「お、裕吾」
朝――今日も陽菜、友香、天城の三人と登校し、別れて教室に入ると、ここ数日風邪で休んでいた裕吾が自分の席に座っている姿が見えた。
彼は椅子にもたれ掛かり、いつものようにスマホとの睨めっこを繰り広げている。どうやら風邪は完全に治ったようだ。
「おはよう。風邪はもういいのか?」
裕吾の下へ近寄りながら、声を掛ける。裕吾もこちらに気付いたようで、スマホをポケットにしまいこちらへ顔を向ける。
「まあな。単なる風邪の割に、治るのに時間が掛かったがな」
「そっか。まあ無事で何よりだ」
こいつが風邪で数日休むなんて、結構珍しいから心配してたけど、無用だったな。
「……そういえば、俺が休みの間、法条の奴が突撃取材したらしいな」
「もう聞いてるのか……流石情報通。まあ、今回はすぐに引いてくれたけどな。あいつの目は、既に修学旅行に向けられているみたいだ」
「そうか……まあ頑張れ」
「頑張れって……他人事だな」
「他人事だしな」
「そうだけどさ……法条を抑えてくれたり、そういう協力をしようとは思えないのかよ」
現に、法条が天城達の事に関しての取材を控え目にしてくれてるのも、裕吾の言葉あっての事だし。今回もあいつに何か言ってくれれば、こちらとしては助かるんだが。
そんな俺の考えを長年の付き合いからなんとなく察したのか、裕吾は再びスマホを取り出しながら、口を開く。
「安心しろ。あいつには迷惑は掛けないようにしろって一応言っといてやる。俺も周りで必要以上に騒がれるのは嫌だしな」
「助かるよ。法条、お前の言う事以外聞く耳持たないしさ」
ふと、自分で言いながら気になった。法条はどうして裕吾の言う事だけは素直に聞くのだろうか、と。
俺も何度かあいつに頼み事をしたが、ことごとく拒否られた。それどころか、こっちはお前の弱みを握ってるぞアピールをしてくるので、今じゃ頼もうとも思えない。
しかし、裕吾のお願いや言う事は、脅す気配も見せずに大人しく聞く。よくよく考えてみると、ちょっと不思議だ。
もしかしてあれか? 裕吾の奴、法条と同じように彼女の弱みでも握ってんのか? だからあいつも素直に裕吾の言う事聞くのかな?
一度気になり始めたら止まらず、どんどんと疑問が膨らむ。いっそ裕吾に問い詰めてみようかと思ったが、そんなの答えてくれる訳無いし、そもそも裕吾が知ってるとも限らない。
仕方無く、俺は疑問を残したまま、自分の席へ向かった。
「おはよう、友希」
「おう、おはよう」
予鈴が鳴る前だというのに、席に座り一時間目の授業の準備をちゃっかり済ませている海子と挨拶を交わし、椅子に腰を下ろす。
「新庄、無事に治ったようだな」
「ん? ああ、そうだな。まああいつ、昔から体調崩してもすぐ治る奴だったし。一日中ネット見てるような奴だけど、健康面はバッチリなんだよ」
「そうなのか……ともかく、修学旅行前に治って何よりだな」
「ああ……そういえば、もう来週か。朝のHRもその話かね」
海子と話をしていると、チャイムが鳴り、駄弁っていた生徒達が各々席に着く。その数分後、ハル先生が教室にやって来る。ゆっくりとした歩みで教壇に立つと、いつもの笑顔を作りながら話し始める。
「はーい、皆さんおはようございまーす。今日もとっても寒いですねー。体調崩したりしてませんかー? あ、新庄君は無事に復帰出来たようですね。元気ですかー?」
ハル先生に視線を向けられた裕吾は、口は開かずに軽く頷く。
「元気そうで何よりです。もうすぐ修学旅行ですからねー、みんなも体調を崩さないように、しっかりと手洗いうがいをして、暖かい格好で寝て下さいね? お腹を出して寝たりするのは、絶対駄目ですからねー」
いつも通り、おっとりとした口調でマイペースに話すハル先生。軽く一分ほど適当な話をすると、ハル先生はパンッと手を叩いて、話を切り替える。
「さて、さっきも言った通り来週の火曜日から金曜日まで、三泊四日の修学旅行です。なので少しだけ、その事について確認しておきましょうか。みんな楽しみでしょうがないでしょうしねー」
「俺は若干メンドイけどねー」
「あ、誰ですか今言ったの? 修学旅行もれっきとした授業の一環です。面倒だからって、サボっちゃ駄目ですよー?」
