モテ期と修羅場は同時にやって来るものである   作:藤龍

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恋の話~ガールズサイド~

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん……! やっぱり、温泉は何回入っても気持ち良いねぇー!」

 

 そんな脳天気な言葉と共に桜井さんが夜空に向けて伸ばした右腕が、一瞬の水柱を作った。彼女の指先から滴る雫が水面に落ちて出来た小さな波紋を、私はぼーっと見つめた。

 私は今、赤坂旅館の露天風呂に浸かっている。私以外にも海子と桜井さん、そしてその友人の赤坂さんと蒼井さんも同じく湯に浸かっている。

 数時間ほど前にクラスでの入浴時間が終わったにも関わらず、何故再びこの露天風呂にやって来ているかというと、私の隣で「はふぅー」という声を漏らしてだらけている、桜井さんが原因だ。

 

 夕食、入浴と順に済ませ、消灯時間まで余った時間を無駄にしない為に海子達との会話で潰していた時、桜井さんが突然赤坂さん達を連れて、「よかったら一緒に露天風呂に入らない?」と誘ってきたのだ。

 どうやら彼女達は、折角久し振りに再会したのだから思い出の多い露天風呂で話そうという事になったらしい。その移動中に話をしていた私達を見掛け、誘ってみたという。

 どうして友人同士で語らおうと思っていたのに、いわゆる部外者である私達を誘おうと思ったのかが不思議だったが、赤坂さんや蒼井さん達も「人が多い方がいいでしょ!」とウェルカムムード全開だった。

 そしてその誘いに対して、海子は悪くないといった雰囲気を出していたし、そこで私だけが拒否という返答をするのは少々気が引けてしまい――結局彼女の誘いを受け、今に至るという訳だ。

 ちなみに由利と薫は私が誘いを受けた後に別の用があるというので、別れた。今思えば、私もそうすればよかったかもしれない。

 

 ウチの生徒達の入浴時間はもう終わっていて、結構遅い時間帯であるからか、露天風呂にはもう私達以外の人は居なかった。そんな私達の貸し切り状態な露天風呂で、みんな自由気ままに楽しんでいる。

 桜井さん、二回目だっていうのに元気ね……私はあんまり一日に何回も入る趣味は無いから、ちょっと疲れ気味だ。お風呂に入る事自体は嫌いでは無いのだけれど、そう何回も入ると逆に疲れてくる気がする。それに今日はハートの石探しなんかで余計に疲れているから、なんだか眠くなってきた。

 露天風呂のほんわかとした暖かさにだんだんと脱力していき、ウトウトしていたその時、突然桜井さんが私の顔を覗き込んできた。

 

「優香ちゃん、もしかして眠いの?」

「……え? そ、そんな事無いわよ」

 

 ぼーっとしていたせいか反応が遅れたが、慌てて首を振って彼女の言葉を否定する。

 実際ちょっと眠いから否定する事は無かったかもしれないが、なんとなく彼女にはそういうところを見せたくなかったので、お湯を顔に掛けて目を覚ます。

 軽くかぶりを振り、少しだけ覚醒した意識を目元に集中させて、出来る限り大きく目を開いて、強がった言葉を吐く。

 

「別に眠くないから。心配は結構よ」

「そう? ちょっと目元垂れてるよ?」

「き、気のせいよ……」

 

 と、私は再び強がりを見せた返事をする。そんな私の意地を知ってか知らずか、桜井さんは更に心配するような目で私を見つめながら、言葉を続ける。

 

「今日いっぱい歩き回って疲れてるもんね……ごめんね、無理に誘っちゃって」

「そ、そんな事言わなくていいわよ……あなたに心配される筋合いなんて無いわ」

「全く、そんな事で強がらなくてもいいだろう」

 

