モテ期と修羅場は同時にやって来るものである   作:藤龍

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格ゲーは難しいものである

 

 

 

 

 

 

 

 日曜日――学生や大体の社会人なら、休日である曜日。だが、俺は家のリビングでだらだらしていたり、部屋で真面目に勉強している訳でも無く、お昼前からガッツリ働いていた。

 というのも、修学旅行中は当然だが太刀凪書店のバイトは全て休んでいた。別に学生としては仕方の無い事だし、千鶴さんもそこはしっかり理解してくれて、融通を利かせて休みをくれる。

 が、帰って来て働ける状態になったのなら話は別。本当なら休日が明けるまで修学旅行の疲れを取る為に休みたかったのだが、千鶴さんの電話で容赦無く駆り出されたのだった。

 本当は今日も休みを貰っていたのだが、どうも他のバイトの人が急に来れなくなったとかで、朝一番に電話で無理やり呼び出された。

 

 まあ自分はバイトという立場だし、働けばしっかり給料も貰えるので文句を言える立場では無いのは分かるのだが、流石に朝一番でいきなり「来い。仕事だ。働け」の三単語をぶつけられたらちょっとテンションが下がるというものだ。

 しかし、それを正直に千鶴さんへぶつければ、いつものが脳天をかち割ってくるだけなので、俺は黙って大量の本と向き合うのだった。

 

 幸い……と言うべきか、客足は少なかったので忙しいという事も無く、仕事は比較的楽なものとなった。

 これ別に俺が居なくても大丈夫だったんじゃ無いだろうか――という言葉をうっかり口に出さないように注意しながら仕事を続ける事、約五、六時間。千鶴さんの「今日はもう上がってもいいぞ。お疲れ」という言葉を受け、俺の久し振りのバイトは終了した。

 

 

「……つっかれたぁ……」

 

 久し振りの作業に疲れが溜まった腕をグルグル回しながら、小さく呟く。店の前からしばらく離れたところで、スマホを取り出して時間を確認する。

 

「三時半か……思ったより早く終わったな……」

 

 これなら家に帰った後、夕飯まで昼寝する時間があるな――そんな事を考えながら、家に直帰しようと足を前に出した、その時だった。

 

「せ、世名さん……ですよね?」

 

 と、背後からか細く、今にも消え入りそうな弱々しい声が聞こえてきた。それに踏み出そうとしていた足を止め、振り返ると、正面にオドオドした様子で立ち尽くす女性の姿が見えた。

 

「なんだ、夏紀か。久し振りだな」

 

 女性の正体は俺の担任の先生であるハル先生、そして朝倉家のメイド長である冬花さんの妹である叶夏紀だった。彼女は慌てた様子でぺこりと頭を下げ、まだ少しオドオドした声を出す。

 

「あ、はい! えっと、お久し振りです。奇遇ですね、こんな場所で会うなんて。何してるんですか?」

「俺はバイト帰りだよ」

「あ、そうですか……よく考えれば、分かりますよね」

「……どうしてそんなオドオドしてんの?」

 

 聞こうかどうか迷っていたが、思い切ってその質問を夏紀へぶつけてみた。

 彼女は武零怒(ブレイド)というレディースの二代目総長としては、とても強気な性格だが、素はとても気弱な少女だ。それは知っているが、今は仮にも知り合いである俺に対して、流石にちょっとオドオドし過ぎだ。

 何かあったのか、それとも無意識に俺が何かしてしまったのかと少し心配になり質問を投げ掛けたのだが、彼女はブンブンと両手を振りながら、早口で言った。

 

「い、いえ! 何でも無いです! ただ、その……安心してるというか、なんというか……」

「安心? 何に」

「えっと、世名さんの後ろ姿を見掛けたから話し掛けた訳ですけど……人違いだったらどうしようかなーって不安で……だから、世名さんでよかったーって、安心中で……」

「……そんな理由かよ」

 

 思ったより大した事無い理由に、思わず肩を落とす。というか自信無いならスルーしてもよかったのに……無駄にチャレンジャーだな。

 彼女のヤンキー状態で無い時の小心者さというか、気弱な部分に申し訳無いが呆れながら、話を続ける。

 

