モテ期と修羅場は同時にやって来るものである   作:藤龍

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恋の話~ボーイズサイド~

 

 

 

 

 

 

 

 

 紅石神社でのハートの石探しを終えた俺達は、一旦昼食を挟んでから、再び恋愛成就のスポット巡りを再開した。

 甘味処であらかじめ決めていた場所を順繰りに巡り、そこでおみくじを引いたり、お祈りをしたり、お守りを買ったり――恋愛成就を願って様々な事をした。

 そんな風に京都の街をブラブラしている内に、日が沈んで夕刻が訪れた。なんとか予定していた場所を全て回る事もでき、陽菜達も大変満足したようなので、俺達は京都巡りを切り上げて赤坂旅館に戻った。

 

「あ、陽菜ー!」

 

 赤坂旅館に戻りエントランスへ入るや否や、俺達の下に元気はつらつな叫び声が正面から飛んできた。視線を向けると、こちらに向かって大きく手を振る恵理香さん、その傍らに立つ斗真さんと赤坂さんが見えた。

 

「恵理香ちゃんに斗真君! もう来てたんだね!」

 

 三人の姿を見つけると、陽菜は嬉しそうに表情を明るくして、一目散に彼女達の下へ走る。

 そういえば昨日、学校終わったら旅館に来るって言ってたな。にしても、まだ学校終わってすぐぐらいの時間帯じゃないか?

 そんな疑問を抱きながら、先に彼女達と話している陽菜の下へゆっくり歩み寄っていると、陽菜が俺と同じ疑問を彼女達に投げ掛けた。

 

「それにしても随分と早いね? 学校終わったばっかりでしょ?」

「まあね。今日は部活も無かったし、授業終わって直行よ!」

「エリちゃん、学校終わってすぐに全速力で走ってったんやで? こっちも追い掛けるのめっちゃ大変やったわ」

 

 と、赤坂さんが右手でパタパタと風を起こしながら、恵理香さんへジトッとした視線を向ける。

 

「アハハ、ごめんごめん。陽菜と早く話したくて、急いじゃったよ」

「本当に姉さんは……別に桜井さんは今日一日中居るんだし、そんな慌てなくてもいいのに」

「早い方がその分長く話せていいの! でしょ?」

「うん! 私もまさかこんなに早く会えるとは思ってなかったから、嬉しいよ!」

「それじゃあさ、早速話でもしない? 昨日話せなかった分、ゆっくり話したいしさ!」 

 

 恵理香さんの提案に、陽菜は間を空けずに即座に頷く。

 

「うん! もちろんだよ! ……あ、でももうすぐ夕飯の時間が……」

「夕飯まではまだ時間あるし、少しなら話出来ると思うぞ」

 

 そう言ってやると、陽菜はこちらに首を向ける。

 

「本当? なら、私ちょっと恵理香ちゃん達とお話してくるね!」

「おう、好きにしろ」

「うん! それじゃあ三人とも、行こ!」

「おうよ! ガールズトークと洒落込みましょうか!」

「ガールズトークって……僕も居るからね?」

「ええやんない? 斗真君ならガールズトークも問題無いやろ」

「えぇ……」

 

 陽菜と恵理香さん達は、とても仲むつまじく会話を交えながらエントランスから立ち去った。

 

「桜井の奴、随分と嬉しそうだったな」

「ああ……本当、いい友人達みたいでよかったよ」

「世名っち、保護者みたいな事言うねぇ」

「からかうなよ……さて、俺達も部屋に戻るか」

 

 これ以上ここに居座る理由も無いし、俺達は京都巡りで疲れた体を癒す為に、各々別れて部屋に戻った。

 

 部屋に戻った後は、夕食まで裕吾達と適当な話をして時間を潰し、その後は昨日までと同じように夕食、入浴を順に済ませていった。

 そしてやってきた、消灯までの自由時間。明日の午後には京都を出て白場に帰るので、今日がこの旅館で過ごす最後の夜だ。

 といっても、特別やる事も無い。裕吾達はそれぞれに用があるらしく部屋を空けているし、陽菜は赤坂さん達と楽しく会話中だろう。天城や海子達も見掛けないし、俺は現在一人っきりだ。

