「……ちょっと休憩するか」
とある土曜日の午後――来週にテストを控えているのもあって、俺は一日中部屋に籠もりテスト勉強に励んでいた。
が、長時間椅子に座りっぱなしで流石に疲れてきたので、息抜きついでに部屋を出てリビングへ足を進めた。
リビングに入ると、そこにはソファーに座りアイスを食べる友香と――友香の膝に顔を埋め、ピンッと体を伸ばして寝込む陽菜の姿があった。
「お兄ちゃんも休憩?」
「ああ……どうしたんだ、そいつ」
と、陸地に打ち上げられたマグロのように微動だにしない陽菜を指差す。すると、陽菜は急に首を回してこちらへ視線を向け、俺を見るなり涙を流す。
「友くぅーん……勉強進まないよぉ……」
「……だと思ったよ。それぐらいで泣くなよ」
「だって……勉強難しくてもう頭が爆発しそうだよ……生命の危機だよ私……」
「大げさ過ぎだ。気持ちは分からなくは無いが、それぐらいで泣き言を言うな」
「うぅ……友くんなんか厳しいよぉ……」
俺が味方してくれるとでも思っていたのか、陽菜はしょんぼりとしながら体を起こし、友香の隣に肩を縮めながら座る。
全く……こいつの勉強嫌い、昔より酷くなってるな。見ててかわいそうになってくるわ。
俺も彼女の味方してやりたいとこだが、それじゃあ陽菜の為にはならない。だから今回は一切協力はしてやらんつもりだ。
「はぁ……どうして勉強しなきゃいけないんだろう……勉強したくないよぉ……」
「愚痴言ってもテストはやって来るぞ。高校の受験は突破出来たんだから、出来ない訳じゃねーだろ?」
「それは死ぬ気で頑張って、何とか合格出来ただけだよ」
「だったら今回も死ぬ気で頑張れ」
「そんな何回も死ぬ気になってたら本当に死んじゃうよ……」
ああ言えばこう言う……完全にネガティブ状態だな陽菜の奴……どうすればやる気出すんだか。それぐらいは手助けしてやるか。
という事で陽菜がやる気を出しそうな手段を、冷蔵庫から取ってきたお茶を飲みながら考えてみる。
一番はご褒美とかなんだろうな。でも、それをしたらなんか天城や他のみんなに色々言われそうだから、止めておこう。だとしたら……ちょっと脅してみるか。
「……赤点取ったら補習だぞ? 嫌でも何でも、期間中ずっと勉強漬けだぞ?」
「うっ……」
「ウチの学校の補習って厳しいらしいぞ? 噂では毎日テストの方がマシだとか言われるぐらい辛いとか」
「うぅ……」
「そんな補習受けるぐらいなら、死ぬ気で勉強して赤点回避した方がいいんじゃないか?」
「……うん、私やる……補習ヤダし……」
と、陽菜は物凄く落ち込んだ様子で小さな声で呟いた。
なんか無理矢理言わせた感が凄いが……いいか。そうしなきゃいけないのは正しいんだし。
「でもさぁ、さっきから勉強が全然進まなくて困ってるんだよ! 教科書読んでもチンプンカンプンだし……友くん、お願いだから協力してよ!」
「悪いがそれはお断りだ。なんとか自分でいい方法考えろ」
「うぅ……友くんのイジワル……いい方法か……うーん……」
腕を組み、首を左右に揺らしながら頭を捻る。その様子を友香と一緒に見守る事、数秒――何かいい案を思い付いたのか、陽菜は目を見開き、急に立ち上がる。
「よし決めた! 友くんに教えてもらえないなら……他の人に教わる!」
「結局他人任せかよ……」
「だって一人じゃ限界だって分かってるもん! 教科書に書いてる問題の意味が分かんないから進めよう無いもん!」
堂々と大声で情け無い事を叫ぶ陽菜に、俺は思わず頭を抱える。
こいつ、本当に駄目だな……まあ確かにそうか。今の陽菜はぬかるみにはまって動けなくなってるみたいなもんだ。他人の手を借りてこの状況から脱却しないと、先に進めないか。
「でも、誰に教わるんだ? 俺も友香も無理だぞ?」
「優香ちゃんに教えてもらう! ご近所だし、今からでも行けるよ!」