「で、お前はどうしてここに? 千鶴さんに用か?」

「い、いえ、今日はその……海子師匠とお出掛けをして、今はその帰りなんです」

「海子と?」

「はい! 稽古の時以外も時々会ってて、お買い物とかしたりしてるんです! 今日は海子師匠のお友達の方とも一緒にショッピングして……凄く楽しかったです!」

「そうなのか……ヤケに嬉しそうだな」

「私、知り合いは武零怒の仲間とかがほとんどなんで、あんな風に女の子らしくお友達とショッピングするなんて初めてで……だから、凄く嬉しくて!」

 

 両手を合わせ、満面の笑顔で語る夏紀。

 こんな性格だから、レディースの仲間以外に友達とか作れなさそうだしな、夏紀。よっぽど嬉しいんだろうな、海子や普通の女の子と買い物とか出来たのが。

 そんな微笑ましい彼女を見ていると、不意に夏紀が我に返ったように表情を変える。

 

「ど、どうした?」

「いや、こんな事してたらいけないと思って……」

「なんで?」

「だって、もし私と世名さんがこんな風に話してるのを海子師匠なんかに見られたら、その……嫉妬とかで私がどうなるか分かりませんから!」

「はぁ? 流石にそれは……」

 

 無いだろ――そう言い掛けた口が、ピタリと止まる。同時に、あるイメージが脳裏に浮かび上がる。今この場に、海子や他の面々が姿を現し、おぞましい剣幕で俺達に言い寄る光景が。

 十分に有り得るな、その展開……こうも簡単に想像出来てしまうのが少し悲しい。

 

「……あっ!」

 

 そんな事を考えていると、突然夏紀が大声を上げる。その視線が俺の後ろに向けられている事から、まさかイメージが現実になってしまったのかと、慌てて振り返る。

 が、俺の背後には特に誰が居る訳でも無く、商店街を散策する人達しか居らず、知り合いの影も無かった。

 俺はホッと一安心しながら、正面の夏紀へ視線を戻す。

 

「いきなり叫ぶなよ……ビックリしただろうが」

「ご、ごめんなさい……その、私の知り合いを見掛けたので……」

「知り合い?」

「その……妹です」

「なんだ妹か……え? 妹!?」

 

 危うくスルーしかけたが、慌てて問い詰める。

 

「は、はい……言ってませんでしたっけ? 私達、四人姉妹なんです」

「そ、そうだったのか……」

 

 初耳の事実に、思わず言葉が詰まる。

 叶家、まだ姉妹が居たのか……三女の夏紀の妹って事は、末っ子か?

 

「……でも、どうしてそんなに驚いた風だったんだ? 妹なら、別にここら辺に居てもおかしくは無いだろう?」

「そ、それは、その……今、妹がお友達と一緒に居たので……」

「……それのどこに驚きポイントが? 妹さんもお前と同じ気弱で友達出来ないタイプなのか?」

「ううっ……世名さん、さり気なく酷いです……」

 

 と、夏紀はべそを掻く。

 イカン、軽率な言葉だったな……言葉選びには気を付けないと。

 

「その、悪い」

「いいんです、事実ですから……でも、妹はどちらかと言えば、気の強い方です。友達も多いみたいです。ただ……」

「ただ?」

「その……どうやら最近、妹があまり良く無いお友達と連んでいるらしくって……」

「良く無い?」

 

 コクリと、小さく頷く。

 

「そのいわゆる……不良って奴です。噂でしかないんですけど……よくある場所にたむろってるって聞いて……そんな人達と一緒で悪影響受けてないかって、少し心配で……」

「…………」

 

 お前も一応不良じゃない? ……というツッコミをしたかったが、夏紀の真剣に心配している表情を見て、そっとその言葉を飲み込む。

 

「……あの、世名さん! 少しお付き合いしてもらってもいいですか?」

「……何する気だ?」

「その、私、妹にはそういう人達と関わってほしく無いんです! だからその、今から妹がよくたむろってる場所に乗り込んで、説得するんです! でも、一人じゃ不安で……」

「だから付いてきてほしいと?」

「は、はい……その、危ない場所だし、無理を言っているのは承知ですけど……お願いします!」

 

 夏紀は腰をしっかりと曲げ、深々と頭を下げる。

 参ったな……しかしこいつ、自分はレディースの総長とかしてるのに、妹にはワルの道を進んでほしくないと……まあ、立派なお姉ちゃんだと思うけど。

 何はともあれ、女の子に頭を下げられて、駄目ですとは言えないよな。

 