 流石に一人じゃ出来る事は少ないし、俺は何かやる事は無いかと適当に旅館をぶらついていた。

 

「――あの……少しいいですか?」

 

 その散策の途中、自動販売機でジュースを買っているところで声を掛けられる。手元の缶ジュースに向けていた目を横に動かすと、そこには陽菜の京都での友人である斗真さんが立っていた。

 

「えっと……俺に何か用ですか?」

「その、よかったら少しお話しませんか?」

「俺と……ですか? 別に構いませんけど……陽菜とはいいんですか?」

「ああ、桜井さんなら姉さん達とお風呂に入って話し合おうって、露天風呂に行っちゃったんで……僕も暇してたんです」

 

 と、苦笑いを浮かべながら頭を掻く。

 なるほど……女子風呂じゃあ男子の斗真さんは参加出来ないもんな。というか陽菜、さっき入浴の時間だったのにもう一回入りに行ったのかよ……自由時間は入浴も自由だけどさ。

 彼が久し振りに再会した陽菜との会話を止め、ここに居る理由は納得出来た。ただ、どうして俺と話したいと思ったのかが分からず、続けて問い掛ける。

 

「……どうして俺と話を? あんまり面白い話出来ませんよ、俺」

「大した理由じゃ無いです。ずっと桜井さんからあなたの事を聞いていたので、少し話してみたいなって。……それに、あなたがどんな人か知りたいので」

 

 そう口にすると一瞬、彼の眼差しが優しげなものから真剣なそれに変わる。その微かな変化に違和感を覚えたが、すぐに元の温厚な眼差しに戻ったので、深く問う事は止めておいた。

 

「……いいですよ。丁度、俺も暇してましたし」

「ありがとうございます。折角だから、卓球でもしながら話しませんか?」

 

 彼の提案に賛成の頷きを返し、俺と斗真さんは卓球セットを借りに旅館の受付に向かった。

 卓球セットを無事に借りる事が出来た俺達は、娯楽室へ移動。空いている(というか、今回も人っ子一人居ない)卓球台の前に立ち、早速軽くラリーを始める。

 ピンポン球が弾む軽快な音を聞きながら、俺と斗真さんは適当な会話を交えた。内容は本当に他愛ないもので、正直卓球のオマケみたいなものになっていた。

 そんな明日には記憶の底に埋まってしまいそうな会話を交わしていると、不意に斗真さんが質問を返球と共に投げ掛けてきた。

 

「……そっちでも、桜井さんは元気にやってますか?」

 

 唐突な質問に少し驚きながらも、俺はフォアハンドで球を打ち返しながら答えた。

 

「そっちでどれぐらい元気だったかは知りませんが、一応元気にやってますよ」

「そうですか……安心しました。桜井さん、こっちに居た時に無茶して体調崩したりしてたから」

「えっ……」

 

 再び返球と共に返ってきた俺の知らない情報に、思わず打ち返しをミスしてしまい、球がネットに引っ掛かり俺側のコートに落ちる。

 その球をしばらく呆然と見つめていたが、ハッと我に返り俺は斗真さんに先ほどの言葉の意味を問い掛けた。

 

「無茶って……あいつ何したんですか?」

「桜井さん、白場での一人暮らしを認めさせる為に、お父さんとある約束をしていたんですよ」

「ある約束?」

「一人暮らし出来るって証明する為に、疑似一人暮らしをする事です。家事や食費の管理まで、自分だけでやるっていう。その時に、勉強や家事の練習で無茶をして……体調を崩したんです」

「そんな事が……」

 

 彼女が俺と再会する為に白場に戻ってきたという事は知っていた。だが、その裏でそんな出来事があったという事は初耳だ。恐らく、陽菜は俺に無用な心配を掛けさせたくなかったんだろう。

