モテ期と修羅場は同時にやって来るものである   作:藤龍

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ナンパは男の青春である

 

 

 

 

 

 

 

 とある休日――裕吾、翼、孝司といういつもとなんら代わり映えの無いメンバーと一緒に、俺は白場から電車で数分ほどで来れる街へ来ていた。

 何故わざわざ白場を離れて別の街に来ているかというと、先日裕吾が愛用しているパソコンが故障してしまったらしく、裕吾はパソコンや携帯といった電子機器に昔から強くて、故障した際はほとんど自分で修理しているらしい。だがタイミング悪く家に必要な機材が無く、今日はその修理に必要な機材を買いに来たのだ。

 ちなみに、裕吾以外のメンバーにこれといった用事は無い。孝司から裕吾が買い物に行くと聞き、暇なので折角だから――という経緯で勝手について来たのだ。普段見ないジャンクパーツなど色々見れて、なかなかに有意義だった。

 

 そして裕吾の用事も終わり、後は適当な店を回って時間を過ごし、今は白場に帰る為に最寄りの駅へ向かっている最中だ。休日で人がごった返す大通りを、適当に会話を交えながら歩く。

 

「いやー、意外と楽しめたな。いい休日だった」

「お前らな……用も無いのについて来るとか、暇にも程があるだろ。他にする事は無いのか?」

「自分でも驚くレベルで暇なんだよ俺は! 俺だって本当は可愛い女の子とデートとかしたいわい!」

「僕は何しようか迷ってたし、いい暇潰しになったからよかったかな。こういう風に友達と一緒に休日を過ごすの、僕は嫌いじゃ無いし」

「まあ俺も迷惑にならないから構わんが……友希、お前は俺達なんかと関わるより、桜井達の相手してやったらどうなんだ?」

「陽菜は友香と一緒に出掛けたし、他のみんなも特に誘ってこなかったから、多分用事があるんだろう。だから俺も暇だったの」

 

 それに俺も毎日毎日彼女達に付き合っていたら、身が保たないしな。少しは休みが欲しい。こいつらと関わる事が、休みになってるとは思えないが。

 

「たくっ、贅沢な野郎だな。俺がお前の立場だったら、毎日でもあいつらと過ごしてたいよ」

「第三者だからそんな事言えんだよ。実際あの中心に居たら、凄い疲れるからな?」

「どんだけ疲れようが、美少女達に囲まれてれば幸せで帳消しじゃアホ! はぁー、俺も可愛い女の子と青春を過ごしたい……」

「だったらまた望みが薄いナンパでもしたらどうだ? 七月に沖縄で雪が降るぐらいの確率で成功するかもしれんぞ?」

「ほぼ奇跡レベルじゃねーか! 俺だってな、本気出せば女の子の一人や二人、簡単に落とせんだよ!」

 

 だったらさっさと本気を出せよ――恐らく、みんなが心の中でその一言を叫んだであろう。だが、そのツッコミを繰り出したところで、孝司の口から新たな言い訳が出るだけなのを分かっている俺達は、口を開かない。

 そのまま若干テンションが下がった孝司を横目に、俺達は駅に向かって足を進める。

 そして数分後、目的の駅に到着したその時――俺達の下に、ある言葉が届いた。

 

「――なんと美しいお方だ! そこの麗しきお嬢さん、もし宜しければ私とお茶でもどうですか?」

 

 その駅前に響き渡る大声に、俺達は揃って首を回す。すると視線の先に、黒ずくめのスーツを着こなし、大学生ぐらいの女性の目の前に膝を突いて手を差し伸べる、金髪の男性が見えた。

 

「あれって……雹真さんだよね?」

「ああ、そうだな……」

 

 そう、その男性は朝倉先輩の兄である雹真さんだった。見た感じ、今回もどうやらナンパ中のようだ。

 また懲りずにナンパしているのかという思いと、どうしてこんなところに居るのだろうという二つの事を同時に考えながら、しばらく黙って彼の様子を見守る。

 約一分後、ナンパが失敗したのか、女性は逃げるように立ち去り、雹真さんはその女性を笑顔で手を振りながら見送った。

 

「あの人……何してんだか」

「どうする? このまま見なかった事にして無視するか? 俺はそっちの方がいい気がする」

「で、でも見掛けたんだから、挨拶ぐらいした方がいいんじゃないかな?」

 

