「さてと……これからどうする?」
天城達の計らいにより、俺と陽菜は二人きりの家デートを始める事になった訳だが、ひとまずこれからの事を決める為に、まずはリビングのソファーに座り話し合う事にした。
いきなりの事だから、当然予定も何も考えていない、完全にノープランだ。そんな状態では楽しむ事も出来ないので、まずは何をするか決めなくてはならない。
天城達が陽菜の為にこのような機会を与えてくれた事は、彼女達の心境に変化があったという事を実感出来て、とても嬉しくて喜ばしい事だ。だが、決して彼女達は喜んでこの機会を与えた訳では無い。
彼女達が苦しい気持ちで与えてくれたこの機会、陽菜の為にもいいものにしなければならない。
しかし、家デートといきなり言われても、何をすればいいか全く分からない。普通のカップルならば、家デートでもやれる事はまあ……沢山あるだろう。しかし、俺達がそれをやる訳にはいかない。もしやったら俺達の明日が危うい。
家の中で、あくまで友人というラインを越えずに、なおかつ思い出に残るような特別な事――色々難しいが、やるしかない。
「……お前は何かしたい事とか、やりたい事とか……なんかあるか?」
しばらくソファーに座り俯いたまま思考を回し続けた後、閉じていた口を開く。その質問に陽菜はうーん、と唸りながら腕を組む。
「そう言われると……思い付かないもんだね……友くんとしたい事、いっぱいあると思うんだけどな……」
陽菜は体を横に倒し、目を閉じて長考にふける。その様子を黙って見守っていると、陽菜は急に目をカッと見開き、背筋を伸ばす。
何か思い付いたのだろうかと、少し緊張しながら彼女の顔を見つめる。が――
「七時から観たい番組があるんだった! 友くん、一緒に観ようよ!」
「……は?」
「テレビだよテレビ! お笑い特番! まだ時間あるけど、忘れちゃうとあれだからチャンネル回しとこ!」
そう言うと陽菜はテーブルの上のリモコンを取り、テレビを点ける。テレビが点くと陽菜は番組表を確認し、観たい番組が放送されるチャンネルに変え、「これでよし!」と満足そうにリモコンを置く。
「これで問題無し! 楽しみだね!」
「あ、ああ……その、他に無いのか? やりたい事とか」
「うーん……今はあんまり思い付かないかな。とりあえずテレビ観ながら考えるよ!」
のんきに口にして、陽菜はアニメ番組が流れるテレビを眺める。
「……お前、それでいいのか?」
「ん? 何が?」
「いや、別に文句は無いんだけどさ……折角の家デートなんだから、もっとわがまま言ってもいいんだぞ? 俺は可能な限り受け入れてやるつもりだし、お前だって誕生日の思い出とか作りたいだろ?」
口にしながらなんだか恥ずかしくなってきたが、羞恥心を抑えて陽菜の目を見つめる。陽菜は俺の目をジッと見つめ返し、ふと笑みを浮かべる。
「友くん、本当に真面目だよね。そういう優しいとこ、私大好き!」
「なっ、いきなり何言ってんだよ!」
「フフッ……確かに、折角二人きりなんだから、何か特別な事したいなーって気持ちはあるよ。でも、これはこれでいいんだ、私は」
「どういう意味だ?」
そう問い掛けると、陽菜は突然隣に座る俺に身を寄せ、頭を倒して肩に乗せる。なんの前触れも無い唐突な急接近に顔が熱くなるが、離れると陽菜が倒れそうなのでなんとかその場に留まる。
「特別な事なんかじゃなくても、こうやって一緒にテレビを観るだけでも……私は幸せなんだ。だって、友くんの近くに居るだけで私は幸せだもん」
「……あんまそういう恥ずかしい事言うなよ……」
