モテ期と修羅場は同時にやって来るものである   作:藤龍

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二人のバースデー~準備編~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういや、あれから夏紀とはどうなんだ?」

 

 午前中の授業が全て終わり、昼休みに入った直後。大半の生徒がグループを作り昼飯を食べ始めたり、教室を出て恐らく売店へ向かったりする中、俺は隣に座っている海子へそう声を掛けた。すると海子は、先の授業で使っていた教科書や筆記用具の片付けに動かしていた手を止め、こちらへ目を向ける。

 

「どうした急に。もう何日も前の事なのに、何故今更になって聞く」

「いや、単純に少し気になったからだよ。お前あいつに稽古付けるとかなんとか言ってたしさ。で、どうなんだ?」

「そうだな……先日、私が通っていた道場に夏紀を連れて行ってやった」

 

 海子が通っていた道場……確か昔燕さんも通ってて、今は滝沢の奴が通っている道場だよな。

 

「もしかして、夏紀そこに?」

「最初は私もそうしたらどうだと思ったんだが、どうも彼女は自分が強くなろうと努力している事を家族に知られたく無いらしくてな。金が掛かる道場は嫌だそうだ」

「へぇ……なんでだ?」

「私に聞くな。まあ、あいつにも色々考えがあるんだろう。とりあえず、その日は場所を借りて軽く稽古を付けてやったぐらいだ。薫も協力してくれたし、夏記にとってはなかなかに有意義な時間だったと思う」

「ふーん……これからもあいつに付き合ってやるのか?」

「もちろんだ。一度協力すると言った以上、出来る限り付き合うさ」

 

 海子はギュッと右手で拳を作り、それを胸元へ持って行く。

 結構真剣に夏紀の奴に付き合ってやってるんだな……海子の奴、委員長とかやってるから責任感が強いんだろうな。彼女が言うには俺が憧れらしいが、逆にこっちが憧れるよ。

 

「……何をジッと見つめている」

「へ? ああ、悪い悪い。ちょっとボーッとしてたわ」

「謝らなくていい。……悪い気はしないしな」

 

 海子の嬉しそうな小さな呟きは、ガヤガヤと騒がしい周囲の声に溶け込んで消える。しかしそれをキッチリと聞き取った俺は、なんとなく恥ずかしくなり、思わず視線を逸らす。

 その俺の反応に大体の察しが付いたのか、海子も照れ臭そうに目を逸らす。第三者が見たら悪態を付きながら舌打ちを連打しそうな気まずい空気が流れる。この空間から逃げ出そうと、席を立って売店へ向かおうとした瞬間――

 

「甘酸っぱい空気を醸し出しているところ申し訳無いけど、お話いいかしらー?」

「うおっ!? は、ハル先生……」

 

 どこからか不意に姿を現したハル先生が声を掛けてきて、俺は半分浮かした腰を下ろして、先生の方へ目を向ける。

 

「な、何か用ですか?」

「用というほどでは無いですよー。ただ、少し聞きたい事があるんです」

「聞きたい事?」

「ええ。なんだか最近、夏記がコソコソと何かしてるらしいんですよねー。二人は何か知らないかしら?」

 

 ハル先生の質問の直後、海子は少し表情を堅くする。それに釣られ、俺も少し顔の筋肉が強張る。

 夏紀がコソコソとやっている事――それは恐らく海子との秘密の稽古の事を指しているのだろう。何故だか知らないが、彼女は自分が努力している事を家族に知られたくないらしいから、コソコソと隠れて色々やってるのだろう。

 それを知りたいというハル先生の気持ちは、家族としては当然といえば当然だろう。しかし、夏紀が知られたくないと言っているのだから、俺達が簡単にバラす訳にはいかない。

 

 だけど、なんとなくだが、ハル先生を相手に隠し事は難しそうな気がする。悟られずに惚けて嘘を付くのは難易度高そうだ。それを俺と同じく理解しているからこそ、海子は緊張しているのだろう。

 

「……どうしてそれを、俺達に?」

「あの子、最近雨里さんと仲良くなったって話していたから、何か知っていると思って。世名君とも知り合ったって言ってたし」

「そうですか……俺は、特には」

「……私も、知りませんね。ただ、彼女とは仲良くなったのは確かですし、最近一緒に遊びに出たりはしています」

 

 表情を変えずに、海子は冷静な口調でそう口にする。ハル先生はそんな海子をジッと見つめる。その謎の緊張感に、俺や海子だけで無く、周囲でその様子を見ていた生徒達の空気も張り詰める。

 

「……そうですか。ならいいです」

 

 が、ハル先生はあっけらかんとニコッと笑い、クルリと後ろへ方向転換。そのまま教室の出口に向かい歩く。

 

