モテ期と修羅場は同時にやって来るものである   作:藤龍

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修羅場な日常

 

 

 

 

 

 

 ゆっくりと、瞼を上げる。窓から差し込んだ朝日が視界を覆い、眩しさに再び瞼を閉じる。

 もう朝か……寝起きで朦朧とする意識を少しずつ覚ましながら、目を擦る。容赦無く降り注ぐ朝日から逃れるように寝返りを打ち、再びゆっくりと重い瞼を上げる。

 次の瞬間――ぼやけた俺の視界に、うっすらと聖母のように優しい微笑みを浮かべながらこちらを見つめる、朝倉先輩の顔が映り込んだ。

 朝日に照らされ、艶やかに輝く銀色の髪が包むその顔を、俺も暫しボーッと見つめる。

 数秒後、寝ぼけた脳みそがようやく状況を飲み込み、俺の意識は完全に覚醒した。

 

「うおぉう!?」

 

 我ながら朝一とは思えぬ調子の良い叫びと共に、俺は勢いよく起き上がる――ぐらいの驚きだったのだが、まだ体が寝ぼけているのか、小さく体が震える程度で終わり、先輩との添い寝状態は継続した。

 そんな俺の反応を見た先輩は、キュッと握った右手を口元へ運び、クスクスと笑みをこぼす。

 

「おはよう友希君。よく寝れたかしら?」

「えっ、あ、その、はい……」

 

 返事をしながら、そういえば昨日は先輩、それに出雲ちゃんと一緒に寝たのだったという事を思い出す。

 ひとまず落ち着こうと軽く深呼吸を繰り返して、ようやく寝ぼけ状態から回復。両目を擦って視界をクリアにしてから、起き上がろうとした、その時。

 

「しぇんぱぁい……」

 

 という、腑抜けた声と共に、背後から伸びた腕が俺を抑え付ける。

 不意の起床妨害に驚きながら、首を後ろに回す。先輩とは反対側の窓際、そこに横になる出雲ちゃんの寝顔が、俺の視界にギリギリ映り込む。

 彼女はスースーと気持ちよさそうに寝息を立てている。が、彼女の腕はガッシリと俺の体を捕らえている。

 ね、寝ぼけてるのかな? それにしては、随分と力強いな……振り解けそうにない。

 

「全く、寝相の悪い子ね」

 

 どうしたものかと困っていると、朝倉先輩が呆れたように口を開く。

 

「さっきから何回も友希君に抱き付いたりして……わざとやってるんじゃないかと疑いたくなるわ」

「そうなんですか……あれ? さっきからって……」

「ああ、私は一時間前ぐらいから起きてたから」

「そ、そうなんですか……じゃあ、なんでまだ横になって?」

「そんなの決まってるでしょう? 友希君の寝顔を観察してたの。あと半日ぐらいは眺めていたかったわね」

 

 俺の頬を人差し指でツンツンとつつきながら、楽しそうに微笑む。

 一時間近く寝顔をずっと見られてたのか、そう思った途端、急に恥ずかしさが湧き上がり思わず視線を逸らす。一緒に寝てるのに今更そんな事で恥ずかしがるのは、我ながらどうかと思うが、やっぱり恥ずかしいものは恥ずかしい。

 これ以上彼女にからかうような事を言われ続けちゃ、堪ったものではない。だから早いところ起きたいのだが……出雲ちゃんが抱き付いてるせいで、起き上がれない。

 無理やり起こせば解決なんだが、幸せそうに寝ている彼女を起こすのは少々かわいそうな気もする。

 仕方無いから、このまま自然に起きるのを待とうか考えていたその時、ふと朝倉先輩が思い出したように口を開く。

 

「ああ、すっかり忘れていたわ」

「ど、どうかしました?」

「昨日の約束よ」

 

 そう言うと、先輩はゆっくりと顔をこちらに近付ける。

 

「な、何を……!?」

「昨日の夜に言ったでしょう? 明日はおはようのキスをしてあげるって」

「え!? あ、あれって冗談じゃ……」

「おやすみのキスはしたのに、冗談な訳無いでしょう? さ、ジッとしててね……」

 

