小学校卒業後、私と母さんは祖父母の下を離れ、再び白場へと戻ってきた。
そして私は新しい家での生活が始まってすぐに、弱虫で引っ込み思案な私から、強い私に変わる為に行動を開始した。
とは言っても、流石にすぐに強気な性格に変わるというのは難しいので、まずは見た目から変えていこうとした。
髪型を今までのおさげから、なんとなく活発なイメージのあるポニーテールに。そして眼鏡からコンタクトに変える事にした。
「ふぅ……やっと入った……」
初めてのコンタクトレンズに洗面台の前で格闘する事数分、ようやくレンズを上手く目に入れる事が出来て、私は息を吐く。
そのままどことなく目に違和感を感じながら、まばたきを数回繰り返し、私は目の前の鏡をジッと見つめた。そしてそこに映った、新しい私を見て――思わず、言葉を失った。
少し前までの私は、全体的にどんよりとした暗い見た目だっだ。毎回鏡を見る度に、陰湿な顔だと自分でも思っていた。だが鏡に映る今の私には、前まであった陰湿さが感じられなかった。
以前は眼鏡の奥で活気の無かった瞳は、自分でも驚くぐらい大きくなり、髪型もちょっと整えただけでかなり綺麗になった気がする。
別に美人になったとか、そこまで
「これが……新しい私……」
これでいきなり性格が変わったり、そういうのは無理だろう。だが、変わっていけると自信を持てた気がする。
きっと、生まれ変わる為のスタートラインには立てた。ここからが、雨里海子としての人生の始まりなんだ。
「よし……頑張れ、私!」
ほっぺを強く叩き気合いを入れ、私は再び鏡に映る私を見つめた。この姿に相応しい中身になれるようにと、強く心に抱きながら。
外見はとりあえず、これで申し分無い。次は内面だと、私は母さんと話をする為に、リビングへと向かった。
リビングに続く扉を開き、中に入ると、早速椅子に座る母さんが声を掛けてきた。
「ああ海子、ちょうどよかった。今日の夕飯なんだけど――って、あんた誰!?」
と、母さんは私の姿を見るや否や、目を丸くして大声を上げた。
「実の娘に向かって、それはどうなの……まあ、無理も無いと思うけど」
「ご、ごめんごめん……で、どうしたの?」
「これを機に変わろうって……そう、思って」
「……そっか」
母さんは静かに笑みを浮かべ、それ以上は何も言わなかった。
私がこんな性格なせいで、母さんにも心配を掛けたりもしただろう。これ以上母さんを心配させない為にも、ちゃんと変わらなければと、私は改めて心に誓った。
その為に、やるべき事がある。強くなる為に。
「それで、一つお願いがあるんだけど……」
「ん? 何?」
「その……私、道場に通いたいの! 格闘技の」
「道場? またどうして」
「少しでも、強くなりたいの。そういうのすれば、少しは変われるかと思って……」
いくら強気な性格になったとしても、体はろくに運動もせず、鈍りきった貧弱なものだ。本当の意味で強くなるには、肉体も強くなくてはならない。
それに、私はもう守られる側になりたくない。今度は誰かを守れるような……まさにヒーローのような存在になりたい。だから格闘技を習って、少しでも強くなろうと思ったのだ。
「そう……格闘技ねぇ……」
母さんは視線を落とし、考え込むように唸る。
やはり、母親としてはこんな私に格闘技をさせるのは心配なのだろう。私みたいなひ弱な者が、そう簡単に続けられるものでは無いから。
「……駄目?」
「……いや、全然いいわよ」
「え……いいの?」