 この後の行動をどうするか話し合っていると、ナンパ失敗に落ち込む様子も見せず、また新たなターゲットを探すようにキョロキョロ辺りを見回していた雹真さんが、不意に動きを止める。視線から察するに、どうやら俺達の存在に気が付いたようだ。

 これはもう逃げる事は出来ないな。そう諦めた俺達は、こちらへ向かって来る雹真さんへと、歩み寄った。

 

「やあやあ! やっぱり君達だったか! 久しぶりだねぇ」

「お久しぶりです……何してんですか?」

「ハハハッ、僕はいつも通りに素敵な天使との出会いを求めているだけさ」

「でしょうね……で、どうしてこの街に?」

「仕事の用事で立ち寄ってね。もう終わったから、出会いを求めて放浪していたところさ。そちらは?」

 

 雹真さんの質問に、代表して俺が答える。

 

「裕吾のパソコンを修理する為の機材を買いに。俺達は単なる付き添いですけど」

「ほお、パソコンの修理。裕吾君は自分で修理をするのかね?」

「頼むより多少は安くなるんで」

「それは素晴らしい。そういった特技を持っている男はモテるだろうね。まあ君の場合は、そんなのが無くてもモテそうだけれど。ハッハッハ!」

 

 相変わらずの高笑いを繰り出す雹真さんに対し、裕吾は相手をするのが面倒といった表情を見せる。

 本当にテンション高いな雹真さんは……仮にも今し方ナンパに失敗したのに。全然気にしてないみたいだな。

 

「しっかし、本当に毎回飽きずにナンパしてますね」

「君も一度経験してみれば分かるさ、この楽しさがね。友希君達はナンパをした事は無いのかい?」

 

 雹真さんの問いに、孝司を除いて全員首を縦に振る。

 

「そうかい……それは勿体無い。ナンパほどスリルに溢れ、ワクワクする物は無いよ? それに、裕吾君や翼君はただでさえ女の子にモテるだろう? ナンパをすれば、もっと色んな子と仲良くなれるかもしれないぞ?」

「俺はそういった色恋沙汰には興味が無いんで」

「僕も、そういうのはあんまり……」

「そうかい……経験してみれば、出会いの素晴らしさを理解出来ると思うんだけどなぁ……」

 

 と、雹真さんは残念そうに腕を組む。

 この人は……どんだけナンパが好きなんだよ。俺には理解出来ないな……孝司は「全くですね」と言いたげに雹真さんと同じ姿勢取ってるけども。

 

「……そうだ!」

 

 ふと、雹真さんが何かを思い付いたように声を上げる。

 

「君達、よかったら今からナンパ体験をしてみないかい?」

「……はい?」

 

 一瞬、彼が何を言っているか理解が追い付かず、すっとんきょうな声がこぼれる。

 

「ど、どうしてそんな事になるんですかね?」

「いや何、僕は少しでも多くの男性に出会いの素晴らしさを知ってほしくてね。どうだい? 君達も、青春を謳歌してみないかい?」

「青春を謳歌って……」

「……悪いですが、そんな泥沼な青春を謳歌しようとは思わないですね。なんせその泥沼にハマった哀れな奴を知っているので」

 

 チラリと、裕吾は孝司へ視線を向ける。

 

「哀れ言うな!」

「そうだぞ! 確かにナンパに失敗してしまうのはとても辛くて悲しいものだ。だが! それでも出会いを求めて冒険をする事は何よりも輝かしい青春なんだよ! そうだよね、孝司君!」

「もちろんですよ師匠!」

 

 ガシッと、孝司と雹真さんが手を取り合う。

 なんだこの人達……というか師匠って。いつから師弟関係になったんだよあんたら。

 

「だから是非君達にもナンパ……いや、素晴らしき出会いの物語を体験してほしいんだ。もちろん、強制では無いがね」

「素晴らしき出会いの物語って……友希君、裕吾君、どうする?」

「俺に聞かれても……」

 

 というか、俺は現状を考えると新たな出会いなんて求めてる余裕は無いんだけどな……これ以上素敵な出会いがあったら、ただ修羅場が大きくなるだけだ。そんなの全然素敵な出会いじゃ無い。

