モテ期と修羅場は同時にやって来るものである   作:藤龍

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嬉し恥ずかし温泉卓球

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 入浴の時間も終わり、本日の修学旅行一日目の日程は全て終わった。

 しかし、消灯の時間まではまだ時間がある。このまま部屋に帰っても暇を持て余すだけだろうと、俺達四人は温泉の醍醐味とも言える、卓球で遊ぶ事にした。

 旅行で貸し出している浴衣に着替え、そのまま受付に向かい卓球のラケットとピンポン球をワンセット借りて、卓球台のある娯楽室へ向かう。

 

「はぁ……」

 

 その移動中、最後尾で腰を折り曲げ、まるで老人のような速度で歩いていた孝司が溜め息をつく。それに誰一人振り向こうとはせず、代表して裕吾が声だけを掛ける。

 

「いつまで落ち込んでるんだ。前科持ちにならずに済んだ事を喜べ」

「俺は犯罪者になろうと女湯の光景を見てみたかったんじゃい! 男なら分かるだろ!?」

「分からんな。そんなに女の裸が見たいなら、どっかの裏山で捨てられた成人雑誌でも探してろ」

「アハハッ……落ち込んでるのもあれだしさ、思いっきり卓球やって、スッキリしようよ」

「卓球ねぇ……ストレス解消にはいいかもな。よし友希、俺の八つ当たり対象になれ」

 

 なんだよその指名……こいつとは相手したくねぇな。風呂上がりに無駄に疲れたくないからな。

 温泉卓球が穏便に済む事を祈っていると、娯楽室に到着。中に入ると、そこには誰も居らず貸し切り状態だった。

 

「誰も居ないね」

「他はもう部屋に戻ってるんだろ。俺達と違って、部屋で話す事はいっぱいあるだろうしな」

「羨ましい限りだなチクショー。よっしゃ! 友希、早速やるぞ!」

「裕吾か翼とやっ――」

「悪いな、今右手がつってるから無理」

「僕もあんまり卓球得意じゃ無いから、見学してるよ」

 

 ここに何をしに来たんだお前ら。翼はともかく、裕吾は完全に嘘だろ。いつも右手でスマホいじってるお前がそう簡単に手をつったりするか。

 

「さあさあ友希、俺の黄金の右腕の餌食となれ! リア充死すべし!」

「はぁ……分かった分かった」

 

 断ったらそれはそれで面倒そうだし、ここは受けておくか。適当に相手しとけばいいだろ。

 受付で借りたラケットの一つを孝司に渡し、ピンポン球をもう一つのラケットの上で転がしながら、卓球台の前に立つ。

 卓球か……確か、結構昔に家族で旅行に行った時、友香相手にやったな。それから一時期あいつの中で卓球がブームになって、よく市民体育館とかで相手してやってたっけ。半年ぐらいで飽きてたけど。

 その時は結構上手く出来てた記憶がある。とはいえもう何年も前の事だし、今も上手く出来るか分からないけど。

 とりあえず感覚を少しでも思い出す為に、軽く手首を動かし、ラケットで球を真上にポーンポーンとバウンドさせる。

 一定の間隔で弾むピンポン球と、打った時の音に、だんだんと感覚が蘇ってくる。

 うん……これなら結構行けそうだな。案外覚えてるもんだな。

 

「へぇ、友希君結構上手だね」

「ケッ! 大した事ねぇよ。俺がケチョンケチョンに倒してやるぜ!」

 

 俺の向かい側に立ち、それっぽく身構える孝司。俺も準備運動を止めて球を左手で取り、ラケットを構える。

 そのまま意識を集中させ、数回深呼吸。頭の中でイメージを膨らませる。

 遊びとはいえ、勝負は勝負。それなりに真剣に行かせてもらおう。調子乗ってるあいつに負けるのも、なんだか悔しいし。

 

「そんじゃ行くぞ……ほいっ!」

 

 軽くピンポン球を放り、ラケットで強く打つ。そのまま球は孝司側のコートに落ちる。

 

「そぉい!」

 

 それを孝司は無駄にデカい掛け声と共に打ち返す。返ってきた球を、俺もすかさず打ち返す。そして孝司も、それを慌てずに打ち返す。

 そこからはしばらくラリーの応酬が続き、娯楽室に卓球特有の心地良いあの音が響き渡る。

 自信あり気にしてただけあって、孝司はなかなかに上手い。油断したら簡単に点を取られそうだ。だが、こちらもそう簡単には負けられない。

 相手の隙を突くために、俺は今まで強めの打球で返していたところを、わざと弱く打ち返す。今まで相手コートの中央辺りまで飛んでいた球は、今回はネット際でバウンドする。

 

