モテ期と修羅場は同時にやって来るものである   作:藤龍

142 / 197
決意の冬
雲と雪


 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

 内に溜め込んだ落ち込み気分と共に吐いた息が、寒さにより白くなり、宙を漂う。私はその白い靄が消え入るのを、歩きながらぼーっと眺める。

 

「どうしたんですか、出雲さん。何か悩み事でも?」

 

 すると隣を歩いていた愛莉が、霜焼けで赤く染まり、可愛らしさがいつもより三割増しぐらいになった顔で、私の顔を覗き込んでくる。

 

「いや、悩みっていうかなんていうか……」

「どうせあれでしょ。世名先輩が修学旅行行っちゃってしばらく会えないから、落ち込みムードなんでしょ」

 

 と、私が口にしようとした返答を代弁するように、悠奈がいつもの気だるげな口調で言う。愛莉はその答えに納得がいったのか、「ああ、なるほど」と小さく呟き、小刻みに首を縦に振った。

 

 今日の日付は11月17日。悠奈の言った通り、友希先輩達二年生が修学旅行に向かった日だ。今頃先輩は京都の地に居て、四日間白場に戻って来ないのだ。

 修学旅行という学校行事なのだから仕方無いとはいえ、今日から四日間も先輩と顔を合わせる事が出来ないのはとても寂しい。だから今日は朝から、悠奈の言う通り私は落ち込みムードなのだ。

 さっきから足取りは重いし、授業の内容もなかなか入ってこなかった。軽い憂鬱状態だ。愛する人と長期間会えないのがこんなに辛いとは思わなかった。

 今までも顔を合わせない日があったが、会わなくても一日二日程度だった。だが今回はその二倍近い期間会えない。今日はまだ初日だからまだ寂しさも少ないが、これから先を考えるとさらに気持ちが落ち込む。

 こんな調子で大丈夫かと我ながら心配になり、再び自然と溜め息がこぼれる。すると、愛莉とは逆サイドを歩く友香が同じく溜め息を吐いた。とはいっても、私のような憂鬱なものでは無く、呆れ成分全開のものだ。

 

「全く、会えないって言っても、たったの四日でしょ? そんなに落ち込む事無いじゃん。すぐだよすぐ」

「それでも寂しいものは寂しいの!」

「ま、気持ちは分からなくも無いけどさ。でも、中学の時だってあったじゃん、修学旅行。その時はここまで寂しがって無かったじゃん」

「それは、あの時はまだ出会ったばっかの頃だし、好きになり掛けな時期だったし……それに、あの人達が居るし!」

「あの人達……ああ、天城先輩達ですか?」

 

 と、愛莉が小さく首を傾げる。

 その通りだ。今回の修学旅行、私と違って同じ学年である天城先輩、雨里先輩、桜井先輩の三人は友希先輩と一緒に京都に居る。つまり、離れる事無く一緒に思い出作りをしているんだ。

 修学旅行と言えば学園生活の中でも一、二を競うビッグイベント。そんなイベントなら、何か進展があってもおかしくない。私の知らないところで彼女達がいい思いをしてるかもしれないと思うと、気が気でない。

 

「でも、こればっかりはしょうがないでしょ。それにお兄ちゃんの事だし、帰って来たら出雲の相手してくれるよ」

「そうだろうけど……それでも納得しきれないもんなの!」

「まあまあ……世名先輩が帰って来たら、思いっきり甘えればいいじゃないですか」

「愛莉の言う通り。過ぎ去った事を考えても仕方無い」

「……それもそうだね」

 

 もう先輩は行っちゃったんだし、今更どうこう言ってもどうにもならない。なら今は、先輩が帰って来た後に何をするか考えないと。四日間も離れたんだ、他の奴らが介入出来ないぐらい甘えて、先輩を独占してやる!