 

「悪いけど、俺は遠慮しときます」

「僕も、ちょっとそういうのは恥ずかしいかな……」

「興味が無いのでパスで」

「そうかい……青春の道を選ぶのは自由だ。君達がその道を選ぶのなら、僕はもう何も言うまい」

「師匠、俺はやりますよ! 俺の青春の道はナンパ一本ですから!」

 

 と、残念そうにする雹真さんを慰ようとしたのか、孝司が拳を強く握りながら叫ぶ。

 お前の青春寂しいな――というツッコミを心の中で繰り出す中、ナンパコンビは手を取り合う。

 

「孝司君……やはり君は僕が見込んだ男の中の男だ!」

「当然ですよ! 男はナンパしてなんぼですよ!」

「ならば行くぞ孝司君! 新たな女性が僕達を待っているぞ!」

「オッス!」

 

 と、青春ドラマのような空気でとてつもなくくだらない会話を交えた二人は、ナンパをしに走り出した。

 

「……どうする?」

「……暇だし、惨敗する様を見てくか」

「えぇ……」

 

 面倒臭い事になったなぁ……ま、確かに暇だけどさ。

 ポケットからスマホを取り出し、今の時間を確認する。現在午後三時半前……時間的には特に問題は無いし、少し付き合うか。

 

 結局、俺達は孝司と雹真さんのナンパ――もとい新たな出会いの物語を、少し離れた場所から見守る事にした。

 孝司は同年代の女子を、雹真さんは大学生から少し年上と思われるOLを中心に、どんどん声を掛けていく。しかし、ことごとく失敗しているようで、女性は数分たらずで二人の下を去っていく。

 

「苦戦してるみたいだな」

「雹真さんは普通にモテる気がするのに、案外上手くいかないんだね」

「ま、あんなテンションで話し掛けられたら、少し躊躇するわな。黙ってればイケメンなんだけど」

「いわゆる残念なイケメンってやつ……? でも、ああいう風に見知らぬ人に声を掛けるなんて、凄いよね」

「まあ、あのコミュ力というか、無鉄砲さはある意味凄いな」

 

 確かに、ナンパという形でも見知らぬ異性に声を掛けるなんて、そう簡単に出来る事では無い。そういう度胸は、褒め称えてもいいかもしれない。……ナンパ自体は褒め称える気がしないが。

 

「……というか、ここナンパ野郎多くないか?」

 

 裕吾の呟きに、俺は辺りに視線を巡らせる。

 言われてみれば、孝司達みたいに女性に声を掛けて、そして逃げられて肩を落とす男が四、五人近く居るな。結構大きな駅前だし、そういう人が集まってんのかな。

 ああいう無謀なチャレンジャーはどこにでも居るものなんだなと、呆れた気持ちで周囲を眺めていると、孝司と雹真さんがこちらへ戻って来る。

 

「お疲れさん。どうだった?」

「見れば分かんだろ、全敗だ」

「うーん、ここの女性達はなかなかに手強い相手が多いね。いやー、お近付きになれなかったのが実に残念だ。だが、そう簡単に諦めてはいかんぞ孝司君。何かに失敗したとはいえ、それに成功するチャンスが消えた訳では無いのだから!」

「師匠……そうですよね! 失恋は新たな恋の始まりですよね!」

 

 ポジティブだな……ナンパ師の必須スキルなんだろうな、前向き思考ってのは。

 

「さて、少し休憩を挟んだら再度挑戦だ!」

「えっ、まだやるんですか?」

「もちろんだとも! この場に居る女性は刻一刻と変わっていく。素晴らしき出会いの物語は、株の如く変化し続けるものさ」

「なんですかその例え……よくめげませんね」

「その変化し続ける時の中のほんの一瞬に、運命の出会いがあるかもしれない。だから、僕達は一秒も無駄には出来ないのさ」

 

 良い事言ってんだろうけど、それがナンパに対しての事だと思うと、なんか勿体無いな。

 

「孝司、まだ続けんのか?」

「当然! もしかしたら一分後に運命の人と出会えるかもしれないんだぞ!」

「諦めろ。お前は運命の人と母さんの子宮に居る時点で出会ってしまってるから」

「なんで生まれる前に出会っちゃってんだよ! せめて命を授かってからにしてよ!」

「ハハハッ、安心したまえ。運命とは何があるか分からない。もしかしたら君が話し掛けた事により、その相手が運命の相手になるかもしれないだろう?」

 