 と、私の左隣に居る海子が、若干呆れ気味な顔をしながら肩をすくめる。

 確かにその通りだけど、なんだか一度強がっちゃったら後に引けなくなった。なんとなく、負けな感じがして。

 だがしばらくして、こんな事で意地を張っても意味が無いなとようやく思った私は、軽く息を吐いて、力を抜いて縁に背中を預けた。

 

「まあ、確かに疲れてるけど気にしなくていいわよ。あなたに心配されても嬉しく無いし」

「えぇ、優香ちゃんさらっと酷い事言うなぁ……」

「アハハッ、なかなかに敵対心満々な感じだねぇ。流石、陽菜の恋敵」

 

 私達のやり取りを傍らで眺めていた蒼井さんが、お気楽な笑い声を出しながらそう言う。それに続いて、クスクスと肩を揺らしながら赤坂さんが口を開く。

 

「ホンマそうやな。でも、思っとったよりは険悪って感じや無いんやなぁ。ウチ、もっとドロドロしたもん想像しとったわ」

「あー、それは思った。もっと昼ドラ張りにギスギスした関係性かと思ってたのに、案外仲良さげだもんね」

「確かに、私や優香ちゃん達は恋敵同士だけど、友達でもあるもん!」

「ふーん……やっぱり、陽菜って変わってるよねー」

「どうして?」

 

 不思議そうに桜井さんが首を傾げ、蒼井さんがそれに答えるように言葉は続ける。

 

「普通は恋敵と仲良くなんてしないと思うよ? もしかしたらそこの二人の内どっちかが、例の幼なじみの恋人になるかもしれないんだから。そんなの相手、普通は好きになれないって」

「エリちゃん、相変わらずズバッと遠慮無い事言うなぁ……でも、確かにそうやんな。ウチやったらお友達になろうなんて思えへんわ」

「うんうん。言っちゃえば、邪魔者みたいなもんだもんね。……もしもの話だけどさ、陽菜以外の女子が例の幼なじみと付き合ったら……陽菜はそれでもその子と友達でいようと思うの?」

 

 と、蒼井さんは容赦の無い質問を桜井さんにぶつけた。その質問に対して、私も頭の中でその答えを考えた。

 私以外の誰かが世名君と付き合ったら……私は間違え無く、その人を恨む、妬む、嫌う。好きになんてなれない、友達なんて論外だ。私から幸せを奪った敵――そうとしか、今は思えない。

 そんな相手と、仲良くなろうなんて思えない。友達という関係を継続し続けても、きっと内心ではその相手を恨み続けるだろう。多分、その相手が海子であろうと。

 桜井さんだって、私達と友達になりたいとか言っているけど、結果か出て自分が負けたとしたら、私達を深く恨むはずだ。友達という関係を維持する気なんて、無くなるに違いない。

 彼女だって、私と同じく世名君を愛しているのだ。結局は私の同じ考えを持っているはず――そう、思っていた。

 

「……うん、もちろんだよ」

 

 だが、彼女の口からは私の考えとは全く正反対の答えが、余りにもあっさりとした口調で放たれた。

 

「だって、みんな私の大切な友達だもん。それで友達を止めようなんて思わないよ!」

「……そっか。さっすが、陽菜だね。変わってないようであたしゃ安心したよ」

「どの立場で言っとんねんエリちゃんは。でもまあ、その気持ちは分かるわ。やっぱり陽菜ちゃんは陽菜ちゃんやな」

「えへへ……そうかな?」

 

 と、桜井さんは照れ臭そうに頭を掻く。そんなお気楽そうにする桜井さんを、私は唖然としながら見つめた。

 

「……どうして?」

 

 そして無意識に、私の口から言葉がこぼれ落ちた。

 

「どうして……あなたはそんな事が言えるの?」

「どうしてって?」

「なんでそんな言葉を躊躇無く、簡単に口に出来るの? もし私達が世名君と付き合ったとしたら、普通は深く恨むんじゃないの? だって……好きな人を奪われたんだから」

「優香……」

 