 憂鬱な気持ちはバッサリと切り捨て、幸福な未来の事だけを考え、私は空をぼーっと見上げながら歩く。空は沢山の雲に覆われていて、今にも天気が崩れそうだ。

 傘持ってたかなー、といった事を考えながら視線を落とすと、愛莉が両手を口元に持っていき、ハァーっと、息を吐く。

 

「それにしても、今日は真冬みたいに寒いですね……体が凍っちゃいそうです」

「ホントそう……寒いの苦手だから、超憂鬱……」

 

 嫌いなものと聞かれると、『冬』と真っ先に答えるほど寒さが苦手な悠奈は、少しでも風から地肌を守る為か、身に着けたマフラーを目元ギリギリまで上げる。

 確かに今日は、11月と思えないほど寒い。多分気温は一桁だろう。肌は針が刺すように痛むし、手は指は折り曲がらないレベルにかじかんでいる。

 

「……こんなに寒いなら、雪ぐらい降ってくれてもいいのに」

「えぇ……雪とかマジ勘弁……死ぬ」

「出雲さんもそんなに寒いのは得意じゃ無いのに、どうして雪が降ってほしいんですか?」

「今は別に思ってないよ。ただ、昨日の内に降ってくれてたら、修学旅行が中止になったりしたかもしれないじゃん。そしたら、先輩と一緒に居られたのに」

 

 ぶっちゃけ昨日寝る前に、先輩には悪いけど、雪が降りますようにと少しだけ祈った。まあ結局降る事は無く、先輩達は新幹線に乗って行ってしまったのだが。

 もっときっちりと祈ってればよかっただろうか――ほんの少しだけ後悔をしていた、その時。私の頬に、冷たい何かがピトッと当たった。

 慌てて顔を上げると、空を覆う雲から、無数の白い粒が私達の下へ降り注いでくるのが見えた。

 

「……雪、降ったね」

「うへぇ……」

「わぁ……出雲さんの祈り、届いちゃいましたね」

「…………」

 

 突然降り始めた雪はだんだんと勢いが強くなり、少しずつだが頭に積もり始める。

 確かに、雪が降ってほしいと祈りはした。だが、もう先輩は京都に居るし、今更降っても私が抱く感情は悠奈と同じ――寒い。という憂鬱な感情のみ。

 

「……降るのが遅ーい!」

 

 誰にぶつけているのか自分でも分からない怒りの叫びが、雪空の下に響き渡った。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 翌日――友希先輩達にとっては修学旅行の二日目で、私にとっては普通の登校日。

 いつものように退屈な授業をこなして、ようやく訪れた昼休み。私は友香、愛莉、悠奈と集まって、1年B組の教室でお昼を食べていた。

 

「……まだ降ってますね、雪」

 

 手作り弁当に入った卵焼きをパクリと口にしながら、愛莉は窓の外へ目を向ける。私や他の二人も各々おかずを口にしながら、同じく窓の外へ目を向ける。

 外は昨日の放課後と同じように、深々と雪が降っていた。窓から見えるグラウンドには、一面雪が降り積もっていて、所々、雪にはしゃぐ男子の姿も見える。

 

「いっぱい積もってますね」

「昨日の夜からずっと降ってたしね」

「そのせいでメチャクチャ寒かった……今日も夜降ってたら死ぬ……」

「ま、今は弱まってるし、放課後までには止むでしょ」

「だといいけど……ねぇ、ここ暖房とか無いの?」

「無い」

 

 友香の一蹴する言葉に、悠奈は憂鬱全開な溜め息を吐いて、お弁当を口に運んだ。

 

「今度は悠奈さんが落ち込みムードみたいですね……私は綺麗だし、雪は好きなんですけどね」

「私は嫌いだね。……どっかの誰かさん思い出すから」

「雪美さんでしょ」

「アハハハッ……そういえば、その朝倉先輩はどうしてるんでしょうね?」

「さあ? 一人で寂しくお昼ご飯じゃないの。もういいよこの話」

 

 正直彼女の事はあんまり考えたくないので、早々に話を終わらせる。

 先輩も居ない訳だし、私達が会う理由なんて無いだろうから、この四日間は彼女と関わる事は無いだろう。全然寂しくも無いからいいけど。

 

「全く出雲は……そこまで雪美さんの事、毛嫌う事無いのにさ」

「そういう訳にはいかないの! それに毛嫌いしてるんじゃなくて、明確な理由もあるし!」

「それはなんとなく知ってる。でも出雲だって、雪美さんは悪い人じゃ無いって分かってるでしょ? なんか別荘の時、色々と和解してたじゃん」

「べ、別に和解した訳じゃ……」

 

