「いやー、やっと帰ってきたねー!」
長旅の疲れなんて無かったみたいに元気いっぱいに、正面を歩く陽菜が叫んだ。そのさらに先には、俺の家が見える。
修学旅行も終わり、俺達はつい先程、京都から慣れ親しんだ白場の地に帰って来た。そして駅でみんなと解散してからようやく、一番の安息の地である自宅へと辿り着いた――という訳だ。
「やっと着いたね。私、もう足がクタクタだよ……」
「ああ、全くだよ……」
一足先に俺の家に向かって走る陽菜を、どうしてあんなに元気良く走れるのだろうかと不思議に思いながら、正反対に疲れきった様子で、俺の隣を歩く天城と言葉を交わす。
普通、こういう長旅の後は俺と天城のように足を進めるのが限界ってぐらい疲れてるもんだろうに、陽菜は朝起きて、風呂入って、朝食をしっかり食べた後みたいに活発だ。
こういう時ばかりはあいつの馬鹿みたいな体力が羨ましいなと感じながら、俺は彼女の後をゆっくり歩いて追い掛け、見慣れすぎた家の正面に立つ。
「やっと着いたぜ……これで休める」
「もう、友くんったら情け無いなぁ。男の子ならもっと元気でいないと!」
「俺はお前みたいな元気持ち合わせてないの。さて、天城も気を付けて帰れよ。途中で倒れたりしないようにな」
「フフッ、ここから歩いて五分ぐらいだから大丈夫だよ。またね世名君、来週学校でね」
「おう、またな」
「またね、優香ちゃん!」
崩れる事の無い笑顔と共に、陽菜は手を振る。天城はそんな彼女をジッと見据え、しばらくするとフイッと目を逸らしながら、小さく手を挙げた。
「ええ、またね」
素っ気ない態度で呟き、天城はそのまま自分の家に向かい歩く。その背中が消えるまで、陽菜は大きく手を降り続けた。
「……お前ら、なんかあったのか?」
「え? なんかって?」
「……いや、なんでもない」
天城と陽菜の間柄が前より良くなった事は気になるが、こういうのは俺が深く入り込むのはあまり良く無いだろうと、なんとなく思ってその先の質問を飲み込んだ。
「……変な友くん。まあいいや! それより早くお家入ろ! 私お腹ペコペコだよ!」
「ああ、そういえばもう夕飯時か」
言われて気が付いたが、確かにちょっと空腹だ。疲れが勝っていたので、今の今まで気にしなかった。
母さんも今日、俺達が帰る事は知っているはずだし、しっかり夕飯を作ってくれているはずだろう。早く家に入って、久し振りに我が家の料理をたらふく堪能するとしようか。
待ちきれないといった風に頬を綻ばせ、お腹をさする陽菜を横目に、俺は家の扉を開ける。瞬間、食欲を刺激する美味しそうな匂いが、鼻孔に襲い掛かった。
「良い匂い……お肉の匂いがする!」
陽菜が目を閉じてピクピクと鼻を動かし、幸せそうな笑みをこぼす。今にも涎が垂れそうな雰囲気だ。
確かにこれは肉の匂いだな……美味そうなタレの匂いだ。でも、それだけじゃ無いな。
リビングから来る匂いを頼りに、どんな料理か予想を立てながら靴を脱いでいると、玄関先にある靴がいつもより多い事に気付く。
客か? こんな遅い時間に誰だ……というか、見た事ある靴がチラホラとあるな。
「あ、これ出雲ちゃんの靴だね」
と、俺が思った事を代弁するように陽菜が言った。
そう、目の前にある靴は今までも何回か我が家で見掛けた事がある、出雲ちゃんの靴だ。そうだとしたら、多分他のは小波と中村だろう。きっといつもの通り友香と遊びに……というより、帰って来る俺に会いに来たのだろう。
靴の持ち主と、ここにある理由は分かった。だが、一つ分からない事もある。それは――