「させっかよ!」

 

 これは決まった――そう思ったが、孝司はそれに追い付き、体が半分台の上に乗り上がった状態で球を打ち返す。

 

「ヤッバ……!」

 

 完全に不意を付かれた。慌てて打球を返すが、球が浮いてしまう。

 卓球で浮いた球に対して返ってくる打球は、ほとんどが強力なスマッシュだろう。

 

「もっらいー!」

 

 そして孝司も当然、その浮いた球に完璧にタイミングを合わせて――強烈なスマッシュを俺のコートに叩き込んだ。

 今まで以上に速い球に俺は反応出来ず、球はそのまま俺の横を通り抜け、壁に激突した。

 

「よっしゃ一点!」

「おー、凄いね孝司君!」

「これは意外だな……お前、卓球得意なんだな」

「フッフーン、こう見えても小学校の頃は、卓球のコウちゃんって呼ばれてたんだぜ?」

「……そうだったっけ?」

 

 と、孝司と小学校時代からの付き合いである翼が呟く。

 しかし、孝司にこんな特技があったとは……割と素直に悔しいんだけど。どうせ大した事無いんだろうって、舐めてたとこあるし。

 

「ヘイヘイヘーイ、どしたの友希くぅーん! かかって来いよ!」

 

 こいつも案外凄いんだな――そう、ほんの少しだけ彼に感心を抱き掛けたが、完全に調子に乗った煽り言葉にその考えが消え去る。

 やっぱムカつくこいつ……意地でもぶっ倒したくなった。

 

「たかが一点で調子乗んなよ…… こっからコテンパンにしてやるよ」

「上等だ! 女の子にチヤホヤされてるお前に、日頃の妬み恨みをぶつけてやる! 非リアの恐ろしさを思い知るがいい! フハハハハ!」

 

 まるで魔王のような笑い声を上げながら、孝司は身構える。

 非リアの恐ろしさって……自分で言ってて悲しくならないのかな――そんな言葉を内心呟きつつ、俺は再びサーブを放った。

 

 

 その後、俺と孝司の戦いは激しさを増した。

 数十回にも及ぶラリー、激しいスマッシュの応酬、そして醜い煽り合い。俺と孝司の戦いは、思いのほか熱く盛り上がった。

 そして最終結果、十一点マッチの戦いを――僅か二点差で、孝司が制した。

 

「はぁ……はぁ……」

「ふ、フフフッ……お、俺の勝ちだな……」

 

 思った以上の激闘を終えた俺達は、互いに汗でびしょびしょになり、卓球台に突っ伏していた。もう俺も孝司も、動く気も煽る気も起きない。

 まさかこんな激しい戦いになるとは……負けてしまったが、結構いい試合だった気がする。

 

「思いのほか熱戦になったな」

「二人とも、凄かったよ! お疲れ様!」

 

 俺達の勝負をずっと黙って傍らで見守っていた裕吾と翼が、こちらへ歩み寄る。俺達二人は彼らからフルーツ牛乳を受け取り、それを同時に喉へ流し込む。

 

「かぁー、生き返るぅ! それにしても、案外楽しめたな」

「だな……もう一度温泉入って、サッパリしたい気分だ」

「そうだな……とりあえず休もーぜ。もう煽る気も起きねーわ」

 

 孝司はあっという間にフルーツ牛乳を飲み干し、近くのマッサージチェアへと腰を下ろす。俺もその隣にあるもう一つのマッサージチェアに座り、力を抜く。

 

「――あれ? 友くん達居たんだ」

 

 そのままこの場で眠ってしまおうか。そう思った矢先に、聞き覚えのある声が耳に届く。それに閉じていた目を開くと、いつの間にか娯楽室に陽菜に天城と海子。そして川嶋や滝沢に法条、女性陣の姿があった。

 彼女達は俺達男性陣の青を基調とした浴衣とは色違いの、赤を基調とした浴衣に着替え、陽菜と海子の手には俺達も持っている卓球セットが握られていた。

 

