モテ期と修羅場は同時にやって来るものである   作:藤龍

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妹と弟子

 

 

 

 

 

 

 ゲーセンでの騒ぎから一夜明けた、月曜日。大体午前の十一時頃に、俺は目を覚ました。

 別に堂々と寝坊をした訳では無く、今日は勤労感謝の日、つまり祝日で学校が休みだからゆっくり休んだだけだ。

 ベッドから起き上がり、まだ半分寝ぼけた状態のまま、リビングへ向かう。あくびをしながら扉を開くと、リビングの中から家族達の挨拶が飛んでくる。

 

「おはよう友希。随分ぐっすり寝てたわね」

「んっ……おはようお兄ちゃん」

「おはよー友くん! ゆっくり寝れた?」

「ああ、おはよう……」

 

 エプロン姿でテレビ回りを軽く掃除する母さん、ソファーに座りながらゲームで遊ぶ友香、そしてバッグを持った陽菜の挨拶にぼやっとした返事をする。

 

「……って、珍しいな陽菜。お前がこんな時間に起きてるなんて」

 

 そのままソファーへ移動しようとしたが、陽菜が俺より早く起きている事に遅れて驚き、思わず足が止まる。

 彼女は普段、休日はお昼過ぎまで寝ているのが普通なはず。そんな彼女がこんな時間帯に起きているのは割と珍しい。さらに彼女の格好を見る限り、今からどこかへ出掛けるようだ。

 早起きしている上に、どこかへ出掛ける準備まで午前中の内に済ませている……そんな事は非常に珍しい。

 そんな軽い異常事態に驚嘆していると、陽菜はそれが気に入らないのか、不機嫌そうにプクッと頬を膨らませる。

 

「むぅ……私だって早起きぐらいする事あるよ! 友くん、私を寝坊助だと思ってるでしょ?」

「実際そうだろう……で、どこかに出掛けるのか?」

「うん! 今から海子ちゃんのお家に行くんだ!」

「海子の家に? ……遊びにでも行くのか?」

 

 問うと、陽菜はどことなく得意気な顔で「チッチッチ」と口にしながら、人差し指を左右に振る。

 

「今回は違うよ。今日はね、海子ちゃんに料理を教わりに行くの!」

「料理? ……またどうして」

「ほら、前に海子ちゃんが言ってたでしょ? 暇な時に、私の料理の練習に協力してくれるって!」

 

 はて、そんな事言っていただろうか――俺はすぐさま、脳内の記憶からそんな出来事があったか検索する。遅れる事数秒、確か俺と陽菜の誕生日パーティーの翌日、学校の屋上でそんな事を話していたな、という事を思い出す。

 

「……で、今日その協力を頼んだと」

「うん! 海子ちゃんもオッケーくれたし、今から夕方までガッツリ練習するんだ!」

「そうか……迷惑掛けないように気を付けろよ」

「だいじょーぶ! それじゃあ、行ってくるね!」

 

 手を振りながら扉を勢いよく開き、陽菜は飛び出すようにリビングから去る。玄関の扉が閉じる音を聞いてから、俺はソファーへと腰を下ろす。

 

「ウフフッ、陽菜ちゃん、張り切ってるわねー」

「雨里家に被害を与えなければいいけど……」

「まあ、海子さんが付いてれば大丈夫でしょ。……多分」

「…………」

 

 陽菜の場合はその多分が一番の不安要素なんだよなぁ……

 とりあえずぼや騒ぎだけは起こさないでくれと、心の中で必死に祈りながら、腹に何か入れようと冷蔵庫へ向かう。

 

「友希、朝ご飯は?」

「もうこんな時間だし、昼飯と一緒にする」

「そう、分かった。お母さんちょっと今から買い物に行くから、二人で留守番お願いね」

「という事は……うわぁ、昼ご飯私が作るのか……お兄ちゃん、カップラーメンでいい?」

「朝飯抜いてる兄に冷たいなお前……」

 

 午前中だからか、休日だから……いや、いつも通りな友香のドライな言葉に苦笑いを浮かべながら、冷蔵庫の牛乳を喉に流し込む。

 まあ、別にいいんだけどさ……カップラーメン美味いし。

 

 

 母さんが買い物に出て、友香と二人になったリビングで、俺は昼食の時間まで適当に本を読んで時間を潰した。

 時々友香のイヤホンから漏れ出るゲームの音をBGMに読書を続けていると、さっき飲んだ牛乳以外何も取り込んでいない腹が限界を迎えたのか、腹の虫が鳴く。

 それを偶然音が切れたタイミングで聞き取ったのか、友香がイヤホンを外しながら、壁の時計に目をやる。

 