「多いんだよな……」
そう、俺が知る限り友香のよく連む友人グループはあの三人だ。だが、今現在玄関にある靴は、家族のを覗けば四足だ。つまり、一足多い。
友香に俺の知らぬ友人が出来たのか、それとも別の誰かなのか。謎の靴の持ち主が思い浮かばず、ついその場で考え込んでしまう。
「何ぼーっとしてるの? 早く上がろうよ!」
が、先に靴を脱ぎ終わった陽菜に声を掛けられ、思考がそこで途切れる。
持ち主の正体は行けば分かるか……俺もささっと靴を脱いで、リビングに向かって陽菜と一緒に歩いた。
赤坂旅館と比べたら狭すぎる廊下を進んで、リビングの扉を開く。今までも微かに感じていた匂いがさらに強くなると同時に、リビングに居た予想通りの来客――そして予想外の来客が、俺の視界に映った。
「あ、先輩! お帰りなさい!」
「お帰りなさい友希君。長旅はどうだった?」
まず始めに溌剌な声を掛けてきたのは、思った通り出雲ちゃん。そして続いて落ち着いた声を掛けてきたのは、なんと朝倉先輩だった。
「えっ、ど、どうしてここに!?」
まさかの人物――いやよく考えればある程度想像出来たかもしれないが、思ってもいなかった彼女が我が家のソファーに座っている事に衝撃を受け、素でそんな驚きの声が口から出る。
すると朝倉先輩は思った通りという訳か、クスクスと笑いながら、俺の疑問に答え始めた。
「友希君が今日帰るから、彼女達がみんなで夕飯を食べるという話を聞いてね。私もそれに混ぜてもらったまでよ」
「そ、そうですか……」
まあ、それしか無いよな。でも後輩組に混ざって先輩も参加するなんて……何かあったのだろうか? それに、彼女は先輩の参加を許したのだろうか?
と、俺はチラリとテーブルの近くに小波、中村と集まる出雲ちゃんに目を向ける。
彼女達に混ぜてもらったと先輩は言っていたが、先輩の事が大嫌いな出雲ちゃんなら『そんなの認めませんよ!』とか言って拒否しそうなものだが……
「……別に、大した理由は無いですよ」
と、俺が問いたい事を察したのか、出雲ちゃんは淡々とした口調で喋り始める。
「彼女の参加を許したのは、単なる気紛れです。それ以上でもそれ以下でもありませんから、あんまり気にしなくていいですよ」
「え……あ、その……」
「……そういう事よ。友希君はただ、旅の疲れをゆっくり癒やしてくれれば結構よ」
そう言うと、先輩は小さく腰を浮かしてスススッ、とソファーの端へと移動。俺の方へ向き直り、両腕を大きく前に広げる。
「さあ友希君、思いっきり飛び込んできていいのよ? 私が優しく、包み込んであげるから」
「ちょっと! 何勝手な事言い出してるんですかあなた!」
「だって友希君は長旅で疲れているでしょう? だったら沢山癒やしてあげないと。女性の抱擁には癒し効果があるって、学校で習わなかったのかしら?」
「そんなもん習う訳無いでしょうが! 適当な事言わないで下さい!」
「へー、そうなんだ! なら、私が友くんギューってしてあげる!」
「あなたも何勝手な事しようとしてるんですか! やるなら私がやります!」
「あなたじゃ無理よ。そんな貧相な体じゃ、癒やしのいの字も受けれないわ」
「んなっ!? 喧嘩売ってるんですかこの牛乳女ぁ!」
と、何故か目の前でいつもの罵り合いが始まる。
よ、よく分からんが……あんまり変わってない……のかな? でも、気紛れって言ってたけど出雲ちゃんは朝倉先輩を参加させた訳だし……やっぱり変わったのか?
