モテ期と修羅場は同時にやって来るものである   作:藤龍

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レイン・チェンジ 前編

 

 

 

 

 

 

 

 昔の私――まだ蒼井の姓を持っていた頃の私は、とても引っ込み思案な女の子だった。

 口数も少なく、人前で言葉を発するのは授業で先生に指名された時ぐらいで、おさげに眼鏡という根暗な見た目も相まって、誰も話し掛けてこようともせず、当然友達も居なかった。

 放課後は一人でそそくさと家に帰り、部屋にこもって漫画やアニメを見るだけ。外でかくれんぼや友達の家に集まりおままごとなど、私にとっては夢でしかなかった。

 

 簡単に言い表すならば、一人ぼっち。我ながら寂しすぎる生活だった。

 そんな潤いの無い生活を過ごしていた私だが、幸せな事はある事にはあった。同年代の友達は居なくても、家族は優しかった。だから私は、人生にそこまで絶望せずにいられた。

 

 だが、その微かな幸せもいつの日からか崩れ始めた。

 

「休みが取れなかったって……どういう事よ!」

 

 放課後。いつものように寄り道もせずに真っ直ぐ家に帰った私の耳に、母の怒鳴り声がいきなり飛び込んできた。その声が聞こえたリビングに恐る恐る向かうと、そこにはエプロン姿の母と、スーツ姿の父が居た。

 

「そのままの意味だ。ここ最近は仕事が忙しいんだ」

「あなたね……もうすぐ海子の誕生日なのよ! 父親として、休みぐらい意地でも取りなさいよ!」

「仕方無いだろう! 今は大事な時期なんだ! どうしても休めないんだ!」

「どうしてもって……あなた、家族と仕事とどっちが大切なのよ!」

「その家族の為に仕事してるんだろうが! 何もしてないお前に何が分かる!」

「何もしてないって……私だって毎日毎日家事して、家計を守ってんのよ! 家の事何もしてないのはあんたの方でしょうが!」

 

 母は父の胸ぐらを掴み、喉が潰れそうなほど大声で叫んだ。その光景に、私は辛くて目を伏せた。

 私が小学二年生になって、一ヶ月ほど経った頃だ。父の仕事が忙しくなり始め、家族の時間がだんだんと無くなっていった。

 そしてそのすれ違いが原因で、母は家事の、父は仕事のストレスが溜まったせいか、二人はよく喧嘩をするようになった。

 

「……そろそろ仕事に戻る。しばらくは家にも帰ってこれないから、夕飯はいらん」

「あっ、ちょっと待ちなさい! 話はまだ……あぁ、もうっ!」

 

 母の制止も無視して、父は慌ただしく外へ出て行った。すると母は近くのテーブルを、八つ当たりするように力強く叩き、髪をくしゃくしゃに掻き乱す。

 その母の姿を、私は扉の陰からジッと見ていた。すると母がこちらに気が付いたのか、ハッとこちらへ目を向ける。

 

「ああ、お帰りなさい海子。おやつあるけど、食べる?」

「……いらない。宿題するから」

「ああ……そう。頑張ってね」

 

 どこか気まずい、短い会話を交わしてから、私はとぼとぼと自分の部屋へ向かった。

 両親の間にはかつてあった愛は無くなり、見ているだけで心苦しい光景が、私の家庭に出来るようになってしまった。私は唯一の幸せさえ、失ってしまった。

 

 そしてさらに、追い討ちのように新たな不幸が、私に襲い掛かった。

 それは小学三年生の春。新たなクラスになっても、相変わらず私の交友関係は変わらず、一人ぼっちな日常が続いていた。

 それだけならよかった。だが不幸な事に、私は同じクラスに居たイジメっ子のグループに目を付けられてしまい、イジメのターゲットとなってしまったのだ。

 あんな根暗な格好をしていたのだから、当然といえば当然の結果かもしれないと、今は思う。ともかく、それから私の学校生活は変わった。

 

 朝、学校に行けば下駄箱に上履きが無いなんて日常茶飯事。時々あったとしても、中に画鋲が入ったりしていた。教室に行けば自分の席に椅子が無く、机の中に置いていたノートには幼稚な落書きが書かれていた。