「もちろんよ! 娘の挑戦を駄目! なんて言ったりしないわ。頑張りなさいよ」
「う、うん!」
「よろしい! ところで、どこの道場行きたいとか、決めてるの?」
その問いに、私はフルフルと首を横に振る。
「なら、丁度私の知り合いに、道場経営してる人が居るのよね。確か男女どっちも大丈夫なはずだから、頼めば入れてくれると思うけど、どう?」
「そうなの? ……じゃあ、お願いしようかな」
「オッケー。じゃあ早速連絡してみるから、ちょっと待っててね」
そう言うと母さんは携帯を取り出し、例の知り合いに連絡を掛ける。
「……あ、もしもし? お久しぶりです、水樹です」
すると繋がったのか、母さんは親しげな雰囲気で相手としばらく話し続ける。それ傍らで見守る事数分、母さんは携帯をしまって私に目を向ける。
「ど、どうだった?」
「オッケーだってさ。早速明日見学させてもらう事になったわよ」
「そっか……よかった……」
「フフッ……それにしても海子が格闘技をねぇ……なんだか歓心するわ」
と、母さんは微かに涙を滲ませながら呟く。
「……その、今まで心配掛けて、ごめんなさい。私、これから強くなれるよう……頑張るから!」
「海子……ええ! お母さん、応援するわ!」
「うん……!」
母さんが突き出した拳に、私も拳を突き出しぶつけた。
母さんは私と違って強い人間だ。いつか母さんのようになれるように、頑張れ、私!
◆◆◆
翌日――私と母さんは、早速例の道場に見学しに向かった。
我が家から徒歩三十分近くは掛かる場所にある、柔道や空手など、様々な格闘技を扱っている道場。あまり大きな道場では無く、人もそこまで多い訳では無かったが、私には丁度よかった。
通っているのも同年代が多いし、女子もそれなりに居た。雰囲気も悪くなかったし、ここなら私にピッタリかもしれないと思い、私はここに通うつもりで、一日見学させてもらう事にした。
しばらく見学をしていると、母さんが「ちょっと知り合いの人と話してくる」と席を外した。一人残った私は、皆が稽古する様子を、部屋の端っこで体育座りをしながらジッと見ていた。
これから私もあんな風に稽古をするのか。自分に耐えられるだろうかなどと、実際の光景を目の前にして、今更ながら不安に襲われていると――
「誰だ? あんた」
と、不意に誰かに声を掛けられた。突然な事にビクッと体を震わせてしまい、私は声が聞こえた方に慌てて顔を向けた。するとそこには、真っ白な胴着を着こなす一人の女子が居た。
黒髪ショートカットのどこか男勝りな雰囲気を出す、恐らく同年代か年上と思われる彼女は私の方をジッと見つめながら、再び口を開いた。
「見ない顔だね……もしかして、新入り?」
「えっ、あっ、えっと、その……きょ、今日は見学させてもらってて……」
「あー、見学ね。という事は、その内ウチに通うつもりなの?」
「そ、そのつもり……です」
「ふーん……学年は?」
「えっと……四月で、中学一年……です」
「お、マジで? 私と同い年じゃん!」
すると、その女子は突然嬉しそうにテンションを上げる。対して私は、彼女が同い年という事に衝撃を受け、思わず口をあんぐりと開いた。
顔立ちだけで言えば、まあ同い年と言えるだろう。だが、彼女の体型は私と違って、見事に女性のそれになっている。私はようやくほんの少し胸が出てきた程度なのに、彼女は胴着がはだけるほどデカイ。
てっきり彼女は一、二年は上だと思っていたが、まさか同い年だとは思わず、私は思わぬところで精神的なダメージを負ってしまった。
