モテ期と修羅場は同時にやって来るものである   作:藤龍

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アイドルの助力

 

 

 

 

 

 

 

 

「お姉ちゃん、今ちょっといい?」

 

 とある日の夜。仕事の疲れをお風呂に浸かる事で綺麗サッパリ忘れ去り、部屋に向かい寝る前、私はお姉ちゃんの部屋に立ち寄った。

 扉を開くと視界によく見慣れたお姉ちゃんの部屋の光景、そして勉強机の前に座るお姉ちゃんの姿が見えた。

 

「香澄? どうしたの?」

「寝る前に、確認ついでに明日の事話しておこうと思ってさ。今平気?」

「うん、平気よ」

 

 いつもの優しい柔らかい笑顔を浮かべながら、お姉ちゃんは頷く。

 明日は日曜日。そして、アイドル兼中学生という、毎日仕事と学校で忙しい私にとっては珍しい、丸一日の休みが取れた日でもある。

 そんな貴重な休日、私はお姉ちゃんと一緒に久しぶりに買い物に行く事にした。本当なら丸一日ダラダラしたりするのがいいんだろうが、最近休日にお姉ちゃんと二人で買い物をしていなかったなーっと思い、誘ってみたのだ。

 もちろんお姉ちゃんはそれを快く承諾してくれた。「お仕事で疲れてるんだから、休んでた方がいいんじゃない?」と言ってはいたが。

 

 そんな明日の予定の確認の為、私とお姉ちゃんは話し合う時の定位置となっている、お姉ちゃんのベッドの上に座り、キッチンから持ってきたジュースを片手に話す。

 数分ほどで明日の事については大体の事を話し終え、話題がただの雑談へと変わる。

 

「……ところでお姉ちゃん、最近お兄さんと進展あった?」

「い、いきなり何言い出すの……!?」

 

 なんとなくそう問い掛けてみると、お姉ちゃんは急激に顔を赤くする。

 お兄さんの話題になるといつもこうだ。いい加減見飽きた。そしてこの反応見る限り、特に何も無いようだ。

 

「やっぱり、こないだの鍋パーティーの時、お泊まりでもしとけばよかったんじゃない?」

「そ、その事はもういいでしょ! そもそも進展してるかどうか、私よく分かんないもん。というか、分かったら苦労しないよ」

「そうだろうけどさ。もうすぐ今年も終わるよ? せめて年が変わる前に、何かしらしないと」

「な、何かしらって?」

「例えば……家に誘うとかさ」

「い、家に誘うって……無理だよそんなの!」

 

 顔をリンゴのように真っ赤に染めながら、ブンブンと頭を横に振る。

 

「本当、お姉ちゃんは意気地無しなんだから。もっと陽菜さん……だっけ? みたいに大胆に行かないと! 朝の挨拶変わりに抱き付くとか」

「だ、抱き付くなんて無理だって! だ、だってそんなの……」

 

 と、その状況を想像したのか、お姉ちゃんは両手でほっぺたを押さえながら口をアワアワと動かす。

 

「どうしてそんなに恥ずかしがるかね……お姉ちゃんだってお兄さんと密着したいとか思うでしょ?」

「お、思わない訳じゃ無いけど……そんなの簡単に出来ないって!」

「じゃあ手を繋ぐとか?」

「そ、それぐらいなら……多分、出来る……かもしれない……と思う」

 

 恋する恥ずかしがり屋な乙女の、とてつもなく曖昧な言葉に、私は溜め息を盛大に吐いた。

 お姉ちゃんが恥ずかしがり屋なのは昔からの事だが、そこに恋愛が加わるとここまでのものになるとは、思ってもいなかった。

 お姉ちゃんもいざという時は頑張って勇気を出すんだろうけど、そんな時々な頑張りじゃあ他の人に負けてしまう。日頃から小さな事でもいいから、お兄さんにアピールしないと。

 私はお姉ちゃんに幸せになってほしい。その為に、お姉ちゃんへの協力は惜しまない。ここはアピールの機会を作る為に、一肌脱ごう。

 