 他にも歩いている時に足を引っ掛けられて転ばされたり、単純に暴言をぶつけられたり――思い出したくも無い辛い経験をしてきた。

 幸いと言うべきか、相手も小学生という子供だからそこまで酷い仕打ちは無かったし、そのイジメっ子グループは他の子も標的にしていたらしく、私だけ毎日集中的にという事も無かった。

 だが当時は私も子供。そのイジメがとっても辛くて苦しくて、毎日毎日人知れず泣いていた。

 

 誰かに相談すればよかったかもしれない。だが私には友達も居ないし、先生に告げ口する勇気も無かった。

 唯一頼れる存在である両親も、家に帰れば喧嘩をしているか不機嫌そうにしているかで、声を掛ける気になれなかった。

 当時の私に出来た事は、アニメや漫画を見て現実逃避をするだけだった。朝にやっているヒーロー物が大半で、ヒーローが悪者をやっつけているのを見るのが、楽しかった。

 そして何度も思った。私もこんな風に、悪者をやっけられるぐらい強かったらな。そして、いつか私の下にもこんなヒーローが来ないかな――と。

 

 

 そしてその願いは、すぐに叶う事になった。

 

 

 あれは三年生に上がって数ヶ月経った頃。相変わらずイジメを受けていた私は、ある日の放課後にそのイジメっ子グループのリーダーの女子に呼び出された。

 行きたくない気持ちは当然あったが、行かなかったら酷い仕打ちが待っているだけだと分かっていた。だから私は逆らわずに、呼び出しを受けた校舎裏へ一人で向かった。

 そこにはいつも私をイジメている、女子グループが四人。ビクビクと縮こまりながら姿を見せた私に、グループのリーダーである女子が、口を開いた。

 

「へぇ、逃げなかったんだ。えらいじゃん」

「……な、なんの用?」

 

 私の弱々しい問い掛けに、そのリーダーはイジメっ子らしい笑みを浮かべた。

 

「別にぃ、ただムカついてたからさー。同じクラスの桜井っているでしょ? あいつ、私達が何しても、次の日には明るく笑ってるんだもん」

「そ、それがなんなの……?」

「だ、か、ら。それで私ムカついてるの。だからあなたを呼んだの。なんだっけ、ほら……」

「……それ、ただの八つ当たりだよね……?」

「ああ、それそれ! そのやつあたり? のためにあんた呼んだの! あんたが一番イジメてて楽しいんだもん!」

 

 リーダーの言葉に、周りの女子――いわゆる取り巻き達が笑う。

 つまり私は他の子をイジメても反応が薄かったから、そのイラつきを解消する為に呼ばれたという訳だ。ふざけるなと、言い返してやりたかった。

 たけど、そんな勇気は私には無かった。涙を滲ませて、ジッと俯く事しか出来なかった。

 

「そう、それそれ! その反応が見てて楽しいんだよねー!」

「…………」

「ねえねえ、今日は何するー? 水とか掛けちゃう? それとも、顔とかぶん殴っちゃう?」

「えー、それはマズいんじゃなーい?」

「バレちゃうもんねー。あ、お腹とかならいいかも? アハハ!」

 

 楽しそうに私に行う仕打ちを話し合うイジメっ子達。それを私は黙って聞いているしか無かった。

 逃げ出したい。だけど足が動かない。言い返したい。だけど声が出ない。彼女達を殴ってやりたい。だけど手が動かない。

 何も出来ない。弱虫な私には、勇気も力も何も無かった。今日も彼女達に散々イジメられて、一人寂しく家に帰るんだ――そう思った、その時だった。

 

「――オイ! 何してるんだよお前ら!」

 

 私達以外誰も居なかったはずの校舎裏に、男子の大声が響き渡った。

 その声に女性グループは話し合いを止めて振り返り、私も彼女達の視線の先へ目を向けた。そこには、鋭い目で彼女達を睨み付ける、一人の男子が居た。

 

「な、何よあんた……?」

「お前ら、こんなところで何してるんだよ」

「な、何って……友達同士で集まってるだけよ?」

「……その子に水掛けるとか言ってただろ?」

 