「天城に? そりゃ、教えてもらうには申し分無い相手だろうけど……天城がお前に勉強教えてくれるか?」
「フッフーン……心配ご無用! 最近私、優香ちゃんとちょっと仲良くなったんだよ! 放課後に勉強教えてもらったりもしたもん!」
「そ、そうなのか?」
その問いに、陽菜は得意気に胸を張る。どうやら嘘は付いてないみたいだ。
天城の奴、陽菜と仲良く……こないだまでそんな空気は無かったけど……同じクラスだし、色々あったのかね。
思わぬ報告に驚きながらも、彼女達の間柄がよくなっている事を少し嬉しく思う。彼女達の仲が良くなるのは俺も願っている事だし、素直に嬉しい。
「でも、急に押し掛けて平気か?」
「大丈夫だよ! 優香ちゃん優しいし、なんだかんだ受け入れてくれるよ!」
「どっから出てくるその自信……まあ、好きにしろよ。俺は口を出さん」
「うん! あ、そうだ! 折角だから友くんも一緒に優香ちゃんに勉強見てもらわない?」
「え、俺も?」
「うん! だって、どうせ友くんだってあんまり勉強上手く言ってないんでしょ?」
なんだこいつ偉そうに……まあ、実際そうだけどさ。ここに息抜きに来たのも、疲れただけじゃ無くてちょっと行き詰まったからだし。正直、天城の力を借りる事が出来たら有り難い。
「でも、俺まで行ったら天城に迷惑だろ? 天城もテスト勉強の真っ最中だろうし」
「あ、そっか……それは駄目だよね」
「行くだけ行ってみれば? 優香さん頭いいんだし、多少お兄ちゃん達に時間割いても問題は無いでしょ。それにお兄ちゃんの頼みなら、むしろ喜ぶと思うよ?」
食べ終えたアイスの棒をプラプラと揺らしながら、他人事な口調で友香が口を挟む。
「そうかもだけど……」
「そうだよ! 優香ちゃんも友くん来たらやる気出るだろうし、一石二鳥だよ!」
「使い方違うだろそれ……」
どうしたものか……確かに俺も余裕がある訳じゃないし、この機会をみすみす逃すのは勿体無い気がする。
「……そうだな、行くだけ行ってみるか。迷惑なら断ってもらえばいい訳だし」
「うん! そうしよう! じゃあ早速準備して優香ちゃんの家にレッツゴー!」
先ほどまでの落ち込みムードはどこへやら、陽菜は元気良く右手を頭上に掲げ、リビングから廊下へ飛び出す。
「全く……あいつは本当に自由だな」
「そこが陽菜さんの長所でしょ。さて、私も準備しよっと」
「ん? 何だよお前も来んのか?」
「私もちょっと詰まってるとこあるから、ついでに。すぐ終わるし、邪魔はしないよ」
そう言って、友香もリビングを立ち去る。
遅れて俺も準備をする為に自室へ戻り、部屋着からラフな外着に着替え、筆記用具などをまとめて玄関に向かう。玄関に着くと、そこには既に荷物をまとめ着替えを済ませた陽菜と友香が待っていた。
「よし行くか」
「うん!」
陽菜はコクリと頷くと、ドアを開けて外に出る。続いて友香も外に出て、最後に俺も外に出てドアの鍵を閉める。
ウチから天城の家までは徒歩で約五分。家を出て陽菜達と数回ほど言葉を交えただけで、あっさり目的地の天城家に到着する。
天城家の玄関前に立ち、休日に女子の家を訪ねるというシチュエーションに少し緊張しながらも、インターホンを押す。
ピンポーンと軽快に鳴る音から数秒後、ドアから少し離れて待っていると、ガチャっと音を立ててドアが開き、中から天城が姿を現す。
「はーい――って!? せせせせ、世名君!? どど、どうしてここに……!?」
そして俺と目が合うと同時に、顔を一気に赤くして、盛大に慌てふためく。
凄い驚いてるな……そりゃいきなり来たら驚くか。前もって電話しときゃよかったな。というかそうするべきだったな。
とりあえず、視線を泳がせながらブツブツと呟く天城をひとまず落ち着かせ、事情を説明する。
一分ほど掛けてここに来た理由を説明し終えると、天城はまだ少し動揺を隠せずにはいたが、理解はしたようでゆっくりと口を開く。