「お姉ちゃん、携帯貸して」

「え? う、うん……何するの?」

「ん? 助力……かな?」

 

 お姉ちゃんは不思議そうに首を傾げるが、勉強机の上のスマホを取り、渡してくれる。受け取ってすぐ、私は電話帳を開く。画面をスクロールして、世名友希の名前を見付け出す。そしてそのまま、電話を掛ける。

 

「な、何して――ムグゥ!?」

 

 それを見て叫ぼうとしたお姉ちゃんの口を空いた手で塞ぎ、スマホを耳に当てる。プルルというコール音が数回鳴った後、ようやく電話が繋がる。

 

「あ、お兄さんですか?」

『あれ? その声……香澄ちゃん?』

「はい。すみません夜遅くに。今ちょっといいですか?」

『構わないよ。どうかしたの?』

「実は、明日私久しぶりに休みを取れたので、お姉ちゃんと買い物に行こうと思ってるんです。だけど……実は、またストーカーが居るみたいなんです」

「んんっ!?」

 

 お姉ちゃんが私の手を剥がそうとしながら、驚きの声を上げる。それはストーカーに居る事に対してでは無い、今の私の言葉が真っ赤な嘘だからである。私の周りに、ストーカーなんて今は居ない。(気付いてないだけで、本当は居るかもしれないけど)

 どうして私がそんな嘘を付いたかというと――

 

「だから私、またいつかみたいに襲われたりして、危険な目に遭うんじゃ無いかって心配で……だから、お兄さんにボディーガードとして買い物に付き合ってほしいなぁって」

 

 アイドルの仕事で培ったスキルをフルに発動させた甘ったるい言葉を、電話の先に居るお兄さんへ伝える。するとお姉ちゃんは「何言ってるの香澄!」と言いたげな顔でこちらを見る。

 それに気付かない振りをしながら、お兄さんの返事を待つ。困ったように一瞬間が空いてから、返事が来る。

 

『そ、そうなんだね……でも、俺なんかボディーガードとして役に立たないと思うぞ?』

「そんな事無いですよ! 一緒に居るだけで、心強いですから! それとも……やっぱり迷惑ですか?」

『いや、そんな事は無いけど……まあ、別に構わないよ、暇だし』

「やったぁ! ありがとうございます、お兄さん! それじゃあ明日の午前十一時頃に、駅前で待ち合わせましょう! 楽しみにしてますね!」

『お、おう、明日ね』

「はい! 少し早いけどお休みなさい、お兄さん!」

 

 その言葉を最後に電話を切り、ふぅと息を吐く。

 慣れているとはいえ、こういう風に甘ったるい声を作るのは疲れるものだ。ま、お兄さんと話すのは嫌じゃ無いから苦行では無かったけど。

 

「んっ……ぷはぁ! 香澄! 一体何考えてるの!」

 

 電話が終わった事に気が揺るんで力が抜けてたのか、お姉ちゃんがようやく私の拘束から抜け出す。

 

「言ったでしょ? 助力だよ助力。私はお姉ちゃんの為を思って、お兄さんと親密になる機会を作ってあげたんだよ」

「そ、そんなの頼んで無いでしょ!」

「でもお姉ちゃんだって、休日にお兄さんと一緒に居られるなんて、嬉しいでしょ?」

「そ、それは……そうだけどさ……」

「なんて事無い一日を一緒に過ごす事だって大事なんだから。お兄さんを口説き落とす為に、このチャンスを活かしてよね?」

 

 からかうような声を出しながら、顔を近付ける。お姉ちゃんは困ったように口を歪ませ、ウルウルと潤ませた瞳を逸らす。

 

「そんな事言っても、何していいか分かんないよ……」

「大丈夫、明日は私も出来る限りフォローするから。頑張っていこ!」

「ううっ……うん、頑張るよ……」

 