 柔らかな手付きで右手を俺の頬に添えて、うっすらと尖らせた唇を近付ける。そのまま彼女の唇が昨日の夜と同じく、俺の頬に触れようとした――直前。

 

「……何してるんですか?」

 

 ドスの聞いた声が、背後から聞こえた。その声に朝倉先輩はピタリと動きを止め、俺の背後――出雲ちゃんに視線を向けた。

 

「あら起きたのね。タイミングが悪いこと」

「あなた……私が寝てる間に、先輩に何しようとしてたんですか?」

「軽い朝の挨拶よ」

「キスのどこが軽い挨拶ですか!」

 

 と、寝起きとは思えぬ叫びを放ちながら、出雲ちゃんは先輩から俺を遠ざけるように俺を抱き寄せる。が、それを阻止するように先輩も俺を抱き締める。

 

「なんだ知ってたのね。なら空気を読んで狸寝入りを決め込んでいてほしかったわね」

「誰がそんな事しますか! ほんっと、油断も隙も無い……私の目が黒い内は、好き勝手させませんから!」

「そんなの関係無いわね。どんな状況であろうと、私は自由に振る舞うから」

 

 静かに、出雲ちゃんを挑発するような言葉を口にすると同時に、俺を抱き締める力を強める。それを見て出雲ちゃんはギリッと歯を噛んで、対抗するようにさらに強く俺を抱き寄せる。

 それに、先輩がさらに強く俺を抱き締め、さらに出雲ちゃんが強く抱き寄せる――それを大体三回ほど繰り返す。

 

「ちょっと、二人とも落ち着いて!」

 

 二人の間で揉みくちゃにされる中、彼女達を宥める為に慌てて叫ぶ。すると落ち着きを取り戻したのか、二人がパッと俺を離す。

 

「す、すみません先輩……強引に引っ張っちゃって……」

「少し熱くなってしまったわ……怪我は無い?」

「お、俺は平気です……その、二人の気持ちも分かりますけど、とりあえず落ち着いて。朝ご飯でも食べましょうよ。ね?」

「そうね……一時休戦としましょうか」

「あなたが余計な事しなきゃよかったんですよ……まあ、そうですね。お腹も減りましたし」

「ふぅ……」

 

 どうにか収まったか……二人の喧嘩には慣れたつもりだけど、やっぱり大変だなぁ。

 朝一番の修羅場をなんとか収められた事にホッとしながら、俺達はベッドから起き上がり、一階に降りた。途中、先輩と出雲ちゃんは顔を洗う為に洗面所へ向かい、俺はリビングへ直行。

 二人と別れリビングに入ると、既に友香が居た。彼女はソファーに脱力感いっぱいで座りながらテレビを見ていた。いつもと変わらぬ光景だ。

 知り合いとはいえ一応客が居るのに、どうしてこうもだらけられるのかね――我が妹の自由さに呆れながら、適当な場所に腰を下ろす。

 

「上、うるさかったよ」

「……すみませんでした」

「あ、おはよう友希。出雲ちゃんと雪美ちゃんは?」

 

 キッチンから朝ご飯と思われる物を持って来た母さんの質問に、顔を洗ってると答える。母さんは「そう、分かった」と呟きながら、皿をテーブルに置く。どうやら目玉焼きのようだ。

 

「雪美ちゃん、こんなので大丈夫かしら?」

「食べれる物ならなんでも食べてくれるだろうから、平気だと思う」

「ならよかった。友希、あなたも手伝って。まだいっぱいあるんだから」

「はいはい……」

 

 そこでだらだらしている妹に頼めば――などという事を言っても無駄なのは分かっているので、黙って母さんを手伝う。

 朝食のメニューを全て出し終えた頃、出雲ちゃんと先輩がリビングにやって来る。早速二人を交えて、母さん手作りの朝食をみんなで頂く事に。

 ちなみに、陽菜はいつものように休日はお昼過ぎまで寝ているので、少し申し訳無いが朝食は彼女抜きで頂いた。

 いつもよりほんの少し人数の多い朝食は、あっという間に終わり、テーブルには綺麗に平らげられた皿が並んだ。

 

