モテ期と修羅場は同時にやって来るものである   作:藤龍

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図書室はハプニングが起きる場所である

 

 

 

 

 

 11月24日――修学旅行、そして連休を挟んで、久し振りの通常授業が行われた。

 久方振りに黒板に向き合って、全ての授業を乗り越えた放課後。さっさと家に帰って休みたいと、気持ち早足で帰り道を歩いていた途中――俺はある事を思い出し、ピタリと足を止めた。

 

「そういえば……」

 

 道の端の方へ移動してから、鞄の中を探る。教科書やペン入れなどがごった返す中から、一冊の本を取り出す。文庫本サイズの小説だ。内容はよくあるミステリーもの。なかなか面白く、確か時間を掛けてじっくり読む俺にしては珍しく、たった一日で読了した記憶がある。

 それはともかく、この本は俺が自分の金で買った物では無い。かといって、太刀凪書店(バイト先)からちょろまかした訳でも無い。そんな事したらいけないし、したら千鶴さんにぶった斬られる。

 この小説は少し前――確か、修学旅行の数日前辺りに学校の図書室で偶然見掛け、興味を持って借りた物なのだ。そして俺は今、この本の貸出期間が今日までだったという事を思い出したのだ。

 

「完全に忘れてたわ……」

 

 今日の内に返却しなければ――そう朝にこの本を鞄に入れたはずなのに、久し振りの授業の疲れで完全に頭から抜けていた。

 別に返却が遅れたからといって、特別罰がある訳では無いのだが、ウチの学校の図書委員はこういう事にめちゃくちゃうるさい。多分明日に返却すれば、小一時間は説教を受けるだろう。出来ればそれは避けたい。

 幸いと言うべきか、現在地は学校からそれほど離れてはいない。今から引き返せば、余裕で返却出来るだろう。

 

「……仕方無い、戻るか」

 

 忘れていた俺が悪い訳だし、文句は言えない。すぐに戻ってこの本をあるべき場所に返そう。

 本を鞄にしまい、目的地を自宅から学校の図書室へ変更して、歩き出す。普通に帰宅する生徒達に不思議そうな視線を向けられながら歩く事数分、学校へ到着。下駄箱で上履きに履き替え、そのまま図書室へ直行。

 廊下で駄弁を交わす生徒達の間を抜け、図書室に到着。扉を開き、図書委員が待機しているはずの受付に向かう――途中、俺は視界に入った人物に驚き、思わず足を止める。

 

「み、海子……!?」

 

 そう、なんと図書委員がスタンバイしているはずの受付には、何故か読書をする海子が座っていたのだ。彼女は大分集中しているようで、俺の声に反応を見せない。

 ここは図書室だし、読書をしているのはなんら不思議では無い。だが利用する側である海子が、どうして受付の内側に座っているのかが理解出来ず、思わず呆然と立ち尽くす。

 遅れるほど数秒。ようやく俺の存在に気が付いたのか、海子は読んでいた本から目を離して顔を上げる。直後、海子は目を丸くして、驚愕の声を上げる。

 

「と、友希!? どうしてここに……帰ったはずでは……」

「い、いや、色々あって……それより、どうしてお前がそこに座ってるんだよ? ……いくら空いてるからって、どうかと思うぞ?」

「し、失礼な! ちゃんと正規の理由があって座ってるんだ!」

 

 なんだ、てっきり『部長の席が空いてるから、座っちゃえ!』みたいな、サラリーマンの下っ端的な好奇心に駆られたのかと思っていたが、どうやら違うらしい。

 俺の誤解に少々機嫌を損ねたのか、海子はムスッとした顔で腰に手を当てる。

 

「わ、悪い悪い。それで、一体どうしたんだよ? そこは図書委員様の席だろ?」

「……代わりだ」

「代わり?」

「その図書委員の子が、少し体調を崩してな。だから私が彼女の仕事を代わりに引き受け、気分が良くなるまで保健室で休ませているんだ」

「ほお……なるほどね」

 

 つまり、図書委員の代行として海子は受付に座っていた訳だ。それならまあ、不思議は無いな。

 だが、疑問はまだある。俺はそれを明かすべく、海子にさらなる質問を投げ掛ける。

 