 お姉ちゃんには絶対お兄さんとくっ付いてもらわないと。多少強引でもなんでも、私が出来る事はなんでもしてやるんだから。

 

「よし、それじゃあ明日に備えて色々練習しようか! 男を口説き落とす腕の絡ませ方とか」

「そ、そんなの使わないからいいよ! というか、どうしてそんなの知ってるの!」

「細かい事はいいの! ささ、始めるよー」

「だから、そんな事しないってばぁ!」

 

 

 ◆◆◆

 

 

 翌日――昨日指定した待ち合わせ時間より数分早く、私とお姉ちゃんは白場駅前に着ていた。

 日曜日というだけあって、駅前にはそれなりの人が集まっている。そしてその内の六割程度の人の目が、私達に集まっていた。しかし、この視線はアイドルである私に向けられたものでは無い。

 私は基本外を出歩く時は変装をしている。今日は目深に被った黒のキャップに同じく黒のジャンパー、そしてジーパンという、正直アイドルには似つかわしく無い服装である。さらに黒縁眼鏡も掛けて、変装は恐らく完璧だ。

 だが視線は集まっている。これは別に変装していても私のアイドルオーラがにじみ出てるからとかでは無い。むしろ今の私にはアイドルオーラなんて皆無だろう。じゃないと困る。

 周囲の視線が集まっている理由。それは言わずもがな、私の隣に立つ女性――お姉ちゃんだ。

 

「……ちょっと早く来すぎちゃったかな?」

「そんな事無いよ」

「そ、そうだよね…………じゃあ、もうすぐ世名君来るね」

「そうだね」

「…………」

 

 緊張しているのか、お姉ちゃんはお腹の辺りで忙しなく両手を絡ませる。その仕草が、彼女の可愛らしさをさらに引き上げている。こんな可愛い生物が居たら、視線を集めるはずだ。

 お姉ちゃんの服装はクリーム色のコートに紺色のスカート。今日は結構寒いので、周りの女性も似たような服装だし、そこまで目立つ服装では無い。しかし、それでもお姉ちゃんの美貌は視線を集める。

 毎回後から後悔してるけど、一緒に出掛ける時はお姉ちゃんにも変装させるべきかなぁ……これじゃあ私の正体バレなくでも、結局目立ってるし。

 お姉ちゃんも目立つのは好きでは無いし。まあ、今更後悔しても遅いのだが。

 

 周囲の視線に色んな意味でドキドキしながら待つ事、数分。

 

「――あ、居た居た」

 

 風に乗って届いたその声に、お姉ちゃんがピンと背筋を伸ばし、寒さで赤くなっていた頬がさらに赤くなる。その反応に半分呆れながら、私は声の聞こえた方角へ顔を向ける。そこにはようやくやって来た、お兄さん。

 

「……あ」

 

 お兄さんの姿を見た瞬間、私は思わず声を上げた。理由は服装だ。彼の服装は黒いジャンパーにジーパン……見事に、私とペアルック状態だった。

 これは……やっちまったかな? これじゃあ私とお兄さんの方がカップルっぽいじゃん……まあ、別に完璧に同じ訳でも無いし、お姉ちゃん達も気付いて無いみたいだから、いっか。

 

「ごめん、待たせちゃった?」

「ううん、そんな事無いよ! ……あれ? そのマフラーって……」

 

 と、お姉ちゃんが小さく呟く。

 確かに、お兄さんは赤いマフラーを首に巻いている。今日の寒さはなかなかに厳しいし、他にも巻いている人が居るし、何ら不思議は無い。だがお姉ちゃんはそのマフラーを、驚いたように見つめる。

 

「それって……私があげた?」

「ああ。その、今日はちょっと寒かったしな……折角だから、使わせてもらったよ」

「そ、そっか。……そっか……」

 

 嬉しそうに小さく呟き、ほくそ笑む。

 なるほど、お姉ちゃんのプレゼント。それを持ってくるとは、お兄さんもなかなかやるじゃん。

 