……まあ、あんまり深く考えるのは止めておこう。彼女達は彼女達で成長しているのだろう。なら俺はそれを見守りつつ、時々声を掛けてやればいいだけだ。
「大体なんなんですか毎回! 巨乳は正義なんですか!? そんなもんあっても邪魔なだけじゃないですか!」
「あら? じゃあなんであなたは毎日牛乳を必死に摂取しているのかしら? そこまでして邪魔な物を手にしたいの?」
「なんでそれを……!?」
「前に別荘で言ってたらしいじゃない。それに縋るしか無いって。貧相な体から脱却したいからでしょう?」
「ぐっ……それは関係無いですしぃ! ただ牛乳が好きなだけですしぃ!」
とりあえず……これ以上我が家のリビングで貧乳巨乳抗争が巻き起こるのは、大変よろしく無いな。ご近所に変な誤解を与えかねん。
ここは口を出さない訳にはいかないと、いがみ合う彼女達の間に話って入ろうとしたその時、手を叩くような音が数回、リビングに響いた。
「はいはい、喧嘩はそこまで。女の子が罵り合いなんてするものじゃ無いわよ?」
「か、母さん……」
「そうですよ。もうすぐ素敵なお食事のお時間です。罵詈雑言を吐くのでは無く、豪華なディナーを貪る為にお口をお使いになって下さいな」
「冬花さん…………って冬花さん!? なんで!?」
キッチンから姿を現したエプロン姿の母さんの後ろに、何故かメイド服姿の冬花さんが居た。
どうして彼女が我が家にサラッと居るのか問おうとした、寸前。冬花さんが思考を先読みしたかのように口を開いた。
「世名様達が本日修学旅行からお帰りになり、お嬢様がこの会に参加するとお聞きになったので、私もお力になれたらと考え、参上した次第です」
「あ、そ、そうですか……」
「冬花さんのお陰で、とっても料理が楽になったわー。やっぱりメイドさんって凄いのねー」
「いえいえ、私も香織様の調理をお手伝いして、とてもお勉強になりました。やはり主婦とはメイドと少し違うものですね」
「ウフフ、ありがとう。まあ、今回の夕飯は料理というにあれだけどもね」
と、仲良さげに会話を交える母さんと冬花さん。
今日初対面のはずだよな、この二人……息が合うのかね。
「さ、それより友希に陽菜ちゃん。もうすぐ夕飯だから、早く荷物を片してきなさい。みんなを待たせちゃ駄目よ?」
「わ、分かってるよ」
「はーい! ところでオバサン、今日のお夕飯って?」
「すき焼きよ。雪美ちゃんが材料持ってきてくれたから、スッゴく豪華よー」
「すき焼き! やったー!」
「材料を持ってきてくれたって……すみませんわざわざ……」
俺達の為にそんなものを用意してくれた事に感謝を込めながら、先輩に軽く頭を下げる。
「いいのよ別に。いっぱい堪能してね?」
「はい……じゃあ、すぐ着替えて戻ってきますんで……っと、そうだ」
部屋に戻ろうとした寸前、ある事を思い出して立ち止まる。荷物の中から袋を一つ取り出して、その中身をテーブル前に既にスタンバっている友香、出雲ちゃん、朝倉先輩にそれぞれ渡す。
「これ、京都でのお土産。夕飯前だけど、今渡しとくよ」
「わあ、ありがとうございます先輩!」
「生八ツ橋……ありがとう友希君。有り難く受け取るわ」
「……てかみんな同じだね」
「そこは大目に見てくれ……あ、小波と中村には、悪い……」
流石に彼女達までには気が回らず(というか予算が足りず)、お土産を用意してない。まさか家に来てるとは思ってなかったから、少し申し訳無い。
「いえいえ、私達は結構ですよ!」
「うん。それに、先輩からお土産貰って出雲に嫉妬の向けられるのも嫌だしね」
「さ、流石にそんな事はしないってば! ……多分」
「疑問系なんだ……二人には私の分けてあげるよ。数も多いし、夕飯後にでもみんなで食べよ」
「本当ですか? ありがとうございます友香さん! 実は私、八ツ橋大好きで……」
「それなら、私もお土産にスイーツいっぱい買ってきたんだ! すき焼きの後に食べよ! これ、私が京都に居た時週に一回は食べてて――」
「はいはい、お喋りもいいけど早く片付けに行きなさーい。みんなすき焼きを待ってるんだから」