「そ、そういう事だったんだね……」
「悪いな急に押し掛けて。迷惑だったら、大人しく帰るからさ」
「め、迷惑なんかじゃないよ! 世名君のお願いだったら大歓迎だよ。いくらでも教えてあげるよ」
「ありがとう。そう言ってくれると助かるよ。俺と友香はちょっと聞くだけでいいから、よろしくな」
「うん。あっ、でも……」
不意に天城は何かを思い出したように、口を開き、チラッと家の中へ視線を送る。
「なんだ? もしかして都合悪いか?」
「いや、そういう訳じゃないんだけど……」
「――優香ー、お友達ー?」
その時、突然家の中から女性の声が聞こえてくる。
誰だ? 香澄ちゃん……じゃ無いよな。聞き覚え無い声だな……
その声に疑問を抱いていると、奥から足音のようなものが聞こえてくる。そして次の瞬間、俺達の前に一人の女性が姿を現した。
天城に酷似した綺麗な長い黒髪に、これまた天城に似た可憐な顔立ちの、エプロン姿の女性。
「もしかして……天城のお母さんか?」
「かもね。顔そっくりだし。まんま優香さんを大人にした感じ」
「だとしたら若いねぇ……二十代でもおかしくないよ」
なんとなく小声で友香達と話していると、その天城の母親と思われる女性は天城の真横を通り過ぎ、俺達の顔をジッと見つめ始める。
「……もしかして、世名君?」
「へ? あ、はい、そうですけど……」
急な質問に慌てて言葉を返す。すると――その女性は突然俺の肩を叩き、満面の笑みを浮かべながら口を開く。
「そうかそうか! あんたが世名君か! いやー、ようやく会えたなぁ! なんや結構イケてるやないか! あ、飴ちゃん食べるか?」
「へ? あの……えっ?」
「あ、そっちは妹ちゃんと……優香のライバルの幼なじみちゃんやね? あらどっちも美人さんやないの! こんな可愛い子に囲まれとるなんて、世名君なかなかの幸せもんやなー。あ、そっちの二人も飴ちゃん食うか? 色々種類あるでー」
「えっと……」
「……何語?」
突然、彼女の口から物凄い速度で飛び出してきた、あまり聞き馴染みが無い言葉の数々に理解が追い付かず、思わず思考が停止する。
「ちょっとお母さん! 世名君達困ってるから一旦黙って!」
「お、スマンスマン。いやー、ようやっと会えたから思わずテンションが上がっちゃったわ。すんまへんなぁ」
「あ、いえ……その、えっと……」
何から質問すればいいのかまとまらず、思わず言葉がつっかえる。
「えっと……とりあえず、この人は天城のお母さんって事でいいんだよな……?」
「せやでー。天城
「ややこしくなるから、今は静かにしてて!」
「もお、優香ったら怖いわぁ……分かりました。オカンはお口にチャックで黙ってますー」
「もう……とりあえず、立ち話もあれだから上がって」
口を噤んで黙り込む明美と名乗った母親を横目に、天城はなんだか恥ずかしそうに頬を染めながら家の中に入る。
色々衝撃的過ぎて、まだ理解が追い付いていなかったが、ひとまず天城の後を追いかける事に。
「狭いけど、適当なとこに座って」
天城に案内され、彼女の自室に着いた俺達は、彼女の言う通り適当な場所に腰を下ろす。
ここには以前引っ越しの手伝いの時に来たが、その時とは全然違い、女の子の部屋らしい内装になっていた。普通なら女子の部屋に入ったら緊張するんだろうが、今は先の衝撃が強くてそれどころでは無い。
「さっきはごめんね……お母さんが変な事言って」
「いや別にいいんだけど……その、天城のお母さんって……」
「うん……お母さん、生まれが大阪で……」
やっぱりか……バリバリの関西弁だったもんな。
「そうなんだ……それじゃあ、優香ちゃんも大阪生まれなの?」
「違うわ。お母さん、高校の時に上京して、こっちでお父さんと出会ったから、私は白場生まれ」
「そっか……しかしなんというか……見た目はともかく、全然似てないな」
