モテ期と修羅場は同時にやって来るものである   作:藤龍

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日常の一幕

 

 

 

 

 

 

 

 俺と陽菜の誕生日パーティーから一夜明けた、17歳になってから初めての朝。

 もはやいつもの事と言っても過言では無い、寝言を呟きながら俺を抱き締め寝付く陽菜を起こし、部屋へと無理矢理戻し、着替えてリビングに向かうという作業をこなしてから、俺は朝食作りを始めた。

 いつもは母さんが作ってくれてるが、今は父さんと共にどこかへ出掛けているから、俺達で作らねばならん。とはいえ、俺も陽菜もそこまで料理が出来る訳では無いので、メニューは食パン、目玉焼き、冷蔵庫にあった賞味期限ギリギリのウインナーというシンプルなラインナップとなった。

 

 そのザ・朝食な食事をテレビを見ながら、十分ほどで終わらせる。そして戸締まりをしっかり確認してから、俺と陽菜は家を出て学校へ向かった。

 

「いやー、今日もいい天気だね!」

 

 陽菜は今日も変わらず元気の塊のように活発に歩き、楽しそうに俺へ話し掛けてくる。昨日誕生日で、家に二人きりで居た事なんて無かったかのように、彼女は今日もいつも通りだ。

 ま、意識されて変に気まずくなるのもそれはそれで困る。これなら俺もいつも通りに接する事が出来るし、気楽でいられる。

 そう内心ホッとしながら歩いていたが――正面から不意に感じた息が詰まるような空気に、俺は足を止めた。

 家を出てから約五分。この先に何が待ってるかはもう分かり切ってる。避ける事は当然出来ない。けれど、足を進めるのが若干怖い。

 

 が、陽菜はそんな俺の心情など知る由も無く、一足先に前へ進み、その空気の原因である彼女と遭遇した。

 

「あ、優香ちゃんおはよー!」

「……ええおはよう、桜井さん」

 

 陽菜の明るい挨拶に、自宅の前で恐らく俺達を待っていたのであろう天城は、お馴染みの喜や楽で無く、努一色の美しい笑顔を作りながら言葉を返した。

 相当不機嫌でいらっしゃる……当然だよな、昨日俺と陽菜は夜の家で二人きりで居たのだから。

 別に彼女が憤怒するような事をした訳でも無い……訳でも無いが、彼女と面を合わせて話すのが少し恐ろしい。間違え無く昨日の事を問い質されるだろうから。

 しかし、ここで背を向けて逃げる訳にもいかない。陽菜が口を滑らせて余計な事(主に風呂の事)を口にしない事を祈りながら、俺は天城に笑顔を頑張って作りながら声を掛けた。

 

「や、やあ、おはよう天城」

「おはよう世名君。昨日、何も無かった?」

 

 いきなり顔面ストレートが飛んできた。遠慮無いな天城さんよ。

 こういう時は普通、ジャブみたいに適当な話で会話をある程度弾ませてからぶっ込むものじゃないか? 天城の開幕KO狙いの質問に、俺は思わず言葉を詰まらせる。それに天城は嫌な予感がしたのか、陽菜を横目で睨む。

 

「……何かあったの?」

「い、いや無いよ無いよ! 健全で平和な一日でしたから! な、陽菜!?」

 

 と、慌てて陽菜にバトンを渡したが、マズイと遅れて後悔する。ここで天然でアホでバカな陽菜に話を振るのは自殺行為に近い。

 が、もう振ってしまったらもう止められない。陽菜は俺の投げたバトンに、笑顔で返事をする。

 

「うん! 別に優香ちゃん達が心配するような事はなんも無かったよ! 一緒にお笑い番組みたりしただけだもん!」

「……本当にそれだけなの?」

「うん! あとはいつも通り、一緒に寝たぐらいかな」

「いつも通りでも気に食わないけど……まあいいわ」

 

 天城は陽菜から目線を外し、「遅刻しちゃうから行こ」と学校方面に向かい歩き出す。

 陽菜の奴、口滑らせなかったな……あいつの事だから、うっかり風呂の事言って天城を怒らせると思ったけど……

 安堵と驚愕を同時に感じていると、陽菜が俺の隣に立ち、耳元で小さく囁く。

 

「大丈夫だよ、お風呂での事は内緒にしとくから。優香ちゃん達が知ったら、大変だもんね。それに……私も、友くんと二人だけの秘密は大事にしたいもん」

「お、おう……ありがとな」

 

 思いもしなかった陽菜の気遣いに、俺は動揺しながら言葉を返す。

 そういえば、昨日も似たような事言ってた気がするな……忘れて今日サラッとバラすと思ってたが……こいつも成長してるって事かな?

