いつもの自宅の自室では無く、赤坂旅館の客間で裕吾達と共に目を覚まし、修学旅行二日目が始まりを告げる。
昨日の夕飯の時と同じく、大広間にて朝飯を頂き、先生達から本日の予定をざっくりと告げられてから、班行動へ出発する。
班行動の内容は昨日と同じく、大体は有名な寺巡り。正直言って昨日とあんまり代わり映えも無かった。それでもまあ、それなりには楽しめた。
そんなこんなで本日の……というより、この修学旅行での班行動は全て終了。ここからは完全な自由行動だ。
同じ班の海子以外の女子二人は、これから他の班の友達と予定があるというので、班行動が終わってすぐに別行動を取る事に。
そして残った俺、裕吾、海子の三人は、前日に決めていた通り、陽菜達と京都を回る為に待ち合わせ場所を目指す。
「あ、友くーん! こっちこっちー!」
待ち合わせ場所をスマホで調べながら三人揃って歩き、目的地に近付いてきたその時、前方に元気良く手を振る陽菜の姿が見えた。近くには彼女と同じ班である天城と川嶋の姿もあった。
「悪い、待たせた」
「ううん、全然待ってないから平気だよ! それにまだ他のみんなは来てないし」
「そうか。では、もう少し待つとするか」
海子の言葉に頷き、人通りの邪魔にならない道の端の方へ移動し、残るメンバーを待つ事に。
適当にスマホをいじったり、辺りの景色を眺めながら待っている間、ふと陽菜からこの後の予定を一切聞かされていない事に気が付く。
彼女はオススメのスポットを案内してあげる――的な事を言っていたが、詳しい場所は聞いてない。 一応聞いといた方がいいかもしれないな。
「なあ陽菜、これからの予定って決めてるのか? 結局細かい事聞いてないけど」
「うーんっと……恵理香ちゃん達との待ち合わせもあるし、あんまり遠出は出来ないから……待ち合わせ場所の近場を回ってみようかなって」
「随分とざっくりとしたプランだな……確かその友達との待ち合わせ場所は、近くの公園だよな?」
「うん! スッゴい広い公園なんだよ! こっちに居る頃はよく遊んだんだー」
「ふーん……」
京都の公園とか全然詳しく無いけど、まあ陽菜が知ってる場所なら迷う事は無いか。……多分。
「ところでさ、ひっちゃんの友達の恵理香ちゃん……だっけ? どんな子なの?」
「恵理香ちゃん? そうだなぁ……」
川嶋の質問に、陽菜は腕を組んでムムムッ、と唸って体を傾ける。
「恵理香ちゃんはね、スッゴく元気な子なんだ! 居るだけでみんなが明るくなるような、そんな子!」
「ほぉ……まるでお前みたいだな。陽菜も居るだけで、場が明るくなるからな」
「そ、そうかな?」
海子の言葉に、陽菜は照れ臭そうに頭を掻く。
「ただ、時々余計な事言っちゃったりして、空気悪くしちゃったりもするおっちょこちょいな子なんだ」
「……そこも、あなたみたいな人ね」
「えー、優香ちゃん酷い! 私おっちょこちょいじゃ無いよ!」
と、陽菜は天城に反論するが、正直俺は天城と同意見だ。
陽菜の発言で今まで何回修羅場の空気がピリついた事か……悪気が無いのは分かるが、彼女の一言でよく空気が悪くなるのは事実だ。普通の状況なら、そんな事は無いんだが。
「まあともかく……良い友達という事だろう?」
「うん! 恵理香ちゃんも、ここに居るみんなや椿ちゃんと同じぐらい大切なお友達だよ!」
「そう……ところで、一つ気になっているんだけど。昨日赤坂さんが言ってたサプライズゲスト……あれ、あなたは心当たりあるの?」
ああ、そういえばそんな事言ってたな。サプライズゲストに会えるかもって。
「うーん……私も昨日寝る前に考えてみたんだけど……分かんないんだよねぇ。斗真君は多分違うだろうし……」
「斗真君?」
「斗真君はね、恵理香ちゃんの双子の弟さん。私のもう一人の友達!」
