モテ期と修羅場は同時にやって来るものである   作:藤龍

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自宅は一番の安息の地である

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……疲れた……」

 

 という小さな呟きを口にしながら、俺は自宅の玄関を潜った。

 出雲ちゃんと朝倉先輩との食べ歩き中にバッタリと天城、海子に遭遇したあの後、事情を説明、そして納得してもらうのに軽く一時間近くは掛かってしまった。

 俺の必死の説明の甲斐もあり、天城達は一応納得してくれて、とりあえずはお咎め無しといった結果に落ち着いた。だがそれでも、彼女達が火花を散らしに散らしまくった修羅場に、俺の神経はもう磨り減りまくりだ。

 そんな壮絶な修羅場を思い返し苦笑いを浮かべながら、靴を脱いでさっさとリビングへ向かう。

 

「あ、友くん帰って来た!」

 

 リビングに入るや否や、陽菜の明るい声が飛んでくる。ソファーに座っていた彼女はピョンと跳ね上がるように立ち上がり、こちらに小走りで向かって来る。

 

「聞いたよ友くん! 出雲ちゃんと雪美さんと一緒にお出掛けしたんだって?」

 

 ピタッと俺の真正面で止まると、陽菜はどこか怒ったように腰に手を当て、膨れっ面で俺の顔を覗き込んでくる。

 

「……なんでちょっと怒ってるんだよ、お前」

「だって! 私を置いて勝手に行っちゃうんだもん! 私も行きたかった!」

 

 と、二人と出掛ける前に俺が言われるだろうな、と思っていたセリフをそのまんまに陽菜が口にした事に、俺は内心やっぱりか、と呟く。

 

「まあ……悪かったよ。でもお前寝てたし、無理やり起こすのは悪いかなーって思ったんだよ」

「その気遣いは嬉しいけど、そこは無理にでも起こしてほしかったよ! ゆっくり休むより、みんなで遊びたいって考えるのが私だって、友くんも分かるでしょ?」

 

 陽菜はズイッと俺に顔を近付ける。丸みを帯びて可愛らしさが二割ぐらい増した気がする顔が、正面数センチのところまで迫り、思わず後ずさる。

 

「だから、悪かったって……今度そういう事があったら起こすからさ。今回はお前も修学旅行帰りで疲れてるだろうって気遣っての事だし、納得してくれって」

「むぅ……別にいいけどさ……今度は私も連れてってね!」

「はいはい、そういう機会があったらな」

「絶対だよ! ……あれ? そういえば、雪美さん達は?」

「ああ、二人は自分の家に帰ったよ」

 

 そう伝えると、陽菜は「そうなの? 今日も泊まるのかと思ってた」と少し驚いたように言う。

 実際に俺もそう思っていたのだが、どうやら二人とも明日に急な用事が出来たらしく、食べ歩きが終わった後すぐに彼女達とは解散した。

 まあ、あの後に二人が今日も家に泊まると言い出したら、天城と海子が何を言うか分からなかったので、正直に言うと急用は有り難かった。

 そういえば、二人の急用の内容を聞いてなかったな。一体どんな用事だったのだろう――そんな事を考えていると、ソファーでだらけていた友香が気怠そうに口を開いた。

 

「話は終わった? だったらそろそろいい?」

「ん? ああ、悪い。なんか用か?」

「今、お母さんが知り合いに呼び出されたとかで居ないからさ、私が夕飯作る事になったから」

「そうなのか?」

 

 友香に言われてようやく、そういえば母さんの姿が見当たらない事に気が付く。

 

「で、お兄ちゃんなんか夕飯のリクエストとかある? お父さんは仕事で帰って来ないし、そろそろ作っちゃいたいんだけど」

「リクエストねぇ……友香に任せるよ」

「……まあ、そう言うと思ったよ。陽菜さんは?」

「私も友香ちゃんに任せるよ!」

「……じゃあ、適当に作りますね」

 

 若干困り顔で肩をすくめながら、友香はキッチンに向かう。その移動中、頭を掻きながら「任せるって言われるのが一番困るんだけどなぁ……」と呟いているのが耳に入り込んだ。

 なんか、悪いな友香……というか、友香の奴は俺が耳いいの知ってるし、多分わざと聞かせたなあいつ。

 友香のリクエスト出してくれると助かるアピールを受けながらも、やっぱり咄嗟に夕飯のリクエストが思い浮かばなかったので、俺は聞こえなかった振りをした。

 まあ、あいつなら文句を言いながらも良い物を作ってくれるという事は、長年の付き合いで分かっているので、テレビでも見ながら信じて待とうとソファーに座る。――直後。

 