 あいつ、俺と会う為にオジサンとそんな約束してたのか……まあ確かに、陽菜は色々抜けているところがあるし、オジサンの気持ちは分からなくも無い。現に、その疑似一人暮らしとやらで体調を崩した訳だし。でも、俺の父さんと出会って俺の家に居候する事が決まったから、オジサンも白場に戻るのを認めた――ってところか。

 陽菜の奴、俺と会いたいからってそんな無茶までして……俺の為にそこまでしてくれるのは、悪い気はしない。だが、ある意味俺のせいで体調を崩したって事にもなる。そう考えると……少し申し訳無いな。

 そんな罪悪感に、下唇を噛んで俯いていると、斗真さんが口を開いた。

 

「だから、少し心配だったんですよね……桜井さん、そっちでも無茶してないかなって」

「そう、ですか……安心していいですよ。別に体調崩すほどの無茶はしてないですから。むしろ元気が有り余ってる感じですよ」

 

 今の陽菜は毎日毎日家でだらだらして、学校で楽しくやってる。正直体調不良なんか考えられないぐらいに。

 その事実を斗真さんに伝えてやると、彼はホッとしたように胸を撫で下ろす。

 

「そっか……安心しました。あの時は急に倒れたりして、本当に心配しましたから」

「……まあ、テスト前とかはぶっ倒れそうなぐらいヒーコラしてますけどね」

「ハハハッ、そこは相変わらずなんですね」

 

 相変わらずって……あいつこっちでも勉強嫌いは変わらずだったのか。まあ、当然か。

 少し重くなり始めた空気が元に戻ったのをキッカケに、俺はピンポン球を拾ってラリーを再開した。

 

「それにしても……あの時の桜井さん、本当に頑張ってましたよ。絶対に白場に戻るんだって……苦手な勉強や料理を、姉さん達の力を借りながら頑張ってました」

「……そうですか」

「あなたと再会する為に、一生懸命ひたむきに…………本当、羨ましいですよ」

 

 ポツリと、寂しげに呟いた言葉と共に、斗真さんは球を打ち返す。その打球は今までよりも数段速く、俺は慌ててそれを打ち返した。が、打球は大きく真上に上がり、台の外へ落ちた。

 平坦なラリーが続いていたのに、急に訪れた強烈な一発に驚愕しながら、俺は賞賛の言葉を口にした。

 

「……な、ナイススマッシュ……」

「…………」

 

 が、斗真さんは何も反応を返さずに、黙って地面に落ちたピンポン球を拾う。

 ……昨日顔を合わせた時から少し感じていたけど……彼、どこか俺に良からぬ感情を抱いているんじゃないか? 別に敵意があるって訳じゃ無いが……なんというか、良い印象を持っているようには思えない。

 別に彼に恨まれるような事をした覚えは、こちらには無い。だが、彼には何か俺を恨む……いや、何か良く思えない理由があるのだろうか?

 

「……あの、斗真さん。俺の勘違いかもしれないですけど……何か、俺に言いたい事があります?」

 

 それをうやむやにしたままは嫌だったので、思い切って問い掛けてみる。だが、斗真さんは返答をせず、黙ってサーブを放つ。

 今までより勢いのあるサーブを慌てて打ち返しながら、俺は質問を続ける。

 

「何かあるんなら、言ってくれませんか? 正直そうやって隠されたままだと、モヤモヤするんで!」

「……きっと伝えたところで、あなたにとって……桜井さんにとっても特にはなりませんよ」

「陽菜と俺に……?」

 

 何故陽菜が関係あるのだろうか――そう思った瞬間に、ある考えが俺の頭を過ぎった。

 そして次の瞬間に、その一瞬の思考を確定させる一言を、斗真さんは口にした。

 

「僕は……桜井さんに、告白しました」

 