「あ、友くん照れてる。可愛いなぁ……」
スッと右手を伸ばし、俺の微かに赤い頬をツンツンとつつく。
「や、やめろって!」
「えへへ……もちろん、何かしたいなーって頭に浮かんだら、今日は遠慮無くお願いするつもりだよ。でも、今はこれでいいんだ。いつもと変わらない日常……今は、それを楽しみたいんだ」
陽菜は静かに呟き、俺の顔を覗き込みながら、優しい笑顔を作る。
こいつ、欲が無いっていうか……いや、ある意味陽菜にとってはこれが欲なのかもな。当たり前な、平凡な日常を一緒に過ごす――それが、陽菜にとって幸せなんだろう。
「……分かった。お前がそれでいいなら、とことん付き合うよ」
「うん! 今日は一日中付き合ってもらうから、そのつもりでね! わがままも沢山言っちゃうんだから!」
「はいはい。出来る限り受け入れますよ」
「お? 言ったねぇ? じゃあさ、お菓子取ってきて! ポテチ食べながらグータラしよう!」
「……ただのパシりじゃねぇか」
「いいの! これも私のわがまま! これぐらいはいいでしょ?」
全く、子供みたいな奴だな……
彼女のわがままを受けると言った以上、こんな事で反論する訳にもいかない。ソファーから立ち上がり、キッチンにあったはずのお菓子類を取りに行く。
とりあえずポテトチップスのうす塩、チョコレート菓子、それから今日のパーティーで余ったオレンジジュースを手に、リビングに戻る。
「ありがと友くん! 一緒に食べよ!」
「お前、パーティーであんだけ食ったのによく食えるよな……俺はもうちょっとしたら頂くよ」
「フフン、女の子のお腹はブラックホールなんだから!」
「なんで自慢げなんだよ……いっぱい食べれるのはいいけど、食い過ぎると太るぞ?」
「ムッ……友くん、女の子に太るとか言っちゃ駄目だよ!」
何気なくサラッと口に出すと、陽菜はちょっぴり怒った顔でそう言う。
まあ、今のは確かに失礼な言葉か……女性はデリケートだしな。
一応反省はするが、事実ではある。今日陽菜は少々食べ過ぎだ。見た目にはさほど変化は無いが、相当なカロリーを摂取しているのは間違え無い。
流石の陽菜もそれを理解しているのか、ポテチに向かい伸ばしていた手を止め、自分のお腹を服の上から摘む。しばらくプニプニとお腹の様子を確認すると、陽菜は難しい顔をする。
「ねぇ、私太ってるかな?」
「別に見た感じ変化無いし大丈夫だろ。あとは腹八分目に控えておけ」
「分かってるけどさ……友くん、太ってるかどうか確認してみてよ!」
「確認って……どうやって?」
「お腹が出てるかだよ! 触ってみたら分かるでしょ?」
と、陽菜がなんの躊躇も無しに服を裾を捲り、お腹をチラリと露わにする。
「バッ!? 何してんだいきなり!」
慌てて目を背け、彼女に注意を飛ばす。
「もー、別にこれぐらいで恥ずかしがらなくていいじゃん! いいから確認してみてよ!」
「自分でしろよ! てかしてただろ!」
「自分じゃよく分かんないんだもん」
「だったら俺に分かる訳無いだろう! 大体、お前の腹の出っ張り具合のデフォルト知らないのに判断出来るか!」
「私普段はそんな出っ張って無いよ!」
「どうでもいいわ! いいから服戻せ!」
自分でも多少大げさだと思う大声で叫ぶと、陽菜は「分かったよ」とちょっとトーンが低めな声で呟く。それに服を戻したと察し、視線を戻す。陽菜の服は元通りになり、腹の露出は無くなっていた。
「たくっ……簡単に服捲ったりするもんじゃありません」
「別におへそぐらい見せても恥ずかしく無いもん」
「俺が恥ずかしいの! 全く……」