「ん? どしたの?」
が、そんな私が精神ダメージを受けた事は彼女が知っている訳も無く、不思議そうな顔をして私の顔を覗き込んだ。
「な、なんでも無いです……」
「そう? ならいいけど。にしても同い年かー。ここって私と同い年の女子居なくてさー」
「あ、そうなんですか」
「うん。だから、あんたが入ってくれるなら私も嬉しいよ! やっぱり同い年が居た方が楽しいしさ! あんた、名前は?」
「えっと……あ、雨里海子です」
「私は滝沢薫。よろしく!」
薫と名乗った彼女は、笑顔を作りながら私に手を差し出した。それに一瞬戸惑いながら、私はそれをそっと握った。
彼女と手を握った瞬間、私は思わずほくそ笑んだ。こんな風に同年代の女子と明るく会話をして、握手をするなんて初めてだったから。なんだか変われてる気がして、嬉しかった。
「ところで、海子はどうしてウチの道場に? ここあんまり有名でも無いしさ」
「えっと、母の知り合いが経営してるって聞いて……」
「あ、そうなの。でも、なんで今頃?」
「……強く、なりたくて。私、今まで凄く気弱で弱虫だったから……変わりたくって。もう、守られるのは嫌だから」
「ふーん……なんか、カッコいいじゃん!」
「えっ……?」
「強くなりたいとか、そういうのシンプルでカッコいいよ! いいなー、そういう理由みたいなの。私はただ格闘技好きだからやってるってだけだからさー」
と、頭を掻きながら苦笑する。
「うん、私応援するよ、海子のその努力!」
「滝沢さん……ありがとう」
「いいって事よ! あ、薫でいいよ。あと敬語もいらないよ。同い年なんだし、これから同じ道場に通うつもりなら、自然と友達になるだろうしさ!」
「友……達……?」
友達――ずっと憧れていた言葉に、私は思わず目を丸くした。
私と彼女が……友達に?
「……あれ? もしかして私と友達になんの、嫌だった? というか話し掛けてるの、迷惑?」
「そ、そんな事無い! その……私、ずっと友達居なくって……だからその……嬉しくて……」
「そ、そっかよかった……んじゃ、改めてよろしく! ……って事でオッケー?」
「う、うん! よろしく……薫!」
そう、私は初めて出来た友達の名を叫んだ。
今まで誰とも友達になれなかった私に、こんなに早く友達が出来た。それが私の大きな自信になった。これなら、私は変われる。彼女の……友達の力を借りながら。
「――で、海子は強くなりたいみたいだけど……どんな風に強くなりたいの? 物理的に? それとも、精神的?」
「一応、どっちもかな。昔、イジメられてたからさ……そんなイジメに屈しないぐらい強くなりたいんだ」
「なーる。……なら、もうちょっと覇気がある感じにしないと!」
「えっ……私、覇気無い?」
「ぶっちゃけ全然無い。声とか表情も張りが無くてなよなよしてるしさ。もっと力強い感じで、ハキハキとさ!」
言われてみれば、見た目が変わっても声や表情が弱々しかったら、何も変わらない。少しはそこらも意識しないと駄目かもしれない。
とはいえ、どんな感じにすればいいのか。なかなか思い浮かばず、私は頭を悩ませる。
「……誰かをイメージしてみればいいんじゃない?」
「イメージ?」
「そう。あの人みたいになりたい! とか考えれば、自然と近付けるんじゃない? 海子は憧れの人とか、近付きたい人は居るの?」
「憧れ……」
その時、私の頭に真っ先に浮かび上がったのは、彼の顔だった。
――その子にしてるみたいに、一人をみんなで攻めるなんて許さない!