「……まあ、付き合ってやるよ。役には立たないとは思うけど」

「世名さん……! ありがとうございます! 心強いです!」

「それで、その危ない場所ってのは?」

「こっちです!」

 

 夏紀が走り出した方向へ、俺も続いて走り出す。

 危ない場所……どんな危険が待っているのかと緊張しながら走る事、数分。

 

「はぁ……はぁ……着きました……ここです!」

 

 息を切らせながら、夏紀は目の前にある建物を指差した。――人通りの多い街頭に堂々と建つ、ゲームセンターを。

 

「…………え?」

「ここ最近、妹がこのゲームセンターによく出入りしてるって聞くんです……きっと今も、中で……」

「あのー、夏紀さん?」

「……? なんですか?」

「危ない場所って……ここ?」

 

 あまりにも予想外過ぎた目的地に、呆然としながら問い掛ける。すると夏紀はキョトンとした顔で、首を傾げる。

 

「そうですよ?」

「……ゲーセンだよね?」

「はい」

「……危ない場所か?」

「何を言ってるんですか! ゲームセンターといえば、カツアゲする学ランリーゼントを筆頭に、ワル達が集まるヤンキーの巣窟、不良の溜まり場じゃ無いですか!」

 

 お前の知識はどこで止まってるんだ――そんなツッコミを口にする気力も無いほど、彼女の言葉に呆れる。

 

「きっと妹も悪い友達に誘われて、こんな場所に……きっと今頃、『おう、金貸してくれよ。持ってんだろ飛べよ』とか言われて、あんな事やこんな事を……私が助けてあげないと!」

「……多分大丈夫だと思うぞ」

 

 きっと夏紀が言う悪い友達というのも、単なるゲーム仲間とかだろう。今頃真っ昼間のゲーセンにそんな露骨なヤンキーは居ない。

 まあつまりは、夏紀の考えは単なる妄想だろう。この中に入っても、広がる光景は友達とゲームを楽しむ妹の姿だ。

 

「お前が心配しているような事は無いと思うから、放っておけよ。その方が妹さんも嬉しいと思うぞ?」

「だとしても……被害にあっていないとしても、そんな奴らに何か悪影響を受けているかもしれません! なら、お姉ちゃんとして止めないと!」

「……お前レディースの総長だよね?」

 

 いわゆる悪の(かしら)とも言える奴が何言ってんだ。こいつ、純粋というか……馬鹿だな。真面目に受け取った俺も馬鹿みたいだな。

 

「はぁ……じゃあ、行ってみる?」

「はい! 待っててね……お姉ちゃんが更生させてあげるからね!」

「…………もうツッコまないぞ」

 

 止めようかとも思ったが、もうここまで来たら実際に見て、そんな事は無かったと理解してもらう方が早いだろうと考え、俺は夏紀と一緒にゲーセンの中へ入った。

 ゲーセンの中は夏紀が考える、世紀末のようなヤンキー達の巣窟――という事は無く、女子高生がプリクラを撮ったり、太鼓のゲームで遊んだりと、至って普通のゲームセンターの光景が広がっていた。こんな場所に彼女が考えるようなヤンキーが居たらおかしい。

 

「……な? 至って平和だろ?」

「まだ分かりませんよ! 地下にはワル達が集まって……」

「まだ言うか……じゃあさっさとその妹さんに会いに行こうぜ」

 

 まるで未知のジャングルに迷い込んだかのように、警戒しながら辺りをキョロキョロ見回す夏紀に呆れながら、ゲーセンの中を移動する。

 一階をグルッと一周してから、格闘ゲームなどが集まる地下へと移動。

 

「あっ、居た!」

 

 地下へ降りると同時に、夏紀が周囲のゲーム音に負けないほど大きな声を上げ、どこかへ小走りで向かう。突然の行動に驚きで数秒ほど止まってから、薄暗い空間を移動する彼女の後を、慌てて追い掛ける。

 

「見つけたよ、千秋(ちあき)!」

 

 数メートルほど移動したところで、夏紀は立ち止まってそう叫ぶ。彼女の正面には、小、中学生と思われる複数の男子達に囲まれ、格闘ゲームの筐体に向き合う女性が一人。

 