 彼の言葉に、リーダーの女子は言葉を詰まらせる。

 

「そ、そんなの冗談よ冗談。本気なわけないでしょ?」

「ウソだ。俺知ってるぞ、お前らが色んな子をイジメてるの」

「なっ……!?」

「あっ、思い出した……こ、こいつ桜井の幼なじみですよ!」

「あいつの? まさか……私達の事を……」

「そうだよ。お前らが陽菜や、色んな子をイジメてるってウワサ聞いて、調べてたんだよ。知り合いに協力してもらって」

 

 その言葉に、リーダーの顔色が明らかに悪くなる。

 あの強気で、私は刃向かう事すら出来なかった相手が、たった一人の男子に圧倒されている。その光景を、私は後ろから呆然と見ている事しか出来なかった。

 

「よくイジメなんて酷い事出来るもんだよな……俺、許す気無いからな」

「な、なによそれ! あんたは関係ない事でしょ!?」

「確かに、直接関係あるわけじゃないよ。だけどな、俺はイジメとかそういうの嫌いなんだよ! その子にしてるみたいに、一人をみんなで攻めるなんて許さない!」

 

 と、彼はまるで自分の事のように怒りをぶちまけた。その激しい剣幕に、リーダーの女子は怯えたような表情を浮かべ、振り絞った声と共に彼を指差した。

 

「い、いい気にならないでよ! わ、私には中学生のお兄ちゃんが居るんだから! す、スッゴく強いんだから! あんたなんか、私が頼めばケチョンケチョンにしてくれるんだから!」

「やってみろよ。どっちが悪いかなんて最初から決まってるんだ。俺が先生にこの事話したら、どうなると思う?」

「うっ……」

「中学生と大人、どっちが強いか分かるだろ?」

「うぅ……」

「もしこれ以上誰かをイジメたりしてみろよ。……俺の知り合いにインターネットに詳しい奴が居るからさ……お前らのウワサ、あっという間に広められるぞ? 弱い者イジメをする、イジメっ子グループ――って」

「うっ……このぉ! 覚えてなさいよー!」

 

 彼の言葉責めに耐えきれなくなったのか、グループのリーダーはそんな捨て台詞を泣きながら吐いて、走り去っていった。取り巻きの女子達も慌てて彼女の後を追い掛け、姿を消した。

 

「フンッ、偉そうにしといて、弱っちい奴。そんな奴がイジメなんてするなよ」

「…………」

 

 いつも私をイジメていた彼女が泣きながら走り去った光景に、呆然とするしか無かった。何が起こったのか、理解が追い付かなかった。

 

「おい、大丈夫か?」

 

 そんな呆然とする私に、彼女を追い払った張本人である彼が声を掛けてきた。

 

「あいつらに何かされたりしなかった? ケガしたりしてない?」

「えっ……あ、うん……大丈夫……」

「そっか……よかった!」

 

 と、彼はニコッと笑顔を浮かべた。その笑顔に、私は目を奪われた。

 どうして彼は、なんの接点も無い私に対してこんな笑顔を浮かべてくれるのだろう? どうして、私を助けてくれたのだろうと。

 それがどうしても知りたくて、私は勇気を振り絞り、彼に問い掛けた。

 

「……どうして……私を助けてくれたの?」

「助けた? 別にそんなつもりは無いけど……俺はただ、イジメが嫌いだからあいつらにお仕置きしたかっただけだし。でもまあ、それが君の助けになったのならよかったよ」

 

 再び、彼は満面の笑顔を浮かべた。

 今まで、こんな笑顔、家族以外に向けられた事が無かった。優しくて、暖かくて、安心するような――そんな笑顔。

 

「……あの」

「あ、ごめん! 俺そろそろ行かなきゃ! やらなきゃいけない事あるし!」

「えっ……あ、待っ――」

「家に帰って、お母さんとかにちゃんと言えよなー! もしもし裕吾? 例のイジメっ子達が誰だか分かったから情報――」

 

 彼にちゃんとお礼を伝えようとしたが、その前に彼は電話を掛けながら慌ただしく立ち去ってしまった。

 

「あっ……行っちゃった……」

 