「もう十二時過ぎたね……お昼にする?」

「だな……流石に腹減ったわ」

「じゃ、作ろっか」

「作るって……カップラーメンだろ?」

「文句言うなら、醤油と味噌のタレを混ぜたラーメン出すよ?」

「変な嫌がらせは止めてくれ……」

 

 割と真面目に言葉を返すと、友香は「じょーだんだよ」と言いながら、ゲーム機を閉じてキッチンに向かう。

 

「醤油でいいよね? というか多分それしか無い」

「なら聞くなよ……何でもいいよ」

「んっ」

 

 お湯を沸かす程度だが、手伝ってやろうと俺も友香の後に続く。

 キッチンにあった適当なヤカンに水を入れ、火を点ける。隣では友香が取り出したカップラーメンのフィルムを剥がして、中にあるかやくを取り出す。

 

「あ、これ五分待つやつじゃん……長いなぁ」

「二分ぐらい我慢しろ……」

「というかこれどうしてだろ? 三分でもいいんじゃない?」

「……そんなもん俺が知るか」

 

 限り無く意味が無い、どうでもいい会話を交えながらヤカンをジッと正視していた――その時、家のインターホンがピンポーンと鳴る。

 

「客か?」

「だね。お兄ちゃん、私がお湯見てるから出てきなよ」

 

 単に来客の対応面倒なだけだろ――そのツッコミを心の中で放ちながら、玄関へ向かう。

 

「はいはーい……」

 

 適当に出ていたサンダルを履いて(というより半分踏んで)扉を開ける。最初は宅配だと思ったが、そうでは無く、扉の先には一人の女の子が立っていた。

 とは言っても、天城や出雲ちゃん、ましてや朝倉先輩でも海子でも、忘れ物をした陽菜でも無い。来客は我が家には初めて訪れる、最近知り合った女子だった。

 サラサラに伸びた金髪、黒を基調としたスカジャンに色褪せたジーパン。そしてどことなく緊張している風な、幼さが残る整った顔。

 

「こ、こんにちは……」

 

 と、俯き加減で彼女――先日知り合った白場のゲームセンターの女王、叶千秋は小さな言葉を口にした。

 思わぬ来客に一瞬言葉を失ったが、このまま放置する訳にはいかないので、少し狼狽状態ながら彼女に声を掛ける。

 

「あ……えっと……千秋ちゃん……だっけ? どうして家に? というか、なんで家を……」

「その、家はハル姉に聞きました……」

「ハル姉……ああ、ハル先生ね。それで、何か用? ……多分、友香に用事があるんだよね?」

「は、はい! 私、改めて彼女……友香先生にお話があるんです!」

 

 と、彼女は目を大きく見開きながら、拳を握る。

 随分と気合いが入ってらっしゃるな……例の弟子にしてくれとか、そんなところか?

 彼女が我が家に突然やって来た理由を考えていると、家の中からピー! という、ヤカンの音が聞こえてくる。

 

「……とりあえず、中入る?」

「あ、じゃあ、お邪魔します」

 

 ぺこりと頭を下げ、千秋ちゃんは玄関を潜り我が家に足を踏み入れる。靴を脱ぎ、それをしっかりと手で並べ直し、俺の後に続く。

 意外と礼儀正しいな……昨日とはまるで別人だ。やっぱり悪い子では無いのかね?

 リビングに戻ると、既にテーブルには二つのカップラーメンが並べられていて、近くには砂時計と睨めっこをする友香が居た。

 

「んっ、戻ってきた……結局お客は誰だっ――ゲッ……」

 

 俺の後ろに居る千秋ちゃんを見た瞬間、友香は露骨に面倒そうな反応を見せる。

 しかし、そんな事は少しも気にせず、千秋ちゃんは俺を勢いよく追い越し、友香に滑り込むように近寄った。

 

「友香先生! お久し振りです!」

「やっぱりこうなるか……というか久し振りってほどでも無いし……というか、先生って止めてよ……あと近い」

「あ、すみません……」

 

 シュンと肩をすくめながら、千秋ちゃんは友香から少し距離を離す。

 これまた別人みたいだな……あの時、本当に友香に惚れ込んだんだな……友香は少し迷惑そうな感じだが。

 

「……で、何しに来たの?」

「えっと、その、お話に来ました! 昨日は途中で邪魔されちゃったんで……改めて、弟子入り志願に来ました!」

「だよね……まあ話はいいとして……これから、お昼なんだけど」

「あ、それは……タイミング悪くてすみません! あたし、終わるまで待ってるんで! 気にせず食べてて下さい! あたし、お昼食べてきたので!」

 