「うん。優香さんは大人しい感じなのに、お母さん凄いお喋りって感じ」
「まあね……私は大阪育ちじゃ無いしね」
と、天城は少し恥ずかしそうに目を伏せる。
「うぅ……いつかは世名君に会わせようって思ってたけど……こんな事になるなんて……」
「そ、そんな凹まなくても……明るくて、いいお母さんじゃないか!」
「あらあら、そんな事言ってくれて嬉しいわー。あたしも世名君に惚れちゃうかもしれへんなー」
と、不意に背後から冗談混じりの声が聞こえ、慌てて後ろを向く。そこにはコップを乗せたおぼんを持つ、明美さんが立っていた。
「はいこれ、飲み物持ってきたでー。オレンジジュースで構わんか?」
「あ、はい、ありがとうございます……」
「それからこれな、甘いお菓子用意しよう思ったんやけど、昨日全部食べてもーておせんべいしか無かったんよ。堪忍なー」
「あ、お構いなく……」
「それにしても優香のとこに男の子が遊びに来るなんて、オカンなんだか歓心やわー。この子も立派な女になっとるんやなーって。そういえば、世名君はなんや優香とはややこしい関係なんやってなー。後でそこら辺の事、詳しく聞かせてくれへんか? この子自分の事なーんにも話さへんのよー! あ、でも時々世名君の事話す時はいっつも幸せそーに――」
「お母さん! 今から世名君達に勉強教えるんだから、邪魔しないでよ!」
「まあ、この子ったら照れて! 青春やねー。ほな、お邪魔虫は退散すると致しますー。優香、頑張るんやでー」
嵐のような怒濤の勢いで言葉を吐き、満足そうな微笑みを見せながら明美さんは部屋を出た。
俺達はその勢いに呆然とし、天城は耳まで真っ赤にしながら、顔を隠すように縮こまる。
「なんというか……凄いねぇ」
「本当、優香さんのお母さんとは思えないね」
「うぅ……恥ずかしい……」
「ハハッ……変わったお母さんだな」
悪い人でも無さそうだし、いい母親だとは思うけどな、俺は。でも確かに、子供の立場からしたらあのお母さんはちょっと恥ずかしいかもな。
「はぁ……ウジウジしてても仕方無いよね。気を取り直して、勉強しよっか」
「そうだよ! 私達その為にここに来たんだよ! 優香ちゃん、色々教えて! 何も覚えてないよ私!」
「こないだ付き合ったばかりなのにもう忘れたの……? 教えてあげるけど、後でね。あくまで私は世名君優先にするから」
「えぇー! そんなー……友くん連れて来なきゃよかったかな……」
「お前が一緒に行こうって言ったんだろ……すぐ終わらせるから待ってろ。じゃあ悪いけど、よろしく頼むよ、天城」
「うん。何でも聞いてね」
ようやく天城も落ち着きを取り戻したようで、俺達はようやく本来の目的であるテスト勉強を開始した。
まずは俺が行き詰まっているところを天城にヒントを貰いながら解き進め、その後は友香の行き詰まっているところを教えてもらった。
俺達二人の要件は天城の教え方が上手かったのですぐに終わり、俺と友香はその先の問題を個人で進める事に。そして俺達へのアドバイスを終えた天城は、陽菜の勉強の手伝いに移行する。
陽菜の低レベルな理解力に呆れながらも、天城は陽菜にその問題を解くヒントを与える。
こないだまで天城は陽菜の事をただの恋敵として見ていたのに、今は二人並んで勉強をしている。……少し天城は厳しめの口調だが。それが少し嬉しくなり、思わず頬が緩む。
そんな二人のほんの少し仲良くなった――かもしれない姿を横目に、俺は自分の勉強を、時々天城にヒントを貰いながら進めた。
そんな勉強会が始まり三十分ほど経った頃、急に部屋の扉が開き、明美さんが再びやって来た。
「どうやー? 勉強は進んでるかー?」
「お、お母さん! 邪魔しないでって言ったでしょ!」
「邪魔とは失礼やなー。あたしはそろそろジュースなくなってる頃やろなー、思ておかわり持ってきたんや。という訳でおかわりいるかー?」