小言を吐いた生徒にキッチリと説教してから、ハル先生は再度修学旅行について話し始める。
「時間も無いのでサクッと行っちゃいましょうか。まず行き先は、みんな知っての通り京都です。王道中の王道ですねー」
「海外とか行きたかったなー」
「俺はスキーとかしたかった」
「はい文句言わないのー。集合は白場駅で、そこから新幹線で京都まで向かいます。京都に着いたら、前もって決めてある通り、各班事にお寺やパワースポット巡りです」
「それって意味あんの?」
「楽でいいけどさー」
確かに、意味があるのかよく分からんな。まあ、修学旅行なんてこんなもんか。
次々と呟かれる小言の数々をスルーして、ハル先生は話を進める。
「そして一日目の日程が全て終了した後は、宿泊先である赤坂旅館へ向かいます。結構老舗の旅館で、かなり広いらしいですよー? そしてさらに、露天風呂まであるらしいですよー?」
「露天風呂……!」
「……ちょっとテンション上がってきた」
「ちょっと男子ー?」
「キモーイ……」
露天風呂の存在に浮き足立つ男子。それを蔑むような目で見る女子。それに「青春してますねー」と言いたげな笑顔を作るハル先生。そして一人溜め息をつく海子。
「全く、覗きでも考えているのだろうが……お前は考えてないよな?」
「す、する訳無いだろ! そんな人種に見えるか?」
「……まあ、お前は安全だな。
お前って……ああ、周りに一人居るな、しそうな奴。あいつの事だから、多分旅館の露天風呂の見取り図でも調べてるんだろうな。……面倒事にならなきゃいいが。
早速生まれた修学旅行への不安に、自然と肩が落ちる。
「さて、話を進めますよ。旅館での部屋割りは、各クラス男子女子に別れて、六、七人で一部屋です。ただ、各クラスの人数やらの問題で、他のクラスの人と一緒になってもらう人も居ます。ウチのクラスでは……世名君達と雨里さん達がそうですね」
ああ、そういえばそうだったな。確か、翼と孝司達のグループと同室になるんだっけ。こんな時も一緒とは……腐れ縁ってこういう事を言うんだろうな。裕吾も一緒だし。
「そして二日目、午前は各班事に決めた場所を回って、午後は自由行動です。そして三日目と四日目も自由行動……そんなところですねー。何か質問はありますかー?」
「当日欠席する時はどこに連絡すればいいですかー?」
「通常通り、私か二年の先生に連絡して下さいねー。……仮病は駄目ですからねー?」
と、ほんの少し恐怖を感じさせる笑顔を見せる。それに生徒達は口を閉ざし、視線を泳がせる。
とはいえ、絶対何人かするだろうな、欠席。まあ、面倒って気持ちは分からなくは無いけど。
「ともかく、こんな感じですかねー。ウチでは修学旅行は二年生のみです。思い出に残るように、全力で楽しみましょう。でも、それまではいつも通り勉強です。早速一時間目の授業、始めますよー。教科書開いて下さいねー」
全員、おっくうな表情をしながら机から教科書を取り出す。俺もひとまず修学旅行の事は忘れ、授業へと意識向けながら、教科書を取り出した。
◆◆◆
「友くーん、居るー?」
昼休み――昼飯を済ませ、裕吾と一緒に適当に教室で話し合っているところに、突然陽菜がやって来る。彼女の俺を愛称で呼ぶ声に教室に居る男子生徒達の妬みを含んだ目が、一気に俺に集まる。
別にあだ名で呼ばれるぐらいはいいじゃないか……どっかの情報屋は何々っちって呼んでくれるから、情報片手に頼んできなさい。
周囲の視線を出来るだけ気にせず、俺は陽菜の居る廊下へ出る。暇なのか、裕吾もついて来る。
「あ、裕吾風邪治ったんだ!」
「お陰様でな」
「そっかー、よかったよかった!」
「……で、何の用だ?」
「あ、そうだった! 友くん、私の数学の教科書持ってない? 鞄の中に入って無かったんだよねー」
不思議そうな顔をしながら、腕を組んで首を傾げる。
「数学の教科書? てか、なんで俺が持ってると思ったんだよ」
「いや、実は前に友くんに勉強教えてもらおうと部屋に行ったんだよね。まあ、友くんバイトだったから居なかったんだけど。その時教科書持ってたから、もしかしたら友くんの部屋に忘れちゃったんじゃ無いかなーって」
いつの間に……というか勉強は教える気無いって言っただろうが。