「ところで……そっちは香澄ちゃんでいいんだよね?」

「え? ……ああ、そうですそうです」

 

 一瞬変装している事を忘れてしまい、慌てて頷く。

 

「本当、遠目じゃ全然気付かなかったよ。これでストーカーも気付かない……かな?」

「ストーカー?」

「え? 今ストーカーが居るんじゃないの? それで心配だから、今日俺を誘って……」

「……ああ、そうでしたね!」

 

 そういえばそんな理由で誘ったっけ……うっかりして忘れてたよ。

 

「ま、まあ大勢人が居る場所なら安全だろうし、気楽に行きましょう!」

「そ、そうなの? なら、俺居なくてもよかったんじゃ……」

「そんな事無いですよ! 一緒に居るだけで安心感が違いますから! ね?」

「え!? う、うん、そうだね。ところで、世名君は迷惑じゃなかった?」

「平気だよ。どーせ暇だったし、困ってるならいくらでも力を貸すよ」

 

 ニッコリと、お兄さんは安らかな笑みを作る。

 別に困ってる訳じゃ無いんだけどな……ちょっと罪悪感。

 

「ともかく、一応ストーカーに警戒しつつ、今日は普通に楽しく行きましょう! お兄さんも、お姉ちゃんとデートする感じでやればいいですからね」

「ちょっ、香澄!」

「ハハッ……まあ、姉妹の時間を邪魔しない程度に楽しませてもらうよ」

「そんな気使わなくていいですよ。それじゃあ、まずは早いけどお昼でも食べます?」

「そうしよっか。どこにしようか?」

 

 お兄さんのその問い掛けに、私は速攻で答えを返す。

 

「お寿司にしましょう! 近くに美味しい回転寿司がありますから!」

「ああ、そういえばあったな。値段も安いし、そこにしようか」

「うん、そうだね。その……今日は、よろしくね」

 

 モジモジと視線を逸らしながら、お姉ちゃんは小さな声を上げる。

 そこは満面の笑みを浮かべながら手を握って、一気に距離を詰めたりすればいいのに。控えめな行動より、大胆な行動の方が男の子はドキッとするんだから。

 

「ま、これぐらいはいっか」

「ん? 何が?」

「ああ、なんでも無いです! さ、行きましょうか!」

 

 そのまま私達は駅を立ち去り、近くにある回転寿司へ向かう。

 数分ほどでお店に到着し、早速店内に入る。そのまま店員さんの案内で席へ移動。

 

「二人ともレーン側に座る? その方が取りやすいでしょ」

「あ、いいよ気にしないで。私が香澄の分を取るから――」

「私とお兄さんがレーン側で、お姉ちゃんはお兄さんの隣ね。お姉ちゃんはお兄さんに取ってもらってー」

 

 お姉ちゃんの言葉を遮り流暢にそう言いながら、私はレーン側へさっさと腰を下ろす。するとお姉ちゃんは慌てて私に近寄り、小声で喋り出す。

 

「な、何勝手に決めてるのよ!」

「その方がお姉ちゃんもいいでしょ? それにお兄さんからお皿を受け取る時に手と手が触れ合って……みたいな事があるかもよ?」

「なっ、何を……!」

 

 いつもの如くそのシチュエーションを想像したのか、みるみる顔が赤くなる。

 

「そういう地味な事でも、一歩前進には必要な事だよ。ささ、ファイト!」

「そ、そんな事言われたって……」

「……あのさ、周りの視線も集まってるし、とりあえず座ろうぜ」

「え!? う、うん、そうだね!」

 

 お姉ちゃんは慌てて私の側を離れ、向かい側のお兄さんの隣へ腰を下ろした。席は広々としているのにお姉ちゃんは縮こまり、微動だにしない。

 隣に座っただけでそんなに緊張するか……私の言葉で変に意識しちゃってるからだろうけど。

 こんなんで大丈夫かと先行きが不安になりながら、とりあえずジャンパーを脱いで(帽子はバレるので行儀悪いが被ったまま)から、レーンの上で回るお寿司に目をやる。

 