「ふぅ……ごちそうさまでした」

「とっても美味しかったです!」

「ウフフ、お口に合ったようでよかったわ。ところで、二人は今日どうするか決めているの?」

 

 母さんからの質問に、二人は一瞬考えるように口を閉じてから、それぞれ答える。

 

「私は……先輩がよければ、一緒に出掛けようかなって」

「私もほぼ同じですね。彼とデートでも出来ればと」

「あらそう。人気者ねー、友希」

 

 と、母さんはニヤニヤとした笑みをこちらに向ける。

 他人事だと思って……しかし、二人ともデート所望か……まあ当然だよな。

 

「どうすんのお兄ちゃん。出雲と雪美さん、どっちもお兄ちゃんとデートしたいみたいだけど?」

「そういうの二人が居る前で堂々と聞くなよ……それは、その……」

 

 一方のデートを受けたら、一方のデートを断る事になる訳だし……土日で片方ずつ、って事で納得してもらうか?

 二人の要求に対して、どんな返答をするべきか思い悩んでいると、突然朝倉先輩が言った。

 

「なら、三人で出掛けるのはどう?」

「え?」

 

 思いもしなかった要求に、思わず変な声が出る。出雲ちゃんも先輩そのアイデアに驚いたのか、目を丸くする。

 

「い、いいんですか? それ、デートじゃ無くなりますけど……」

「でも、それが一番手っ取り早いでしょう?」

「あ、あなたはそれでいいんですか? 先輩とデートしたいはずなのに……」

「正直に言えば不本意極まりないわ。でも、それなら友希君も苦しまずに答えを出せるもの。私は友希君と一緒なら幸せだから、構わないわ」

「……そうですか。なら、私もそれでいいですよ。不本意極まりないですがね」

 

 プイッとそっぽ向きながら、出雲ちゃんはそう言う。

 

「という訳で……どうかしら友希君。私と大宮さん、二人とお出掛けしてくれる?」

「え、そ、それなら全然、オッケーです」

「なら決定ね。まあ、私は三人だろうが四人だろうが、自由にするから。あなたなんか無視して、友希君とイチャイチャするぐらいのつもりでね」

「んなっ!? それは納得出来ませんから!」

「はいはい。じゃあ、早速準備をしないとね。お皿、下げておきますね」

「ちょ、無視しないで下さいよ! 先輩とイチャイチャしていいのは、私だけなんですから!」

 

 いつもと変わらぬ口論を繰り広げながら、二人は皿を持ってキッチン方面へ向かう。

 なんだかよく分からない内に決まってしまったな……でも、確かに二人一緒なら平等だし、平和的に済む……かな?

 何はともあれ、今日の予定は出雲ちゃんと朝倉先輩、二人と町へ繰り出す事に決定した。修学旅行で離れてた分、たっぷり付き合ってやらないとな。

 

「ま、頑張ってね、お兄ちゃん。私は家でだらだらしながら応援してるよ」

「友希、しっかり二人をエスコートしてあげるのよ?」

「言われなくても分かってるよ……」

「……そういえば、陽菜さんはどうするの?」

「え? ……ああ、そうだな……」

 

 きっと陽菜の事だ、二人と出掛ける事を知ったら「私も一緒に行きたーい!」とか言うだろう。二人もあの様子なら、別に彼女の参加を拒否するような事はしないとは思う。

 でも、陽菜はまだ自分の部屋で熟睡中だ。修学旅行帰りで疲れているだろうし、無理に起こしてまで彼女をお出掛けに参加させるのもどうだろうか。

 

「……あいつが起きてきて、参加したいって言ったら加えてやるつもりだ。でも、出掛けるまでに起きてこないなら、悪いがお留守番かな」

 

 多分それが一番だろう。きっと帰ってきたら「私も行きたかったー!」と言われるだろうが、それでいい。訳を話せば、陽菜も納得してくれるだろう。

 少々申し訳無いが、今回は修学旅行で付き合ってやれなかった二人の為のお出掛けだ。陽菜には少し我慢してもらおう。

 まだベッドの上でぐっすりと寝ている陽菜に、心の中で軽く謝ってから、俺はお出掛けの準備をする為に行動を開始した。

 