「もしかして……お前らも卓球しに?」

「うん! 友くん達も?」

「ああ。今一戦交えたところ」

「本当だ、友くん汗びっしょびしょ! 大丈夫?」

 

 だんだん話すのも疲れてきたので、陽菜の言葉に適当に右手をブラブラさせて返事をする。そんな俺の様子を見て、海子は呆れたような顔をしながら、腰に手を当てる。

 

「全く、風呂上がりでこれから就寝だというのに。そんな汗だくになるまでやるか?」

「何言ってんの、こういうのはガチでやるからいいんだよ!」

「薫ちゃんの言う通りだよ! だから海子ちゃんも、真剣にやろうよ!」

「べ、別に真剣にやらないとは言ってないだろう?」

「みっちゃん、なんでも真剣勝負だもんねー。結局みっちゃんも汗だくになっちゃうかもよ?」

「ほ、程々にやるさ……っと、そうだ友希。先に明日の事について伝えておく事がある」

 

 と、海子が俺を見つめながらそう言う。

 明日の事? 明日は午前はまた班行動で、前もって決めてる事だから特に話しておく事なんて無いと思うけど……いや、午後の自由行動についてか?

 海子からの言伝になんとなく予想を立てる。直後、その答えが海子の口から出る。

 

「明日班行動が終わった後だが、ここに居るメンバー達と合流して、京都を回る事にした」

「ここに居るメンバーで?」

「うん! 折角だからさ、みんなで行動した方が楽しいでしょ?」

 

 陽菜がはしゃいだ笑顔を作りながら、一歩前に出る。

 みんなで行動か……少人数より、確かにそっちの方が楽しいか。どうせ三日目も彼女達と京都を回ろうと、俺も考えていたし。

 

「分かった。じゃあ、明日は午後からみんなで行動だな」

「やったぁ! 私のオススメスポット、みんなに案内してあげるね!」

「はいはい期待してるよ。ところで、お前ら卓球しに来たんだろ?」

「あ、そうだった! そうだな……薫ちゃん、一緒にやらない?」

「おっ、私か? いーよ、やってやろうじゃん!」

 

 陽菜から指名を受けた滝沢は、やる気に腕をグルグルと回す。そのまま二人は空いた卓球台に移動する。

 そういえば、陽菜って卓球出来んのか? って、そういえば昨日京都での話を散々聞かされた時に、「お友達の旅館で卓球したりもしてたんだ!」的な事言ってた気がするから、多分上手いんだろうな。

 

「さてと……私達はどうする?」

「私は見学でいいかな。海子達でやっててよ」

「私も見学でー。こういうスポーツは見てる専門なので」

「じゃあ海子っち、あたしとやろうよ。学園きってのスポーツウーマンの実力、見せてもらおーじゃない」

「そんな呼ばれ方された覚えは無いが……いいだろう、受けて立つ」

 

 海子と法条も卓球セットを片手に、空いている台へ向かう。残った天城と川嶋は、俺達が休む場所の近くにある椅子に座る。

 

「二人はやらなくていいのか?」

「私は見てる方が楽しいーから」

「私も、卓球やった事無いから……きっと上手く出来ないと思うし」

「そっか……」

 

 天城、運動苦手だもんな。でもプールの時もある程度練習したら泳げたし、卓球も基礎さえ学べば案外出来るかもしれないな。

 

「……なあ、もしよかったら少し教えてやろうか? 卓球」

「えっ!? せ、世名君が私に……?」

「ああ。少しは教えられると思うぜ。天城も出来た方がいいだろ? 明日以降もこうなった時に楽しむ為にさ」

「そ、そうだけど……世名君、疲れてるんじゃないの?」

「俺なら平気だよ。ちょっと教えるだけだから。どうする?」

 

 問い掛けると、天城は目を伏せて考え込む。海子達の試合が始まり、響き渡る打球音を聞きながら返事を待つ事数秒、天城は顔を上げて俺を照れ臭そうな目で見つめる。

 

「……それじゃあ、ちょっとお願いしよう……かな」

「分かった。それじゃあ、やってみるか」

「うん。よろしくね、世名君」

 

 と、嬉しそうに笑顔を浮かべる彼女にラケットを渡して、空いている卓球台へ向かう。

 

「さてっと……天城、卓球の経験は無いんだっけ?」

「うん……ラケットを握るのも初めてだよ」

「そっか。まあ、とりあえず軽く打ち合いしてみよっか」

「わ、分かった……! 初めてだから……優しくお願いね?」

 