彼女の脳天気さというか、羞恥心の無さに呆れていると、不意に陽菜がニヤッと嬉しそうに口元を緩める。
「……なんだよ」
「ううん、友くんも男の子だなーって。私でドキドキしてくれるのが嬉しいだけだよ!」
「……なんだそれ」
なんか似たような事何回も言われてるような気がするな……俺が似たような反応何回も繰り返してるからか。
「なんか変な汗かいた……風呂でも沸かしてくるか……」
「えー、テレビ観ないの?」
「お笑い番組までまだ一時間以上あるだろ? それまでの間に済ませちまうんだよ」
「あー、それもそっか。……私もテレビ始まる前に入っとこうかな……お笑い番組のあとも、観たい番組あるし……」
チラッと、陽菜が部屋の時計に目をやる。それに釣られて俺も視線を時計に移す。現在時刻は六時ちょい前だ。
「うーん……でも、時間結構ギリギリかな……?」
と、陽菜は眉間にシワを寄せる。
今から真水に近いであろう風呂を沸かすとしたら、沸くのは多分六時ちょい過ぎ。入浴に掛ける時間は、多分十分、十五分あれば俺は平気だ。けど、陽菜は長風呂派だし軽く二、三十分は入ってそうだ。
だとしたら……陽菜が先に入った方が、テレビまでの余裕を作ってやれそうだな。楽しみにしてるみたいだし、慌ただしくなるよりゆっくりと観せてやりたいしな。
そこまで考え込んでから、俺は陽菜に目を向け声を掛ける。
「先に入れよ。お前、最初からテレビ観たいだろ? 俺は別に最初の方見逃しても構わないからさ」
「えー、私は最初から友くんと一緒に観たいんだけどなぁ……うーん……あ、そうだ!」
妙案を思い付いたのか、陽菜がポンと手を叩く。
「一緒に入っちゃえば時間短縮出来るよね! うん、お風呂沸いたらすぐ一緒に入っちゃおうよ!」
「まあ、確かにそうだ…………って、何言ってんだお前!」
一瞬そうだなと受け入れそうになったが、彼女の発言の重大さに気が付き、俺は慌ててツッコむ。
「だって、友くんと私の分を一緒にしちゃえば、時間が短くなるでしょ? それなら二人一緒にゆっくりとテレビ観れるよ!」
「そうだけども! お前意味分かって言ってんのか!? 一緒に風呂って、お前……!」
「もー、そんな照れなくていいじゃん。昔はよく一緒に入ったじゃん!」
「幼稚園の話だろ!」
「違うよ! 小学一年生までだよ!」
余計な訂正を入れてくる陽菜に、最早ツッコむ気力すら湧かずに俺は肩を落とす。
「あのな……昔と今は違うんだよ! 高校生男子と女子が一緒に風呂とか有り得ないから! カップルならともかく、今の俺達は一応友人だからな!」
「それは分かってるけど……私は別に恥ずかしく無いし、友くんと一緒にお風呂入るの嫌じゃ無いよ? それとも、友くんは嫌?」
「い、嫌とかそういう問題じゃ無くてだな……」
駄目だ、俺に対しての羞恥心がほぼ無いこいつに何を言っても……普通に服脱ごうとする奴だしな……多分裸見られても平然としてるだろう。
しかし、俺はそうもいかない。思春期の男子が女子の裸体を見たら、自分でもどうなるか分かったもんじゃ無い。それに、もしそんな事が彼女達にバレたら……考えただけで恐ろしい。
しばらく俯き考え込んでいると、陽菜が少し物悲しそうにこちらを見つめながら、口を開く。
「……やっぱり嫌?」
「だ、だから嫌とかじゃ無いって! ただ……」
俺が言葉を詰まらせると、陽菜は不思議そうに首を傾げる。俺は続きの言葉を口にするのを躊躇いながらも、彼女に偽りの無い思いを伝える為、口を開いた。
「……純粋に、恥ずかしい……」
「……プッ……アハハハ!」
すると、陽菜はいきなり口元に手を添えながら大きく笑い出す。