そう、私をイジメから救ってくれた……私が変わろうと思うキッカケになった、世名友希の顔だ。私も彼みたいに、何かに立ち向かっていけるような……強い人間になりたい。
「…………」
「イメージ出来た?」
「……あ、ああ……大体、イメージ出来たかも……しれん」
と、語尾をちょっぴり変えたり、少しドスを利かせて落ち着いた感じで、声を出す。
「お、いい感じなんじゃない? 迫力出た」
「ほ、本当?」
「あ、また弱々しくなった。駄目だよー? 強くなりたいんなら、常に意識しないと」
「うっ……努力するよ……じゃなくて、努力する……」
今まで弱腰な喋り方だったので、こんな強気な口調は正直慣れないが……今後の為にも頑張らなくてはならない。
とりあえず薫を相手にして慣れようと、口調を意識しながら適当に話を振った。
「えっと……ああ言っていたが……薫には、憧れる人はいるの? いや……いるのか?」
「私? うん、一応ね。実は今の私の感じも、その人意識してんだよね。まあ、今じゃこれが私の自然体になってきたけどね」
「そ、そうなん……なのか。それってどんな人なの……なんだ?」
「この道場に通ってる、一つ上の先輩。その先輩スッゴく強くてさー。初めて見た時は震えちゃったよ。私もこの人みたいに強くなりたいなーって」
「へぇ……」
薫は目を輝かせながら、その憧れの人の事を話す。それを見ただけで彼女がどれだけその人物に憧れているか。そして、どれだけ素晴らしい人物なのかが分かった。
「そんなに凄い人なんだな……会ってみたいな」
「うーん、あの人最近はサボり気味だしねー。それにだらしないところもあるし、適当なとこもあるんだよねー。ぶっちゃけ、あれ? 私なんでこの人に憧れてんだ――って、思う事もあるんだよね。アハハハ!」
「――ほお? 随分な事言ってくれんじゃねーか、薫」
突然、私達の背後からドスの利いた声が聞こえてくる。すると、薫の顔が青ざめ、直後に誰かの腕が彼女の首を括った。
「つ、燕先輩……? め、珍しいですね、休みの日に道場来るの」
「鶴姉怒らせちまってさぁ。逃げるようにここに来た。んで……誰がだらしなくて、憧れて損するような人間だって?」
「い、いやそこまで言ってないですっで……それに、あれは軽い冗談ですから……」
「ふーん……まあいいや。暇だからちょっと手合わせしよーぜ」
「えっ。いや、ちょっとそれは遠慮――」
「いーからいーから! 中学生の厳しさを叩き込んでやる!」
と言って、突然現れた茶髪の女性は薫を無理矢理引きずり、歩き出した。私は薫が連れ去られる光景を、呆然としながら見送った。
「……フフッ」
しばらくして、私は思わず笑い声をこぼした。これからの生活が、楽しくなりそうな気がして。
◆◆◆
道場見学から三日後、私は正式にその道場に通う事になった。
薫や、彼女が憧れる存在である太刀凪先輩ら、多くの人に支えられながら、私は強くなる為に道場で厳しい稽古を受けた。
だが、初心者がそう簡単に出来る訳が無く、最初は失敗ばかりで怪我をしたり、厳しい稽古に耐えられず涙を流す事も多かった。
それでもめげずに、強くなる為に春休みの間はほぼ毎日、道場に通い続けた。
そんな生活に少しずつ慣れてきた頃、ようやく春休みが終わり、中学生活が始まった。
真新しい制服に袖を通し、緊張しながら通学路を歩く事、数十分――これから三年間通う事になる、乱場学園中等部に辿り着いた。
目の前に広がる大きな校舎。周りに集まる、多くの生徒。私はゴクリと唾を飲み、高鳴る胸に手を当てた。
大丈夫、この数日で私は変われた……中学では、新しい自分として学園生活を謳歌出来る。薫も同じ学校らしいし、大丈夫!