 

 ◆◆◆

 

 

「……で、これからどうします?」

 

 数時間後――朝食を終えてからすぐに支度を済ませ、俺は出雲ちゃん、朝倉先輩と共に外へ出た。残念ながら陽菜は結局起きてはこなかったので、お留守番となった。

 今はとりあえず住宅街をぶらついているのだが、これといった目的地を現状全くもって決めていない。

 この外出はさっき急に決まった事だし、仕方無い事ではある。それに昨日急遽泊まる事になった二人は、外出用の私服も用意してないので、俺と違って学校の制服のままだ。

 色々とノープランで、準備不足な今回の外出。なので俺は二人に行きたい場所は無いのかと問い掛けたのだが、二人から返答は帰ってくる事は無かった。

 

「……特に要望は無いと?」

「だって、先輩と二人っきりならともかく、この人も居るんですから。デートスポット候補を、こんなところで使いたくありません」

「それはまあ同感ね。そういう思い出に残りそうな場所は、折角なら友希君とのデートで行きたいものね」

「そうですか……じゃあ、そういう特定の場所に行くんじゃ無くて、適当にブラブラしますか?」

「それがいいですね。私は先輩と一緒なら、どこでも大歓迎ですよ!」

 

 出雲ちゃんに同意するように、先輩も首を縦に振る。

 

「そんじゃあ、適当に町ブラするで決定だな。でも、ある程度行きたい場所は決めといた方がいいよな……」

 

 完全にノープランじゃ流石にアバウト過ぎる。まだ午前中だし、時間はいっぱいある。ざっくりとでいいから、予定を組み立てないと。

 アイデアをなんとか絞り出そうと頭を捻っていると、不意に朝倉先輩が手を挙げる。

 

「少しいいかしら? 行きたい場所……というより、やってみたい事があるのだけれど」

「ん? なんですか? 言ってみて下さい」

「なら遠慮無く。食べ歩き……だったかしら? 私、それをやってみたいわ」

「た、食べ歩きですか?」

 

 朝倉先輩にはあまり似つかわしく無い単語が出た事に、思わず驚きの声がこぼれる。

 

「ええ、前々から興味があったの。もし友希君、ついでに大宮さんが構わなければしてみたいのだけれど……駄目かしら?」

「俺は別に構わないですけど……」

 

 チラリと、出雲ちゃんへ目を向ける。

 彼女は腰に手を当て、考え込むように目を伏せる。数秒の沈黙の後、出雲ちゃんはゆっくり顔を上げて、口を開く。

 

「まあ、いいんじゃないですか? 私も食べ歩きは嫌いじゃ無いですし」

「そう、それはよかった。言っとくけれど、あなたには奢らないわよ?」

「期待してませんよ」

「え、えっと……じゃあ、食べ歩きで決定って事で……?」

 

 朝倉先輩、出雲ちゃん共に頷く。

 

「よし、今日の予定は食べ歩きに決定だな。まずは駅の方へ行こうか」

「はい。私、色々美味しいお店知ってるんで、案内しますよ!」

「それは頼もしいわね。よろしくね、大宮さん」

「あなたに言った訳じゃ無いですから」

「ハハッ……じゃあ、行こうか」

 

 食べ歩きという明確なようで、やっぱりどこか少し曖昧な気がする目的を決め、俺達は食べ物屋が集中している駅方面目指して歩き出した。

 

 最初に訪れたお店は、アイスクリーム屋だった。駅から歩いて五分程度の場所にあり、出雲ちゃんの話では女子高生に大人気のお店らしい。現に、お店は大盛況と言えるほどお客で溢れていた。

 俺もアイスクリームは嫌いでは無いし、食べ歩きとしては悪く無いチョイスだろう。だが、一つ問題がある。

 

「……ねぇ、今は11月よ? そんな時期にアイスクリームなんて食べるものかしら?」

 

 と、店に入るや否や、朝倉先輩が俺が思っていた事と全く同じ事を口にした。

 そう、今は11月の半ば。簡単に言えば寒い時期だ。今日は太陽も出ていて、ほんの少し暖かいが、それでもアイスは少々体が冷えそうだ。

 