 不安そうな顔と声に、俺は安心させるように笑顔を作って頷く。

 彼女の向かい側に立って、打ち返しやすいように、なるべく優しくサーブを打つ。

 

「……えいっ!」

 

 ポーンッと優しく弾んだ球を、天城はたどたどしい動きで打ち返す。

 だが、球はネットを超えずに引っかかってしまう。

 

「ああ……届かなかった……」

 

 天城はしょんぼりと表情を変える。そんな彼女を元気付ける為に、声を掛ける。

 

「大丈夫大丈夫。初めてなのに当てられるなんて、十分凄いよ」

「そ、そうかな? でも、向こうに届かないんじゃ意味無いよね……」

「そうだな……ちょっといいか?」

 

 一旦打ち合いは止め、俺は天城の方へ近寄る。そのまま彼女の近くに立って、出来るだけ分かりやすくレクチャーしてやる。

 

「まずはラケットの握り方からかな。天城は今、どんな感じに持ってた?」

「え? えっと……こうかな?」

「うーん……もう少し強く握った方がいいと思う。その方が思いっきり振れるし」

「こ、こう……?」

「そう、そんな感じ。で、姿勢はもうちょっと腰を下ろして……」

「腰を……あんまりこんな体勢取らないから、難しいな……」

「そんな感じでいいと思うぜ。それで、あとは球が来たら思いっきり振るだけだ」

「う、うん、頑張ってみる……!」

 

 ふぅ……思ったより教えるの難しいもんだな。俺もそこまで卓球詳しい訳でも無いし、正直これ正しいかも分からん。

 とりあえず試してみよう。改めて向かい側に立ち、優しくサーブを送る。

 

「来たら思いっきり……振る!」

 

 次の瞬間――天城は短い叫びを上げながら、腕を思いっきり振って打ち返す。その打球は台の上をバウンドして、真っ直ぐ俺の真横を通り抜けた。

 

「入った……やった! 入ったよ、世名君!」

「ああ……凄いスマッシュだったよ!」

「うん! スッゴく気持ちよかった!」

 

 天城は満面の笑みを浮かべながら、ぴょんぴょんと上下に小刻みに揺れ動く。

 こんなにはしゃぐ天城、珍しいな……よっぽど嬉しかったんだな。こっちも教えた甲斐があるってもんだ。

 

「私、球技とか全然駄目だから、ちょっとでも上手く出来た事が凄く嬉しいよ! ありがとう、世名君!」

「どう致しまして。どうする? もう少しやる?」

「うんっと……今日はいいかな。この喜び、もうちょっとじっくり味わってたいから」

「そっか。じゃあ、戻るか」

 

 天城はコクリと頷き、嬉しそうに元の場所に戻る。

 

「…………」

 

 元居た椅子の上に腰を下ろすと、川嶋が何か言いたそうな目で俺達を見ているのに気が付き、天城と共に視線を向ける。

 

「えっと……どうしたの? 由利」

「……なんでも無い」

「なんでも無い事無いだろ、その目。気になるから言えよ」

「……じゃあ言っちゃうよ? 後悔しない?」

 

 後悔ってなんだよ……何言おうとしてんだこの子。

 不安に襲われながらも、彼女の言おうとしている事が気になるので、頷く。天城も同じく不安そうにしながらも、ゆっくりと頷く。

 

「んっとね、さっきのゆっちゃんと世名君の練習だけどさ……」

「さっきのが……何?」

「言葉だけ聞いてたら……なんかえっちぃなーって」

「えっちぃ……」

 

 川嶋の言葉を聞いた瞬間、天城はそう呟き静止する。

 その数秒後――天城はその意味を悟ったのか、炎のように顔が赤くなる。

 

「ななななな、何言ってるの由利!」

「だって思ったんだもん。いやらしーって」

「い、いやらしいって、わわわ、私、別にそんな事かかか、考えて……!」

「落ち着きなよ、ゆっちゃん。だから後悔しない? って聞いたのに」

「だ、だって、こんな事だとは……うぅ……」

 

 天城は半分涙目になり、隠れるように川嶋へ寄り添う。それを川嶋は子供をあやすように頭をポンポン叩く。

 川嶋に指摘され、先ほどの会話を思い返してみるが、言われてみればそんな気はしないでも無い。だからって、普通言うかそれ。こうなる事は目に見えてるだろうに。

 とりあえず天城が落ち着くのを待つ。しばらくするとようやく心が落ち着いたのか、天城が川嶋から離れる。

 