そのツッコミをしても話が無駄に長くなるだけなので、さっさと席に戻って教科書を探す。すると、俺の使っているのとは別に、もう一つ数学の教科書があった。裏を見てみると、黒ペンでしっかりと丁寧に書かれた桜井陽菜の名前が。
本当にあった……多分気付かずに入れてたんだろうな。教科書二つあるとか、普通思いもしないしな。
とりあえず見つけた教科書を持って、廊下で待つ陽菜と裕吾の下へ向かう。
「ほい、あったぞ」
「おー、よかったー! 全く友くんったら、間違えて持ってかないでよね!」
「お前も置いてくな。つーか、勝手に人の部屋に入るな」
「いーじゃん別に! 私達の仲でしょ?」
どんな仲でも、勝手に人様の部屋に入るのはどうかと思いますけどね。しかも不在の時に。
「はぁ……まあいいや。さあ、用が済んだなら帰った帰った」
「えー、折角だからもっとお喋りしようよ! 優香ちゃん達も交えてさ!」
「急に呼びに行っても迷惑だろ。ほら、大人しく次の授業の準備でもしてろ」
「――ちょっとぐらいいいんじゃない? 世名っち、陽菜っちに厳しいねぇ」
不意に、聞き覚えのある呼び名が耳を通り抜ける。顔を横に向けると、そこには思った通り、彼女が居た。
「法条か……」
「うわっ、露骨に嫌そーな顔。今回はただ通り掛かっただけだっての! 何も聞かないって。ところで……裕吾、あんた今回は随分と復活遅かったのね」
「俺だってしつこい風邪ぐらい引く」
「ま、無事で何よりね。あんたが居ないと、情報交換とか出来なくて退屈だからさ! で、なんか新しい面白いネタとか手に入った?」
「布団で寝込んでたのに、そんなにネタがある訳無いだろう。今朝仕入れた数個ぐらいだ」
あんのかよ。ホンットに恐ろしいなこいつの情報収集能力。どっからどう手に入れてくるんだか。
「さっすが裕吾! じゃあその情報、後で教えてくれる?」
「好きにしろ。軽く聞いたぐらいだから、曖昧な情報だがな」
「それでいいよ! むしろそれがいい! そこから完璧な情報を手に入れるのが、あたしは好きなんだからさ!」
「相変わらず、いい趣味だな」
「まーね。情報こそがあたしの餌だから! だから、今から修学旅行が楽しみで仕方無いねー」
と、法条は明らかに俺を見ながら口元をつり上げる。
「なんだよその嫌な笑顔を……」
「前も言ったでしょ、期待してるって! 今の世名っちにはゴシップが集まる、あたしの餌を集めるデッカイ釣り針なんだよ! 修学旅行で巻き起こる世名っちを巡る恋の波乱……期待してるからねぇ」
「はぁ……裕吾、なんか言ってやれ」
「ほどほどにしとけよ。周りで騒がれたら俺も迷惑だ」
「分かってるって! 迷惑は掛けないからさ!」
大丈夫なのかなぁ……何も起きないのが一番なんだけど。
でも、大きなイベントだと確実になんかあるだろうな。そしてそんな彼女の餌が大量発生するイベントを、法条が行動を起こさずに見逃すなんて無いだろう。まあ、迷惑になるような事はしないだろうから、安心……なのかな?
「あ、そうだ! 裕吾、今週の土曜日暇?」
「なんだいきなり」
「修学旅行に向けてさ、カメラ買い替えようかなーって。あんた機械とか得意でしょ? だから買い物に付き合ってもらえないかなって」
「なるほどな……けど悪いな。土曜は用事があるから付き合えん」
「あ、そうなんだ……じゃあ、仕方無いね!」
微かに、今まで明るく甲高かった法条の声のトーンが下がる。
「悪いな。代わりにどのカメラがオススメか情報はくれてやる」
「う、うん、ありがと。助かるよ!」
感謝の言葉を伝えるが、法条の顔はどこか暗い。それに疑問を感じていると、裕吾が「便所に行ってくる」と言い、俺達の前から立ち去る。
それを見送ってから、再び法条へ目をやる。彼女は相変わらずどこか落ち込んでいて、いつもの陽気さが無い。
どうしたんだと、彼女へ問い掛けようとしたその瞬間、今まで黙り込んでいた陽菜が、不意に口を開いた。
「ねえ杏子ちゃん。もしかして杏子ちゃんって……裕吾の事好きなの?」
「……は?」
陽菜の突然過ぎる発言に、俺は思わず声をこぼす。
「お前、いきなり何言ってんだよ」