「……よし!」
気を引き締め、私は校門をまたいだ。これが、新たな一歩だ。
そのまま周りの生徒と同じように、クラス分けが張り出されていると聞いている場所へ向かう。しばらく歩くと、人集りを発見。その正面には、クラス分けと思われる物が。
私は人混みの後ろの方から、目を凝らして自分の名前を探す。私は雨里だから、きっと前の方に書いてあるはずだ。
「雨里……雨里……あった! B組か……あ、薫の名前もある」
唯一の知り合いの名前を見つけた事に一安心してから、他のクラスメイトの名前もざっくり確認してみる。
「……彼の名前は、B組に無いな」
彼とはもちろん、世名友希の事だ。ここは白場でも一番人が多い中学だから、居ると思ったんだが……そう上手くは行かないようだ。
だが、もしかしたら他のクラスに居るかもしれない。私は早速B組以外を確認する為に、少し場所を変えようと動き出す。
「キャッ……!」
が、正面を見ながら移動してしまったせいで、隣に人が居るのに気が付かず、ぶつかって転ばせてしまった。
「あっ……ごご、ごめんなさい! だ、大丈夫ですか……!?」
思わぬ事につい口調が以前のものに戻ってしまったが、そんな事すら気にする暇も無く、私は転ばせてしまった相手に手を伸ばす。
「イタタ……だ、大丈夫です……こっちこそ、ごめんなさい。ちょっとぼーっとしてました」
その相手の女子はお尻をさすりながら、私の手を取る。そのままグイッと引っ張って彼女を起こし、私は再び彼女に詫びの言葉を掛ける。
「その、本当にごめんなさい……」
「いいんです、怪我もしてませんから。そっちは平気ですか?」
「あ、平気、です!」
「そうですか……よかった」
と、彼女はホッとしたように顔を綻ばせた。私は思わず、その顔をジッと見つめてしまった。彼女が、あまりにも美しくて。
女性の私から見ても、その女性はとても美人だった。綺麗に整った顔に、艶やかな黒髪。まさに、大和撫子という言葉が似合う女性だった。
同年代にこんなに綺麗な女性が居るなんてと、驚愕とほんの僅かな憧れに目を奪われていると、その女性が小さく首を傾げた。
「えっと……私の顔に何か?」
「えっ……ああ、いや……なんでも」
「そうですか?」
「おーい、ゆっちゃーん!」
「あ、由利だ。すみません、私はこれで」
ペコリと頭を下げて、彼女はこの場を立ち去った。私はその後もしばらく、呆然とその場に立ち尽くした。
「お、居た居た! 海子ー……って、どしたのぼーっとして」
「あ、ああ、薫か。いや、なんというか……」
目の前に姿を現した薫の顔から、私は視線を落とし彼女の胸を見た。
「何?」
「……私は、女性としてまだまだ平凡なんだろうな」
「は?」
同年代でもあんな美人が居て、こんな巨乳も居る。……世の中とは理不尽だなと、心からそう思った。
「それはそうと、私と海子、同じクラスだったな」
「んっ……そうだな。少し、安心したよ」
「私も嬉しいよ。そんじゃあ、まずは教室に行くみたいだから、さっさと行こうぜ」
「えっ? あ、ああ……」
「なんだ? なんかあんのか?」
「いや……なんでも無い。行こうか」
まだ彼の名を確認出来ていないが、いずれ会う事が出来るだろう。今はそう思い、薫と共に教室へ向かう事にした。
校舎に入り、教室に辿り着くと、そこには既に多くの生徒が集まっていた。とりあえず私達は黒板に書いてあった、出席番号順の席へ荷物を置き、私は薫の席へ向かった。
「あれ? あなた……」
すると、不意に薫の席の隣から、聞き覚えのある声が届いた。それに首を回すと、そこには先ほど出会った黒髪の美女が座っていた。
「あ、さっきの……!」
「やっぱり、さっきの……同じクラスだったんですね」
「なんだ海子? 知り合いか?」
「あ、いや……さっきちょっとな。その……怪我は大丈夫か?」