「でも、どうしてお前がその代行を受けたんだ?」

「彼女が図書室に向かっているところに偶然遭遇してな。体調が悪そうなのに、仕事へ向かおうとする彼女を放っておけなくて、だから私が代行を引き受けた……というより、申し入れたんだ。彼女とは去年同じクラスで、そこそこ親交があったからな」

「ああ、そういえば同じクラスだったか…………うん、大体理解した」

 

 海子の性格なら、そんな人を放置するのは許さないだろうしな。にしても……わざわざ面倒な仕事を引き受けるなんて、本当に海子は世話焼きだな。

 彼女の揺るぎない精神というか、信念というものを感じて、なんとなく嬉しい気持ちになる。

 

「……何をニヤニヤしてる」

「え? ああ、いやなんでも無い」

 

 どうやら気持ちが顔に出てしまったらしい。海子は少し照れ臭そうに口を曲げ、それを隠すように言葉を吐く。

 

「それで、お前は何をしに来た? 私の見間違いで無ければ、お前は確か帰ったはずだろう?」

「確かにその通りだけど……途中で借りてた本を返すのを忘れてた事を思い出してな。それで貸出期間が今日までだったから、急いで戻って来た訳だ」

「なるほど……たくっ、だらしないぞ。そんな事を忘れるなど」

「返す言葉もございません……で、頼めるか?」

 

 鞄から本を取り出しながら問うと、海子は頷きながら右手を差し出し、俺は彼女に本を渡す。

 

「手順は分かるのか?」

「大体聞いたから平気だ…………よし、終わりだ」

 

 今日が初経験にも関わらず、海子は一度も詰まる事無く、慣れた手付きで返却作業を済ませる。

 

「へぇ、流石」

「大した事では無い。お前の前にも何人か来たしな」

「そっか。ともかくサンキューな。いやー、例の図書委員様だったら、軽く小言を言われたかもしれなかったし、海子で助かったよ」

「お前は……今後は余裕を持って返却するんだぞ? こんな事を何回も続けてると、だらしない人間になるぞ?」

 

 海子のごもっともな説教に、俺は何も言い返せず苦笑する。

 

「…………まあ、万が一そうなったら、私が支えてやるが……」

 

 と、海子が斜め下に視線を落としながら、極小の声量で呟く。

 俺はこの照れ全開の呟きにどう返答していいのか、一瞬あぐねる。多分、意味を問い質したりしたら確実に海子は動揺するだろう。そうなれば、この誰も居ない図書室に非常に気まずい空気が流れるだろう。

 だから俺は、一瞬の思考を経て、困った時に重宝するあの万能台詞を海子に返した。

 

「……なんか言った?」

「い、いや! 何も言って無い! ほ、ほら! 用事が済んだのなら家に帰れ! 昼寝でもして明日に備えろ!」

 

 俯きながら、ビシッと図書室の出口を指差す。

 結局、若干気まずい感じになってしまったな……聞こえない振りをするのが正解だったか? 何はともあれ、海子の言う通り用も済んだし、家に帰るか。

 

「じゃあ、俺はこれで……って、この音は……?」

 

 ふと、耳がさっきまで聞こえて無かった音を聞き取り、視線を窓の外へ移す。

 

「って、いつの間にか雨降ってるし……」

 

 さっきまで普通に晴れていたはずなのに、知らぬ間に外は黒い雲に覆われ、大量の雨を降らしていた。

 

「驚いたな……天気予報では雨は無かったはずだが……ゲリラ豪雨か?」

「かもな……」

 

 かなり強めに降ってるな……しかし、困ったな。海子が言ってた通り今日は天気予報で雨という単語は全く出てこなかった。だから当然、傘なんて持ってきていない。

 流石にこのどしゃ降りの中を走って帰るのはキツイ……絶対に明日風邪引く。雨が上がってくれるのを待つしか無いな。

 

「……しゃーない、しばらく雨宿りだな」

「傘を持ってないのか? 私は学校に一本置いてあるから、貸してやろうか?」

「それじゃあお前の分が無くなるだろ? 大人しくここで止むのを待つよ。 幸い読書出来るし、退屈はしないだろう。それに……こんな雨の中、お前一人じゃ心細いだろう?」

「こ、子供扱いするな! ……でも、ありがとうな。その気持ちは素直に嬉しい」

 

 少し恥ずかしそうに目を細めながら、海子は口元に笑みを浮かべる。

 