へぇ、京都に男友達も居るのか。まあ、昔から陽菜は誰かれ構わず仲良くしてたから、不思議では無いか。
「じゃあ、その人がサプライズゲストじゃないの?」
「それは無いだろ。その恵理香って奴は家族で外食する前に会おうって言ってる訳だし」
「そうか……家族でというなら、その弟さんも含まれてるはずだしな。サプライズでは無いか」
「そうなんだよねぇ……一体誰なんだろう?」
「それに会えるかもって言ってたよね? なんだか会えるか会えないか、不確定な感じだよね」
赤坂さんが言い残したサプライズゲストの謎に、みんな腕を組んで頭を悩ませる。
「おっ待たせー!」
そんな中、聞き覚えのある陽気な声が俺達の下へ届く。それにみんな一旦考えるのを止め、首を動かす。みんなの視線の先には法条、滝沢、孝司、翼と残りのメンバー全員の姿があった。
「悪いね遅くなって。……って、なんか全員難しい顔してるけど、どしたの?」
「昨日椿ちゃんが言ってた、サプライズゲストって誰なんだろうって、みんなで考えてたの」
「サプライズゲスト? あー、そんな事言ってたね」
「なーんだその事か。あたしは知ってるよ、そのゲスト」
「へぇ…………え!? 杏子ちゃん知ってるの!?」
一瞬スルー仕掛けたが、陽菜は法条の言葉に大きく目を見開く。
「もちろん。気になったら即確認がモットーですから。 あの後、そのサプライズゲストが誰なのか赤坂さんに聞いたよ、あたしは」
と、法条は自慢気な表情で胸を張る。
「ほへぇ……流石杏子ちゃん。それで、そのサプライズゲストって誰なの?」
「うーん、言っちゃっても問題は無いと思うけど、言わないでおくよ。だってサプライズゲストなんでしょ? ここであたしが言っちゃったら、サプライズじゃ無くなっちゃうし」
「あ、それもそっか。うーん……じゃあ、気になるけど聞かないでおこっかな。サプライズは楽しみにしないと!」
陽菜の言う通り、相手はサプライズのつもりなんだし、こっちも知らない方がいいかもしれないな。気になる気持ちは無くならないけど、どうせ会ったら分かる事だ。今は一旦忘れて、自由行動を楽しむのが一番だろう。
「それじゃあ、みんな集まった事だし、早速出発しようか!」
「えっと……確か、友達との待ち合わせ時間は四時頃だよな?」
「うん! だからそれまで、色々回ろう!」
「んで、最初はどこ行くの?」
「そうだなぁ……ここの近くにある商店街に行こう! そこにあるお店のソフトクリームがとっても美味しいんだー!」
「お、いいねソフトクリーム! 行こ行こ!」
法条の言葉に同意するように、みんなが頷く。
「じゃあ決まりだね! 京都巡りに、出発だー!」
◆◆◆
それから俺達は、陽菜の案内で適当に京都の街を見て回った。
といっても、金閣寺や銀閣寺といった、観光地として有名な寺なんかは大抵班行動の時に訪れてしまった。なので、今回は班行動は訪れるような事が無かった場所を中心に回る事にした。
古風な品物が数多く揃う京都の土産屋、テレビなどでも特集される事のある有名スイーツ店や、知る人ぞ知る隠れた名店を回って食べ歩きをしたり――みんなで楽しく、京都を練り歩いた。
そんな京都巡りを始めてしばらく経った頃、俺達は歩き疲れた足を休ませる為に、京都で一、二を争う人気を誇る老舗の団子屋に立ち寄り、休息を取る事にした。
多くの人で賑わい、和風な内装が心を落ち着かせる店内に入り、男女で別れて席に座る。
「たはぁ……疲れたぁ! 結構歩いたねー」
「みんな、京都は楽しんでくれてる?」
「結構楽しめてるよ。情報は色々仕入れてたけど、やっぱり実際に見て回ってみると違うもんねー」
「そうだな。これも陽菜の案内があるお陰だな。お陰でより一層、京都を楽しめている気がする」
「えへへ……そう言ってくれると、案内しがいがあるよ! 明日もみんなで京都を回ろうね!」