「ねえねえ友香ちゃん、よかったらお手伝いしようかー?」

 

 という声が聞こえた瞬間、俺はテレビに向けていた視線を急速で陽菜に向ける。

 

「馬鹿止めろ! お前はキッチンに立つな! またぼや騒ぎになるだろうが!」

「あー、友くんヒドーイ! 私だってお手伝いぐらいなら出来るよ! ぼや騒ぎなんて起こさないもん! ……多分!」

「最後の一言で全部不安に変わるよ! いいから大人しくしとけ!」

「……気持ちは嬉しいですけど、陽菜さんはお兄ちゃんとテレビでも見ながら待ってて下さい。すぐ作り終わるだろうし、手伝いも必要無いと思うんで」

「そっか……何かあったら言ってね! 何でも手伝うから!」

「その時が来たら」

 

 コクリと頷き、友香はキッチンに姿を消す。陽菜は少し残念そうに唇を尖らせながら俺の隣に腰を下ろし、黙ってテレビを見つめる。

 彼女がキッチンで問題を起こす(かもしれない)事態を回避出来た事にホッとしながら、友香が作る夕飯を待ちながら、陽菜と共にテレビに映るアニメを見た。

 

 数十分後――アニメが終わり、次の番組であるグルメ番組の予告が流れ出した頃、リビングに美味しそうな匂いが漂い始める。

 

「おぉ……良い匂いだねぇ……」

 

 鼻をヒクヒク動かし、顔をニタァっと綻ばせる陽菜。

 

「お待たせー」

 

 直後、友香が作り立てホヤホヤの料理を片手にリビングへやって来る。両手に持ったお皿をテーブルの上に置く。

 

「おお、オムライスだね! 美味しそー!」

「簡単な物ですけどね。これでよかったよね?」

「全然オッケーだよ。流石友香、美味そうな料理だな」

「誉めてもおかわりは無いですよー。あ、陽菜さん。まだ持って来る物あるんで、手伝ってもらっていいですか?」

「お、待ってました! 任せて任せて!」

 

 嬉しそうに笑顔を見せながら、陽菜は友香と一緒にキッチンに向かう。物を運ぶぐらいなら流石に大丈夫だろうと、俺は先に席に座って彼女達を待つ。

 しばらくするとキッチンから二人が戻り、各々席に着く。テーブルには友香お手製のオムライスに、適当な惣菜がいくつか並んでいる。母さんはいつも無駄に多く作る事が多いからちょっと少な目に感じるが、十分満足出来る食卓だ。

 

「それじゃあ、いただきます」

「うん! いただきまーす!」

「いただきます」

 

 手を合わせてお決まりの言葉を口にしてから、本日の夕食に手を伸ばす。

 

「はむっ……うん! 美味しいよ友香ちゃん!」

「お粗末様です」

「いいなぁ、私もこんな風にお料理出来たらいいのになぁ……」

「だったら頑張って練習しろよ」

「うぅ……練習してるもん……」

 

 なんて事のない平々凡々な会話を交えながら、食事を食べ進める。

 そして数十分、全員が友香特製のオムライスをペロリと平らげた頃、陽菜が満腹になったお腹をさすりながら、唐突に口を開いた。

 

「あ、そうだ! もしよかったらさ、この後にみんなで遊ばない?」

「遊ばないって……何で?」

「えっとね……さっき友くんが出掛けてる間に友香ちゃんと一緒に遊んでたゲームで!」

「ゲーム? なんの?」

「私が遊んでるレースゲーム。適当にオンラインで遊んでたら陽菜さんが興味持ってさ、二人で対戦してたの」

「ふーん……」

 

 友香は暇だとリビングでゲームやってる事が多い。陽菜もそういうの好きそうだし、興味を持ったら一気にハマりそうだよな。……得意かどうかは置いといて。

 

「スッゴく面白かったからさ、友くんも一緒に遊ぼうよ! ね?」

「……まあ、やる事無いし構わないよ」

「やったぁ! それじゃあこの後はゲーム大会だ! じゃあ、早く食器片付けちゃおう!」

「落ち着け、落とすぞ」

「大丈――おわっと!」

 

 言った途端、陽菜は右手に待つ皿をテーブルの上に落とす。幸い高さはそれほどでは無かったので割れはしなかったが、嫌な音をリビングに響かせる。

 