「な、なんだよいきなり!」
「ごめんごめん……そうだよね、友くんお年頃だもんね。女の子の裸見るのは恥ずかしいよね」
「あ、当たり前だろ……お前に羞恥心が無さ過ぎなの!」
「……本当、友くんは真面目で優しくて照れ屋さんだね。なら、いい考えがあるよ!」
と、陽菜ソファーから立ち上がり、俺の前まで駆け寄る。
「い、いい考えって?」
「裸見るのが恥ずかしいなら、水着を着て入ればいいよ! それなら大丈夫でしょ?」
確かにそれならプールと同じ感覚に近いから、問題……はあるが、少なくとも裸の付き合いをする事は回避出来る。だが……
「……それでも、知ったら天城達に不快な気分をさせちゃうだろうし……」
「……もう、友くんは本当に真面目過ぎるんだから。もちろん、私も優香ちゃん達には悪いなって思う気持ちはあるよ。でもさ……」
陽菜はそっと俺の唇に向かって人差し指を伸ばし、真っ直ぐこちらを見つめる。
「私だって、ちょっとはわがまま言いたいよ。友くんに好きになってもらいたい、友くんともっと色んな事をしたい……これぐらい、許してくれるよね?」
「そ、それは……」
「それに、優香ちゃん達だって私や他の人に隠して、何かしてたりするでしょ? ほっぺにチューとか、そういうの」
陽菜がしたり顔で放った言葉に、思わず顔が強張る。
陽菜の言う通り、他の者の誕生日の時も、言っていない事実はいくらかある……天城の下着を見てしまった事とか、出雲ちゃんに膝枕をしてやった事とか。
「だったら、私だって一つぐらい秘密にしてもいいよね? 大丈夫! ちゃんと友達としてのラインは守るから! 昔みたいに、幼なじみとして背中洗いっこしよ!」
ニッコリと、邪な思いを一切感じさせない無邪気な笑顔を見せる。彼女は本当に、単純に俺と一緒に風呂に入って楽しみたいだけなんだ、その時間を。
はぁ……ここまで言い寄られると、もう駄目って言えないな……ここで断ったら、確実に悲しませる。それは心苦しいし、出来れば避けたい。
まあ、風呂っていっても水着着てだからギリギリオーケー……なのかな? 水着着用の混浴とかも世の中にはある訳だし、そこまで特別って訳でも無いだろう。……彼女達に知られたら、確実にヤバイがな。
そうやって無理矢理自分を納得させて、俺は彼女のわがままに対する返答を口にした。
「……分かったよ。受け入れるよ、そのわがまま」
「やったぁ! 友くんだーい好き!」
満面の笑みを浮かべながら歓喜の声を上げると、陽菜はバッと両腕を広げ、俺に全身を使って抱き付く。
「く、くっ付くなって! ただし、本当に友人としてのラインは守れよ!」
「分かってるよ! というか、流石にそれは私もちょっと恥ずかしいし……」
俺から離れ、ちょっと照れ臭そうに頬を掻く。
流石に、こいつもそれぐらいの羞恥心は持ってるか。持ってなかったら困るが。
「それじゃあ早くお風呂沸かそ! 時間無くなっちゃうよ!」
「分かってるよ……」
こんな事になるとはな……水着着用とはいえ、二人で風呂か……昔はなんの躊躇いも無く入ってたが、今は別だ。……自分から言っといてなんだが、変な気を起こさないようにしなきゃな。耐えてくれよ、俺の平常心。
心を今まで以上に強く引き締め、俺は風呂を沸かしに浴室へ向かった。
ついに家デート開幕。そして早速衝撃展開。いつかお風呂ネタはやりたい思ってたけど、とうとうやってしまった。
一体どうなるのか、次回へ続く。
余談 この作品も、とうとう連載一周年となりました。これからも甘い修羅場を届けられるよう、頑張ります!