「えっと……天城は何食べる? 俺取るからさ」

「ご、ごめんね……」

「い、いいってこれぐらい。それで、どうする?」

「じゃあ……たまごで」

「分かった」

 

 と、お兄さんもジャンパーとマフラーを脱いで、レーンに目を向ける。が、お姉ちゃんの指定したたまごは一向に流れて来ない。

 

「……あの、先に好きなの取ってていいよ?」

「いや、いいよ別に……こういうのはレディーファーストだから」

「……そこのパネルで注文出来ますよ」

 

 なんだか見ていて焦れったくなったので、レーン上部にある液晶パネルを指差す。お兄さんは慌てたように「ああ、そうだったね」と言い、お姉ちゃんのたまごを含めて色々注文する。

 数分経つと頼んだ品がいくつか届き、お兄さんがそれをレーンから取る。

 

「はい」

「あ、ありがとね」

 

 お兄さんが取ったたまごを受け取ろうとした寸前、お姉ちゃんがピタリと手を止める。恐らく、さっき私が言った手と手が云々を思い出したのだろう。お姉ちゃんはどぎまぎと手を動かし、皿を受け取るのを躊躇う。

 

「……他の流れてっちゃうよ?」

「わ、分かってるよ!」

 

 私の一声にお姉ちゃんは意を決したのか、お皿を受け取る。運悪くというべきか、運良くと言うべきか、二人の手は触れ合わず、お姉ちゃんはホッとしたような残念なような、複雑な表情を見せる。

 初々しいにも程があるでしょ……お姉ちゃん、仮にもお兄さんに告白してから半年以上経ってるんだよね? なのに未だ手と手が触れる事に恥ずかしがるとか……もしも付き合ったとして、大丈夫なのか? お姉ちゃん、色んな感情に襲われて死んじゃうんじゃないか?

 姉の将来がますます不安になりながら、私は取ったお寿司を食べる。お姉ちゃんとお兄さんも、互いを意識して緊張しているのか、少し気まずそうな顔をしながらお寿司を口に運ぶ。

 アーンして食べさせたらどう? とか色々煽ってみる気だったが、もう今のを見たらとても実行するとは思えない。私はこの昼食でこれ以上助言をする事は諦め、黙々とお寿司を食べ続けた。

 

「ところで、この後はどうするの?」

「一応、お洋服とか色々見て回る予定です。あと、夕飯の買い物も少々」

「そっか。了解」

「ごめんね、世名君にとっては退屈かもしれないよね」

「別にいいよ。こういう休日も悪くないしさ」

「流石お兄さんです! お姉ちゃんの試着ファッションショー、期待してて下さいねー」

「そんなのしません! というか、もうそれやったし……」

 

 あ、やってるんだ。お姉ちゃん、やる時はやってるみたいだね。その勇気を、普段も簡単に絞り出せたらいいんだけど。

 

 その後は三人で適当な会話を交えながら、昼食を済ませる。支払いは恐らく一番稼いでいる私が奢ると言ったのだが、お兄さんが「男としてそれはみっともないから、奢らせてくれ」と頼まれたので、お言葉に甘えてお兄さんの奢ってもらい、私達は次なる目的地を目指した。

 次の目的地は駅近くのデパート。そこのファッション店が多く集まるエリアへやって来た。

 どの店に入ろうか辺りをうろつく間、ふと気になった質問をお兄さんにぶつける。

 

「お兄さんって、どんな服装の女の子が好きなんですか?」

「どんな? うーん……俺ファッションとかそういうのよく分かんないからな……そういうのはあんまり無いかな。その人に似合ってる服がいいんじゃないかな?」

「そうなんですか。じゃあお姉ちゃんに似合った服を探そっか」

「い、いいよそんな事しなくて!」

「ハハッ、まあ天城は可愛いし、なんでも似合うんじゃないか?」

 

 さらっとそう口にする。直後、お兄さんはしまったと言わんばかりに口を開く。

 