 追い掛けようとも思ったが、その時には既に彼の姿は見えなくなり、私は伸ばした手を下ろし、その場に立ち尽くした。

 

「……まるで、ヒーローみたいだったな」

 

 彼はアニメや漫画のヒーローのように、イジメっ子達を撃退してくれた。見ず知らずの私を、助けてくれた。私はそれが嬉しくて仕方なかった。初めて、私に味方してくれる人が出来て。

 

「……今度、ちゃんとお礼言わないと」

 

 それが私の、彼――世名友希との出会い。そして、恋路の始まりだった。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 あの日以降、私に対するイジメは嘘のように無くなった。

 どうやらあの後に彼がイジメっ子グループの事を先生に伝え、さらに彼女達の家に向かい、家族にまでイジメの事実を伝えたらしい。

 そのせいであのイジメっ子グループの彼女達は先生や親にこっぴどく叱られたのだろう、彼女達はあれ以来とても落ち込んでいた。ちなみにその三日後に、彼女達とその両親が私の家に来て、イジメの事を謝りに来たりした。

 何はともかく私のイジメとの付き合いは、予想以上の結果で終わりを告げた。それもこれも全て、彼のお陰だ。

 

 この感謝の気持ちを彼に伝えたい。そう思っていたのだが、それはなかなか実行する事が出来なかった。

 彼自身は私と同じクラスだったので、礼を言うのは簡単だっただろう。だが、私は内気で話す事に慣れていない。だから真正面から礼を伝える事が恥ずかしく、上手く思いを伝えられずにいた。

 いつかちゃんと伝えなければ――そう心の中でお礼を伝えるシミュレーションをする日々が、それからずっと続いた。

 

 そしていつしか、私はほとんど毎日彼の事を考えるようになった。お礼の対象としてでは無く、別の対象として。そう――恋愛対象として、彼の事を考えるようになった。

 私を救ってくれた、味方になってくれた彼に、私は恋をしていた。初めての恋という感情に、私は人知れず喜び、悩んでいた。

 いつの日かこの思いを告げたい――その思いを抱き、勇気が出る日を待った。

 

 

 しかし、私の勇気が出る前に、そのチャンスは無くなってしまった。

 あれはイジメが無くなって数ヶ月後――突然、私は両親からある事を告げられた。

 

「べ、別居……?」

「ええ。来週から、海子は私と一緒に長崎の実家に引っ越してもらうわ」

「そんな……急に、そんな事言われても……」

「私達の勝手なのは分かってるわ。でも、これ以上私達が一緒に暮らしてても、家庭がどんどん酷くなるだけ。だから、分かってほしいの」

「これは俺達、そして海子の為でもあるんだ。今のままじゃ、家族の事を理解する事も出来ない状況だからな」

「……ごめんね、海子」

「……ううん、分かったよ……」

 

 正直、この日が来るとは思っていた。この家庭は、もう長くないと。

 だが、こんなに早く来るとは思っていなかった。私は物凄く後悔した。もっと早く、勇気を出していればよかったと。彼にお礼ぐらいは、言いたかったと。

 

 しかし結局、情け無い事に私は転校当日まで勇気を出す事は出来ずに、私は彼に礼を告げる事が出来ないまま――白場を去る事になったのだった。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 白場を離れた後、私は母と長崎の祖父母の家に住む事になった。

 新しい土地での、新しい生活。だが私の周りの環境はあまり変わらなかった。そう、私は相変わらずの一人ぼっちだった。

 新しい土地に来たからといって性格が激変する事は無く、引っ込み思案のまま。そんな性格で新しい友達が出来る事も無く、私は新しい学校でも寂しい一人ぼっちの日々を過ごす事になった。

 唯一幸せだったのは、クラスにイジメっ子などは居らず、イジメられる事の無い平和な毎日を過ごせたという事だろう。

 

 学校は平穏で、家に帰れば祖父母と楽しくお喋りも出来たし、母も仕事は忙しそうだがよく笑うようにはなった。正直白場に居た頃よりも、楽しい生活だったと言えるだろう。

 それでも、どこか心の中に引っ掛かる物が、いくつかあった。

 一つは本当にこのままでいいのかという思い。イジメも無く、平穏な日々だが、それ以上でもそれ以下でも無い。幸せだと思う事はほぼ無い。幸せが無ければ、それは不幸と同じではないか。