 確かにあの時は、あの人をただの敵じゃ無くてライバルとして認めた。でもだからって好きになれる訳でも無いし、特別仲良くするつもりは無い。だって結局は先輩を巡って競い合うライバルな事に変わりないから、好きにはなれない、なれる訳無い。

 でもまあ……悪い人では無いという事は、友香の言う通り分かってはいる。分かってはいるが……

 

「……もう止めようよ、この話は! あの女の事なんか、考えるだけで――」

「世名さーん、お客さんですよー!」

 

 彼女の事は早急に頭から消し去り、お弁当を食べ進めようとしたその時、廊下の方からそんな声が飛んでくる。

 

「誰だろ?」

 

 呼ばれた友香は箸を置いて、廊下の方へ向かう。私も箸を置いて、友香が向かった方へ目を向ける。彼女が目指す廊下には、例のお客さんと思われる人物――銀髪の女性が立っていた。

 

「ゲッ……」

 

 その女性を見た瞬間に、私は無意識にそんな言葉を吐き出した。今さっき会う事は無いと思っていた相手が、早速ウチのクラスに来たのだから。

 

「ちょっと! どうしてウチのクラスに来てるんですか!」

 

 その驚きに思わず、私は友香より先に彼女――朝倉雪美の下に駆け寄り、問い詰めた。すると彼女は相変わらずの上から目線な態度で、返答した。

 

「別に私がどこに居ようが勝手でしょう? というか私は友香ちゃんを呼んだのであって、あなたは呼んでないのだけれど。呼ばれても無いのに食事中に立ち上がって怒鳴るなんて、マナーがなってないわね」

 

 開口一番に飛んできた減らず口に、血管がブチ切れる……ぐらいにイラッとくる。

 この人は相変わらず人がムカつく事を次から次へと……悪口を言わなきゃ気が済まない体質なのかこの人は!

 

「はいはい、出雲落ち着いて」

 

 何か言い返してやろうと口を開き掛けた寸前、遅れて辿り着いた友香が私の肩を叩く。その一声に私は少し落ち着きを取り戻し、彼女を睨みながら後ろに下がる。

 

「それで、私になんのご用ですか? お兄ちゃん関係ですか?」

「いいえ、今日は友希君は関係無いわ。今日は生徒会長として、生徒であるあなたにお願いがあって来たの。少しばかり面倒な事だけど……構わないかしら?」

「……用件は?」

「ありがとう。見ての通り、昨日の雪で校内に沢山雪積もってるでしょう? そこで放課後に校務員の方々と生徒会で協力して、雪かきを行う予定だったのだけれど……少々トラブルが発生してしまってね」

 

 朝倉先輩は、そこで言葉を切る。そして不意に呆れたような溜め息を吐いてから、話を続けた。

 

「知っての通り、今、二年生は修学旅行中だから羽奈達二年生が居ないの。だから私や夜雲君を加えた三人で手伝いをする手筈になっていたのだけれど……」

「何かあったんですか?」

「……実は、ウチのお馬鹿が昨日の雪にテンションが上がって雪遊びをしたらしくてね……そのせいで風邪を引いて、今日学校を休んだのよ」

 

 と、頭を抱えながら朝倉先輩は重々しく口を開いた。

 彼女が口にしたお馬鹿――それが生徒会メンバーである花咲真昼だという事は、すぐに察しが付いた。恐らく友香もすぐに理解出来たのだろう。大変でしたねと言わんばかりな目で朝倉先輩を見ながら、声を掛けた。

 

「まあ……彼女なら、ありそうな話ですね」

「明日雪かきをすると前もって伝えていたのに……あの子は根っからの馬鹿だと実感したわ」

「ご苦労様です……で、私へのお願いって、もしかして……」

「ええ……今日の放課後の雪かき、友香ちゃんさえよければ手伝ってくれないかしら? 流石に私と夜雲君だけでは厳しそうでね……」

「なるほど……」

 

 朝倉先輩のお願いを聞いた友香は、考えるように顎に手を添え、俯く。

 

「もちろん、無理にとは言わないわ。時間は掛かりそうだけど、私達と校務員の皆さんだけでもどうにかはなりそうだし。ただ、人手が増えた方がこちらとしては有り難いのは確か。かなり積もっているから、校務員の人達もシンドイだろうし」

