モテ期と修羅場は同時にやって来るものである   作:藤龍

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サン・アフェクション④

 

 

 

 

 

 

「ほえー、そんな事になったのねぇ……」

 

 お父さんと約束を交わしてから数日、春休みが終わり三年生になった初日の放課後。私はまた同じクラスになった恵理香ちゃん、斗真君、椿ちゃんと新しい教室で、春休みにあった事を話していた。

 

「疑似一人暮らしなぁ……陽菜ちゃんのお父さんもなかなか厳しいお人やな」

「まあ、なんとなく気持ちは分かるよ。桜井さん、どことなく危なっかしいしね」

「あー、確かに。ところで陽菜、あんた料理とか家事とか、出来んの?」

「……正直言うと、全然……」

 

 そう、お父さんにはああ言ったが、私は昔から料理は大の苦手だ。家事もほとんど経験が無いし、実際に一人暮らしをするとなると、何も出来なそうで正直不安だらけだ。

 お父さんもそれを分かっているからこそ、一人暮らしなんてさせられないと言っているのだろう。家事が出来なきゃ、生活すらまともに出来ない。

 

「はぁ……あんた、よくそれでその条件受け入れたわね。そんなのほぼ無理に近いじゃん」

「うっ……が、頑張ればなんとかなるよ! 料理だって家事だって練習すればいいし! 精一杯努力すれば、問題無いレベルにはなる……はず!」

「ま、そうだろうけどさ……料理の練習にも材料費とか、色々お金掛かるでしょ? 月に使えるお金限りあんでしょ? そんなに大した額じゃなくても、あんまり無駄遣いしてると金欠になるよ」

「そ、そっか……毎日の食費も考えないと……」

 

 使えるお金が限られていると、料理なんかは一回の失敗がそれなりの痛手になりそうだ。かといってお弁当ばかりだと、お父さんに認めてもらえなさそうだ。

 無駄遣いを少なくしつつ、家事や料理のスキルを上げる為に必要なお金を確保する……結構難しそうだ。

 

「……料理の練習やったら、ウチの店で協力してあげよか?」

 

 どうしたものかと頭を悩ませていると、突然椿ちゃんが口を開いた。

 

「椿ちゃんの実家って……」

 

 椿ちゃんの実家は、京都でもそれなりに有名な老舗の旅館だ。椿ちゃんは時々その旅館のお手伝いをしていて、次期の若女将って言われている、ちょっとした有名人なのだ。

 

「協力って……そんなの出来んの?」

「ウチの旅館の厨房なら料理の練習にピッタリやし、材料もウチが頼めば、余りもんぐらいなら譲ってくれるかもしれへんで?」

「本当に!? あ、でも……いいの?」

「困ったときはお互い様や。ウチも陽菜ちゃんには、幼なじみ君と再会してほしいからな。協力ぐらいするで」

 

 ニッコリと笑う椿ちゃんの顔を見つめながら、私は嬉しさのあまり彼女の両手を握った。

 

「ありがとう、椿ちゃん! 恩に着るよ!」

「かまへんかまへん。一緒に頑張ろな」

「いーじゃんいーじゃん! なら、私も陽菜の友達として協力してあげるよ! ビシバシ鍛えてやんよ!」

「姉さん、家事なんかした事無いじゃないか……」

「うっさい! やらないだけで出来るんですぅー! あんたも協力しなさいよ!」

「はいはい……」

「恵理香ちゃん、斗真君……本当にありがとう! 私、頑張るよ!」

 

 こんな風に私の為に力を貸してくれる友達が居るなんて……私はなんて幸せ者なんだろう。みんなの気持ちを無駄にしない為に、絶対お父さんを納得させてやるんだ!