みんなが楽しんでくれている事が嬉しいのか、陽菜はとびっきりの笑顔を浮かべながらはしゃぐ。
嬉しそうで何よりだ。実際、陽菜が居なかったらここまで自由に京都は回れなかっただろうな。土地勘が無いと、地図と睨めっこで楽しむのをつい忘れてしまうからな。
改めて陽菜が居る事に感謝しながら、俺は店内の掛け時計に目をやる。時刻は既に三時を回っている。
もうそろそろ、陽菜の友達との待ち合わせ時間だな。待たせるのもあれだろうから、もう京都巡りはここで一旦打ち切りかな。
陽菜もそれを分かっているのか、時計に目を軽く向けてから、みんなに声を掛ける。
「もうすぐで恵理香ちゃんとの待ち合わせだから、みんなには申し訳無いけど、今日はここで最後にしてもいい?」
「構わないわ。正直今日は疲れたし、帰って休みたいぐらいだもの」
「そうだねー。だからひっちゃん、気にしなくていいよー」
川嶋のおっとりした言葉に、みんなも無言で頷く。
「みんな……ありがとね! それじゃあ時間までまだ少しあるし、ここでお団子ゆっくり食べよっか!」
「だね! 私はみたらし団子で! やっぱ王道でしょ!」
「分かって無いな薫っちー。団子って言ったらあんこでしょー?」
「えー、ずんだが一番だよー」
「とりあえず、みんな好きなのを頼めばいいさ。優香はどうする?」
「……くるみかな」
みんな思い思いに好きな団子を注文する中、俺も適当にみたらし団子を注文する。ちなみに俺は別にどれでもいい派だ。
そして適当に駄弁りながら待つ事数分、頼んだ色々な種類の団子が俺達の下に届く。
「おー、待ってましたー! いっただきまーす!」
一番最初に団子へ手を伸ばしたのは陽菜。見ただけで甘味が口の中に広がってくる、美味しそうなタレがいっぱいに掛かったみたらし団子を一本手に取る。
「あーん……んー! 甘さが体に染み渡るぅ……」
大きく口を開きパクリと団子を一個食べると、陽菜は頬を幸せそうに綻ばせながら、ブルッと体を震わせる。
そこまで美味いのか。彼女のリアクションに興味を持った俺は、目の前にあるみたらし団子を取って口に運ぶ。
「……本当だ、甘い」
今まで食ったみたらし団子で、一番甘いかもしれん……流石、人気店の商品は一味違うな。
他のみんなも、自分が頼んだ団子に限らず他の団子も口にしながら、和気あいあいと会話を交える。
「このあんこ、美味しいねー! 由利っちもどう?」
「どれどれ……本当だ、美味しいー。いくらでも行けちゃう」
「ついつい食べ過ぎてしまいそうだな……」
「そうだね。……体重気を付けないと」
「そんなの今は気にしなくていーじゃん! 増えたら減らせばいいんだしさ」
「薫、簡単に言い過ぎだぞ……」
甘い物で盛り上がる……まさに女子って感じだな。
黙々と団子を口に頬張る俺達男性陣との違いに、思わず力の無い笑い声がこぼれる。
「……そろそろ時間じゃないか?」
不意に、みたらし団子を口にする裕吾にそう声を掛けられ、俺は顔を掛け時計に動かす。
「あ、本当だ。もうすぐ三時半だね」
「こっから待ち合わせ場所の公園まで……大体十五分ちょいか?」
「そうだな……だったら、そろそろ出た方がいいかもな。おーい、陽菜!」
別の席に座る陽菜を、若干大声で呼ぶ。すると陽菜は団子を持った手を止めて、こちらを向く。
「そろそろ時間だから、お喋りは程々にして、出れるようにしとけー!」
「もうそんな時間!? じゃあ、ゆっくりしてる場合じゃ無いね! みんな、急いで食べよう!」
「いや、慌てなくてもいいから……」
それから女性陣は余計なお喋りは交わさず、男性陣と同じように黙々と団子を食べ進める。
団子を数分ほどで全て食べ終わり、会計を済ませて店の外へ出て、陽菜の友達との待ち合わせ場所の公園へそのまま真っ直ぐ向かう。