 何その超理論……いや、まあ気が合って仲良くなる……みたいな事はあるだろうけど。雹真さんが言うと、まともな事なのかどうなのか分からなくなってくるな。

 

「そうっすよね! 俺にだって、チャンスはまだまだあるっすよね! よっしゃ! 日が落ちるまで粘ってやらぁ!」

「ま、好きにしろよ」

 

 興味無さそうに吐き捨てると、裕吾は駅に向かい歩き出す。

 

「ん? なんだ帰んのかよ」

「安心しろ、便所だ」

「あ、僕もちょっと……」

 

 裕吾に続き、翼も駅に向かう。それを俺は孝司と雹真さんと見送る。

 そのまま無言で彼らが戻って来るのを待つ。しばらくすると、駅の中から翼が出て来る。彼はそのままこちらに真っ直ぐ向かってくる。

 しかし、駅から出てすぐのところで、数名の男性のグループが翼の前に立ち塞がり、道を遮る。

 

「ん? どうしたんだ?」

「あれは……翼君の知り合いかい?」

「いや、俺達は知りませんけど……翼の方も、困惑してるみたいだし」

 

 彼らは一体何の用で翼に声を掛けたのだろうか? 数十メートル先の彼らへ目を凝らす。翼は困ったようにキョドっていて、周りの男性は何やら必死に頼んでいるようだ。

 なんか最近見た光景だな……もしかしてあれって――

 

「フム……どうやら、彼らは翼君をナンパしているようだね」

 

 と、歴戦のナンパ師である雹真さんが口を開く。

 やっぱりそうか……どうやら、彼らは翼を女子と勘違いしたようで、ナンパをしているようだ。

 無理も無い。翼は黙ってれば――というか喋っても女性に見えるほどの美形だ。格好もパーカーにジーパンと、女性でも違和感の無い服装だし、間違えるのも無理は無い。

 だが、翼は純度百パーセントの男だ。当然ナンパなんか仕掛けても、成功する訳が無い。

 数秒後、彼らは翼からその事実を告げられたのか、「マジで!?」とここまで聞こえる大声を出し、どこか気まずそうに翼の前を立ち去った。

 ようやく解放された翼は、苦笑いを浮かべながら俺達の下へ戻って来る。

 

「翼君、君は恋を探す幼気な少年達を惑わせる少年だね」

「アハハ……もう、慣れてます」

「お前も大変だな……いっそ男と付き合えばどうだ?」

「僕も心は立派な男性だから! 女性の人と運命を感じさせてよ……」

「冗談だよ。ところで、裕吾はどした?」

「僕は先に出て来たんだけど……もうちょっとで来るんじゃ無い?」

「では少し待つか。彼が戻って来たら、ナンパ再開だ!」

 

 雹真さんの言葉に、俺はもはや心の中でツッコむ事すら放置し、皆と裕吾が来るのを待つ。

 しかし、いくら待っても裕吾が帰ってくる様子が無く、早くも十分も時が過ぎた。

 

「遅いな……大の方してんのか?」

「それは流石に無いと思うよ……でも、本当に遅いね?」

「何かあったのか?」

「裕吾に限ってそれは無いと思うけど……あ、戻って来た」

 

 駅の人混みから、ようやく裕吾が姿を見せる。彼はそのまま俺達の下へ戻る。

 

「随分と遅かったな。どうしたんだ?」

「まあな……たくっ、ここは野郎だけで無く夢見る乙女も多いもんだ……」

「……どういう意味だ?」

「ただの独り言だ」

「まさかお前……」

 

 と、今の呟きに何かを察したのか、孝司は突然裕吾の上着のポケットに手を突っ込む。次の瞬間、ポケットから引っ張り出した孝司の手に、一枚の紙切れが握られていた。

 

「……何だよこれ?」

「……見知らぬ女子高生に渡された」

「また逆ナンされたんかおんどりゃあ! ざけんじゃねーぞ!」

「俺だって好きでされてんじゃねーよ。次から次へと、キリが無いっての」

「次から次って……お前複数人に声掛けられたのか!?」

 