「なんとも無いですよ。それにしても、驚いた。こんな縁もあるんですね」
と、彼女はクスリと微笑む。やはり何度見ても、恐ろしいぐらいの美人だ。本当に同じ人間なのか、疑いたくなる。
「ほー、随分な美人さんと友達になったな、海子」
「い、いや、別に友達になった訳では……」
「――やや? ゆっちゃんが見知らぬ女子とお話してる。珍しい」
と、またまた聞き覚えがある声が私の耳に入り込む。視線を動かすと、こちらへ歩み寄る、おっとりとした雰囲気の女子が一人。
「ゆっちゃんが自分から誰かに話し掛けるなんて、珍しいねー。もしかして、私の知らないお友達さん?」
「ううん、さっき知り合ったばっかりだよ」
「そっかぁ。あ、私はゆっちゃんのお友達の川島由利です。どうぞよろしくねぇー」
「あ、私は滝沢薫」
「ど、どうも……雨里海子です」
どことなく不思議な雰囲気をまとった彼女に少し困惑していると、不意に彼女は下唇に指を押し当てながら、うーんと唸る。
「な、何か?」
「あなたはー、海子だからみっちゃん。そっちは、薫ちゃんだね」
「み、みっちゃん?」
「ご、ごめんなさい。彼女、すぐ人にあだ名付ける癖があって……」
「あだ名って、私だけあだ名じゃねーぞ?」
「だって、かっちゃんもたっちゃんも男っぽいなーって」
「ああ、なるほど……じゃあ薫ちゃんでいいか」
と、薫は納得したようにうんうんと頷く。
「薫ちゃん、なかなか面白いねー」
「そっちも面白いじゃん。同じクラスとしてよろしくな!」
「よろしくねー。みっちゃんも、よろしくねー」
「え? あ、ああ、よろしく……」
「全く由利は……勝手にごめんなさい」
「いいって全然! 友達が増えんのは良い事だしさ! な、海子!」
「ま、まあ、そうだが……迷惑だろう」
私と彼女では、釣り合わない気がしてそう口にしたが、彼女はそれを否定するように首を横に振った。
「そんな事無いですよ。私、色々あってあんまり友達は多い方じゃ無いし……仲良くしてくれたら、私も嬉しいです」
「そうそう! 折角の機会なんだか、仲良くやろうぜ!」
「やろー」
「二人とも……もう打ち解けているな……でもまあ、そういう事なら……」
「うん。是非、お願いしたいな」
スッと、彼女は私に向かい手を伸ばす。
「私は天城優香。えっと……薫に海子……でいいのかな? よろしくね」
「……こちらこそ、よろしく」
その手を、私は嬉しさを感じながら握った。こうして私は新たな友――由利と優香に出会ったのだった。
◆◆◆
中学生活が始まり、早くも二ヶ月近くが経った。
寂しく暗かった小学校時代と違い、中学生活は毎日が明るく楽しい日々だった。薫に由利、そして優香と毎日のように遊び、私の誕生日には誕生日パーティーも開いてくれた。
そんな潤いに満ちた生活は、まさに私の望んでいたものだった。道場での稽古の日々にもだんだん慣れてきて、上級生相手にも試合で勝てるまでに成長していた。
性格も少しは強気になったと言えるレベルにはなったし、私が目指す強い雨里海子に向かって、私は確実に成長していた。
だが、まだ叶っていない事もある。それは、彼との……世名友希との再会。
あれから他のクラスを覗きに行ったりしたが、見つける事は出来ずにいた。そもそも、この学園に居るかも確認出来ていない。
他の者に聞いてみるという手もあったのだが、それは少し恥ずかしかったので、行動に移す事が出来ずにいた。
今の私なら、自信を持って彼の前に立つ事が、思いを伝える事が出来る……はず。
だから後は彼に会うだけ。それだけなのだが、いつまで経っても出会う事が出来ずに――とうとう夏休みまで残り一週間という時が来てしまった。
「もうすぐ夏休みだねー」
その日の昼休みに、優香達と弁当を食べながら、夏休みの事について話していた。
「あっという間だったなー、なんか。ねえ、夏休みはどうするか決まってる?」