そして約束の四時より少し前――無事に目的地である公園に辿り着いた。
この公園は、東京ドーム何個分と現すのが相応しいほどの広さを誇る公園だ。そんな広大な公園の一郭、噴水前で待ち合わせという事になっているはずだ。
俺達は早速よくここで遊んでいたという陽菜を先頭にして、目的の噴水を目指す。
懐かしそうに辺りを見回しながら歩く陽菜について行くと、やがて目の前に大きな噴水が見えてくる。その周りには何人か人が集まっていたが、その中に高校生らしき姿は無い。
「うーん、恵理香ちゃん達まだ来てないのかなぁ?」
「学校もまだ終わったばっかりだろうしな。待ってれば来るだろ」
「それもそうだね。学校は近くだから、きっとすぐ来るよね!」
陽菜は待ちきれないと言わんばかりに両腕をプラプラさせながら、噴水の前に立つ。他のみんなも、噴水周りのベンチに適当に腰を下ろす。
そんな中、俺は一人立って噴水から湧き上がる水を、ニヤニヤしながらジッと見つめる陽菜の近くに立ち、彼女に声を掛ける。
「少しは落ち着いて待てよ」
「だって、早く会いたくて仕方無いんだもん!」
「それは分かってるよ。大切な友達なんだな」
「うん! まだ離れて半年も経ってないけど、離れ離れになって寂しかったからさ」
「そっか……」
そんな大切な友達と離れ離れになっても、俺のところに戻ってきたんだよな、こいつは。嬉しいっちゃ嬉しいけど、恥ずかしくもあって、申し訳無くもあるな……なんだか。
「……あ。そういえば、結局サプライズゲストって誰なんだろ? ここには居ないみたいだけど……」
「そういえば……そうだな。その友達と一緒に来るんじゃ無いか?」
「そうなのかなぁ? うーん、また気になってきちゃったよ……本当に誰なんだろう?」
「――それは……私の事だと思うわよ?」
と、不意に聞こえた大人びた声と共に、突然陽菜の目を、背後から伸びた誰かの手が覆い隠す。
「わっ!? 真っ暗!」
「ウフフッ、だーれだ?」
「え、えぇ……!? いきなりだーれ!? ……って、この声もしかして……お母さん?」
陽菜は困惑した声でそう答える。すると、スッと陽菜の目を覆い隠していた手が引っ込む。解放された陽菜は慌てて後ろを振り向き――
「大せいかーい。久しぶりね、陽菜」
そう口にして、満面の笑みで両手を顔の近くで小さく広げる、赤茶色のショートカットの女性の顔を暫しジッと見つめた後、彼女は嬉しそうにパァッと表情を明るくした。
「本当にお母さんだ! うわぁー、どうしてここに居るの!?」
「はいはい、落ち着く落ち着く。ちゃーんと話すから」
テンションが一気に跳ね上がった陽菜を、その女性は優しく頭を撫でて落ち着かせる。
この女性は陽菜が言った通り、彼女の母親である。名は桜井
だからこそ、彼女と……晴美さんと再会した事に、俺も少なからず驚いている。驚愕に暫しぼーっと晴美さんを見つめていると、彼女は愛娘と抱擁を交わしながら、俺に目を向けた。
「あなたは……友希君でいいのよね?」
「えっ……あ、はい、そうです!」
「そっかぁ……大きくなったわねぇ。元気にしてたかしら?」
「お、お陰様で……そちらも、お変わりないようで」
と、思わず緊張してしまい口調が固くなる。それに晴美さんは「もっと気軽にしてていいのよ」と笑顔で言う。その笑顔は、陽菜のそれにとても似ている。
晴美さんの見た目は、言ってしまえば大人しくなった陽菜だ。格好も上はワイシャツ、下はシンプルな暗めな色のスカートと落ち着いた感じ。まんま色々と成長した陽菜だ。ただ一つ、胸囲は陽菜の方が上だが。
「友希、その人は?」
久方振りに見た晴美さんの姿を見て、改めて似ているなぁと実感していると、休んでいた海子達が近寄ってくる。
「あら、なんだかいっぱい居るわねぇ。ん? あなたもしかして、裕吾君?」