「フンッ、分かってませんね。アイスクリームは夏だけの食べ物じゃないんですよ。むしろ、冬場に食べるからこそ美味しいものなんですよ!」

「よく分からない理論ね……まあ、そこまで言うなら付き合ってみようかしら。別に嫌いじゃ無いしね」

「……そうですね」

 

 確かに、別にアイス自体は好きだし、出雲ちゃんの言う通り冬場に食べるアイスというものも悪くないかもしれない。

 という事で、俺達は出雲ちゃんの言葉を信じて、そんな冬場のアイスをわざわざ食べに来ている女子高生達の列に並んだ。

 俺はチョコレート、朝倉先輩はバニラ、そして出雲ちゃんはストロベリーとミントのダブルをそれぞれ購入。受け取ったアイスを持って、店内の空いている席に移動。

 

「……うん、なかなか美味しいわね。ただ、やっぱり冬場に食べる理由は分からないわね」

「まあ、美味しければいいですよ」

「……それもそうね。ところで大宮さんのそれ、味が混ざってしまわないの? 別々に買えばいいのに」

 

 と、先輩は出雲ちゃんの二段重ねのアイスを見る。ペロリと、上段部分のミントアイスを舐めてから、出雲ちゃんは返事をする。

 

「こっちの方がお得感があっていいんですよ」

「お得感ねぇ……よく分からないわね」

「まあ、あなたは買おうと思えばケース丸ごと買えるでしょうしね」

 

 嫌み臭い言葉を吐きながら、出雲ちゃんはペロペロとアイスを舐める。朝倉先輩はそれに何も言い返さず、表情一つ変えずに同じくアイスを舐める。

 そんな言い表せぬ空気を醸し出す二人に挟まれながら、俺もチョコアイスを黙々と食べ進める。

 そういえば、この三人だけで出掛けるって事は、今まで無かったかもしれないな。今までは他のみんなも一緒だったりしたし。……なんだか気まずいな。

 この謎の気まずさをどうにかしなければと、適当な話題を考えていると、不意に朝倉先輩が声を掛けてくる。

 

「……そのチョコレートアイス、美味しそうね。味はどう?」

「え? あ、美味しいですけど……」

「そう……ねぇ、よかったら一口くれる?」

「あ、はい…………えっ!?」

 

 先輩のお願いの意味を遅れて理解し、口からガラガラな驚愕の声が出る。

 

「で、でもこれ、俺が口付けたものだし、汚いというか……」

「そんな事は気にしないから安心していいわよ」

「そういう問題じゃ無いですよ!」

 

 俺に代わり、出雲ちゃんがテーブルを叩きながら大声を上げる。

 

「それじゃあ先輩と間接キスになるじゃ無いですか! チョコアイスなら、もう一回自分用に買ってくればいいじゃないですか!」

「流石に一つ丸ごと食べる気は無いわ。ちょっと一口、味見したいだけだから」

「そんな事言って、ただ先輩と間接キスしたいだけでしょうが……! 本当、好き勝手やって……」

「そう言ったでしょう? 私は自由にするって」

「自由過ぎます! ともかく、認めませんから! 私のまだ口を付けてないストロベリーあげますから、それで満足しといて下さい!」

 

 と、出雲ちゃんは上段部分のミントアイスが無くなり、シングル状態になったストロベリーアイスを先輩に突き出す。

 

「ふ、二人とも落ち着いて……その、口付けて無いところあげるんで、それでいいですよね?」

「うーん、ちょっと残念だけれど……まあいいわ。ありがとうね、友希君」

「……まあ、それならギリギリ許します。それなら私にも下さいね!」

「はいはい……」

 

 俺と出雲ちゃんと朝倉先輩、この三人が揃ったら嫌でも口論は起こってしまうんだな……それを改めて理解した俺は、舐めていた部分をスプーンで取ってから、二人に残りの口を付けてない部分を少し分け与えた。

 

 

 アイスクリーム屋を出た後も、俺達の食べ歩きは続いた。

 たこ焼き、たい焼き、コロッケ、クレープ等々――色々な店を訪れた。やはり時々は二人の口論は巻き起こったが、それでも目立ったトラブルも無く、俺達は食べ歩きを楽しめていた。