 真剣に桜井さんを見ながら話す私の横で、海子が静かに呟く。それに反応を返す事もせず、私は桜井さんに言葉を続けて投げ掛けた。

 

「なのにどうして……あなたはそんな事が言えるの?」

 

 不思議で仕方無かった。例え私達に世名君を奪われたとしても、嫌わずに友達であり続けたいと口にした、彼女の心情が。

 私は世名君を他の誰かに奪われたとしたら、そんな楽観的な考えを抱く事はきっと出来ない。勝っても負けても恨みっこ無し――そんな綺麗事を、言える気がしない。

 だから私は溢れ出てくる疑問を抑え込まずに、彼女へぶつけた。私以上に長い時間、彼を愛し続けている彼女が、どうしてそんな思考を持つ事が出来るのか知りたくて。

 しばらく桜井さんは私の顔を神妙な表情でジッと見つめ、周りのみんなも空気を読んでシンッと静まり返る。

 それから数十秒ほど沈黙を貫いた後――彼女は、ゆっくりと口を開いた。

 

「……それはね、信じてるからだよ」

「信じてる……?」

「私だって、優香ちゃん達が友くんと付き合ったら、凄く悲しい、凄く寂しい、凄く羨ましい……ちょっとは恨んじゃうかもしれないよ」

「なら、どうして……」

「でもね、例えそうだとしても二人なら……ううん、出雲ちゃんや雪美さんもそう。みんななら、絶対友くんを幸せにしてくれるって信じてるから!」

 

 と、迷いを一切感じさせない、晴れやかな笑顔を作りながら、彼女はそう言った。

 

「だから私は例え負けちゃったとしても、みんなと友達でいたい。だって、友くんを幸せにしてくれる人を嫌う理由なんて無いもん! 私の一番の思いは、友くんに幸せになってほしい事だから」

「……よくそんな事が言えるわね。そんなの、私達が世名君に相応しいって、負けを認めてるようなものじゃない」

「別に負けを認めてる訳じゃ無いよ? 私だって友くんと付き合いたいし、だから頑張ってるんだもん。でも、もし友くんが私以外の誰かと付き合うって決めたのなら、文句なんて言わないよ」

「…………」

「そしてその相手が優香ちゃん達なら、私は安心出来る。絶対、友くんを幸せにしてくれるって」

 

 眩し過ぎるぐらいに真っ直ぐで、無垢の塊みたいな桜井さんの言葉に、私はそれ以上は何も言えなかった。

 彼女の私達に対しての敵対心が少ない事は知っていた。だが、正直ここまでとは思ってもいなかった。潔く負けを認めるというほどに、彼女は私達を認めている。

 悪い人では無い、そうは思っていた。でもまさかここまで……恋敵である私達にそんな言葉を掛けるなんて思わなかった。彼女は一体、どれだけ器が大きいのだろうか。

 それに比べて私は、大切な友人である海子すら許せないかもしれない――そんな感情まで抱く始末。彼女の寛容さを前にしたら、なんだか嫌気が差してくる。

 

「でも、それは決着が出た時の話」

 

 そんな事を、水面に映る自分の顔を見つめながら考えていると、桜井さんが激しい水しぶきを起こしながら立ち上がる。

 

「それまでは絶対友くんは渡さない! 友くんに相応しいのは私だ! って、それぐらい貪欲に優香ちゃん達と争うんだからね! だってやっぱり、友くんが他の子と付き合うなんて嫌だもん!」

 

 と、まるでただをこねる子供のような口調で放った言葉に、私はポカンと口を開いた。

 

「だから優香ちゃん、それに海子ちゃんも! ゼーッタイ! 友くんの恋人の座は渡さないんだからね! 最後の最後まで、全力で競い合おう!」

「……ああ、そうだな。どういう結末が待っていようが結局、私達はそうするしか無いんだからな」

 