「さてと……じゃあ暇潰しの本でも探そうかね。海子は他に仕事があるのか?」

「いや、ただ受付に居ればいいと聞いてる。でもこの時間帯だ。もう誰も返しには来ないだろう。私も大人しく読書しているさ」

「そうか。分かった」

 

 会話を切り上げ、面白そうな本が無いか、まずは受付近くの本棚を探る。海子も手元に置いていた本を手に取り、読書を再開する。

 

「……何読んでるんだ?」

 

 ふと気になったので、本棚から海子に視線を移しながら問い掛ける。すると彼女はページをめくる手を止め、栞代わりに自分の人差し指を挟みながら本を閉じ、こちらに表紙を見せる。

 

「いわゆるライトノベルというやつだ。ここにあったので読んでみた」

「へぇ、お前もライトノベル読むんだな。そういや、海子アニメ好きだもんな」

「まあな。とはいえ、私が好きなのアニメは、大体が朝や夕方にやるもので、普段こういったものはあまり読まないがな。だが、読んでみると意外に面白いものだな」

 

 再び本を開き、割と速いペースで、大体二、三十秒かそこらで次々とページをめくる。

 

「読むの速いな」

「そうか? 普段からこれぐらいのペースで読むんだがな」

「まあ、俺がじっくり読み過ぎるタイプかもしれんが。普段から本は読むのか?」

「最近は減ったが、時々な。こういう物語に入り込むような時間は嫌いじゃ無い。……昔は、一人で居る事が多かったからな」

 

 と、海子は少し表情を曇らせる。

 イカン……余計な詮索をしてしまったようだ。

 

「その……悪い」

「謝るな。別にそこまで嫌な思い出では無い。お陰で読書が好きになれたしな」

「そ、そうか……もしよければ、今度ウチの店に来いよ」

「ウチの……ああ、そういえばお前のバイト先は書店だったな。……()()()()()()

 

 語末に若干の棘を感じ、思わず顔が引きつる。その反応に、海子は小さく笑い声をこぼす。

 

「フッ……まあ、気が向いたらお邪魔させてもらう。夏紀の奴が尊敬する太刀凪先輩のお姉さんにも、是非ともお会いしたいしな」

「お、おう……店員として、オススメとか紹介してやるよ。最近はどんな本読んでるんだ?」

「最近は……恋愛小説が多いな。……主に勉強目的で」

「勉強……?」

「な、なんでも無い!」

 

 上擦った絶叫を上げながら、海子は手を叩くように読んでいた本を勢いよく閉じる。席から立ち上がり、「さ、さて! 本棚の様子でも確認して回るか!」などと早口で言いながら、俺の前から逃げるように奥の本棚へ移動する。

 恥ずかくて逃げたな……さっきの勉強目的って、多分俺との恋愛に活かす為に……的な意味だよな? あいつも、色々頑張ってるんだな。聞いたところで、反応に困るけどな。

 とりあえず、今は彼女が落ち着くまで放っておいてやろう。俺は再び本棚に向き合い、暇潰しの本を探した。

 

 窓に激しく打ち付けられる雨の音を聞きながら、本棚に視線を巡らせる事数分――面白そうなタイトルの本が目に入り、それを本棚から取り出す。

 

「これもミステリーものか……って、さっき返却したのと同じ作者だな」

 

 あの本、かなり読みやすくて面白かったしな……きっとこれも俺の好みだろうな。

 この本を暇潰しに……というより、このまま借りて家に持ち帰ってしまおう。流石にこの短時間で読み切るのは難しいだろうし。  

 なら忘れない内にこの本をさっさと借りてしまおうと、図書委員代行である海子を呼びに行こうとした――その時。

 突然、凄まじい轟音と共に白い閃光が図書室を覆い尽くし、直後に電灯が全て消え、部屋が暗闇に包まれた。

 

「停電……!? マジか……」

 

 今の音と光、間違え無く雷だ。しかもかなり近くに落ちたみたいだ。それで一発で学校の電気がやられてしまったようだ。

 外は雨雲に覆われていて、落雷以外に光は無い。電灯も全て消えた現在、図書室は真っ暗闇だ。

 ひとまず明かりを確保する為、ポケットからスマホを取り出してモバイルライトを点ける。即席のライトで辺りを照らし、状況を確認する。

 