「だって、今の見てたらそうとしか思えないんだもん。杏子ちゃん裕吾と話す時、他の人と喋る時より嬉しそうだし、一緒に買い物行けないって分かった時も、凄くガッカリしてたし。それに裕吾の事だけ呼び捨てだし」
「そうだけど……だからって……」
それは無いだろう――そう口にしようとした矢先、法条の顔が視界に入り、思わず口が止まった。
今まで見た事の無い顔だった。法条の顔は信じられないほど真っ赤に染まり、視線は泳ぎまくり、口は慌ただしくパクパクと動いていた。
「ななな、何、何言って、言ってんの陽菜っち! あああ、あたしが裕吾の事をすすす、好き、好きだなんて……! そ、そんなの、ある、ある訳なな、無いでしょう!?」
さらにいつもウザったいほど流暢な言葉を吐く彼女の口から出た、有り得ないぐらいどぎまぎな上擦った言葉、腕をわちゃわちゃとさせる動作に、俺は驚きを隠せなかった。
これは間違え無い……今の陽菜の言葉、完全に図星だ。
「……マジ?」
「あ、え、あの、その、は………はい」
俺でも聞き逃してしまいそうな小さな声を出しながら、身を縮こまって目を伏せる。その姿はゲスの法条と呼ばれる彼女には似つかわしくない、恋する乙女のそれだった。その姿に、俺は絶句するしかなかった。
マジですか……いや、裕吾はモテるから誰かに好かれる事自体はなんら不思議では無いんだが……まさかあの法条が裕吾に惚れてるとは……
「……いつから?」
「…………世名っちと知り合った時には、既に」
長い間を置いて放たれた言葉に、俺はさらに絶句した。
あの時からか……だとすると、相当長いなオイ。
「友くん、今まで気が付かなかったの? 中学からの知り合いだったんでしょ?」
「お、俺はそこまで裕吾とこいつが一緒に居るとこ見てた訳じゃ無いし……それに、そんな様子全然無かったというか……こいつ、誰にでもフレンドリーに接するし」
それに何より、こいつは色恋沙汰には絶対無関心だと思っていた。そういうのは彼女にとってはあくまで餌。だから自分がそういった経験をする事は無い――そういう人間だと思っていたから、まさかこいつか恋をするなんて、思いもしなかった。
「全然気が付かなかった……」
「あたしだって、まさかバレるとは思わなかったよ……割と必死に隠してるつもりだったのに……」
「フッフン、こう見えて恋する乙女歴長いんだよ! 他人の恋も見破っちゃうんだから!」
と、何故か陽菜は自慢げに胸を張る。
恋する乙女歴って、自慢出来る事なのか――と言いたいところだが、その恋する相手が俺なので何も言えない。
「それにしても、まさか杏子ちゃんが裕吾の事好きだなんてねぇ」
「言わないでよぉ……スッゴイ恥ずかしいんだから……」
と、 頭に掛けた眼鏡を下ろし、顔を隠すように頭を抱える。声もいつもの甲高い声とは遠くかけ離れた、へなへなした弱々しい声だ。
いつも他人の恋愛事情に土足で踏み込んでいく法条が、今は完全に恋する乙女だ。可愛らしい一面もあるもんだ。
もはや別人レベルの法条をジッと見ていると、突然彼女は顔を上げ、若干涙が浮かんでいる瞳で俺を睨む。
「何よ……あたしが恋しちゃ悪い!?」
「言ってねぇだろそんな事……しかし、お前が裕吾をねぇ……なんで?」
「なんでって、知らないわよ……好きになっちゃったんだから、しょうがないじゃない……」
わー、スッゴイ乙女なセリフ。こいつ本当に法条か? 偽物なんじゃないの。
本当は色々と問い詰めたいところだが、これ以上聞いては彼女の精神が保たなそうだ。それに今は運良く周りに誰も居ないが、そろそろ教室の奴らがこの騒ぎに気付くかもしれん。というか気付いてるかもしれん。
彼女の為にもこの話はここに終わりにしてやろうと、俺は一息ついてから、口を開く。
「まあ、これ以上何も問い詰めたりはしねぇよ。誰にも言わねぇから、安心しろ」
「……あんがと」
ボソッと、頬を染めながら呟く。
なんだか……天城達と接する時とは、別のこそばゆさがあるな。今後話すのが若干気まずいな。
このままこの話を切り上げようとした、その時。陽菜がさらに、余計な一言を口にする。
「杏子ちゃん、裕吾に告白とかしないの?」
「こっく……!? 告、告白だなんて、そそそ、そんなの無理、無理だって!」
陽菜……余計な事を。収まり掛けた法条がまたテンパり始めたじゃないか。