 そして食べ歩きを始めて約四時間が経った、午後三時頃。俺達は朝倉先輩のリクエストで、駅近くのファーストフード店にやって来た。

 ハンバーガーにポテト、適当に注文した品を持って二階のテーブル席に座る。

 

「にしても、先輩がファーストフード店に行きたいだなんて、意外ですね」

「前々から興味があったから。普通の女子高生は、こういうところに来るものなんでしょう?」

「まあ、あなたはこういう場所と縁が無さそうですしね」

「否定は出来ないわね。まあ、本当は友希君と二人で来てみたかったけどね」

「それはこっちのセリフですよ……」

 

 不機嫌そうに目を細め、出雲ちゃんはコーラをストローで吸う。

 

「まあそれはまた今度の機会にするわ。ところで友希君、この後はどうする?」

「そうですね……正直、俺はお腹いっぱいですね」

「色々食べて回ったものね。大宮さんは?」

「……私ももう満足ですかね。お腹的には」

「そう……それじゃあ、そろそろ切り上げましょうか?」

「ですね……出雲ちゃんもいい?」

 

 コクリと、ストローをくわえたまま頷く。

 

「それじゃあ、今日はここで終わりにしましょうか」

「ええ。今日はどうもありがとうね友希君、それに一応大宮さんも。思った以上に楽しめたわ」

「これぐらい構いませんよ」

「……どうも」

「さて、ハンバーガーでも食べながらこの後の事を話し合いたいところだけれど……」

 

 そこで言葉を切って、先輩は立ち上がる。

 

「その前に、少しお手洗いに行かせてもらうわね。確かあっちよね?」

「あ、はい。気を付けて」

 

 お手洗いに向かう先輩を見送ってから、目の前にあるコーラに手を伸ばす。適当に店内を見回しながらコーラを飲んでいると、急に正面に座る出雲ちゃんが立ち上がる。

 彼女もお手洗いだろうかと思った矢先、出雲ちゃんは女子トイレとは逆方向のこちら側へ移動して、何も言わずにドスンと、俺の隣に腰を下ろした。

 

「えっ!? い、いきなりどうしたの……?」

 

 唐突な行動に問い掛けるが、出雲ちゃんはコーラを両手でギュッと握り、ストローをくわえたまま何も言わず、スススッと俺の方へ近付く。

 

「い、出雲ちゃん……?」

「……今日、先輩との時間、全然楽しめて無いから」

「え?」

「あの女が居ると、嫌でもあの人と喧嘩しちゃって、先輩との時間楽しめないから……だから……」

 

 そこで言葉を切り、出雲ちゃんはコテンと倒した頭を肩に乗せる。

 

「二人きりの時は、思う存分甘えさせて下さい」

「え、あ、うん……」

 

 何とも言えない、出雲ちゃんの恥じらいの顔に言葉が出ず、俺は黙って彼女の甘えを受け入れた。

 そうだよな……出雲ちゃんだって、好きで喧嘩してる訳じゃ無いよな。朝倉先輩とは犬猿の仲っていうやつだし、自然と口喧嘩になっちゃうんだよな。

 先輩が居ない今が、出雲ちゃんが他の女子に対する敵対心なんかも無く、純粋に俺との時間を楽しめる時間なんだろう。なら、彼女の為に少しは付き合ってあげよう。……緊張するけど。

 

「……あの、先輩」

「ん?」

「その……さっきから思ってたんですけど、ここカップル多い……ですね」

 

 と、少し歯切れが悪い出雲ちゃんの言葉に、俺は店内を改めて見回す。

 言われてみれば……男女二人組が多い。多分、みんなカップルなのだろう。休日で、オヤツの時間帯だし、不思議では無いが……少しだけ、気まずい空間だ。

 周りは俺達とは違い、恐らく皆ちゃんとしたカップル。なのでどぎまぎした様子も無く、堂々とイチャイチャしてる連中ばかりだ。

 アーンして食べさせあったり、ポッキーゲームっぽく、フライドポテトを両端から食べたり、中には品物に一切手を付けず、ただ見つめ合ってる奴らも居る。一生懸命作ったスタッフに謝れ。