「……って、海子!」

 

 グルッと一回転して周囲を確認し終えてから、海子の事を思い出す。

 本棚の前を離れ、図書室全体をライトで隈無(くまな)く照らす。すると、図書室の一番奥――俺が居た場所とは反対側にあるもう一つの扉の近くで、頭を抱えてうずくまる海子の姿が見えた。

 そういえば、海子の奴雷苦手だったな……それにいきなりの停電だ、そりゃああなる。

 

「……大丈夫か?」

 

 ゆっくりと近寄りながら、怯える彼女に声を掛ける。すると海子はビクッと大きく震えてから、恐る恐る振り返る。

 

「と、友希、か……だだ、大丈夫、だ……」

 

 とは言うが、声は明らかに震えてるし、ライトに照らされた顔はどう見ても涙目だ。

 

「無理すんなよ……ほら、立てるか?」

 

 今にも泣き出してしまいそうな海子に、手を差し伸べる。目元の雫を拭ってから、海子は俺の手を取る――寸前、再び落雷が鳴り響く。

 

「ヒッ!」

 

 それに驚き、海子は再び両手で頭を抱えてしゃがみ込む。 

 

「大丈夫かよ……雷、本当に苦手なんだな」

「あ、ああ……全く、情け無い限りだ……こんな事ぐらいでここまで怯えてしまう自分が……」

「……まあ、仕方無いよ。誰にだって怖いものはある。それに海子は強くても女の子なんだしさ」

「そ、そんな……」

 

 何か反論をしようとしたのだろうが、それは再び落ちた雷に遮られる。

 

「ヒィ!」

「大丈夫大丈夫。だんだん弱くなってるから、その内収まるよ」

「わ、分かってるが……」

 

 海子は小刻みに震えながら、不安そうにウルウル潤ませた瞳で窓の外を見る。

 俺はそんな彼女の動揺を少しでも和らげようと、思考を回す。そして、その答えが出るより先に、俺の右手が無意識に海子の頭を撫でた。

 

「んなっ……!?」

 

 ひっくり返った声を上げ、海子は肩を弾ませる。俺はしばらく彼女の頭を優しく撫で続け――数十秒後、何をしているかに気が付き、慌てて手を離す。

 

「わ、悪い! つい無意識に……」

「あ、いや、構わない…………なあ、友希」

「な、何?」

「もしよければ……もう一度撫でてくれないか? 凄く……落ち着くんだ」

 

 消え入りそうな声でお願いされた要求に、俺は思わず一瞬言葉を失う。お願いした当人は、ちょこんとしゃがんだ状態で、俯き加減で待機する。

 流石にこの状況で断る訳にはいかない。俺からしてしまった事だし、責任を取って要望に応えよう。

 湧き上がる緊張を押し殺し、そっと彼女の頭を撫でる。海子のサラサラとした茶色い髪をなぞるように、そっと手を動かす。

 

「ンッ……!」

 

 小さな吐息をもらし、海子がピクリと体を震わす。

 

「わ、悪い! 痛かったか?」

「いや、少しくすぐったかっただけだ……ありがとう、落ち着いた」

「な、ならよかった……」

「……前にも、同じような事があったな」

「え? ああ……お前の家に泊まった時か」

 

 確かあの時も、雷に怯えてる海子を宥める為に頭を撫でたんだっけ……そして、その後――

 記憶を呼び起こそうとしたが、余計に恥ずかしくなってきたので、そこで回想を止める。

 

「あの時も、お前に頭を撫でられてとても嬉しくて、幸せで、ドキドキした……そして今もだ。……私の気持ちは変わってない。やっぱり、お前が好きなんだな」

「きゅ、急に恥ずかしい事言うなよ……」

「お、お前こそそういう事を言うな! ……恥ずかしくなってきたじゃないか」

 

 唇を薄く尖らせながら、目を逸らす。

 

「す、すまん……」

「……ところで、そろそろ撫でるのは止めてくれないか? いつまで味わっていたいぐらい気持ちいいんだが……流石に、恥ずかしさが限界だ」

「えっ? あ、悪い……」

 

 言われて、俺は慌てて手を引っ込める。

 俺の手からようやく解放され、照れ臭そうに頬を掻きながら海子が立ち上がろうとした、瞬間。再び、雷が激しい光と音を轟かせながら落ちる。

 