頭を抱える俺を横に、陽菜は遠慮無しに法条へ話し掛ける。
「そうかな? だって裕吾と仲良いみたいだし、告白してみたら上手く行くかもよ?」
「そ、そんな訳無いって! それに裕吾は、そういうの関心無いみたいだし……」
「まあ確かに、裕吾はそういう恋愛とかには無関心だしな。彼女とかも、面倒だって言ってたし」
「あ、そ、そうなんだ……」
と、俺の一言に法条が露骨にガッカリしたように表情を暗くし、肩を落とす。
「友くん! そんな事言っちゃ駄目でしょ!」
「ご、ごめん……ま、まあ裕吾もなんだかんだ優しい奴だし、告白したらしたでキッチリ対応してくれるよ、うん」
「そう、だろうけどさ……私には、陽菜っちみたいな勇気無いから無理だよ。振られたらどうしようとか、怖いし。だから、私は別にこのままでいいんだ。今も十分楽しいしさ」
「法条……」
意外と繊細なんだな……確かに、陽菜達の事で感覚が狂ってたが、告白って勇気のいる事だよな。そんな簡単に伝えられる事じゃ無いし、難しい問題だよな。
「……でもさ」
ふと、陽菜が真剣な眼差しを法条へ向けながら、口を開く。
「杏子ちゃん、裕吾の事好きなんでしょ? だったら今じゃ無くてもいいから、いつか勇気が出たらしっかり伝えた方がいいと思う」
「陽菜っち……」
「杏子ちゃんだって、もし裕吾が他の女の子と付き合ったりしたら嫌でしょ?」
「それは……そうだけどさ」
「だったら勇気出さないと! じゃないと、絶対後悔するよ! 私だったら、絶対後悔する!」
まるで自分の事のように熱の籠もった声を出しながら、陽菜は法条の垂れ下がった両手を掴む。
「……でもさ、私やっぱり勇気出ないや……私の思いを受け入れてくれるか、分かんないし」
「だったらいつか勇気が出るように、思いを受け入れてもらえるように、ちょっとずつ頑張っていこうよ! もちろん私も応援するよ! 同じ恋する女の子として、ほっとけないもん!」
「陽菜っち…………ありがと。なんか、ちょっと勇気出たかも」
と、今まで落ち込みモードだった法条の顔に、笑みが戻る。
「今までずっと一人で抱えてたからかな……なんか二人に知られたら、ちょっとスッキリした。あたし、頑張ってみるよ! すぐに告白とかは、無理だけど……少しずつ、頑張る!」
「杏子ちゃん……うん! その意気だよ! 私も協力するよ! 一緒に恋が実るよう、頑張ろうね!」
「うん……!」
二人は互いの手をギュッと握り締め、笑顔を交わす。
「だとしたら、早速行動開始だよ! 来週の修学旅行に向けて、作戦会議しようよ!」
「さ、作戦会議?」
「修学旅行みたいなイベントは、親密になれるいい機会だよ! どうやってもっと親密な関係になるか、考えよう!」
「う、うん、分かった……!」
「じゃあ教室に戻って、会議開始だ!」
そう言うと陽菜は法条の手を引っ張り、C組の教室へと歩き出す。
「あ、そうだ。友くん、この事は言っちゃ駄目だからね!」
「え? あ、ああ、分かってるよ」
「い、言ったら世名っちの悪評をバラまくかんね!」
「怖い脅し文句だな……言わないから安心しろ」
恋する乙女の秘密を暴露するなんて、そんな事はする気にはなれないしな。
「それじゃあまたねー! そうだ杏子ちゃん、京都の神社に縁結びのお守りとかあるんだよ! それ一緒に買ってみようよ!」
「縁結びか……そういうのも、大事だよね」
「うん! あ、あと京都にはいいデートスポットが――」
楽しそうに話し合いながら立ち去る陽菜達を、俺は後ろから黙って見守る。
しかし、あの法条がね……本当に人の恋心は何があるか分からないものだ。
「……そういえば、裕吾の奴遅いな」
まあ、居ない方がよかったか。あいつも法条が自分に惚れてると知ったら、どうするんだろうか。
「……修学旅行か」
法条も自分の恋を少しでも進展させる為に動くと決意した。そしてきっと、陽菜や海子、天城も同じように何かを考えてるに違いない。
修学旅行……何があるか分からない。今回も気を引き締めて掛かろう。この旅で、また何かが変わるかもしれないのだから。
次回、修学旅行編開始です。物語が動く……かもしれない、中盤のクライマックス。自分の恋を成就させるべく、恋する乙女達がどうするのか、お楽しみに。