「それでは……友希に陽菜ちゃん、誕生日おめでとー!」
母さんの掛け声と同時に、全員が一斉に手にしたクラッカーを鳴らす。破裂音と共に紙吹雪が舞い散る。宙を舞う紙吹雪を見上げながら、感動したように陽菜は両手を合わせる。
「スッゴイ綺麗だね、友くん!」
「ん? まあな」
確かに色とりどりの紙屑が舞い散る光景はとても感動的だが、二ヶ月前にも同じような光景見たし、ここまで量が凄いと後片付けの心配の方が強くなる。
別に今回は俺がする訳では無いのだが、前回の友香の誕生日の時は俺がしたので、あの時の作業のシンドさがどうしても思い出される。
「さてと、じゃあ早速料理を食べるとしましょうか。冷めちゃうといけないからね」
「はい! もうお腹ペコペコですよ……あ、その前に……」
突然、陽菜は何かを思い出したようにソファーの方へ向かう。数秒後、彼女はソファーの横に置いてあったビニール袋を携え戻ってくる。
「はいこれ! 友くんも付けて付けて!」
陽菜は持ってきたビニール袋から何かを取り出し、俺に渡す。一体何だろうと、それを受け取り確認する。それは、こないだの買い物の時もいくらか(陽菜が)盛り上がった、本日の主役襷だった。
「……本当に付けんの?」
「もちろん! これが無きゃ始まんないよ! あ、あとこれも!」
さらに、陽菜は追加で星柄の青色三角帽子を渡してくる。これほどダサイ組み合わせは無い。正直身に着けたくない。
だが、陽菜の目はこないだと同じようにキラキラと輝いている。ここで俺が拒否すれば、彼女のテンションが一気に盛り下がるのはほぼ間違い無い。それではパーティーが台無しだと、俺は溜め息を噛み殺しながら、袋から取り出して襷を掛け、帽子を被った。
「おー、友くん似合ってるよ!」
「……そりゃどうも」
全然嬉しく無いが、適当に礼を返す。一瞬二名ほどの男の笑い声が聞こえたが、反応するのも面倒なのでそのまま流した。
これを一日中付けるのかと、若干憂鬱になりながら襷をいじくる。その間に陽菜も襷を袋から取り出し、俺と同じように掛け、色違いのピンク色の三角帽子を被った。
「いいねいいね、本日の主役って実感湧いてきた! ねぇ、似合ってる?」
「ええ似合ってるわね。馬鹿っぽくて」
朝倉先輩のサラッと放った地味に酷い言葉に、陽菜はお笑いのように前にずっ転ける。だが、確かに本日の主役とデカデカと書かれた襷を掛ける陽菜は少々お馬鹿臭を漂わせている。が、それを言ったら俺もそうなってしまうので、その考えは心の奥にそっとしまった。
「そんなに馬鹿っぽいかな……?」
「気にしなくていいですよ。その方が桜井先輩っぽいですから」
「そうかな……あ、そうだ忘れてた! みんなにもあるんだよ!」
「あるって……襷か?」
「残念だけど違うよ。はいこれ!」
陽菜はビニール袋からさらに別の物を取り出し、それをみんなにそれぞれ渡す。
「これは……ハロウィンの?」
「うん! 折角だから、みんなもそれを被ったりしようよ!」
「そういえば、昨日はハロウィンだったな……」
「まあ、いいんじゃないですか? パーティーっぽいし」
「そうね……少なくとも、本日の主役よりはマシね」
みんなは早速、陽菜から受け取ったハロウィングッズを身に着ける。
「おー、みんな似合ってるよ!」
「そ、そうか? 正直、猫耳は恥ずかしいんだが……」
「凄い可愛いから大丈夫だよ、海子ちゃん! 優香ちゃんのコウモリのカチューシャと出雲ちゃんのカボチャ帽子も可愛い!」
「……別に、あなたに誉められても嬉しく無いわよ」
「そうですね。先輩、似合ってますか?」
と、出雲ちゃんが被ったカボチャ帽子に両手を添えながらこちらを向く。
「ああ、似合ってるんじゃないか? 凄い可愛らしくていいよ。天城も海子もな」
「い、いきなりサラッと感想を言うな! ……まあ、ありがとう」
「す、凄く嬉しいよ……」
「私が振ったのに……先輩も私だけに反応返して下さいよ!」