「……どうするの?」

 

 考え込む友香へそう声を掛けると、彼女は一人小さく頷いてから、顔を上げる。

 

「まあ、別にいいですよ。暇ですし」

「本当? ありがとう、助かるわ。それじゃあ放課後、生徒会室に来て頂戴。待ってるわね」

 

 用件を済ませた朝倉先輩は、手を振りながら私達の教室から立ち去る。

 

「……よかったの? 別に手伝ってやる義理は無いじゃん」

「そうだけど、手伝わない理由も無いしね。学校の為に何かするのも、悪くない」

「……そう」

 

 まあ、私が止める理由も無いんだけどさ……それにしても、学校の雪かきか……

 生徒会が……というか彼女が学校の為に自ら進んで行動している事は知っていた。でもわざわざこうして友香にお願いまでしてくるなんて……

 

「一応、生徒会長として真面目に働いているんだ……」

 

 

 ◆◆◆

 

 

 放課後――雪もすっかり止んで、晴れ空が広がる下、私は冷え切った体を暖める為に家に帰……る事はせず、乱場学園高等部の校内、校舎裏に居た。

 雪は止んでも寒さは変わらず、ビュービューと冷風が吹き荒み、体から体温を奪う。上にコート、下はストッキングで防御してるから少しはマシだが、それでもやはり寒い。

 そんな寒さに身を縮こませる私に向かい、正面に寒さを感じさせない堂々な立ち姿で腕を組む彼女が、白い息と共に声を掛けた。

 

「……友香ちゃんはともかく、どうしてあなたもここに居るのかしら?」

 

 吹き荒れる風のように冷たい口調で彼女――朝倉先輩は、私にそう言った。彼女の右手には、全くもって似合わないスコップが握られている。

 そう、これからここでは先の昼休みに彼女が言っていた行われる雪かきが行われる。何故そんな場所に私が居るのかというと……

 

「別に、私がどこに居ようが勝手でしょう。私ただ、あなたが友香に何か変な事吹き込むんじゃないかと思って、監視しに来ただけです」

 

 二の腕をさすりながら、私は隣に立つ友香へ目をやる。

 

「はぁ……その変な事がどういう事か分からないけど、雪かきを手伝いに来たって事でいいのね?」

「……まあ、やる事も無いしいいですよ」

 

 そう言ってやると、朝倉先輩はどこか呆れたような顔をしながら、別のスコップを私に差し出す。それを私は黙って受け取り、友香の隣に立った。

 

「……で、どういうつもり?」

「……ほんの気紛れ」

 

 友香からの質問に、私はそう答えた。

 さっき言った理由は、適当に作った嘘だ。私がここに来た本当の理由は……正直、自分にもよく分からない。ただなんとなく、見たくなった。彼女が生徒会長としてどんな事をしているのかを。

 ま、まあ、恋敵の事を知るのも重要な事だし。ここであの女の欠点やら何やら、探ってやるんだから!

 と、自分でも言い訳臭いと思える事を脳内で考えていると、不意に後ろの方から雪を踏む音が聞こえてくる。振り返ると、そこには虚ろな目でガクガク震えた悠奈と、そんな彼女の手を引っ張る愛莉の姿があった。

 

「二人とも、どうしたの?」

「……もしかして、あなた達も手伝いに?」

「はい! お二人が手伝うと聞いたので、私も力になれたらと」

「……私は正直帰ってコタツに潜りたいけど、愛莉が体を動かした方が暖まりますよって、言われたから……」

「そう……物好きなものね。でも、とても助かるわ。遠慮無く頼らせてもらうわね」

 

 と、朝倉先輩は少しだが嬉しそうに笑みをこぼし、二人の分のスコップを持ってくると一旦姿を消す。

 

「二人まで参加する事無いのに。頼まれたの、元々私だけなんだし」

「みんなでやった方が早いですから。一緒に頑張りましょうね」

「愛莉は優しいね……にしても、出雲が朝倉先輩の手伝いするなんて、珍しいね」

「……私もそう思う」

 

 本当、どうしてこんな事をしようと思ったのだろう……彼女とは関わりたくも無いと、そう思っていたはずなのに。

 

「待たせたわね」

 