「かかか、可愛いって……そそ、そんな事は……」

 

 案の定、お姉ちゃんは盛大に慌てふためく。それにお兄さんは「またやっちまった」と言わんばかりに頭を抱えた。

 お兄さん、案外……というかやっぱりというか、天然ジゴロですね。こういう事がさらっと出来る男性がモテるんだろうね、きっと。

 

「はいはい、いつまでも照れてないで、さっさと行こ」

「う、うん……」

「そ、そうだね」

 

 一抹の気まずさを残しつつ、お兄さんとお姉ちゃんが歩き出す。それに、私も黙ってついて行く。

 

「…………」

 

 無意識だろうが、今二人は横並びで歩いている。距離もそれなりに近い。これはチャンスだと思い、私はお姉ちゃんの肩を叩き、小声で囁く。

 

「手ぇぐらい繋ぎなよ」

「手っ!? そ、そんなの……」

「それぐらい出来るでしょ! ほら、ガンバ!」

 

 自分でも半分怒ってるなと思える声を吐き、私は少し歩く速度を落として二人の後ろに着く。お姉ちゃんは私になんとも言い難い感情を浮かべた目を向けるが、私は右手で自分の左手を掴み、手を繋げと煽る。

 それにお姉ちゃんはようやく行動を起こす気になったのか、こちらから視線を外す。直後、左手をそーっとお兄さんのぶら下がる右手に近付ける。

 そのまま掴み取ると思ったが、ピクリと手を震わせると、それを微かに引っ込める。すぐにまた手を伸ばすが、同じくあと少しのところで引っ込める。

 じ、焦れったい……! 手を繋ぐぐらい出来るでしょ! つーか絶対した事あるでしょ! 一度した事ぐらいスパッとやってよ! 見てる方がなんかイライラする!

 もう強引にでも手を繋がせてやろうかという考えが頭を過ぎった、その時。突然、お兄さんが近付ける引っ込めるの動作を繰り返していたお姉ちゃんの左手を、さっと掴んだ。

 

「ひゃ!?」

「ご、ごめん! 痛かったか?」

「そ、そうじゃないけど……ど、どうして急に?」

「いや、なんだか手を繋ぎたそうにしてたからさ……嫌だった?」

「そ、そんな事無いよ! その……スッゴく嬉しい……」

 

 と、お兄さんの方へ向けた視線を落とし、お姉ちゃんが小さくほくそ笑む。

 お兄さん、本当にそういう事に気が利くというか……優しい人だな。

 結構いい雰囲気だ。この調子なら何か事が進展するかも。……ここは空気読んで、お姉ちゃんの為に二人きりにしてあげるか。

 

「あ、私ちょっとお手洗いに行ってくるんで、二人は適当に見て回ってて下さい!」

「えっ、ちょっと香澄!?」

「お兄さん、お姉ちゃんのエスコート、頼みましたよ!」

 

 いきなり二人きりは流石に恥ずかしいから一緒に居て、と言いたげなお姉ちゃんに引き止められる前に、私は二人の前から姿を消す。

 さてと、しばらく二人には楽しんでもらいましょうか。お姉ちゃんがなんか行動起こせば、お兄さんの好感度が上がるんだろうけど、まあ、あのお姉ちゃんだし多分黙ってるだけだよね。

 それでも、お姉ちゃんはお兄さんと二人で居るだけで幸せだろうし、よしとしますか。

 

 とりあえずしばらく時間を潰す為に、ひとまずお手洗いに向かい顔を洗ってから、辺りを歩く。その間、私はどうしたら二人の仲をより親密に出来るかを考える。

 お姉ちゃんの好感度は言わずもがな最大だし、どうやってお兄さんにお姉ちゃんを好きになってもらうかだよね。

 お兄さんは決してお姉ちゃんの事嫌いな訳では無いし……というかむしろ好きな方だと思う。でも、多分それは海子さん達も同列だ。二人が付き合うには、お兄さんにお姉ちゃんの事をもっと好きに、一生側に居たい、寄り添いたいと思わせなくてはならない。