「あ、私いりまーす!」
「はいはーい。えーっと……お名前何やったっけ?」
「桜井陽菜です!」
「陽菜ちゃんかー。元気がいっぱいでええなー。はい、こぼさないよう気ー付けやー」
ニコニコしながら陽菜が差し出すコップに、オレンジジュースを注ぐ。
「それにしてもあれやんな、陽菜ちゃんも海子ちゃんと同じ優香のライバルなんやっけ?」
「はい! そうですよ」
「そっかー……優香も男子を巡って争ったりするようになったんやなー。あんたあたしと違って引っ込み思案やったから、色々将来が心配やったけど、あたしなんかより全然行動派やなー。オカンびっくりやわ!」
「か、関係無いでしょ……」
「にしても陽菜ちゃんは世名君のどんなとこ気に入ってるんや?」
どうしてそんな事聞くんだこの人……つーかこのまま居座る気か。
「えっと……まずカッコイイ! それに優しいし、意外と頼りになって、それからそれから……」
「あー! もうええわ! なんや聞いてるだけでお腹いっぱいや! それにしても、優香と似たよーな事言うなぁ。この子も世名君はとっても優しくてー、とか言うし――」
「お母さん!」
バン! とテーブルを叩き、天城は物凄く慌てた様子で声を上げる。
「なんやそない照れて。それぐらいは大っぴらにせんと、男の一人や二人口説けへんでー。あたしはオトン口説く為に色仕掛けバンバンしたで?」
「だから今は関係無いでしょ! もう勉強の邪魔だから出てってよ!」
顔を真っ赤かにして、天城は声を大にして扉の方を指差す。
天城、未だかつて無いほど興奮してるというか……怒鳴ってるな。
「もう、ホンマ照れ屋さんなんやから……分かった分かった。近所迷惑やから静かになー」
そう言って、明美さんはオレンジジュースのボトルを持ち、立ち上がる。
「……そやそや世名君」
が、ずくに腰を下ろし、俺に話し掛けてくる。
「何で居座るのよぉ!」
「ええやないかちょっとぐらい。で、世名君に聞きたいねんけど、世名君はぶっちゃけ優香の事どう思っとるん? 好きやって言われとる事とか色々と」
「なっ……!? 何聞いてるの!」
「いやだって気になるやんかぁ。で、どうなんや? 世名君」
「えっ、それは、その……」
答えにくい事ズバリと聞くなぁ……関西のノリ怖いわ。
どうにか切り抜けようと頭を回すが、天城の不安と共にどこか期待を含んだ視線を見て、これはスルーする事は出来ないと察する。
「……天城はその……俺からしたら勿体無いぐらいの相手で……そんな相手が俺を好きって言ってくれてるのはその……正直に嬉しい……です」
「ふぅん……じゃあ今すぐ付き合ったりはオーケーなんか?」
「それは……申し訳無いけど、無理です。他の子も居るし、まだみんなの気持ちに答えを出せて無いです。こんな中途半端な気持ちで付き合うのは俺も嫌だし……相手にも迷惑だと思う……ので」
「世名君……」
「……そっか」
そう口にすると、明美さんは満足げに笑い、俺の背中を力強く叩く。
「って……!?」
「カッコイイ事言うやないのぉ! 気に入ったであんたの事! もし今すぐ付き合いますとか言ったら引っ叩いてたわ! 優香! あんたもなかなかええ男に惚れたやないか!」
「そ、それは……そういう事大声で言わないでよ恥ずかしい……!」
「アカンでそんなモジモジしとったら! そこは堂々と胸張って『当然よ! 私が惚れた男ですもの!』とか言ったれや! そんなんやと海子ちゃんやここの陽菜ちゃんに世名君取られんでぇ!」
「お、お母さんには関係無いでしょ!」
「関係あるわ! 娘の将来は母親の将来! 嫌って言われても関わらせてもらうでー。という事で世名君、勉強終わった後でええから、色々お話聞かせてやー。優香全然話してくれへんからあたし全く知らんのよ、あんたらの現状みたいなの。世名君の事とか、優香の恋する乙女なエピソードとか色々――」