「……ナツ姉?」

 

 夏紀の声から数秒遅れ、女性はそう言いながらゆっくりと振り返った。

 背中までスラリと伸びた金髪。幼さの中に確かな迫力を感じさせる鋭くつり上がった眼。服装は黒を基調にした、いわゆるスカジャンに、少し色褪せたジーパンを履いている。

 正直見ただけでは信じられないが、彼女が夏紀の妹らしい。

 この子が夏紀の妹か……なんというか、全然似てないな。それにこの格好……見ただけだと、夏紀の言う通り悪影響受けちゃってる感じだな。

 もしかして夏紀が言っている事は、あながち間違いでは無いのでは? そう思い始めた頃、妹さんは筐体に背を向け、夏紀と向き合う。

 

「どうしたの? こんなところに来てさ。ナツ姉ゲームなんてやんないでしょ?」

「えっと、その、あなたを見掛けたから、追い掛けてきたの! その……心配で」

「心配? なんで?」

 

 と、どこか冷たく、突き放す感じの言葉に、夏紀は相変わらずのオドオドした口調で返す。

 

「そ、それは、あなたが最近ここに入り浸ってるって聞いて……」

「別にいいでしょ?」

「で、でも! こういう場所ってその、悪い人が集まるし……危ないでしょ?」

「はぁ……昭和じゃ無いんだから。あたしはただ、ここで普通に遊んでるだけ。別に怪しい奴とは遊んでないから」

「うっ……で、でも……」

「はぁ……もういいから帰ってよ。今、凄い調子良いとこなんだから」

 

 クルリと方向転換して、妹さんは夏紀に背を向ける。

 妹に素っ気ない態度を取られて悲しいのか、夏紀は少し瞳をウルウルと潤ませながらも、彼女を説得しようと口を開く――寸前、妹さんの周囲に集まっていた男子達が一斉に喋り出す。

 

「おいあんた! なんだか知らねーけど、今、女王は二十連勝に向けて挑戦中なんだ! 邪魔すんなよ!」

「じょ、女王?」

「なんだ姉ちゃん、知らねえの? ここに居られる叶千秋さんはな、このゲームセンターに集まるゲーマー達の頂点に君臨する女王なんだ! じょーしきだろ!」

「えっ!? 千秋が……ゲーマーの頂点!?」

 

 初耳だったのか、夏紀は口をあんぐりと開いて妹さんを見つめた。

 女王って……悪影響受けるどころか、頂点に立っちゃってるじゃん。めちゃくちゃ崇められてるじゃん。むしろ影響与える側じゃん。

 まさか過ぎる展開に愕然としながら、俺はチラリと夏紀へ目をやる。彼女も驚きを隠せないようで、しばらくポカーンと口を開けていたが、ハッと我に返り喋り出す。

 

「ど、どうして教えてくれなかったの!」

「別にナツ姉に教える必要無いじゃん。なんなのさっきから。何がしたいの?」

「わ、私は、その、千秋が悪い友達と連んでると思ったから、助けなきゃと思って……」

「全く……妄想もそこまで行くと笑えないね。ともかく、あたしはそんな友達と連んでなんて無いから。ほら、もういいでしょ? 邪魔だから帰って」

「あ、えっと……せ、世名さぁん……」

 

 と、うっすらと涙を流した情け無い顔をこちらへ向ける。完全に助け船を求めている顔だ。

 泣くなよ……しっかりしろよお姉ちゃん。でも彼女の態度……今のは少し黙ってられないな。家族間の問題だけど、少々割り込ませてもらうか。

 

「……千秋ちゃん、だっけ?」

「……? 誰アンタ? ナツ姉の彼氏?」

「いや、まあ、こいつの友達だ。それはさて置き、今の態度は無いんじゃないか? 確かに夏紀の心配事は的外れな杞憂だった訳だが、それでも妹を心配しての事だったんだぞ? もうちょっと言い方があるだろ」

「……まあ、そうかもね。それは謝る」

「えっ? そ、そうか……」

 

 てっきり『はぁ? 何様のつもり?』とか言い返されるかと思ったが、彼女は割と素直に頭を下げた。

 案外物分かりはいいんだな……悪い子では無さそうだ。軽い反抗期みたいなものだろうか。

 その言葉には夏紀も少し驚いたらしく、パチパチと目を白黒させる。

 