会話を終わらせるように母さんは手を叩き、陽菜も「そうだった!」と慌ててリビングを飛び出す。俺も今度こそ荷物を片す為に、自室に向かう。
四日振りの自室に足を踏み入れ、行きより少しだけ増えた荷物を適当に置く。疲労が蓄積された肉体を軽く解しながら、制服を脱いでラフな部屋着……に着替えようとも思ったが、一応出雲ちゃん達も居るので、ラフ過ぎない外に出てもおかしくない黒のシャツとスウェットに着替える。
本格的な片付けは寝る前にしようと、とりあえず着替えだけを済ませてリビングに戻る。リビングでは既にテーブルの上に美味そうなすき焼きが用意されており、みんなそのテーブルの周りを囲んでいた。
「友くん、早く早く!」
と、一足先に戻っていた陽菜に促されるまま、俺は席へ向かった。ちなみに陽菜は俺と違って周りを気遣う事無く、普段から部屋着に使っているラフなピンクのシャツに袖を通していたが、触れないでおいた。
そのまま俺は空いてる席――陽菜の正面、出雲ちゃんと朝倉先輩の間の席に腰を下ろした。
なんか前にも似たようなシチュエーションあったな……あの時は天城と海子で、大人しい感じだったが、今日はそうもいかないんだろうな。
早くも波乱を感じながら、適当な方向へ視線を送ると、何故か一人立っている冬花さんが見えた。
「あれ? 冬花さんは?」
「ああ、私の事はお気になさらないで下さい」
「い、いやでも……」
「……早く席に座りなさい。ここは私の家でも、実家でも無いわ。招かれた客人として普通に振る舞いなさい。それにそれだと、みんな嫌でも気遣ってしまうでしょう?」
「お嬢様……そうですね。では、お言葉に甘えさせてもらいます」
少し嬉しそうに笑みを浮かべながら、冬花さんは母さんの隣の席へ座る。
「さて、それじゃあ頂きましょう。みんな遠慮せずに食べてねー」
「はい! いっただきまーす!」
元気良く大声を出すと同時に、陽菜は中心にある鍋に箸を伸ばした。それに続き、みんなも箸を伸ばして好き好きに食材を取っていく。
「むふぅー! お肉が口の中でとろけるぅ……」
「ホントだ……流石高級食材」
「喜んで下さったようで、何よりです。昨日取り寄せた甲斐がありましたわ」
「……お肉って取り寄せるもんなんだね」
「お肉以外もとっても美味しいですよ……この焼き豆腐も、凄く良い食感です……」
みんなが満足そうにすき焼きを食べる中、俺も適当に食材を選んで口に運ぶ。
確かに、一味違うって感じだな……材料一つでここまで変わるとは、料理は単純というか、奥が深いというか……ともかく、美味い。
こんなに美味いすき焼きは二度と食えないんだろうなぁと、しみじみと食べていると、朝倉先輩が声を掛けてくる。
「どうかしら友希君、満足してくれてる?」
「はい、それはもう……疲れが吹っ飛ぶぐらい美味いですよ」
「フフッ、ならよかったわ。でも、もっと美味しく食べる方法があるのよ?」
「えっ? なんですかそれ?」
「簡単な事よ。友希君、ちょっとジッとしててね」
いきなりのお願いに少し困惑したが、言われた通り、彼女へ顔を向けたまま制止する。
何をするのかと彼女の行動を見守っていると、先輩は自分の器に鍋から取った肉を移し、溶き卵を絡ませる。至って普通の食べ方じゃないかと思った、矢先。
「はい、あーん」
の少し色っぽい一言と共に、それを自分の口元では無く、俺に向かって差し出した。
「ちょっ、何を……!?」
「どんな食事も、食べさせてもらった方が美味しくなるものよ。少なくとも私は友希君に食べさせてもらったら、それは世界最高の美味なるものになるわ」
「いや、だからって……」
「それとも、友希君は私に食べさせてもらうのは嫌かしら?」
と、イタズラな笑みを浮かべる。
完全にからかってるな、これ……先輩らしい。
別に彼女から食べさせてもらうのは、恥ずかしくはあるが嫌では無い。が、今は状況が状況だ。こんなのを見て、彼女が黙ってる訳も無い。
「どうかしら? それとも友希君は、口移しとかがいいかしら?」