「はい。お久しぶりです」
「あらそう! 裕吾君も大きくなったわね……それに、ますますイケメンになっちゃって!」
同じく昔から馴染みがある裕吾の成長に、晴美さんの声の調子が上がる。
相変わらず気さくな人だな……そこら辺は陽菜にそっくりだな。
とりあえず、状況に追い付けていない海子達に事情をざっくりと説明してやる。
「なるほどー、ひっちゃんのお母さんか」
「確かにそっくりだね。海子達と同じだな」
「家族とは大体そうだろう。どうも、初めまして」
「ウフフ……向こうでもお友達がいっぱい出来たみたいでよかったわ」
「うん! ところでお母さん、どうしてここに居るの?」
陽菜の質問に、晴美さんはすぐに答えを返す。
「実はね、恵理香ちゃんから今日ここで陽菜と会うって話を聞いてね。それで折角だから私達もどうですかー? って、誘われちゃったの。だから会いに来ちゃったって訳」
「そうだったんだ……じゃあ、サプライズゲストってお母さんだったんだ!」
「そういう事。なんでサプライズかは知らないけど」
「ああ、それはあたしが聞いてますよ。赤坂さんが言うには、『どうせエリちゃんの事やから、晴美さんにこの事話すと思うから、会えるんちゃうかなーって思ったんや』……だ、そうです」
法条の恐らく赤坂さんと思われるものまねをしながらの言葉に、俺は納得した。
なるほどね、だから会えるかもとか言ってたのか。にしても……
「私達もって事は……晴美さん以外も来てるんですか?」
「え、そうなの? もしかして……お父さん!?」
「うーん、そのつもりだったんだけど、お仕事休みが取れなくてねぇ。残念ながらお父さんは来れなかったわ」
「そうなんだ……残念」
陽菜はしょんぼりと落ち込むが、それを慰めるように晴美さんは彼女の頭をポンポンと叩く。
「その代わりに、伝言を預かってるわよ。陽菜と、友希君に」
「え? お、俺にもですか?」
「ええ。えっと確か、『陽菜が君の家で迷惑を掛けてないか?』……だったかしら?」
「あ、ああ、そういう事ですか……」
あの人らしい伝言だ……よっぽど心配だったんだろうな、娘が俺の家族に迷惑掛けてないか。
「それなら、安心して大丈夫と伝えといて下さい。特に迷惑は掛けてないんで」
「ならよかったわ。これでお父さんも少しは安心するわ」
「むぅ、お父さんったら……そんなに私信用無いかな?」
「お父さんはあなたを心配してるのよ。あなたが白場に戻ってから毎日そわそわしていたしね。預かった伝言も、『体調は崩すなよ?』ですもの」
「お父さん……えへへ、そっか……」
陽菜は嬉しそうに笑い、頬を掻く。
あいつのお父さん、誰よりも陽菜の事を可愛がってて、心配してるからな。本当に愛されてる奴だよ、陽菜は。
「それじゃあ、お父さんに伝えといて。私は元気にやってるよって!」
「フフッ、分かったわ。ところで、恵理香ちゃん達はまだなの? 陽菜に会うの一番楽しみにしてたの、あの子なのに」
「うん、まだ来てないみたい。学校はもう終わってるはずだけど……」
そう陽菜が口にした瞬間、彼女のポケットから携帯の着信音が鳴り出す。
「なんだろ……あ、恵理香ちゃんからメールだ!」
「あら? どうしたのかしらね?」
「えっと……『ごめん! 部活の用事でちょっと遅れそう! すぐに終わらせるから、待ち合わせ場所で待ってて! 多分あんたのお母さんが先に居ると思うから! あと、私達の両親との待ち合わせ場所もそこだから、もし会ったら言っといて』……だって」
「あらそうなの……恵理香ちゃん達、部活忙しいみたいだもんね」
「うん……みんな、そういう事だから……」
「分かってるよ。時間ギリギリまで待とう。まだ旅館に帰る時間まで、余裕はあるしな」
同意を得る為に、他のみんなに視線を送る。それにみんな快く頷きを返してくれる。