ムスッと頬を膨らませながら、出雲ちゃんがこちらへ顔を近付ける。
「ご、ごめんごめん! ちゃんと出雲ちゃんも可愛いからさ!」
「……ならいいですけど」
「騒がしいわね全く……友希君、この帽子はどんな仮装なのかしら?」
と、朝倉先輩は自分が被る黒いトンガリ帽子を指差す。
「それは……魔女じゃないですか?」
「魔女……なるほどね。……ところで、私に感想は無いのかしら?」
「えっ、あ……よ、妖艶な感じがしていいと思いますよ?」
「あらありがとう。じゃあ――」
朝倉先輩は微かにほくそ笑みながら、急に身を寄せ、人差し指を俺の顎を当てる。突然の急接近に心臓が跳ね上がり、どぎまぎしながら俺を見上げる先輩の目を見つめる。
「その妖艶さで、友希君を誘惑しちゃおうかしら?」
「い、いきなり何言ってるんですか!?」
「……何してるんですか、朝倉先輩」
「冗談よ。パーティーなのだから、少しはいいでしょう?」
「いい訳無いでしょう! 早く先輩から離れて下さい!」
「ふぅ……ユーモアというものを知らないのね」
「どこがユーモアですか! 油断も隙も無いんだから……!」
機嫌悪そうに呟く出雲ちゃんを横目に、朝倉先輩はほんの少し残念そうに俺から離れる。
先輩はいつでもどこでも自由だな……本当、油断も隙も無いな。
このパーティー中に何が起こるか分からない。気を引き締める為に深呼吸をしていると、朝倉先輩と同じ魔女のトンガリ帽子を被った母さんのパンパンと手を叩く音がリビングに響き渡る。
「話で盛り上がるのもいいけど、そろそろご飯にしましょー。冷めちゃうわよー」
「あ、そうだった! 食べよう食べよう!」
ぴょんぴょんと軽くスキップをしながら、陽菜は大量の料理が並ぶテーブルに向かう。他の皆も、テーブルの周りに集まる。椅子が全員分無いので、基本立食スタイルだ。
以前の友香のパーティーの時にも使った、基本倉庫にしまっている長方形のテーブルの上には隙間が無いほど大量の料理が並んでいる。シチューにローストビーフ、肉じゃがとグラタン、唐揚げにシーザーサラダ、統一性の無い料理に、どうしてこんなに用意したと改めて呆気に取られていると、母さんが両手を合わせながらみんなに視線を送る。
「沢山あるから、みんないっぱい食べてねー。それじゃあ、いただきまーす」
「いただきまーす!」
何重にも重なった声がリビングにこだますと同時に、全員一斉に料理へと手を伸ばした。
「どれも美味しそうー! この唐揚げ貰おっと!」
「あ! 最初の一個は先輩に食べてほしかったのに!」
「あなたはもう試食してもらったでしょう。友希君、このパエリアは私が作ったの。是非食べて頂戴」
「わ、私はこのグラタンを作った! その……感想を貰えると嬉しい……!」
「私はこの出し巻き卵だよ。ちょっと地味だけど、世名君の好みに合ってると思うんだ」
「ちょっ! 抜け駆けズルイですよ! 先輩、私の唐揚げ今度はちゃんと食べて下さい!」
「わ、分かった分かった! 順番に、順番にね!」
次々と押し掛けてくるみんなの勢いに気圧されながら、何とか落ち着かせる。
「……人気者だな」
「ケッ、食い過ぎて胃袋爆発しとけ!」
「アハハ……頑張ってね、友希君」
カボチャ帽子、ガイコツ帽子、コウモリカチューシャをそれぞれ付けた男性陣はそんな俺を他人事な目で見て、淡々と料理を食べ進める。猫耳を付けた友香も同じく触らぬ神に祟りなしという事か、一切関わろうとせず料理をモグモグと食し、母さんとガイコツ帽子の父さんに至っては平然とイチャコラしてる。陽菜も食べる事に夢中だし、もはや助け船は来そうに無い。
やはり、このパーティーは一筋縄ではいかなそうだ――改めて身に染みて理解しながら、俺は彼女達の料理を順番に口にした。それを、彼女達はジッと見つめる。
そして全員の料理を食べ終えると、代表して朝倉先輩が問い掛ける。