 その一言に、返球を続けていた俺の右手がピタリと止まる。直後、彼の放ったスマッシュが俺の真横を通り過ぎ、背後の壁へぶつかった。

 ピンポン球が地面にバウンドする音を聞きながら、俺は見開いた目で斗真さんを見据えながら、ゆっくりと右手を下ろす。斗真さんもスッと体勢を正すと、静かに口を開いた。

 

「彼女のひたむきに頑張る姿を見て、僕は彼女の支えになりたいって思った。だからあなたという存在が居るのを知った上で……僕は彼女に告白しました。ここに残ってほしいって」

「…………」

「でも結果は、呆気なく振られましたよ。やっぱり友くんが好きだからって……」

 

 そう、物悲しそうに目を細める。

 

「その答えを聞いて僕は、キッパリと諦めて彼女の恋路を応援すると決めました。でも、やっぱりそう簡単に割り切れるものでは無いんですよね、恋心ってやつは。彼女が京都を去った後も、僕は彼女の事を考えていた。やっぱり、彼女に対する恋心はまだ残ってる。桜井さんが、いつまでもあなたを思っていたように」

 

 力強さの中に悲しみが混じったような、そんな複雑な眼で俺を見つめながら、斗真さんは言葉を続ける。

 

「もちろん、彼女の恋を応援するっていう気持ちは曲げるつもりは無いですよ。付き合うとかも、キッパリ諦めた。でも、やっぱりあなたを前にしたら、心の奥底から何かが湧き出てきて……あなたが居なければ僕が――そんな考えが何回も頭を過ぎりました」

「……だから、俺をあんな目で?」

「自分では隠してたつもりなんですけど……出ちゃってたんでしょうね、嫉妬みたいなのが。桜井さんがあなたを好きなせいで僕の恋は叶わなかった。あなたが桜井さんと付き合えば、僕の恋路は終わるんですから」

 

 弱々しい笑みをこぼしながら、斗真さんはそっと俯いた。そんな彼の様子に、俺はなんと声を掛ければいいか分からず、目を逸らした。

 そうだ、当たり前の事なのに、今まで考えた事も無かった……彼女達は超が付くほどの美人達だ。そんな彼女達に真剣に好意を抱く者は、当然居る。そしてそんな者達の恋路は、俺という存在が居る事で終わってしまっている。そして俺があの五人の中の誰かと恋人になれば、その恋路は完全に終わるんだ。

 いつか言われた事がある――俺は、誰を幸せにして、誰を不幸にするか決める立場にあると。俺が誰かと恋人になる事を決めれば、それ以外の者の恋はそこで終わる。かといっていつまでも現状を維持していたら、彼女達はいつまでも立ち止まり、俺との恋という場所に縛り付ける事になる。

 だから俺は、少しでも皆が幸せに近付くような……例え幸せになれなくても、新たな道に進めるように、絶望させないような納得させられる答えを探し出す為に、必死に答えを模索して、自分の思いを探し求めている。それが、俺と彼女達の最高の未来に繋がると信じて。

 

 だが、それだけじゃ無いんだ。彼女達が俺を好いてるように、斗真さんのように彼女達を好いている者も存在する。そして仮に、俺が陽菜と恋人になったとしたら、彼は不幸な存在だろう。自分の好きな者に恋人が出来るのだから。

 いくら彼女達を納得させるような答えを出したとしても、彼女達を好きな他の男子はそれに納得して、新たな道に進めるのだろうか――そんな途方もない事を考えるのは馬鹿馬鹿しいと言う者も居るだろう。現に俺も、そんな事は考えずに今まで過ごしていた。

 だがこうして、斗真さんから自分は陽菜が好きだという事実を聞かされて、俺は深く考えてしまった。

 俺は誰を幸せにして、誰を不幸にするか決める立場にある。彼女達だけでは無く、多くの者達をも巻き込むかもしれない――大きな選択の決定権を持っている、と。

 

「……ッ!」

 