 端から見れば俺と出雲ちゃんもそんなカップルの一員なのだろうが、俺の気持ちは気まずそうにスマホへ視線を落とすお一人様の客と同じだ。

 いや、俺の場合は出雲ちゃんと二人きりなせいで、それ以上に気まずい。出来れば早く朝倉先輩に戻って来てほしい。

 

「……あの、先輩」

 

 すると突然、出雲ちゃんが少し震えた声で、話し掛けてくる。目をやると、出雲ちゃんはフライドポテトを片手に、こちらを見つめていた。その顔は何故か真っ赤っかで、忙しなく視線を泳がせていた。

 

「ど、どうしたの? そんなにキョドって……」

「あ、えっと、その、あの……私も、ああいうのしたいなー……なんて」

「ああいうのって……」

「だから、その……」

 

 極限まで細くなった声を出しながら、出雲ちゃんは落ち着かない様子で体を揺り動かす。

 そして次の瞬間、出雲ちゃんは言葉では無く、行動で答えを示した。

 

「ふぁ、ふぁい! せんふぁい!」

 

 パクリとフライドポテトを口にくわえて、キュッと目を閉じた状態で、出雲ちゃんは顔をズイッと近付ける。いわゆる、ポッキーゲームの待機状態だ。

 

「…………」

 

 いきなりな行動に、俺は思わず言葉を失う。

 こ、これはつまりあれか……? あれをやりたいって事か……?

 チラリと、少し離れた席で今まさにフライドポテトを両端からラブラブオーラ全開で食べるカップルを見る。どうやら出雲ちゃんは、あれを俺とやりたいらしい。

 い、いや! それは流石にマズイだろう! フライドポテトなんてほんの数センチだし、少しズレたら唇同士が確実にぶつかる。

 これは流石に断らなければと、口を開こうとした寸前、出雲ちゃんはゆっくりと目を開き、ウルウルとした目でこちらを見つめた。

 

「や、やるなら早くして下さい! ……は、恥ずかしいです……」

「い、いや、これはその、流石に……」

「……駄目、ですよね……やっぱり……」

「うっ……!」

 

 シュンと、出雲ちゃんはとても残念そうに表情を暗くする。

 そんな顔されたら、罪悪感が半端無い……でも、俺達はあくまで友人って事なんだから、これは流石に……でも、出雲ちゃんの気持ちを裏切るのは心苦しいというか……

 一体どうするべきか、真剣に頭を悩ませていると、出雲ちゃんは口にくわえたフライドポテトを右手に持ち替える。

 

「そ、その……流石に、口移しはいきなり過ぎましたね! ごめんなさい!」

「え、ああ……いいよ、謝らなくて。気持ちはまあ、分かるから……」

「あ、アハハッ……実は、ちょっと無理してたんですよね……やっぱり、口移しはハードル高いです……でも、気持ちが高ぶったというか、見てたらしたくなっちゃって……」

「そ、そっか……」

「……じゃ、じゃあ! アーンさせて下さい! これならいいですよね!?」

 

 と、照れを紛らわすように大声で叫びながら、フライドポテトを俺に向ける。

 

「そ、それなら、まあ……」

「ありがとうございます! それじゃあ先輩、アーン!」

 

 上擦った声を上げながら、右手で摘んだフライドポテトを俺の口元へ近付ける。

 思わずいいって言っちゃったけど、これはこれで恥ずかしい……まあ、これぐらいならいいか……始めてでは無いし。

 これまで裏切る訳にはいかないと、意を決して近付くフライドポテトを食らおうと、口を開く。出雲ちゃんも俺の口に目掛けて、手を伸ばす。

 フライドポテトが俺の口に吸い込まれようとした――直前。突然、誰かの手が出雲ちゃんの腕を掴んだ。

 

「なっ……!?」

 