「それで、どれが一番美味しかったかったかしら?」
全員が俺の方へ期待の眼差しを向ける。といっても、この状況で俺が言える答えは一つしか無い。
「えっと……みんな、美味しかった……です」
「……まあ、この状況じゃそうなるわよね。美味しいと言ってくれるのは嬉しいけれど」
「でも、たまには一番を決めてほしいかな……わがままなのは分かってるけど」
「ご、ごめん……でも、本当に全部美味しかったんだよ!」
「言われなくても分かっているさ。今はそれだけで満足だ」
「そうですね。先輩、もっといっぱい食べて下さいね!」
よかった、とりあえずみんな納得はしてくれたようだ……でも、やっぱりみんなは一番を決めてほしかったよな、きっと。
ホッとしたような、申し訳無いような、そんな複雑な心境を抱いていると、不意に陽菜がこちらを羨ましそうに見つめる。
「……どうした?」
「私も友くんに料理を審査してほしかったなーって。私だって友くんに美味しいって言ってほしいもん!」
「……だったら料理を出来るようになろうな」
「うっ、返す言葉もございません……」
ショボンと口をすぼめ、陽菜は目の前の唐揚げを口に運んだ。
「って、あなたどんだけどんだけ食べてるんですか! 先輩の分が無くなっちゃうでしょ!」
「あ、ごめん……唐揚げ好きだから、つい……」
「ぐっ、そういえばミスコンでそんな事言ってましたね……料理のチョイス間違った……」
「残念ね、このままあなたの料理は桜井さんの胃袋へどんどん運ばれていくようね」
「嬉しそうに言わないで下さいよ! 先輩、あの女が食べきっちゃう前にどんどん食べて下さいね!」
「わ、分かった分かった……」
食事するのも一苦労だな……食い過ぎて腹を壊さないように気を付けよう。
胃袋が痛まないか少し心配しながら、俺はみんなと一緒に食事を続けた。
楽しい会話を交え、時折小休憩を挟みながら食事を進める事、約二時間――料理の大半を平らげ、みんなのお腹もそろそろ限界に差し掛かってきたのをキッカケに、俺達は一旦食事を止めて、ゲーム大会をする事になった。
トランプだったり、叩いて被ってジャンケンポンだったり、友香の遊んでいる格ゲーだったりと、色んなゲームを遊び、楽しい一時を過ごした。
そんな盛り上がる中、次はどんなゲームをしようかと話し合いになった時、不意に孝司が笑い声を漏らす。それに嫌な予感をビンビンに感じながら、俺は彼に声を掛けた。
「……なんだ?」
「こういうパーティーでみんなでやるゲームといったら、一つだろ!」
バッと、孝司は頭上に腕を伸ばす。すると、服の袖口から一本の割り箸が飛び出し、孝司はそれを掴み取る。
「それはズバリ……王様ゲームじゃあい!」
「……友希君、王様ゲームとは何かしら? 愚民を虐げるゲームかしら?」
「いやそんな惨いゲームじゃ無いですから……なんというか……クジを引いて王様を決めて、その王様が何番は何をしろって、命令をする――みたいな感じです」
俺の説明を聞くと、朝倉先輩は納得したように頷く。
しかし王様ゲームか……正直、あんまりいい印象は無いよな。だって……
「私は却下です! どーせ真島先輩はエロい命令したいだけでしょ!」
「いやー、俺も流石に大人が居る前でそんな事はしねーよ。ただ、これはお前らにもチャンスだぞ? もしかしたら、友希にあーんな事やこーんな事を命令出来るかもだぜ?」
孝司のその言葉に、四人の肩がピクリと動く。
俺に命令って……そんなの上手く行けばだろう……何人居ると思ってんだここに。そんなのみんな乗る訳――
「やりましょうか。王様ゲームとやらに興味があるわ」
「……私も、賛成です」
「……みんながやるって言うなら」
「ゆ、優香!? ……なら、私もだ」
「面白そうだしやろうよ、王様ゲーム!」
「えぇ……」
満場一致かよ……みんなどんだけお願いしたいのよ。……大丈夫だよね、変な命令とかしないよね?