 とりあえず、陽菜のうっかりで彼女達の沸点がこれ以上上がる事は無さそうだと安堵していると、先を歩いていた天城が戻ってきて、俺と陽菜の間に割り込む。

 

「二人だけで何話してるの?」

「い、いやなんでも! さ、遅刻するし行こうか!」

「うん! レッツゴー!」

 

 陽菜が隠してくれたのに墓穴を掘る訳にはいかないので、さっさと歩き天城を加えて学校へ向かった。

 きっとこの後、海子達にも同じ事を問われるんだろうな……憂鬱な気持ちを溜め息として吐き、俺はその時のセリフを頭の中で考えた。

 

 

 

 そして午前の授業が全て終了していつものようにやって来た昼休み――俺の思った通りな出来事が起こった。

 

「友希君、桜井さん。昨日あの後――何も無かったわよね?」

 

 屋上に集まり、みんなで昼食を食べるその前に、彼女達を代表して朝倉先輩がそう口にした。海子、出雲ちゃん、朝倉先輩、そして既に答えを伝えたはずの天城までもが、俺と陽菜をジッと見つめる。

 その謎の威圧感に、なんだか全てを白状したい気持ちになりかけたが、心を落ち着かせてから今朝と同じように答える。

 

「別に、みんなが思うような事は何も無かったよ。だから、安心していいよ!」

「……本当ですか、桜井先輩」

「うん! 優香ちゃんにも言ったけど、お笑い番組みたり、フツーに過ごしただけだよ!」

「……そう。なら、これ以上は何も言わないわ」

 

 と、彼女達はあっさりと問い詰める事を止め、持参の弁当を食べ始める。

 天城の時もそうだったけど、案外素直に信じてくれたな……表情見る限り、ちょっと疑ってはいるみたいだけど。

 多分、以前までの彼女達ならボロが出るまで問い詰めただろう。だけど今回はそうはしなかった。……彼女達も少しは変化してるって事なのかな?

 ちっぽけな変化かもしれない。けど、俺達にとっては大事な変化だ。このまま彼女達の関係が良いものになるといいな――そう願いながら、俺は売店で買ったカツサンドを口にした。

 

 そのまま適当な会話を交えながら食事を進めた。主な内容は、昨日のパーティーについてだ。

 

「昨日のパーティー、スッゴく楽しかったね! みんなにお祝いしてもらって、私感激したよ!」

「何回も言わせないで。私はあくまで友希君のお祝いをしたの。あなたはついでよ」

「分かってますよ! でも、私的にはとっても満足したのでいいんです! 誕生日プレゼントも貰えたし!」

「そういえば、今日鞄に海子から貰ったやつ付けてたな」

「そうなのか? 気に入ってくれたなら何よりだ」

「うん! 出雲ちゃんに貰った消しゴムとシャーペンも使ってるよ! あれ凄い使い易いね!」

 

 それも早速使ってるのか……ま、他人のプレゼントを無駄にするような奴じゃ無いしな、陽菜は。

 

「だったら、天城に貰った参考書もしっかり使えよな?」

「うっ……が、頑張ります……それと、雪美さんから貰った料理本使って料理練習もするよ!」

「料理練習ね……」

 

 ぼや騒ぎとか起こしそうだな――流石にその言葉をぶつけるとかわいそうなので表には出さず、話を続ける。

 

「そんな事より、勉強の方が大事だろ? 期末テストもそう遠く無いんだからさ」

「そ、そうだけどさ……料理だって将来の為には大切な事だよ!」

「……まあそうだな」

「こっちに戻ってくる前は料理練習してたんだけど、戻ってきてからサボってたからさ……その遅れを取り戻す為にも頑張らないと!」

 

 手にしていた売店で買ったハムサンドの残りを一気に頬張り、陽菜は気合いを込めるように拳を握る。

 