 私はその時、改めて心に強く誓った。お父さんの出した試練を乗り越えて、絶対に友くんのところに帰ると。

 

「でもさ、そんな簡単に厨房借りる事って出来んの?」

「今はゴールデンウィーク前やし、ギリギリ問題無いと思うで。客も今は言うほど多くないしなぁ」

「そっか……じゃあ、早速今日やっちゃいましょうか! ついでに椿の旅館に泊まっちゃおうか!」

「お、ええなそれ。陽菜ちゃんも大丈夫か?」

「うん! みんな、色々迷惑掛けちゃうだろうけど、よろしくね!」

「おーっし、なんだか私も燃えてきた! 斗真、家帰って準備するわよー!」

「ちょっ!? 姉さん離っ……!」

 

 恵理香ちゃんは大声を上げながら斗真君の腕をがっしり掴み、そのまま彼を引きずりながら教室を飛び出した。

 

「相変わらず仲ええ姉弟やなぁ……ほな、ウチの前で集合でええか?」

「うん。よろしくね、椿ちゃん!」

「ウチの特訓は厳しいで? ……なんてな。ほな、さいならー」

 

 ヒラヒラと手を振りながら、椿ちゃんも教室を後にした。

 

「……よし! 私も帰って、しっかり準備しないと!」

 

 いっぱい技術を身に付けて、絶対半年間を乗り切るんだ。ファイト、私!

 

 

 ◆◆◆

 

 

 学校から家に帰り、今日は椿ちゃんの旅館にお泊まりする事をお母さんに伝えてから、私は椿ちゃんの実家――赤坂旅館へと足を運んだ。

 

「陽菜ちゃん、おいでやす」

 

 旅館に着くと、制服から着物に着替えて、お店のお手伝いスタイルになった椿ちゃんが出迎えてくれた。今までも何回か彼女の旅館でお泊まりをして椿ちゃんの着物姿を見た事があるが、何回見ても彼女の着物姿はとても魅力的だ。

 いつか、私も着てみたいな……こういう和服に、友くんはドキドキしたりするのかな――そんな事を考えていると、遅れて恵理香ちゃんと斗真君がやって来る。

 

「お、もう来てたのね」

「これで全員揃ったな。ほな部屋に荷物置いて一休みしたら、早速厨房へ行こか」

「うん、よろしくお願いします!」

「そないたいそな事や無いんやから、お気楽に行こうや」

「そうそう! お泊まり会のついでみたいに行きましょうよ! そんじゃ、部屋へレッツゴー!」

 

 早速、私達は椿ちゃんの案内で、空いている旅館の部屋に向かった。斗真君はちょっとかわいそうだけど、男子だから一人部屋で、私達女子ははちょっと贅沢な大部屋に足を踏み入れた。

 

「こんな大部屋、よく残ってたわねー」

「本当は予約入っとったんやけど、急にキャンセルが入ってな。折角やから借りたんや」

「さっすが次期若女将……贅沢だねぇ……」

「うーん……本当はみんなで楽しく遊びたいけど……今日はそうはいかないもんね! 恵理香ちゃん、椿ちゃん、早速お願い出来る?」

「もうやんの? まあいいけどさ……じゃ、斗真の奴も呼んで行きますか。大丈夫だよね?」

「今なら問題無しや。ちゃっちゃと済ませたろ」

「うっし、じゃあ厨房へ出発!」

 

 部屋を出て、斗真君を連れて旅館の厨房へ。

 厨房に着くとそこには誰も居らず、ガランとしていてとても静かだった。どうやら板前さん達は気を使って厨房から出てくれたらしい。

 早速料理の練習を始める為、持参のエプロンを身に付けて、厨房に立つ。目の前にはまな板に包丁、そして野菜などの様々な材料。料理をする準備は万全だ。

 

「ほー、結構材料あんわね」

「さっき言うた通り、キャンセルなんかも入ったしな。賞味期限切れそうなのや余って捨てるはずやったもん、出来るだけ貰ってきたんや」

「そうなんだ……板前さんに感謝しないと!」

「ウチから後で伝えとくわ。さて、時間も限られとるしささっと進めよか」

「だね、いつまでもここに居座る訳にもいかないし、やれるだけやらないと。……といっても、何やんの?」

 

 目の前にある包丁を手に取り、それを物珍しそうにジッと見ながら恵理香ちゃんが口にする。

 

「桜井さん、いわゆる料理の技術的なのは……どれぐらいなのかな?」

「……正直、包丁すらまともに握った事無いかな……」

「そっからかぁ……こりゃ時間掛かりそうですなぁ……」

「そうみたいやな……とりあえず、焦っても仕方無いし、今回は簡単な事から練習しよか。時間はこれからもいっぱいあるんやし、いつでも付き合うで」

「そだね。地道にコツコツやってこ!」

「みんな……本当、ありがとう」

「そう何回もお礼いらないって! じゃ、どうする? 微塵切りの練習とかにする?」

 