一抹の不安を抱くが、全員賛成してしまったらもう却下出来そうに無い。母さん達大人組も過激な事しなきゃオッケーみたいな空気出してるし、止めてくれそうに無い。どうやら腹を据えるしかなさそうだ。
「よっしゃ、そんじゃ決まりだな! 全員参加の王様ゲーム開幕だ!」
孝司はどこからか母さんと父さんを抜かした全員分、十本の割り箸を取り出す。一本は先っぽが赤く塗られていて、残りは一から九までの数字が書かれている。孝司はそれを隠すように持って割り箸を掻き混ぜる。
「さ、一本ずつ引いて引いて! 見せちゃ駄目だかんねー」
混ぜ終えた割り箸を前に出し、みんなそれぞれ一本ずつ引いていく。俺も最後に残った二本の内一本を引き、先端を確認する。数字の五だ。王様は他の者らしい。
誰に王様が渡ったのか、チラリとみんなに目を向ける。全員変わらない表情で割り箸を見つめる中、一人だけ明らかに顔が綻んでいる。……どうやら、彼女が王様のようだ。
「さあ行くぞ! 王様だーれ――」
「私です!」
孝司の言葉に食い気味に――出雲ちゃんが勢いよく手を挙げる。やはり彼女が王様だったようだ。
「フフフッ……それじゃあ、命令しちゃいますよ」
「大宮さん、言っておくけど変な命令言ったら……」
「安心して下さいよ。流石に私も他の人に当たるかもしれないリスクがあるのに、そんな命令はしませんよ。ズバリ! 私の好きなところを一つ言って下さい!」
ビシッと人差し指を立てた右手を天に掲げながら、高らかに叫ぶ。
「……で、誰に?」
「もちろん先輩ですよ!」
「……だそうよ、言ってあげなさい真島君」
「そっちの先輩じゃ無いですから!」
「数字で示さないからだ……大宮、ルールぐらい守れ」
「分かってますよ……うぬぬ……」
額に人差し指を押し当てながら、低く唸る。恐らく、俺が何番か考えているんだろう。しかしそんなの予想のしようが無いし、確率は九分の一。そう簡単には当たらないだろう。
そして二十秒ほど悩んだ挙げ句、出雲ちゃんは腕を前に突き出しながら、叫ぶ。
「……よし! 一番の人でお願いします!」
「あ、それ俺だわ」
スッと、孝司が手を挙げる。
「……やっぱり五番で」
「駄目」
「ぐぅ……! なんでよりによって真島先輩なんですか……!」
「……お前サラッと酷い事言ってるからな? あーっと、お前の好きなとこだっけ? 言い辛いなオイ……」
「なら言わなくていいですから。次行きましょうよ」
「駄目よ、王様の命令は絶対なのでしょう? さあ真島君、彼女を口説き落とす素敵な言葉を言ってあげなさい」
「……嫌なハードル上げないでくれます?」
孝司は困惑した表情をしながらも、出雲ちゃんの命令に答えるべく咳払いをしてから、口を開こうとする。が、出雲ちゃんは直前に両手で耳を塞ぐ。
「……何してんの?」
「あ、気にしないで言っちゃって下さい」
「命令しといて聞く気が無いって酷くね!?」
「だって私が聞くとは言ってませんから! 真島先輩から好きなとこ聞くなんて嫌ですもん!」
酷い理由だな……まあ、気持ちは分からなくも無いから別に責める気は無い。
「こんなの真面目に答えられっか! 貧乳なところが好きです! 次!」
「貧乳言わないで下さいよ! ただの悪口じゃないですか!」
「だー、うっせぇな! 次行くぞ次!」
何だか険悪な雰囲気になりながらも、王様ゲーム第二ラウンドへ以降。全員が改めてクジを引き直す。引いたクジの先を確認すると、一とだけ書かれていた。今回も王様は別の人らしい。
前と同じようにみんなの様子を見回し王様が誰か予想を立てようと試みるが、今回は全員一切表情が変わっていない。これじゃあ流石に予想の立てようが無い。