「もしあの子がまた悪さをしようとしてたら、止めてねー」

 

 そう言い残して、ハル先生は教室を立ち去った。それから数秒後、俺と海子は同時に息を吐く。

 なんとか気付かれなかったか……ていうか、なんでこんな事でこんなに緊張せなイカンのだ。 夏記の奴も、どうして隠したりしてるんだか……

 

「ふぅ……なんだか軽い尋問を受けた気分だ……」

「だな……ま、これからもバレないように協力頑張れよ」

「他人事だな……お前も一応当事者だぞ?」

「分かってるよ。夏記がバレたく無いって言ってるんなら、俺も言い触らしたりしないよ」

「頼むぞ。……叶先生にバレたら、なんだか恐ろしい気がするからな」

「……そうだな」

 

 新たなる隠し事が出来た事にほんの少し気が重くなる。その気を少しでも払拭する為にさっさと昼飯を食おうと、俺は海子と別れて昼飯を買いに売店へ向かった。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 全ての授業が終わり、勉強という苦行からようやく解放された放課後。バイトも休みで特にこれといった予定も無かったので、俺は真っ直ぐ家へと帰宅しようと、授業が終わってからすぐに教室から下駄箱へ直行した。

 

「あ、友くーん!」

 

 靴を履いて外へ出ようとしたその時、階段の方から俺を呼ぶ声が聞こえたので、足を止めて振り向く。しばらくすると、踊り場から駆け足気味で陽菜が俺の元へやって来る。彼女は俺の目の前で立ち止まると、膝に手を置きながら腰を曲げて、肩で息をする。

 

「よかった……なんとか間に合った……」

「なんか用か?」

「うん……あのさ友くん、今から買い物行こうよ!」

「買い物? 何買いに行くんだ?」

 

 その話は家に帰った後でもよかったんじゃないか――その言葉を余計だと思い、どうにか飲み込んでシンプルな質問を投げ掛けると、陽菜は深呼吸をして息を整えてから、口を動かす。

 

「ほら、もうすぐ私達の誕生日パーティーでしょ? だから、その飾り付けとか色々買いに行こうって思って!」

「飾り付け? ……あのさ、一応俺達祝われる側だぞ?」

 

 そういうパーティーの準備は普通、祝う側がやるもんだと思う。なのに祝われる、いわゆるパーティーの主役とも言える俺達がそれを実行するというのはどうなのだろうか。

 しかし、陽菜はズイッと顔を近付け、正論を口にするように喋り出す。

 

「でも、これは私と友くんの誕生日を祝うパーティーだもん! だったら、私と友くんは祝われる側でもあり、祝う側でしょ? だったら相手の為にちゃんと準備しないと!」

「そ、そうだけどさ……」

「それに、私達の為のパーティーだもん! 折角だから私達が目一杯楽しめるパーティーにする為、自分達で準備しようよ!」

 

 ワクワクと目を輝かせながら、陽菜は両手をグッと握る。

 こうなった陽菜はもう止まらないと分かっている俺は、それ以上は何も言い返さず、大人しく首を縦に振った。

 

「分かったよ……行くか」

「そう来なくっちゃ! というか、実はオバサンからパーティーで作る料理の材料買うの頼まれてたんだよね」

 

 明るい笑い声を出しながら、陽菜はポケットからびっしりと材料が書き込まれたメモを取り出す。

 母さん……どうして陽菜に頼んだんだよ。天然なのか、陽菜が自分で準備をしようと言い出すと分かってて頼んだのか……ま、どっちでもいいか。

 

「で、どこで買い物済ませる?」

「そうだなー……食材とパーティーグッズ、両方買えるとこがいいよね」

「じゃあ、前に友香達の誕生日プレゼント買いに行ったデパートかな。あそこならどっちも買えそうだろ」

「うん! それじゃあ早速、レッツゴー!」

 

 元気良く右手を突き上げ、高らかに陽気な声で叫んでから、陽菜は自分の下駄箱から靴を履いて外に出る。俺はそれの後を追い掛ける。

 その時、これってデートじゃないか? もし彼女達がこの事を知ったらどうなるだろうか――そんな事が頭を過ぎったが、なんだか考えるのが怖いので早急に忘れて、デパートへ陽菜と共に歩を進めた。

 

 

 俺達はそのまま家には帰らず、直接目的のデパートを目指し歩き続けた。そして数十分ほどで目的地に到着。早速中に入り、買い物を開始する。

 食材は傷んだり、邪魔になったりするので後回しにして、最初はパーティーの為の飾り付けや、盛り上がりそうなグッズを買いに三階の百円ショップへとやって来た。入り口の買い物カゴを手に取り、店舗内を進み、パーティーグッズコーナーの前で足を止める。