「……わ、分かってくれたらいいんだ……でも千秋、どうしてゲームセンターに入り浸ってるの?」

「……別に、お姉ちゃん関係無いでしょ? それともゲームセンターに居るのは悪いの?」

「べ、別にそんな事無いけど……でも千秋、もうすぐ高校受験もあるし……最近お勉強もしてないよね?」

「……いいの。高校なんて適当な場所行けば。あたしはここでゲームしてる方が、ずっと輝いてるから。……私には、これしか取り柄無いから」

 

 ポツリと呟きながら、どこか悲しげな表情を密かに浮かべる。

 どうやら、彼女も何かあるみたいだな。それがなんなのかは分からないけど。

 

「……さあ、話はこれぐらいでいいでしょ。あたしは時間いっぱいまでここに居るから、お姉ちゃんは先に帰ってて」

「そ、そんな遅くまで居たら危ないよ! お姉ちゃん達も、心配するし……」

「うっさいな……じゃあさ、連れ帰りたいなら、力ずくでそうしなよ」

「ち、力ずくって……」

「別に喧嘩しようって訳じゃ無いよ。ナツ姉弱いし。やるのはこの格ゲー。もしナツ姉が勝ったら、大人しく帰るよ」

「げ、ゲームで対決……分かったよ」

 

 夏紀はどこか緊張した面持ちで頷き、反対側の筐体へ向かう。俺も彼女を見守るべく、反対側へ移動する。

 

「大丈夫なのか? お前ゲームやらないんだろ?」

「へ、平気です! これでも私、武零怒の総長です! 格ゲーぐらい、お茶の子さいさいです!」

「ならいいけど……」

「……あの、世名さん」

「ん?」

「……百円玉でいいんですよね?」

 

 ……心配しか無い。

 

 

 そして数分後――俺の心配は見事に的中し、夏紀はこのゲーセンの女王として君臨する己の妹に、完膚無きまでに倒されてしまった。

 

「あうぅ……手も足も出なかった……」

 

 夏紀はガクッと肩を落とし、完勝した妹は当たり前と言わんばかりに平然な様子で頬杖を突く。

 初心者から見ても惨敗と分かる戦いだったな……これは何十回やっても勝てないな。

 

「勝負ありだね。じゃあ、帰った帰った。あたしはここに残るから」

「うぅっ……世名しゃぁん……どうすればいいですか……?」

「俺に聞くなよ……」

「なんなら、アンタがナツ姉の代わりに戦う? 誰が相手でも、何回だろうと受けて立つよ?」

「世名さん、お願いします! 千秋を非行の道から救う為に、手を貸して下さい!」

 

 別に非行って訳じゃ無いだろ……つーかガッツリ非行の道を進んでるお前が言うなよ。

 しかしこうも必死にお願いされては、断るという訳にもいかない。夏紀もお姉ちゃんとして彼女の事を心配してる訳だし、協力してやるか。

 だが、困った事に俺もあまり格ゲーはやらない。そんな俺が、彼女に勝てるとは思えない。もし挑んだとしても、彼女の連勝記録を加算させるだけだ。

 

「どうしたの? やんないの?」

 

 と、こちらを挑発するかのように人差し指をクイッと動かす女王。そして「やっちゃって下さい!」と言わんばかりの視線を向けるその姉。

 どうしたものか……ここで逃げ出す訳にはいかないよなぁ……でも、勝てる気しないし。何か解決策は無いか?

 

「……あっ」

 

 その時、ふとある案が頭に浮かび上がった。

 これなら行けるかもな……しかし、どうなんだこれは? アリなのか? アリだったとしても……ちょっと情け無くないか?