 しかしそれが一番難しい。お姉ちゃんも素敵な女性だけど、海子さん達も同じく素敵な女性だ。さらにお兄さんはあの優しい性格だ。彼女達を振って誰かと付き合うという事が、心苦しいのだろう。

 そんな心苦しさすら顧みない愛情を、特別な感情を芽生えさせる……なかなかに難しい事だ。

 

「ま、簡単に出来たら苦労しないよね」

 

 早くくっ付けたいけど、焦っても仕方無いだけだ。ゆっくりと、気長に協力しよう。

 

「……そろそろいいかな」

 

 もう結構時間も経ったはずだ。そろそろ心配させちゃうだろうし、二人のところへ戻ろう。

 クルリと方向転換して、二人の下へ戻ろうと足を進めた、その時――不意に正面から向かってきた女性の人と肩がぶつかってしまう。

 

「きゃあ! ご、ごめんなさい!」

「こ、こちらこそ……あれ? あなた、アイドルの甘義カスミじゃない?」

「え? …………あっ!」

 

 言われてから、今のぶつかった衝撃で帽子が落ちてしまい、さらに顔を洗った後に眼鏡を掛け忘れていた事に気が付く。

 

「マジモンのカスミン? スッゴテンション上がってきた!」

「あ、あの、ちょっと……」

「え? カスミン? マジで?」

「うわっ、本当だカスミンじゃん! カッワイ!」

「やっべー、写メ撮らねーと!」

 

 女性の歓喜の声に周りの人達も私の存在に気が付き、あっという間に私を中心とした人集りが完成する。

 ど、どうしよう……とんでもない騒ぎになっちゃった……私の馬鹿! ちゃんと注意しとけ!

 別に気が付かれる事自体は構わない。しかし、今はお姉ちゃんも一緒だ。お姉ちゃんは目立つ事を嫌う。でも私の姉という事が知られれば、間違え無く噂が広まり、お姉ちゃんは注目されるだろう。

 それだけは絶対に避けたい。いや、避けなきゃならない。

 

「あ、あの、今はプライベートなんで、ちょっと……」

「俺ファンなんです! サイン下さい!」

「あ、私も私も!」

 

 だ、駄目だ全然抜け出せない……どうしよう、このままじゃお姉ちゃんが来ちゃって、さらに騒ぎになっちゃうかも……

 早く逃げ出したいが、周りに集まった人達は私を逃がそうとはしない。ある意味、一般人はストーカーより悪質かもしれない。

 どうやってこの状況を抜け出そうと考えていた、その時――

 

「――ちょっと、通して下さい!」

 

 人集りの外から、男性の声が聞こえる。直後、人の間を抜けて、声の主――お兄さんが、私の前に現れた。

 

「ふぅ……やっと見つけた。さ、行こう」

「ど、どうしてここに……?」

「いいから、早く! 天城には、別の場所で合流しようって言ってあるから」

 

 と、私にだけ聞こえるように小声で呟き、お兄さんは私の手を取る。

 

「なんだ、あの男?」

「もしかして……カスミンの彼氏?」

「えー、なんか微妙じゃない? というか、アイドルが彼氏とかいいの?」

「うっそだろ……カスミン男居んのかよ……」

 

 すると、周囲がざわつき始める。

 マッズイ……このまま逃げたら、間違え無くお兄さんは私の彼氏と勘違いされる。そしたらメンバーや事務所に迷惑掛けちゃう……でも、ただの知り合いって説明しても信用されないだろうし……どうしたら――

 

「あの! 勘違いしてるみたいですけど……俺、彼氏とかじゃ無いんで!」

 

 私が切り抜ける策を考えていると突然、お兄さんが周りに群がる人に聞こえるように大声を上げる。

 