「みんな……ありがとう!」
「いいお友達を持ったみたいね。なら、私も少し待ちましょうかね。恵理香ちゃん達のご両親にも事情を伝えないと」
「そうだね! オバサン達に会うのも久しぶりだから、楽しみだな!」
「フフッ……さあ、立っているのもあれだし、座って待ちましょうか。お母さんも、陽菜と色々お話したいもの」
「うん! 向こうであった事、いっぱい話してあげるね!」
と、二人はそっくりな笑顔を浮かべながら、仲良く噴水周りのベンチに向かう。
「仲良いんだねー、ひっちゃんとお母さん」
「だねー。色々とあのお母さんから陽菜っちの情報引き出そうと思ってたけど、今はお邪魔しちゃいけないねー、流石に」
「そんな事を考えてたのか……さて、私達も座って待とうか」
「だな」
陽菜の友達、そしてその両親が来るのを待つ為に、俺達も空いてるベンチに腰を下ろす。
ベンチは三人でいっぱいになるぐらいの大きさだったので、俺を除いた裕吾達三人組、法条と川嶋と滝沢、そして俺と天城と海子という組み合わせで、席に座った。
「――それでお父さんったら、毎日のように陽菜はどうしてるか聞いてるかって、私に聞いてくるのよ? 心配のし過ぎも困ったものよね」
「もう、お父さんったら……私はそんなに心配されるほどしっかりしてない訳じゃ無いのに!」
「あら、どの口が言ってるのかしら?」
「えー、お母さん酷いよー!」
噴水の水の音に紛れて聞こえてくる晴美さんと陽菜、親子の会話に思わず笑みがこぼれる。
なんだか懐かしい感じだな……昔から陽菜達は家族みんな仲が良かったからな。家族での付き合いも多かったから、桜井家の家族団らんの光景は、よく見てきたものだ。
「……少し、羨ましいな」
すると不意に、俺の隣に座る海子が、陽菜達を見つめながらぽつりと呟く。
「どうしたんだ?」
「ああ、すまない……彼女達の楽しそうな家族話を耳にしていたら、少し羨ましく思ってな」
と、海子は物悲しそうに目を細める。
そうか……海子の両親は離婚してるんだったな。陽菜達の話を聞いて、色々思い詰めてしまったのだろう。
「母はともかく、父とは離婚して以降、一度も会っていないからな。……今は私の事をどう思っているのだろうと、少し考えてしまった」
「……きっと、今でもお前の事を思ってくれてるさ。離れ離れになっても親子なんだからさ。だから元気出せよ。その方が、お父さんも喜ぶぜ」
「友希……ああ、そうだな。ありがとうな、励ましてくれて」
と、海子は安らかな笑顔を作る。
「元気になったみたいでよかったよ」
「すまないな、暗い話をして。……って、どうした優香?」
と、海子は俺を挟んで奥に座る天城に目をやる。俺もそれに釣られて隣に座る彼女へ目を向ける。
天城はジトッとしたでこちらを見据え、なんだか不機嫌そうに頬を小さく膨らませていた。
「えっと……どうかしましたか? 天城さん」
「ううん、なんでも無いよ。……ただ、海子と世名君がいい雰囲気だったから……ちょっと妬いちゃっただけ」
ふてくされた口調で言いながら、天城はフイッとそっぽを向く。
か、可愛らしいなオイ……まあ、隣でこんな話をされてたら、そりゃ気分はよく無いか。
とりあえず彼女の機嫌を取ろうと、目を背ける天城に声を掛けようとしたところ、その代弁をするかのように海子が口を開く。
「悪いな、優香。お前の気持ちも考えずに二人だけで話してしまって」
「……別に話す事自体はいいよ。いや、わがまま言えばよくは無いけど……私も、空気悪くしてごめん。ただ、二人だけでいい雰囲気になるのは、あんまり気持ちよくないな」
「そ、そうか……というか、そんなにいい雰囲気だったか?」
「……少なくとも、世名君に励まされるなんて羨ましい」