 

「……やるの? やらないの?」

「えっ? ああ…………あのさ、助っ人って可能?」

「助っ人? ……別にいいよ。誰だろうと受けるよ」

「そうか……それじゃあ、そうさせてもらうわ」

 

 ここで迷っていても時間の無駄だ。夏紀の為にも、さっさと解決してやろう。

 

「あの、世名さん……助っ人って?」

「ん? まあ、安心しろ」

 

 これならきっと上手く行くはず――そう信じて、俺は助っ人へ連絡した。

 

 そして、待つこと数十分。

 

「ふわぁ……いきなり呼び出してさ……何なの? お兄ちゃん」

 

 そんな軽い愚痴を口にしながら、助っ人――友香がやって来た。

 

「彼女が……助っ人ですか? お兄ちゃんって……」

「ああ、こいつ俺の妹。悪いな、いきなり呼び出して」

「別にいいんだけどさ……で? どういう状況? ざっくりとは聞いたけどさ……」

「ああ、実は――」

 

 ひとまず、友香へ今までの事を掻い摘んで説明してやる。そして友香に彼女を、夏紀の妹であるゲーセンの女王を倒してほしいと、改めて頼み込む。

 俺が知る限り、友香は最強のゲーマーだ。格ゲーも確かかなりやり込んでいたはず。そんな彼女なら、女王を倒せるかもしれない――そう考えて、彼女を助っ人として呼んだのだ。

 

「なるほどね……事情は理解した」

「どうだ? 頼めるか?」

「うーん……ギルティブルーか……まあ、大丈夫かな」

 

 ボソッと口にすると、友香は筐体の前に腰を下ろす。

 

「やってくれるか!?」

「とりあえず勝てばいいんでしょ? 百円玉ちょーだい」

 

 友香が差し出す右手に、財布から取り出した百円玉を渡す。そのまま友香は百円玉を筐体に入れて、指をポキポキと鳴らす。

 

「えっと……千秋さんだっけ? 部外者で悪いけど……やるからには全力で行くから」

「……誰だかよく知らないけど、叩き潰してあげる」

 

「世名さん、大丈夫でしょうか……?」

「……今は信じて見守ろう」

 

 俺や夏紀、女王の取り巻きの子供達、さらに周りから集まった多くのギャラリーに見守られながら、友香と女王の対決が、幕を開けた。

 勝負は全部で3ラウンド。先に2ラウンド取った方の勝ちだ。使用キャラは女王はフードを被った悪役っぽいキャラ、友香は大剣を持つ主人公っぽいキャラだ。

 

 第1ラウンドは七割以上体力に差を付けて、女王が勝利をもぎ取った。

 続いて友香にとっては後が無くなった、第2ラウンド。今度は互いに体力が残り三割のレッドゾーンまで削られる互角な戦いが繰り広げられ、最終的に友香が勝利を掴んだ。

 

「へぇ……やるね。あたしをここまで追い詰めるなんて」

「…………」

「でも……ここで終わり! 女王を舐めるな!」

 

 そして最終、第3ラウンド。ここで女王が本気を出してきたのか、彼女は今までよりも激しい波状攻撃を繰り出した。友香もそれを必死にレバーを動かしてガードするが、様々な攻撃を織り交ぜた連携に防御は崩され、確実に体力ゲージが削られていく。

 

「あわわ……なんかピンチっぽいです!」

「友香!」

「うっさい黙って」

 

 早口でちょっとイラついた言葉に、思わず息を呑む。

 友香の奴相当集中してやがるな……口出さない方が身の為だな。彼女の勝利を信じて、黙って見守ろう。

 しかし、状況はかなり不利だった。友香は画面端に追いやられ、攻撃を防御するので手一杯といった感じだった。

 このままではやがて防御を崩され、負けてしまうのでは――そう思った、その時。

 

「…………ここっ!」

 

 と短く口にして、全てのボタンを同時に押す。同時に、画面上の友香のキャラが何やら黒いオーラに包まれる。

 何が起こったのか、初心者の俺達にはさっぱりだったが、周りのギャラリー達はどよめきを上げる。

 

「ここでオーバーバーストか!」

「体力十パー切ってるし、持続時間フルだな」

「もしかしたら、もしかする?」

 

 どうやら、友香は何か逆転出来るかもしれない技を使ったようだ。そして次の瞬間、友香の反撃が始まった。

 女王の攻撃が直撃する前に、友香のカウンターが敵を襲う。そしてそこから、友香はコンボを一気に繋げ始める。

 

「ん? おいあれ……」

「おいおいマジかよ……」

 

 それを見て、さらにギャラリーがどよめき始める。

 

「な、なんなんですか?」

「さ、さあ……?」

「…………まさか……!?」

 