「私は……特に予定は無いかな。海子は?」
「田舎の祖父母の家に、一週間ほど帰省するぐらい……だな。それ以外は特に」
「ほー、田舎……由利は?」
「私も特に無いなー。でも、みんなと海とか行きたいねー」
「おー、海いいじゃん! 浜辺でバーベキューとか、最高じゃん!」
薫が涎を垂らしながら、ニヤニヤ笑う。
海で友達とバーベキューなど、去年までなら夢のまた夢だったが、今はそんな事も夢じゃない。
「……私もこのメンバーで、海に行ってみたいな」
「お、海子も乗り気? 優香はどうよ?」
「海か……いいけど、ちょっとな……」
「何? 海嫌い?」
「海っていうより、夏休みシーズンの海が嫌なんだよ、ゆっちゃんは。ほら、ナンパとか多いし」
「あー、優香美人だもんな。そりゃ青春求めるナンパ男共が黙ってないよな」
ナンパか……私は経験した事が無いからよく分からないが、確かに優香にはそういった輩が集まりそうだ。
「そんな多い訳じゃ無いけど……中にはしつこい人とかも居るしさ」
「だよなぁ……でも、安心しなよ! もし優香をナンパしようとする男共が居たら、私達が蹴散らしてやるよ! なあ海子」
「え? ……ああ、そうだな」
私は誰かを守れるような強い人になる為に、格闘技を始めたんだ。友達の優香が困ってるなら、身に付けた力を彼女を守る為にも使うべきだ。
「海子、薫……うん、ありがとう」
「いいって事よ! んじゃ、とりあえず海行くの決定って事でいいか?」
「私はオッケー」
「私もいいよ」
「もちろんだ」
「おっし! んじゃ夏休みはみんなで海だー!」
みんなで海、か……まさか私がそんな事を出来る日が来るとは、思ってもいなかった。
だが、わがままを言えば……夏休みまでに彼と再会し、付き合うという段階になっていなくても、友達として海に行ったりしたかったな――そう、心の中で少し残念に思っていた、その時だった。
「オーイ! 裕吾、翼、友希! 早く来いよ!」
と、廊下から男子の叫び声が聞こえた。その声を聞いた瞬間、私は我を忘れて席から立ち上がった。友希という……彼と同じ名を聞いて。
「海子……? どうしたの?」
不思議そうに声を掛けてくる優香を気に留めず、私は廊下に向かい走り出した。慌てて辺りを見回し、彼が居ないか探す。
「――はいはい……たくっ、うるせーな」
次の瞬間――その声が、私の真横から聞こえてきた。
「……ッ!」
慌てて首を回すと、三人の男子生徒が私の目の前を通り過ぎた。その内の、一人の顔を視界にしっかりと捉えた瞬間、私の時が、一瞬止まった。
成長して、声も顔立ちも変わっている。だが、あの見覚えのある横顔……間違えない。彼はあの時私を救ってくれて、私が変わるキッカケをくれて、私の恩人であり、思い人――世名友希だ。
彼は当然私の事には気付かず、友人と思われる二人の男子と共に廊下の先へ進んでいった。その彼の後ろ姿を、バクバクと高鳴る鼓動を必死に手で押さえ込みながら、見つめ続けた。
「どーしたのよ海子。急に飛び出して」
「……見つけた」
「……何を?」
とうとう見つけた……ずっと探し続けた、ずっと思い続けた彼を。ようやく……再会出来た!
こうして私の恋路は――再び動き始めた。
再び戻った白場の地で出会った新たな友達、そしてとうとう友希を見つけた海子。彼女は一体どうするのか、次回に続く。
そして、ここで少し追記と言う名の言い訳。
以前、海子の初デート回辺りで海子のセリフで「優香が中学で初めて出来た友達」と書いてたんですが、今回の話の通り最初の友達は薫でした。(そのセリフは、現在は修正済み)
話も長くなってきたので、このように矛盾するところが今後も増えるかもしれません。作者の技量不足、大変申し訳無い。
とりあえず、海子の初めての友達は薫が正しいです。なんだかこの二人の方が唯一無二の親友感ある気がする。
ともかく、次回もお楽しみに。