「せーの、王様だーれだ?」
「私よ」
感情を抑えた静かな声を出しながら、朝倉先輩が右手を挙げる。彼女が今回の王様らしい。
「さて……これで何かを命令すればいいのよね?」
「うっす。基本なんでもありっすよ」
「なんでもね……」
朝倉先輩は考え込むように顎に手を当てる。その考え中に、先輩はチラリとこちらへ目を向ける。明らかに俺を狙っている。とはいえ、いくら朝倉先輩でも俺の番号を知る事は出来ない。彼女も他の者に当たるかもしれないのを分かっているのだから、そんなリスクの大きい命令はしないだろう。
「……それじゃあ、膝枕なんてどうかしら?」
が、朝倉先輩は俺の予想に反して、結構リスキーな命令をサラッと口にした。
「えっ、膝枕ってその……」
「誰かが私の膝に寝るという事よ」
「……いいんですか? 万が一お兄ちゃん以外の人に当たったらあれですよ?」
「心配は無用よ」
と、朝倉先輩は自信満々な顔でこちらを真っ直ぐ見つめる。そのあまりに迷いの無い眼差しに、緊張が高まり思わず唾を飲む。
いや、いくら彼女でも俺の番号を知る事は出来ないだろ……でも、先輩はまるでもう答えを知っているかのように冷静だ。外れるリスクを全く恐れていない。
彼女の自信は一体どこから湧き上がってくるのか、不思議に思いながら、俺は彼女のその瞳を見つめ返す。そして次の瞬間、朝倉先輩が口をゆっくりと開く。
「……一番」
「……!?」
「……から九番で指名すればいいのよね?」
「えっ? あ、そうです……」
ビックリした……ズバリ言い当てられたかと思った……
内心ホッと一息ついていると、不意に朝倉先輩が口元をつり上げた。
「友希君、油断したわね」
「えっ?」
「じゃあ改めて命令を……一番の人が私の膝で寝る……よ」
そう口にした後、朝倉先輩は俺の持つ割り箸をヒョイと奪い取り、そこに書かれた漢数字の一を、みんなに見せ付けるように振った。
「ウフフ……ビンゴみいたね。よろしく、友希君」
「な、なんで分かったんですか?」
「簡単よ。私が一番って口にした時、友希君微かに表情が硬くなったもの」
そ、そうだったのか……顔に出してないつもりだったけど、ちょっと出てたか……随分と簡単な揺さぶりに引っ掛かったな、俺も。
「さて……これから友希君は私の膝で寝る訳だけど……文句は無いわよね? 王様の命令は絶対だもの」
「ぐぬぬ……!」
「……文句はありまくります。けど……」
「ゲームのルールを破る訳には……いかないしな」
「あら物分かりがよくて助かるわ。それじゃあ友希君、いらっしゃい」
「は、はい……」
周りの視線が怖くて、正直逃げ出したい気持ちが湧いてこない訳では無いが、そういう訳にもいかないので、覚悟を決めて朝倉先輩の方へ近寄る。そのまま隣へ座ると、先輩が床に正座をしながら自分の太ももをポンと叩く。
膝枕が初体験って訳でも無いが、これは二つの意味で緊張する。唯一の救いは朝倉先輩の今日の服装は丈が長めのワンピースで、生肌が晒されていない事だろう。とはいえ、柔らかいのは確実だろう。
そんな先輩の膝をジッと見つめ、一瞬息を呑んでから横たわろうとしたその時、急に出雲ちゃんが声を上げる。
「待った! 先に時間を決めますよ! そうじゃないと『あら、別に何分と決めてないでしょう?』とか言いそうですから!」
「細かいわね……じゃあ一時間でどうかしら?」
「最大一分で」
朝倉先輩の言葉を、天城がおぞましい眼で睨みながら即却下。
「分かったわよ。さあ友希君、遠慮せずどうぞ。居心地がよければ何時間でも寝てていいわよ?」
「は、はぁ……」