 

「さてと……来たはいいけど、何買う?」

「そうだねぇ……飾り付けだから折り紙とか、装飾パネルとか……あ、あとクラッカーは必須だよね! パンパンしたい!」

「いやだからお前される方だろ……まあ、大体それぐらいか……」

「あ、あとあれも絶対必要だよ!」

 

 思い出したように口にすると、陽菜はパーティーグッズコーナーの商品棚から何かを探し始める。

 

「えっと……お、あったあった! これこれ!」

 

 しばらくすると、陽菜は目的の物を見つけたようで、それを俺に向けて突き出す。陽菜が手にしていたのは、「本日の主役」と書かれている襷だった。

 

「パーティーには絶対必要だよね、これ!」

「……いらない気がするが……お前がしたいなら買えばいいよ……」

「やった! 友くんも一緒に付けるんだからね? 本日の主役!」

「えぇ……」

 

 正直こんなダサい物は付けたく無いが、陽菜はもう付ける気満々のようだ。これはもう嫌だとは言えない空気だと察し、俺は拒否したい気持ちを抑えて陽菜が二つセットで渡してきたそれを、買い物カゴに投げ入れた。

 それから折り紙、パーティーモール、装飾パネル、クラッカー、ケーキに使う蝋燭など、飾り付けに必要な物やパーティーグッズを片っ端から買い物カゴへと入れていく。

 大体必要な物が揃ったので、そろそろレジに向かって買い物を済ませようと思ったその時、後ろから陽菜が俺の肩をチョンチョンと叩く。

 

「なんだよ? まだ買いたい物あんのか?」

「友くん、あれ見てよあれ!」

 

 陽菜が少々興奮気味に指差す先に視線を向ける。そこには特設のハロウィンコーナーがあった。陽菜はその棚の前まで走り、俺はそれについて行く。

 

「そういえば、今の時期はハロウィンか。あんまり興味無いから、すっかり忘れてた。で、これがなんだ?」

「今思い付いたんだけどさ、誕生日パーティー、みんなでコスプレしようよ!」

「コスプレ? いきなりだなまた……」

「折角ハロウィンと誕生日近いんだからさ、誕生日パーティーとハロウィンパーティーまとめてやっちゃおうよ! その方が絶対楽しいよ! それに、友くんだって優香ちゃんや海子ちゃん達がコスプレしてるの見てみたいでしょ?」

 

 天城達のコスプレねぇ……最近見た気がするけどな、それ。でもまあ、あの時と違うコスプレなら確かに見てみたい気もする。だけど、それにはいくつか問題がある。

 

「ここにある帽子とか、安いのならともかく、ガッツリしたコスプレ衣装は高いぞ? それに、今俺達だけしか居ないのにどうやってみんなの分のコスプレ用意するんだよ。サイズとか、色々あるだろ」

「あ、そっか……時間もあんま無いし、無理か……」

「そういう事だ。コスプレは諦めろ」

「うぅ、残念……魔女の衣装とか着てみたかったな……」

「このカボチャの帽子で妥協しとけ」

 

 そう言って、商品棚から手に取ったカボチャの帽子を陽菜の頭に乗せる。陽菜は残念そうに口を尖らせながら、ハロウィングッズを次々と買い物カゴへ放り入れた。

 今度こそ買う物は無いなと陽菜に確認を取ってからレジへ向かい、会計を済ませる。そのままパーティーグッズをいっぱいに詰め込んだビニール袋を片手に、百円ショップを出る。

 

「さて……あとは食品売り場に言って、母さんに頼まれた物を買うだけだな」

「あ、待った! その前に……」

「なんだよ……まだなんかあんのか?」

「うん。三十分ぐらいでいいからさ……ちょっと別々に行動しない?」

「別行動? どうしてだ?」

 

 その質問に、陽菜は何かを考え込むように顎に手を添える。しばらく経つと、陽菜は考えがまとまったのか小さく頷き、口を開く。

 

「あのね、今から友くんの誕生日プレゼントを買いに行きたいの」

「俺の?」

「うん。でも、友くんが一緒に付いて来てもらっちゃ困るんだ。当日のお楽しみにしてほしいからさ!」

「そうか……まあ、そういう事ならいいけど。でもそういうの本人に言うか?」

「私もそう思ったけど、ここで理由を言わないのはあれかなって思ってさ。友くんは先に食材買ってたりしてていいから! それじゃ、またあとで!」

 

 そう言って、陽菜は俺に手を振りながらこの場から走り去る。俺はその後ろ姿を、黙って見送る。

 誕生日プレゼントね……あいつ、金そんなに持ってないだろうに。そんなもの別に買ってくれなくても、俺は構わないんだけどな……いや、あいつはそういうのあげないと気が済まないタイプか。