 自分の心境の変化を考えていると、朝倉先輩が愛莉達の分のスコップを持って戻ってくる。二人にスコップを渡してから、自分のスコップを拾い、私達に目を配る。

 

「さて、早速だけど始めるわよ。予定より随分と人数が増えたけど……私達の担当は、この校舎裏よ。あんまり人通りが多い訳じゃ無いけど、いつまでも雪が残っていては危険よ。手を抜かずに、全力で取り組んで頂戴」

 

 彼女のテキパキした指示に、私達は頷いてから行動を開始した。直後、朝倉先輩も動き始める。

 雪かきという作業はあまりやった事は無いが、基本はスコップで雪をすくい上げるだけなので、難しくは無かった。だが、これを何時間も続けるとなると、かなり体力を消耗しそうだ。

 

 ザクザクと、雪かきを続ける事約三十分。だんだんと疲れが見え始め、腕の動きがちょくちょく止まるようになった。友香や他のみんなも同じらしく、体力の少ない悠奈に至っては地面に座り込んで完全に休んでいる。

 まあ無理もない。正直、私も今すぐに倒れ込んで眠ってしまいたいぐらいだ。

 

「…………」

 

 チラリと、後ろで雪かきを黙々と続ける朝倉先輩へ視線を向ける。彼女は文句の一つも言わずに、時々額に浮かんだ汗を拭うぐらいで、腕をせっせと動かし続けている。

 別に義務でも何でも無いのに……彼女はどうしてあそこまで頑張っているんだろう。生徒会長だから? だからといって、あそこまで真剣に、疲れきってまで頑張るものだろうか。

 

 ――出雲だって、雪美さんは悪い人じゃ無いって分かってるでしょ?

 

 ほんの少し、本当にほんの少しだが、生徒会長として汗水垂らして生徒の為に頑張る彼女を見て、少しだけだが印象は変わった。

 最初の頃は、彼女の印象は最悪の一言だった。あの人……霧華さんに似ているというだけで毛嫌いしていたのに、私の大好きな先輩に手を出したのだ。良い印象を抱ける方がおかしい。

 でも、あの別荘での出来事……あの時、私は少しだけ彼女を認めた。もちろん好きになった訳でも無いし、今でも敵対心は満々だ。

 でも、彼女は私が思っている以上に悪い人では無かったのは確かだ。とても誠実で、とても真っ直ぐな人だと……今なら言える。

 

「…………」

「出雲、どうしたの?」

 

 と、暫しそんな事を考えながら彼女の事を眺めていると、友香に声を掛けられる。

 

「えっ? な、なんでも無いなんでも無い!」

 

 私は慌てて返事をして、誤魔化すように雪かきを再開した。

 どうしてこんな事を考えていたんだろうと、自分でも不思議に思いながら、迷う心を誤魔化すよう雪かきを続ける。

 

「――キャ!」

 

 そんな時、不意に甲高い悲鳴と共に、何かが雪の上に倒れる音が校舎裏に響いた。

 愛莉辺りが転んだのだろうかと、様子を確認する為に首を回した。しかし、私の視界が捉えたのは、予想外の光景だった。

 転んだのは愛莉――では無く、なんと朝倉先輩だった。彼女は雪の積もった地面にへたり込んだ状態で、顔をしかめながらお尻をさすっていた。

 

「雪美さん、平気ですか?」

「ええ、少し雪に足を取られただけよ……油断してたわ」

 

 反省するように呟き、彼女は地面を突くように腕の力を使い、立ち上がろうとする。

 が、今度は雪に手を取られ、再び地面にお尻を打ち付ける。

 

「だ、大丈夫ですか!? 手を貸しましょうか?」

「いえ、平気よ……心配掛けてごめんなさい」

 

「…………」

 

 その時に、何を思ったのか分からない。だが私の足は何故か、彼女の方へ歩みを進めていた。ザクザクと雪の上を踏み進み――私は倒れる彼女に向かって、手を伸ばしていた。

 

「……どういう風の吹き回し?」

「いいから、早く掴んで下さいよ」

 

 どうしてこんな事をしたのか、自分でも分からなかった。自然と体が動いていた。

 朝倉先輩も私の行動が不思議……というか不審に思えたのか、しばらく私の目を見上げ続けた。だが数秒後、彼女は私の手を取って、ゆっくり立ち上がった。

 