どう返していいか分からず、曖昧な返事をしながら、ゆっくりと彼女の太ももへ頭を乗せた。瞬間、服の生地越しに彼女の太ももの柔らかさが肌に伝わり、気恥ずかしさから体が一気に火照る。
やっぱり、朝倉先輩の太もも凄い柔らかいな……正直居心地いいし、このままここで寝れそうだ。けど……
「…………」
天城達の妬みの視線が怖くて、居心地の良さが打ち消されて、俺の心には早く起きたいという思いでいっぱいだ。
しかし、朝倉先輩はそうはさせないと言わんばかりに俺の頭に手を添え、優しい手付きで髪を撫でる。
「どう? 気持ち良いかしら?」
「…………はい」
答え辛くて一瞬口ごもったが、あまりの気持ち良さについ本音が漏れる。すると、周りの三人の視線がさらにキツくなる。
「……朝倉先輩、そろそろ一分経過したのでは?」
「あらそう? 私の体感ではまだ三秒ほどなのだけれど」
「体内時計ぶっ壊れてるんですか? いいから早く先輩から離れて下さい!」
「仕方無いわね……ありがとうね友希君、とても気持ちの良い時間だったわ」
俺の顔を覗き込みながら、ニッコリと微笑む。その無垢な笑顔に思わず目を剥き、慌てて起き上がり元の席に戻る。その反応にさらに彼女達の視線がよろしくないものになるが、気にしたらキリが無いので孝司に次へ進むように促す。
「ほ、ほら! 次だ次!」
「あー、はいはい。幸せ者ですねー友希君は。じゃあ引いてー」
やる気無さそうな声を出しながら、孝司はみんなから割り箸を回収して前に出す。それを三度引き、先端を確認する。今までと違い、数字は書いてなくて先端は赤く塗り潰されていた。どうやら今度は俺が王様らしい。
「はい、王様だーれだ?」
「……俺です」
俺が引いた事を宣言すると同時に、彼女達が緊張したように背筋をピンと伸ばす。あからさまに俺の命令に指名されるのを期待している。
これ、誰に当たっても空気が悪くなる事間違い無しだろ……友香や男性陣ならギリギリオーケーだろうが、狙って指名出来ないし……そもそも、何を命令しようか……簡単なものがいいよな。
どうしようかと、必死に頭を悩ませる。その時ふと、グッドアイデアが思い浮かび俺はすくぐさまそれを口にした。
「命令! 七番と八番が一分間手を繋ぐ!」
「あ! お前それズルくね!? 逃げの一手じゃねーか!」
「王様の命令は絶対! 問題は何も無い!」
そう、別に俺と何しろとか、俺に何しろとかいう命令じゃ無くてもいいのだから。これも立派な王様ゲームの遊び方の一つだ。誰にも文句は言わせん。
「さあ、七番と八番は手を繋ぐ!」
「あ、私七番!」
「……私、八番」
陽菜が元気よく、天城が露骨に嫌そうな顔をしながら言う。
「おー、優香ちゃんかー! よろしくねー!」
「……世名君の命令だし、仕方無くだから」
目を陽菜から逸らし、ツンとした口調で言いながら、天城はそっと右手を出す。陽菜はそれを嬉しそうに笑いながら、ギュッと握り締める。
「おー、優香ちゃんの手、フニフニしてて柔らかーい!」
「ちょっと! あんまり揉まないでよ……!」
「……さて、時間も勿体無いし、このまま次に行きましょうか」
「そうですね。次こそ先輩に素敵な命令するんですから!」
「ま、まだやるのか……」
結局、それから五、六回ほど王様ゲームは続いたが、俺と彼女達がこれ以上いい雰囲気になるような事にはならなかった。とはいえ、それなりの盛り上がりを保ったまま、王様ゲームは終わりを迎えたのだった。
ワイワイ盛り上がる誕生日パーティー。ゲーム部分ではツイスターゲームなども考えたが、よい展開が思い付かず断念。
次回、誕生日パーティー編クライマックス。