 恵理香ちゃんはまな板の上に包丁を置き、近くにあった人参を一本手に取る。

 

「うーん……いきなりはちょっと危ないしな……まずは基本の卵焼きなんてどうやろか?」

「確かに、それなら怪我する危険も無いし、桜井さんの技術もある程度分かるかも」

「いーんじゃない? 陽菜、どうよ?」

「うん……それなら、いけるかも! やってみる!」

 

 卵焼きぐらい作れなきゃ、料理なんて出来やしない。それぐらい乗り越えなければ、話にならない。やってやる!

 頬を叩いて気合いを込めてから、私は卵に手を伸ばし取る。

 

「……ねぇ、卵焼きの調味料って……なんだっけ?」

「……まあ、そこは色々お好みやけど……とりあえず基本的なの作ろか。材料は教えたるから」

「ご、ごめんね……」

「……大丈夫か、これ?」

 

 そこから私は椿ちゃんの力を借りながら、なんとかして卵焼き作りを進めた。ぶっちゃけると卵焼きなんて今まで作った事が無いし、何が正解か全然分からなかった。

 それでも自分なりに、これであっているはずだと模索しながら、頑張って調理を続けた。だけど結果は――

 

「……い、一応出来たよ」

「……何これ?」

「卵焼き……なはず」

「……口にせんでも、えげつないもんやって分かるわ」

「ア、アハハハ……」

 

 みんなの言葉に対して、私は何も言い返せ無かった。だってみんなの言う通り、私が作った物はとても卵焼きとは言えない物に出来上がっているのだから。

 一言で表せば……焦げの塊。 自分でもどうしてこうなったか分からない、真っ黒けな姿。自分でも最早料理が苦手というレベルで無い事は、嫌でも分かってしまう。

 

「……ほら斗真、味見しなさいよ。男でしょ?」

「い、いや……これはちょっと……」

「い、いいよ食べなくて! こんなの食べちゃったら、体壊しちゃうよ!」

「陽菜ちゃんには申し訳無いけど……これは食べたらアカンな」

「……そうだね」

 

 仕方無く、私は材料を無駄にしちゃった事を心の中で謝りながら、失敗作となった卵焼きをゴミ箱へ捨てた。

 

「しっかし……卵焼きでここまで盛大に失敗するとは……本当に大丈夫?」

「こ、これから練習すればきっと大丈夫だよ! ううん、ここで諦める訳にはいかないもん!」

「まあ、ウチらも頑張って協力するけど……これは時間が掛かりそうやなぁ……」

「しばらくはコンビニ弁当オンリーになりそうだね」

「ううっ……」

 

 こんなんじゃ駄目だ……他の事ももちろん頑張るけど、料理は生活において一番大事な事と言っても過言じゃ無い。弁当ばかりなんて許してはくれないだろうし、料理がある程度出来なきゃお父さんも一人暮らしを認めてくれない。それじゃあ白場へ戻るのなんて夢のまた夢だ。

 早くもお父さんを認めさせるという目標が遠のいた気がして、自然と肩が落ちる。

 

「……桜井さん、まだ諦めるのは早いんじゃないかな?」

 

 すると、不意に斗真君が私に声を掛けてくる。

 

「初めは誰だって上手く行かないんだしさ、落ち込んでちゃキリが無いよ。それより今は、早く身に付けるように頑張らないと。じゃないと、白場に帰れなくなっちゃうよ?」

「おっ、なになに斗真、カッコイイ事言っちゃってさー」

「か、からかわないでよ……ともかく、これからだよ、桜井さん」

「斗真君……」

 

 そうだ……ここで諦めちゃ駄目だ。私はいち早く、友くんに会いに行くんだ。立ち止まってなんかいられない……どこまでもどこまでも足掻いて、絶対白場に戻るんだから!