「俺、こいつの兄貴です! 俺達ただの兄妹ですから!」

「お、お兄さん……!? 何を……」

「兄妹? にしては似てねーじゃん」

「あっと……最近親が再婚しまして! いわゆる義理の兄妹ですから!」

「義理の……本当か?」

「でも、今カスミン小さくお兄さんって言ってたよ?」

「つまり事実? カスミン義妹とか羨ましい……」

「という事で、彼氏居るとかそういうゴシップ、妹に迷惑が掛かるんでよして下さいねー! では、さよなら!」

 

 グイッと私の手を引っ張り、お兄さんは人混みを掻き分けて一気に走る。集まった人達は呆然として追い掛けては来ず、私達は人が少ないデパートの駐車場へと逃げ込んだ。

 

「香澄! 世名君!」

 

 周囲に人が居ない事を確認して一安心していると、先に駐車場に居たお姉ちゃんがこちらへと駆け寄って来る。

 

「よかった……大丈夫だった?」

「う、うん……ごめんね、騒ぎ起こしちゃって……」

「ううん、いいよ別に。世名君も、ありがとうね」

「これぐらい、いいって事よ」

「……その、ありがとうございますお兄さん。迷惑、掛けちゃいましたね」

 

 お兄さんは、息を整えてから首を横に振る。

 

「いいや、全然」

「でも、その……なんか、私の兄貴とか言わせちゃったりしたし……」

「あれは……ああ言うしか無かったからさ。彼氏はもちろんアウトだし、男友達も多分駄目。何も言わないのも、彼氏と同意だしな。兄妹なら、ギリギリ平気かと思って」

「それでも――」

「それにさ、もしかしたら将来本当に兄妹になる……かもしれない訳だし、百パー嘘でも無いから平気かなーって。香澄ちゃんも俺を兄と慕ってくれてるし、前に兄になってくれって言われたし」

 

 と、照れ臭そうに頬を掻きながら、お兄さんは口にした。その言葉の意味を理解したのか、お姉ちゃんも顔を赤くし、下を向く。

 ……やっぱり、お兄さんは色々優しい人だ。私を助ける為にあんな目立つ事を言って、ファンの人に存在がバレないようにお姉ちゃんを逃がしてくれたり……誰かが嫌がる事をしなくて、みんなのしてほしい事をしてくれる。本当、優しい人だ。

 

「……やっぱり、お兄さんはお兄さんですね。ますます気持ちが強まりました」

「それって……?」

「なんでも無いです! さ、場所を変えて改めて買い物再開しましょう! 休日はまだまだ残ってますよ!」

「え、でも今の騒ぎの後じゃ……ストーカーも近くに居るんだろうし……」

「あ、あれ嘘ですから大丈夫ですよ。多分」

「え? 嘘って……多分って……え?」

 

 ポカンとするお兄さんを横目に、私はお姉ちゃんの手を取り、先へ進む。

 

「お姉ちゃん」

「ん?」

「お兄さんが本当の私のお兄さんになる為に……頑張ってよね?」

「え!? そ、それは……う、うん」

 

 今日の事でますます強まった。やっぱり私、彼に私のお兄さんになってほしい。お姉ちゃんの事をしっかり分かってくれて、私の事も分かってくれる、優しいお兄さんに。

 

「さあお兄さん! ぼーっとしてないで、早く行きますよー!」

「えっ、ちょっ、ちょっと待って! どういう事か説明して!」

「ほらほらお姉ちゃん、お兄さんと腕組んで! 密着は愛情の印だよ?」

「な、何よそれ! お姉ちゃんをからかわないで!」

「アハハハハ!」

 

 その為に、お姉ちゃんには頑張ってお兄さんとくっ付いてもらわないと。その為に、私も精一杯協力を頑張るんだから! 幸せな未来目指して!

 

 

 

 

 

 

 

 




 香澄は姉の幸せ、そして自分の幸せの為に、今後も色々頑張ります。
 天城さんはやる時はやるんだけど、なかなか勇気が出ない。デートとかで頑張れたのは彼女にとっては結構凄い事。





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