 孝司の怒りの叫びに、裕吾は面倒になったなと言わんばかりに溜め息を吐いた。

 

「マジかよ……お前は女子を引き付ける化け物か!」

「素晴らしいねぇ……僕も逆ナンされる事はたまにあるけど、ここまでとはねぇ……やるじゃないか裕吾君!」

「俺にとっては嬉しく無いスキルですけどね。電話番号渡されて、毎度毎度断りの連絡入れるこっちの身にもなってほしいもんだ」

「贅沢な悩みだなコンチクショー! 俺に一枚ぐらい寄越せよ!」

「断った挙げ句お前を紹介するなんて罰ゲーム、相手に失礼だろ」

「その前に俺に失礼じゃボケ!」

「まあまあ、落ち着いて孝司君」

 

 口論を繰り広げる二人の間に、翼が割って入る。そんな天城達の修羅場の次ぐらいによく見る光景に、俺は溜め息を吐いた。

 

「いやー、青春してるねー。それにしても、本当に裕吾君はモテるんだね」

「ですね……ま、あいつは本当に恋愛には無関心な奴ですけどね。俺の知ってる限り、女友達も陽菜達を除けば一人ですし」

「ほお、そうなのかい。それは少し勿体無い気がするねぇ……恋愛をしてこその青春なのに。まあ、青春は人の自由だしね」

 

 そう言うと、雹真さんは気合いを込めるように頬を叩く。

 

「さてと、僕も出会いを求めて再びナンパに繰り出すかね! 友希君達はどうするんだい?」

「あの様子だと二人の口論はしばらく続きそうなんで、勝手にしてて下さい」

「そうかい。では、自由にさせてもらおうかな」

 

 キョロキョロと辺りを見回し、次なるターゲットを探し出す。

 

「ムムッ……彼女、なかなかにいい雰囲気を醸し出しているね……」

「雰囲気って……そんなの分かるんですか?」

「好みな女性は見掛けるだけでビビッと来るものさ。さてと……早速アタックしてみるか」

 

 髪を軽く整えながら、雹真さんは新たな標的の女性に向かい歩き出す。

 本当に懲りない人だ……ん? あの女性、どこかで見たような……

 雹真さんがターゲットにした女性に既視感を感じ、姿を確認する為に目を凝らしてみる。女性は後ろ姿で顔は見えないが、見た感じ二十代後半。服装は緩めな感じで、髪もそれに似合ったゆるふわ系な栗色の長髪だ。

 

「……あっ!? もしかして……!」

 

 しばらく思考を回し、俺はその人物が誰なのか答えに辿り着いた。そして、その人物は恐らく雹真さんが絶対にナンパしてはいけない相手だという事に気が付き、俺は慌てて彼の下へ走る。

 

「――そこの美しきビーナスよ!」

 

 しかし、一足遅く、雹真さんは彼女に声を掛けてしまった。

 

「はい? えっと……どちら様でしょうか?」

「私は真実の愛を探す探求者……あなたを見た瞬間、私の心の中に真実の愛情を見つけ、声を掛けさせてもらいました」

「はぁ……? 正直よく分からないですが……いわゆるナンパですか?」

「フッ……そう捉えてもらっても結構です。しかし私は、あなたの出すその空気に心を奪われました。それにその美しいお顔を見て、ますます心を奪われた……よければ、少しお話しをしませんか?」

「そうですか……でも、私一応教師をやってるもので、そういう不純な付き合いはちょっと……」

「ほお、教師。それは素晴らしい。ご安心を、私は健全を第一に考えております。忙しい教員生活の疲れを、少しは癒やしてあげられると思いますよ?」

「別に疲れてはいないんですが……なかなか面白いお方ですねー」

「有り難きお言葉です。ところで、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「私ですか? 私は、叶春菜と言いますー」

「なるほど、叶…………叶?」

 

 ピタリと、雹真さんの時が止まる。ジッと彼女の――ハル先生の顔を見つめる。瞬間、全てに気が付いたのか、彼の顔が青ざめる。そして――

 

「――あらあら、まあまあ。これは意外な出会いです。……雹真様」

 

 雹真さんの背後に、いつもと違う私服姿の――悪魔が立った。

 