 と、女王が何かに気付いたのか、目を見開く。

 その間も、友香は黙々とボタンとレバーを動かし、コンボを続ける。敵を一気に壁際まで運び、体力ゲージをどんどん削っていく……というか、十割あった敵の体力がもう三割を切っていた。

 

「トドメ――」

 

 そして相手の体力が一割を切った瞬間、友香はレバーをグルグル回し、ボタンを押す。そのコマンドにより友香のキャラがゲージを使った必殺技を発動して――敵の体力を、全て削り切った。

 

「んなっ……!?」

「うおおおおおお!? マジか、十割コン決めやがった!」

「実戦でやるとか何者だよ、あの子!?」

 

 というギャラリー達の歓声を受けながら、友香はふぅ、と息を吐き、椅子から立ち上がった。

 

「終わったよ」

「お、おう……お前、凄いな」

「これやるのは久し振りだったけど……案外覚えてるもんだね」

「はへぇ……世名さんの妹さん、凄いですね……」

 

 確かにゲーム得意な奴だけど、ここまでとは……友香凄すぎんだろ。

 我が妹の超技術に驚きながら、向かい側に居る女王へ視線を向ける。彼女は未だ有り得ないといった風に呆然と、ゲームオーバーと出る画面を眺めていた。

 まあ、あんなやられ方したらこうなるわな……女王としてのプライドズタズタだろうな……まさか友香の奴、ワザとあんな勝ち方したのか?

 そんな彼女を心配してか、夏紀はそっと彼女に近寄り、声を掛ける。

 

「えっと……千秋、大丈夫?」

「…………負けた……んだ、あたし」

「あ、うん……千秋、約束だから、一緒に家に――」

「ねぇ、アンタ!」

 

 放心状態から回復した女王は勢いよく椅子から立ち上がり、友香へ話し掛ける。

 

「アンタ……名前は?」

「私? 世名友香だけど」

「友香さん……いや、友香先生!」

「……はい?」

 

 何を言ってるんだこの子――そう言いたげな顔をする友香に向かい、女王が駆け足で近寄る。

 

「今の戦い、スッゴいカッコよかった! 感激した! 惚れ惚れした! 是非、あたしを弟子にして下さい! あたしも、あんな風なプレイが出来るようになりたいです!」

「えっ……ちょ、えぇ……?」

「あたし、もっともっとゲームを極めたいんです! これしか取り柄無いから……だからお願いします! あたしにアナタのテクニック、教えて下さい!」

「ちょ、落ち着いてって……」

 

 助けを求めるように、俺へ視線を向ける友香。それを受け、俺はすぐさま夏紀へ視線を送る。

 

「あ、えっと……ち、千秋、少し落ち着こう? ほら、彼女も困ってるし……」

「ナツ姉は黙ってて! ナツ姉がレディースの総長やってるみたいに軽い気持ちじゃ無いの、あたしは!」

「はうぅ!? ……うぅ……私だって軽い気持ちでやって無いもん……」

 

 すぐに泣くなよお姉ちゃん……情け無いにも程があるぞ。

 しかし、まるで別人だな……さっきまでの辛辣な空気はどこに行ったのか、子供みたいに目をキラキラ輝かせているぞ。……生意気だと思ったが、案外可愛らしいところもあるんだな。

 

「お願いします友香先生! あたしを弟子にして下さい! うんって言うまで、あたしどこまでも追い掛けますから!」

「だから、その先生って止めてよ恥ずかしいから……」

「じゃあ師匠! 師範! マスター!」

「もっと恥ずかしいよ……お兄ちゃーん、どうにかしてよぉ……」

「うぅ……遊びじゃ無いもん……遊びじゃ無いもん……」

「…………はぁ……」

 

 しかしこれじゃあ、事が解決したのかどうか分からないな……ともかく、この騒ぎを止めるか。

 

 それから俺は友香に弟子入りを志願する女王との話し合いを始めたが、事態はなかなか収まらなかった。

 結局、夏紀の連絡により呼び出されたハル先生の手により、彼女は家に強制送還され、弟子入りの件はうやむやのまま終わったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 ようやく登場、叶姉妹最後の一人、千秋。
 実は彼女、最初はラヴァーズの一員だったり、引きこもりだったりと全く違う設定だったけど、色々あってゲーマーという設定に。
 友香のプレイに惚れ込んだ彼女がどうするのか、次回以降をお楽しみに。







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