 と、千秋ちゃんはテーブルの近くで正座で待機状態になる。

 

「いや気になるから……せめてソファーに座っててよ」

「はい! 待たせてもらいます!」

 

 大きな声で返事をしながら、千秋ちゃんはソファーに移動して、背筋をピンと伸ばした状態で待機する。

 

「……はぁ」

「ハハッ……大分気に入られてんな」

「迷惑……とまでは言わないけど、面倒だなぁ……まあいいや、とりあえず食べよ。伸びるし」

「そ、そうだな……」

 

 千秋ちゃんの事はとてつもなく気になるが、ラーメンを無駄にする訳にもいかないので、とりあえず昼食を頂く事に。

 近くで物珍しそうにキョロキョロする千秋ちゃんを横目に、ラーメンを黙々と啜る。

 

「あっ! これって生命樹の迷宮ですよね! 友香先生もやってるんですね!」

「って、ちょっと勝手に開けないでよ……」

「へー、先生はこんな風にマッピングするタイプなんですか……うわっ、しかも盾職と回復職抜きのパーティーだ……流石です!」

「…………はぁ……」

 

 こんな友香は珍しいな……ここまで尊敬される事なんてめったに無いだろうし、柄にも無く困惑してるのかね。

 妹の新たな一面を垣間見た気がして、少し嬉しい気持ちになりながら、ラーメンを全て平らげる。友香もスープを全て飲み干し、お茶を飲んで一息付いてから、千秋ちゃんへ目をやる。

 

「さてと……終わったし、話しようか」

「あ、はい!」

 

 友香のゲーム機を眺めていた千秋ちゃんは、慌てて向き直る。

 俺はひとまず、空になったカップや箸をキッチンに下げてから、二人の話し合いに付き添う事に。

 テーブルを挟んで向かい合う友香と千秋ちゃん。俺は友香の隣の席に腰を下ろし、二人を交互に見る。

 

「……改めて、お願いします! あたしを……友香先生の弟子にして下さい!」

 

 そう言いながら、両手と額をピッタリテーブルに付ける千秋ちゃん。

 

「……とりあえず、先生は止めてくれる? 普通に友香でいいから。むしろそうしてほしい」

「じゃあ……友香さん! お願いします! あたし、あなたのプレイに感動したんです! あたしもあんな風に上手くなりたい、もっとゲームを極めたいんです! だから、あたしを弟子にして下さい!」

 

 再び、頭を深々と下げる千秋ちゃん。それに対し、友香は困ったように肩をすくめる。

 

「弟子って言われてもね……」

「別にいいんじゃないか? 友香だってゲーム好きだし、ゲーム友達が出来ていいじゃん。それとも、嫌なのか?」

「嫌っていうか……私、そこまで本気でゲームやってる訳じゃないし……それに、教えるとかどうすればいいか分かんないし……初心者にならともかく、彼女は十分上手いし」

「ふむ……」

 

 確かに、仮にもゲーセンの女王と呼ばれているんだ。彼女のゲームの腕は相当ハイレベルだし、陽菜みたいにゲーム初心者に教えるような感じとは違うだろう。

 

「……なあ、千秋ちゃん」

「なんですか? お兄さん」

「えっ、お兄さん?」

「だって、友香先……さんのお兄さんなんですよね?」

「お、おう、そうだな……」

 

 言われてみればそうだが、友香の知り合いからはあんまりそうは呼ばれないからな……少し面食らってしまった。

 

「それで、なんですか?」

「ん? ああ、そうだった……千秋ちゃんはさ、今のままでも十分ゲーム上手なのにさ、どうしてまだ上手くなりたいと思ってるんだ? 正直、今のままで十分だと思うけど……」

 

 俺の言葉に同意するように、友香は首を縦に振る。

 彼女のゲームスキルは、あまり詳しくは無いけど、プロとかになれそうなレベルで上手い。これ以上上手くなりたい理由でも無ければ、友香に弟子入りなんて真似はしないだろう。

 きっと何か理由があるはず。そう思い問い掛けてみたのだが、何故か千秋ちゃんは少し悲しそうな表情を浮かべた。

 

「……答え辛いなら、別に言わなくてもいいぞ?」

「……お二人は、あたしの姉達をご存知ですよね?」

「え? ああ、うん」

「ご存知の通り、ハル姉も、フユ姉も、とっても凄い人達です。とっても美人で、頭も良くて、凄く強い……自慢の姉なんです」

 