 

「誕生日プレゼントか……」

 

 そういえば、俺もまだあいつの誕生日プレゼント買ってなかったな……あいつは買ってくれるのに、俺が買わないのは駄目だよな。

 とはいえ、一体何を買おうか……あいつの好きそうなのは大体分かるけど、それでも迷うな。それに後で陽菜と合流するんだから、このデパート内から出るのは控えておきたいし……

 

「……明日また、一人で買いに行くかな」

 

 別に明日が誕生日パーティーって訳でも無いんだ。焦らず、明日一人で買いに出ればいい。その方がゆっくり考えられるし、いいプレゼントを買ってやれそうだし。

 陽菜のプレゼント選びは明日ゆっくりする事に決めて、俺は先に母さんから頼まれた買い物を済ませる為に、食品売り場へと向かった。

 

 食品売り場に辿り着いた俺は、陽菜から受け取った母さんのメモを頼りに必要な食材を買い、買い物をさっさと終わらせた。

 その買い出し中、陽菜はまだプレゼントを選んでいるのか戻って来なかったので、俺は買い物を終わらせた後に彼女へメールを送り、待ち合わせ場所に指定したデパートの入り口前で彼女を待った。

 

 そして、待つ事約十分――

 

「友くーん! ごめーん! 待ったー!?」

 

 大声を出しながら、陽菜がデパートの中から俺の元へ駆け寄って来た。

 

「はぁ……ごめんね、つい夢中になって、時間掛かっちゃった……」

「別に構わねーよ。どこ行ってたんだ?」

「えっとね……って、いけないいけない! これ言ったら何買ったかバレちゃう!」

 

 バッと、慌てたように自分の口を両手で塞ぐ。

 

「大げさだな……しっかり買えたのか?」

「もちろん! 楽しみにしててよ、友くん!」

「まあ、一応期待しておくよ」

「もー、素直じゃ無いな! もっと楽しみにしていいんだよ?」

「もう誕生日プレゼントにドキドキワクワクする年じゃねーよ。ほら、さっさと帰るぞ」

 

 右手に持ったビニール袋を持ち直し、さっさと歩き出す。陽菜もそれに慌てて続き、俺に歩幅を合わせて歩く。

 

「重くない? 片っぽ持とっか?」

「いいよ別に」

「おー、友くん男の子だね!」

「ハイハイ」

 

 どうでもいい、他愛ない会話を交えながら、夕方の薄暗い空の下を歩く。

 

「もうすぐかぁ……誕生日パーティー……楽しみだね、友くん!」

「そうだな……お前は随分と楽しそうだな。向こうではやらなかったのか?」

「ううん。去年までもお父さんとお母さん、それに向こうで出来た友達も含めて誕生日パーティーやってたよ。でもさ……今回は、久しぶりの友くんと一緒の誕生日パーティーだもん! スッゴイ楽しみで仕方無いよ!」

「そっか……五、六年ぶりぐらいか……合同の誕生日パーティー」

 

 陽菜が引っ越す前は、今回みたいに俺と陽菜の誕生日パーティーを一緒に開いていた。幼なじみで誕生日も同じ、やらない方が不思議ってぐらいだった。

 けど、陽菜が引っ越してからはそんな風に大々的に俺の誕生日パーティーを開く事は無くなった。だから俺の誕生日をこんな風に祝うのは、割と久しぶりかもしれん。

 

「今年の誕生日は、きっと今まで一番楽しいパーティーになるだろうな……友くんだけじゃ無くて、優香ちゃんや海子ちゃん、出雲ちゃんに雪美さんも私の事を祝ってくれるんだもん。まあ、みんなは友くんメインなんだろうけど……」

 

 苦笑いを浮かべながら頭を掻く。その直後、陽菜はスッと腕を下ろし、俺の方へ真っ直ぐな眼差しを向ける。

 

「友くん……今年の誕生日、最高の誕生日にしようね! 今まで祝えなかった分、思いっきり祝ってあげるからね!」

「陽菜……ああ、俺もそのつもりだよ」

「お、言ったね? 期待してるよ、友くん!」

 

 陽菜の満面の笑みに、俺も小さく微笑み返す。

 久しぶりの陽菜との合同誕生日パーティー……陽菜の為にも、思い出に残るいいパーティーにしてやらないとな。

 残り数日でやって来る誕生日パーティー本番に向けて、彼女の為に出来る事を考えながら、俺は陽菜と共に家路を進んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 次回、いよいよ友希と陽菜の誕生日パーティー、開幕です。





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