「あなたの手を借りるなんて……変わった事もあるのね」

「それはこっちのセリフです。あなたがあんなミスをするなんて」

「私だって人間よ。ウッカリ転びもするわ」

 

 スカートに付いた雪を払い、地面に落ちたスコップを手に取る。

 

「さて、さっさと再開しましょうか。あなたも手を止めてないで、せっせと働いて頂戴ね」

 

 また上から目線……やっぱり助けるんじゃなかった。

 手を貸した事を早速後悔し始めた途端、朝倉先輩は私に背中を向けながら声を掛けてきた。いつものよう冷淡で、ムカッとくる口調で。

 

「……まあ、一応お礼を言っておくわ。ありがとうね、大宮さん」

「……フンッ、ただの気紛れです」

 

 そう、これはただの気紛れだ。偶然私が一番近くに居たから、手を伸ばしただけだ。

 あの時、足を挫いた私をおぶった彼女と同じように、乱場学園の生徒として情け無い生徒会長を助けただけだ。

 

「そう……ならいいわ。また転ばないように、早く雪かきを済ませちゃいましょうか」

「言われなくても。早く帰りたいですから」

 

 朝倉先輩の近くを離れ、私は雪かきを再開する。そこに、友香や他のみんなが集まってくる。

 

「どうしたの出雲。朝倉先輩を助けるなんて、珍しい」

「……別にどうもしないよ。気紛れ」

「ふーん……ま、そういう事にしとくわ」

「フフッ……そうですね」

 

 と、みんなから生暖かい視線を向けられながら、私は黙々と雪かきを続けた。 

 

 

 ◆◆◆

 

 

「はぁ……疲れた」

 

 ズンッと、重苦しそうな声で悠奈は呟いた。

 雪かきも終わり、私達は疲れた体をなんとか動かして、みんな揃って家路を歩いていた。いつもの面子の中には、朝倉先輩も居る。

 

「今日はどうもありがとうね。お陰で助かったわ」

「いえいえ、これぐらいいいですよ」

「はい、いい運動にもなりました」

「私は筋肉痛確定だな……これ」

「……大宮さんも。まさか、あなたが協力してくれるとは思わなかったわ」

「……別に、貸しを作りたかっただけですよ」

 

 目を背けながら、雑な言葉を返す。

 

「そう。なら、早めに返しておくわ」

「…………」

「……ところで雪美さん。これからみんなで私の家で休もうって話になってるんですけど、どうです?」

「お誘いは嬉しいけど、遠慮しておくわ。これからあのお馬鹿のお見舞いに行かないといけないから」

「それって、花咲さんですか?」

「ええ。自業自得とはいえ、大切な生徒会のメンバーですもの。様子ぐらいは見ておかないとね」

 

 そう言って、朝倉先輩は肩をすくめる。

 大切な生徒会のメンバーか……意外と仲間思いというか、優しいところもあるんだな。

 なんだか今日だけで、私の中の彼女の人物像が、一気に変わった気がする。

 完璧超人かと思いきや、ウッカリ転んだりする事もあって、お嬢様のくせに生徒会長として真摯に汗水垂らして頑張って、仲間思いな一面もある。

 

「…………」

「フフッ、朝倉先輩はお優しいんですね」

「そんな事は無いわよ。ともかくそういう事だから、残念だけど遠慮させてもらうわ」

「そうですか……分かりました」

「……そういえばさ、今度の金曜日に友香の家で夕飯食べる事になってたよね」

 

 と、悠奈が唐突にそんな事を口にする。

 

「ああ、そうでしたね。世名先輩達が帰ってくるからって」

「……それがどうかしたの?」

「いや、なんなら朝倉先輩もどうかなーって」

「あら? どうしてかしら?」

「先輩居たら豪華な食材とか食べれるかなーって」

「ゆ、悠奈さん……」

 

 悠奈の余りに正直な言葉に、愛莉が少しだけ呆れたように苦笑する。

 

「そのお誘いは嬉しいけど……いいのかしら?」

「私はいいですよ。お母さんも、お兄ちゃんも歓迎するでしょうし」

「それもあるけど……」

 

 言葉を切り、朝倉先輩は私を見る。

 