「……ごめんなさい」

「はぁ……片付けは俺がやっとくから、お前は友香とゲームの準備でもしとけ」

「はぁーい……」

 

 しょんぼりと肩を落とす。陽菜のおっちょこちょい加減に呆れながら、食器をキッチンに運ぶ。

 数分ほどで食器洗いを済ませリビングに戻ると、既にテレビはゲームの画面に切り替わり、ソファーにはゲームのコントローラーを持った二人が座っていた。

 

「友くんこっちこっち! ほら、真ん中に座って座って!」

「なんで真ん中だよ……一番端でいいよ」

「いいからいいから!」

 

 と、近寄った俺の右腕を強引に引っ張り、陽菜と友香の間に俺を座らせる。

 

「はい、これ友くんのコントローラーね!」

「たくっ……」

 

 少し強く打って微かな痛みが走る尻をさすりながら、陽菜からコントローラーを受け取る。そんな俺達を横に、友香は対戦の準備を黙々と進める。

 しばらくすると画面がキャラクターの選択画面に変わり、サクッとキャラを選択した友香に続いて俺と陽菜も画面に向き直る。

 

「友くんはこのゲームやった事あるの? 得意?」

「友香に付き合って何回か……ぐらいかな。腕は……普通かな? そういうお前は? ちょっとは遊んだんだろ?」

「うーん、正直あんまり上手く無いかな? 友香ちゃんと対戦してる時もずっとビリだったから」

「まあ、難しいもんなこのゲーム。……こいつでいいや」

「うん、コンピューターにすら勝てないよ……あ、この子可愛い。この子にしよっと」

 

 陽菜がキャラを選択すると、画面はコース選択に切り替わる。友香の「ランダムでいいよね?」という質問に、陽菜と一緒に頷く。

 

「じゃあ、始めるよ」

 

 友香がコースを選択すると、画面が一瞬暗転。次の瞬間、軽快なBGMと共にコースが映し出され、自分達の選択したキャラも、三分割された画面にそれぞれ映る。

 合計十二人のキャラクターにより、コースを三周する。途中にある相手を妨害したり、助けになるアイテムを拾いながらゴールを目指す――確かそんなルールだったなと思い返しながら、画面に映る自分のキャラを見据える。

 

「えっと、このボタンを押しながら……だよね?」

「んっ。あと、ここで加速したりして……」

「うんうん……あ、始まる始まる!」

 

 画面にスタートまでのカウントが出る。陽菜は前のめりになり、画面を食い入るように見つめる。対して友香は背もたれに背中を預け、完全に楽な姿勢を取っている。

 そんな二人の間で俺はカウントダウンをジッと見据える。そして画面上のカウントがゼロになった瞬間――カートに乗ったキャラ達が、一斉に走り出した。

 

「ああっ!? なんか煙出た!」

 

 ただ一人、スタートダッシュを失敗した陽菜。そんな彼女を無視して、俺は操作に集中する。

 主に親指と人差し指を動かし、不規則に伸びるコースを進む。

 久し振りにやったけど、意外と覚えてるもんだな……ただ、やっぱりやり込んでる友香には適わないな。

 チラリと、隣の友香に視線を移す。彼女はいかにも慣れているといった手付きで、聞いてて気持ちのいい音を出しながら、コントローラーを黙々と操っている。手を抜く気なんてさらさら無いようだ。

 

「むぅー……あ、なんか踏んだ! 滑っちゃった! ああ、下に落っこちたぁ!」

 

 対して陽菜はワーワー騒ぎながら、コントローラーをガチャガチャと動かしている。いかにもゲーム初心者って感じだ。あまりにも正反対なプレイスタイルに、思わず苦笑がこぼれる。

 

「ぐぅ……今度こそ! ……違っ、右だよ右! あ、今度は左!」

 

 やかましい独り言を口にしながら、陽菜は何故かコントローラーのスティックだけで無く、体も左右に激しく傾ける。

 たまにそういう人は居るし、別に構わないのだが……激しく動いているせいで、さっきから隣に座る俺に肘やら胸やら、色々ぶつかっている。邪魔だし、痛いし、揺れるし……柔らかいし、お陰で全然集中出来ない。

 そんな静寂と喧騒の間でプレイし続ける事、数分――レースは友香の一位、陽菜のビリで幕を閉じた。ちなみに、俺は六位と何とも言えない微妙な順位だった。

 

「あー、負けちゃった……」

「お前なぁ……少しは落ち着いて出来ないのか」

「えへへ……ごめんね。でも、体が勝手に動いちゃってさ……」

「分からない事は無いけど……周りに人が居るんだから、気を付けろよ」

「はぁーい……ねぇ、もう一回やらない? リベンジしたい!」

「私はいいですよ」

「……まあ、ここまできたらいくらでも付き合うよ。ただし、今度はぶつかってくるなよ?」

「気を付けまーす! それじゃあ、もう一回だー!」

 

 全く……本当に分かってるんだろうな?