 

「斗真君、お陰で元気出たよ! ありがとね!」

「あ、いや……力になったなら、よかったよ……」

「おー、なんだなんだ赤くなって。この思春期真っ盛りが!」

「だ、だからからかわないでってば!」

「フフッ……さて、時間も無いし続けよか! ウチが教えられる事は、何でも教えたるで?」

「うん、お願いね椿ちゃん! 恵理香ちゃんと斗真君も、色々教えてね!」

「もちろん!」

「力になれるか分からないけど……頑張るよ」

 

 みんな嫌な顔を一切浮かべず、快く私のお願いを受け入れてくれる。

 ここから、私の白場に戻る為の挑戦が始まるんだ。待っててね友くん、私頑張るから! 頑張って料理上手になって、いつか友くんに美味しい料理食べさせてあげるんだ!

 

「よーっし……やるぞー!」

 

 

 ◆◆◆

 

 

「はぁ……なんか私なんもやって無いのに疲れたわ……」

「ごめんね、お料理だけじゃなくて、色々付き合わせちゃって……」

「ああ、いいのいいの! なんだかんだ楽しかったし」

「それに一番疲れてるのは陽菜ちゃんやろ? 今からしっかり疲れ取るんやで?」

「うん……ずっと頭使いっぱなしだったからね……」

 

 あの後私達は、板前さんが厨房を使う限界ギリギリまで料理の練習を続けた。失敗しちゃった卵焼きの練習はもちろん、包丁を使った様々な切り方の練習なんかもした。

 厨房が使えなくなったその後は、みんなの協力を借りながら、他の家事の事、洗濯や掃除のやり方を勉強したりした。そこは旅館の手伝いをよくしている椿ちゃんの協力が、大きな力になった。

 

 そしてそれだけでは無く、普通の学校の勉強も、苦しかったけど頑張った。

 裕吾から聞いたが、今彼らは中高一貫の学校に通っているらしい。私も友くんと一緒の学校に通いたいから、そこに入る為のちょっと早い試験勉強だ。

 この勉強は成績の良い斗真君と椿ちゃんが丁寧に教えてくれたお陰で、なんとか少し覚えられた……はずだ。

 

 そんなこんなで色んな勉強をしていたら、いつの間にか時間は夜を過ぎていた。私達は今日の疲れを取る為に、旅館の露天風呂に入る事にした。

 斗真君と一旦別れ、女湯に続く脱衣所で服を脱いでいると、何故か恵理香ちゃんがジッとこちらを見つめてくる。

 

「恵理香ちゃん、どうしたの?」

「あんたさ……なんか女っぽくなったわよねー……」

「え?」

「確かに……初めてあった頃はもっと活発な感じがしたけど……今はもう綺麗な女性やもんな」

「そ、そうかな……?」

 

 二人の言葉に、私は近くにあった鏡に目を向けて、自分の姿を確認する。

 私は小学生の頃、少しだけ自分のスタイルが平凡なのを気にしていた。理由はスタイルがいい方が女性としての魅力も上がりそうだし、その方が友くんも私を女の子として見てくれるんじゃないかと思っていたからだ。

 でも、友くんと別れてこっちに来てからは、あんまりスタイルの事を気にしてはなかった。だから今言われるまで気付かなかったが、確かに今の私のスタイルは昔に比べたら大分女性っぽいかもしれない。

 胸はしっかりと丸みが出来ていて、触ればそれなりに柔らかい。髪も昔は邪魔臭いから切っていたけど、今は気にせず伸ばしていて、それが女性らしさをアップさせているとも見れる。

 

 自画自賛かもしれないが……結構、女性としての魅力はあると自信を持てるかもしれない。思い出してみれば、最近学校での男子の目線がちょっとあれな感じがしない事も無いかもしれない。

 いつの間にか私も成長してたんだな……でも、今は出来れば体じゃ無くて技術の成長が欲しいな……けど、今の私を見たら友くんもドキッとしてくれるかな?

 そんな事を考えながら鏡をジッと見ていると、突然恵理香ちゃんが私の胸を近くでガン見しながら口を開く。

 

「特にその胸。何それ? 急成長にもほどがあんでしょ」

「確かに……最近下着買い換える頻度が増えたかも……今もちょっとキツイし……」

「んなっ!?」

「そら凄いなぁ……エリちゃんには縁遠い事やな。貧乳やし」

「貧乳言うな! Bカップあるしー! 大体、あんたも言うほどデカく無いでしょうが!」

「ウチは代わりにくびれてるし、お尻もプリップリやから気にしてへんもん。それにウチはCカップやで?」

 