 と、海子はうっすらと微笑みながら私に目配せを送る。

 

「……もちろんよ。絶対、世名君は渡さない」

 

 そうだ……彼女がどう思っていようが関係無い。私は私の思いを貫くだけだ。私が……ううん、私達が一番望んでいる結末――世名君の恋人という、最高の未来を辿り着く為に。

 

「うん、それでこそ優香ちゃんだよ! 私も負けないんだから!」

 

 桜井さんは再び肩まで湯に浸かり、私と海子に向かって手を伸ばす。それに海子は迷わず右手を重ね、私もその上に右手を乗せた。

 

「正々堂々、最後まで頑張ろうね!」

「もちろんだ」

「……ええ」

 

 短く頷いて、私はスッと手を引く。

 

「いやー、青春してますねー、陽菜さんや」

 

 そのタイミングで、傍らで今までの会話を眺めていた蒼井さんが口を挟んでくる。

 

「あ、ごめんね恵理香ちゃん。私達だけで喋ってたよ」

「いいのいいの。陽菜のああいう真面目なとこ見れて、よかったよ」

「せやな。陽菜ちゃん、ウチらは陽菜ちゃんの事応援するで。頑張りや!」

「二人とも……ありがとね! 私、精一杯頑張る!」

 

 グッと拳を握り締め、桜井さんは先ほどより大きな水しぶきを巻き起こしながら立ち上がる。その水しぶきが隣に居た私に、頭から降り掛かる。

 

「あ、ごめんね優香ちゃん!」

「……いいわよ別に。ただ気を付けて」

「ご、ごめん……お詫びといったらなんだけど、背中流してあげるよ!」

「ど、どうしてそうなるのよ……それに、それって別にお詫びじゃ……」

「あ、そうだ! どうせならみんなで背中流しっこしようよ! 絶対楽しいよ!」

 

 お断りしようと思った矢先、桜井さんは突然そんな事を言って湯から出る。

 

「あ、ちょ……」

「全く、陽菜ちゃんは相変わらず自由奔放やな」

「だね。ああなった陽菜は止まんないし、諦めなよ」

 

 蒼井さんは半分笑いながらそう言って、赤坂さんと共に湯を出て桜井さんの下へ向かった。

 私はその後ろ姿を呆然と眺めながら、そっと溜め息を吐いた。

 

「……やっぱり、陽菜は凄いな」

 

 そんな時、不意に海子がそんな事を囁いた。

 

「本当、よくあんなに自由に出来るわよね」

「いや、それもあるが……私が言っているのはさっきの事だ」

 

 そこで一旦言葉を切り、海子は目を細めた。

 

「もしも、他の誰かが友希の恋人になったとしたら……私は、その者を許せないと思う。私は陽菜みたいに自信を持って、その者の友人でいられると言えない。……優香、それがお前であってもな」

「海子……それは、私も同じだよ。少なくとも今は、誰も許せそうに無い」

「ああ……だが、それではいけないよな。私達がこんな感情を抱き続けている以上、きっと友希は答えを出せない。あいつは馬鹿が付くほど真面目だからな」

 

 そう、私達がこんな風にいがみ合って、互いを認めない以上、きっと現状がいつまでも続く。世名君は優しいから、絶対私達全員が納得する答えが見つかるまで考え続ける。

 多分桜井さんみたいな思考が、世名君にとって一番理想的だろう。世名君は、私達にも彼女のような考え方を抱いてくれるように望んでいるはずだ。

 

「私達も、あいつを見習わなければならないのかもしれないな」

「……そう、かもね」

 

 だから、私達は少しは彼女の事を見習った方がいいのかもしれない。恋敵を認めるような、寛容な心を。でないと、きっと現状はいつまでも変わらない。

 それに、その方がきっと未来の為になる。どんな結末になろうと、この恋路には勝者と敗者が出る。それなのに私達が互いを認め合っていなければ、絶対に嫌な結末になる。例え自分が勝者側でも……敗者側でも。

