラつきを限界まで表にだし、朝倉先輩を睨み付けるが、彼女は相変わらず涼しい顔で、表情一つ変えないで私を見つめる。

 ああ、ムカつく――私は無意識に鞄を漁り、筆箱を取り出す。

 

「ねぇ、先輩知ってます? 筆箱の中って結構危ないんですよ?」

「……何が言いたいのかしら?」

 

 首を傾げる朝倉先輩。私は筆箱をポーンと何回か上に放り投げる。そして左手でキャッチした筆箱のチャックを開き、中から一本ボールペンを出す。

 

「ボールペンは結構鋭くて、シャーペンの芯は目に入ったら痛いし、消しゴムも当たり所によってはヤバいかもしれませんよ? 後、ハサミとかカッターも入ってたりしますし――」

 

 そこで言葉を区切り――私は右手を薙ぎ払い、ボールペンを朝倉先輩が立つ方へ思い切り投げつけた。一直線に飛んだペンは朝倉先輩の頬を掠り、後ろの壁に激突する。カランッと音を立てて落下して、朝倉先輩の足元まで転がる。

 

「――あんまり凶器を所持する人をイラつかせない方が良いですよ? 私、沸点低いので」

 

 前半を殺意を含ませた鋭い目で睨みながら、ドスの効いた声で、後半は満面の笑みを浮かべながら、高音の声で喋り、相手を威嚇する。

 だが、朝倉先輩は顔色は全然変わらず、黙って落ちたペンを拾い上げ、私に警戒する事無く近付き、渡してくる。

 

「庶民というのは怖いわね……覚えておくわ。なら、私からも一つ忠告――」

 

 そう、耳元に顔を近付けてくる。

 

「生徒会長に楯突くと……どうなるか分からないわよ? 私、権力あるから」

 

 先の私に対抗したつもりか、同じような雰囲気で小さく囁く。そのまま私の横を通り過ぎ、その場から姿を消した。

 

「……何なのあの人は……!」

 

 本当にムカつく! 何故あんな人が先輩に好意を寄せている? それだけでおこがましい!

 

「絶対あんな人に先輩は渡さない……他の誰にも――!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 今回は主人公抜きで、ヒロイン同士の絡み合い。
 友人二人は良き恋のライバル的で、少しは平和的? だけど、後輩先輩の方はバッチバチだ……
 筆箱の中身を凶器と言っちゃうキチガイに、権力で脅すお嬢様。主人公はこのじゃじゃ馬達を丸く収められる……のか?(作者も心配)

 次回もお楽しみにー。


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