 改めてそれを考えると、プレッシャーや罪悪感で、心臓が押し潰されそうになった。

 一つの幸せが生まれる事で、何十もの不幸が生まれる――それが恋愛というものなのだと、改めて実感した。

 かと言って、俺だって流石に彼女達を好きな奴ら全員が納得出来る答えを探す、そんな無理難題を成し遂げようとは思わない。例え彼女達を好きな奴が居ても、それは大体が見ず知らずの人物。そこまで気を配るなんて事は出来ない。

 だが、考えてしまう。そんな彼女達と同じように恋心を抱く者達を。俺を憎んで、妬んで、恨めしく思っている者達の事を。

 そしてその一人が、今、俺の目の前に居る。そんな彼の恋路を俺の手で終わらせるかもしれない……そう思うと、心が締め付けられる。

 

「……なんだか、随分と悩ませちゃったみたいですね」

 

 ふと、斗真さんがそんな言葉を掛けてくる。

 

「すみません、こんな事を言ってしまって……あなたは悪く無いって、分かってるんですけどね」

「……いや、斗真さんは悪くありませんよ。自分の好きな子が惚れている相手なんて、良く思えませんよ」

 

 現に彼女達も、互いの事をあまり良くは思っていないのだから。恋敵と言える相手に悪印象を抱くのは当たり前だ。

 

「だから、斗真さんが俺を良く思えないのは当然ですよ。俺が文句を言う権利はありません」

「そうですか……確かに、あなたに対して敵対心みたいなのが無いと言えば、嘘になるかもしれません。無理やりにでも自分の恋を叶えたい……やっぱりそんな女々しくて醜い気持ちもあります」

「…………」

「……ただ、それはもう消えましたよ」

「えっ……?」

 

 斗真さんが口にした言葉に、俺は逸らしていた目線を彼へ向けた。

 

「さっきも桜井さんと話をしている時に、彼女言ってましたよ。白場に戻って、友くんと再会出来てよかった――って。その時の彼女の笑顔は、僕が今まで見た事無いぐらい幸せそうな笑顔でした。それを見た瞬間に思いましたよ……ああ、僕じゃ勝てないなって」

 

 涙を堪えるように上を見上げながら、斗真さんは言葉を続ける。

 

「応援すると決めても、諦めきれない気持ちもあった。でもあの笑顔を見たら、もう諦めるしかありませんよ。僕は、あなたに勝てないから」

「斗真、さん……」

「……僕があなたと話をしたいとお願いしたのは、それを確信付けたかったからです。あなたという人物を理解出来れば、完璧に諦めが付くと思って。そして、答えは出ました」

 

 右手で目元に浮かんだ雫を拭いながら、斗真さんは俺を真っ直ぐと見つめる。

 

「僕が彼女に告白したと言った後、あなたはとても心苦しそうに思い悩んだ顔をしていた。普通なら『だからどうした』と思う事だろうに、あなたは真剣に思い悩んだ。僕の……いや、多分それ以外の多くの事に」

「……そんなに顔に出てました?」

「ええ、それはもう。あなたは桜井さんの言ってた通り、とてもお人好しで優しい人みたいだ。きっと桜井さんは、あなたのそういうところが好きなんでしょうね……」

 

 と、悲しそうな笑みを再び見せる。だがすぐさま表情を引き締め、真剣な顔付きで俺の目を見る。

 

「世名さん……どうかそんな風に桜井さんの事を、真っ直ぐに、ひたすら真剣に考えてあげて下さい。……僕の事なんて、気遣わなくて結構ですから」

「斗真さん……」

「自分から言っておいて何様だって感じですけどね……でも、これが僕の気持ちです。真剣に自分の事を考えてほしい……それがきっと、彼女の望む事だから。それで例えあなたが桜井さんと恋人になる事を決めたとしても、僕はあなたを恨みません」