「いや、そういう事では……」
「……何してんですか? 脂が染み込んだ溶き卵鼻の穴に流し込みますよ?」
案の定、俺と先輩のやり取りを見ていた出雲ちゃんが、朝倉先輩へどギツイ言葉を放った。(ちなみに陽菜の方は肉に夢中なのか、こちらに気付いていないようだった)
「ちょっと油断したらすぐに先輩に手を出すんですから……言いましたよね? 参加は許すけど先輩には指一本触れさせないって」
「確かにそうだけど、私はそれを受け入れたつもりは無いわよ。それに正々堂々というなら、あなたもすればいいじゃない。それとも、みんなの前じゃ出来ないかしら?」
「そんな訳無いです!」
ムキになった口調で言い放つと、出雲ちゃんも俺の口元に肉を運ぶ。
「さあ先輩、どうぞ! 私が食べさせた方が、数倍も美味しいですよ! あの女なんかよりもいっぱい愛情が籠もってますから!」
と、朝倉先輩に確かな敵意を向けながらも、俺に甘えるような声と笑顔で肉を近付ける。
「それはちょっと聞き捨てならないわね。私の愛情はあなたの愛情なんか霞むぐらいの大きさよ。あなたは精々このお肉を育てた農家が牛に注いだ愛と同レベルよ」
「農家の牛に対する愛情舐めないで下さいよ!」
「別に舐めて無いわ。ただ、私の愛情はそれを遥かに上回ってると言いたいの。言うならば食用に育てていた牛に愛着が湧いて、そのままペットとして飼って一生を共にしたいと思うレベルにね」
その愛情の度合いが分からないです……とりあえず牛に対する愛情で例えるの止めません?
という提案を口にする間も無く、二人の口論は激化していく。
「ともかく、結論は私の愛情はあなたの愛情より大きいって訳。別にあなたが食べさせる事は拒否しないから、潔く認めなさい」
「認めてたまるもんですか! 先輩に対する愛情の大きさだけは譲れませんから! だから先輩、私のをどうぞ!」
「それは私も同じ。簡単には譲れないわ」
俺を挟んで行われる口論は止まる事を知らず、どんどん激しさを増す。それに伴って二人の距離はジリジリと縮まり、間に居る俺にどんどん密着していく。
簡単に身動きが取れないレベルまで二人の体が密着して、どうやって彼女達を止めようかと、二人の体の感触に若干惑わされながら考えていると――パンッ! という鋭い音が、耳を通り抜けた。
「…………」
圧のあるその音に二人は口を閉ざし、俺と共に音が飛んできた方へ首を向ける。
音の正体は、両手を静かに合わせ、俯き加減で表情が読めないが、恐らく怒った表情を浮かべているであろう母さんだ。
「……食事中に、あんまり騒いじゃ駄目よ?」
「は、はい……」
「……ご迷惑をお掛けしました」
出雲ちゃん、先輩と続けて謝罪の言葉を口にすると、母さんは許しましょうと言わんばかりに笑顔を作り、黙って食事に戻った。
「……少々はしゃぎ過ぎたわね」
「ですね……確か、前にも似たような事ありましたね」
「友希君の誕生日会の時ね……私達も学習が足りないわね」
確かにあったな、そんな事。あの時も母さん相当怒ってたな。でもまあ、これで二人もこれ以上母さんの前で騒ぐような事はもうしないだろう……多分。
「お嬢様を拍手一つで黙らせてしまうとは……香織様、なかなかにバイオレンスなお方みたいですね」
と、どこか感心したような笑みを冬花さんは俺に向けた。俺はそれにどう答えれば分からず、曖昧な苦笑いを返した。
それからの食卓はまるで嵐が過ぎ去った後のように静かで、みんな黙々とすき焼きを食べるのだった。
「お肉おいひぃー……」
そんな中、一人マイペースに感想を口にする陽菜に、恐らくみんな少なからず感心しただろう。
無事に修学旅行から帰還した友希君。早速修羅場が巻き起こるのでした。
そんな修羅場を拍手一つで鎮めたお母さんは凄い。彼女が世界の中心で拍手をしたら、戦争が終わるとか、そうでないとか。
以前の鍋回の二人とは違い、積極的だった今回の二人。次回も積極的な彼女達にご期待下さい。
最近シリアスな回が多かったので、こういった話を書くのは久し振りな気がする。