「ヒャア!?」

 

 その落雷に当然海子は驚き、立ち掛けていた彼女は体勢を崩して――そのまま、俺に向かって倒れ込んだ。

 

「おわっ!?」

 

 思いがけぬハプニングに、海子を受け止める事も避ける事が出来ずに、俺は床に思いっきり体を打ち付ける。

 

「イタタ……頭打った……」

 

 床にぶつけた後頭部をさすりながら、ゆっくりと目を開く。すると視界に、海子の顔が映り込んだ。その距離僅か数センチ。顔を少しでも上げれば、鼻先がぶつかり合うだろう。

 どうなっているのか動揺しながらも、状況確認の為に視線を動かす。どうやら海子は俺を押し倒すように、四つん這いで真上に覆い被さってる状態らしい。

 ようやく俺達の現状を把握する事ができ、慌てて海子に声を掛ける。

 

「お、おい……!」

「あっ……えっ……」

 

 が、どうやら海子はまだ理解が追い付いていないようで、呆然とした言葉をこぼしがら、目を白黒させている。

 気持ちは分かるが、流石にこの状況がいつまでも続くのは居た堪れない。彼女を正気に戻そうと声を掛けようとした矢先――図書室の電灯に、再び明かりが灯った。

 それがキッカケで我に返ったのか、海子はハッと小さく目を見開く。そして少し間を空けてから、彼女は顔を真っ赤にして、口をアワアワと波打たせる。

 

「ちちちち、違うぞこれは! これは、その、不可抗力で、別に私の意志でお前を押し倒した訳では無いぞ! 不純な事など一切考えて無いし、これはその……」

「わ、分かってるって! ともかく、早く起き上がってくれるか?」

「とと、当然だ!」

 

 テンパりながら、海子が立ち上がる。

 

「――雨里さん平気!? なんか停電あったけど……」

 

 寸前、そんな言葉と共に図書室の扉が開かれた。

 扉の先に居たのは、保健室で寝ていたはずの本来の図書委員の女生徒。彼女は扉の前で愕然と俺達――四つん這いの海子と、彼女に押し倒される俺を見つめる。

 

「…………お邪魔しましたー……」

 

 暫しの間を置き、彼女はそっと扉を閉じた。

 

「ま、待て! 誤解だ! 私達は別にそんな事は……」

 

 海子は慌てて起き上がり、扉を開いて廊下に飛び出す。が、有らぬ勘違いをしたであろう図書委員様は既に姿を消したらしく、海子は呆然と立ち尽くした。

 そんな彼女にどう声を掛けたらよいのか、言葉が思い付かず、俺は座り込んだまま海子を眺める。

 

「……すれろ」

「へ?」

「さっきの事は、全部忘れろ! いいな!?」

「あ、ああ……忘れる忘れる。安心しろって、別に海子が故意で押し倒した訳じゃ無いって分かってるから」

「ッ! グッ……ヌゥ……!」

 

 と、海子が声にならない声を唸らせながら、プルプルと震え出す。

 しまった――と地雷を踏んでしまった事を自覚した直後、突然海子が受付の方へ走り、自分の鞄を乱暴に掴む。

 

「帰るぅ!」

 

 そして半泣きな言葉を吐き捨て、海子はそのまま図書室を飛び出した。

 羞恥心が限界を迎えたか……まあ、仕方無いだろう。今は、そっとしておこう。

 幸い、いつの間にかもう図書室は閉める時間だし、雨も弱くなってる。海子は傘を学校に置いてあると言ってたし、心配する事は無いだろう。

 まだ学校に居るだろうし、図書委員の子には俺から事情を説明しておこう。それが海子の為だ。

 

「……あ、そういえば本」

 

 今のゴタゴタで床に落ちた、さっき本棚から取った小説を拾う。

 海子も居なくなっちゃったし……借りるのはまた今度にしよう。その時に、今日の事を思い出しそうだけどな。

 本を元あった場所に戻し、俺は図書委員の子に事情を説明をするべく、図書室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 




 久し振りな学校でのお話。海子と二人きりなのも、結構久し振りな気がする。
 きっとこの後、海子は傘を忘れて家まで全速力で駆け抜け、友希を押し倒した事を思い出して、自室のベッドの上で顔隠しながらゴロゴロすると思う。





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