「……あなたは、それでいいんですか?」

「残念に思う気持ちは、当然無くは無いです。でも、その結末は彼女が最も幸せなものです。彼女が幸せになれるなら、僕は満足ですよ。好きな人が幸せになるなら、それがいい」

「…………」

「別に必ず恋人にしてやって下さいとは言いませんが、少なくとも彼女が納得出来る答えを出してあげて下さい。だから、真摯に向き合って下さい。あなたを好きでいる彼女……いや、彼女達に。僕みたいな人の事を考慮した上で出した結論なんて、彼女達は望んでいないはず」

 

 その真っ直ぐで、偽りの無い言葉を、斗真さんは俺にぶつけた。

 そうだ……俺が今考えなきゃいけない事はただ一つだ……誰を好きになるか、ただそれだけだ。なのに斗真さんみたいに彼女達を好いている他の者の事を気遣ってちゃ駄目だ。

 彼女達のように、好きな人を誰にも渡したくない――それぐらい強い愛情を、彼女達は俺に求めているはずなんだ。

 だったら、他人を気遣ってる余裕なんて無い。俺はただ、彼女達を見なきゃいけないんだ。誰かに恨まれようとなんだろうと。

 

「……ありがとうございます。なんだか、色々と気付けた気がします」

「……感謝を言われる筋合いはありませんよ。僕が余計な事を言わなきゃ、あなたは悩まなかったんですから」

「ハハッ、そうかもですね……俺、昔から事を必要以上に深く考えちゃうところがあって……斗真さんが思った通り、俺が彼女達の誰かと付き合ったら、彼女達を好きな他の人に申し訳無いなって考えちゃって……」

「本当、お人好しですね……普通そんな事考えませんよ」

 

 そう笑う斗真さんに釣られ、俺も笑みをこぼした。

 自分でもそう思う……余計な事まで考え過ぎだって……こんなんだから、いつまでも決断出来ないんだよな。

 

「……でも、斗真さんに言われて気付けました。そんな事考えてちゃ駄目ですよね……そんな考え持ってたら、彼女達は納得しない」

「ええ……それに、僕もその時はキッパリ諦めますよ。過去の恋にお別れして、新しい道を進みます。きっと、恋ってそういうものですから」

「……そうですね」

 

 そうだ、俺はいつも言ってるじゃないか。彼女達が新たな道に進めるように、彼女達が納得出来るような完璧な答えを出すって。そうすれば、彼女達だけじゃなくて、斗真さんのような人も新たな道に進めるかもしれないんだ。

 だから、俺がやる事はやっぱり一つだ。みんなの事を知って、誰か好きかをハッキリ決める――誰にも渡したく無いと思うような、強情な愛を見つけるんだ。

 まあ、その道はまだまだ先になりそうなんだよな……優柔不断なのは、そう簡単に変われないもんだ。

 

「……それじゃあ、僕はそろそろ行きます。もう、言いたい事は言えましたから」

「はい……本当にありがとうございました」

「……世名さん」

「何か?」

「……いや、なんでも無いです。では」

 

 頭を軽く下げて、斗真さんは娯楽室を後にした。

 何を言おうとしたのだろうか――それが少し気になったが、彼はそれを口にせずに口を閉ざした。ならばこちらから深く問い詰める事はよそう。

 

 まだまだ考える事や問題は山積みだ。それでも、少しずつ前に進めていると思いたい。俺の……いや、俺達の恋路は、確実に終わりに近付いている。

 誰を幸せにして、誰を不幸にするか――取捨選択の時がいつ来るのか、どんな結末になるのか……今の俺には、まだ分からない。

 でも、今はひたすら前を見て進もう。どんなに辛くても、立ち止まる事は絶対あってはならないのだから。

 

「……本当に、辛い立場だ」

 

 

 

 

 

 

 

 




 斗真との会話で、改めて自分の立場を実感した友希。辛い重圧に負けず、彼は無事に答えを出す事が出来るのか……それはもう少し先の話です。
 そして次回、とうとう修学旅行編完結です。










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