 と、椿ちゃんは後頭部に右手を持って行き、腰に左手を当て、お尻を軽く突き出して、いわゆるセクシーポーズの体勢を取る。

 

「かぁー! ムカツク! そのケツ引っ叩いてやるぅ!」

「まあまあ、恵理香ちゃん! きっと恵理香ちゃんにもチャンスあるよ! 成長期だもん!」

「何よそれ……巨乳の余裕? だったら――」

 

 不意に、恵理香ちゃんは私の背後に素早く移動して――そのまま両手で私の胸を強引に鷲掴んだ。

 

「ちょっとぐらいその胸寄越しなさいよー!」

「ちょっ、痛いよ恵理香ちゃん! もげちゃうよー!」

「うるさーい! どーせまたおっきくなんでしょー! スイカの時季はもう少し先ですよー!」

「アハハハハ! 本当にもげちゃうって! アハハハハッ!」

「はぁ……はしゃぐのはええけど、隣男湯やで? 斗真君にはしたない言葉聞こえんでー」

「いいのいいの! あいつはモテる癖に恋愛経験無い草食野郎なんだから! これぐらい聞いて男らしくなってもらった方がいいの! おらー! さっさとおっぱい寄越せー!」

「アハハハハハ! 止めてー!」

「はぁ……斗真君も大変な姉を持ったもんやな……先に入ってんでー」

 

 そう言って椿ちゃんは扉を開いて露天風呂に向かう。それを見て恵理香ちゃんも私の胸から手を離し、ささっと露天風呂に向かう。

 

「ふひぃ……」

 

 ようやく恵理香ちゃんの激しい乳揉みから解放され、私は深呼吸をして落ち着いてから残りの下着を脱ぎ、露天風呂に向かった。

 扉を抜けると、そこには綺麗な桜の木と夜空が見える空間が広がっていた。

 

「うわぁ……何回見ても綺麗だねー」

「おっ、私達の貸し切りじゃーん! ラッキー!」

「今は夕飯時やからな。誰も来ぃひんのも不思議や無いで。人が来る前にちゃちゃっと済ませたろ」

「おー! そんじゃ、早速お湯にダーイブ!」

 

 と、元気良く叫びながら恵理香ちゃんは一気に走り、お湯の中へ勢いよく飛び込んだ。

 

「お行儀悪いなぁ……」

「誰も居ないんだからいーじゃん! ほら、二人も早く入んなよ!」

「全く……」

 

 呆れた顔で恵理香ちゃんを見ながら、椿ちゃんも湯の中に入る。私もそれに続いて湯に足から入る。

 

「ふぃー……やっぱり露天風呂ってのは最高だねぇ……」

「せやな……ウチもたまに入るけど、やっぱりみんなで入った方が楽しいなぁ」

「うん! お風呂はみんなで楽しんだ方が絶対いいもんね!」

「だね。もしかしてさ、例の友くんとお風呂入ったりした事もあんの?」

「うん、あるよ!」

 

 質問にすぐに答えを返すと、恵理香ちゃんは驚いたように目を丸くした。

 

「うおっ、マジか……冗談で言ったつもりなんだけどな……」

「ほんまに仲ええんやな……そういうのちょっと羨ましいわ」

「だよねぇ……私達は男に縁が無いしね。でも、あんたがここまで必死になって会いたがる相手だから、その友くんってのは相当良い男なんだろうね」

「うん! 凄くカッコ良くて、凄く優しいんだ!」

「ハハッ、分かりやすく目の色変わったわね……よっぼど好きなのねー、友くんの事」

「早く会えるとええな。もし再会したら、やっぱり告白したりとか考えとるん?」

「告白……」

 

 椿ちゃんの問い掛けに、私はお湯に映った自分の顔を見つめながら考えた。でも、すぐに答えは出た。

 

「……うん、するかな。だって、私は友くんの事好きだもん」

「迷いないな……幸せなカップルになれるといいわね」

「ウチらも応援するで。もしも新婚旅行するなら、ウチの旅館使ってな」

「気が早過ぎんだろ……ていうか新婚旅行に暮らしてた場所ってどうなの」

「うん、考えとくよ!」

「あんたもサラッと答えんな……もう付き合えると思ってんのねぇ……凄い自信だこと」

「えっ……」

 

 軽い口調で恵理香ちゃんが呟いた言葉に、私は一瞬考えてしまった。

 もしも私が告白して、友くんが断ったらどうなるんだろう――と。

 そうだ、よくよく考えてみると、友くんが私の告白を確実に受け入れてくれる根拠は無いんだ。それにもう何年も離れ離れになってる。もう私と遊んだ思い出を忘れてる可能性もあるんだ。

 友くんが私を好きな可能性は、確実では無いんだ。そうだったとしたら……私がそこまでして白場に帰るのは……無駄なんじゃないか?