 しかしなんというか……こういう風に家でワイワイするのも、なんだか久し振りだな。昨日は出雲ちゃんと朝倉先輩も居たから、緊張してそこまでリラックスは出来なかったからな。

 こういう何にも無い、平凡な日常も……たまにはゆっくり堪能しないとな。

 

 

 ◆◆◆

 

 

「はぁ……疲れた……」

 

 と、本日二回目の呟きを口にしながら、俺は自室のベッドに倒れ込んだ。

 結局あの後、陽菜のわがままで三時間近く色んなゲームで遊ぶ事になり、ずっとテレビ画面に集中したせいで目が渋い。

 まあ、楽しかったしよかったか……陽菜は全然勝てなかったから、少し不満足な感じだったが。

 暫し目頭を摘んでから、寝る為に電気を消そうと立ち上がったその時、突然部屋の扉が開いた。

 

「とーもくん」

 

 ひょこっと、枕を抱えたパジャマ姿の陽菜が扉の奥から顔を出す。

 

「ねぇ友くん、今日一緒に寝ていい?」

「……なんだいきなり改まって。いつも勝手に潜り込んでくる癖に」

「だって、友くん今日出雲ちゃん達とお出掛けしたりして疲れてるんじゃ無いかなーって……」

 

 なるほど、俺を気遣ってるのか……疲れてるなら一人で寝たいだろうって。

 確かにその方が気が休まるし、ゆっくり出来る。正直そうしたいところだが……

 

「……いいよ、好きにしろ」

 

 こうやって訪ねてきた彼女を突っぱねる気にはなれずに、俺は彼女の要求を受け入れた。

 

「本当!? 友くんありがとー!」

 

 すると陽菜はパァッと明るい表情を浮かべ、勢いよく俺に抱き付いてきた。俺はそのまま押し倒されるような形でベッドに倒れ込み、陽菜は嬉しそうに俺の胸に顔を埋めた。

 

「えへへぇ……嬉しいなぁ……」

「何なんだよたくっ……毎回ここで寝てるだろうが」

「だって、友くんと一緒に寝るの久し振りなんだもん! 修学旅行は部屋別々だったし、昨日も出雲ちゃん達に譲って我慢したんだし!」

 

 陽菜は抱えていた枕を俺の枕の隣に置き、窓際の方に横たわる。

 

「ふぅ……やっぱり友くんのベッドが一番落ち着くよぉ……」

「何でだよ……自分のベッドが一番落ち着く場所であれよ」

「いいの!」

 

 キュッと体を丸め、安らかな表情を浮かべて目を閉じる。

 

「友くんの匂いがあって、友くんの温もりを感じられて、友くんと一緒に居られるこの場所が、私の一番好きな場所なんだもん」

「お前……そういう恥ずかしい事を簡単に口にするな」

「だってホントの事だもん。私は胸を張って言うよ!」

「たくっ……」

 

 相変わらず羞恥心の欠片も無い発言に、つい視線を逸らして頭を掻く。

 

「…………すぅ……」

 

 不意に、そんな音が耳を通り抜け、視線をベッドの上に戻す。次の瞬間に視界に映ったのは、体を丸めた状態のまま気持ち良さそうに寝息を立てる、陽菜の顔だった。

 もう寝たのか……まあ、変に抱き付かれたりするよりマシか。……一緒に寝る事に関して違和感を感じないのは、我ながら笑えるな。

 俺の感覚も大分変わってきたなと苦笑を浮かべながら、ベッドから立ち上がる。彼女に毛布を掛け、部屋の電気を消してから隣に横たわり、そっと目を閉じた。

 

 こうして、今日も俺の何気無い日常が終わった。明日以降どんな日常が待っているか、それは今の俺には分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 何気ない、平凡な日常回。
 妹のお手製料理を食べて、美女に挟まれながらゲームして、幼なじみと一緒に寝るのが友希君の日常です。ムカつく人はお近くの赤い甲羅でも投げて下さい。自動追尾で友希に当たります。お持ちでない方は、そこら辺のボックスをぶち破って下さい。

 ともかく次回もお楽しみに。








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