「フフッ、気合いが入ってるな。もしよければ、暇な時に協力でもしてやろうか?」

「え!? いいの!?」

「ああ。教えられるほど私も料理が上手い訳では無いが……少しは力になれるはずだ」

「うわぁ……ありがとう海子ちゃん! 恩に着るよ!」

 

 陽菜は嬉しそうに声を弾ませながら、海子へ抱き付く。突然のハグに海子は驚きながらも、小さく薄ら笑いを浮かべる。

 

「わざわざ恋敵に協力するなんて、雨里さんはお人好しね。桜井さんの料理の腕が上がれば、色々と不利になるかもしれないのよ?」

「……そうかもしれんが、それとこれは話が別です。私はこういう努力をしている者は見過ごせない主義なので」

 

 おお、カッコいいな……夏紀の時もそう思ったが、海子は根っからのお人好しなんだな。

 

「ま、いくら雨里先輩に協力してもらっても、桜井先輩が料理上手になれるか分かりませんけどね。友香に聞きましたけど、相当料理下手らしいですし」

「そ、そんな事無いよ! キチッと練習すれば上手くなるよ! ……向こうで練習した時は全然駄目だったけど」

「それじゃあもう駄目じゃない」

「む、昔と今は違うよ! いっぱい努力すればなんとかなる!」

「勉強も教えても全然覚えないし、料理も駄目だと思うわ、私は」

「……話を聞いてたら、なんだかお前に上手く教える自信が無くなってきたな」

「えぇ!?」

 

 ……なんだかこうして見ていると、みんな仲の良い女友達って感じだな。今は俺が関わってないからか? いや、それでも前ならギスギスした空気が流れてるはずだ。

 やはり、彼女達の関係が良い方向へと変化しているという事だろうか? ……なんか、こういう光景を見ているだけで嬉しくなってくるな。

 彼女達が和気あいあいと言葉を交わす光景をジッと眺めていると、不意に陽菜が不思議そうな顔をしてこちらへ近寄って来る。

 

「どうしたの友くん? ニヤニヤして」

「え? ああ、なんでも無いよ」

「そう? あ、そうだ! よかったら友くんもいつか料理練習に付き合ってくれる?」

「俺? 料理なんて教えられねーぞ?」

「味見役とかだけでいいから! だって私、友くんが喜んでくれる料理を作りたいんだもん! 将来結婚したら、毎日作ってあげるんだからさ!」

 

 俺の顔を覗き込みながら、陽菜はとても明るく笑う。

 なるほど……料理の練習をするのは俺の為って事か……こいつはなんというか、変わらないな。

 陽菜の行動原理に嬉しい気持ち半分、呆れた気持ち半分で彼女の笑顔を見ていると、ふと危険な視線を感じ、慌てて顔を上げる。

 案の定、陽菜の後ろに居た天城達が、こちらの方を殺気が混ざった眼差しで見つめていた。

 

「今の物言い……私が友希君と結婚するのが決まってる、みたいな感じでなんだかイラッとくるわね」

「あなたが言わないで下さいよ。桜井先輩、料理練習なんてやらなくていいんじゃないですか? だって先輩と結婚するのは、私ですし」

「あなたも言わないで。桜井さん、あんまり調子に乗らないでね?」

「言っておくが、私はお前と友希の未来の為に協力してやる訳では無いからな?」

 

 彼女達の不穏な言葉や表情に、いつもの修羅場の空気が流れ出す。

 いくら良い方向に変化してても、こっちがどうにかならないとどうにもならないか……まだまだ前途多難だな。

 もうしばらく、この修羅場と付き合っていかなくてはならなそうだと、少し憂鬱な気持ちになりながら、俺は彼女達を落ち着かせる為に行動を起こしたのだった。

 

 

 ◆◆◆

 

 

「くうぅ……! 今日も疲れたー!」

 

 放課後――学校での授業を全て終わらせ、友くんと一緒に帰宅した私は、二階の自室へと直行し、ベッドの上へ身を投げた。

 今日も一日頑張ったなぁ……昨日パーティーで楽しかった分、いつもより授業が辛かった気がする。でも明日からも授業は変わらずあるんだし、気持ちを切り替えて頑張らないと!