「もう……由利の馬鹿」

「ごめんごめん。でも、ゆっちゃん狙ってるのかなーって思って」

「狙ってる訳無いでしょ! あ、ほ、本当に違うからね!?」

「わ、分かってるって!」

 

 天城がそんなの狙って言う訳無いのは分かってる。彼女はそんなの狙える子じゃ無い。そんなの恥ずかしくて途中で断念するに決まってる。というか、そんな考えが浮かんだ時点でリタイアだろう。

 

「とりあえず、この話はここまでにしようか。他のみんなの卓球を見ようぜ」

「う、うん!」

 

 他のみんなはあえて触れないでくれているが、海子の視線が若干痛い。これ以上この話が広がるのはマズい。

 今の事はもう忘れる事にして、俺は陽菜と滝沢が試合をしている台へ視線を向けた。

 

「ほいっと!」

「よいしょ!」

「えいっ!」

「とっ!」

 

 滝沢は運動神経がいい方なだけあって、卓球も実に上手にこなしている。対する陽菜も、なかなかに上手い。こっちで相当遊んだみたいだな。

 そんな結構ハイレベルな二人のラリーをボーッと見ていると、不意に孝司が声を掛けてくる。

 

「なあ友希……」

「なんだよ?」

「卓球って……いいな」

「はぁ?」

 

 いきなり何言ってんだこいつ。急に何かに目覚めたのかと思ったが、彼の表情と目線を見て大体察しが付いた。

 孝司の表情は、幸福の絶頂と言わんばかりに笑顔で、とてつもなくだらしない。そしてそんな彼の視線の先は――激しいラリーを繰り広げる、陽菜と滝沢の胸元だ。

 彼女達はここに居る女性陣の中でも、断トツな胸囲を持つ二人だ。そんな彼女らが上下左右に激しく動き回れば当然、そのたわわな双球は激しく揺れ動く。

 まるでプリンのように揺れ動く胸という光景は、男にとってはまさに至福の光景だろう。だからこそ、孝司はあんな事を口にしたのだ。

 

「…………」

 

 全てを察した俺はそっと彼女達から視線を外し、頭を抱えた。

 視線が向いてしまうのは分からなく無いが、少しは抑えようよ。そんなんだと、仕置きが飛んでくるぞ。

 この変態が女子の胸元をガン見しているなんて事に気付いたら、海子辺りが仕置きに来るはずだ。だから俺は、その仕置きが来るのを黙って待った。

 しかし、仕置きは別の場所から来た。まさに孝司が眺める、陽菜達の台から。

 

「行くよー、スマーッシュ!」

「うわっち!」

 

 陽菜の強烈なスマッシュを滝沢が取り逃し、ピンポン球があらぬ方向へ飛んでいく。そして――

 

「スマッシュ!?」

 

 その球が孝司の顔面へ激突し、彼は力無くマッサージチェアからずり落ちた。

 

「わ、悪い! 大丈夫か?」

「薫、謝らなくていいぞ。当然の報いだ」

 

 と、孝司が見ていた事に気付いていたのか、海子は冷たい言葉を吐く。

 その通りだな。覗きしようとしていた事を含めて、日頃の行いの罰が当たったんだ。

 

「クソッ……どうして俺だけこんな目に……」

 

 スマッシュ攻撃によるダメージから回復した孝司は、命中したのであろう眉間を押さえながら立ち上がる。すると、その嘆きに答えを返すかのように、海子が口を開く。

 

「お前がふしだらな考えを持っているからだ。少しは反省しろ」

「しょうがないでしょう男の子ですから! 男はみんなそういう考え持ってんの!」

「一緒にすんな。お前は別だ」

「孝司君差別はよくないよー! お前だっていやらしい考えぐらい持ってんだろ! 雨里達の浴衣姿見て、ちょっとはエロい事考えてんだろ!?」

 

 孝司の言葉に、海子と天城が顔を赤くして体を腕で隠す。

 

「えー、ホントー? 世名っちエローイ」

「イヤイヤ、そんな事無いから! 相手が不快になるような事は考えねーよ!」

「そんな事言って、少なからず思ってんだろ?」

「しつこいなお前も……そんな事は無いから! せいぜい浴衣姿可愛いなー、ぐらいだけだから!」

「ほほー、世名っちナチュラルに言うねぇ」

 