「…………ふ、冬花、どうして君がここに……?」

「本日は久しぶりに休暇を頂きまして。折角ですから、姉と一緒に買い物に来ていただけですよ。そして少々お手洗いに向かっていたら、スーツで着飾った金髪ナンパ糞野郎が姉を口説き落とそうとしているところに遭遇した訳です」

「は、ハハハハハッ……か、彼女、君のお姉さんだったんだねぇ……き、君に似て美人だねぇ……」

「自慢の姉ですから。真実の愛を探す探求者が心を奪われるほどの」

 

 冬花さんの言葉責めに、雹真さんの顔色がさらに悪くなる。

 

「さてと……まずは何からお話ししましょうか? 懲りずに相変わらずナンパをしている事にしますか? それとも気安く薄っぺらい言葉を並べて姉を口説き落とそうとした事にしますか?」

「え、えっと……いつもお世話になっている君のお姉さんに感謝の言葉を伝えるお茶会がよろしいかなぁー……なんて」

「承知しました。説教全部乗せコースをご所望ですね?」

「オーダミスオーダミス! そんなのご所望してないから!」

 

 しかし、冬花さんは問答無用と言わんばかりに雹真さんの首根っこを掴む。

 

「ちょっと待った! これはあれだ、彼女に声を掛けたのは、君に似た美しい女性が居るなーっと思っての行動であって……」

「そんな煽てるような事を言っても無駄ですよ。姉さん、申し訳無いですが、私はここで失礼致します。夏紀達によろしくお伝え下さい」

「よく分からないけど、頑張ってねー」

「冬花よ、僕なんかに構うより家族の時間を大切にした方がいいぞ! ほら、僕は僕で反省しておくから……」

「ご心配無く。雹真様を立派な真人間にした後に、ゆっくりと家族の時間を満喫致しますから。ですから私の事を本当に思うなら、さっさとそのナンパ癖をお止めになって下さいコンチキショー」

 

 静かに暴言を吐き捨てながら、冬花さんは雹真さんを引きずり歩き出す。それに抵抗する雹真さんだが、冬花さんは止まらず、二人はそのまま俺達の前から姿を消したのだった。

 雹真さん、また冬花さんに連れてかれたな……まあ、自業自得だな。

 

「なんだ? 雹真さん、連れ去られたのか?」

 

 この騒ぎに、流石に孝司達も口論を止めて俺の周りに集まる。すると、ハル先生がこちらに気付いたようで、声を上げる。

 

「あら世名君に新庄君。居たのね。もしかして、さっきの金髪の人と?」

「は、はい……」

 

 そこから、ハル先生に雹真さんの事と、冬花さんとの関係性について説明する。

 

「なるほど……あれが冬花の言っていた。なかなか面白い人ねー」

「そんな認識ですか……」

「少なくとも、悪い人では無いでしょう? それにしても……フフッ、冬花も可愛らしいところがあるのね」

「可愛らしい? 怖いの間違いじゃ……あんなに怒ってたし」

「フフッ、冬花は本当に興味が無い相手には見向きもしないわよ。それなのにあんなに怒って……きっと嫉妬みたいなものよ」

 

 と、ハル先生は嬉しそうにクスクスと笑う。

 あれが嫉妬? そうは見えなかったけど……女心ってのはよく分からん。

 

「それより、あなた達はどうしてあの人と一緒に居たの? まさか、一緒にナンパしてたの?」

「え? いや違――」

「駄目ですよー、高校生なのにそんな風に不純な事をしては。血気盛んなお年頃なのは分かるけど、ちゃんと高校生として規律正しい生活を――」

 

 と、ハル先生の先生スイッチが入ってしまったのか、いつの間にか説教が始まってしまう。

 ナンパしてたのは孝司だけなんだけどな……とんだとばっちりだ。まあ、雹真さんに比べれば全然マシか。

 

 結局それから数分ほど、ハル先生の小さな説教は続いたのだった。その間に雹真さんが冬花さんからどんな説教を受けていたのか――それは、誰も知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 男達のくだらない休日。雹真さんは冬花さんから逃れられない。ナンパをする時は、ヤンデレな知り合いが近くに居ない事をしっかり確認しよう。
 何気にヒロインが誰一人出なかったのは珍しい。




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