 

「……あ、そういえばみんなにお礼言うの忘れてた!」

 

 今日、優香ちゃん達にお礼を言おうと思っていたんだ。昨日私の為に友くんと二人きりにしてくれた事について。

 みんな本当は絶対に私と……ううん、友くんと誰かを二人きりになんかさせたく無いはず。それも、昨日の場合は夜の家に二人きりだ。そんなの絶対心苦しかったに決まっている。

 だから、そんな苦しい思いをしてまで私に機会をくれたみんなにお礼を伝えようとしていたのだが、うっかりしていて忘れてしまった。

 直接伝えたかったけど、電話で言おうかな? 時間が開いちゃうのはなんか嫌だもん。

 しばらく枕に顔を埋めて考えてから、電話で感謝を伝えようと決め、私は起き上がり、鞄の中にある携帯を取り出す。

 その時――突然携帯がブルブルと震え出す。急な着信に驚きながら画面を見ると、そこには『恵理香ちゃん』と映し出されていた。それを見た瞬間、私は慌てて着信を押し、電話に出た。

 

「もしもし! 恵理香ちゃん!?」

『おー、陽菜久しぶりー! 元気してたー?』

 

 携帯から流れる、変わらない恵理香ちゃんの声。それを聞いて私の心は一気に嬉しい気持ちに包まれ、弾んだ声で返事をする。

 

「うん! スッゴイ元気だよ!」

『おー、それは何より! ごめんねー、最近色々忙しくて電話出来なくてさ』

「いいよ別に。一ヶ月ぶりぐらいかな?」

『あれそうだっけ? なんか言うほど久しぶりじゃ無かったわね。アッハッハ!』

 

 まるでオジサンのように豪快に笑う恵理香ちゃんに、思わずこちらも笑みがこぼれる。

 

「ところで、何か用があるの?」

『ああ、そうだったそうだった。陽菜、昨日誕生日だったでしょ? だからおめでとうって言いに!』

「覚えててくれてたんだね……ありがとう!」

『大切な親友の誕生日忘れる訳無いでしょーが! 本当は昨日電話しようと思ったんだけど……例の友くんとのイチャコラの邪魔しちゃ悪いと思ってねぇ』

 

 と、恵理香ちゃんはからかうような口調で言う。

 なんだか気を使わせちゃったみたい……でも、嬉しいな。

 

「そっか……ありがとうね恵理香ちゃん!」

『お、おう……イチャコラは否定せんのね……相変わらずで何よりですわ。で、そっちは上手く行ってんの? 例の恋敵達とか』

「うーん、色々と大変かな。みんな可愛いし、結構強敵だもん!」

『ふーん……しかし残念だったわね、友くんと恋人になれなくて』

「うん……でも、チャンスは潰れて無いから大丈夫! まだまだ頑張るよ!」

 

 少し声を張りながら、私はベッドにストンと腰を下ろす。

 

『ハハッ、その様子だと心配無さそうね。こっちも応援してるから、頑張んなさいよ!』

「うん、ありがとうね恵理香ちゃん! 私、頑張って友くんのお嫁さんになる!」

『カァー、相っ変わらず真っ直ぐな事! 未だ非リアの私には眩しいっすわ! ま、その調子で突っ走んなよ。じゃあ、私はこれで』

「え、もう?」

『部活の休憩中に電話してっからさ。多分、後で椿や斗真からも掛かってくると思うから、相手してやんなよ!』

「分かった。部活頑張ってね、恵理香ちゃん!」

『おうよ! ほんじゃ、まったねー!』

 

 それを最後に、ブツリと電話が切れる。私はしばらく携帯の画面を見つめてから、バタリとベッドに倒れ込んだ。

 こうして応援してくれる人も居る……もっともっと頑張らないと。料理もそうだけど、しっかりとしたお嫁さんになるには、色んな事を覚えないと。友くんを幸せにする為に、いっぱいいっぱいやる事はあるんだから。

 そしてその頑張りを無駄にしない為にも、優香ちゃん達に勝たないといけない。必ず、彼女達に勝って友くんの心を手に入れる――改めて心に強く決めながら、私は枕元に置いてある、昨日友くんに貰ったウサギのぬいぐるみを手に取り、ギュッと抱き締める。

 

「私、精一杯頑張るから……しっかり見ててね、友くん!」

 

 まだまだ先は長いんだから……頑張れ、私!

 

 

 

 

 

 




 誕生日終了後の、ちょっとした日常の一幕。これからも、彼女達の基本修羅場で時々平和な日常は続きます。





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