 突然の事に出雲ちゃんの手は止まり、俺もフライドポテトを食べる事無く口を閉じる。

 この身に覚えがある感じ……きっと朝倉先輩がトイレから戻って来て、出雲ちゃんの邪魔をしたのだろう。今までも似たような状況を経験した事があるし、大体察しが付く。

 きっとまた二人の口論が始まるんだろうな――仲裁の言葉を考えながら、俺は出雲ちゃんの腕を掴む彼女へ目をやった。

 

「……え?」

 

 しかし、俺の視界に映ったのは、朝倉先輩では無かった。

 見えたのはとても美しく、だがとても恐ろしい据わった眼で出雲ちゃんを見る、黒髪の女性。そしてさらに、その後ろで同じような目で出雲ちゃんを見るポニーテールの女性の二人。

 

「何してるのかな……大宮さん?」

 

 そう、天城優香と、雨里海子の二人だった。

 

「て、天城に海子!? どうしてここに……!?」

「優香と二人で買い物をしていて、休憩しにここに訪れたら、偶然お前達を見掛けてな。……デートか?」

 

 静かだが、確かに怒りを感じる海子の言葉に、思わず顔が引きつる。

 まさかのエンカウント……こんな偶然ってある?

 

「なんでこんな悪いタイミングで……折角先輩といい雰囲気になってたのに、どうして邪魔するんですか!」

「だからよ。だってあなたと世名君がいい雰囲気なんて、不愉快だもの」

「……私達も、友希とデートしている事に特別怒っている訳では無い。ただ大宮には悪いが、見掛けてしまったからにはそう簡単に見過ごせない。そこまで人間が出来ていないからな」

「ぐぅ……大体、私達デートしてる訳じゃ無いですよ。残念ながら……」

「……? それは……」

「あら、なんだか人が増えたわね」

 

 海子が質問を投げ掛ける前に、朝倉先輩がトイレから戻って来る。

 

「あ、朝倉先輩……!? ……あなたも居たんですか」

「ええ。友希君達と食べ歩きをね」

「……大宮さんも一緒なんて、珍しいですね」

「彼女は仕方無くよ。一緒に友希君の家に泊まったし、置いてけぼりという訳にもいかなくてね」

「……今、聞き捨てなら無い単語が聞こえたのですけど?」

「泊まったって……あなた達、友希の家に泊まったのか!?」

 

 海子の問い詰めに、朝倉先輩は物凄くあっさりと頷く。

 

「まあね。あなた達も友希君と修学旅行を楽しんだのだから、構わないでしょう? 私達は悲しい気持ちを我慢してお留守番をしたのだから、夜を共にする権利はあるでしょう?」

「それとこれは話が別だろう! というか、夜を共にするって……」

「……まさか、一緒に寝たの?」

「もちろんですよ! 先輩の部屋で、先輩と一緒に寝ましたから!」

「なっ!? 羨ま……じゃなく! 本当なのかそれは!?」

 

 さらに激しい剣幕になった海子の問い詰めに、先輩は再び平然と頷く。

 

「ええ。とっても楽しませてもらったわ……おやすみのキスまでして、最高に幸せだったわ」

「ちょ、おやすみのキスってなんですか! 私も知りませんよそれ! 何勝手にしてるんですか!」

「それはこっちのセリフ。世名君と一緒になんて……流石に怒る」

「少々話し合いと行きましょうか?」

「ふぅ……面倒になったわね」

 

「…………」

 

 なんだか、凄い事になってしまった……彼女達の凄まじい口論に、周りのカップル達もイチャイチャする事など忘れ、言葉を失って呆然としている。客の視線は完全に彼女達……いや、俺を中心とした修羅場に釘付けだ。

 大変な事になったな……仮にここでみんなを宥めたとしても、絶対別の場所でお話する事になるパターンだ。……でもなんだか、この光景を見てると、感じるな……白場に帰ってきたなぁ、って。

 

 彼女達の修羅場が俺にとっての日常になっているんだなぁと、おかしな気持ちを感じながら、俺は彼女達の仲裁に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 久し振りに、ヒロイン四人集合。陽菜も入れたかったけど、今回はお留守番してもらいました。
 次回以降も、しばらくは日常パートが続くと思います。どれぐらいの長さになるか分かりませんが、楽しんで頂けたら幸いです。





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