 そんな事では世名君に迷惑を掛けてしまう事になる。私だって桜井さんと同じように、世名君には幸せになってほしい。ならば少しでも、彼女達を……恋敵を認めてやる心も、必要なのかもしれない。……でも。

 

「それでも……桜井さんが言ってた通り、世名君の恋人に相応しいのは私だっていう事は曲げない。他の奴が恋人に相応しいって事だけは、絶対認めない。それを認めるのは……世名君からノーっていう答えを聞いた時。……そんな未来、絶対来させないけど」

「……そうだな。寛容な心を持つのも大事だろうが、一番はあいつに好きになってもらう事だ。だから結局……やる事は変わらんかもな」

「うん……そうだね」

「――優香ちゃーん、海子ちゃーん! 早くおいでよー!」

 

 と、背中流しの準備を済ませていた桜井さんから声が飛んでくる。

 

「ああ、今行く! ……まあ、互いに今は出来る事をやろう。最高の未来を掴む為に」

「……そうね」

 

 今はただ、全力で彼女達と競い合う。ただ、それだけだ。他の女に劣ってるなんて……考えない。

 

 ――みんななら、絶対友くんを幸せにしてくれるって信じてるから!

 

 ……でもまあ、桜井さんの馬鹿みたいに楽観的なところは、尊敬に値するぐらいには、認めてやってもいいかもしれない。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 翌日――とうとう修学旅行も最終日。午前中の自由行動が終わった後に京都駅に集合。そこから新幹線に乗って白場へ帰る、これで四日間にも及んだ修学旅行は幕を下ろす。

 朝、四日間お世話になった赤坂旅館で最後の朝食を頂き、京都でのやり残しの無いようにみんな最後の目的を果たす為に解散。

 本当なら旅館を出る前に赤坂さん達に別れの挨拶をしたかったのだが、残念ながら彼女達はその時には既に学校へ向かってしまったらしく、ちゃんとした別れの挨拶はする事は出来なかった。(陽菜達は昨日の夜の内に済ませたらしい)

 しかし俺達もゆっくりしている暇も無いので、名残惜しさをほんの少し抱きながら赤坂旅館を後にして、最後の目的を果たしに向かった。

 

 そして現在、時刻は大体午前十一時。俺はこの修学旅行中にほぼ一緒に居たと言っても過言では無いメンバーで、京都駅近くの店で、友香や白場に居るみんなへのお土産を買いに来ていた。

 

「俺は……これでいいかな」

 

 みんな店内に散らばって自由にお土産を選ぶ中、俺は棚に積まれた京都土産の鉄板である、八ツ橋を手に取った。

 

「あ、友希君はもう決めたんだ」

 

 と、近くで土産を選んでいた翼が声を掛けてくる。それをキッカケに、近くに居た裕吾と孝司も集まってくる。

 

「八ツ橋か……またベタだな」

「友香の奴は食い物ならなんでもいいだろうしな。無駄に捻る必要も無い」

「ま、あの妹ちゃんならそうだろうな。ところで、大宮や朝倉先輩の分はどうすんだ?」

「二人には……同じ物でいいかな。変に違うの買ってあげたら無駄に揉めそうだし」

 

 無駄な事故を起こさない為にも、俺は友香の分に加えて、出雲ちゃんと朝倉先輩の分の八ツ橋も手に取った。

 そのままレジに向かおうと視線を棚から外したその時、少し離れた向かい側の棚でお土産を選ぶ天城の姿が視界に入った。

 

「うーん……どうしよう」

 

 どうやら、お土産選びに悩んでいるようだ。そんな彼女の下に、海子と陽菜が近寄る。

 