 やっぱり身内でもそういう評価になるわな……さらっと夏紀が省かれてるけど、きっと触れない方がいいよな、うん。

 

「……でも、あたしは違う……スタイルは小柄で微妙だし、勉強も出来ないし、喧嘩もそれほど強くないし……でも、よく周りから言われるんです……お姉ちゃんも凄いし、あなたもきっと凄いんだねって……でも、そんな事無くて……」

「なるほど……つまり、千秋ちゃんは優秀な姉がコンプレックス……という事か?」

 

 俺の質問に、千秋ちゃんは元気無く頷く。

 

「そっか……まあ、あんな姉持ったら、コンプレックスぐらい抱くよな……」

「はい……でも、ハル姉もフユ姉も……一応、ナツ姉も。あたし自身も凄いって思うし、大好きです。でも……だからこそ、こんな自分が情け無くて……何も出来ない、自分が……」

「……だから、ゲーム?」

「は、はい! あたし、ゲームだけは凄く得意で、唯一自慢出来る事なんです……だからあたし、この特技をもっと極めたいんです! これしか、あたしには無いから……」

 

 なるほど……そういえば、昨日もそんな事を口ずさんでたな。だからゲームを、唯一誇れる自分の特技を伸ばしたいから、友香に弟子入りを志願したのか。

 

「まあ、つまりはそういう事です……もちろん、ゲームなんかが誇れるような特技じゃ無いってのは、分かってます……女王って呼ばれて、ちょっと愉悦を覚えたりして……調子に乗ってるだけですよね! アハハ……」

「……別にいいんじゃない?」

「えっ……?」

「私も、特技って胸張って言えるのはゲームぐらいだしさ……それに得意な事に、上手な事に変わり無いじゃん。……いいと思うよ、胸張っても」

「友香、さん……」

 

 少し潤んだ瞳で、友香を見つめる千秋ちゃん。

 

「…………」

 

 友香は頭を掻き、何かを考え込むように俯き、低く唸る。

 

「……いいよ、弟子入り」

「えっ……い、いいんですか!?」

「うん……まあ、教えられるか、強くさせてあげられるかとか分からないし、まともに教えるつもりも無いけどさ……対戦とか、暇な時に付き合ってあげるよ。それでいいなら、受けてもいいよ」

「友香さん……はい! お願いします!」

 

 身を乗り出しながら手を伸ばして、友香の手をギュッと握り締める。

 

「い、言っとくけど、期待はしないでよ? テクニックとか、そんなの教えられる気がしないし」

「構いません! よろしくお願いします、友香先生!」

「だから止めてよそれ……ま、適当に遊ぶ感じでいいなら大歓迎。……お兄ちゃんも時々付き合ってよね」

「えっ、なんで俺まで!?」

「元々は、お兄ちゃんが私と彼女を会わせたんじゃん。暇な時ぐらい付き合ってもらうから。実戦のサンドバックとかで」

「本当ですか!? 是非ともお願いします、お兄さん!」

 

 サンドバックって……まあ、暇な時ぐらいいいか。俺も彼女の努力は素直に応援したいしな。

 

「……あのー、少しいいですか?」

「ん?」

「その……お手洗い、貸してもらえますか?」

「ああ、廊下に出て、すぐだから」

「すみません……」

 

 ぺこりと頭を下げ、足早にリビングを出る千秋ちゃん。

 

「……にしても、断ると思ってたよ。お前面倒事は嫌いだろ?」

「……まあ、気紛れだよ。ゲーム友達が増えただけ」

「そっか……まあ頑張れよ、友香先生」

「……うっさい」

 

 キュッと、友香が軽く俺の脇腹を摘む。

 何はともあれ、こうして千秋ちゃんが友香の弟子となった。これからどうなるかは分からないけど、俺は年上として、そして兄として見守ってやろう。妹の先生としての指導を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 という訳で、友香の弟子になった千秋ちゃん。正直今後まともな出番があるかどうか分からないが、まあ良しとしよう。
 実はこの後、友希宅に偶然香澄がやって来て、友希の事をお兄さんと呼ぶ千秋に勘違いをして敵対心を抱いて、友香を交えた妹分(?)達による軽い修羅場が起きる――という展開があったのだが、蛇足っぽく、なんか微妙だったのでボツにした……という裏話があったりする。
 ネタが思い付かなかったら、別の機会にこのネタやるかも。

 それからもう一つ、千秋のプロフィールを登場人物一覧表に追加するので、興味がある方は是非。すっかり忘れてた陽菜ママや、海子パパも追加予定。




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