 

「…………」

「……ッ! ちょおエリちゃん、余計な事言うから陽菜ちゃん難しい顔してるやんか」

「えっ? あっ……! ご、ごめん! そんなつもりで言ったんじゃ無いんだ……」

「……ううん、いいの。お陰で考えられたから」

「考えられた?」

 

 椿ちゃんが、不思議そうに首を傾げる。

 

「うん……もし友くんに告白断られちゃったらどうしようって……今まで、考えもしてなかったよ……ずっと、仲良かったからさ。でも、その可能性もあるんだよね。もう何年も会ってないんだし」

「陽菜ちゃん……」

「……でもさ、それでも関係無いよ。私は友くんに好きだって告白する! それで断られたら、友くんに好きになってもらえるように頑張る!」

「好きになってもらえるように?」

「うん! 友くんはそういう他人の気持ちを蔑ろにしない人だもん! 私が好きって言ったら、絶対真剣に考えてくれる! だから私は友くんに好きって伝え続ける! それがその時私に出来る事だもん!」

 

 そうだ、付き合えなかったとしても、チャンスが潰れた訳じゃ無いんだ。好きって伝えれば、友くんは絶対私を見てくれる。そしていつか、答えをくれるもん。だから私は答えを伝える為に……白場に戻らないと!

 

「愛情を伝え続けるって訳やね……陽菜ちゃんらしいな」

「そんなにその友くんを信用してんのね……でもさ、もし恋人とか好きな人が既に居たらどうすんの?」

「ちょっ、エリちゃん!」

「あっ、ごめん……」

「……その時は、キッパリ諦めるよ。強引に友くんと付き合いたくは無いもん。それに友くんが好きになったのなら、その人は絶対いい人だもん。だから大丈夫。 友くんが幸せなら、私も納得出来る」

 

 もちろん、そんな未来は出来れば来てほしく無い。けど、それで友くんが幸せなら構わない。私はそっと気持ちを抑えて、彼の未来を見守ろう。

 

「大人やね、陽菜ちゃんは」

「そんな事無いよ。そうなったら、きっと凄く悔しがるだろうし。でも、今は向こうの友人の話だとそういう事も無いみたいだから、まだ私にチャンスはある。まだ、私の夢は終わってない!」

「なるほど……だから早く帰りたいって急いでる訳ね」

「うん……友くんカッコイイから、モタモタしてたらきっと凄いモテモテになっちゃうもん! だから早く思いを告げないと!」

「そこまで言うか……私の中の友くん像が物凄いイケメンに出来上がっていくよ……」

「一度でええから会ってみたいなぁ、その友くんに」

「向こうに戻った後、友くんと一緒にこっちに遊びに来るよ!」

 

 その為にも、早く再会しないと。……今はどんな事してるのかな、友くん。早く、会いたいな……

 

「あー、なんか聞いててこっちが恥ずかしくなってきたわ!」

「ほんまやな、陽菜ちゃんの友くん愛でとろけてしまいそうや」

「本当本当。私達には一生訪れそうに無い幸せだよ」

「えー、そんな事無いよ! 二人にだって素敵な出会いがあるよ!」

「だといいけど……」

「ま、エリちゃんはガサツやからなかなか来そうに無いな、素敵な出会い」

「あんだと!? そっちこそ無いわ!」

「ウチはこないだ告白されたで? 断ったけど」

「え、マジで……? ……があぁぁぁぁぁあ! 私のモテ期はまだかー!」

 

 恵理香ちゃんの雄叫びが、春の夜空にこだました。

 それから私達は恋愛トークで盛り上がり、時間を忘れて一時間近くお湯に浸かってしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 




 友人達の協力を借りながら、白場に帰るために動き出した陽菜。彼女は無事父に一人暮らしを認めさせる事が出来るのか? 次回に続く。






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