「お土産、香澄ちゃんのか?」

「うん……でも、何がいいか迷っちゃって……香澄、八ツ橋はあんまり好きじゃ無いから」

「あ、そうなんだね。八ツ橋美味しいのに……じゃあ、これなんかどうかな? きなこアイス!」

 

 と、陽菜は近くにあったカップアイスを取り、天城に見せる。

 

「私、前に食べた事があるんだけど、スッゴく美味しいんだよ! これならきっと香澄ちゃんも喜ぶんでくれるよ!」

「きなこアイスね……」

 

 陽菜が満面の笑みで進めるきなこアイスを、天城はジッと見据える。

 

「……まあ、いいかもね。香澄、きなこもアイスも嫌いじゃ無いし」

 

 フイッと、素っ気ない顔を逸らしながらも、天城は陽菜の持つカップを受け取った。

 

「でしょ! 他にもおすすめのがあるから、教えてあげるよ! 海子ちゃんにも!」

「ああ、助かる。こういうお土産を決めるのは苦手でな。優香も、ここは陽菜に思う存分協力してもらおう」

「……そうね。利用出来るものは使わないと」

「えぇ……利用って酷いなぁ、優香ちゃん……」

「冗談よ。早く案内して、集合時間に遅れるから」

「あ、そうだね! こっちだよこっち!」

 

 陽菜の指差す方へ、彼女達は三人揃って歩んだ。その光景を見て、俺は思わず立ち尽くしてしまった。

 天城は陽菜の事をよく思って無かった訳だし、てっきり「あなたの協力なんていらないから」と言ったりするもんだと思ってたのに、今の天城は少しだけ刺々しさがあったけど、陽菜と険悪なムードになっていなかった。

 そりゃ彼女達も最近は年がら年中、仲悪そうにしてる訳じゃ無いが、あんな風に普通の友人同士みたいにしてるのは珍しいかもしれない。

 確かに陽菜は天城と友達になれたとか言ってたが、あそこまでの変化は昨日まで無かった。昨日、何かあったのだろうか?

 

 何があったのかは俺には分からない。けど、彼女達の間柄が良くなるのは願ったり叶ったりだ。彼女達が互いを認め合うような関係になれば、俺も少しは気が休まる。

 彼女達に大きな……とは言えないかもしれないが、確かな変化が起こった。これで少しは、何かが進んだのかもしれない。

 

「……俺も、頑張らないとな」

 

 俺も、昨日の斗真さんとの会話で、改めて自分の立ち位置というものが分かった。それが、どれだけ重大で辛いものかも。

 それでも、俺が進まないといけないんだ。彼女達だって、未来の為に何かを頑張っているのだろうから。

 

「…………」

「どうしたんだよ友希。買うの決まったんなら、さっさと買えよー」

「……ああ、すぐ行く」

 

 いつになるか、未だ見当も付かない。それでも前を見て進むんだ。彼女達の思いを無駄にしない為にも。

 

 

 海子は父と、陽菜も友人や母親と再会して、初心みたいなのを思い返せたかもしれない。そして天城は何か分からないが、心境の変化があったらしい。そして俺も、斗真さんと話して色々考える事が出来た。

 俺も、みんなも、新たな何かを掴む事が出来たはずだ――そう信じて、俺は京都の地を後にした。

 長かった修学旅行は、こうして終わりを迎えたのだった。

 

 

 

 

 

 




 投稿ペースが遅くなっていた事もあり長くなりましたが、修学旅行編ようやく完結です! 本当に長くなってしまい、申し訳ありません。
 思った以上に執筆に苦労して、自分の実力の無さを改めて実感しました。もうちょっと上手く話を作れるよう、頑張ります。

 次回から再び日常回……の前に、約三ヶ月間放置となってしまった彼女達の久し振りの出番です。お楽しみに。
 そろそろ物語も終盤戦に突入です。結末まではまだまだ時間が掛かりそうですが、彼らの恋路の行方がどうなるか、是非とも最後までお付き合いをお願いします。



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