ほんの少しムスッとした顔で、天城は目を逸らす。それに海子は困ったような、そして少し照れ臭そうに頬を掻く。
まあ、これぐらいの可愛らしい嫉妬なら構わないか。出雲ちゃんや朝倉先輩が相手だったら、凄い空気悪くなるんだろうけど。
とはいえあんまりこの空気が続くのも若干気まずいので、流れを変えようと話を振る。
「えっと……そういえば海子のお父さんって、今はどこに住んでるかお前は知ってるのか?」
そう口に出した瞬間、俺は質問の選択ミスを悟る。
今し方父親の話題で暗くなってたのに、何故こんな話題を振ってしまったのだ、と。これではまた海子に悲しい気持ちを与えてしまう。
「わ、悪い! 今のやっぱり無しで!」
「いや、気にしなくていいさ。その程度でまた凹んだりはしないさ」
「そ、そうか……」
俺の内心はお見通しという訳か、海子はクスリと笑う。
余計な心配だったみたいだな……海子は、俺が思ってるより強い子だもんな。
「……またなんかいい雰囲気」
「ま、またですか天城さん……」
「フフッ、今度はちゃんと優香も混ぜて話そうか。えっと……父が今どこに住んでるかだよな?」
「……海子のお父さんって、確か海子達が白場に戻った後に、別の場所に引っ越したんだよね?」
機嫌を直した天城の問いに、海子はコクリと頷く。
「だが、私はその引っ越し先を知らなくてな。母は知ってるらしいんだが、話してくれないんだ」
「そうなのか……」
「もし場所が分かれば、一度会ってみたいんだがな。一体、今はどこでどんな生活をしているんだろうな」
膝に腕を乗せ、海子は深くうなだれる。
やっぱり会いたいんだな……しかし、水樹さんは知ってるんだな。なんで海子に話さないんだろう。やっぱり、母親として色々考えがあるのかな?
そんな事を考えながら、俯いていると――
「あ、オジサンにオバサン! 久しぶりです!」
陽菜の大声が届き、俺は顔を上げる。
彼女達が居た方へ視線をやると、そこには陽菜と晴美さんだけでは無く、見知らぬ男性と女性の姿があった。陽菜が親しげに話しているところを見ると、例の友達の両親だろう。
会話の内容はボリュームが下がって、噴水の音に掻き消されて聞こえなかったが、とても楽しそうに話している。どうやら陽菜はあの二人とも、結構仲が良いみたいだ。
その様子を、なんとなく嬉しい気持ちになりながら遠目から見守っていると――不意に、海子が立ち上がり俺の視線を遮った。
「み、海子……?」
突然の行動に驚き、彼女の顔を見上げる。
「…………」
海子は何故か大きく目を見開き、陽菜達の方を凝視していた。まるで信じられない物を見たかのように。
一体どうしたのだろう。心配になり彼女に声を掛けようとしたその瞬間、急に彼女はお喋りをする陽菜達の下へ、早足で向かい出した。
またも予期せぬ行動に驚きながらも、俺は天城とアイコンタクトを交わしてから彼女の後を追い掛ける。
数秒ほどで、俺達は陽菜達の傍らに立つ海子へと追い付く。海子は彼女達と数メートルほど距離を離し、ジッと彼女達を見つめていた。
「おい、どうしたんだよ? 海子」
俺は後ろから海子の肩を叩き、声を掛ける。しかし海子は一切の反応を返さず、ただジッと一点を見つめる。
陽菜が楽しそうに会話を交える友達の両親――その、父親を。
「ん? 君は……?」
すると男性も海子の視線に気付いたのか、顔をこちらへ向ける。その男性の顔を見ると、海子はさらに大きく目を見開く。
そして次の瞬間、この場に居た誰も想像しなかった言葉を――彼女は口にした。
「……父さん?」
修学旅行二日目。友人の前に、母親と再会した陽菜。そして海子も父親とまさかの再会。
ようやく明かす事が出来た……この事実を予想出来た人はどれぐらい居たのだろうか? 一応気付ける人は気付けたと思うけど。
ともかく次回、父に再会した海子はどうするのか、お楽しみに。