「そこの彼女は、認めないんじゃ無いかしら?」

「あ、そっか……忘れてた」

「……出雲はどう?」

「…………」

 

 友香の質問に、私はしばらく考え込んだ。いつもなら、『そんなの認める訳無いでしょう!』と一蹴するだろう。

 だが、私の口から出た答えは――いつもとは違った。

 

「……別に、いいですよ」

 

 その肯定の答えに、朝倉先輩も含めてみんな、驚いたような表情を浮かべた。

 

「意外ね……あなたがそんな事を言うなんて。これも気紛れかしら?」

「……そうかもしれませんね。ただ、思っただけです」

「何をかしら?」

「……前、言いましたよね? 正々堂々と、ライバルとして戦いたいって。だから……私だけ一足先に再会するのは、不平等だと思っただけです」

 

 こんな事を言うなんて、自分でも驚いている。いつもと違う心境に、困惑している。

 だが、不思議と嫌な気持ちは無い。別に彼女に心を許したとか、好きになったとか、そんな事はやはり決して無い。ただ一つ、思ったのだ。彼女は私が思っているような人では無かった、と。

 だから、ほんの少し認めてやる事にした。前にライバルとして認めたように、悪い人では無いと認めただけ。だから必要以上に嫌うのを止めただけだ。

 ただそれだけだ。恋敵という関係も変わらないし、これからも友希先輩を巡って競い合うし、彼女に先輩を渡す気なんてサラサラ無い。

 

「……そう。なら、お言葉に甘えさせてもらうわ」

 

 そんな私の心境を察したのかどうかは分からないが、彼女はどこか面白そうに微笑んだ。

 

「……勘違いしないで下さい。ただ参加させるだけで、先輩には指一本触れさせませんから」

「あら、正々堂々とライバルとして戦うんでしょう? なら、あなたも同じ条件だから」

「それとこれは話が別ですから!」

 

 そうだ、何も変わらない。私はこれからもこの女と……ううん、他の奴らとも競い合う。そして手にするんだ、先輩の恋人っていう勝利を!

 

「それじゃあ、金曜日に友希君のお家ね。ご期待通り、いい食材を持参するわ」

「やったね」

「悠奈さんったら……でも、嬉しいですね」

「帰ってきたお兄ちゃん達を思う存分歓迎してやりましょう」

「ええ、そうね。夜は私の抱擁でたっぷり癒やしてあげるわ」

「……は? 夜は?」

 

 朝倉先輩の発言が引っ掛かり、私は思わず足を止める。

 

「まさかとは思いますけど……あなた、泊まる気ですか?」

「あら? 私は友希君達がよければ、泊まろうかと思ってるわよ。四日間も会えなかったんだもの。思う存分、友希君をこの手で愛でたいわ」

「はぁ!? 何を言ってんですか! そんなの認める訳無いじゃないですか!」

「許可を出すのはあなたじゃ無いでしょう?」

「だからって簡単に認められる訳無いでしょうが! 正々堂々はどこに行ったんですか!」

「ならあなたも正々堂々と泊まればいいじゃない。まあ、あなたの抱擁力じゃ、友希君の旅の疲れを癒してあげる事なんて出来ないでしょうけど」

 

 と、朝倉先輩は自分の豊満な胸を押し上げるように腕を添えて、私を小馬鹿にするようなムカつく目で見る。

 その動作と言葉の意味を瞬時に理解した瞬間、頭の中の何かがピキーンと切れた。

 

「あ、あなたって人は……」

 

 彼女の誠実さや、良い人だっていう事は少しは認めた。だが、やっぱり、彼女の事は純粋に――

 

「大っ嫌いだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」

 

 

 

 

 

 




 という事で、久し振りの先輩後輩コンビの登場。友希達の修学旅行中にあった、ちょっとした出来事です。
 雪美の新たな一面を見て、ほんの少しだけ彼女を認めた出雲。が、やっぱり嫌いなのは変わらず。まあ、喧嘩するほど仲が良いって事で。
 今後も彼女達は程良くいがみ合いながら、友希のパートナーを目指して頑張ります。

 なお、この後雪遊びして風邪引いたお馬鹿さんが、ベッドに寝込んだ状態で会長さんから小一時間説教を受ける事になりますが、それはまた別のお話。





▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。