 このまま何の刺激の無い、こんな静かな人生でいいのか。私が変わろうとすれば、もっと世界が明るく輝くのではないかと、悩み始めた。

 

 そしてもう一つは、彼に――私をイジメから救ってくれた世名友希に、お礼、好きだという思いを伝えられなかったという心残り。

 もう関わる事など無いだろうから、忘れてしまおう。そう何度も思ったが、どうしても彼を忘れられなかった。彼のあの笑顔が、頭を離れなかった。

 感謝を、愛を彼に伝えたい。それが毎日のように、私の心に浮かんでいた。

 

 

 そんな感情を抱きながら時は流れ――小学校卒業まで残り数日という、ある日。母さんは私に、ある言葉を告げた。

 

「海子。母さんね……父さんと、正式に離婚する事になったわ」

「……そっか」

 

 離婚。その言葉に、私はそれほど驚きを感じなかった。そうなるだろうと、思っていたから。

 

「あの後何度か話し合ったんだけど、やっぱりもう一緒に暮らすのは無理だって事になってね。キッパリ別れるのが、今後の為だって」

「うん……分かってるよ」

「ありがとう……という事で、あなたは今日から蒼井海子じゃ無くて、雨里海子になる訳だから、名前書く時とか間違えないでね?」

「あ、そっか……」

 

 離婚するという事は、今まで慣れ親んだ蒼井という姓とお別れなのか。そう思うと、ほんの少しだけ寂しかった。

 まあそれでも、何かが大きく変わる事は無いだろう。そう思った矢先、母さんが続けて口にした。

 

「それで、もう一つ言っとく事があるんだけど……実は、また引っ越そうと思ってるのよ」

「引っ越し? どこに?」

「えっとね……白場に戻ろうと思ってるの」

「えっ……白場に?」

 

 思いもしなかった言葉に、私は大きく反応を返した。

 

「ええ。私、あの街は気に入ってたからさ。海子が良ければ、戻ろうと思ってるんだけど……どうかしら?」

「白場に、戻る……」

 

 その時、私の頭に一番に浮かび上がったのは、彼の笑顔だった。

 もし白場に戻ったら、彼に会えるのではないか? そしたら、今度こそ感謝の気持ちを伝えられるのではないか?

 会えるかなんて分からない。彼の方はきっと私を忘れているだろう。だけど、それでも、僅かなチャンスが出来た。あの時伝えられなかった言葉を、伝えるチャンスが。

 

「……うん、いいよ。私も、白場に戻りたい」

「本当? それじゃあ、引っ越すって事でいい? また、転校する事になるけど……」

「丁度来月から中学だし、別にいいよ。……友達も居ないし」

「……そっか。じゃあ、決まりね。詳しい事はまた今度ね」

 

 友達なんて居ない。思い出も少ない。だけど嬉しかった。彼に再会出来るかもという、淡い期待だけで、私の心は喜びに満ちた。

 

 だが同時に、こうも思った。このままでいいのか、と。

 今帰って、もし彼と再会したとして、私は言葉を告げる事が出来るのか? あの時勇気を出せなかったのに、何も変わっていない今の私が、勇気を出せるのか?

 きっと無理だ。彼を前にしても、結局勇気が出せずに終わるだけだろう。それにもしかしたら、向こうでまたイジメを受けるかもしれない。

 今のままでは駄目だ。今のまま白場に帰っても、私は何も出来ない。変わらなければ……もっと強く、勇気が出せるように。

 

 そう、アニメや漫画のヒーローのように。そして彼のように、何かに立ち向かっていけるような、強い人間に。

 

「……変わるんだ。弱虫な蒼井海子から……強い、雨里海子に――!」

 

 

 

 

 

 

 




 イジメに家庭崩壊と、なかなかにハードな人生を送ってきた海子。そんな彼女を救ったのは、一人の少年。
 次回、弱虫な自分から強い自分に生まれ変わる為に、海子が奮闘します。暫し、お付き合いを。





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