 法条のからかい言葉に、俺はハッと天城と海子に目を向ける。

 思った通り、今の言葉に二人は照れてしまったようで、顔がさらに真っ赤に染め上がり、モジモジとしていた。

 き、気まずい……孝司のせいで余計な事口にしてしまった。こうなる事が分かってたから、あえて言わないようにしてたんだがな……結局こうなるのか。

 

「よかったねー、ゆっちゃん。世名君に浴衣姿誉めてもらって」

「えっ!? それは、えっと……うん」

 

 天城はキュッと縮こまり、誰とも目を合わせないように目を伏せた。海子も目を合わせ辛いのか、俺から視線を露骨に逸らす。

 

「ほ、法条! 続きをやるぞ! 真剣勝負だ!」

「はいはーい」

 

 恥ずかしさを紛らわす為か、海子はそそくさと法条との卓球を再開する。

 

「素直に喜べばいーのにさ。ねぇ?」

「うん! 友くんに可愛いって言ってもらえて嬉しい!」

「これだよこれ。海子、少しは見習えー?」

「う、うるさい!」

 

 俺の一言でここまで気まずい空気になるとは……発言すら油断ならないな、俺の居るこの状況は。

 短時間の間に起きた、二回目の気まずさに、俺は誰かこの状況を打破してくれないかと祈りながら、頭を抱える。

 

「――あ、居た居た。陽菜ちゃーん!」

 

 すると、そんな俺の思いが届いたのか、娯楽室に新たな人物が姿を見せた。

 

「あ、椿ちゃん! どうしたの?」

「ちょっと報告にな。さっき、エリちゃんから電話あったんよ。そんで陽菜ちゃんへの伝言頼まれたんよ」

「恵理香ちゃんから!? 伝言って?」

「明日会わへんかぁー、やって。明日、学校終わりに家族で外食するらしいんやけど、その前に待ち合わせて会おうて。確か明日は午後自由行動やろ? 時間作れば会えるんちゃう?」

「本当に!? 明日かぁ……」

 

 どうやら京都の別の友達から、会わないかと誘いの電話があったようだ。

 陽菜は嬉しそうに口元を緩ませながら、天井を見据える。

 

「あ、でも明日はみんなで……」

「別にいいよ、少しぐらい。俺も陽菜の友達には会ってみたいしさ。みんなもいいだろ?」

 

 俺の質問に、他のみんなも迷わず頷いてくれる。

 

「みんな……ありがとう!」

「ほんなら決まりやね。ほな、ウチがエリちゃんに伝えとくわ」

「あ、私が電話で伝えるよ!」

「ええってええって。明日直接会って、ゆっくり話したら。待ち合わせ場所とかは後で伝えに行くから」

「椿ちゃん……うん、分かった。エリちゃんによろしくね!」

「了解や。ああそれから、サプライズゲストとも会えるかもしれへんで?」

 

 と、赤坂さんが意味ありげな笑みを見せる。

 

「サプライズゲストって?」

「それは会ってからのお楽しみや。ほな、またなー」

 

 ヒラヒラと手を振りながら、赤坂さんは娯楽室を立ち去った。

 

「サプライズゲストか……誰だろ?」

「まあ、言ってた通り会えば分かるだろ。それよりよかったな、また友達と会えるみたいで」

「うん! 今から楽しみだよ!」

 

 陽菜、凄い嬉しそうだな……恵理香とか言ってたっけ? どんな友達なのか、楽しみだな。

 

「ワクワクするなぁ……今日眠れる気がしないや」

「ちょっと、そんなの同室の私達からしたら迷惑だからね?」

「分かってるよ! だからグッスリ眠れるように、今いっぱい体力使う! 友くん、次は私とやろうよ!」

「はいはい……程々にな」

 

 彼女の興奮が収まるまで、しばらくは付き合わなきゃいけなそうだな……ま、別にいいか。

 

 それから俺達は消灯時間ギリギリまで卓球でしのぎを削り、クタクタに疲れきった体で、各々の部屋に戻ったのだった。

 こうして、修学旅行の一日目が終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 




 温泉卓球にて、修学旅行一日目終了。次回から二日目に突入です。ようやく話が動き出す……予定。お楽しみに。





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