「もう……いいから早く出てってよぉー!」
◆◆◆
その後、数分ほど一方的に喋り続けた明美さんは、満足した様子で部屋から立ち去り、俺達は何だか疲弊している天城と共に、テスト勉強を再開した。結局あれ以降は明美さんの乱入も無かったので、テスト勉強は何事も無く平和に終わった。
そして日が沈み始めた頃、俺達は天城家を後にして、俺達の家に帰る事にした。
「天城、今日はありがとうな。お陰で助かったよ」
「うん! ありがとうね、優香ちゃん!」
「私も助かりました。お邪魔してすみません」
「ううん、私もいい勉強になったからいいよ。世名君、友香ちゃん、またいつでも頼ってね」
「あれ、私は……?」
「あなたは教えてもすぐ忘れるから出来ればお断りしたいわ」
ツンとした表情をしながら、天城は陽菜から視線を逸らす。
流石の天城も陽菜の馬鹿さ加減には呆れたか……二回も協力してくれただけ奇跡か。
「あら? なんやもう帰るんか?」
そんな帰り際の会話を交えていると、明美さんが姿を現す。
「はい、お邪魔しました」
「なんやなんや晩御飯ぐらい食べてったらええやないのー。あたし特製カレーご馳走したるでー」
「お気持ちは嬉しいですけど……今日は遠慮しときます」
「そっか……まあええわ。ご近所さんなんやから、好きな時に遊びに来ーや。そん時こそ、お話色々聞かせてもらうでー?」
「お母さん! それはもういいでしょ!」
天城がそう口にすると、明美さんは腰に手を当て、天城の顔を覗き込む。
「ええ訳無いやろ! 母親として、娘の恋愛事情はしっかり理解しとかなアカン! あんたに聞いても教えてくれへんのやから、世名君に聞くしか無いやろ」
「だからって……」
「という訳で世名君、色々頼むでー。あたしも優香の事色々お話したるから。世名君に貰ったペンダントを部屋の中で一人見てニヤニヤしてる話とか――」
「お母さん!」
声を荒げて、天城は明美さんの口を塞ごうとする――が、明美さんはそれを華麗に避けてペチャクチャと喋り続ける。
ハハッ……仲が良いみたいで何よりだ。しかし、本当に天城とは性格が真反対だな。家族とは思えん。……まあ、ウチもそんな似てないし、親子ってそんなもんか。
「それからそれから、部屋で昼寝してる時に寝言でお帰りなさいあなたー、とか呟いてたりー」
「どうして知ってるの!? というかそれ本当!?」
「ハハハッ……俺達、帰りますね」
「おー、またなー」
「あっ、と……またね世名君!」
「おーう、またな」
手を振りながら、俺は陽菜と友香と一緒に家路を進んだ。
「なんか、色々疲れたね」
「だな……天城のお母さんがあんなだったとは……意外だわ」
「そうだねー。でも、楽しそうなお母さんだったよね! 今度ゆっくりお話してみたいかも!」
「二人きりは疲れそうだけど」
「確かにそうかもな……」
そういえば、今度話聞かせてとか言われたけど、どうなんだろうか……そん時はそん時か。
「ところで陽菜さん、今日の勉強、ちゃんと理解出来たんですか?」
「もちろん! 完璧だよ!」
「ふーん……どんな事教えてもらったんだ?」
「えっと……えーっと…………」
「……忘れたか?」
「ほ、本番になれば思い出すよ! ……多分」
「……はぁ」
こんなんだから、こいつに勉強は教えたく無いんだ。今日の事、全部無駄なんじゃないか?
果たして今日の勉強会は意味あったのか――それは恐らく、テスト本番になれば分かるだろう。……多分。
久し振りの日常回。なんかワチャワチャしたテスト勉強会でした。
そしてようやく登場、天城ママ。当初は清楚キャラの予定だったんですが、それじゃ普通だと色々試行錯誤していたら、何故か関西弁キャラに。
そんな彼女は関西弁がメンドイので今後出るか分かりませんが、プロフィールを登場人物一覧表に追加しますので、気になる方は是非。